#迷列車で行こう #国鉄 #北陸本線 #信越本線
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浦辺研究所より引用
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1浦辺研究所より引用
2浦辺研究所より引用
3浦辺研究所より引用
4CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=93623482
5spaceaero2 – 自ら撮影, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=6401730による
6MaedaAkihiko – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=116702108による
7spaceaero2 – 自ら撮影, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7437451による
8spaceaero2 – 投稿者自身による著作物 博多駅, CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=13860860による
9グーグルマップより引用
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11Cassiopeia sweet. – 投稿者自身による著作物, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3356809による
12Gohachiyasu1214 – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=81651134による
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15富山地方鉄道株式会社企画室編、『30年のあゆみ』、昭和35年10月1日、富山地方鉄道株式会社, 日本国著作権消滅/米国フェアユース, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=3437428による
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18Rsa – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=30377273による
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白高号北陸新幹線の東京敦賀間で停車型の 列車に用られている相性である一方 2015年の北陸新幹線金沢海洋以前は 越後湯沢と金沢を結ぶ特急として走ってい た同列車は在来戦最速の160km運転を 行っていたため印象に残っている方も多い だろうしかしこれら2つの博多とは別に 国鉄時代にも博多という特急が存在昼間用 の座席特急車両を夜行特急として走らせる という賃運用を行ってい たというわけで今回はわずか3年で消えた 夜行特急国鉄博多号のお [音楽] 話時は1961年大阪青森間で特急白鳥号 がデビューした同列車は1kmを超える 距離ながらその日の内に到着する国鉄最長 の中高特急となったこの列車の主な役割は 関西と日本海側そして北海道の連絡だが 当時はまだ新幹線も高速道路もない時代 そのため関東北陸間の輸送を担うべく上野 発着の編成も併結した使用車両は派82系 大阪青森間と大阪上野間の編成がそれぞれ 7両編成となっており併結する大阪名越間 では14両編成で運転された白鳥は登場 当初から人気を白したため量水を増やす べく1965年青森編成と上野編成は分離 上野編成は波82系7両単独運転となった 上で新たに白高という列車名を名乗ること になった運行区間は長野経由の上野金沢間 である1968年10月時点で下りが上野 7時50分に出て金沢14時57分着上り が金沢を13時に出て上野20時30分着 というダイヤだった博多は当時首都圏と 北陸を直結する唯一の特急だったため慢性 的な混雑を見せ1969年485系11両 編成に置き換えられることになったただ 薄い峠を無動力で通過できる電車は安全上 8両までに制限されるそのため長野経由で の運転はできず博多遠回りの上越線経由の ルートで運行されることとなった一方当時 関東と北陸を結寝台特急はまだ存在し なかったため輸送力を補うべく白田は 1971年から臨時夜行特急としても走る ことになったそれでは1972年夏の ダイヤを見て いこう臨時博隆51号は金沢ではなく富山 発着で運転された列車は上野23時43分 に発車高崎線上越線をひたすら北上するが 3時51分着の長岡までは止まらない同駅 では15分停車し方向を変え発車柏崎時 38分名越を5時8分糸井川を5時38分 に出発する6時16分に魚津に停まり終点 の富山には6時36分に到着した一方上り の博隆51号は富山を22時25分に出発 魚津22時45分糸井川23時26分名越 23時56分柏0時27分と進み1時10 分の長岡から深夜台に入るそして次の停車 駅である終点上野2は5時4分に着いた 上野長岡間は当時最速の特急で3時間4分 だったが上りの白田51号の場合は3時間 54分夜行列車にしては結構飛ばしていた ことが [音楽] 分かるこの夜行博多51号で特筆すべきな のは列車名のみならず車両も中高の博多と 全く同じものが使われた点であるつまり 夜行の特急列車であるにも関わらず新大車 は全くなく後年のムーンライトを彷彿とさ せるような普通の座席者のみで運転された のである快速や急行列車なら珍しくはない が寝台車がない夜行特急というのは 1970年代前半以外ほとんど見られず かなり珍しいなぜこのような変な列車が 運行されたのだろうか190771年時点 ではすでに583系12系20系など様々 な新設計車両が登場していたがこれらは いずれも北陸方面には導入されておらず 関東と北陸の間の夜行列車は中継を初めと した旧型客車に依存していたそのため繁忙 機を中心に輸送力が不足したため本来や 光用ではない485系を使わざるを得 なかったのだろうそれならば急行化快速と して運転すればいいと思うかもしれないが それは現代の考えこの頃は1971年のL 特急登場より前でありまだ特急は限られた 格上の存在だった特急車両を特急以外とし て営業運転するのはありえなかったので あるただ上野富山間の指定席速達料金は 急行の500円に対し特急でも800円 価格差に対して座席は485系の方が圧倒 的に快適であるそのため需要を調整すべく 白金沢には乗り入れず富山止まりとなった の だろう博隆51号は毎年春夏そして年末 年始に運転された1972年春時点では 上野長岡間ノンストップだったがさすがに 長すぎたのか同年冬以降は高崎に停車して いるまた上野到着時刻も早すぎたのか 1974年度の年末年始は5時38分着と 30分以上遅くなっているとはいえ3年に 渡り運転が続いたということはやはり安定 した需要があったの だろうしかし1975年の春以降夜行の 博多は運転されなくなった同改正では従来 の寝台急行北陸を格上げする形で寝台特急 北陸を新設夜行特急は北陸の臨時列車とし て扱われるようになったのだ用の現象は あけぼのが新設された大船の夜行特急翼 などでも見られた寝台特急が存在するなら その列車名を名乗った方が分かりやすい わけでこれ自体は仕方がないことだと 言えるまたこの頃には14系24系の装備 がかなり進んでおりもはや485系に頼る 必要事態が減っていた一方1972年には 上野金沢間を長野経由で結ぶ特急白山が 登場上長運転が可能な新型の489系の 登場により長野経由でも最大12両での 運転が可能になったのだ白山は長野など 主要年を通ることもあり1973年には1 日3往復二増便中高博多は完全にメイン ルートから転落し上越線では大量の時に 混ざって細々と走ることになっ [音楽] たそして1982年に上越幹線が改良した ことであけなく廃止されてしまった全身の 白鳥を含めて21年間の活躍だったただ 1997年に北越急行線が開通した際 博多川越後湯沢は金沢間の特急として復活 これ以降の活躍はもはや説明するまでも ないだろうそして2015年には北陸新 幹線の金沢改良により東京金沢間の停車 タイプの相性に抜擢今まで新で相性が廃止 された事例はスーパーなどを除くと青葉と 朝日しかないそのため新幹線の相性となっ た時点で白々の反永久的な活躍はほぼ確定 と言えるだろうただかつて国鉄の輸送力が 足りず夜行特急として活躍した時代があっ たということもどうか忘れないで 欲しいです
この当時はくたかはくたかは向日町運転所の485系で雷鳥などと共通運用でした。
はくたかは昼行だけのはず
座席車の夜行もなかなかいいもんだよ!
はまなすでしか経験ないけど、寝たり起きたりで今どこ?なかなかよかった!
急行能登の夜行列車で東京と北陸、けっこう往復していたのを思い出しました。グリーン車も利用しました。
「はくたか」日本酒?
「大量のトキに混じって」
なんかジワるw
然し[北陸]も[あけぼの]も登場当時は20系。[あけぼの]までは新製車だった様だが[北陸]は24系投入で東海道方面から捻出された車輛の転用だった。電車・気動車に於いては特急型とそれ以外とは厳然たる区別があったが、客車に関してはアバウトで14系座席車など特急・急行・鈍行(快速)運用が同時期に存在した。また多客期臨時では14系座席車による夜行特急は実例がある。
雷鳥の列車名も復活してほしいな。
車両もさる事ながら、当時の寝台列車では車掌補と呼ばれる人が3両に1名は配置しないといけない規則になっていたそうですから、人員確保の観点からも座席車になっていた可能性もありそうですね。
50年も前のこと、両親と富山へ帰省した際にはくたかに乗車しました。上野発8時8分でした。高岡で両親が下車。金沢まで行ってベッドマークが変わるところを写真に撮って喜んでたのを思いだします。東京に住んでた自分が九州、関西の特急の写真が撮れる唯一の手段でした。
300番台に乾杯🍻
手元に1973年12月号の時刻表があるんですが12/28-31と1/4-6のみの運行というわけで最繁忙期限定の運行みたいです。また同様の最繁忙期の座席夜行臨特は北海・北斗・あけぼの・はくつる・やまびこ・やまばとなど東日本各地にあり(なぜか西日本は四国の「しおかぜ」のみ)、客車便は指定席が100円引き(12系でも使ってたのか?)ということもあっていろいろ興味がつきません。
上越線経由の「はくたか」に乗って富山に行ったことがあります。
しかし、同名の夜行の存在は知りませんでした。「北陸」と違い長岡で客扱いしていたのですね。
晩年の「白山」は1往復しかないのに「L特急」なのが謎ですが。
今度は「かがやき」も取り上げてほしいです。もちろん、新幹線になる前のを。
急行能登みたいな列車ですね
往年の急行能登に近いダイヤだな
ミステリートレインとか東上線の池袋から寄居周りで遠回りして東武日光まで運行した電車とかもありますぜ!
国鉄時代のはくたかは知っていましたが、夜行が走っていたのは知りませんでした。
なぜわざわざ上越線経由で金沢に行くのか、疑問でしたが、碓氷峠の事情だったのですね。
白山が出来た後も廃止にはならなかったのですね。
国鉄時代はバラエティーに富んだ列車がたくさんあって楽しかったですが、私鉄(JR)になって採算ばかり考える運行になってつまらないです。
当時の「はくたか」は上越線経由で489系で運転され、昭和57年11月のダイヤ改正で廃止されました。
上野から金沢へは6時間45分です
上野 大宮 高崎 長岡 直江津 富山 高岡 金沢
はくたか1号 8:19 8:46 9:43 = 11:47 12:44 14:14 14:30 15:04
臨時の夜行はくたか号の元となった列車は、1968年〜1969年の年末年始に登場した急行北陸51号になるようです。(上野2013→富山615・富山2255→上野915)その後お盆や年末年始を中心に設定され続け、1971年の夏の運行を最後に一旦廃止されました。その後1971年~1972年の年末年始より同区間で特急はくたか51号(上野2356→富山718・富山2219→上野433)として再び運行されるようになりました。※1971年の運行もありました。見落としていましたので修正をいたしました。
旧国鉄、オール座席車の夜行列車が結構運転されていました。臨時列車だとひどい車両の列車もありましたね。高速道路が普及していなかったあの時代、それでも皆さん我慢して乗ったのでしょう。
晩年の急行能登号みたいですね。
こっちも停車駅は割り切っていて、高崎~直江津間は客扱い無しでしたが。
実際には上野、富山共に有効時間帯に発着してA寝台、B寝台、グリーン座席指定席、普通指定席、普通自由席と、多くの需要に応えた普通急行能登号の方が圧倒的に便利だったと愚考いたします。
昼行特急はくたか51号に使われた485系電車特急の間合い運用として使いたかった(ついでに料金値上げによる増収策を図りたかった)国鉄当局の思惑がうまく行かなかったのかも知れませんね。
その需要に応える目的で寝台特急北陸号へ発展的に継承されたのでしょうか。
富山発着というのは、おそらく、雷鳥やしらさぎで富山に着いた編成を臨時はくたかに充当していたのでしょう。
この列車よりも特急夕月を取り上げてほしかったです。ユは昼行特急みどりとともに489系が始めて九州二乗り入りた列車でした。このときはサハ489型をハズした11両編成でした。また485系など特急型の不通齒シートピッチ910mmでシカモ座席下に暖房装置のカバーがあり足が伸ばせず長期的には、不向きでした。583系や急行型の固定クロスートのほうが足は伸ばせて楽でした。ただし背中のクッションは回転クロスシートのほうが良い。