TALK「ムシ語とサイボウ語の聞き取り講座」アーサー・ビナード × 中村桂子

TALK「ムシ語とサイボウ語の聞き取り講座」アーサー・ビナード × 中村桂子



季刊「生命誌」117号 TALK「ムシ語とサイボウ語の聞き取り講座」
アーサー・ビナード(詩人・翻訳家) × 中村桂子(JT生命誌研究館名誉館長)

00:00 はじまり
02:10 紙芝居『ちっちゃいこえ』から
03:48 細胞の声
05:36 中村桂子さんの細胞の声
06:42 絵本『なずず このっぺ?』
13:26 宮澤賢治
13:43 絵本『やまなし』
20:30 私たち生きものの中の私

季刊「生命誌」117号 2024年6月4日発行
https://www.brh.co.jp/publication/journal/117/

<紹介図書>
紙芝居『ちっちゃいこえ』(童心社)
アーサー・ビナード 脚本/丸木俊・丸木位里 絵/「原爆の図」より

絵本『いのち愛づる姫――ものみな一つの細胞から』(藤原書店)
中村桂子・山崎陽子 作  / 堀文子 画

絵本『なずず このっぺ?』(フレーベル館)
作: カーソン・エリス / 訳: アーサー・ビナード

絵本『やまなし Mountain Stream 』(今人舎)
著・原作: 宮沢 賢治/絵: 山村 浩二/訳: アーサー・ビナード

無事細胞語の聞き取り講座始まり ます私たちはなぜ科学やってるかったら あのやっぱり自然は不思議だし特にその中 で生き物って何だろうその中でも人間って 一体何なんだ変なやつだなみたいなそうす とそういうことを知りたいでビナさんだっ て同じことを考えてらっしゃるんじゃない かなと思うんですねその分からないなん だろうなんだろうっていうのをこう ま抱えたまんま表現していくのが文学で 科学も実は同じだからその謎 が本来のねいわゆる科学天門学から始まる けどそのそうその流れと文学は実はそうな んですあまり違わないそうなんです一生 懸命毎日虫を眺めたりしていると謎が 生まれてるこの謎を皆さんと共有したいの で表現したいです芸術とも繋がってる死と も繋がってる形で表現したいっていうのが この研究感の生命士って僕の仕事は結構 雑誌が多いんで雑誌の死なんですよね バイオヒストリーってねあの英語で言っ たりするから歴史の死なのかね雑の死なの かってちょっとこうどっちもありえるか なって思うんですけどでも博物ととか ナチュラルヒストリーていう時に日本語で は博物士と公約しましたでしょその ナチュラルヒストリーの時の死なんですよ ていうことは虫たちすごいぜみたいなこと も語ろうとすると物語になるうん歴史物語 になるそうするとやっぱ平らな感じがする ですねそう音便の死の方がうんそういう ヒストリーじゃないかなと思ってそうです ねでまあの美さんはそういうことが分かっ ていただけてしかも言葉とかあの死とか そういうところで活躍してらっしゃる素敵 なあの紙芝居をそこから始めていただこう かなって思うんですお願いしますじゃあ あの神芝居の始まり始まり始まり 始まり神芝居の始まり 始まりちちゃい 声この絵はあのこの紙芝居のために書かれ たもんじゃないんですよね原爆のイリさん 5歳のトさんとイリさんが書いおかきに なった1つ1つを見るとそこにうん生き物 がいるっていうそれを見つけ出してそこで 物語を作りになっただってその切り口が うんとっても美さんらしいでそういう風に ねそのとさんと入りさんが生き物 にそ目を向けてでそれとそのまあの とんでもない大量破壊装置とこうま生き物 が退治するようなものを作ったもう ほとんど万物書いてる植物書いてるし物も 書いてるしそのえ黒い雨も書いてるし虹も 書いてるし海も書いてるしやっぱり命なん だっていうのがねですそうですねでしかも リドさんはこれをずっと語っていってそれ を細胞に持っていくじゃありませんかここ が攻としてはおおっていう風に思うわけ ですよそうですねあのえを言えば4年ほど 40億年ほど前にこの宇宙の中の1つの星 である地球の海にはたった1つの細胞が あったそこから今が全部できてるわけ でしょ この原爆のも神芝居もその命を中心に据え てるけど命って言うとねある意味こう抽象 的中的なんですでもその細胞 胞大事にっていうねそういうそうすると こうあ細胞が劣ってるとかうん僕がこの 紙芝居で絶対やらなきゃいけなかったのは その細胞の声を聞きなすで最初はそれが 課題だっていうのはわかんないんですよね あのだって原爆の図から何があり得る かってアチ模作から始まったんです けどそのあ実は主人公が主人公っていうか 主役は細胞なんだってことだんだんそれが 本質だって分かった時に僕がやらなきゃ いけないことはその細胞の声を聞き なすズンズンルンルンズンズンルルル以外 にうんいっぱい作ったんですようんでそれ で試して試してでもズンズンるんるんず ズンズンルルルンがあの1番うん自分も しっくりくるしどうやらそれ 人に伝わるみんなそれぞれ違う違うあの ちょっと実験したいんですけどあの中村 稽古っていう人のはい細胞の声聞きたいん ですよはズンズンルンルンズンズン ルンルン 面白い今までに ないちょっととっても独特なんですよね もうそれが出ちゃうんですよだからその 1人1人がが持ってる何かその細胞のそう リズムとかがあるんですよそれが多分僕ら の個性っていうものにも全部繋がってると 細胞がそうやって語ってくれてるとしたら この細胞の集まり のものたちで言葉っていうのがこう音で出 て出るものだけを言葉と言わずにお互いを 分かり合う手段だという風に考えれは あらゆる生き物の中にそれがあるってい 全部の生き物たちはそれを持って るってことがもうこれは科学的にも明らか もうだいぶ見えてきたねそうです ね虫たち ねえお話してるっていう風にお考えになっ たんですよねそうでもこれはねあのななこ のぺっていうこれ最初はアメリカで出たん ですカソがいですスっていう英語の単語 一切入れないで全部その昆虫語で作ったで それの翻訳これ翻訳ってえばね翻訳ですね あのでどういう翻訳かっていうと英語では ない昆虫語を日本語ではない昆虫語に翻訳 したです解説しない注釈つけない辞書に 書いてある定義を用意するとかじゃなくて 大事なのはそのそまこの虫たちが生活し てるその場に身を置いてそれで耳を済ます で耳を済ませば分かる聞こえてくる でしょってこれがね聞こえてくるで聞こえ てきたら自分で考えろてうんでそれをやっ たら子供はもうあのみんな飛びついちゃっ たんだねで大人はキトンとして何もわから ないつまり子供は生命研究感に来てそれで そうするとわかんない単語だらけですよ うんうんで大人と来て大人が喋ってると何 ってのがわからないんだよねそのいっぱい 書いてあるその難しい細胞分裂見るの姿と か何言ってんだかわからないですもう虫 よりなるもわかしででもそれでいいんだよ 子供はそれをこうそこで出会うわけで わかんない葉いっぱい出てくるでもその 言葉とそこにある命とか意とか大人たちが 反応してることとかねどういう風に反応 どういう風に 子供たちと大人たちがその捉えてるかって いうのをそれを 鋭く捉えて観察してでだんだんとその言葉 のカオスに分け入っていくうんでそれが できる なるほどあの言ってみればそのさっきの 紙芝居も細胞っていう単語を知らなくて いいのうんそうねでもそう細胞がこう感じ られた時にうんそのやっとその暗号みたい な言葉がい超えてくる虫号昆虫号っていう 枠なんですけどよく考えたらあの揚げ波長 語とあのミバ語は違バ語違うでしょうん もう1番様性があるのは哺乳類じゃない でしょその昆虫の世界が凄まじいだから 昆虫号ってちょっと大ざるんですよねなの であのこれがま出発点になるけどあの幼稚 園とかあの保育園に持っていって読むと あのもう収集がつかないあつかなくなる ぐらい盛り上がる途中からもうゲラゲラ ゲラゲラ なみで終わるともう1回最高記録が6回 なこぺて言うとこのぺってみんな言うん ですようんそれも多分ねその音音のその 共鳴みたいなものなんですよだから正解 この言葉なこえっていうのがその正しい役 かどうかわからないですよ元々だって 正しくでもじゃ正しいってどういう意味か と言と そのまこの本をあの楽しんでくれる人たち 特にそのあの未成年たちがそのどういう風 に感じるかでその響くか共鳴するかって そこに正解があるそうね結局1番最初の あれに戻りますけどわからなんだかわけが わからないっていうことの楽し さ子供たちはそこ好きですよねなんかわけ わからないて今の社会はそれをやめ させようやめさせよう全部わけわかるよう にしようってしてるけどもう1 回細胞とか虫とかに耳傾けるとわけの わからないことを楽しんだり考えたりして いくっていう生き物としてその謎を抱えて あの ずっと探しながら面白があるっていう機能 がそのあってるの にやめちゃうやめさせられるそれあの教育 の賜物ですよね謎を抱えて謎をこう深め ながらずっと答えじゃなくてその クエスチョンマークを求めていくそういう 生き物なのにで他の生き物みんなやってる うん正解これが正解ですって言ってるあの 昆虫はいないうんただ彼らは僕らと違って 日じゃないんですよ忙しいんですだから 忙しく謎を抱えてるんですよねそうすると 僕らが行き詰まったり僕らがその生き物と しての自分を見失ったり集団で黒工人入っ た時にその生き物たちに戻るっていうか彼 らからもう1回 それをあの嫌な言葉だけどインストール インストールするダウンロードするって いうかOSを変えるっていうでもそれがね 多分その文学的な表現のその機能でもある なんで文学が必要なのかって言うとその その答えの袋工事に入った時にうんその謎 を手渡すうんうんだからねその謎をはんだ ものが文学うんで本当はねそれが科学でも 同じですよ科学も全く同じですそう謎ンダ もで幸いなことに虫たちは色々色々いる からそれをこう聞いていけばいろんな ところにいろんな謎があってやっぱり私ね こういうことを考えてる時どこに頼りなか こうとっかかりを探そうかと思った時に やっぱり宮沢健二 やっぱり彼はね感科学も科学的な思考も 大好きで死ですそういう形でやってきたで まいろんなのがあるけれどもまビナード さんはその中でえ 山梨を1つのあのそういうのの象徴として あのクランボン生誕100年なんですねが 去年が100年ねうん年この山梨をあの やってここでまず出てくるのがクランボ ですからこれは一体なんじゃってまたその ナコのぺになるわけじゃない子のぺの元祖 あのわけのわからんものっていうのが宮沢 健二も好きですよねものすごく好きですよ ねだからわけのわからんものが好きだから 私たちに対してもこのわけの分からんもの を投げかけるっていうとこがあっでそこに やっぱり美さんも引っかかってるっていう 感じが私はしてうん宮沢健二が多分 あの誰よりも見事にやった仕事が言葉作り 言葉作言葉作るんですよね宮沢健二はそれ をこうその総合をでしかもそのストーリー の中でこのストーリーに必要な新しい表現 をこう探ってクラモボみたいにその単語と して謎の単語として1人歩きしてるものが あってでもそれだけじゃないよねだって クラボンを笑ったよってサガたちがあの 川底で会話してるあのクラボンは笑った よ弟が言うとクラボンはカプカプを洗った よっていうカプカプ洗うんですねカプカプ もに乗ってないうんそういう単語がこう ストーリーの中で出てくると あの辞書みたいに固めたものじゃないけど だんだんそのある種の具体性を持つ謎と 一緒にその場を持つその誰が言ったかどう いう時に言ったかクランボンは笑てるけど その後死んだりうんでまた笑ったりする 僕らがにその説明じゃなくて音とその体と 繋がってる音とその場でこの顔の中だから ねそのずっと流れてるこの場であの だんだんそのクラモボンの その なんか輪郭じゃないんですよねクラボンの 何かその中に湧いてるそれこそ命に近い ような現象がが最初に伝わるみんな 固めようとしたいあ固めたいんですよあの 自書に入れたいでもじゃその人に対して あのクラムボンの意味がそういう意味だっ たらじゃあちちんぷいぷいの意味は何でか てあのよっからしどっこいしの定義は何 ですかとかあの生麦生卵生クラボは何です かとか色々こう日本語には実は僕らが使っ てるけどよくわかんないうん謎謎が いっぱいありますで謎があるから続くって いう言葉もたくさんあるしうんこれは多分 騒が子の中にあってうんこの子たちが今日 川底でセリフとしてね走ってるけどこの子 たちの父ちゃんも後で出てきて立派な 父ちゃん父ちゃんも子供の頃は同じこと 言ってたとうんうんさがご騒がとしもう 脈脈とで多分その自分たちが分からない ものつまり彼らの見える世界は水面までだ からその向こうとこっちをつげてる自分 たちがこう完全には把握できないそういう ものを探る時のことつまりその コミュニケーション2人の間で何か伝わっ てるけどその意味っていうよりその意味を 探るツールみたいなでそういう言葉実は僕 らにはいっぱいあるしねそうこの場合この 昆虫語にしてもサワガニ5にしてもから これから大事にしなければならないことと ねやっぱり身体性ですよね自分それと沢 ちゃん その水の下にいて グランボン別のとこにいたらまた違うかも しれないでこのやっぱり人間の言葉って いうのはある意味身体から離れてるところ がありますでしょでしかもまあの バーチャルな世界までできてきたからここ がなんかメバもしかしたら人間の言葉の ちょっと危ない危ないところにいるで昆虫 後こち後に耳傾け細胞後に 傾けクランボンさん 君何話してるのてサガちゃんと一緒に水の 中にいるつもりになりてそういうことが今 とってもできにくくなっているっていう ところに この人間の言葉今度はそそこへ戻ると人間 の言葉の問題っていうのがうんすごくこの 細胞ご昆虫 沢号から見えてくるような気がするんです けどねうんあの宮沢健二は ドドドドドドドドドっていう風も語ってる んね賢二は自分の体にそれをこう入れてる んですすっごい理性のある人だし書き方は もう理性す豊かな理性に満ちてるけど生命 と身体がこうちゃんと話し合ってる理性だ からそういう言葉が出せると思うんだよね 自分の体とその現象とかをつなげるだから 体を経由しないものは結局その豊かな言葉 にならない なるひょっとしたら科学についても言える かもしこのあね理性理屈だけの科学 って残ないかもしれない私は やっぱりこういう攻めしっていうのはその 細胞から虫から全てを含めて私たち生き物 って感覚をものすごく大事にしたいって いうのが今そうなんですねで今今の社会 ってまこれは科学がある意味では科学って いうか現代が作ってきたあれだと思うん ですけど子っていうのでこれは確かに唯一 の子で子は大事じゃないなんて私言う つもりはないけれどそれが自己表現だとか なんだとか言わずにまず私たち生き物の中 にいる存在として何かをやっていくてそう いう時に何かができるんじゃないかなと 思って実はそのここ私たち生き物の中の私 っていう風にやってしまうとそれは地球に 繋がり宇宙につがるでその中で私たち人類 もいるね私たち日本人もいるね日本人から こういう集まる仲間もいるね家族もいるね てこういう風に降りてくるとその私たちて いうのは決してその高速でも何でもなく すごい広がりになるとで私今大事なのは すごい広がりだと思うんですよあの文学も 科学もこういう形で広がりを持つっていう ことがもう生き物として生き るっていうことはその外にもいろんなこと があるってことを感じることだっていう風 に思いますうん他の生き物は自分で掴ん でるあの測ってないんですよ計測器に依存 しないでも僕らだけはなんかあそこにかく 見えるけどもう3時10分時計があるでし そのそうなんですよ3時10分で私一生 懸命見てる見てるよねそれってあのだって そろそろて思っあに7フのねあの箱の中に いるけどあいつらは自国を時計見ないで 全部分かるんですそうこのね竹も全部 分かってるし彼らは計らなくて多分もう この瞬間瞬間全部分かってるから僕らも そうになれるんじゃないかなってそうです ね赤村先生が こうあの測らない時ってあるんですか自分 あえていやあえて私の正直もが言うと私の 日常はほとんど測らない生活そうなんはい 日常はね学者なのにいや本当そうなんだ 日常日常はじゃ料理も目分量です目分量 ですもちうん科学は大事にするけれど私は 人間としては多分999%は図らないとこ で生きてるなっていうのは思いながら生き ているでも科学でわかってくることが実は 言うとその図らない世界を豊かにして くれるんですうん正直言うとそうなるそう なんですだから私としてはこれを捨てる ことはしないこれがあって私の99%は 豊かになってると思ってるのではいでそれ は多分美さんは死がここにあってそれが 豊かにしてるだと思 です言葉で言葉があってだからそういう それぞれがそうでいいと思うんですねで ただこの社会を考える時はこことここで 語るんじゃなくてここでお互い語り合う と豊かになるんじゃないかなっていうのが 私が最初に望んだことだしま最後もそこで 落とそうかなって今思ってます

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