水野信元誅殺の真相 長年信長と同盟を結び続けるも、武田と二股をかける【どうする家康】

水野信元誅殺の真相  長年信長と同盟を結び続けるも、武田と二股をかける【どうする家康】



参考文献
谷口 克広『信長と家康の軍事同盟 : 利害と戦略の二十一年 (読みなおす日本史)』
https://amzn.to/3pcKVRq
小川雄『今川氏の三河・尾張経略と水野一族』
(戦国史研究会 『論集戦国大名今川氏』)
https://amzn.to/465l6TQ
新行紀一『戦国領主 水野信元』
(大石泰史『今川義元 (中世関東武士の研究27) 』)
https://amzn.to/3Hk9P7U
水野忠興 『水野一族の光と陰 : 大老土井利勝は水野信元の実子だった』
https://amzn.to/3CAyXUI
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水野信元は武田氏の美濃岩村城に兵糧を送った罪にで殺害されますが、水野氏の領地と美濃岩村城は離れており現実的ではありません。
同時代の史料にも記載はなく、真相は闇に包まれていますが、岡崎の築山殿も武田氏に内通する中、武田氏の脅威を間近で受けていた信元が武田氏に内通していたのは事実と考えられます。
殺害までに至った背景には、かつては対今川で重要な役割を果たしていたものの、家康が大勢力になる中、存在価値が低下していたのも関係しています。
今回は、独立大名であった水野信元が、信長の同盟者としての価値をなくしていき滅亡するまで、信元死後の水野氏のその後について紹介します!
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【画像引用】
大河ドラマどうする家康公式サイト
https://www.nhk.or.jp/ieyasu/

#どうする家康 #日本史 #歴史

22 comments
  1. 14:02 この時、信長は水野忠重に宛てた書状に岡部元信をはじめとした高天神城の武田兵の降伏を許すなと言う命令を出している。家康はその信長の意向を受け入れた。降伏も許されず兵糧がなくなった高天神城の兵達は家康の軍に突撃し壊滅した。

  2. 水野信元だけでなく久松家の長男信俊も、佐久間信盛の讒言で自害させられているとは、気の毒ですね。ドラマでの松島菜々子さんの怒りとリリー・フランキーさんの無念な顔がオーバーラップしてしまいました!!それでもその後、水野氏は復活を遂げ、実子が土井利勝へ、弟忠守が水野忠邦へ繋がっていくとは、あっぱれです。

  3. 父久松俊勝から事件の経緯を聞いている久松信俊が殺される(自害ではないのかもしれない)のは当然の流れで、又、そんな事情の中 水野家家臣を配下に入れる事はできないことでしょう。いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃぁないですからね。
    そして、浜松城にいる筈の家康が殺害の指示をだしたのも(家康の性格から)怪しいものです。瀬名と信康の独断だった可能性もあるのでは?と考えてます。
    その後、於大から怒りを買ってる事象がみられてます。

  4. 自分がやったことがブーメランになって自分に返ってくる佐久間信盛。
    大河でもこれからどう描くか楽しみ。
    脚本はしっかりと伏線回収もしてくれて面白いのだが、主人公の演技力が学芸会レベルなんだよなあ…

  5. 織田と松平・今川を天秤にかけて世渡りし家を守ってきたコウモリ🦇大だが信長と家康にとっては領土内に食い込む地域にそれなりの勢力を持つ胡散臭い子会社であり状況が変化すれば直ぐに態度を変えるかもしれない油断ならぬ男だったのだろう

  6. 良い家柄血筋なのに 子孫が又挽回してるので 信元も笑ってると思われる😂

  7. しかしあの狭い領土で20万石とは驚き。甲斐一国に相当する。
    改めて信長のスタート時点での立地条件がその後の躍進に大きくものを言ったのがうかがえる

  8. レキショック様
    信元は織田、徳川が領土を拡大して大大名となっても、昔の俺達と同じ一国衆といった感覚で対等と考えていたのではないでしょうか。そして東の備えは徳川であり、用済みと言っても良いのに、それが理解出来ないどころか昔の感覚(今風でいえばタメ口をきく)なので、信長もいらついていたところを家老の佐久間信盛が察して讒言した、信盛としてはうまくいけば水野領を手に入れられる、勝家はともかく、新参者の秀吉や光秀までもが大名になっているのに俺は重臣なのに大名ではない、邪魔者の水野を蹴落としてやれ…これが真相ではないかと思います。因果応報で信盛は追放されましたが、信長は後に水野に謝罪したということですから、信盛を追放するから許してくれ、こういった感覚ではないでしょうか。

  9. 利用価値が無くなったのは誅殺の契機であって織田にとっては以前から潜在的な脅威・内憂であったということでしょうか。織田との婚姻関係を進めて家督を明け渡すことをしていれば命は助かったのかも。結局は北畠のようになったかもしれませんが。家康にしたら血縁で諸々の恩もあるので子孫を取り立てたのも判る気がします。久松俊勝が真相を密かに書き残したりしてれば面白かったのですが。

  10. このチャンネルは本当に勉強になります!記録や史実をたくさん参考にしていてくだらない某大河ドラマがあほらしく😂なります。

  11. 岩村城陥落の資料を読むと、おつやの方、秋山虎繁のラブラブ夫婦は固いきずなで城を守ろうとしたものの、兵糧攻めに全くなすすべなく、城内は飢餓で悲惨な状況になっていたという記録があるそうです(あそこは水はあるが食料を運ぶ陸路がない)。もしも信元が何らかの手段で兵糧を送っていたら、もっと長く持ちこたえていたでしょう。信元は武田とのパイプは持っていたかもしれませんが、あの当時岩村を救うために動くことは不可能だったと思われます。
    あの時代の岩村城のこと、もっとクローズアップしてほしいですね

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