【ガダルカナル島の戦い08】 一木支隊 全滅

【ガダルカナル島の戦い08】 一木支隊 全滅



イル川渡河戦、アリゲーター・クリークの戦い、テナル川の戦いなどと呼ばれる一木支隊先遣隊の戦いについて、1942年8月20日夜の一木支隊のレンゴ出発から、8月21日夕刻の一木支隊全滅までを地図を使って時系列で解説し、さらに一木支隊全滅の遠因となった昭和期日本陸軍の軍事ドクトリンについてその形成過程を解説しました。

0:00 一木支隊先遣隊、レンゴ出発
5:33 最初の大規模突撃 (砂州からの攻撃)
8:39 二度目の大規模突撃(波打ち際からの攻撃)
11:41 第1海兵連隊第1大隊による包囲攻撃の決定
16:35 一木大佐の最期と軍旗奉焼について
18:18 先遣隊全滅が陸海軍各司令部に認識されるまでの不可解な経緯
22:53 初期ガ島戦における陸海軍の良好な関係
28:13 歩兵戦術のエキスパートだった一木清直大佐
30:48 昭和陸軍の軍事ドクトリン形成過程 (第一次世界大戦の衝撃)
39:07 弾薬供給の制約が昭和陸軍の軍事ドクトリンに与えた影響
46:56 弾薬供給の制約が昭和陸軍の戦術と兵器体系に与えた影響

【地図】 maps-for-free.com
https://maps-for-free.com/
(一部 Google Maps https://www.google.com/maps/ )

【音声】 かんたん! AITalk 3
https://www.ai-j.jp/consumer/kantan3

【参考資料】
戦史叢書 (主に14巻と49巻)
https://www.nids.mod.go.jp/military_history_search/CrossSearch

「Pearl Harbor to Guadalcanal History of U.S. Marine Corps Operations in World War II
Volume I」
https://www.ibiblio.org/hyperwar/USMC/I/index.html

Guadalcanal Walking a Battlefield
https://www.youtube.com/@guadalcanal-walkingabattle5349
https://www.facebook.com/GuadalcanalWalkingabattlefield/

片山杜秀 『未完のファシズム』

兵頭二十八 『日本陸軍の歩兵兵器』

阿部昌平 「第一次世界大戦の日本陸軍に及ぼした影響」
https://www.nids.mod.go.jp/publication/senshi/pdf/201503/04.pdf

John B. Lundstrom 『Black Shoe Carrier Admiral: Frank Jack Fletcher at Coral Sea, Midway, and Guadalcanal』

John B. Lundstrom 『First Team And the Guadalcanal Campaign: Naval Fighter Combat from August to November 1942』

Eric M. Hammel 『Carrier Clash: The Invasion of Guadalcanal and the Battle of the Eastern Solomons, August 1942』

Richard B. Frank 『Guadalcanal: The Definitive Account of the Landmark Battle』

伊藤秀美 『日本海軍暗号の敗北』

亀井宏『ガダルカナル戦記』

『やっぱり勝てない?太平洋戦争』

World War Photos
https://www.worldwarphotos.info/

Naval History and Heritage Command
https://www.history.navy.mil/

Imperial War Museums
https://www.iwm.org.uk/

Australian War Memorial
https://www.awm.gov.au/

Nav Source Naval History
https://www.navsource.org/

TracesOfWar.com
https://www.tracesofwar.com/

33 comments
  1. 99式歩兵銃銃弾各250発?
    歩兵の弾薬ポーチは120発だから、それ以外に130発を雑納にでも入れていたのかな?

  2. 今回も興味深い内容でした。おつかれまです!「参謀本部と陸軍大学校」という本でもほぼ同じ話が展開されていたと思うのですが、第一次大戦以降にむしろ、日本の急速な近代化の限界と本来の列強国の底力の差がでてくるんですよね。第一次大戦の時点で日本がまともについていけるような戦争ではそもそもなわかったわけですしね。タンネンベルクをやる側ではなくてやられる側だったって現実を前に、激しい歪みは避けられなかったんでしょうけどねえ。

  3. 基本無い事なんだけど、このchだけは製作者が気になるな。自分も手に入るだけの戦史は双方のものをほぼ読んでるけどここの動画で初めて時系列が整理されてエウレカ!となる事が何度もある。写真も初見なものが多いし個人でやってたら凄い集中力ですね。
    総力戦を理解するのは本当に難しい
    アメリカが持っていた余剰の威力については当時のアメリカ指導部でさえ驚いたんじゃないかな。マンハッタン計画の主力になったのは無名の院生やポスドクであり名がある学者はフェルミぐらいしか参加してない。
    高名な学者はレーダーやコンピュータやvt信管などもっと現実的な課題に動員されてた。

  4. 結局陸も海も「欧米並みに国家総力戦をできる軍隊にしたがったが、そんなのは夢物語で国力も資源もない」という如何ともし難い現実から目を背けて短期決戦の幻想にすがってしまったんやな…と。そして中国相手ですらそれはできなかった。

  5. これは正に現在の我々にも教訓を与えていますね。

    ウクライナ戦で戦車、戦闘ヘリを無力化した携行式ミサイル。

    そして対人、対車両、対建造物、対艦船等それぞれに特化し進化したドローン兵器。

    そして最後にモノを言う長射程の自走砲、ミサイルとその装備数、弾薬数。

    何より、国家総力戦という消耗戦を可能な限り避けて通る政治と外交戦略。

    100年前と同じ轍を踏みたくないです。

  6. 今まで見てきた動画の中で、最も素晴らしいものでした。ありがとうございます。

  7. 與那覇潤氏が『中国化する日本』で述べた事ですが、日本陸軍の短期決戦主義が成功したのが満州事変で、その成功体験を以て中国全土に打って出て失敗したのが日中戦争だという主張は傾聴に値すると思います。

  8. 民放見てるより数千倍学びがあります。 Nにお金を払うより意義があります。 少なくて申し訳ありません。 ありがとうございます!

  9. 10:28 八九式擲弾筒が定数充足していたのであれば1人18発携行3人54発、24門で1296発ともなり火力不足どころか十分となるわけですが
    擲弾筒は目測使用のため夜間に攻撃側で使用しても照準困難という欠点がもろに効いてしまう装備です
    一方防御側の迫撃砲や重砲は事前に指定した座標と音響観測を基に日本軍を視認する前にSOS射撃可能であるため、一木大佐は火力差を承知の上で、斥候が撃退された時点で、逆襲を想定せず操典に従って夜襲を選択したものと思われます。

  10. 盧溝橋事件のくだりは、事態拡大したらやべーだろって思ってて、上司に確認したかったってのが本音だろうね

  11. 動画アップおつかれさまです。無料で見れるNHKアーカイブスにガ島生き残りの兵士の生々しい証言が沢山残っています。興味のある方は是非ご覧ください。

  12. この同時の日本陸軍に共通の観念は中国戦線での経験を元にしています。
    中国は正面きって日本軍と正面衝突して戦うと消耗してしまうので、内陸部に引き込んで日本軍に消耗を強いる戦い方に変化しているので、日本軍が白兵突撃を行うと中国軍は後退すると言う経験しかありません。
    なので中国戦線から太平洋に回された部隊は中国戦線と同じ白兵突撃を重視してしまう傾向があります。
    本来なら敵の兵力をしっかり見定めて敵の弱い点を攻めるのが定石なのに、アメリカ軍も中国軍と同じだと軽く見てろくに兵力を確認せずに白兵突撃をしてしまう傾向になりました。
    確かにグァムなどでは抵抗しても守り切れないから抵抗少なく投降していたので、アメリカ軍も中国軍と同じで弱兵だとみくびっていました。
    でも、実際はバターン半島やコレヒドール島で日本軍は白兵突撃の攻略に失敗して、砲撃力を強化して再攻撃した痛い教訓を忘れてしまったようです。
    海軍もラビでアメリカ軍に跳ね返された教訓は全く忘れ去られています。
    アメリカ軍は弱腰などとの評判ばかりを信じて闇雲に白兵突撃を繰り返した一木隊長ももっとアメリカ軍の戦力を調べるべきでしたね。

  13. いつも良質な動画を作成して頂きありがとうございます。戦後の先の大戦への分析はまだまだ不十分ですし、ある種歪められた戦訓により現代日本も失敗が続いていると感じています。今後も配信を楽しみにしています。

  14. まぁやっぱり一木大佐の無謀、で片づけてるのがおかしいな、と思っていましたが、ドクトリン(肉弾戦術)が原因なんでしょうね。結局は総力戦・火力優越に傾いたww2を戦える軍隊ではなかったということでしょうね。

  15. 日本軍の柔軟性のなさ、一方で精強な部分が混在する戦いだね。米軍が予想以上の準備をしていた。日本側もそれをわかっていてもという。あと狭い島で浸透はできないよね。大陸じゃないんだから。

  16. 全く異論を差し挟む余地のないレポートです。お見事と言う他はありません。ただ、航空機の発達に連れて砲兵火力の重要性は低下し、地上戦も空陸一体の立体戦へ移行して行く中で、陸軍が日中戦争開戦後僅か2年ほどの短期間で航空戦力を飛躍的に増強し、航空主兵の軍に変身したのは世界的に見ても先駆的であると思われます。制空権を握り、地上攻撃機による航空支援で敵の拠点を粉砕して歩兵が浸透戦術により敵を無力化する戦術に行き着いたと見ています、その集大成がマレーシンガポール攻略戦始め初期侵攻作戦だったと思われます。陸軍は海軍が西太平洋の制海権を維持する事を前提に資源地帯を確保たら、次いでシナ事変を解決する予定だった。海軍が早期に攻勢能力を喪失した事で予期しない余分な戦いに引きずり込まれたのが悲劇だった。陸軍は開戦前から太平洋の島嶼で大規模戦闘を想定しておらず、ましてやカ゚島戦なんかあり得なかった。制空権もない兵站線もない絶海の孤島に大部隊を派遣するなんかあり得なかった。陸軍の兵站ドクトリンには鉄道末端から300キロを超える僻遠の地では大部隊による如何なる作戦も不可能とあり、海軍が島嶼への派兵を泣きついても拒絶るのが正しい判断だったと思われます。カ゚島始め太平洋の地上戦では陸軍本来の戦いすら出来ないまま自滅戦になったのは悔やんでも悔やみきれない。

  17. 一木大佐自体はかなり有能だし、少佐時代の盧溝橋→宛平県城への攻撃も果敢で結果だしてるから
    将校斥候が殲滅されて尚、上部からの情報に依拠して速戦即決に動いたのが正直理解に苦しむんだよな

    昭和陸軍が歪んでしまった理由は自組織の「存在意義」に直結するから難しい所よね
    (かつ戦間期に冷や飯食わされたし)
    これは海軍にも言えるけど、やっぱ本来であれば政治が主導しないといけないんだけど
    帝国憲法の欠陥の上、統帥権干犯問題とテロで完全に黙らされて、国家の舵取り迄狂わせてしまった

  18. Youtubeの日本軍関係の動画と言うと、ネトウヨの『ニッポンすごい』式のばっかなんで辟易していたのです。
    いや、これはお見事!
    一木支隊全滅と言うごく末端の戦いを扱いながら、自分の最も信頼するノンフィクション作家・亀井宏先生の著作を引くのはもちろん、
    未完のファシズムの片山杜秀先生に触れ、はては日露戦争、第一次世界大戦までさかのぼり、その敗因を帝国陸軍のドクトリンに求める。
    なかなかに刺激的内容で、感動しました。 チャンネル登録させていただきました。

  19. 動画更新ありがとうございます。
    日本は第一次世界大戦の研究分析が不十分であったと今まで漠然と思っていました。
    しかし研究した結果「日本には無理」という結論を出した人達が陸軍にはいたという事ですね。
    海軍はどうだったのか気になります。

  20. それと、一木支隊の場合、本来、ミッドウエー島攻略作戦の為に編成された部隊と聞きます。
    ミッドウエー島攻略作戦が、海戦の中止にともなって断念され、行き場を無くしていたと言うのが、
    一木清直さんにプレッシャーを与えたのでは?と、感じています。

  21. 本当に素晴らしい動画なのにチャンネル登録者や視聴回数が少ないと思う。この動画をもっといろんな人にしってもらいたい。なのでもしよろしければ自分のインスタ等のミリ垢SNSで地図で見る太平洋戦争さんの動画を宣伝させてもらっても大丈夫でしょうか?あんまりフォロワー多くないですけど少しでもお力になりたい。

  22. 青島攻略戦は航空偵察による状況把握、観測射という近代軍隊としてかなり進んでいた戦術指導がなされてたんですよね。まあ、青島攻略戦、WW1の研究、総力戦研究所を経た結果とてもじゃないが砲弾生産が追いつかず火力主義に傾倒しようにも出来ない悲しき台所事情と、火力主義を達成するより人の命を費やした方が圧倒的に安いという悪魔のような要素が噛み合ってしまったんですよね…。

  23. 終わった後で色々言うのは失礼ではありますが、やはり情報戦の結果が全てに於いて重要だと云う事ですね。充分に練られた戦術を展開していれば、損害を減らせたものと思います。両軍の英霊に幸あれと敬意を評します。御免なさい。

  24. バーデンバーデンの会合は、以前にチャンネルくららの倉山氏が、皮肉たっぷりの説明をされていた事を思い出しました。第一世界大戦の戦争が、それまでの戦争を根本的に変えてしまいそれらを陸軍の将来の中核を担う少壮の士官達が非常に憂慮して 国や軍の改革を目指して挫折をした。挫折の結果が兵站の軽視や精神主義の偏重にいきついてしまったような気がします。亡くなった一木大佐以下、多く兵士の方達の魂に、密かに手を合わせたい気持ちです。

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