第67回金沢美術工芸大学卒業式
第44回金沢美術工芸大学大学院修了式
日時:令和6年3月1日(金)13:30~
場所:金沢美術工芸大学 7号館
ただいま から第67回金沢美術工芸大学卒業式及び 第44回金沢美術工芸大学大学院終了式を 行います皆様ご切立 [音楽] ください 1同 例ご着席 ください学行 [音楽] 授与え氏名を読み上げますので呼ばれた方 は返事をしてその場で起立して ください 美術家日本が先行宇 梨奈大塚 光子梶川 久片岡 赤五医道 乱五藤 綾小林優香 さ 由子佐藤 愛名 ゆい久松 水松崎 水穂宮坂 理沙山本 例以上14名代表佐藤 愛 レ 卒業証書学行佐藤愛本学美術工芸学部美術 科日本画先行所定の家庭を納めて本学を 卒業したことを認め学史芸術の学を事する 令和6年3月1日金沢ビース工芸大学学長 山崎 強おめでとうござい ます 着席美術家油 先行小寺 歩風 か勝又 リオ金森 こと金丸 はか川西 優香靴 茅小谷 健二小村 かの子清水 ル瀬口 さえ東山 彩佳徳永 名美中野 七中村 柚月原島 まゆ藤原
名古田 浪子 松岡 森保 安原 子柳瀬 ミラン山崎 かほ山田 咲也優木 み以上26名代表東山 彩佳 レ卒業少学 東山本学美術工芸学部美術家油屋先行所定 の家庭を納めて本学を卒業したことを認め 学史芸術の学児をする令和6年3月1日 金沢ビース工芸大学学長山崎 強おめでとうござい [拍手] ます 着席美術家彫刻 先行井 まどか門井 和正川村 巧佐藤蓮太 杉山 泉二口 浩司田中 鈴鹿時田 州中村 美福 理沙三橋 ま大和 楓渡辺 翔以上13名代表川村巧 L 卒業書学川村 本学ビース工芸学部ビス家彫刻先行所定の 家庭を納めて本学を卒業したことを認め 学史芸術の学予児をする令和6年3月1日 金沢ビース工芸大学学長山崎 強おめでとうござい ます ね 着席美術家芸術学 先行竹平 7徳光 良子長谷川 千牧野 こ村上 桃井森松 あ以上6名代表村上 もい 例卒業証書学村上桃井本学美工芸学部美家 芸術学先行所定の家庭を納めて本学を卒し たことを認め学史芸術の学児をする令和6
年3月1日金沢芸大学学長 山崎おめでとうござい ます [拍手] ね 着席 デザイン化資格デザイン 先行青山 豊野赤松 八子麻生 カリン足立 音葉伊藤 愛里伊藤 優太大谷 天根 音勝崎 ゆ佐 は佐藤 理住田 幸田 エリー中尾 ラン中村夢 な細江 美溝口 か宗方 佐以上18名代表佐美 で [音楽] [音楽] すいませんごめん なさい卒業証書学行佐美本学ビース工芸学 部デザイン化資格デザイン先行所定の過程 を納めて本学を卒業したことを認め学史 芸術の学位を授与する和6年3月1日金沢 ビース工芸大学学長山崎強おめでとう ござい ます ね着席 デザイン化製品デザイン 先行市川 レオン宇野 み佐田 なみ北野 美木戸 孝太郎平あ 黒田 優勢小林 咲菅原 ナ杉本 地田中 一貫谷 御崎長座 か成瀬 まほ名 加野本
藤田 本馬 千正 夏穂ラト は以上20名代表田中 一貫 例卒業証書学行田中一貫 本学美術工芸学部デザイン化製品デザイン 先行所定の過程をめて本学を卒業したこと を認め学史芸術の学事をする令和6年3月 1日金沢ビス工芸大学学長山崎 強おめでとうござい ます ね 着席デザイン化環境 先行安倍明り安倍 まこ上田 海晴大杉 姫香金子 立川西 魔王こだま 直篠原 巧田中 日向単子 佑樹長嶋 夏葉中村 彩中村 戸野村 柚月牧野 公也森川 は山田 りか山梨 風花山梨 連和田彩奈はい渡辺 有さ以上21名代表金子 立 レ卒業証取学行金立本学ビス工芸学部 デザイン家環境デザイン先行所定の家庭を めて本学を卒業したことを認め学芸術の学 をする令和6年3月1日金沢ビス工芸大学 学長山崎 強おめでとうござい ます [拍手] レ 着席 工芸 化天笠 光友有富 長石井 優馬石神 七石渡 ゆい内野 風子奥田 花北田
安桑原七 島村 金田代 美野上 例林 百原口 乱広田 恵美福本 夢堀川 裕子与口 まゆ渡辺 大樹以上19名代表野上 例 卒業証書学位条0本学美術工芸学部工芸化 所定の家庭をめて本学を卒業したことを 認め学史芸術の学児をする令和6年3月1 日金沢美術工芸大学学長山崎 強おめでとうござい ます 着席大学院学行 事業美術芸研究家絵画先行 新高屋 幸新藤 美木前田 赤横山 赤豪田 かほつ 千春二藤 リオナ [音楽] 部長 藤本前 さえ松尾 玉以上11名代表 部長 例学位部長本学大学院美術工芸研究家絵画 先行の収支過程を終了したので収支芸術の 学位を授与する令は6年3月1日金沢ビ 工芸大学学長山崎 強おめでとうござい ます 例 着席美術工芸研究家彫刻先行 足立 裕介石田 愛里田中 博和二宮 海林 和夫山岸マ以上6名代表二宮 海 例学二宮海本学大学院美工芸研究科長先行 の収支家庭を終了したので収支芸術の額4 児をする令和6年3月1日金沢ビース工芸 大学学長山崎強おめでとうござい ます
レ 着席美術工芸研究家芸術学芸術学先行1名 滝沢 風岡 leb 学位滝沢風岡滝沢風岡本学大学院美術工芸 研究家芸術学先行の収支過程を終了したの で収支芸術の学児をする令和6年3月1日 金沢ビス工芸大学学長山崎強おめでとう ござい ます 美術工芸研究家工芸先行家永 桃香工藤 文香藤田 ほか二崎 シナ湯口 あ以上5名代表工藤 文香 例学行工藤 文官本学大学院美術工芸研究芸先行のを 終了したので収支芸術の学事をする令和6 年3月1日神沢ビース工芸大学学長山崎 通しおめでとうござい ます レ 着席美術攻撃研究家デザイン 先行 か洋 中点岡本 尚弥金丸 雄平藤井 金子諸井 千吉村滝伊藤綾乃 柴田 地方以上9名代表金丸 雄平 例学行金丸遊本学大学院美術工芸研究家 デザイン先行の収支過程を終了したので 収支芸術の学余事をする令和6年3月1日 金沢ビース工芸大学学長山崎強おめでとう ござい ます レ 着席 式事金沢美術工芸大学学長山崎 強 卒業生終了制 切立 第 着席 式事卒業生終了生の皆さんおめでとう ござい ます今日までお支えいただいたご家族の皆 様にも心よりお祝いを申し上げ ます本日は来賓として金沢市長村山孝志
様金沢市議会議長孝誠 様金沢市市議会総務常任委員会委員長小 大輔様同じく総務常任委員会副委員長稲葉 明様整備会会長松崎淳様同窓会会長代理 同窓会運営委員長宮光信様にご出席を賜り ました誠にありがとうございます平素より のご支援に熱く御礼を申し上げ ます皆さんは芸術を 志しその能に恵まれたものとして本学に 入学さ れ学史収支の火星を 納めハある卒業終了の日を迎えられまし たこの旅立ちの日を教職院一同で祝福 いたし ますここに は令和2年 の4月にに入学された方が多くおられ ます令和2年度の入学式はコロナ禍におい て中止と なり翌年の令和3年4月7日 に令和3年度新入生の入学式に先立って令 和2年度新入生の1年遅れの入学式を強行 しました その時私が述べ た敷地の一部を振り返りたいと思い ます少し長くなりますがお許し ください私たちは昨年の春以来いつもと 異なる時間を過ごしてきまし た新型コロナウイルス感染症の感染拡大に よる国の非常事態宣言が発出される中 で入学式やガイダンスを中止 し学内への立ち入りを禁止し前期授業を5 月11日より全科目オンラインで開始し まし たその後感染防止措置を講じた上で6月8 日から制限を設けて学内集を許可し 7月31日からは学内での対面事業を基本 としてオンライン事業を併用する体制に 移行しまし た10月1日より始まった後期事業も学内 での対面事業を基本としましたが感染状況 は引き続き余談を許さない状況の中で学生 教職員ともに感染防止のための厳しい ルールを遵守しつつ授業を実施しました 特に当時の新入生であった皆さんの戸惑い は察するにあまりあるもので あり本当に厳しい時間を過ごされてきた ことと思います改めて本学の対応への理解 と協力に感謝を申し上げ ます皆さんは絵画が好きで彫刻が好きで 工芸が好きでデザインが好きで学が好きで 本学に入学されました明確な意思を持って 大学生となった皆さんのも頼もしく思い この中の困難な状況であっても政策や研究 に没頭できる皆さんの主体的な学びに主体
的な学びに私たち教職員は救われました ありがとうそして今な余談を許さない状況 の中にありますがこうして形をを変え ながらも令和2年度の入学式を強行できる ことを共に喜びたいと思い ます本学はこれまで手で考えるという言葉 を掲げ素材や道具に触れることを大切に する教育を実践してきまし た一方道具によって拡張されてきた手の 概念における触れることの意義は今日の デジタル化に伴っ交代しこの中がこの傾向 を加速させているように見え ます人または人が触れたものとの接触を 避けたいというニーズが今後さらに高まる と予想されているから ですそれでも私たちはこれまでと同様に手 で考えるという言葉を掲げむしろこの危機 を手の概念や触れることの意義を問い直す 会と捉えそこに新しい視点を加えた教育の 実践を目指す でしょうこの中の課題の大半は以前から 足元に存在した課題が危機に直面し顕在化 したもの ですコロナ後の世界を見据えた求心的な 変革に期待する議論も踏まえつつまずは 落ち着い てこれまでの課題を現状に照らしつつ 見つめることから未来を考えみたいと思い ますそれには学生の皆さんの理解と協力が 不可欠です今なを続くコロナ禍の困難な 状況の中で学内腫瘍を継続するために学生 と教職員が高い意識を持ってルールを原種 し責任ある行動を貫きましょうお互いに 許容し許し合い受け入れ合う優しさに 溢れる ひやかしましょう少しずつですが キャンパスに学生の声が響くようになり ました学生が集う当たり前の風景に幸せを 感じていますここで改めて本学の対応にご 理解とご協力をいただいている保護者関係 者の皆様に心より感謝を申し上げますこれ からもお互いに支え合い力を合わせて前に 進み ましょう 令和3年度の新入星の1年送りの1年遅れ の入学式で私はこのように述べまし たその後もコロナ禍は続きましたが学内 使用を継続するためにつまり通常の対面 事業を継続するために学生と教職員が高い 意識を持ってルールを守り 責任ある行動を貫き通したことで学習環境 教育環境を守り今日までの日々を過ごす こと過ごすことができまし た私はこの間学長メッセージとしてルール の
原種責任にある行動を何度も呼びかけてき まし たこの無な言葉に勇気的な内実を与えて くれたの は政策や研究に取り組む皆さんの主体的な 学び制作したい言及したいという熱い思い でし た令和2年度入学生だけでなく困難な時期 を共に過ごした全ての学生に感謝をしてい ます本当にありがとうございまし た 今年1月1日のノ半島地震の影響が心配さ れ た金沢21世紀美術館での卒業終了点 も損傷を免れた市民ギャラリーを使用させ て欲しいという我々の願いを受け入れて いただき安全を確認した上でこれまでと 同様の形態で開催することができました ご理解をいただきました関係各位に感謝を 申し上げ ますまた被災された方々に対し心よいおお 見舞いを申し上げますとともに本学とし ましても今後の復興に貢献していく所存 ですそして素晴らしい卒業終了点を実現し た皆さんさんを誇りに思ってい ます私は金沢21世紀美術館に展示された 作品や論文を見ていつも絵も言われぬアド 感をいただき ますなぜならクリエイティブな世界におい て若く研ぎ澄まされた感性 が作品や論文という唯一無の地点に着地 することはとても困難な大げさではなく 奇跡といって過言ではないことだから ですそこに至る途上に想像の喜びだけでは なく才能を与えられたもののみが知り得る 誠実な苦しみがあることを思いそれを 乗り越えた歌詞としての作品や論文に安藤 し ます皆さんがこの先の人生において芸術と どのように関わりどののように生きていく のかそれは自由 ですその一方で本学が大学賢章に歌う芸術 が社会に果たす役割を自ら探し行動すると いうことは私たちに託された幸福な使命 です私たちはこの中において芸術が不不及 という言葉にさらされる現実を真の当たり にしまし た 環境問題を始め地球規模での危機が顕在化 するとともに世界情勢が不安定化し来る べき未来の不透明感が増している 今日皆さんの存在は決して小さくありませ ん1人1人の役割を探求するための新しい 歩みを始め ましょう本学での検算が生きる力となり
人生の支えとなり必ずや1人1人の未来が 開かれると信じてい ます金沢ビース工芸大学は戦後間もい 1946年に金沢市民の熱意によって創立 されまし た最初のキャンパスは本田の森にあり校舎 は旧陸軍の兵器を採用したもので現在は 石川県歴史博物館となってい ます小達の5丁目に移転したのは1972 年のことで学部に加えて大学院収支家庭 博士広域家庭を設置し教育の高度化を図り 研究機関として発展を遂げまし たそして昨年の10月この小の2丁目に 移転し皆さんが新キャンパスで卒業式終了 式を迎える最初の卒業生終了性となりまし たこれからも気軽に私たちのキャンパスを 訪ねてください温かく受け入れてくれた 金沢市民に感謝し遠にあっても金沢の町を したいいつかまた成長した姿を見せて ください私たちも誇りに思える大学であり 続けるためにさらなる発展を誓います 卒業終了誠におめでとうございます以上皆 さんの全投縮して敷地といたします令和6 年3月1日金沢ビース工芸大学学長山崎強 卒終了生 起立 着席本日ご隣席いただきました金沢市長 浦山孝志様より福を停まり ます卒業生終了制 起立 レ 着席え本日え第67回の金沢美術工芸大学 大学の卒業式そして44回の終了式を迎え ますえ卒業される皆さんえ終了される皆 さん本当におめでとうございます私はこの 卒業式に来るのはとても楽しみですそれは あの皆さんの仮想を見るえためということ もありますけれども私の母がえ金沢美術 工芸大学の昭和42年の卒業え今え おっしゃった本田の森の時の卒業生であり ますえその母に対してえこうして卒業式で え来ることができることをとても嬉しく 思っていますそしてえ皆さんの卒業高配達 の卒業をとても嬉しく思っていますえ皆 さんが入学された 頃えそして学部生の方々が遠慮された頃は この中でありましたえ2ヶ月間金沢に来る こともできずにえ地元でえ大学生活を 楽しみにしていた中でえ思ったのと違う ようなキャンパスライフが始まったかと いうように思いますえそうした中でえその 後金沢に来ていただきました金沢で過ごし たえ4年間あるいは終了生の方々いかが でしたでしょうかえ沢の豊かな自然 あるいは式を売りよりの情景さらにはえ
国立工芸官や石川県立美術館また金沢21 世紀美術館などのえ展示などえ刺激的な ものも多数多数あったのではないかという ように思いますえそした中でえこの4年間 の成長 がただいま今日まで開催中の卒業政策点え 終了政策点に現れてきたのではないかと いうように思っています今年1月には1月 の前にえ10月にえ昨年の10月にこの キャンパスに皆さん移転してきましたえ 卒業政策終了政策をえ行うえ素晴らしい 環境が整えられたかというように思います え十分にえ活用いただいたものとえ考えて いますそして1月には自信がありましたえ 政策環境え等々がえ様々に変わってくる中 で皆さんはこの卒業政策点え卒業政策終了 政策に向けてえ力を十分に注いできて来 られたものだというように思います私も 21世紀美術館で先日え作品を拝見いたし ました非常に熱のこもったそして えバラエティに溢れるえ作品そしてえ論文 が掲載されてえ展示されていたというよう に思ってい ますえこのえ間様々な経験をしてそしてえ これから社会にすす皆さんはえこれまでの 経験は1つも無駄にせずそしてえ強くこれ からの社会を歩んでいっていただきたいと いうように思っていますそしてえ金沢で 学んだこと金沢美術工芸大学に通ったこと をこれから誇りに思っていただきたいと いうように思いますえ金沢以外のところに え行かれる方も多いと聞いております けれども是非え国内各地であるいは世界で 金沢美術工芸大学の卒業生として終了生と して大いに活躍いただきたいとというよう に思いますそしてまたえ懐かしいえ場所と してこのえ小達の台の金沢美術工芸大学に もえ立ち寄っていただいいてそしてえ同 創生とのえ急行をまた温めていただくとえ とても嬉しく思ってい ますえ改めましてえ今日え皆様方のえ卒業 終了をえ心よりお祝い申し上げますととも にえ保護者の皆様にもえお祝いを申し上げ たいというように思いますそしてえご指導 いただいたえ山崎学長はめえ先生方また 関係者の方々にもえ感謝を申し上げて私の お祝いの言葉とさせていただきたいと存じ ます本当におめでとうございました卒行政 終了制 起立 レイ 着席次に金沢市議会議長多誠様より祝事を 賜ります はい 卒業生終了制
起立 着席祝事金沢美術工芸大学卒業式及び大学 院終了式にあたり金沢市会を代表して一言 お祝いを申し上げます本日 めでたく立つ皆さん誠におめでとうござい ますまた本日まで温かく見守ってこられた 関係者の皆様もお喜びのことと心からお 祝いを申し上げますさて金沢美術工芸大学 は40年以上にわたり親しまれた急行者に 別れを告げ昨年10月に新しい学びへ学び へ転いたしました今日は新たなキャンパス で初めて卒業式と大学院終了を迎える記念 すべき日でありこの度卒業終了される皆様 においては素晴らしい学習境のも作品政策 や研究に熱心に望まれたことと存じます 金沢美術公議大学は1946年の改革以来 美の創造を通じて人類の平和に貢献する このテーマを理想に掲げ美術が社会に 果たす役割を自ら探し行動する人材の育成 に務めいたの優秀な人材を各会に送り出し てきました私たち金沢市民にとりましても 本大学の卒業生終了生の皆さんが表現者と して各界の第1戦で活躍されております ことは大きな誇りとしているところでも ありますこれから新たなステージに住ま れる皆さんには金沢美大に誇りを持ち大学 あるいは大学院で学ばれた知識と技能に 加え友人や金沢の人々との触れ合いなどの 経験を忘れる忘れず大いにご活躍をされ ますことを心から記念する次第であります 結びに卒業生並びに終了生の皆さんの全と が限りない栄光と輝かしい未来であります ことを記念いたすとともにご指導を賜り ました先生方関係者に深く感謝を申し上げ ましてお祝いの言葉といたします令和6年 3月1日金沢市会議長孝誠本日は誠にお めでとうございます卒行生終了生 起立 レ 着席ここで本日ご臨席いただきましたご来 賓の皆様をご紹介いたします金沢市議会 議長高誠様はいおめでとうござい ます金沢市議会総務常事委員会委員長小井 大輔様はい卒業おめでとうございますこれ からも 頑張って ください同じく総務常人委員会副委員長 稲葉明 様おとござい ます整備会会長松崎淳 様同窓会会長代理運営委員長宮下光信様 はい皆めでとうございます皆さ と 以上の皆様 ですなお本日はえ多数のお祝いメッセージ
をいただいておりますえこの建物1回正面 入り口での形状を持ってご披露に変えさせ ていただき ます在学生 掃除在学生代表デザインカー資格デザイン 先行 連 卒業生終了生 起立 レイ 掃除いてつくような寒さも和らぎ大きな窓 ガラスから春の香りと温かな光を感じる ようになった今日の良き日に卒業生のの皆 様ご卒業並びにご終了おめでとうござい ます在学生を代表し心からお祝い申し上げ ます緩やかな時が流れるこここたに立つ 歴史あるアカレンガの 校舎希望と期待を寄せながらもコロナ禍に よる先の見えない不安に出鼻をくじかれ何 とも言えない悔しさに襲われた入学所年度 から多くのが経過しその大学生活を新しい 真っ白な校舎で終える気をどのような思い で迎えられたのでしょう か仲間と励まし合い課題や制作を乗り越え た朝先生方のアドバイスを思い出して悩み 続けた夜多くの思い出が将来していること と思い ます皆様は日々の政策活動や学校行事部 活動などでとても耐えれる心強い先輩とし ていつも私たち後輩を時に優しく時に 厳しく導いてくださいまし た入学式当日当時は名前も場所も知らない 白梅公園に連れ去られましたお菓子や おにぎりおそらく先輩が好きであろう ポケモンパンが配られどれだけ声が通って いてももう一度名前を言わされたりしまし たね今では急行車近くのトンネルのある あの階段を登るたびにその日の懐かしさと 慣れないヒールでくずれした痛みを 思い出し ます他にも飲み会でのノりや先生方との 接し方大きな課題での乗り越え方または 逃げ方など神火生としての生き方を学び まし た中でも課ごとに書いていただいた コメントシートにはびしりと隙間なく 敷き詰められたアドバイスとおの言葉が 多くありましたそれが何よりの励みで 私たち画デザイン3年生は本当に ありがたいねと毎回嬉しくみんなで キャッキャしながら回し読見してい ます他にも部活勧誘に暑い先輩や後輩後輩 のために車を出してくれる先輩忙しいにも 関わらず時間を作って相談に乗ってくれる 先輩酔い潰れて地面と挿入をする先輩など
多くの皆様と関わることができまし たそんなどんな時にも真剣に熱く優しくし てくださる先輩方だからこそ私たち大学生 も楽しく有意義に大学生活を過ごしてい ますこの金沢老台で受け継がれている伝統 と楽しむことの連鎖をこれからも絶やさず 後輩たちへと伝えていきたいと思い ます2023年8月進行者の移転が始まり これまでは世話になった赤レンガの校舎を 離れることとなりました全学生が大半の 時間を過ごした急行者思い出が多く詰まっ た場所を離れるのは誰もが寂しく感じた こと でしょう赤レンガの美しさと正門の木が式 おりおりに違った表情を見せてくれるあの 校舎が大好きな学生も多いことと思い ます2023年10月進行者へ移転して からは慣れないガラスの大きな窓と地域の 方々との距離感がつめずなんだか知らない から見に来てしまったのではないかと 戸惑いがありましたしかしそんな中でも 先輩方は今まで通りに教室に来てちょっと 今いいですかと申し訳なさそうに制作のお 手伝いを頼みに来ていました ねその時やっぱりここは金だし先輩はいつ までも先輩だとどこか嬉しく思いました そして先輩方の作品に直家に関わることが できるとても有意な時間になりましたご飯 も奢ってもらえたのでちなみにですが 決して毎回手伝いたいわけではありません でしたさて土半島自身から早くも2ヶ月が 経ちました当たり前だと思っていた日常が 土上なくなり目の前が真っ暗になった人々 も多くい ます私私自身大きな揺れとともに身の危険 を体感しましたまた被害にあった友人や その家族の方々も会えない知人のことを 思うと今も胸が張り裂けそうです日常を 少しでも取り戻そうと日本全国から支援と 励ましが届いていますその熱量に負けず 私たち美大政としてできることが必ずある はずですボランティアへの参加危険金や 支援金の寄付はもちろんバ塗りや素焼き など工芸品の伝統の継承デザインという 伝える力で全国へと被害状況を発信して いくことなど多くの活動が現在行われてい ますそして今すぐになくても数年後数十年 後には誰かを笑顔にできる作品があると私 は信じていますそれはどの先行でも変わり ません被害にあった地域被害にあった方々 に少しずつ穏やかな日々と心の余裕ができ た時に美術という言葉で表しにくいものは 人と人とをつなぎ生活を豊かにしていくの です作品には私たち政策者だからこそ感じ ている日々の気や温度匂い会話食べたもの
いたものが反映され ます制作者だからこそ感じられるものが これからの政策の糧となり励みになるので はないかと私は思います今ある日常から ヒントをもらいながらそのまっすぐな熱い 思いでこれからも先輩方には突き進んで 欲しいですそしてまた私たち在学生もその 背中を追いかけ少しでもより良い社会を 気付けけるようここ金沢美術工芸大学で 学び語りつぐことを誓い ますきっと赤レンガの歴史を感じる急行者 も皆様の新しい片手をお祝いしていること と思います最後に先輩方のご健康と さらなるご活躍をお祈りして掃除とさせて いただき ます令和6年3月1日在学生代表美術工学 部工芸学部デザイン家近くデザイン先行3 年 行き はい 着席 卒業生 当事卒業生代表工芸科石井 [音楽] 優馬卒業生終了制 起立 レ 当時寒さと温かさが交互に訪れていた今年 の冬の金沢にもいよいよ晴れらしい温かい 風が吹く今日この日私たちは金沢美術工芸 大学を卒業しますこの日は迎えられたこと をまた場に立てることを大変嬉しく思い ます本日は山崎学長を始め初先生方並びに ご来日の皆様にご臨席を賜り私たち卒業生 終了生のためにこのような式を強行して くださり誠にありがとうござい ますまたライブ配信をご覧になられている 皆様方にも熱く御礼申し上げ ます入学して4年が経ちました振り返れば 私たちの大和入学早々とともいる特別な 大学生活の船出となりまし た受験を乗り越え4月から大学での新しい 日々が始まるはずでし たしかし新型コロナウイルス感染症の意が 突如私たちを襲いまし た2020年4月に緊急事態宣言が発生さ れ大学内は立ち入り禁止となってしまい 授業は実も含め全てオンラインで行われる ことになりまし た期待と希望に胸を膨らませて私にとって その知らせはとてもショックで出鼻を 大きくくじかれたような気持ちでし た夏にあり大学へ入れるようにあると ようやく政策に取り組むことができまし た工芸化では1年時に通称土回りと呼ば
れる事業が行われ染色や失均衡や当時の 素材や技法を一通り体験し自分が住みたい コースを吟味し ます2年生になり私は転職コースへと進み ましたそこで染や檻についての基礎を学ん でいく中で私は友善と出会いその世界に 魅了されまし たそれは技法や素材との対話を重ねる日々 でし た染めるという行為には常に緊張感が伴い ます一度布に染まった線量は簡単には 落とすことができませんそれはやり直しが 効かない一発勝負ですまた線量は布の上で 良きしない動きを見せ ます私がトク組んでいる友善ではノリを 使ってそのような不規則な動きを見せる 線量を意図的にコントロールしなければ なりませ んちょっとでも気を抜いたり指先の加減を 間違えると意図しないところから線量が 滲み出てしまうことがあり制作をする時は 常に気を張っていまし たさて政策以外の学校行事においても 私たちは特殊な体験をした世代と言える でしょう12年生の時の美大祭はコロナ禍 のためオンラインでの開催でした 3年生になってようやく初めて現地開催に よる美大祭を経験することができまし た私はピアノ部として急行車美大ホール にてピアノの演奏を披露しまし た旧美大ホールには2台の古い アップライトピアノと1台のグランド ピアノがありまし た制作に詰まった時気分転換のためよく 美大ホールにピアノを引きに行きまし た立されていない古いピアノでしたが課の 誰もいない美大ホールのステージで 思いっきりピアノを引きなす心地よさと 言ったらありませんでし た34年生になり美大祭が現地開催される ようになるとピアノ部のステージ発表とし てついに人前で演奏することが叶いまし た演奏後の大きな拍手は今でも忘れません ピアノも久しぶりのコンサートを喜んでい たと思い ますここまでオないでもないのに長々と ピアノの話をしてきましたがピアノ演奏に も常に緊張感がが伴いますどれほど練習を 重ねても本番でどのような演奏にがあるの かはステージに上がるまで私にも分かり ませ ん実際の演奏を始め最後の一を引き終える までは常に気持ちを張り詰め神経を集中さ せ指先をコントロールしようと務め ますそれは染色と同じ
ですそして染色もピアノもどらも自分が 予想した通りの完璧な表現ができるとは 限りません どちらかと言えば想像通りに行くことの方 が少ないような気さえし ます制作中のハプニングや演奏中の アクシデントは日常差半時 です制作やピアノの演奏において日々思考 錯誤を繰り返しているうちに私はある1つ のことに気がつきまし たそれは向き合う姿勢が大切ということ です素材や技法そのその時に現れてくる 表現と向き合うことが大事だと気がつき まし た地道にコツコツ対象と真摯に向き合い 続けているとあ突然生まれ変わったように 物事が理解できる時が訪れ ますこれまで出せなかった色を急に表現 することができたり今まで引けなかった 難しい曲のパッセージが嘘のように聞える ようになることがたまにたまにあり ます私は大学の4年間で何度かそのような 経験をしまし たこの4年間を通して私は染色やピアノ その他多くのものから物事に向き合う姿勢 を学びましたそしてこれからも向き合う 姿勢について自分自身に問い続けていく つもり ですそして現代には向き合わなくてはなら ない困難が数多く存在しています貧困格差 戦争これがの問題は昨今私たちの身近な ところにまで差し迫ってきてい ます加えて今年の元日非常に大きな困難が 私たちを襲えましたの半島自身です当時私 は年末年始ということもあり実家のある 福島県に規制していまし たおに入りながら眺めていたテレビから 突然けたたましい神速法が流れまし た石川県から遠く離れた地にいた私は テレビやネットSNSで流れてくる被災地 の映像や情報をただただ見てることしか できませんでし たそしてニュースやSNSで流れてくる 映像は私に東日本大臣祭の記憶を思い出さ せまし た2011年当時私は小学4年生でした そして大学4年生となった今また大きな 災害と直面することになってしまったの です2011年のあの大きな災害から13 年が経ちましたその間も幾度となく災害が 起り世界的なパンデミックが日常を抑え まし たその度に私たちは困難状況と向き合って きまし たこれから先も生きていく中であらゆる
困難やアクシデントが私たちを襲う でしょうそれでも私はそれがの困難に 向き合い続け ます向き合い続けていればたまには報わ れる時もあるはず ですそれはたまにかもしれませんが希望は 捨てませ ん染色やピアノや金沢台で過ごした経験が 私にそのことを教えてくれまし た最後となりましたがこれまで私たちを 支えご指導くださった先生方職員の皆様 金沢市民の皆様共に過ごした友人や先輩方 後輩たちそしていつも温かく1番近くで 支えてくれた家族に心から感謝申し上げ ます金沢美術工芸大学と金沢市そして卒業 生一造の今後の飛躍を願い当事といたし ます令和6年3月1日卒業生代表工芸科 石井 優馬 第 着席学科 聖書皆様ご記述願い ます前走に引き続きご昭和 ください そそり立つ奥がの 山 公に に めく こと 神の 地 地の 武 に 若を離れ にし のあかなる べ すの ぐ ばとむ [音楽] り が [音楽] せご着席 ください以上を持ちまして金沢美術芸大学 卒業式及び大学員終了式を終わりますご 来賓の皆様並びにご来場の皆様にはご隣席 を賜り誠にありがとうございまし た引き続き卒業生終了生の方は男女にて 記念撮影がございますのでそのままお待ち ください どう
島さんあ 島はいじゃあと1枚だけ行きますねはい 行きますよはい ワツはいありがとうございまし たの人は ず ワン ツースはいお願いいたしますはいワツスリ はい ワン ツースはい何枚か行きますはいワン ツースあらごめんなさいもう1回はいワン ツースはいそうしましたらあの皆さん ちょっと笑顔足りないん でああじゃあのすいませんじゃあの笑顔で お願いします ね はいじゃあ行きますよワツスでいきます じゃあ皆さん今でお願いしますはい行き ますはいワン ツス はいじゃ皆さん今までお願いしますはい こちらですはいワツースでドしていただき ますはいワツース はいはいきますはい ワスはい 最後 しますじゃあ皆さん以でお願いしますはい 行きますよはいワンツスしきますワン ツースはいますねお願いします番 ツスはい くださいはいじゃあ皆さんあの笑顔でお 願いしますねはいじゃあワンツースで取り ますはい行きますはいワン ツースはいもう少しお願いしますねはい ワツ よろしいですかこれでじゃ取らせて いただきますねはいじゃこちらでお願いし ます123でお取りしますで顔でお願いし ますはい ワスはいます よ学生が前とおっしゃってます先生方も あので関された先方もっ はいじゃあそれではこれでお取りいたし ます12ツースでお取りしますんで笑顔で お願いいたしますはいじゃ行きますワン ツースはい行きますはい ワスあちょっとごめんなさいはいじゃあ 最後ちょっと ツスはいどうもありがとうございまし た
みなさん、おめでとうございます
このときを待っていた
おめでとう
待っていました!
例年と会場が異なっていますね?
動画🎥をずっと待っていた。😂好き❤🎉、卒業🎓おめでとう🥳
今年もコメント欄解放ありがとうございます!最初の宇宙飛行士、背中が美大のマークになっているの凄いなぁ
この大学行きたすぎる
リコーダーの存在感が強すぎるw
いつもながらシュールな卒業式ですなぁ笑。金沢美術工芸大学行きたかったな〜。
金美行きたい、受かってて欲しい!こんな卒業式したい、、!