【トークノーカット】山田洋次監督、倍賞千恵子、前田吟、吉岡秀隆、山本純ノ介、北山雅康が登壇公開55周年記念『男はつらいよ お帰り 寅さん』シネマ・コンサート〜特別公演〜

【トークノーカット】山田洋次監督、倍賞千恵子、前田吟、吉岡秀隆、山本純ノ介、北山雅康が登壇公開55周年記念『男はつらいよ お帰り 寅さん』シネマ・コンサート〜特別公演〜



山田洋次監督、倍賞千恵子、前田吟、吉岡秀隆、山本純ノ介、北山雅康が登壇した映画「男はつらいよ」公開55周年記念『男はつらいよ お帰り 寅さん』シネマ・コンサート〜特別公演〜の模様をトークノーカットでお届け!

日本中を笑いと涙でつつんだ映画シリーズ『男はつらいよ』。第1作目公開55周年を記念して『男はつらいよ お帰り 寅さん』シネマ・コンサートを開催。
シネマ・コンサートとは、映画のセリフや効果音はそのままに、音楽パートをオーケストラが映画本編(全編)上映に合わせて生演奏するもので、映画をライブ感覚で楽しめるエンターテインメント。『男はつらいよ お帰り 寅さん』は、新撮された登場人物たちの”今“を描く映像と、4Kデジタル修復されて蘇る寅さんのシリーズ映像が見事に紡ぎ合う奇跡の映画。面白くて、優しくて、思いやりにあふれた寅さん。彼の言葉や存在にそっと背中を押され、新たな人生の一歩を踏み出す元気をもらえる、未来へ繋がる始まりの物語となっている。

#寅さん #渥美清 #山田洋次 #吉岡秀隆

[音楽] どうぞご着席くださいはい大丈夫ですよ はいあのちょっと皆さん最初に一言 だけあの今日の司会今北山君がやってる けどもあの松野君あの有名な あの声優として非常に有名な人ですけど 松野君と2人ということになっていたその ポスターでまご覧になった方も多いと思い ますけどもあのとてもなことが起きまして 木曜日かなあの急に亡くなってしまったで まあの誠にやむも得ないことなんだけども あの今日はそういうわけであのま彼も きっとあのこの会のこととても残念に思っ てると思いますけどもあのそんなことが あって今日はあの北山君1人の司会って ことになります北山君どうぞよろしくお 願いしますよろしくお願いいたします監督 ありがとうございました もうここからはですねその楽しかった松野 さんの分も頑張って楽しいトークで参り たいと思いますよろしくお願いいたし ますえっとですね今年は男は辛いよが55 周年を迎える記念すべき年なんですねえ それでは家族のお話をねずっと描かれてこ られた山田陽子監督このお帰りトラさんで すけを現在のすけの物語をこうねお考えに なったことについて色々お話願えない でしょうかうんまとにかく1969年に第 作を作りましてねこの2人が若い2人が 結婚してでその終わりに生まれた赤ちゃん がま三夫君まその赤ちゃんと彼はちょっと 別人ですけど もであのずっとそれからえっと 7年以上かけたかなあの48作作って しまったあのほとんどもちろんあみさんが 主役だったしレギュラーメンバーも ほとんど変変わらずにずっとあの続けてき てま世界でも稀なあのシリーズという風に 言われたんですけど も あのずっと繋げてみると一本の長い長い 映画 になると言ってもおかしくないで全部 繋げると3日近くかかっちゃうんですねず じっと見ててねであのそん中には色々印象 的なあの思い返しても懐かしいあの ショットがたくさんあるそういうのをこう つなぎ合わせてみるとあのもう1つ別の 映画ができるんじゃないかなていう風に ある時ある時期から思い出しましてね そしてあのそうなんだもう三夫君がこの 吉岡君三尾君がもうあの中年を通り越して そろそろごに手が届くというおじさんに なってしまっそのそういうその中年の男に なってしまった彼が主人公になれば色々 その自分の精神時代あるいは春期から青春 青春期にかけてとってもあのトテおじさん は大きな影響をカが与えて いるあの真面目な両親に愛情深く育てられ たけども一方このやや不良のややふざけた ちょっと価値観の違う変なおじさんがいる ことが彼にとってどれぐらい大切なこと だったかっていうことを彼が思い返す自分 の現在のいろんな状況に照らし合わせてね そういう風にすれば1つ の映画ができるなあという風に思ってあの 考えついたのがあのお帰りさんていうまあ あのこれを50作という風に僕たちが言っ てるんだけどもあのを 作り作り上げただからこの映画はあの主役 は あの吉岡君なわけですあのでそれを今日皆 さん に生のオーケストラで見ていただくという 風にことになってあの僕もま皆さんも一緒 にいますけどとってもあの懐かしくて 嬉しい 言 ですさあその主役と監督が言っておられ ました吉岡さんじゃないですよ監督ずっと 主役はあみさんだっておっしゃってたじゃ ないいやだからその主役の厚みさんの映画 を振り替えはいそうですには君が主役で あるがすませはいあのいかがでしたか今回 50作目台本を読まれた時辛かったですよ ずっとそれは撮影中はもうああみさんい ないんだなっていうことの再確認をする ような日々ででも出来上がって ずっと出来上がる前かな僕のおじさんが ここにいたらきっとそういうよっていうの ですごく悩んで監督がそのセリフ画を作る までに3回ぐらいそこのロケ地に行ったと 思うんですけれど毎回毎回こう最初はこう 五藤くみ子さんの肩を抱こうとしてすっと 行くでもそれはリリーさんとトラさんの 関係 はいはいそんなシーンをやってみたりだと かでもそうじゃないんじゃないのかって 言ってまた違う日次の日に行ってみてまた 違う本が出来上がって最後に出来上がった のがあの僕のじさんがここにいたらきっと そういうよっていうそのセリフを受けた時 にもうなんかぐっときて僕の思いとみおの 思いと監督がずっと思い描いてたっていう かみさんていう偉大な俳優さんに対する 思いみたいなものがうんぎゅっと集約され てるような気がしてはいだからラスト5分 のあのシーンのとところも僕みおだから 知らないシーン多いじゃないですかあそう ですねでもあの僕のおじさんの時にあの美 とイさんに対して厚みさんが虎さんがみを 褒めてやりたいっていうあそこも密を知ら ないんですよねああそうかからあれいい 芝居だったねうんだからそこを密を知ら ないのにこう階層のようにこうずっという ところがなんだか僕らの世代に対すると いうか三尾の世代に対するエールを送って いただいたような気がしてめてやりたいピ ちゃんとかね僕らの世代に対するエルを いただいたなと思ってああやっぱりあの トラさんは生きてるんだなと思いました けどはいそのみおさんにとってのトラさ んってやっぱりねそういう影響力のある方 だったと思うんですけれども吉岡さんに とってのあみさんってね後半はよく地方で もねご一緒される時間が多かったと思うん ですけどいかがどのような内緒ですいや 言ってくんないんだいやいやいやいやいや あのあんまり喋らないたまにでもこうあの あそういやあのですねロケ行くといつも 終わった後同じ旅館でみんなを広まで みんなで食事するんですね夕飯その時に はい僕ちょっとメイク落としたり衣装 着替えたりとかしてるともう席が埋まっ てるんですよスタッフの人でああはい開い てる席って1番奥の厚みさんが いらっしゃって監督がいらっしゃって隣に 高さんが座ってらっしゃるその4人がけの その角しかないんですよそこに行くまでの もう距離が1番1日の中で辛いというか まだね2025歳ぐらいいやいやいや2 20そうするとあの座るとあみさんがまあ 1ぱ行こうて言って はい監督あのさんさんも飲まれないので はいそのいっぱいをおいしくいただいて 飲むとあみさんがじゃあ失礼しするねって 言って僕の方をこうついて立ち上がって 去っていくっていうの貴重なお話を ありがとうございましたいそうすると監督 がいつも持ってる台本を広げ始めると周り の女監督部が笑笑笑笑笑って集まって くるいはい感じでしたありがとうござい ますあそれではさんことバジさんはい たくさんねあみさんとの思い出はあると 思うんですけれども男は辛いよやあみさん に対してこうどんないい思い出をもう たくさんありすぎてありすぎて困っちゃい ますねすいませんこしていやいや あのお帰りトラさんの撮影が決まって あのみんな衣装をつけてその本番の時に 行ってあのリハーサルをしてあのじゃあ テスト行って本番に行くのかなと思ったら 今日はこれでやめますって突然撮影初日な のにやめますって言われてえどうしてか なって思ったんですけどもねあれねみん ちゃんそうです覚えてる違うことかそう ですそうです考えないでくださいちゃん それであまとりあえずやってその日はそれ で中止になってその1週間後ぐらいなんで 中止になったのかなってわかんなくてまた あの車屋のセットに入っていってふと 上がりが町を見たらあの上がりが町のとこ に手すりがついてるんですよああそれから あのあのこっち側にあのいつもあの冷蔵庫 があったんですけどそこのところにも手が ついててそれから畳のところに絨毯が引い てあってそこに長椅子が置いてあってそれ が変わっちゃってたんですねセットがだ からあのリハーサルを見てて監督はそうに 考えたんでしょうかいやいやそうじゃない でももうえ広島さも年を取ったんだからね うん多分手すりなんかあるんじゃないかと やっぱりね考えたんですよりそうですよ 何かで読んだんですけどあのバシさんもう ちょっとあの年取ったようにこう元気欲 じゃなくてて言われたってそうあの銀 ちゃんと2人で階段の下であのやり取りし てるねちょっとなんだか声が若いんだよ 若いんだろとかいじゃそうだねなんか そんな風にこう その ただったのかなと思いながらあその くらい時が流れているんだなってどうして もほら俳さんはみんな若く演じようとする からねつい現にやるんだよねそうかもしれ ないでリアルに行くともうどっこしと言っ ていい年なんだからそうして欲しいという のがねあそこのあがり町はいつもみ子さん がねあの 物持ってどっこいしょって上がってってで ふと気がついたらいつの間にか私が どっこいしょって上がってあのなんか 上がっそうそうそうして欲しいんだけども なかなかそうなさらないから いいやいやそういうこう時の流れをあの 感じました1作目の時にはあのスタジオに 入ってくとスタッフの声も本当にあの 大きな声がおい邪魔だ邪魔だとかあの正面 さんのガチャンガチャンってあのライトを ね運んでいく時の音とかいろんな音とか声 が飛びかっていたんだけど全体的にね だんだんだヒが大きくなるに従って スタジオの中の声が小さくなってったって いうそんな気がしましたあそうか僕たちも だんだん年取っていくからなはいうんいや 監督は大きかったですよそうそうそうそう 監督の声は大そうそう監督はよく行くよ 行くよはいはい本番本番行くよ行くよって 言ってるしどど辺で行くのかな本番行くの かな 用意用意が多いの最高13回言ってまし 13回山田よいさんって呼ばれてる時も ありましたよ監督よいよい行くよいいの よいよいそうすると横の高さんがちょっと 待って後ろの照明さんの青きさんも キーキーキキ言いながら3人がすごかった ですよでもね今思い出したけど第第1作 はい覚えてるあの君の愛の告白のはいはい 今日今日の映画にもちゃんと出てきますよ はいあのクローズアップはよよかったなす しましたあえ銀さん何かその当時あれもう ちょもう国名に覚えてますよえっと確か 10時から始まって3時頃までやりました かねえそううんうんうん随分やりましたね でもすごくねキラキラしててなんか唾が パッパと出てくるんだよな愛の小の時に それがいいんだ よえ若かったねうんいやありがとうござい ます80過ぎました もう過ぎた過ぎました ねえあももう終わりですか大丈夫ですいい いよい思い出いっぱいあるんじゃないです か銀さんああの思い出ていうかねあの先日 ねあのちょっとまあのテレビの仕事になっ ちゃうんだけど厚み清をしんでっていうね あのBSのまだ放送されてないんですけど ねも放送されますけどそれであのあさんが あのほとんどなんだろ衣装のままね虎さん の衣装のまんまお昼のご飯を食べに行った 朝野屋さんというね豊富なだからま大船の 撮影書を尋ねたんですよでも大船はないん でねもう撮影書がでデブそばっていう ところを訪ねてでその後にあみさんが出身 なさったフランス座で当時 あののうん浅草のねでよく行かれた喫茶店 とかえま屋さんとかあのまでねま関さんと 種監さんとは一番仲が良かったんだけど その3人でよく行かれた居酒屋さんの親父 さんとかねも親さん亡くなって今息子さん の時代になってんだけどそういうところ 要するにま俳優厚み清をねしんでずっと 訪ねたのだけどどうしても僕にはねトラ さんしか見見えてこないんだよこれがどう もね皆さんは虎さんじゃないあみさんを 知りたくてしょうがないのだけどどう考え てみて もトラさんしかね見えてこないんですか あの尋ねれば尋ねるほどねまそういう思い で今日はここに僕も来ましたけどもねはい ねなんか貴重なお話を本当にありがとう ございますうんうんいいやいあの今回は ですねシネマコンサートということですの でま純之助さんの方からもねあのお父様の ことについてお話を伺いたいなと思うん ですけれどもはい順さんは47作目からね 男ようにお父様とご一緒にえやってらした ですけれどももうちょっと前からじゃない よあの実はあの私あの芸大に入った年が 昭和52年なんですけどその夏にですね父 にあの連れてかれましてデをあのせ買って ですねまあのカバ持ちであの監督のその 打ち合わせの時にあのお付き合いで行った んですでそこが1番初めのあの山田組との 出会いになんですですから昭和52年の夏 だと思うんですけどもそこから大体あの何 度も何度もその冬だとか夏だとか冬だとか カ持ちで行っておりますのでであの録音の 時にあのホテル行為を取っていただいて あの缶詰でドーっと書いたりですねすと シャフが回ってて一生懸命逆の方からこう 書いたりとかですね胃腸させられたりとか まいろんなことをあの勉強させていただき ましたはいでま あの父はあの指揮者でもあったもんです からとてもあの結構その頃売れてて多忙 だったんですよね親父もねそれでそれなに も関わらずもうあの次から次へとあのいい メルディをねたくさん書くんですけどま それをあの監督が録音の時にこの メロディーをこうしてくれあしてくれと おっしゃるのでその場でねこうメロディー をこう動かしたりとか変曲を変えたりし なきゃいけないのでそうなのそれ罪にやっ ちゃうあの方はねそれがああいうことは 普通の作曲はできないんですってねいや あのなかなか難しいんですねやはりあの もうパートがそれぞれ違うところがもう きっちりこうできてますのでで初めはその パートを一生懸こう右から左とかバリの やつをえチェリに持っててチェルのやつを フルートに持ってたりとかやってたんです けどもそのうち時はサダ歩というの父が 発明しましてその3段歩を見ればいろんな アレンジがヘッドアレンジって言ってまし たけど本人は頭の中でここここって言葉で いるとそれでえアレンジがこう変わって しまうようなそういったような楽譜を本人 が発明しましてそれであの対応させて いただくような形になりましたはいうん じゃ本当に直さんにしかできないことだよ ねそれまあのねすごいすごいらしいねそう いうことはねあのやはりヘッドアレンジと 自分で言ってましたけど頭の中でこう アレンジの仕方を変えてそれでまたあの こう皆さんに伝えながらやっていくって いういろんな作曲家が例えばあの音楽家が 小沢誠治さんなんかよくあのおっしゃって たな直積さんは別なんですとあの人は天才 ですってことをねよく言ってたねいや ありがたいです岩さんとかねうんあの宇沢 さんもそれから岩さんもまお仲間で一緒に 式を勉強した中でですね一緒になってあの ピアノをこう連打で引いて自分が振ったり とかですね小沢さんがあのピアノ引いて直 さんが振ったりとか自分が今度は直さんが 引いてとかまそうやって音楽的なそのな なんて言うんですかねお互いにこう切磋 琢磨をした中なのでお互いのその能力とか そよく分かってると思うんですよねその中 でそうやって小沢さんがそういう風にあの 褒めいただくて本当大変こだと思うます僕 は小澤さんに聞いたのはねあのテーマ テーマとらさんのねターンって始まる でしょあれ聞いただけであこれ虎さんで 分かるあんなものはねなみさんしかでき ないあはいあのオーケストレーション オーケストレーションって言うんですけど その還元学法ですよねやっぱりあの ちょっと特別な響きがございましてあのま バイオリンとそれからビブラフォンの オクタユニゾンにそれにあのあの初演の時 初演っていうか映画のバージョンではあの あのシンバルが入ってるんですねシンバル が入っててそれが金属的な音とそれから バリンの現の音とさ合ってそんな複雑な音 なのあれあただのDの音ユニゾンなんです けど実はその中にその同じDですけども 色々こう美味しいデがいっぱい入ってると いう はいなるほどすごあのさのテーマとかね男 はついを彩った本当に名曲がたくさんある んですけれどもあの監督1番お好きな曲 ってあり ますいやどれが好きという風なもんじゃ ないねそういう方はできないないですか もうやぼな質問するんじゃない問ちょっと 吉岡さんの方からちょっと聞いてもらって いいですかよろしくお願いし聞かないよ 聞けるわけないだろ今までずっと従ってき たん ださんさいやだからどこの芝居が気に入り ましたかって聞かれたら困るだろそことだ 困りますよねらない私が悪ざましごめん なさい危ないなと思ったんだけど本当すい ませんあのでもね直があの1つあしたの やはりその監督がおっしゃってたのはこう 悲しいシーンだからと言ってねすぐマイナ あの悲しいメをねつけるのではなくて もっと気持ちの方にこう音楽を持っていっ て明るいメロディーでもいいんだよって いうようなことをおっしゃってねそれで名 さんがそこでまたさっとその現場で 書き換えたりしてまそういう意味でその 監督のその感性がま直積にこうあるしこう なんですかねインスパイアーされて新しい ものが出てくるそういうことがよくあり ました僕がね彼に教わったのはねま いろんなこと教わったけどもあの役者は こう隙間がないと音楽が入らないんだよっ ていうことねよくたでしょはいはいであの 隙間のない芝居されると音楽入れられない んだよ隙間のある人ってどんな配です人 ですかて賠償ち子さんですねえ君の芝居は 隙間だらけなんだってええそうですかうん あだからどこやって音楽が入るんだああ そうですか ああなんだかいいんだかいんだどっちなだ あ分かんないね褒めたんだかどうだかねで もいや褒められただと思ってますでも やっぱりあの総合芸術だからやっぱり みんなのその余裕もう完璧だったら何にも 音楽なんか必要なくなっちゃいますもんね だからそのそのためにも私は隙間があるん だろう な音楽のためにはいはいありがとうござい ますあはいあのバシさんははいはいあ教師 さんはいとよくあのお話をされてまたまた 怒怒やめようかいや何何何大丈夫ようん うんこれやめましょう何んでもいや何 大丈夫よなんでもあの監督とあのなんです かねも1番バシさんはたくさん作品を撮ら れてると思うんですけれどもその山田陽二 監督はいとずっとこうご一緒する上でこう 大所さんのこう監督から影響を受けられた 部分ってたくさんあるんですかもう いっぱいうんもう本当にたくさんうんあの 男はという映画が私は177本の映画に出 てるんですけれどもその13があのトラ さんなんですよねでその間にあの家族とか あの黄色い幸せの黄色いハたとか公郷とか 色々あるんですけども家族という映画の時 に私はこう山田さんの人間の見方見方って 言うんでしょうかあの捉え方っていうのを とても こうこれも質問だなあ そうよねいやでもそれはね私にとっての こう何でしょう役者としての俳優としての 基本みたいなものをそこで学んだっって気 がしてるんですよねあのドキュメンタリー 風に本当に俳優さんが自分いつも自分の 衣装を着て自分の荷物を持って旅館に帰っ てまたその衣装を着てまた現場に行く みたいな状態で撮影をこう毎日していたん ですけどもあの わっと突然取らなきゃいけない場合もある わけはいだからその人混みあの万博で1番 撮影で大変だったのは万博の中人混みの中 で撮影するっていう時に取りをしたのね そうそうそうあの高ちゃんなんかはあの キャメラマンのねあのジャンバーの中に こうやってキャメラをこう隠して照明さん なかみんな隠して監督はこう台本を丸めて 持ってんですよで人込みの中にみんな バラバラに龍州さんも私も全員もバラバラ にあのいて山田さんがその丸めた台本を こうあげたらみんながわーっと寄ってきて それでキャメラマンもバッとジャンバを 外してそれ取れよって言ってそのまま バーっと本番回しちゃってあえ取ってそう いう取り方をしてだからそのその役になっ てないとそういう撮影ができないわけです よだからいつの間にか私はたみ子っていう 風たこという役だったんですけどそれも 九州弁でこう話をしなきゃいけないんです けど山田さんからをやってて誰かに 話しかけられたら九州弁でちゃんと返せる ようにあのちゃんと九州弁を身につけて くださいって言われてだからいつもそうに 思っていてあの九州弁がなかなか今度入っ たはいいんだけど抜けなくなっちゃって そんな風にしてこうあの演じ るっていうことを学んだ作品なんですよね で私のあの映画の途中で血のみが死んで しまってその組織を終えてあの泣き崩れて いる民子っていうのを取って本当になんか 怒涛のように涙が出てきて止まらなくて体 が震えてしまってで泣いていたら突然背中 をポンポンって叩く人がいてそしたら山田 さんなんですよねで山田さんが終わった よって撮影が終わったよってもそしたら もうみんないないんですよでそのくらい こう自分が入っていってしまってその人に なるっていうことを学んだ作品うんでそれ はさんの作品で学んで私はそれが本当に私 の俳優としてのこの生き方っていう でしょうか見方っていうのかなそれをこう 学ん だ学校でもあるし校長先生でもあるし監督 でもあるんですけどもそんな感じでそうね あれ家族はちょっと特別でしたねそういう 意味でこうここはこういう芝居をするんだ よみたいなのは全然そうやらないそういう ことはやらないってことだったからねねあ そうそうそうしたねあれもいい芝居だった ね君の芝居もねうんいやいやあの初めて ですね自動車で動く動くっていうか運転し ながらリハーサルをやったってのはね普通 のま監督さんのね映画だとま自動車の シーンはその日やっぱりね撮影しますから ねそ何ヶ月も前に撮影書で全然道じゃない 撮影書で運転しながらリアサルやったのを 覚えますね えどでま僕はそれにあの山口県あの岡山 だった中国弁だったからねえ僕山口県出身 なんでとても助かりましたけどその意味で はねええ九州弁でねあの1番最初に覚えた のが良かったとじゃなかったとやろかねっ ていう言葉だったでそれえどういう意味 ですかって言ったらまあ良かったんじゃ ないのっていう意味だったんですけどその 長くなるんだ それが良かったとじゃなかったとやろか ねっていうのがいろんな意味でこう表現の 仕方が変わってくるっていうだから井川久 さんと夫婦やってたんですけども2人で いつもこそこそと喫茶店に行ってお茶の身 に行っていつもここにあの方言指導の人が いるんですうんでその人が標準を喋ると 違いますって言われてねそんな風にして 方言をこう入れてったからなんか体に何か が入ってくるそして何かを表現するってい のをこう学んだっていうあの山田さんの あの人間の捉え方がとても私はこう好き ですねはいどもありがとうございます本当 にいえさてさてですはいその今たくさんお 話をしてくださったささんこと正千恵子 さんがなんと本日6月29日お誕生日を 迎えられました イエおめでとうございますここでです ねバさんに花束を定していただきたいと 思いますおめでとうございますおめでとう おめでとうございますはいでは山田監督 花束貞よろしくお願いします [音楽] [拍手] [音楽] どうもありがとうございましたどうも ありがとうございますますごいびっくりし たなんかもう1人の私がいるような気がし てる本当おめでとうございます83歳の将 さんが本当におめでとうございました ありがとうござい [拍手] ますさんの本当に貴重なお話も伺えた ところで大変名残り惜しいところところで はございますがもうそろそろねお時間が 近づいてまいりました第1部トークショー の終了になりますえそれでですねこの第 終了後にはあの20分の休憩が入りまして 第2部シネマコンサートが始まりますそれ ではなんか名残り惜しいですよねもっと話 たくさんね聞いて吉岡さんの話もっと聞き たかったですえっとあの山さんねえっと はい冒頭例のトラさんのテーマから始まる んだけどもはいあの桑田君が歌ってくれ てんのこれはねはいそこのあれですかそこ の伴奏はあの生じゃないえっとそれはあの ちょっとあそこはあのすでにもう取って ある権利が実はございましてからもそれ 今日これからあのご覧になるお客さんは あれと思ったらうんあの1番最初さ冒頭の 虎さんのテーマは歌ってんのはあの桑桑田 君だけどでその伴奏も あのフィルムに焼きつけられた名じゃあり ませんからそこだけははいただあの最後の あみあみさんがあの歌われるところはあの 非常にコンピューターと色々駆使しまして あみさんの歌を生かしつつ生の絆奏という これは大変な作業だったんですけどこれ 実現しておりますので是非一番最後に今度 あみさんの歌で実際のこの生の演奏であの あの聞いてもらえることですそうなですみ さんのその歌声を今度は生の オーケストレーションでできるそういう こと解るようになりましたんで はいはいということでどうもありがとう ございました皆様ご登壇いただきました トラさんファミリーの皆様にもどうぞ盛大 な拍手をお送りくださいませそれでは皆様 ご退場になります [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] [音楽] すせ [音楽] [音楽]

23 comments
  1. すごかった
    ただただ感動した
    1500人のスタンディングオベーション。
    10分位鳴り止まなかった。
    生きてて良かった。

  2. 最高でした!諏訪ファミリーが同じ映画を観る!それだけで鳥肌立ったし、映画を見て、会場全体で笑ったり泣いたり感無量でした!
    生きてて良かったって思ったのは、こういう時にあるんですね!

    本当に本当に、この機会を作ってくれて、ありがとうございました🥰

  3. 寅さんは俺の人生の全てだ。寅さんと同じ時代を生きたのは人生最大の宝だ。自分の心に永遠に生き続けるだろう。

  4. 今回のシネマコンサートのことを友人から聞いて、急いでチケットをゲットしました。まず、会場の大きさにびっくり
    しました。4000人位は入っていたでしょぅか、みんな寅さんファンと思うと、ここにいる全員が自分の心の友に思いてきました。すばらしいシネマコンサートに感動しました。いつまでも私の心にこの感動は生き続けるでしょう。

  5. もう渥美清は居ないんだから、いつまでも寅さんに拘ってないで、また藤沢周平原作の下級武士の悲哀を描いた殺陣ありの時代劇3部作撮りなさいよ山田監督。

  6. 寅さんはいないけど、博さん、さくらさん、満男くんの元気な姿が見れて良かったです。

  7. 山田さんの頭の反応が若々しくてビックリした。まだ映画撮れるな(笑)あと山本直純さんの子息の音楽話が寅さん映画に新たな彩りを与えたね。

  8. おかえり寅さんは賛否あったけど私はとっても良かったな♥️
    吉岡君は寅さんとジュン君のイメージだけどその後の活躍もきっとお2人空から見てますね😊

  9. 😮倍賞さん83歳前田さん80歳吉岡さん53歳、かなり男はつらいよのメンバーが🙏旅立ったのは寂しい限り、🎬🎥山田洋次監督92歳にはただただ驚きですが、寅さんの生き証人としてもまだまだ活躍して貰いたい。❗

  10. 現地、前の方でした。ガチスーパースターが見れたことに感謝。エンドロールが流れた後さくらさんがスタンディングオベーションしてたのが素敵でした。山田監督、満男を目に光るものが見えました。ほんと幸せな時間でした!!

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