美空ひばりからユーミンまで、天才たちが大滝詠一を恐れた理由#大滝詠一 #昭和平成歌謡

美空ひばりからユーミンまで、天才たちが大滝詠一を恐れた理由#大滝詠一  #昭和平成歌謡



昭和・平成の曲やアーティストに関する雑学を紹介しています。

動画の内容がいいなと思ったら「いいね」と「チャンネル登録」お願いします!
制作の励みになります!

33 comments
  1. ポップス伝でしょ。でも未完で亡くなったのが残念でしかたがない。新春放談も楽しみだったけど。

  2. 「これほど底知れない天才は、音楽界に」
    もう一人居るんです。
    細野晴臣という。

  3. りんごを食べて亡くなった、みたいな話がありますが、単にりんごを食べてる最中の発症だっただけで、大動脈瘤破裂だったと思いますよ。
    血圧、高かったのかなぁ…. 早過ぎるご逝去でした。

  4. これ、細野晴臣さんも大滝詠一が亡くなった直前にコメントしたよな、誰が彼の膨大なポピュラーミュージックの知見を引き継げるのか?と。

  5. 大滝詠一さんはミュージシャンとして売れたかったというより、ポピュラー音楽の集大成を研究して、世に残したかった人だったのかなと思います。ご本人のアルバムにも傑作が多いですが、アイドルから演歌歌手まで、他の歌手に提供した曲も印象深いものばかりで、本物の天才だったと思います。

  6. たまにしか仕事しないのに オファーが来るところ
    こういうのカリスマって言うんだよ

  7. 美空ひばりが畏敬の念を持った音楽家が大滝詠一ならば、自分の作品を歌わせた小椋圭って何者?

  8. 「日本のダンスミュージックのルーツは音頭である」としてへんてこな音頭をいっぱいつくってたの好き

  9. 盗作か上手いだけで吉田拓郎みたいに自分のメロディなんか無い!誰も知らない洋楽をそのまんまパクってますよね!どこが天才笑わせるな

  10. 盗作がぱれたら洋楽の伝道師だって、俺は音楽通ってファンはなんとでも言う

  11. 神が日本のポップスの天才作曲家を一人選ぶとすれば、大滝詠一か筒美京平になる。

  12. 大瀧さんが作り出したスタジオ録音の音源は、現在の曲を作っている人達の元になった音源です。しかし音楽レベルは大瀧さんの方が遥かに上です。

  13. この天才プラス細野さんの奇才が加わり…茂さんのノスタルジーと松本隆の震える歌詞。それは伝説となるわ。

  14. あれは まだ日本が底抜けに明るく ずっとずっと
    右肩上がりの未来を信じられた頃 大滝詠一さんの音楽、 声、 大好きでした💓🤩

  15. 分析、分類し、カテゴリー化の秀逸さ。 自論、世界史分の日本論が、完成して欲しかった😢

  16. 植木等さんが在籍していた「ハナ肇とクレージーキャッツ」のベスト盤のCDを買ったら、ライナーノーツの解説が詳しくて非常に素晴らしく勉強になりました。
    しかし、そのライナーを書いたのが『厚気羅漢』と言う名前で、歌謡曲分析の際に用いていた大瀧詠一さんのペンネームだったことを知って、それまで以上に尊敬するようなりました。
    まさに巨人です🎉

  17. お正月と言えば〜🎵
    日本ロックの草分け的存在、はっぴいえんどの頃から天才でした。🎉

  18. 76年のナイアガラのアルバムに入っていた"こんな時あの娘がいてくれたらなぁ" でしたか…

    あの曲、全く注目されたことがないような曲ですが、私としては物凄~く大好きな曲です…

    70年代半ば…
    はっぴいえんどが解散し、ソロとして気楽に(?)楽しくやっていた頃…

    私にとっては、70年代半ばの日本の雰囲気を伝えてくれる曲なのです…
    (私はまだその頃は幼少期でしたが)

    まだその頃は、大瀧さんも大ヒット曲を作ろうという感じではなく、曲作り、アルバム制作を楽しんでいた時代だったのだと思います…

    あと、78年のアルバム"ナイアガラカレンダー" でしたか…
    あれに入っている"クリスマス音頭~お正月" …
    これも大好きな曲ですね…

    70年代の日本の年末~お正月の一般庶民の、楽しい雰囲気をよく伝えてくれている曲だと思います…

  19. 中学時代にこの音楽🎉と、頭が鳴りましたピーン😊やはり大瀧詠一さんしかいない

  20. 初めて訃報で泣いたのが、大瀧詠一さんでした。大瀧さんが新作出す出す詐欺をやらなかったら
    私はとうの昔に死んでたと思う。

Comments are closed.