「やばい古代史」では、古代史に焦点を当てて歴史を紐解いていく番組です。
我々はどこから来たのか。その鍵を古代史から読み解きます。
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昔読んだ歴史漫画にも、描かれてましたね。
このBGM気になっているんですけど、なんというタイトルで、どこで入手できるのでしょうか?
卑弥呼の姪のトヨはヤマト王権に殺されたと考えている、穢れに敏感なヤマト王権はトヨを奉ったのではと
考えました、そんな神社はないか探したところ佐賀県の一宮であるヨドヒメ神社がそれっぽい、地名も大和がすぐ側にあるし、吉野ケ里遺跡もあるし、私の中では邪馬台国は佐賀県になりました
張政が邪馬台国に着いたときには卑弥呼は亡くなっていると魏志倭人伝に記されています。だから、政等以檄告喩壹與(張政は檄を以って壱与に告諭す)とありますね。
邪馬台国=土蜘蛛は私もそう思っています。顔に入れ墨を入れる風習や女王による統治など、邪馬台国を連想させる部分が多すぎます。
狗奴国は熊襲でしょう。
外交的見地から観れば、中国南方の遺物が南九州から出土している事を考慮すると、当所にあった可能性が高い狗奴国の文化レベルが邪馬台国を凌駕していたとイメージできる。
邪馬台国の脅威となる位に狗奴国の勢力が急拡大したのは、230年呉の遠征の失敗で(史料に記載のない)一部漂着した将兵が召し抱えられたからだと。当時の航海技術を考えれば、難破して漂着する事はあっても、荒れ狂う海を往復して交易できるレベルにない。
もともと倭国の一地方政権である邪馬台国は、遼東の公孫氏の要求に応じて奴隷を差し出していたに過ぎなかった。その公孫氏は238年魏の大尉司馬懿によって滅ぼされ、この時邪馬台国の存在が初めて認識されたと。ちなみに、魏の後の晋は司馬懿の後継が立てた国。
魏側の史料においても、矛盾が存在する。邪馬台国が魏に朝貢したとされる239年は、正月に皇帝曹叡が亡くなり、幼帝曹芳が立てられていた。とても皇帝に謁見できる様な政情じゃない。邪馬台国の交渉窓口は、外交権限を有していた司馬懿だった筋が濃厚で、司馬懿の一存によって決められた可能性が高い。
史料というのは、用いるにもその内容を精査し、都合よく解釈してはいけない。ましてや、信憑性の疑わしい古事記・日本書紀などの荒唐無稽な文物を、資料としてはいけないのである。
狗奴国は千葉県の阿波忌部氏。倭奴国は鹿児島。
熊襲の同盟者
女装して泥酔させてとか
九州男児から見たら唾棄すべき
とか書いてみるてすと
邪馬台国近畿説は意味が分からない、九州にすると、卑弥呼や倭の五王、神功皇后、筑紫野君磐井とか繋がるじゃん、単に学者さんが日本を中国の属国にしたいからでしょ
日向国に彦命 天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊と磐余彦命
狗奴国は邪馬台国の南にあるとは書いてないんだけどなあ