全身の筋力が衰え、首や肘、膝の関節が思うように動かせなくなっていく。そして、呼吸を司る筋肉も弱まっていく難病「筋ジストロフィー」。根本的な治療法が確立していない進行性の病です。5歳のときに診断され、車いすで日常生活を送る18歳の男性が、札幌で大学生活という、新たな挑戦を始めました。支える人と支えられる人。その関わりの先に、ある気づきがありました。
■壁を乗り越え入学「ワクワクしています」難病と挑む新生活
たくさんの壁を乗り越えてここに来ました。今年4月、大学の入学式に出席したのは、重い障害がある和田輝政さん(18)。輝政さんが進学したのは、江別市にある北海道情報大学です。
和田輝政さん(18)
「新生活が始まった実感があるのでワクワクしています」
「ウルリッヒ型筋ジストロフィー」。全身の筋力が徐々に衰え、運動機能が低下していく進行性の難病です。大学入学を機に輝政さんは、札幌で一人暮らしを始めました。ただ、介助なしでは暮らせません。
食事やトイレ、お風呂など―。関節がこわばり、首の向きや姿勢を自由に変えられない状態です。大学へ向かう一日の始まり。朝の身支度も簡単ではありません。輝政さんの筋力は、電動歯ブラシを持つのも精いっぱいです。
和田輝政さん(18)
「6時45分に起きます。眠たいけれど仕方がないですよね…間に合わないから」
「重度訪問介護」と「大学就学支援」が、輝政さんを支えています。札幌市のサポート制度で、複数のヘルパーが交代で24時間、輝政さんをケアしています。
■指先でドラムを叩いてセッションも…輝政さんの原動力
輝政さんの取材を始めたのは半年前。今年1月のことです。輝政さんは、中学校の恩師とライブステージに上がっていました。指の関節には強いこわばりがないため、指先を動かすことができます。輝政さんは、タブレット端末でドラム音を出せるアプリを使い、恩師のピアノ演奏とのセッションに臨んでいました。
首を動かせないため、指先に視線を向けることはできませんが、モニター越しに指先を確認。巧みにパッドを叩く“ドラマー”として、熱のこもった演奏を披露しました。
和田輝政さん(18)
「いろいろ出来ないところもありますが、その制約が起きている中で、いかに自分の能力がいかせるかどうかが、私は一番大事だと思っているので」
“できないことではなく、できることを探したい―”。それが、輝政さんの強い原動力です。
■将来の自立を目指す大学生活…授業にはヘルパーも
大学への通学は車で片道40分ほど。2人のヘルパーが同行します。大学では経営の専門知識を学び、経済的な自立を目指しています。大学構内は電動車いすで移動。授業中は首の向きを変えられないため、ヘルパーが講義をスマートフォンで撮影。輝政さんの目線方向に設置したパソコンの画面に、映像を映し出します。
北海道情報大学では、重い障害がある学生の受け入れは初めてのことです。輝政さんの入学にあたって、大きな問題への対応が必要でした。
和田輝政さん(18)
「ベッド問題ですね。トイレで用を足すとき、ベッドが必要です。着替えをするために必要なんですけれど、ベッドの大きさだったり、高さだったり…まず、どこに配置するかが課題でした」
輝政さんの家族が、ベッドを大学に寄贈。3か所のトイレが対応可能になりました。
「ウルリッヒ型筋ジストロフィー」の進行によって呼吸を司る筋力も低下します。患者にとって、空気を鼻へ送る呼吸器は欠かせません。正しい位置から少しでも外れると警報音で知らせますが、輝政さんはそれを敢えて切っています。
「警報音で授業を妨げたくない…」との思いからです。そうしたことから、ヘルパー2人が不測の事態に備え、講義中の輝政さんを見守ります。
■5歳で「ウルリッヒ型筋ジストロフィー」と診断…増えていく困難さ
和田輝政さんが生まれ育ったのは、北海道・十勝地方の音更町です。「ウルリッヒ型筋ジストロフィー」と診断されたのは、輝政さんが5歳のときでした。
父親の和田賢さん(59)
「輝政が小学校入学の時の写真ですね。小学校3年生になると、ぶつかって転ぶ危険があるので、お医者さんから車いすに変えたほうがいいですよと伝えられました。それで学校に行く時は、車いすを使わせるようにしました」
輝政さんは3人兄弟の末っ子。成長とともに困難な場面が増えていきました。症状が悪化したのは中学2年生のとき。札幌の病院へ転院し、今年3月、北海道手稲養護学校三角山分校(札幌)高等部を卒業しました。
できなくなっていくことが増えていく日々。それでも、ドラム演奏に挑戦するなど、自分の世界を広げようとしてきました。
大学の学食でもヘルパーが“介食”で、輝政さんをケアします。この日はチャーシュー麺を選びました。
ヘルパー・安部伸一さん
「柔いよ、チャーシュー。行ってみる?」
和田輝政さん(18)
「うーん、結構スパイス効いている絡む系ですね。麺がもちもちして、飲み込みやすいし…“きょうはおいしかった”」
ヘルパー・安部伸一さん
「“きょうは…”って言ったらダメだよ(笑)」
和田輝政さん(18)
「きょうも…」
ヘルパー・安部伸一さん
「こちらから勝手な思いでする介護じゃなくて、話し合いながら、もっとこうしてほしいとか、いろんな方に働きかけて環境を変えていく。“もっとこうだったらいいのに”ということがあったら、相手にお願いをして交渉して、できるところだけ変えてもらって、自分の環境を作ってらっしゃいますね」
■輝政さんのもどかしさ…互いの戸惑いと気づき
そんな輝政さんは、私たちの取材中、もどかしい表情を浮かべていました。間近に控えた体育祭の準備。輝政さんは実行委員の一人です。ゲームソフトなどで対戦するeスポーツ競技の予行演習中のことでした。輝政さんが、近くにいた実行委員の学生たちに声をかけるも、顔や体の向きを変えることができず、気づいてもらえません。
ただ、しばらく、そんな時間を過ごしていましたが、いざゲームが始まると空気が一変。輝政さんの腕前に大きな拍手があがったのです。
和田輝政さん(18)
「やりました!」
実行委員の学生
「めっちゃ、ゲームうまくない!」
お互いに、どう接したらいいのか分からない…。戸惑いは、輝政さんも周囲も同じでした。
和田輝政さん(18)
「マジ楽しかったです、ありがとうございます。私にどう接していいのか、相手は最初、分からないと思うので、自分からがんばって話しかけて、勇気を振り絞ってやっています」
■延べ30人のヘルパー…途切れない24時間介助
進行性の難病「ウルリッヒ型筋ジストロフィー」と生きる大学生、和田輝政さん。大学と自宅の生活を、延べ30人のヘルパーが交代で支えます。
ヘルパー・安部伸一さん
「“就学支援制度”は、このタイミングで、後片付けが終わったら、そこで終了なんですよ。ここから制度が変わって“重度訪問介護”になって、別のサービスがスタートして2人介護が認められないのでここからは、私ひとり」「嫌かもしれないけれど、おっさんと二人です」
大学にも同行したヘルパーの安部伸一さん。晩ごはんの準備や片付けなど、この日は夜9時までの担当です。食事の献立は、輝政さんの好物、親子丼です。
ヘルパー・安部伸一さん
「今回は、少し“つゆだく“で、柔かめに作ってあります。いい匂いするでしょ?」
和田輝政さん(18)
「めっちゃいい匂い、おおすごい!」
ヘルパー・安部伸一さん
「成人男性のご飯180gとかでしょ?輝政さんの量は半分以下の80gです。お昼に学食で食べたチャーシュー麺も半分だから、成人男性の半分より少ないかも…」
安部さんの担当時間が終わると、次は深夜から朝までケアする、別のヘルパーがやってきます。24時間体制の介助が、輝政さんの日々を支えています。
■共に過ごす日々がもたらした確かな変化
病は、少しずつ体の自由を奪っていきます。それでも和田輝政さんは“できることを探し続けながら、進行性の難病と向き合い、力強く日常を過ごし続けています。
大学のクラスメイト・安田翔栄さん
「補助する場面は必要かもしれないけれど、こういう生活、こういう感じなんだなと思えるようになった。身近に障害者と触れ合う機会がなかったから、輝政さんと知り合って、自分の中で具体的になった」
和田輝政さん(18)
「変に気を使わなくて良いですし、普通の友達として接してほしい」
支えられながら難病と生きる、その日々は、和田輝政さんと周囲の人たちに、新たな気づきをもたらしています。
堀啓知キャスター)
和田輝政さんがもどかしい表情を浮かべている場面は、少し切ないなと感じる部分もありましたが、和田輝政さんに出会ったことで、学生たちに変化が起きてるんじゃないんでしょうか。
コメンテーター・鶴岡慎也さん)
輝政さんを追った特集は、これまでのシリーズ3回とも、ずっとスタジオで、その成長を見させてもらっていますが、常に”やれることを追求”しているじゃないですか。
周りの大学生からすると、出来ないことが沢山ある中、いろいろ挑戦している輝政さんの姿は、お互いの成長に、きっとつながっていると感じますね。
コメンテーター・竹部礼子さん)
学生のかたも話していましたが、小学校、中学校、高校では重度の障害があるかたと、学生生活を一緒に送る経験が少ない中で、大学の世代で輝政さんを友人ができることは、お互いにすごく刺激があると思うんですね。
大学4年間ありますから、どんどん仲が深まったり、お互いに理解が深まっていったりすることが、今後の取材でも見ることが出来るのかなと思うので、とても楽しみです。
世永聖奈キャスター)
輝政さんの父・和田賢さんに、困難な日々の中で取材を受けてくださる理由について伺ったところ『ウルリッヒ型筋ジストロフィーという難病の我が子が、どんな経過をたどり、どう工夫して生きているのか。その日常の記録を残して、同じ病の人の役に立てれば…』と話してくださいました。
堀啓知キャスター)
同じ病の方々にもメッセージも込めて取材を受けてくれている…ということですが、同時に今まで難病のかたと接したことのない周囲への影響も確実にあると思います。
日々、当事者と触れ合っている学生たちは、お互いを深く知る、大切な気づきにつながっていくんじゃないかなと思います。今後も取材を続けていきます。
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💩をして他人にケツ拭かれるの
嫌やな。チンコが立たへんのも
嫌やな。大変やな。