長野智子のテレビなラジオ Vol.86
A 長野子です。テレビを生き抜いてきている方をお迎えしてテレビにまつわるディープな話をラジオでトークしていく番組。オーディ長野智のテレビなラジオ。今回も前回に引き続き元日本テレビアナウンサー長井な子さんをお迎えしてお送りします。それでは後編カルズノーパワーのお話からスタートです。 そこからもう怒涛のアイドル、アイドルアナウンサー生活が うん。どう?いや、どうですかね?ま、でも情報番組とか、ま、スポだから本当にいろんなジャンルをやらせていただきました。 でもあれだ、マジカルに出て どんどん顔が売れてくわけじゃない? うん。うん。そうですね。 その経験はやっぱり今でも覚えてる。 なんかあの時って今みたいにろんなツールがないからみんながテレビ見てる時代だったから私も表件属時そうだったんだけど有名になるってこういうことなんだっていう現象がいっぱい起きたんだけど自分に ああ やっぱりそうだったでしょ あのね番組やってたんで私お酒を飲めなかったんで夜の街っていうの出ないわけですま うんうん で朝の番組やってるんで出社が早いんですよ なんであんまり人とすることがあなるほどね内でもあんまり人いないもん そう、そう、そう、そう。誰もいない。あの、会社の中で 1人ポツみたいなことが多かったんで、 あんまりそのなんかこう変化は感じなかったんですけれど、 ただ座サンデーっていう番組、日曜日のその情報道番組をやってた時に取材に結構出させていただく時に うん。 顔を覚えていただいてるから取材の入りが入りやすかった。 ああ。ああ。長井さんっていう感じです。あ、わかるわかる。 [音楽] これはね、あ、うん。 ものすごいろんなこう壁をっていうかね、もうあのステップ階段をバーンと飛び越えてうん。 懐に入ってきるっていうのはやりやすかった。 ああ、分かるわ。 これはやりやすかったですね。 あ、どうもすいません。日本テレビのからこう段階をこう踏ばなくてもああ、似てのマジカルの長さんでね、最初入れちゃうもんね。 そう。見てますよとかから入ってくれるから。あ、ありがとうございます。 今日はこういう取材でって言ってそこからもういきなり入れる。 ああ、なるほどね。 それは大きかったです。 ああ、そうだったんだ。 うん。 あの、なんかそれで歌ってたじゃない? 歌って 踊ったり。さっきもちらってしゃいましたけど、まさかあの踊るとは思わなかったって。そう、そう、そう、そう、そう、そう。 [笑い] あれは私はあの、ま、外から見ていて うん。 日手でレついに3 人組で踊り始めたなと思って。 いや、富士も劣らせはしなかったんですごいなと思って見てたんだけどね。ど、どうだったの?あれはドラ もうそれこそあのマジカルズノーパワーのプロデューサーが小すさんっていうね、あの全社長ですけれども、彼がその日本テレビ 35 周年でなんかやんなきゃいけないキャンペーンを。 で、なんか長いとかちょっとパパッと集めて 3 人でなんか踊らされたらどうだ?ミケっていたのご存知ですか? ミケ覚えてる? ミケ。 うん。 思い出の苦重栗浜なさい。あのであ、そうだから踊るポンポコりんの後ろでこうやって踊ってた方たちねがミケって言うんですけど、その方たちがあの思い出の 9 じくりカマっていうね大ヒット曲があったんですよ。 はい。 あれ3人だから。うちも3 人でミケはあのね、ちゃんとした猫だけど、ま、ミケじゃな、ちょっとドラ猫のドラにしよう っ言ってドラ。 それでドラ。 そう。 ああ。 だけど大概的にはかっこ悪いんで ドラティックレイディのドラて言ってましたけどただのドラ猫のドラなんですよ、あれは。 いや、ドラ猫のドラの方がいいかも。ドラティックレイディより。 そう。で、 もうこすさんがあのね、日本テレビの 3 階の今でも覚えてますよ。あの出演者ロビーであ、長いとかっていうエレベーターホールの前で私が呼び止められて あ、今度あのちょっと歌ってもらうから って言われて うん。 は、今のアナウンス部長に回してきたからって言ってエレベーター乗っちゃってパーシャンって言って扉が閉まってもうそれだね。もうそれでやるしかないですよね。 いやあ、頑ってたよね。言えないしね。 [音楽] 結構ね、だって売れたしね。 売れたかどうかはわかんないですけど。 いや、なんか恥ずかしい感じではなかったじゃない?だって結構読ずかしいですよ。 そうだった。 相当恥ずかしいですよ。 なんか音楽番組出てたもんね。 あ、だから伊さんのやってたね、やってらっしゃ、伊正坂さんのやってら、あの、夜も引っ張れっていう番組で 一応企画物として出させていただきまして 35周年なんで許してください。 アナウンサーが歌うのもていうことで、ただ伊さんってあのバラエティをね、日本テレビにね、あの不倫になられてから日本テレビにたくさんお出になってあのね、バラエティの顔だと思われてる方も多いと思いますけども先輩よくご存知の通りにはい。 大変厳格な アナウンサーの方でらっしゃるし、もう実力も素晴らしいですし、あの、いっぱいことも教えていただきましたけれども、伊さんが冷やかな目で私たちを見てるのがよくわかるっていうね。 分かります。 分かる。わかる。それはね、分かってしまうね。 分かってしまう、 分かってしまいますね。 分かってしまっただけに あの、もう本当にこう、あの、視線あげられずにずっと歌うみたいな。やだ。 本当に しょうがないじゃない。業務命令なんだから。 いや、そうなんですけれども、もう常に泉さんの視線をここに感じながら何やってんだこいつらって思ってらっしゃるだろうなって思い。 言うほど言うほどそこまではあれみさん観葉よ関西人だし まあね、しかもほら藤士代に私みたいな見てるから いやでもね、 まだまだ観葉だと思いますけどね。 あのアナウンス時点を丸ごと食べたっていう話をね。 そうそう。もうさんね、 あの、大阪関西出身の方なんですけど、アクセントを直すためにアクセント時点治ったものからページを食べてったっていう逸が あるんですよ。 そうですかね。 本当だって本人は言ってましたけどね。僕食べてたんだよ。で、そうそうそうそうそう。 もうそんなのがあったんで、もう本当にね。 で、28歳ですよ。 うん。で、もう、もうこの年でそんなミニスカート履いて踊らなくてもいいんじゃないんですかねって。アナウンス部長に言ったら うん。 長い。 うん。 後輩たちを引っ張ってやれ。 なんだかいい言葉なんだかどうなんだかっていうね。もう もう後の2 人がね、安本正子ちゃんと米森まみちゃんっていう、ま、後輩だったんで、もう彼女を ま、 そっか。 もう引っ張って うん。 お前みたいな仕事ができるようにうん。うん。させてやってくれて。 ああ。 あ、じゃ何?今のテンション、話してるテンションからするともう割といやいやってた。あれはあの本当に申し訳ないんですけどもあれは嫌でした。 ええ。あ、そうだったんだ。 うん。 いや、 なんかね、 ごめん伝わってなかった。なんか楽しそうな、もうこの人アイドルなのかなっていうぐらいの可愛さで いやな。 踊ってた。 もうあのね、あのでも長野さんだから言いますけども はい。 あの私は私なりに結構積み上げてきたつもりだったんですよ。 うん。うん。うん。うん。 情報番組でろんなとこに取材行ったり ね。で、アナウンスメントももう本当にひどかったからね。 最初読みがひどかったんで、ものすごい特訓もしたし で、マジカルスノーパワーも あのバラエティってものをすごい研究して、ま、自分なりにね、なんかこうやっとなんかこう回せるようになってきたかなって思っていたところであ、やっとここまで来たって思ってたのが [音楽] うん。 もうアイドルアナウンサー扱いされた段階でガラガラドっしんだったんですよ。 あ、ああ、そうだったんだ。 いや、批判がすごかったんです。あれ実は何やってんの? ああ、 アナウンサーなのに。あ、SNS なくて良かったよね。お互い たら大変ですよ。もう これはお互い 本当にお互いもう今の時代じゃなくてよかった ね。 やっぱり 車内でも言われましたもん。 あら、そう。 見たよって言いながらもやっぱ日冷やかな目だったんで、 もうとにかく車内でもなるべく人目につかないように歩いてた。 ああ、わかるな。 さなのに勘違いし。 わかるな。なんか今でこそ女子穴と呼ばないようにみたいなムードになってるけれども はい。 当時そのむしろ女子穴っていう言葉が 完成されてくさ中にいたからお互いう うん。そうですね。 調子に乗ってんじゃないのっていうようなこの冷やかな視線とか はい。 こっちはもう業務命令だから必死にやってるんだけどもあったよね。あった。 そういうのはありましたね。 なんかそれこそミ上も私誰にも言ったことがなかったんです。入社の試験の時も一切言わなかった。ほんでむしろ隠してた。 あ、そうなの? いや、だってそんなこう上ついた人が取ってもらえるわけないと思ってたから。あ、さすがに言ってるの空気感ですね。 フジテレビはだって野けこちゃんがミスソフィアだったし。 あ、そうそうそう。だからもうなんかこっちはミスソフィアで向こうはなんかニテレはなんだかミスが入ったらしいみたいな感じだったからさ。いや、だからね、ミス、あ、ミスソフィアのそれもうよく覚えてます。ミスソフィアになった時に彼女はずっとキャンキャンの表紙モデルだった。 そう。モデルやってた。 私そん時にライターしてた。 え? ライターっていうか企画をしてた。 え、キャンキャンで? うん。 そうなの? そう。あの、ま、ミッセージにあの、同じ時期に選んでいただいたんです。で、表紙も 1 回実はやらせていただいたんですよ。その表紙がひどくて [笑い] し山しさんがとってこれだったらもう私ないなと思ったんですよ。それぐらいひどい師で [笑い] 肩やこ野け子ちゃん山しさんとったもうすごい綺麗だと。 うん。うん。 だて私はもう目も当てられないぐらいも 初点に並んだら買しめて誰も見ないようにしようっていうぐらいひどかった。 そんなことないでしょ。 その当時の編集長に すいません。私はもうちょっと表に出ることはもうやめたいんで。 うん。 あの、ま、手伝ってくれってキャんキャンをね、手伝ってくれって言われたんで。 うん。 あの、表に出ることだけはやめさせてくださいっつって。 うん。 で、わかった。じゃあ女子大ならではの企画をやってくれと。 へえ。へえ。 で、月に1回もう企画書いて うん。おらま ね。 そう。 もう編集書に持ってくっていうことをやってた。 あ、 そうだったの。 もうね、私もう割れながらあれはいい決断だったと思った。 うん。ね。でも結局同じ道をね。 いや、そうです。だからソフィアさんと ま、そうなんですよ。だからうん。そうですね。この稽古ちゃんもみたいななるべくしたアナウンサーになったんですよ。私だからなるべく顔が出ない。 うん。うん。 けど喋ることは好きだったのでラジオのアナウンサーになりたいなと思って。 そう。そういうことだったのね。だけどどんどんどんどんそうやって、ま、自分のね、意思とは裏に人気になって日程の顔になってって言ってく中でアナウンサーとしてのそのほら積み重ねたものがどんどん加えてくみたいなカットもあったわけで何かこう目指しているゴールみたいなその憧れのロールモデルみたいな人はいたいたの? いや、そこで長野です。 いやいやいやいや、マジですか? 申請って変えられるんだ。 あ、そのタイミング悩んでる時のタイミング だからフリーになったのは、ま、ちょっと、ま、体調的にもいっぱいいっぱいだったし うん。 ま、ちょっと、ま、やりきったなって思えたところがあって、ま、とにかくちょっとうん。 休みたかったで不りになったんで。 で、そう色々なんかやって迷ってる時に長野さんがニューヨークに行った。 うん。うん。 で、それ時覚えてます?ニューヨークまで追いかけてって。 あ、そうそうなの?そうなろ。ゆっくり会ったのってあそこがニューヨークだよね。初めて。 そうですね。それまではちょっとお食事をご一緒させていただいたりすることはあっても友人のオタクでね。 ニューヨークで多分初めてゆっくりはあったのかしら。 はい。 そうなんですよ。あれは何だったんでしたっけ? あれはですね、あの、ま、とりあえずフリーになって日本テレビをやめて、 [音楽] じゃあこれから私どうしようかなって迷ってる時に、ま、とりあえず英語の学校に帰ったんですよ。 うん。 あの、一応正常大学文芸部、英文学科だったんですけど、何にも使えない英語能力だったんで、少しブラッシュアップしたいなっていうのがあって、 で、えっと、月近のね、あの、英語学校にい始めた。 [音楽] へえ。 へえ。で、ま、だか仕事どうしようかなって思ってた時に長野さんがあの日本で報番組をやっていたのを旦那様の転勤でニューヨークに行ってでニューヨーク大学 そうそうそういや日本って報道番組やってないバラエティやってた えでも情報番組やってらっしゃいました。 そうね。週本当に週末にね。 うん。土曜日やってたけどでも でもすごい売れてる。 もう飛ぶりをことす勢いのフリーアナウンサーがうん。 旦那様の転勤でニューヨークに行くみたいな。 うん。 で、ニューヨーク大学にう ん。 すご え。そう って思って。 ああ。 はい。 で、ニューヨークまで追いかけていって それってそっか。 ま、追いかけてってつっても、ま、ま、旅行ですけどね。 ね。旅行でいらしたんですね。そう。 うん。んでらっしゃるんですか? て伺ったりとかマスコミがこうやってっておっしゃってるジャーナリズムでえ、先行はな、なんて、 あ、ね、メディ、あの、メディア環境学っていうメディア、大学院でね、ちょっとうん。やってたんだけど、そう。突然長井さんいらしてニューヨークにで、私すごい嬉しくて いや、でも だけどさ、そんなに悩みを抱えてそこにいらしたっていうのを私分かってなかったような気がすんな。 [音楽] なんかとにかくあの、行きますみたいな。そう、そう、そう、そう、そう。 はい。みたいな。でもあの論文書いてらっしゃる時だからすっごい忙しかったけどごめんね。時間ないけどって言ったけど時間作ってくださって で私一応英語の勉強しててって言ったら英語の先生まで紹介してくださ い。はいはいはいはい。そうそうそうそう そう。で、そのレッスンにねもうそうかていただいたり。そうそう。 それでうん。 会ってご飯ご馳そになってで、まあ、ニューヨークを歩いている長野智の後ろ姿を見てかっこいいと思って。そうでしたか。 うん。 で、 本当に この方今後どうなさるんだろうっていうのをもうこんなそう思い込んだらもう長野とこウッチャーですよ。 へえ。へえ、 推しつみたいな。 この人は次に何するんだろう?ていうのをずっと見させていただいてました。その今の話をでも私はあの、え、本当絶対嘘でしょうって言いつつも聞かせていただいたのは結構最近ですよね。コロナ禍。 そうですね。あの、コロナ禍の時にあのオンライン飲み会をしてくださった時ですかね。 [音楽] そう、そう。 長井さんって面白くてフジテレビのアナウンサーで女性アナウンサーでみんなで集まう時必ずいるんです。 そんないやさすがにフジテレビの介合には行かないですけど。 いや、いた、いた。 でもなんかこう 違和感なく普通にかですね、 みんな知ってるからね。 そうなんですよ。あのね、仲がいいアナウンサーってみんな藤じてる人なんですよ。 で、みんなそれぞれに長井子さん知ってるから、 あ、じゃあ長井も呼ばうとか言って。 そう、そう、そう、 そう、そう。普通に、普通にそう、そんな感じです。で、あの、コロナ禍にみんな飲みに行けなかった時、オンライン飲み会アナウンサー同士でやってたんだけど、その時にはね、よくやってたもんね。 うん。そう。 そん時にでもあの今でも忘れないんですけど 2020 年に私が夏っていうね、とんでもない 24時間のクラシック音楽 24時間クラシック音楽かけるぜみたいな うん 配信をやってる時にボロボロになってたんですよ。 大変でした。1年目ね、特にね、 2020 年でその時に、ま、クラブハウスとかでそのお話をさせていただいた時に 長野さんが うん。 長い頑張ってるから うん。飲み会やったりよ。 あ、そうそうそう。 言ってくださったのがもう 死ぬほど嬉しくて。 あん時中井美保さんでしょ? そう。 あと安倍千さんもいらしたかな? あとこ野っけ?この野なかった。や ヤギちゃんもいない。 あれ本当? あのねこ野ちゃんとやじちゃんは未だに私はもう雲の上の人なんであんまりこう声かけてらんないんですよ。 あ、そうそう。 記かな。 あ、木茶か。きうん。 きさちゃんいたか。 そうだね。うん。 そう。そんな感じで。で、もうね、それで長い頑張れ。 そうでたいたのが嬉しくて さ、あの、もう一気に今の長井さんの話になってくるけど、よくよく 1 人でこれだけのことを始めたなと思って、やっぱりそこは うん。うん。 もう長井み子さんの、ま、クラシ音楽愛というか、 よっぽどそこに愛がないとできないぐらい大変なことをやり遂けましたよね。 見てて大丈夫かなと思ってて本当に そうですね。 ただあのやっぱコロナが大きいですよね。 ま、もちろん私も仕事なくなりましたけれどもクラシック音楽っていうのは演奏してなんぼなんで 全くなくなっちゃったんですよ。 で、バイオリン引がUBーEAT 頼んだら仕事仲間が持ってきたっていう話を聞いて、 うわ、これはまずいと思って。 元々のあの、今聞いてらっしゃるかと思うからさ、クラス音楽との関わりというか、元々なんでそういう音楽家の人と知り合いだったのかっていう。 最初は主人が霞音楽道っていう西部にすごく小さなあの音楽があったんですね。 で、そこを経営していて、で、そこで音楽家の方たちがこう演奏しに来てくれる、ま、あの、レアみたいな子たちがいたんですけれども、彼らが全員が出しちゃったんです。 [音楽] ああ、そっか。うん。 で、最初の頃はみんなここ解放するから YouTube 撮りなとかで配信システム入れた入れたから配信こっからやっていいよとかってやってたんですけど配信っていうもの自体があんまりこう一般化してなかったので送りもダめだし受けてもよくわかんないみたいなっていう状況だったんでこれはなんか大きなことをやったら 配信というものが みんなにこう浸透するんじゃないか うんうん ていうところがスタート で、じゃあんまりね、あの、私もやったことないけど、なんか大きいことって 24 時間テレビだろうと思って、もう発想が、発想が貧困なんですけど、 やっぱり経験の範囲内でね。 そう、そう、そう。経験値こ本当にもう 1mmぐらいしかないんで。で、24 時間クラシック音楽をずっとノンストップでやったら最初は分からなくても終わる頃には配信をこう [音楽] うん。 受ける方も慣れてくんじゃないかと。 で、チャットとかも使えるようになるんじゃないか。 ていうことで24 時間ノンストップ配信っていうのを うん。 企画をして で、そのタイミングが 8月の終わりにしたんですよ。 なんでかって言うと、コロナって秋になったら収束するだろうってみんな思ってたじゃないですか。 はい。 で、9 月になったらまたコンサートっていうのが組まれてたんですけども 8月までの うん。 コンサートスケチュル全部拍信になってたはずなんです。 うん。 なんでどんなに有名なアーティストも 絶対開いてるだろうと思って なんで有名な人から順番に声かけてったんです。 ああ。 そしたらほとんどの方があいそうだからやろうよ て言ってくださったんで もうひら星のような方たちにご出演 いただけた。 そうですよ。やり遂げたんですよ。それもプロデューサーとしてね。 プロデューサー、もうプロデューサーから ADまでね、 ね、 全部 営業も全部やったでしょ? 営業も全部やったし すごいよね。 カペも書いて台本も書いて お茶出して ね。時ね、進行もして。 そう。時進行もして。 そう、そう、そう。全部出会って。で、でもその霞女音楽のスタッフが、 ま、何人かね、あの、頑張って配信もやってくださったし、ニテレの技術も、あの、協力はしてくれました。 ねえ。いや、もう本当に倒れちゃうんじゃないかなと思いながらみんなでね。 あ、頑張れ。 飲み会で忘れてたヤシお稽古いませんでした。 あ、いた、いた、いた、いた。 もうね、24 時間ずっと進行してたら死ぬから、 あの、夜中だけヤシをやって。を稽古に頼んだ。 夜中だけって ごめん。よろしく。明け方だけって言って。 うん。うん。 野ありがとうね。やってくれたんだよね。 いや、でもそれが本に最初のはもう大丈夫大丈夫みまた今着しましたもんね。 もう2年目以後、 もう夏といえば ありがとうございます。もうでもやっとギリギリですけども、もう長野さんとかね、安倍さんには本当に応援していただいていそう。私なんかもう頑張れ頑張れって言ってるだけなんだけどでもさすがです。 はい。もう絶対行くよって言って、もう本当もう毎年来てくださってね。 ま、ここにね、あの、さんの視線を感じるような感じで、安倍千さんと長野智さんの視線を感じながらクラシックコンサートの司会もね、申告してたんですけど。 いや、でも今年もやるんですもんね。 あ、今年もやります。お夏ひがで夏です。 音の夏ですよ。 はい。それを夏と読ませます。 温ですよ。 ありがとうございます。 長井みな子がアーティストを深掘りするクラッシの夏フェス。 はい。音夏20258月3日曜日 はい は午後1 時開演まだこれチケットあるんですか? えっとですねとソレ両方あるんですけどもチネはえ売です。ああれはちょっとあります。 そうなのね。 はい。 大人気ですね。もう はい。 もはやあれですよね。あの音楽の皆さんも楽しみにしているイベントになりましたよね。 いや、でもね、ま、あの、あえて夏フェスと言っているのは、あの、コンサートというよりはアーティストの人たちを深掘りする、その人自身を浮き彫りにするものっていうのはコンサートではなかなかしないと思うんですね。自分のこと話す人って暮らし婚学家ってあんまりないんですよ。私はこういう人で、こういうのが趣味でとかうん。 [音楽] そうなんじゃなくて、やっぱり私っていうものをこう媒体にしながらみんなに発信できたらいいなっていう風に思ってるので、ま、面白がってくださる方はご出演いただけます。なんで石田組のあの石田組長って石田安直さんって今クラシックの音楽では [音楽] 1 番チケットが取れない方なんですね。 え、かっこいい。 もうその方がオッケーしてくださったっていうのは本当に面白がってくださったことが大きいと思います。 [音楽] はい。 もうあの長屋さんの名会でそのアーティストの方の人も はい。 知りながらこだわりも聞けながら ありがとうござい 曲も楽しめるっていうもう本当に楽しい 3 時間インタビューさせていただいて今絶賛編集中なんですけど すごいな。 はい。 ドキュメンタリーも流しながら、演奏も聞きながらお話を聞くっていう、 え、構成にしてます。 すごい。 ま、夜はいつもの、え、手のひ口達也さんと今年はバリ島の宮本増さんでリクエスト大会なんですけれど うん。 もう本当にこんなね、もう拙いプロデューサーに皆さんついてきていただいてありがとうございます。でも絶対面白いですから ね。絶対面白いから。 間違いないです。 いやいやいや、本当ですよ。声太 はい。 ええ、あの、クラシックコンサートの中で 1番式の低い うん。そう、そう、そう。知らない人がも楽しいよね、これ。私なんかほぼほぼそういう感じなんだけども、それでもすっごく楽しい。 ありがとうござい。 あ、なるほどってちゃんと曲聞く前に、あ、こういうとこ聞けばいいんだっていうのも分かるし。 ありがとうございます。 楽しいです。ぜひぜひ皆さんお運びください。 よろしくお願いします。 そしてついにマジカル角で現代に復活した長井 バラエティバラエティ 司会のあ長さんはあの今後そっちの方の活動も いえいえもうあれは特板だけなので どうだったに いやもうねあの始まる前はうん あの本当に緊張したんですよ うん ま言っても周りはね皆さんこう芸人さんたちもねあの新鮮な方たちが多くでご出演だし で、あの、山里さんが司会でバンドさんに変って山里さんだったんで、もっとこう新鮮なね、 若いアナウンサーで良かったはずなんですよ。 うん。うん。 なんですけども、そのゴミさんがいや、マジカルの回しは長いじゃないとダメだ。 すごいっ て言ってくださったのがもう嬉しくて、でもその後のダメ出しがすごくて、 [音楽] お前ちょっとメイクなんとかしろとか。 いやいやいやいやいや。どういうこと? いや、もうやっぱり完暦なんで相当やっぱりこう 4 系の世界ではもうシもたるみも全部釣っちゃうわけですよ。 いいじゃないだってそれも分かってだって指名してるんでしょ。 いや、だからゴミさんとしては うん。 ちょっと長いのメイクもうちょっとこれこういう風にした方がいいとか おお。 あと うん。 衣装も うん。アクセサリーで全部 ああ、 持ってって選んでいただいて。 ええ、すごい。もうあれだね。番組が 1つの作品なんですね。 そうです。そ、1つ、1 つも手を抜かない。 うわあ、素晴らしい。 成行きなんかありえない。 へえ。 ちゃんと着地点があるものじゃないとやらない。 すごい。すごいな。 なんで ああ、 あの、現場行ったら ここに女優ライトですよ。 ちょっとSNSで話題になってた。 そう。あれね、私が置いてくれって言ったんじゃないです。あれもゴミ室なんですよ。長い。 もうね、眩しいみたいな 長い女優ライトとかってもう S長いさの顔が白いみたいな。 そう。いや、私も白いって思って。で、しかもゴミさんの選んだ衣装が白だったからもう真っ白な人になっちゃって、私。 いや、 そうね。そう、あれはでも いや、これ絶対言われるだろうなと思ったんですけど、でも女優ライトのおかげで、ま、たくさんシ話飛ばしていただきましたし、 ま、ありがたい話で ありがい、嬉しいね。そこまでね、でも照明の人が始まる前に、 収録する前に 照明直しに来たんですよ、照明さんが。 うん。 で、長井さん、 久しぶりですねって。朝番組一緒でしたよって。 ええ、スタッフもじゃ集まってきてんの? いや、わかんないです。すごいね。うん。 いや、もうね、ありがたい。 本当だよね。そういう方がこうやって証明を持ってきて思ってもありがとうございますって。 テレビのいいところ。 いいところ。本当てかテレビのいいところもそうですけれども、あ、あの、今ね、ま、女子穴ってお話出ましたけれども、やっぱり社員だったから、 もう技術さんもスタッフも うん。 同京ってか、ま、ま、同じ そうよね。 だったんですよね。政策のスタッフの中の 1 人に入れてもらえたから。だからそういう風に いいなって思えると思うんですよね。 うん。そうだね。 あの最初からフリーアナウンサーだったらこんな思いできなかった。あ、そう。もしかしたらそうかもしれない。 うん。 で、今の番組自体がそういうチーム感みたいのも減ってきてるような感じがちょっとするしね。どうなんだろうね。 [音楽] そうね。あのうん。 [音楽] うん。どでもやっぱりフリーのアナウンサーになってから あのうん。 まず反省会とか うん。うん。 あの番組の企画の打ち合わせとかに 入れてもらえなくなったのがすごく寂しかったですね。 あ、分かるわかる。そうでね、本当にそう。なんか輸から来る人になっちゃうからね。 そうなんですよね。ま、出来上がったもので うん。 そこで踊ってっていうことなんだろうなとは思うんですけれども、ま、それができなきゃ不りになっちゃいけないんだと思うんですけれども。 もやっぱりこう曲だった時代が長かったので うん。 最初から当たり前だっていう思いがあったし 反省会でボロクソに言われるのが当たり前だったんでそれがないのが本当今もう寂しいですね。 あうん。ま、言ってることは分かるけどもう完暦なんだから大丈夫。長井さんと同期もうほぼほぼみんな天然対職だから。 [笑い] そうなんですよ。昨日ねレの同機会があって うん。ああ、そうなの。へえ。 うん。なんでみんなあのやめていく人たちを送った会だったんですけどでもまだ元気ですよね。 うん。ね。 残る人がほとんどだし。 そうそうそう。 いや、私のあのロールモデルは未だにこうやってね、走り続けてくださってるんで。 いや、いや、もう私もどうなんでしょうね。本当にもう本人的にはもうね、 60過ぎたらもうもう老語よ。 老語だからすごい頑張って走ってきたけど本人的には自分の好きなことを見つけたり優先させたりしたいと思ってるわけ、今現在。 うん。うん。 うん。 や、昔はほら自分の好きなこというよりは自分の目指すものに対して努力してたじゃん。 うん。うん。うん。うん。うん。うん。うん。 だけどほらもうあと残りの人生もそんなに長くないからついにそのなんて言うんだろう?目指すものへの努力とかそういうことよりも今自分がやりたいことを優先しようっていう風なモードには変わってきてうん。 だそんなに うん。 わあわ走してないよ。 あのウォッチャーからしてみるとですね、あのお怪我がなさったじゃないですか? 走しましたね。 はい。 私あの時に病室で はい。 長野さん生まれ変わったんですよって言ったの覚えてます。覚えてます。嬉し あそこから変わってません。 あ、でもあ、怖。 ほら、ウォッチャーはさ、もう ずっと追ってるから 怖。ああ、そういえばね、病院に来てくださって、そう言ってくれました。 で、その時にも長いみ子さんって本当に優しい子でしょって、あの夫と話してて、そういう風に言ってくれたんだよって言って、あ、やって気使ってねって言って、また言ってたんだけど。 [笑い] いや、素直に取ってくださいよ。私の言葉。なんでそうやって?いやいやいやいやいや いや。だけど、そう、確かにそういう言いましたね。あれは何だったんですか? いや、そう思ったんです。 へえ。 だって一緒じゃないですか? うん。うん。そう、そう、そう、そう。 いや、もう あんまりね、詳しくはみんなには話してないんですけどね。大けには、 え、軸になろうかというところからの 不長のような蘇みり。もうね、ドラマかと思いました。 いやあ、ありがとう。ありがとう。ま、確かに。でもあの時から何が変わったって周りかとか仕事かっていうより自分が変わったような気がします。確かに。でも長井さんは怪我しないでね。 はい。 はい。 気持ちます。 そうよ。 はい。健康に気をつけて。 はい。 うん。やだ。私もあれ完暦だったから。私 本当に 気をつけます。 うん。これまで元気で走ってきた人ほど うん。 気をつけないとね。 分かりました。 はい。 はい。気をつけます。 いや、もうあっという間に楽しい時間。もういい話いっぱい聞かせていただいて。 私の言うこと信じてくださいね。 い、分かりました。もういや、本当に優しいからさ、素直に受け止めるようにします。もう本当に。 うん。ありがとう。ありがとう。 もうで話足りないのでこの後も収録の後一緒にランチ食べに行きます。いや、ありがとうございました。えっと、そうだ、宣伝何気なく先ほど夏の話しましたけど十分ですか?大丈夫ですか? [笑い] はい、というわけで本日のゲスト長井み子さんでした。ありがとうございました。ございました。 [音楽] 長野と智子のテレビなラジオエンディングです。 2 回にわって長井み子さんをお迎えしました。 話がつきなくて楽しかったですね。長さん の本当に普段テレビ見てるだけでは分から ない色々な素直が伝わったんじゃないかな と思います。是非長井さん頑張っている音 足を運んでみてください。番組の感想呼ん で欲しいゲストなど是非とも番組のトーク ルームにおかきください。次回は7月22 日にアップします。ここまでのお相手は 長野智子でした。 [音楽] ።
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