【1000年に1人】中国”4000年の歴史”で最悪の『四大悪女』の生涯を全解説

【1000年に1人】中国"4000年の歴史"で最悪の『四大悪女』の生涯を全解説

45 comments
  1. サムネに揃ってるのは細すぎるかな、みなんなかなり太っていたと思う

  2. 非常に面白いのですが、武則天のところで呂后の漫画を差し挟むのはどうなのでしょう。音声解説と画像に映る文字が違うので混乱を招くのでは?

  3. 軍の将として数十万人を殺戮しても英雄
    宮中で数十人殺害しただけで極悪人。皇帝が怠け者になったら皇后のせいになる
    歴史は偏見に満ちている

  4. 中国の友人に四大悪女の話をしたら、全員やばすぎる、と即答してたなぁ
    中でも呂雉と武則天はケタが違うと

  5. 則天武后は良い政治しましたよ。
    増税しなかった、家柄に関係なく若者を登用した、領土を拡大しなかった。
    その証拠に、則天武后の治世では1回もデモや反乱が起こっていない。
    ただ息子達がバカで無能で跡継ぎとしての資質が無かった

  6. 光緒帝は世間の空気を読めず、法律も機能せず、学問が出来ても無知だった。
    文字が読めないし何事も無能の皇后を寵愛しなかったのは正解。
    西太后がいなければ領土を維持できなかった。
    光緒帝任せにしていたら清の滅亡が早まっていたかも

  7. 中国は男尊女卑が酷いからな
    女性が成功すると難癖つけて過剰に叩くのよ
    武則天もそうだが楊貴妃とか虞美人もそう
    武則天の頃がそんなに悪政だったとは思えん

  8. 昔から日本の最低でも10倍の人口が居てるから10倍色々な人が居てる国やろな

  9. 武則天は確かに残虐なのだが
    身分にとらわれず優秀な役人を登用したり
    彼女の治世は国が安定して豊かだった事を考えるとけして悪女の枠にはおさまりきらない女傑だったと思います

  10. 武即以降の参考画像は学研の歴史まんがを参考にしてもよかったんじゃないかな

  11. 無駄に美化してるけど権力もっては対抗勢力皆殺しを繰り返してるだけだよな
    中東、中国、韓国は延々これの繰り返し

  12. 本人がやらかした事で統一王朝が滅び、その後数百年も続く混乱と無秩序の時代を作ってしまった賈南風がワースト1だと思う。

  13. ストーリー的に呂不韋の縁者という方が後の残虐行為もしっくり来ますよね

  14. 昔、歴史苦手でしたが、これで興味持つようになりました。中国四千年の歴史はしくじりの歴史だなと思いました。

  15. 西太后の治世は多大な問題を抱えていたものの、現在では見直しの動きもあるようです。
    頤和園の異常なほどの増築も度重なる敗戦や国土の喪失によって生まれた大量の失業者を雇用するための政策の一つだとも言われています。
    また、最近の研究では、光緒帝が側近として重用していたドイツ出身の宣教師が欧米列強のスパイであったことが明らかとなっており、西太后が実権を手放さなかったのは欧米列強の脅威を抑え込むには光緒帝では役不足と感じていたからかもしれません。
    西太后は民衆から熱狂的に人気があったことでも知られており、現在残る記録映像では、北京駅に列車で訪れた西太后を一目見ようと大勢の群衆が駅に詰めかけている様子が撮影されており、民衆に手を振る西太后の姿が残されています。

  16. 明治以前では中国は勿論世界中で超男尊女卑の時代が主だっただけに女性が権力握ると残虐性が出るという言い伝えにしているのでしょうかね?
    しかしながら国民の1/3を虐殺したポルポトと比べたら民を苦しめなかった呂雉と武則天はかなり有能。

  17. 武則天にとって権力は道具で、その道具を手に入れるためなら何でもしたし道具を持たせてもらえるなら皇帝の地位にはこだわらなかったんじゃないかと思う。
    結局高宗の皇后として埋葬してほしいって遺言したわけだし。

  18. 四大悪女と言っても、男身女卑の時代、皇帝が無能で国が滅んだのを女性のせいにしたのかもしれない。無能ゆえ睡蓮政治をするしかなかったかもしれない。

    残虐性はローマでもコロシアムでの人の殺し合いを民衆が熱狂的に観戦したり、中国やモンゴルでも奴隷同士を戦わせて貴族が観戦したり、当時は普通だったとも考えられる。

    日本でも拷問による冤罪自白も当たり前だった。
    処刑方法も見せしめもあり残虐性は有効だったと感じる。

    あまり悪女とは感じない。

  19. 中国の歴史は、50000年との事。
    インドの歴史は、60000年との事。両親の、空耳から、聞きました。

  20. 西太后については異民族である満洲族による帝国であり実態以上に悪く言われている。
    彼女の死後数年で滅亡し漢民族系後継国家から「悪政だったから滅んだ」といういつもの易姓革命の理論。
    満洲族の帝室を残したまま西欧式の近代的な立憲君主制国家に改造するのは誰でも不可能であり、
    漢人軍閥を重用し太平天国を崩壊させ洋務運動で装備の数だけは世界有数になり列強の進出が収まった西太后が事実上の皇帝であった同治中興時代はもう少し評価されても良い筈だ。

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