織田信長 10人の娘のその後 名だたる大名に嫁ぐも、五徳以外の血は残らず【どうする家康】

織田信長 10人の娘のその後  名だたる大名に嫁ぐも、五徳以外の血は残らず【どうする家康】



参考文献
渡辺江美子『織田信長の息女について』
(柴裕之『織田氏一門 (論集 戦国大名と国衆)』)
https://amzn.to/3WCHakz
岡田正人 『織田信長総合事典』
https://amzn.to/3mQufNV
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信長の娘は、徳川家に嫁いだ長女の五徳をはじめ、蒲生氏、丹羽氏、前田氏、筒井氏などの大名家に嫁いでいきましたが、五徳を除き、配下の大名との縁組が主に組まれました。
本能寺の変の時にはまだ幼かった女子も多かったことから、信長の後継者となった秀吉の意向で公家に嫁いだ娘もおり、秀吉の側室にもなっています。
信長の娘たちは嫁ぎ先でも存在感を示しましたが、嫁ぎ先が断絶するか、大名として残っても側室の子が跡継ぎとなるかで、五徳を除き、信長の娘の血が大名家に直接残せませんでした。
今回は、信長、秀吉に運命を左右されながらも、名だたる大名、公家に嫁いでいった10人の娘の生涯、その後について紹介していきます!
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【画像引用】
大河ドラマどうする家康公式サイト
https://www.nhk.or.jp/ieyasu/

#どうする家康 #日本史 #歴史

16 comments
  1. 五徳は信康切腹からかなりいきましたよね?7年後?爆笑

  2. 加賀前田家が金沢に入るか入らないかに近い時代、金沢にほど近い松任の城が別の領国になっていたとは知らなかった…松任城って文化会館の前の石垣に囲われた公園の事だったっけ(・_・?)

  3. 今回、動画の右上に氏名が入り、動画で説明されている人物が肖像画で確認できて、理解しやすかったです。

  4. 明智光秀は本能寺の変の後に筒井順慶が味方になってくれるはずだと考えていたようですが、信長の娘が筒井家に嫁いでいたのなら、普通は無理そうだと思いますけどね。他に信長の娘が嫁いでいた丹羽、蒲生、前田が明智に通じるはずもないので。

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