大滝詠一さんはミュージシャンとして売れたかったというより、ポピュラー音楽の集大成を研究して、世に残したかった人だったのかなと思います。ご本人のアルバムにも傑作が多いですが、アイドルから演歌歌手まで、他の歌手に提供した曲も印象深いものばかりで、本物の天才だったと思います。
植木等さんが在籍していた「ハナ肇とクレージーキャッツ」のベスト盤のCDを買ったら、ライナーノーツの解説が詳しくて非常に素晴らしく勉強になりました。しかし、そのライナーを書いたのが『厚気羅漢』と言う名前で、歌謡曲分析の際に用いていた大瀧詠一さんのペンネームだったことを知って、それまで以上に尊敬するようなりました。まさに巨人です🎉
76年のナイアガラのアルバムに入っていた"こんな時あの娘がいてくれたらなぁ" でしたか… あの曲、全く注目されたことがないような曲ですが、私としては物凄~く大好きな曲です… 70年代半ば…はっぴいえんどが解散し、ソロとして気楽に(?)楽しくやっていた頃… 私にとっては、70年代半ばの日本の雰囲気を伝えてくれる曲なのです…(私はまだその頃は幼少期でしたが) まだその頃は、大瀧さんも大ヒット曲を作ろうという感じではなく、曲作り、アルバム制作を楽しんでいた時代だったのだと思います… あと、78年のアルバム"ナイアガラカレンダー" でしたか…あれに入っている"クリスマス音頭~お正月" …これも大好きな曲ですね… 70年代の日本の年末~お正月の一般庶民の、楽しい雰囲気をよく伝えてくれている曲だと思います…
大瀧さんは、唯一無二のミュージシャンです。
和の大瀧詠一、洋のブライアンウィルソン
ポップス伝でしょ。でも未完で亡くなったのが残念でしかたがない。新春放談も楽しみだったけど。
「これほど底知れない天才は、音楽界に」
もう一人居るんです。
細野晴臣という。
りんごを食べて亡くなった、みたいな話がありますが、単にりんごを食べてる最中の発症だっただけで、大動脈瘤破裂だったと思いますよ。
血圧、高かったのかなぁ…. 早過ぎるご逝去でした。
これ、細野晴臣さんも大滝詠一が亡くなった直前にコメントしたよな、誰が彼の膨大なポピュラーミュージックの知見を引き継げるのか?と。
大滝詠一さんはミュージシャンとして売れたかったというより、ポピュラー音楽の集大成を研究して、世に残したかった人だったのかなと思います。ご本人のアルバムにも傑作が多いですが、アイドルから演歌歌手まで、他の歌手に提供した曲も印象深いものばかりで、本物の天才だったと思います。
やっぱ
うなずきマーチかなぁ〜
凄い音楽家なのに、穏やかで腰が低く気さくなところ
しかもサイキッカーだったことかな
レッツオンドアゲイン◎
亡くなられたと聞いた時に、ついに本気を出さなかったなぁと思ったことを覚えています。
たまにしか仕事しないのに オファーが来るところ
こういうのカリスマって言うんだよ
松本隆も本物の天才なんだよなあ。
天才のコラボで誕生した神曲集が「ロンバケ」
常に「天才」を感じていましたよ。不世出ですね♬
ロンバケはフィル・スペクターサウンドそのものだと思ったけど?
美空ひばりが畏敬の念を持った音楽家が大滝詠一ならば、自分の作品を歌わせた小椋圭って何者?
幸せな気持ちに成れる作曲者!
「日本のダンスミュージックのルーツは音頭である」としてへんてこな音頭をいっぱいつくってたの好き
盗作か上手いだけで吉田拓郎みたいに自分のメロディなんか無い!誰も知らない洋楽をそのまんまパクってますよね!どこが天才笑わせるな
盗作がぱれたら洋楽の伝道師だって、俺は音楽通ってファンはなんとでも言う
神が日本のポップスの天才作曲家を一人選ぶとすれば、大滝詠一か筒美京平になる。
大瀧さんが作り出したスタジオ録音の音源は、現在の曲を作っている人達の元になった音源です。しかし音楽レベルは大瀧さんの方が遥かに上です。
彼があと30年生きたら、日本の音楽の地図はどうなっていただろう。
この天才プラス細野さんの奇才が加わり…茂さんのノスタルジーと松本隆の震える歌詞。それは伝説となるわ。
あれは まだ日本が底抜けに明るく ずっとずっと
右肩上がりの未来を信じられた頃 大滝詠一さんの音楽、 声、 大好きでした💓🤩
分析、分類し、カテゴリー化の秀逸さ。 自論、世界史分の日本論が、完成して欲しかった😢
植木等さんが在籍していた「ハナ肇とクレージーキャッツ」のベスト盤のCDを買ったら、ライナーノーツの解説が詳しくて非常に素晴らしく勉強になりました。
しかし、そのライナーを書いたのが『厚気羅漢』と言う名前で、歌謡曲分析の際に用いていた大瀧詠一さんのペンネームだったことを知って、それまで以上に尊敬するようなりました。
まさに巨人です🎉
お正月と言えば〜🎵
日本ロックの草分け的存在、はっぴいえんどの頃から天才でした。🎉
76年のナイアガラのアルバムに入っていた"こんな時あの娘がいてくれたらなぁ" でしたか…
あの曲、全く注目されたことがないような曲ですが、私としては物凄~く大好きな曲です…
70年代半ば…
はっぴいえんどが解散し、ソロとして気楽に(?)楽しくやっていた頃…
私にとっては、70年代半ばの日本の雰囲気を伝えてくれる曲なのです…
(私はまだその頃は幼少期でしたが)
まだその頃は、大瀧さんも大ヒット曲を作ろうという感じではなく、曲作り、アルバム制作を楽しんでいた時代だったのだと思います…
あと、78年のアルバム"ナイアガラカレンダー" でしたか…
あれに入っている"クリスマス音頭~お正月" …
これも大好きな曲ですね…
70年代の日本の年末~お正月の一般庶民の、楽しい雰囲気をよく伝えてくれている曲だと思います…
これぞ大瀧詠一ワールドそのものと言うスケールの大きさ
中学時代にこの音楽🎉と、頭が鳴りましたピーン😊やはり大瀧詠一さんしかいない
よく分かんないとこかな。分かれば自分も天才だよ。
初めて訃報で泣いたのが、大瀧詠一さんでした。大瀧さんが新作出す出す詐欺をやらなかったら
私はとうの昔に死んでたと思う。