この度の能登半島地震で犠牲となられた方々に対し、至心に御回向いたしますと共に、傷病者の方々には速やかな御快癒、そして被災地の早急な復旧と復興をご祈念申し上げます
法蓮 明南本年もどうぞよろしくお願い申し上げ ますえ新年 からそれも簡単 から事ばかりが起こりまして全く吉という もの はません1年の経は簡単にありというよう なことでございます から波乱の都となりそうなそのような気が するわけでござい ます この今拝読しております開目省そして また肝心存省そして日連証人が幕府に上帝 なされました実証暗黒論 この3つの重要な書コより3大部と3つの 大きな武が来ました3大武こういう風にえ 申しておりますその勝暗黒論の首位となり ますの が1年3000と申しまして私たちの1年 それがそのもの3000世間と いわゆる我々を取り巻く境遇そのもので あるとこのように補教では解かれている わけでございますそう考えます時に このラタからの教示これはまさに 我々日本国そしてその日本国の国民 の 総意それも悪心の総意とこういう風に 申し上げても過言ではございませんその1 年3000でございますけれど も その中身を観客化して申し上げます と 我々意と権のこと に 人間これを主体といたしますと この我々を 取り囲むそして我々が居住する境遇環境の ことこれは客体とこのように述べることが できるわけですそして我々は色神因果に よって生活をしております この方便本の寿女というのがございますね いわゆる女手そニでニで対ニで力ニでさニ でイニで円ニでかニで女手本末教とござい ますこれが1年3000と いうこの重要 な技の根底となる思想でございますけれど も我我々は式神がすなわち心と体いわゆる 心がけと行動によってそこから因果を 起こすとその因果によるよりますけれども 事業自得という言葉がございます自らの語 はつまり自らの心がけと行動それは自らに 報いを受けるとこれは因縁法と呼んでおり ますけどこれは我々の式式というのは肉体 肉体と心心がけと行動それによってこちら をご覧いただきますと商法とありますこれ
はまさしく自らが向いを受けることを商法 と呼んでおり ますまさしく抜いを受けるこれを主体とと いたしました時に 例えば熱い夜間を触るそれによって火傷を するこれは自らの 身体そしてまたそれによって心が止むこう いう自らの心身に受ける報いを商法と言ん ですけれども我々はこの肉体だけ私自身 だけで存在してるのではございませんそこ には境遇がございますその境遇によって 我々は報いを受けるこれも自業自得なん ですね 境遇いわゆる [音楽] 環境ですから今おる環境が受け入れがい ことを苦しみとこの環境がもっと続いたら いいなと思うことを楽とこういう風に呼ん でるわけですですからその無意というのは 自分だけではなしにこちら我々がご覧 ください ね酔って立つ この境遇にもその報いというの はございましてこの商法と恵方というのは 私と環境という問題であります私と境遇 これは肌1枚で隔たってるのではなしに この肌1枚で私たちはは境遇と1つに 繋がってるんだいう考え方がござい ますですから主体 客体これを仏教ではまさしく自分が受ける 無意そしてまた一方では境遇環境から 受ける無意この主体と客体は実は主客動態 でございまして2つに分けてはおります けれども主客同体 ごく簡単に申し上げます とこれ を仏教で は 章ふとこういう風に読んでおり ます小方と法は2つのように見えて実は1 つのものだこれが主客同体 とこれが補教の特1年3000であります いわゆる我々の一説なの心それが行動に 起こってなくとも大きくこの境遇という もの に影響を与えている境遇そのものなんだ 行いも同じように我々の行いが境遇とし てそのまま現れているんだと特のはこれ1 年3000であり1年は我々 の主体でありそして3000というのは 3000世間3000大戦世界と言います しこれ は主体と 客体これが即で結ばれる即というのは2つ のように見えて実は1つであるというのが
主体則客体それが晶ふとこう いう関係になっており ますそう考えれ ばこの近年続くあらゆる 災害これは世の中では自然災害と呼んで おりますけれども我々を 苦しめるこの災害自身は我々の 悪心つまりこの補教という正しい身をに 背き皆が欲望に翻弄されながらこれは自然 災害なんだいし方ないんだそういった諦め の気持ちを持っていること自身これは補欠 鏡に背く法道と言います教えに背く行為 そのものなんだ解かれてるのがこれ が1年 3000こういう風 に解かれているわけですね その日連証人の代表的著述であります立証 暗黒論と申しますの は暗黒というのはこの恵方我々がす国土で ありますそれを安穏になる国土に鳴らし ようとするならばそれは立証をしなければ ならない消防を広め人々が消防を信じ なければならないこれは法の問題であり ますですから1年3000という言葉は 立証安極論の中にはないんです がその根底 は1年3年でありそれを詳しく取りたの が肝心本尊症と言われる5文章であり ます [音楽] この実証暗黒の 思想これを打ち立てるのが海木省で久本の お釈迦様から本の昔に協を受けた時期 でし補教の 業者本の菩薩でそれは私なんだ解かれるの が実 は今読んでおります海国省でござい ますですからこの日連商人の代表的術で あります実証暗黒論というの は ごく官命に述べますならばこういっ た1年3000というものがその論と ございますから1年3年をたものであると いうことですですからあの順番から言えば 立証暗黒論を実されてその後佐でその間 様々な迫害には られ佐で人会見という本上行菩薩であると いうことを自らがその自覚を述べられた 開目所そしてまたその立暗黒を支えており ますこの我々が信じべき本尊そして我々 が信行す べき星そして我々が受持すべき大目こう いったことから解かれてるのが肝心本尊省 なんですねですからあ よく立安国論開目省肝心本尊省とそういっ
た順番になりますから立証暗黒の先にえお 読みになられる方は多いんですけれども これはやはり順番が違いまして開目省を 読みそして肝心本尊省を読みその後立証 暗黒論を読んだ時に初めてこの1年 3000というものに打点が行くといい ましょうか納得できるといったような内容 になっており ますそして我々は冒頭枠質問しましたよう に この天辺チーとも言いますし 天才これ は 教示まさに不吉な柄であるゆにこれ は足ことなんだ と悪い現象なん だ確かにこの天才というのは 種安国論の中で惹かれており ますちご国家の産部教を含みます4つの教 金光 明教薬師教人皇教大宗教この4つの経の中 には3歳七難として現れております3つの 災いと7の合わせると災難とこういう風に 読んでおりますですからまにこれは教示足 ことなんだこれを踏まえた上で単なる足 こととして捉えて良いのかというと補鏡で はそうではございません例えば如来授業本 をちょっとご覧いただけますでしょうか 233ページでござい ます 下の段前から 123456行 目諸々の前thir 子如来の登るところの強電 は皆主上度脱線がためなりとございますね 登るというのか演説するという意味ですね 仏が説法をなすというとことです皆主上を ど線がためね度脱というのはこれはどは 救うそして脱は下脱でございますからみな に私と同じ悟りをエセし面がためなんだ ここで大事なところはのるというところで ございますのるというのは声 ですのるは 声 その 後ここからが独学次元と言われるところで ござい ます 6つの事柄を持って示し表すとなり ます山さん仏が説法するというの は何を持って説法するかというと声を持っ て説法するんですねあと1つに は背中で教えるとい聞いたございますね つまり姿を持って これを仏教で
は形と書いて行と呼びます姿で教えこう いうことは仏教というのは仏の 教えその教えは仏が教えると書いて何を 持って教えるかと言えば姿形つまり行動で 人々の手本となるわけですねそれと同時に 声をを発するわけ ですですから 我々日常 に言うはやし行うは果しと言った言ござい ます があの人は口だけとなればこれ声なんです ねそうれだけではなしに声 もそして姿もいわゆる 言うべきことはいいなすべきことはなして いるこれが仏でござい ますつまりそにはならない言ったことは 必ず自分で行動なされているこれが仏の 説法でございますそこに6種類あります から6枠次元とこういうことがございます これをまとめると行商の2と言いますこれ 以外ございません仏の説法 はこの2つを持って人々 を救済 するつまり成仏せしめる行仏させるこれを 行商の2と言いますこれをこの2つの利益 をももう少し具体的にすれば 6 つこれを示し 表すですから2つを開けば6つになると それがこの後 の あるいは腰におきあるいは多を解きと ございます ね 200 33ページでございますよ下の段 123456行 目7行目ですね今あるいは小心解あるいは 多心解きとこの時という時にはこれは声 ですこの個というのは己れの 実でございますからがこれ如来重量本で 言えばクオの釈尊でありますこのクオの 釈尊の身の 上経歴 とこれを述べるのがあるいは己れの身を 解き とそして あるいは他の身おき多し解きこれは補鏡 以前でははあらゆる仏 がいらっしゃいました ねこれを借物借物というその仏はクの お釈迦様の仮の姿にあったこれは多用と 聞い てるですから この233の上の段の後ろから
12345678行目9行目上は底という ひになってます がその下諸々の前子この中原においてて いうのは音以来今日に至るまでの中間です ねそれまでの間において我年度物頭と時と ありますねつまり面動物と有名を語って押 を解いたこともある とこの党という字は大事なんですねあ物と 名乗ってるとか大日如来と名乗っておった 薬師如来と名乗っておったということが ここに入るわけ ですだからこれ はア仏 も大日如来 も過去には1人の仏として存在が認められ てたしかしに来たってこの仏は皆クオの お釈迦様の仮の姿であったということが 解かれるわけですねつまりこれ が以前には多心男 と私とは違う他の体ですね他の体であった と解いたわけですね他に多心というのは どういった意味があるでしょう何がある でしょうクの仏が頼みを表しし てあらゆる世界で法を解いてきたこれが多 おですけど他に は地獄の姿ガキの姿畜生の仕修羅の姿様々 な姿を持っ て人々を導いてきたこれも多心なん ですだ から仏というの は 如来重本の仏はクボのお釈迦様ですこの クボのお釈迦様は心の中に無視以来地獄 から菩薩会まで全て持っておられるそれは 人々を協するための慈悲のために持って おられると以前にお話したですからその よう な 慈悲慈悲に照らされた地獄会の姿それは 地獄のもの 怒りにあるものわざわざその怒りにある姿 を持ってその人々を強気してきたという ことですからこれはこっち見てくださいね 仮の仏として現れたり地獄やガキや畜生や 種類や人間やといったような区会に現れ たりそのよう にこの今まで解いてきた 例えば全勝と言いましてお釈迦様がでは うさぎとして生まれたとかタとして生まれ たとか鳩として生まれたとかいろんな事柄 が今までの協定の中に出てくこれは多心男 とつまりその鳩の身を持ってですねそして またカスの身を持ってとか様々な身を持っ て人々を強気し続けてきたん だということ
は我我々が恐れる ま つまり六欲点というところに 住む第6点のま時には間として現れて人々 に法を解くこともあるんだとこのように 解かれてるわけですそして次に は今度 はあるいは個を示しあるいは多を示しまた 下下です よ仏の実を示したりこれ本当の仏の身を 示したのがこの如来寿両本ですね私は 単なる19出家30上土30で里を開き 80で入滅する釈尊ではないんだクオの仏 なん だそのクオの仏が以前にあとか大日如来と か薬如来という他の姿を示したんだ さっきは時ですね今度は示しこの示しが ここっち が指し ですそしてこっちが時 ですだからそう考えればさっき解いたこと は今度は身を持ってししたこともあると それは大六天魔として現れたこと地獄の姿 を持って現れたこともあるこれ が様々な仏のみなら ず他の区会の姿地獄から菩薩の姿を持って 人その姿を示して人々を強してきたことも あるとここで4つですね6枠の中の4つ ですその後今度 はあるいは孤児を 示し あるいは他を示す と己れの 字 そしての他の字とあります宮山さん何が 想像できます今度 はちょ難しいですね己れの字というのは仏 の境遇 です己れって仏ですから仏そのものの境遇 そして またこの己れの字というのはここに度が 入ってくるわけです境遇ですからこれが ここじゃないです か客体境遇とさっき言いました 環境それが如来重量本では我が上土は破れ ざるにとか我がこのは安穏にしてこれは 己れの境遇であり ますしかし己れの境遇だけを表すんじゃ なしに他をし示すと書いてありますねと なればGっていうのはこれ境遇環境であり ますからくみ子さん他の字って何 でしょう さっきからあ地震とかさっきからはい あるいは保信を示しとかあるいは多心を 示すの他ですから区会の境遇を示すことも
あるということですね地獄から菩薩までの 境遇を示すことが あるとなれば南山さん喉の地震は上土の姿 です かまさに江戸の姿ですね しかし示すというのはその前にあります ようにこの行商の2というのは利益を 与えるわけですよ さあそし たら もう水もない道路は崩れ家は崩れそして また下敷になった方々がいらっしゃる そしてまた震災の影響であ震災とはまで 読んでませんねこの地震の影響で多くの人 が 亡くなり嘆き苦しむお姿そしてまた水 やその食料 に植える 姿これはまたに地獄ガ障の姿ですよことに このねあれほどの災害にになられて本来 ならばねえ思い申し上げまた駆けつけて 少しでも手を差し伸べるこういう方別れ じゃないわけですよそれに常時てどんな こと起こってます南 さんもう何間 かいわゆる盗みが起きてるわけですねそれ も出張して盗みするやつもおるわけです これ震災の時には必ずこれカバ泥棒とも 言いますけれどもまさにこれなんていうの は地象の 姿ガキの 姿と言ってもこれは過言ではございませ んそうですよ ねしかしその姿は多事を示す中に入ってる わけです仏の説法なん ですどう解読 しようあの要素地獄がき熟しともう本当に 困窮を 極めまさに人々が苦の中にいるこれも仏の 説法なんだと如来治療ておくわけですこれ が補鏡の心髄 ですなぜかというと仏は冒頭申しました ように立心の中でも明らかにえの立証暗 暗黒論は全てこの3歳七難という3つの 災い7つのなこれに対する検証をされて ますなぜそのようなものが起きる かそれは日連省に何のために解かれたん でしょう現状を改善するためです 当然となれ ばその歳七なというのは仏から現状回復 せよとこのような世の中を作り上げたのは お前たちの主体であるこの地球にの主体で あるお前たちお前たちの悪業そのものが この世の中 を靴苦悩の世の中に仕立て上げ山西七難を
起こしてるんだからやかに改善せよ とその警告それが またあののの地震の姿なんです警告を 発するということは相手を癒し めるへんのなる境遇 に住んでもらい たいこのよう な気持ちそれ は天才は 仏からの警告仏の慈悲の発動なんだ捉えた 時にはこれ基なん ですすなわちこの震災というものを生かさ なければ犠牲になった方今苦悩に会えで おられる方この悲しみが悲しみとして 終わってしまう苦悩は苦悩として終わって しまうこの区は解決しなければならない 大きな世界的問題なんだそしてまた日本的 問題なんだと考え改善するその心出しと 行動が起きた時にはまさにこの仏の大事悲 が人々の心に染み渡り そしてこのよを改革に結びつけるという前 になるわけですこれがいわゆる 北 の悪前という考え方です足ことは我々に 改善をを求めてるん だそれをそのまま悲しいことだ辛いことだ 嘆く苦しむだけではまた同じよう にあらゆるところでこのよう な天才というものが 起きるということはこのあるいは他を示す という区会のことにこの3動と言われる 自国がき畜症のこの現象を我々は見せつけ られその見せつけられた中でこの改善を 図っていこうと決意をすることそれによっ て仏の慈悲というものはまさに我々の心の 中に とまり善なる行いをここに 起こすそれ が悪前ということ です ですからこの商法という我々が腐っておれ ばこの客体である恵方我々が寄って立つ ところに我々の悪心そのものが悪い心その ものが無意とし て完全に 現れるこの考え方は国と いうその柄を1年3000とこのよう に解いており ますですから 全く別の思想として補鏡以前に解かれた 上土産部教などはこの世はこの世は恵方は まさに江戸なんだから怪しい場所なんだ から苦悩の多い場所なんだからシバは行 ときたりとも忍耐を離れて存在する場所で はないゆえにこの世を捨ててナア物整えて
あの世で本当の幸せ極楽上でへ行こうこの 思想というものは全くもってこれは方便だ ということをお釈迦様おっしゃるわけです ですからこの吉事と教示 が如来受療本ではどこに解かれております 小子 さん悪前という思想はどこにとかれて ます236 ページ上の 段後ろから5行目 主上こきて大下にやかるると見る時 もとありますねこれまさに和島のあの朝一 の場所を見れば市上こつき てこのこというのは思考と言いまして4つ のいいわゆる仏教から見た時の時代感と いうものがございまして前にも言いました 条項成立の生と書きます 条項重厚栄光空港というものが解かれて おります条項というのはいわゆる簡単に 言うと地球の成立時期です銃口というの 安定時期です住むという書いて安定時期 ですその銃口の終わりに必ず小の3歳等が 起こるとそれは地球が破壊される一歩手前 なんだ栄光というのは破壊の解という字が Aという字仏教ではaと言い ます栄光そして無にきしてしまうこれが 空港 とこの重厚の 終わりから英行これが解かれてるのは主上 こつき て こ尽きてということは まさにここから空港に向かうということ ですもう全てがなくなってしまう無にして しまうこきてその時には大の3歳とも 起こり大下やると見る時もまさに和島の あの姿を見た時に我々は銃にいるのかも わからないしかしながらもう空港に向かう がごとく全て焼き払われて日々ああちら で自衛官警察官 そして消防の 方々行方不明者 を 捜査捜索しておられます ねそしてもう焼きつくしたあの家々を見 ながら雪の中も雨の中 もまさにもうあちらで行方不明になった方 はおくになっておられるわけですですから こういう古いというのございますね土を 入れてこう振ってお骨をね探されてるわけ ですよまさにこの姿が大下に明ると見る時 もこちらじゃないですか しかし見る時もというこの時というのが 大事です見る時も我がこのどは安穏にして 天人常に10万せ
とこちらは 大下 大下にやると見る時 [音楽] も 当時なんです大かにやると見る時 も大下小事と文で我がこのは安穏にして 天人常に10万せと書いてます ねこの時 こそこのような苦難にある時 こそこのクのお釈迦様がいらっしゃるこの サ世界を真の上土へ と世直ししなければなら ないそう考えた時にはこれは打ち 続く この天才そして また異常 気象こういったもの は基地の兆しを見せるん だこういう風に捉えない といけませんねだから普通考えたら大下2 アカルと見るという南山さんことと大下と 安穏とはもう全く別の概念 です全く別の 概念しかしこの大下にやるというこの天才 の時これここだけを考えればまさしく今 出来事で足出来事でありますしかしクオ 以来この我々が住むこのシ世界は上土で あると受業本で宣言なされているそのこと を忘れて私たちは御欲になれそして正しい 身に目を背けてきたそれが大下にに明ると 見る時という風に我々の完全に現れてるん だしかしこれは あるいは他事を示すというその大下やルと 見る時もという他事をまさに我がこのどは 安穏にして天人常20万セリと いう上土へ と原点回帰しなければならないとこういう 風に 解かれておりますですからこちら は 安能こちらは全であり ますこちら は大下にやかるるとあるわけです悪です この悪を生かして全なるものへと蘇生さ せること がとは蘇生のぎりと言わ れるまたは毒薬返事て薬となるという まさにこっちは毒薬 ですそして薬とせればならないそういう風 に補は解くんですですから教授は教授とし て一旦は認めしかし教授というのは我々を 覚醒させる仏仏の説法なんだ と こういう風に如来授業本で
は置いておるわけです ね天才三歳7なん です ですからここで我々は自覚しなければなら ない自覚したものは確たと言って他にこの 自覚を述べなければならないそれが立証 暗黒論として現れるの が日連証人の この論文であり ます つまり仏からの 働きかけ大事費と捉えた時には仏屋は我々 区会をそしてまたこの我々を住む国土 上土なんだとこのように宣言されそれを 上土だと我々が 認め本質は上土なんだと認め今目の前に 起きているこの 災害これをしっかりと 見つめ仏のえを鏡として補を鏡として 世直しをしなければならないここに区会が 持つ会という我々が 物というもの が 権限表に表出さ れるこういう風に考えるべきであります ですから236の前から2行 目したのだ我が上土は破れざるにとござい ます ね不言以来こは上なんだそれを認識もせず に我々は仏の身よそに欲に まみれ生きてきたその結果上土であるにも 関わらずまさに江戸の要素を呈しているん だだから我が上土は破れざるにこれが仏の 見解ですこちらで言えば我がこのは安穏に してということです先ほどの同じ言葉です これ意味はしかも主は焼きてこっちが大下 にやかるると見る時も 上は全 ですしかも週は焼けつきでが悪 です上は上土です下は江戸 ですここに主上 の物のみ方仏の物のみ方と主上の物のみ方 の大きな違いがありますですからここに私 はここは土であって絶対破壊がでできない と言ってるにもかわらずしかも週は焼け つきてとありますからしかもていうのは仏 のこの上土否定する言葉なんですしかも て全面否定するんです主情はしかも主は州 っていうのは我々主上ね主上 は焼けつきてうふ諸々の苦を書のごとく核 のごとくことごとく10万せりと見ると 仏は上土であると言ってるにも関わらず この天才を見てねこの世は生地獄なんだと だけしか思わず仏をも敬わず法も信でず ただ麦を鞭にして証しす一生明し暮らす
これ がしかも週は焼けつきてう諸々の苦の核の ごとくことごとく10万セリと 見る そして次の行この諸々の罪の主情は悪業の 因縁を持って麻 義行限りない長時間をすれども経過すれど も参謀の皆を聞かずとありますからこの 人々はまさに仏のがここは上土し世界は 本質的に上土であると言ってるにも関わら ずそれを否定するものでございますから この諸々の罪の主情はとこれを法 being罪と言い ます全くもって法being 罪教えに逆らう 罪ですからこの世自身が無間地獄 の地獄の要素をここに表して しまうまさに仏の1年に同じて我々が行動 すればここは上土なんですしかし仏の意に 反して仏を絶対否定し てこの世は生地獄だと言って法も求め ず仏も敬わ ず法も求めず 無業修行なく無知知恵なく明かし暮らし てるのは我々なん だそれ が悪業の因縁なん ですですからその悪業の因縁によっ てその因果はどうなる か237 ページ2行目常に我を見るを持っての故に しかも教師の心を 生じその後法律にして強欲に弱し悪道の中 に落ちなんだありますね法律というの仏の 言葉をほったらかしにしてそしていは仏の 道に逸脱し てま仏教の包頭問ということです法律にし て五欲に 逆止そして悪道の中に落ちその悪道という のはこっちさいね 自ら受ける無意であると同時にその無意は 境遇を通じて環境を通じて我々は苦しん でるわけです江上国と言います一方我が 上土は破れざるにといった言葉を素直に 信ずるものはその仏の大事悲を見に対し 行動を起こしたならばここは まさしく上土そのものと見えるわけです これは章不もしくは章成仏で言います商法 が成仏すれ ば同体なんですから資格同体商法とある 我々が成仏すればここ はこの国土も成仏するんだ国土成仏とかれ てるのは補鏡だけですから1年3000の 思想がなければ成仏というのは我々だけの 問題だ
それはおかしいでしょう私が仏になりまし たともし行いすましたとしても他国から ミサイルが飛んでくるそんな国が成仏と 言えますか他えだ解いてないんです補鏡 以外ではこのような我々と環境これは1つ のもの な最初言いました肌1枚でこの教環境と我 は立ってるのではなしに肌1枚で繋がって おるんだそれが即という字 です恵方即翔商法即 恵方です から236の下のら前 から5行 目4行目この諸々の罪の主上は悪業の因縁 をもで麻義行を優れども三謀の皆を聞か ずつまり三方というのは 仏ほ 教えそしてそれを正しく使え伝えるそ 放さつまり仏教と縁がないんだこのような ことをするしておるから縁がない だだから この世直しこれを実現しようと いうその覚悟と慈悲の言葉がな冥法連鏡の なというちですこれに邁進しようと誓を 立てること が自分の強欲を叶えようと難民法令業と 唱える南法劇はまさに大下にやると見ると 欲にまみれた難 ですこれを言わないのが日連集の僧侶 ですそれで食い物を稼いでおるというのが 現実世界ですから防犯自身をまず借物し ないとダメだと言われのが今の時代ですね 防さが腐り切っておる とその 後今度は反対なんですねこのね我が土は 破れだるにから3の皆を聞かず を ここ天台大師はポケモンぐ保健因縁と おっしゃって ます仏法層の参謀に愛まみえることがない 因縁を不因縁見ることができないから県 因縁というこのように天台来しはホッケ 文語の中でご説明なされて ます今の箇所ね我が上土は破れだるにから 参謀の皆を きずその次はその次の行 から 特権因縁と言い ます次の諸々のあらゆる読を 収入は質なるもの はすなわち皆我がここにありて頬を解くと 見るある時はこの主のために仏 の仏仏の命無料なりと解くと久しくしてい まし仏を見立てまるものにはために仏には 愛がしと解ここまでが特権に見る
とつまり見るというのが仏と法としてそう ですニは七にあるものというのは国子さん どういう人です か仏様のおっしゃることを素直に受け入れ てうんその通りですけど今のこの話で言え ば あ我が上土は破れざるにと言われたここ 上土だと認めることこれが 自ら の見解これを捨てて自らを自己否定して 自らの考えを横に置いて仏の推を 受け入れるつまりここは上土だとクオ以来 の上土だとクオの釈尊がおっしゃっておら れるそれ を素直に受け入れること入はでないと素直 に受け入れられない自分が頑固であると仏 の言葉を 跳のけて しまうこの乳はというのが南です よ七って質素で 正直看聞で読むと任は七 者すなわちみ我が身ここにありて頬を飛ぶ と見るとだから特権因はね 仏とほ とそしてそのことを教えてくださる層 正しき層を見ることができるん だその見るっていうのはどういう意味なん でしょう一心に仏を見立てまらんとほして 自ら信明をしま ず時に我れ及び主共に良樹線にいず たこれが 236ページの上の 段前から2行目主上すでに新福 しこの音のお釈迦様を信じそして福祉って いうのは敗するこれ自己否定なんです ねそしてさっきも出てきました七にして心 難 にですね下もそうなってるでしょ乳は私儀 なるもの は同じ意味 です一心に仏を見立てまなんとほして自ら 信明をし ます一心に二心 なし仏を見立てまたらクオのお釈迦様を 満たせます なこれを干して自ら信明をします自らの 命この命を もとし てこの仏 の言葉を信じ実現しようとするものそこに は 必ずその時に我及び手我というのは音の お釈迦様及び守というのは本の菩薩党の 仏弟子ですね共に良樹線に いずこうござい
ますということはクオのお釈迦様の弟子と して共にこのシャバ 世界良樹線 において愛立てまることができるとある わけですこの良樹線っていうのはねインド でお釈迦様が補欠を説法なされた場所 しかし単なるこの領事線というのは限定的 な場所っていう象徴的に場所を表してます けどこれシャバ世界全体なんですこの行動 を起こす時にはそこが領事線なん だつまり補説法の場所なんだ それを如来人理基本ではまさに知べしこの ところはすなわちこれ道場 な諸物ここにおいてあのくたら3三ぼ台を え諸物ここにおいて法林を展示諸物ここに おいて初範したも とこのようにお釈迦様説法されてますね この今読んだところでございますけれども 1年3000というものが解かれてません か一心にとあります ね一心に仏を満たせまらとして自ら信明を しまずこれがここ でしょ私たちのことでしょう 主体そうですねそしてその一心っていうの は1年です ね我々の1年です ねそしてその 後一心に仏を見立てまらとして自ら新名を しまう時 にこれもここの時と一緒 です一心にこちら見てください一心に仏を 見立てまらんとして自ら信明をしず時 に時 に我及び主共に良樹線にいずこの領樹線 っていうのは国土じゃないですか客体じゃ ないですか 見てください 前まさに良樹線にといえば暗黒じゃないん ですか安穏なる国ここに1年3000が 解かれてるんですねこの仕掛の治療本の ですから同時なん ですハの花は花と身が同時ですね こ ね四角動体ですそして 一心に仏を見立てまらんと干して自ら神命 をしまず時 に我及び守共に良樹線にいずと良樹線と いうのはまさに上土を表してますしかし その上土は一心に仏を見立てまらんとほし て見から親民をしまずこれが立証なんです そこ に小方と 恵方私と国土我々とこの世界これ は1つになるその1つになるのも教授を 起こして大下にやると見る時ももうこれは
教示として悪として悪国土という姿を見せ ますけれども今申し上げてるのは この一心に仏を見立てまらとして自ら信明 をしまずという前地良きことそれによっ て我及び守共に領樹線にいずと いう悪国土はまさに全国土へとなる江戸は まさに上土へ と蘇生するこのように考えることが自と 立証安国論の一点でありますここ が立証なす時 に本来ならばここは上土なんですけども 江戸の要素を 見せるそこにというものが必要になるそれ によっ てまさにク以来の土ここに回避していくん だと原点に回避していくんだ江戸即上土 とこういう風 に 実際ねあの南山さん簡単でねお寺とか神社 は暇ですか忙し忙しいでしょね何してます た 大概あの4時10分ですかそれまでの間 大晦日からお寺とか神社 はしてませんでした か祈としてました ね何の祈としてました天才起こりますよう にて気としてましたかんなバカな話は ない大概で も その祈願の内容といればどんな内容 でしょう一般の人 は 安全叶内安全健康健康いわゆる諸が上手 です物々の願いを成就しようと諸がの気筒 です よそうですよね諸がの気筒というのは簡単 に言えば自分だけの気筒です わ何の役にも立ってないわけですよそれに 加担してるのが防災なん です全く祈願なんて聞いてないんです元旦 からの詐欺です です簡単に言うと祈願は効かないとだめ 例えばあの電荷製品買うでしょね使用説明 書がございます ねその使用説明書に乗っ取って使えば必ず その機能を果たすわけ です使用説明書は仏教で は点です よそれにのとっ て教えというものを修行すればこれが使う ということです使えば そのお経に載ってる通り にの結果を 生むということ は日本全国の防犯はそれをしてないという
ことです そしてまたそれをせずに ずっと強欲にまみれた気筒ばっかりをして 今日まで来たまた坊さに任せとけば いい再戦を払えばなんとかなるだろう そんなものじゃないわけです よしかしそれが世の中にまかり通ってる こと が主上尽きて大館に明ると見る時もとか 法律にして欲に弱し悪道の中に落ちなんと いうまさにお釈迦様をほったらかしにして この補強から逸脱し てそれをなして いるリシ国論をちょっと開きいただきます か 85ページ最後の 宮山さん何度書いてます真ん中ぐらいから かのかの短期を主戦よりこの一教を近善に はとございますね短期ってどんなもん でしょうですねはい気筒です ねここで言う気筒 は天下太平の気ででもあるわけ です別に諸が成就とかそういう気筒では ございませ んけれど も誤った教えで祈りをいくら捧げて も何の効果もないという こと そして祈りよりも大事なことは何かとと 実践です世の中にこの日連証言が おっしゃりたいこと世の中にこの思想この 1年3000の思想本当の世界平和の思想 というものを補欠が解きその補を信じ行る ことによっ てここに上土は権限するん だこれを追求することつまり追求は実践な んです実践することが本当の祈りなんです 祈りというのはこのご本尊の前で単に祈る ことを祈りとは言ってないわけですね 世直しをすること ですそしてこの一教近善にはこのリシ国論 の中ではこの一教というのは誤った念仏の 推しを一教と言ってる わけ しかしこれを1歩拡大解釈すればかの期 っていうのは今の時代では天下太平を祈る のまずこれは少ないもう強欲にまみれたヨ の 祈りこれを出し てるこれを祈っておる とそれが一教につがってるのが今の世の中 じゃないです か何々けかない安全カ優勝年中 安泰諸が 上々大体祈りをしようとすれ
ばその祈りの元である教えというものを知 なければ祈りはできないんですその祈りと いうのは個人の祈りでは なし一言で言うと世界平和の祈り立証暗黒 の祈りでなければならない そこを完全に逸脱してしまっているという のは現代の宗教気筒 の事情である とこのようにやはり捉えなければならない だからかの短期をまずこれは覇者しなけれ ばならないこんな祈りをしてるから こんな悲惨な出来事 が 日々起きておる とそして86 ペ後ろから3秒 目辛木を両用に習い草を婚に 忘る南山さん療養って何 でしょう量という字 はちょっと分かんないです [音楽] たたっていう食物してますかたこもしも 好き好き好き好きと言います ねこれ食べは辛いんです よ辛を両用になら しかし食べると だんだんとその辛さは薄れてくるわけです 次は草を婚にはするとこしって何でしょう トイレ です用を出した時には臭いです けどその臭さに慣れてしまいませんか しばらくおる とということはねこれも現代的な今の 世の中に合わす と誤った祈りはをして いる僧侶もそしてまた気筒を願うものもで それがごく当たり前のようにもう身につい てしまって全くそこに は自らが足信仰をしてるということを忘れ てしまっているつまり悪い信仰に 慣れ親しんでしまってるということ です現実の今の現代の か そして今現代的に述べてますけど87 ページ前から3行 目下 のあ下の下の方これひえに主局の言葉を 述べた全く仏教の説を見ずこれが今の防災 の姿です よ 現代法に言ってますよ現代に当てて人えに 至極の言葉っていうのは 何仏法を曲げる私の言葉 ですつまり 私論直接曲がった説これを述べてるのが今
の防犯です日連集も含みます 東大このご当を受ければ聞きますよ我々に は人数力がありますからというようなこと をねその日連集 の鬼藤市荒行というところの電子が今回の 新聞の中で皆100日の間でに人数力を お自ら得て帰って ください日連証人は離婚通力によるべから ずと 大事なのは教えなんだ とこれが日練習の法道と いうだ からお経にもないそしてお経に順次で解か れた日連証人のこのご分5所にもないにも 関わらず至極の言葉を述べて 私に解釈したり全く経の中身を知らずまた 自分の利害のために点になき言葉を述べて だから全くほ仏教の説をみずと法によって 人によらざれ釈迦様がおっしゃってるにも 関わらず仏の教えによらず自ら の自論 に自論を振り回し人々を悪道に落として いる 姿毛の至り悪のとこれ嘘つきですね毛の 至りアックのとが悪口のこの罪いいても 類い なくもうこれほどの比較できないことに この消防補を批判否定する 最も思い積みなんだだから攻めてもあまり ありといくらせめてもあまりあり と そして8889 ページちょうど真ん中ぐらい に主人の曰これ日年の言葉 です あその1行 前わいを消し何をとるの術あらば期間と 発すとこれ質問者の言葉です問いですわい を消し難をともるですからここで3難に なります ねもしそのす方法があれば期間と発す とこういう風 に質問者 が主人に対し て問を与えてるわけ ですそうしますと主人の曰これが答えです 世私はこれガグにしてあえて剣を損せずと 私はこれはまさに明にして愚か者にして 決して賢者ではないとあえて剣を損切と いうのは賢いものではない と賢いものではないからただ共について いさか所存を述べる と教門についてというの はどういう意ですか法によって でしょうそれによってイが所存を述べ
つまり私の意見は決して持ち合わせてい ないただによってのみこれをお答えし ましょうこれが伊坂所動のべその上のガグ っていうのはどういうこと か自分はガグ愚か者であって決して健人で はない賢い人ではないそれはお釈迦 様自身が成人であり健人であるから 自らお釈迦様の弟子として私は愚か者で やはりお釈迦様より決して賢いものでは ないとだから私は自らの見解を捨てて お釈迦様の言葉についよって全て聖者を 判断しよう とこういうことです ねそもそも知実の胸この災難を いわゆる消滅 するその答えは内での間にそのも 行学や とたくさんあろうと仏教の中にも下道の中 にも仏教以外の教えの中にも潰さにあく べきことかすと全てを述べることはでき ないしかしたし仏道に入りてしばしば不安 を巡らす にまずの人を禁じて衝動の柄を揉んで ば国中安穏にして天下大平ならまず 足思想というもの を他足気筒という もの足信仰のあり方というもの法によって いない信仰のあり方というものに対して 批判を加えることが防の人を禁じて ですそれは補教以外の惜しを解いている もの信じているものを当然のことながら 補強に縁がり ながらお釈迦様の言葉に耳を傾けようとも せずお釈迦様の言葉を知ろうともせ ず教えに 逆らうそういうものを禁じなさいこれが 覇者です横島なものを破るというそして その後衝動の柄思ではお釈迦様の御言葉 通り時御言葉通り修行おしをといてるもの そういう友人々をそういう 僧侶思では国中安穏にして天下太平ならん これが安穏 でしょ安穏国土の暗黒ですということは 立証の中身はただ正しい押を広めるだけ じゃないんですよまずほぼの人を禁じてと いう破その後検証たし教えを解くことを 立証と呼んでるわけ ですここがやはり基本となってまいり ます そして92 ページ後ろ から真ん中ちょっと左ですね補鏡に曰く これが補鏡本ですもし 人信ずしてこの補教を信ずしてということ この教をを法せばこれが世の中の人々木と
いうのは 破る小と言いますけど法というのはそしる 逆らう記法背はすなわち一切世間の物資を 断然この仏の種を用してるのは補教だけで ありその補鏡の種を断ることつまりこの世 から抹殺 するその罪は補鏡を信ずして補鏡を利用し こういった人々ですそして己れの強欲を 全頭せんこういう人々ですないしその人 明中明中して安国にいらんとその悪言は 必ず長方として悪い意味でこっちですね 商法とし て主体ですから我々は事業自得 です死して後命終わって安国にいらんと しかしその国にいらん要素は現現実に表し てるわけですそれは何かという とこの今を着ておる災害であります まさにインタビューアーが報道 の今どのようなお気持ちですかまさに生 地獄ですとこの前そのように答えておれた そりゃ生地獄でしょう家族が開した家の 流れ夢になんて阪神大震さもそう です今年で29年目でしたね1月17日の 今思い出した波が出る思いです よ東海したの後に家族が残されて生き埋め になってね まさに日が迫って おる地獄でなにななん でしょう それ教門懸念なり教門が明らかだと私の 言葉何足はへここも出てますね私の言葉は 度加え加える必要など ないおよそ補教のごと ば補が得ごと君は大場点をほるものは無料 の五逆に優れたりと我々 も源父や母を殺し今 の仏滅後仏教を研ぐ僧侶を 殺しお釈迦様に傷をつけ教団を潰すという この誤逆剤に優れるのがこの補のに対する 方法なんだ とゆえに浴び大場に落ちて長くいずるご なけ 半業のごとくは仏の言言であればたえ五逆 の苦を許すとも法法の手を許さずここ大事 なところですねこれは比較論です誤逆剤の ものに対してね供養をすると誤虐剤を犯す ものそれよりももっとひどいのがこの法法 の防犯であるとか法法の信者に対して伏せ をすること これは比較にならないほど重い罪なんだ いえば悪業を重ねるものに資金遠慮すると いうことですからこれを法being姿勢 法法のほしをとめるとしっていうのは中止 の死とめるもしくはほぼ金星とも言います 背を禁じる不正を禁じる
と次93ページ前から 1234567行 目ことと言いますけどその下早く天下の 性質つまり天下が静かにそしてまた安穏 なることを思わばて早く天下の性質を思わ ば全からく国中の方NGを立つべしと法を 攻めよと批判せよ と消防を広めるその前に防 を達したこれができていないから今この ような歳七難が起きておるんだというのが お釈迦様 のお考え でそして93 ページ最後の 行下に全く物資をるに ただ人へ に防を憎むなりとその人を憎むんではなし その人が成しているその罪の行為 を行くものである とこれとこんな言葉どっか聞いたことあり ません か罪 をそうもうこの鎌倉時代とからこれは お釈迦様なんですの考えなんですみな仏の 子なん だこれは日本の内かに皆ことごとくこれ 我がこりとった如来事業本に我もまたこれ 世の 父とありますからみな仏の子なんだだから ねこの仏の 子つまり物書を持っているあらゆる 主情それを憎むんではなしその行為を憎む んである とだからそれ釈迦の以前の仏教はその罪を 切ると言えろも農民の以後の教説は すなわちその背をとむとあります から釈迦以前の釈迦の以前の仏教はという のはどういうのかというとお釈迦様の前世 の物語ではです ね 二半業の中に出てくる武徳王獲得器の物語 とかいったような物語が出てきてつまり 消防を解くものに対して傷をつつけるもの は武器を持って退治して良いと いうこういった事柄が解かれてますけれど もこれはあくまでもお釈迦様の前世の物語 あっ て その罪を武器を持ってその人を罪を犯させ ないために命を奪うというようなことはし てはならない農民の以後の仏教は農民って いうのはお釈迦様のこと ですよく救うと書いてる農民農民の以後の 節はすなわちその背を届くと決して相手が 防者であってその防者が武器を持っ
正しい身をしよとくもに襲いかかってきて も武器で退治してはならないそれは補欠上 不共謀昨今を見ていただいても分かること なと思いますならばその罪を犯すものには その背を とむその資金炎上をしてはならない不を とまなければなら ない 力ればすなわち司会万法のこれ世界ですね 司会万法一切の師匠その悪に施さずみな このの善に着せばいかなるなんか並び 起こりいかなる災いか競いたまらん来らん とつまり災難は病むであろう とそして 94ページ後ろ から2行 目あごめんなさい先にこちらえ904 ページの 123456 1234567行目ですから途中から初戦 国土太平天下安穏 は一人1人より万民に至るまでこのところ なり皆が好むところなりとだから今私たち が願ってるのは冒頭お異る時 にのの方のにの方々の その復興これを願いてだから誰1人願わ ないことはないわけです皆が好むところ なりと願うところなり好むところなり願う ところなりと入ってます ね早く1千代の背をとめ長く州の層にの苦 を いし海の白露を納め法山の緑線ををきば世 は技能の世となり国は具の国となら思考し ての法水の先人を新着し仏家の統領を操縦 せこうございますつまりこの中身は早く 1000台というのはこの悪法 特補教以外の悪法徳僧侶信者そしてまた補 教現代法に言いますよ補教を信じつつ日連 証人のを語りつつ欲の気を盛に し そして誤った補強の解釈をルフするもの これみんな1000代 ですその背をとめる不を とめるこれが まさしく第1代大事なところなん だこれはもう立暗国論も重要な小習文と 言われるところ でですから後ろから3行目94 ページもしまず国土を休んじてこれが国土 安穏です幻を祈なんとほせば現というの こっちくさいね現世と当世現在世と当と いうがまさに来るよですから将来現在と 将来未来現在と未来を祈らんと発せばこっ からがものすごく大事です速やかに上領を 巡らしこの上領というます補教を元にし
て自らの心を 巡らし急いで急ぎて大事を 加え胎児というのは批判です 誤っ た教え誤った補鏡の会釈の誤った補鏡の 広め 方現代ではそうですそれに対して批判をし なければならないということですですから それ が当なんです幻を祈らに祈らんに まる祈らにまる退治に まる退治せよ祈ることは退治することなん です ただご本蔵の前 でね我々よく言うんですよこれ後ろ見て ください立証暗黒ね祈るところ司会奇妙 好戦立証暗黒万民契約とかね一転司会会 奇妙法末法万年好戦口 だけその祈りは退治をしてこそ祈りなん です祈りこそ退治することなんです分かり ます かそれは実践 でしょだから海幕省にありますように日連 証人は主持の迫害を与えられたん です それが次第法難で言われるものですそれが サ にいらっしゃる日連証人のお姿なん ですゆえはいかん薬師教の七難のうち5難 立ちまちに起こり2難名を 残せるつまり5なと2難を足すと七難に なるでしょ3歳7難の七難もう5なは完全 に起きておるとしかしあと2難だけが残っ ておる ともしここでこの幻を祈り胎児を加え なければこの二難は必ず起きるという仏の 予言 ですその二難とはいわゆる他国筆のな南 さん他国新物って何でしょう大体自から 想像 できる他国からの侵略ですねそしたら次は 次回翻訳 は出たくでたおっしゃる とるそしたら薬師教の七難 はそこに読を入れた まま や教の七難は何ページになりますか ねえっと初めの方 です2行 ぐらい出てこようかと思いますえっとどこ ら辺最上の方です立証暗黒論の [音楽] えっとはいございました80 ページ 1行目薬師教に曰もし設定理感情応答の
災難怒らん時この後ですいわゆる人衆出役 の 名皆皆さん何 でしょう駅という字 は 伝説病 です もし国王が誤った教えを信じまた万民に その誤った教えが浸透し たらつまり攻防によっ て消防正しいえを食する食べる書店全人は この 捨て去り悪鬼が悪い鬼が人々の心を救い この世に七難を及ぼすともしくは3歳を 及ぼすとその第1これ別に順番通りじゃ ないんですけどね順番は気にない認出役の なその次さっき出てきましたねもう人衆 出撃は起こってたんです当時日連処の時代 に赤絆創と言われ た 疫病他国親筆これがまだ起こってない しかし後にこの暗黒論を解かれて 後文明5年という時期には蒙古から国書が 届くわけですよいわゆるその後に起こるの が蒙古集合 です文明の駅と公安の駅と いうその次次回翻訳これは起きてなかった ですから日連証人が佐に流された 時2月15日 に法条徳宗のイボ兄弟であります北条トス というものが京都の六原短大というところ から内乱を起こし鎌倉に飛びしていくわけ ですよこれも適中するんですね後にだから 静粛変幻のなこれ何 でしょう28宿と言って昔はこの星座です ね星座 が乱れるということです運行が日額白色の なこれは日食合食というのは定期的に 起きるもんです ねいわゆる時がきだらそれが乱れること ですそしてこの辺りは全て 例えばこれ 隕石こういったもの静粛変形の名になって きますこの日月白色っていうのは例えば こういうこともありますえっと ね黒鼻 の2次って見たことあり ます これ機上庁の気場庁だったかなあれを見て いただいたら画像を黒と白だけなんです これも他の教典に国別2項であり ますそれとか ね太陽が3つに見えると かこれ がいわゆる
青春変とか日月白色と言われるようなそし たら次南山さん肘風は大体分かると 思い風大風 台風も入ってくるでしょうけど時にあらず というのはこのこの季節には雨が降りこの 季節には雨が降らないこれ例えば強って いうのがそうでしょ雨が降る時期 でしょそして他の8月とか例えば9月とか 例えばこの2月とかこれ雨が多い季節じゃ ないでしょ本来 はにもかわらず時にやらず 風が吹き雨が降るおっしゃった 台風最近台風どうです訳の分からん時に来 たりしませんかこれシ夫 です そして今度は家事風の名何 でしょうその接でないにもかわらその自説 であるにも関わらず雨が降らない梅雨に雨 が降らないよく最近ありませんかあの どこどこのダム がひがんているとで農業要子が困っている とこれ人衆出撃のな何かありませんでした ここしばらく コロナコロナじゃないですか 1番1円他国親筆は これ今には今は起きてません ねしかしこれ台湾用地の問題とか考え たら沖縄に海兵隊がいるん でしょうこれもネトに入れなければな次回 北極はこれを起こそうとしたのは近年あり ませんでした かオムです よくと起こそうとしたんでしょ サリ で静粛変の なそして日月の白色な他の教典ではねここ には大教高光明教人皇教もあります何が 書いてある か火山の噴火と かそしてまた そして土石流こういったものは全部解かれ てるんです よで肘ふの なこれは大雨 洪水そして またこの津波 も他の点には この自主安国の中に は引かれて ます例えば ね ええ79ページ見ていただきます か1行 目仏法実に本元せば出発層長く諸本をまた 申出せだこれ仏法が誠の仏法消防が隠れる
ことによっ て そのきざしがあると防寒が髪の毛伸ばし週 はまず髭を伸ばし髪の毛伸ばし杖爪を 伸ばすとこれが1つの仏法の乱れのきしな んだこんなことまで立れてる わけ2行目見てください 城壁途中から下の方城壁破れ落下奥 ことごとく破れ 避これ何のことですか地震 でしょう そして5行 目諸の生鮮地一切 ことごとく捕獲し土地ことごとく貫路し 定立して区間と なりこれは何 でしょう活水ですよ雨が降らないことです その後初山みな少年して天竜雨 をふらさず初山み少年してこれ粉河 です それは誰のシかこのページの中央より ちょっと左がチンという字がありますね上 にチンとその 後核のごと不前号の悪を悪く我が消防を 帰依し天人の道を尊厳せんとありますね 悪王と悪く悪い防犯が結託するもしくは 悪い防犯が白法を解いて 悪良き王様を悪王に貸して しまうそして79ページ最後もし1歳の 商人去る時は7な必ず怒らたあるでしょ これ 全部 点なんです よですから日連所の時にこの時代に今から を今起こっているのはこの認えごめん なさい他国新立の議会翻訳 の暗黒論をおかきになってる時には後の2 難だけが残ってるわけですけれどもこの点 から言えば必ず2難は起こるということ ですですから我々もこの二を起こさない ように教えを解くというのが防犯の使命な んです よだから我々防犯が悪いとこのノの地震も そのように思ってこそ宗教者としての1つ のこれは教示であり ます えだから1234行目下を見くださいその 国土の中 に7つ7の恐るべきなありか80ページ です よ前から読みその国土の中に7の恐るべき 何あり とそして80と書いてある右斜め 上これは価です大国を焼き万長を焼き 尽くしそして次
の今日は耐水100勝を表目し太陽による 洪水です自説翻訳して冬雨降り夏雪降り 冬の時に来年へれし冬に雷がなったり そして6月であるにも関わらず表層白を ふらした氷下 あれそしてその後百水黒水少水をふらし 土船石炭をふらしこれ何のことです か何のこと でしょう土石流 ですそして竜巻です巻によって人が え巻き上げられ砂や石こ石を暮らせそして 次の行こが逆さに 流れ山を浮かべ石を 流すこれなんですか甲が逆さに流れ津波 でしょう分かります南山さんこが逆さ山を 浮かべ石をこれも石流そのものです土砂 崩れと かそして後ろから3行目途中から天地国土 公用し円歌同年して百層交換し5国見ず 円歌同年してこれどういう意味ですか異常 気象それもいわゆる 常熱の異常気象 です高温っていうこと です高温になってこれが円歌同年子紅葉子 円歌同年子天地国土か もいわゆるもう高温になってまさに炎が 巻き上がってるようなそして100百層 交換し5国見るつまり食料む です 土地確認して番所滅さ住む場所を失うと いうこと ですそうなりますと国が乱れます から後ろから2行目司法の族きいて国を 犯しこれが他国親筆ですね内の族起りこれ が他国親筆と内乱です ね家族水族風俗貴族割手100章乱し病 投票こ怒ら んつまり即ラジに俗が出現するということ 海賊でだっ たり山賊であったり投票らんはこれ は内乱ですね戦が起こるとそこらで戦いが のごとく決する時を7のなとなすとこう あります からずっと今まで読んでいった番号を打っ てあります第1の何第2の何そしてここは 第7の何となすなりと7な全部出てくる わけです よさあ この元に戻ります が 94ページ最後のよゆえはいか死教の七難 のうち5難立ちまち起こり2難なを残せと あ残るはあと2なだこれ起こさせてはなら ないいわゆる他国親筆の難次会翻訳の難 ない
と そして後ろからあ前595ページ前から5 行 目万民を多くぶ滅ぶその 後千南これ明らかなり高際なんぞ疑わんく さんどういうでしょ かさの難これ明らかないと呼んだら5なの ことです7難のうちということは5が中し てるのであるから後残っている2難も必ず 起こるみさんご理解いただけます かそっから一行行きまして あその続きもし残るところのな悪法の戸に よりて並び き並び起り競い来たらばその時いかんがせ んや とどうするだと後の2難が起きればと帝王 は国家を元として天下を納めこれも今自民 党の 問題どうですか昔は天皇でしたけど今は民 主義でございます から大臣制度でありますからこの民主主義 のトップ は総理大臣です ねそして与党です ね国家を元として天下を収めてます か今の 問題人身は田園を領して施錠を保つとここ が国家とじ人民の問題ですね役割です シカルに他方の底来たれてその国を親筆し 侵略し次回翻訳して氾濫が起きてその地を 領せば奪えば兄驚かざない兄がらん や国を失い家をめせばもし国この国道をし ない自らの家を召せばいずのところにかよ 逃れるこれ避難 でしょうそうですよ ねこれ 今パレスチナで起きてる問題じゃないん ですか どこに逃れたらいいん だこの国が失い家がなくなれ ばノの方もそう でしょうです から今の時代に相して話すと補補教を信じ 縁にありながらも補教をきこもとせず欲を 全頭戦がために気を頼んだりしてそれを また受け日連のような 防この言葉をどう映るかということ です何を祈なければならないか何時 すべからく一心の安藤を思わば自らの幸福 ですね一心の安自らの幸福を思わばまず 指標の性質を祈るべきものか と全世界の平和を祈るべきもの かそれが本当のなんだその本当の気とは どんな何をすることでし たかの板長視線よりこの一教金殿に
は法法の人を禁じて衝動の友を重んで ば 今まで読んだところを見れ ば早く天下の性質を思わば国中の法法を 立つべしこの法法を立つ悪法を批判する それが祈りなんだと先ほど申しましたね 暗黒論の通りであり ますこの何時すべから一心の安藤はず標の 性質乗るべきものかそれが宮沢健二の世界 が全体幸福にならないうちには個人の幸福 はありえないその底本がこれなん です宮崎健人はご存知のように熱心な補を 信者でありました日連証人のためには命を も ねするという風に親友の穂市にこう述べて いる言葉が思い出されるわけで ますそして96 ページちょうど96と書いてある右上何時 早く信仰の寸心を改めてつまり改めなさい という風に教えに逆らうその罪を指摘し 球団しなければならない批判しなければ ならないだから先に覇者が来てるわけです ね信仰の真身を改めて改めなさいその後 速やかに実情の一然にせよこれが補鏡の ことです真実の大場の1 内北家最も第1内すでに時今時まさにとか この教は最も何心難言 釈尊1大事の因ね釈尊出世の本願と言わ れる補鏡を信ぜよと進めなければはなら ないここが検証ですね覇者検証と 続そうすれば光ればすなわち山階は皆仏国 なりこれはこの図を見ていただいたらこの 後ろ のしかればすなわち 3階は皆仏の国だとこの私たちがつむシバ 世界は仏の国へといわれる仏国へとクオの 昔以来怪奇するん だその仏の国上土がどうして衰えましょう や仏国それれ実方は私たちが見るこの実方 の国土は報土ないこれも上土という宝土 なんぞ破れんやどうして上土が破れ ましょう やそして本当の幸せというのがこうです国 に水尾なく国におえがなくどに破壊なんば 生え なんばこの国に推どに生えというのが3歳 7なのこと ですそこで初めて美はこれ安全にして心は これ前場なら ん まさに ね身は 安全心は全という安能これを幸せと呼ぶん だだからここ丸してもらうところは国に水 なくの国まていれてますかどに生えなんば
の どそして身はこれ安全にしての身心はこれ 前場ならの心上から言う と国土真心と続きますつまり度が安穏で あるからゆに身は安全であり心は平穏なん だこれが本当の幸福なんだにもかわらず 強欲の祈りばかりしてこの国家の国土の案 のすなわち誤った教えに対して批判も加え ず自ら保信のためにそれを見過ごしそして 覇者賢章を忘れている法法の友を責め ないそれが今の3歳七難の現状であります だからこの本当の平和の中の福というこの 言葉このこと信ずべくあむべしとこれが 立春安国のの結論になっており ますそれによっ てここの3歳七難の理由を通ておった客は 根性ご障たか包だらんたか恐れだらんと 現世もそして死後の世界 も皆これを恐れております現状の三歳必な また死後の世界しかしこの教門を開きて つぶさに仏語を受けたまるあなたからその 仏の言葉を受け賜る秘宝の戸が至りて重く 私たちが今まで知らず知らずの間に起こし ておった補教に 対する補教に背く罪それは至りて重く そしてこの補 鏡を破るそのほぼの罪は誠にふかしとまず 反省の名も述べられましてそして後ろから 2行 目いよいよ気候のをきますます客の地を 開きその後速やかに胎児を巡らしてここも 胎児でしょ先に覇者です早く太平天下太平 を いたしこれによって天下太平があるんだ この速やかに胎児を巡らしてが立証です そして太平いしが暗黒 ですまずをじこれ生前って言いますね生前 っていうのは生きてる間です よやじ は安全ということでしょ安穏ということ でしょ少年を休んにさらに持子を助け持子 というのは自分が死んだ 後これは補鏡の現世安穏というのが然を 休んじさらに物号助け が5章前章上から行くと現世は安穏にして これがまず然を休後は前書に生ず死後はね それがさらに物語を 助けそして結論がただ我信ずるのみにあら ず自分がこのことを納得したならばという のがたずるのみにあるまた他の誤りを戒め のみと自分がこれを納得したならば未だに 目を開いてないここに目を開いてない人が いるからその人に対してその人の考えを 批判しまたこの思想立証暗黒の思想 をその人に言い聞かせよというのがこの
最後の結論でございますます今日は全く 予定以外のお話をさせていただきましたが 立証暗黒論の容姿というものを述べさせて いただきました来月はまた え怪物省 の この後頭本の3かの直線の上にラバ本に2 科の官業ありといったところからえ続けて お話をさせていただきますちょっと イレギュラーなお話をさせていい申し訳 ございませんえ最後にのの地震でお 亡くなりになられた方々に対して自身より ご訳申し上げますとともにこの災害を我々 は美力ながらとめる 努力商人それが愚兄そして自らも法法を 犯さない ことでござい ます犠牲者の方々 に大目3章を持ってごし速やか な復旧復興をお祈りしたいと思います南 妙法連教南妙法 芸南ありがとうございましたありがとう ございました
ありがとうございました。
依正不二
立正安国 万民快楽
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経
南無妙法蓮華経🙏