「こんなモノまで?」世界の常識を変えた日本が誇る発明品6選【ゆっくり解説】

「こんなモノまで?」世界の常識を変えた日本が誇る発明品6選【ゆっくり解説】



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#海外の反応 #ゆっくり解説 #日本人の雑学

こんなものまで世界の常識を変えた日本が 誇る発明品6戦ゆっくり霊夢ですゆっくり 魔理沙だぜね魔理沙最近はいろんなものが 開発されているわねAppleが折りた式 のiPhoneを開発し始めたことが話題 になっていたりそうだな新しいものが 生まれるってのは時代の進歩を感じるよな 世界に影響を与えていることが物作りの 醍醐とは言われているけど霊夢はそんな 世界初の日本発症のものが何か分かるか そんなの急に言われても浮かばないわ 何かしら鉛筆とかじゃない鉛筆はイギリス だ意外だろそうだったんだイギリスなんだ 知らなかったわ他にも何気なく普段みんな が触れているものが実は日本の発明品だっ たりするからよ注目だ身近なものなん でしょ早く詳しく教えてよということで 今回は世界の常識を変えた日本が誇る発明 品について紹介していくぜみんなもどんな ものがあるか一緒に考えてみてねそれ じゃあ今回もゆっくりしていってねまずは 霊夢が外してしまった鉛筆だが実は同じ ジャンルのものが日本発症なんだあら じゃあ私いいところをついてたのね適当で も答えてみるものね褒めてないんだが世界 の常識を変えた日本が誇る発明品の第1弾 それはカッターだカッターなのそれは予想 外だわたが日本っぽくないのに見た目で 日本かそんな決め方しないでくれカッター は奇veryの日本生まれだ実はあもを 参考にして作られたんだあるもそうそれは 板チョコだ板チョコこれまた予想外だわ カッターといたチョコのどこが関連あるの よ世界発のカッターを開発した会社は オルファオルファという社名が歴史を証明 しているそっかパキパキとるところが板 チョコとカッターの関係部分なののね創業 者である岡田吉男さんは印刷会社に務めて いて容姿を切るのに大変苦労したそうだ 危ない上に切れなくなれば捨ててしまう歯 を見てもったいないと思っていたらしい 確かに少し研げばまた復活しそうだけどね まあそれも危ないか謝って指でも落とし たらシャレにならないからなでもある光景 を見て岡田さんは思いついたそれは終戦後 日本に滞在していたアメリカ兵士のい チョコだ綺麗に追って食べてたんだまさか アメリカ兵士も自分が何気なく食べている もので世界発が生まれるとは思ってない でしょうね当時は商品化するのも苦労の 連続で特許は取れても協力してくれる メーカーがいなかったらしいそれでも諦め ない田さんは町場にお願いして微調整は 自分でしたんだすごい周年ねそんなのが 素人でもできるのかしら岡田さんは電気口

の経験があったからそれを可能にしたん だろうなでもまさか現代でも使われる 優れ物になるとは岡田さん自身もびっくり してるだろう何かを切りたいと思った時 必ずカッターかハサミを連想するわね ちなみにそんなオルファのカッターは海外 でも大人気なんだそうなんだ海外でも愛光 されてると思うと嬉しく思うわね人気の 理由はいたってシンプルだよく切れる安全 軽いの3つだこういう3拍紙を見ると まさに日本発症って感じがしてくるわでも 海外でもカッターくらいならありそうだ けどそれが品質が悪くてすぐかけたり折れ たりして逆に危ないんだだからオルファの カッターを手に入れたいって人が海外では 大勢いるんだって話だ初めて使った時 こんなにも軽くて安全なナイフがあった なんて信じられなかった重宝してるわ私 アートしているんだけどオルファの カッターが一番使いやすい現場では 持ち運びしやすい刃物が必要だがそんな時 はこのウルファが最も適してるまさか日本 の文房具がここまで海外で生やされてる なんて思わなかったわ日本ブランドを世界 で轟かせたのはカッターの鉱石もあると 思っていいかもな文房具コーナーってつい 見ちゃうのよねとても楽しくって目が離せ なくなるの海外の芸術家はわざわざ日本に 仕入れにくる話もあるんだこれが日本に 影響を与えたカッターの神髄だ聞いてて 楽しくなってきたわ魔理沙こんなにも優れ たものが他にもあるのねああまだまだある ぜ霊夢お次の日本が誇る発明品の第2弾 それは液晶テレビだ液晶テレビって日本 発症なんだこれは意外ねアメリカだと思っ てたわそうだ液晶を考えたのはアメリカだ が液晶を応用してテレビを開発したのは 日本のシャープださすが目の付け所が違う わね液晶テレビの歴史はとても細かくて 面白いぞ1978年日本発の液晶テレビが 開発されたシャープのモノクロ5.5in のテレビモノクロそれで売れたのかしら 残念ながら需要はなかったに等しい当時は カラーテレビが普及していたからなしかし シャープが液晶を使ったテレビを出した ことをきっかけに各社が続々とテレビを 開発し始めた乗るしかないこのビッグ ウェイブにってやつね1982年エプソン が世界初の液晶ディスプレイを使用した テレビ付きデジタル時計を さらに84年にはTFTカラー液晶を採用 したポケットテレビが販売されるテレビ案 と呼ばれポケットサイズのテレビに市場も 大きく賑わったんだやっぱり初めの液晶 ってどれも小さいのね小さくすれば

持ち運べるからよかったのかしらこの市場 にパナソニックも参入してるから当時は次 世代の技術として注目を浴びてたんだろう なそれから開発していた企業が目指したの は大型だ液晶を家庭ないテレビの大きさに いかにして近づけるかが課題だったみたい だ一見簡単にできそうだけど小さいものを 大きくするのも大変なのねそれから時代は 進むが1990年代に入ってもなお市場は ブラウン間テレビが大きなチェアを占めて いた今では薄型の液晶が当たり前だけど こうして歴史を聞くと市場に出るまで非常 に長かったのねその1995年シャープが 10.4型カラー液晶テレビを開発液晶 テレビの薬新を予感させるものだった当時 の商品ウンドウは日経優秀製品サービス賞 で産業新聞最優秀勝に選ばれている今から 30年前ってテレビは確信的だったわよね 次から次へといろんなものが誕生してた イメージだわ衛生放送からハイビジョン 放送へ切り替わったりと思えば忙しい時代 だったと思うぜそういえばシャープって今 も作ってるの最近噂を聞かないわね霊夢 残念だがシャープは2016年に中国の 家電大手用にブランドを共有しテレビから 撤退しているえ撤退しちゃってたの せっかく日本発症のものを作り上げたのに なんだか残念ねしかしシャープはまだ諦め ていなかった2023年春に米国の一般 消費者向けテレビに再参入液晶テレビの 上位種や米動画配信大手と連携した製品 などを投入しようとしているみたいだなお すごいじゃないのささすがシャープねこれ からももっといいものを生み出して欲しい わ現在液晶テレビの海外チェアはサムスン 電子が20%を占めている今後の展開には 目を見張るものがあるよなアメリカも シャープの参入に期待しているんだ シャープには期待しているよ世界の液晶 テレビを産んだ実力は伊達じゃないテレビ は今でも必需品これがなきゃ家にいても つまらない液晶テレビの普及はまさに日本 のおかげこれからますますテレビは進歩 することになるね もっと迫力あるものを家で楽しみたいよ コロナが有効してから時代はさらなる テレビの進歩を期待しているんだ海外での テレビは単なる放送媒体じゃないネットに 接続して多機能になってきている綺麗に コンパクトにするだけでなくより生活の 一部になってきているのね最近見ることも 少なくなったけど1度は部屋に大きい テレビを取り付けてみたいわそういう意味 ではテレビもブルジョアな感じがあるのか もなでは次の発明に行こうかお次の日本が

誇る発明品の第3弾それはノートパソコン だへえそうなんだ日本ってITが遅れてる と聞いたことがあるけどノートパソコンは 日本が作ったものなのね2022年生活 停点2022のアンケートによると日本人 でパソコンが苦手と答えた人は3割いる私 もどちらかといえば苦手な気がするわ ハイテクが苦手な人が多い日本で世界発の ものを開発できるとは奇跡に近いかもな そんな奇跡の産物であるノートパソコンは 東芝によって生み出されているまさかの 東芝ああ東芝は1989年ダイナブックを 発売している当時東芝でパソコン開発責任 者だった溝口徹夜氏はアメリカの研究員の 論文を呼んで感動し絶対にこの手で夢の パソコンを作って見せると心に誓ったんだ 歴史に残るものを作る時人もしくは企業が 熱い気持ちを持っている気がするわ物作り において夢を現実化することが1番の力に なるのかもねその通りそして開発の童貞は 楽なものではないのも共通しているよな 溝口市は1977年からパソコン開発に いむが1986年まで成果が出なかった 苦労してるわねストレスで以外痛みそうだ わしかしその苦労も報われたのは1986 年1月ラップトップパソコンT3100の 作機が完成したT3100は大ヒットする それまでデスクトップ型は重すぎると言わ れていたからななんでも重たいと使い勝手 が悪いよねそれを解消したわけね霊夢ここ から溝口氏は発想を飛躍させるんだがその 手段がすごいんだえ手段って何かしたの 溝口氏は試作機を水を入れたバケツに 放り込んでこぼれた水の量を調べたはせ せっかく作った試作機に何をしてるの誰か 止めなさいよすると溝口氏はこう言った まだまだスペースがある証拠だてな改良 する余地があることを調べるために水に 放り込んだっってことき企画外だわそして たどり着いた暑さ44mmダイナブックは 現在のノートパソコンの原型になったそこ まで追求するのかって感じね開発者の一部 はサイコパスなのかしらそれくらいネジが 緩んでないとダメな世界なんだろうな現在 パソコンの世界シェアは中国アメリカ企業 がほとんどだテレビと同じようにシェアは 獲得できていないのねなんだか悲しくなる わ人類を進歩させたことは間違いないんだ ダイナブックが出た当初海外からは賞賛さ れている形を見た瞬間で分かったよこれ からの時代のパソコンはこうなるってね 日本人の発想には毎度驚かされる私たち よりも先に行ってる気がするこれからの 時代は日本の技術が世界を変えて行くのか もしれない日本人が作り上げたものが海外

で評価されるのは光栄だけど私はもっと 活躍して欲しい気持ちでいっぱい俺もそう 思うじゃあ次は少しだけ思考の違うものを 紹介してみるぜお次の日本が誇る発明品の 第4弾それは自撮り棒だこれ日本発症なん だ中国か韓国だと思ってたわ自分の顔写真 に収めるのに欠かせない自撮り棒SNSの 必需品とも言えるよなその自撮り棒だが 誕生したのはなんと1983年なんだえ そんな時代にSNSなんてなかったでしょ ああそんなものは全然存在しない時代だな のになぜか自撮り棒は存在したコニカ ミノルタが開発した自撮り棒その名も ミノルタディスク7シャッターボタン付き のセルカボを付属している自分取り専用 カメラだ自分を取るための専用カメラなの ねこれは奇抜なアイデアねSNSがなかっ た当時でもこれは飛ぶようにれたのかな それが全く売れなかったんだとアメリカで 特許まで取得した小神ルタもなぜ作ったの か分からないと答える始末は分からないの に作ったの分かっているのは85年に アメリカで特許取得その後執行しているん だ自撮りなんて発想がない時代だったから 当時は面白グッズとして扱われたとかなん だか不便な日本発症ね完全に生まれる時代 を間違えてるわ発明者の上田枠旅行した時 に撮影してもらうことに一苦労したからだ と言っている海外で記念撮影してもらおう にも近くに人がいなかったり撮影機材を 盗まれることがあったんだとかなるほど 開発者が苦労したからその経験を商品化し たわけねそうだでも当時の日本の若い人に は受けなかった役に立たない発明と国表さ れたんだよ有効は先取りしすぎてもダメに なるいい事例かもなそれから快適大ヒット するんだから世の中何が流行るか分から ないわ時代が変われば重宝するものも 変わる自撮り棒を買った海外の人は大変 喜んでいるんだこれを見た瞬間なんて便利 なものが誕生したのと感動したこれが日本 発症信じられないね日本人は内気だって 聞いてたけどそんなことないのかも自撮り 棒のおかげでSNSにあげる写真が格段に 増えた作った人に寄付したいくらいだ何で も構成で評価も変わるとは思うけどまさか 開発者も未来で有効するとは思わなかった でしょうねSNSの普及が自撮り棒を再 強化するきっかけを作ったのかもなお次の 日本が誇る発明品の第5弾それはイカメラ だイカメラこれのおかげで病気を発見し やすくなったと聞いたことがあるわそうだ な特に眼の早期発見に貢献したいカメラだ が実は深い歴史がある白物なんだぞそうな のカメラと聞くとそれほど歴史があるよう

には思えないんだけど医療機器の開発を 手掛ける会社のオリンパスはその期限は 期限前にまで遡ることになる期限一世紀の ポンペの遺跡から内視教の原型と見られる 医療器具が発掘されているつまり原始時代 から人は自分の体の中を見たいと思ってい たんだなひえやっぱり過去にも変態は存在 していたのね変態は変態でも腸がつくほど だろうな人類が初めて直接果を通して生体 内の観察を試みたのはは1805年同行機 という器具を使い尿道や直腸引頭の観察を したんだとどこも入れて欲しくないところ ばっかりねそこからしか仲は見れないから な1853年フランスの [音楽] デソモルヒネがどうしてもうまくいかない 1898年ドイツのランゲトメルチングは イカメラの開発を試みたがついに実用家に 至らなかったんだせっかくいカメラまで 思いついたのに開発できなかったんだ海外 の科学者も悔しかったでしょうねしかし これまでの苦労がやっと報われることに なる1949年東大分院のあ石から患者の 胃の中を映してみるカメラを作って欲しい とオリンパスに話が持ち込まれた無茶な こと言うわね失敗した実例もあるのにそれ でも挑むというのが開発者なんだぜ オリンパスは医者の注文を受けて胃カメラ を開発することになったそして1950年 何度も試作を重ねてついに胃カメラの試作 機が誕生したどうやって臨床したのか気に なる自分たちの体で試したのかなそれは 明らかにされてないが開発は苦難だったと 書かれている試作機でも臨床には使えない と言われているからなこれから進歩させて いくんだからすごいことだ何度でも何度で も繰り返しては使えるものにしていく本当 に気が遠くなりそうね完成品を見た時は 開発者も泣いてそうだわ1960年代 アメリカで開発された新素材グラス ファイバーこれによりカメラに目がついた んだこの瞬間初めて井内部を目視すること に成功したという長かった紀元前から 追い求めた人間の中を直接見れたなんて 感動的ねそこからファイバースコープと なり以外にも超内部にまで技術は進展して いくことになる人類の医学を向上させたい カメラはまさに人類の英と言って過言では ない現在ひかファイバー内視教の世界シア は日本が独占しているほどだおここに来て やっと独占した結果を聞けるのは嬉しいわ 日本はこうでなくっちゃ日本が生み出した ファイバー技術に救われた人は数知れず 感謝している人が多くいるんだ胃がんを 発見した時早期発見で治療も楽だったよ

あれがなければ俺は今いなかったかもしれ ない歴史の異人も諦めたものに取り組もう と思える日本人の着替に驚かされた日本の 医療がもっと広がってほしい世界から病気 をなくして欲しいね人の命を救えるものは 本当に価値があるわ開発者には感謝しても しきれないかも嬉しいもんだよな日本の 技術が世界から病気をなくしていると思え ばさでは次でいよいよ最後の紹介になるぜ いよいよねここまで日本の発明品を聞いて きて誇らしい気分よ俺もだぜ霊夢次の発明 品も画期的な優れ物だ最後の日本が誇る 発明品の第6弾それはポケット電卓だこれ こそザ発明品って感じがするわ小型だし 使いやすいもの電卓のおかげで経理業務が 驚くほど効率化したらしいからな画期的な 発明品だろ 昔の電卓は重さ価格ともにすごかったんだ 重たい電卓なのに今でこそ軽くて小さい 電卓だが昔は企画外に大きかった電卓の 正式名称は電子式卓上計算機卓上で使用 することが前提だったんだパソコンみたい ねパソコンの原点は電卓というくらいだ からなそんな電卓が世界に生まれたのは 1963年イギリスでアニタという製品 だった電卓はイリスで生まれたのねこれも 予想外だわさらに予想外を付け加えるなら この電卓の重さがなんと 16kgこれで筋トレができてしまうなて 鉄でできているの消費電力は50Wから 100Wを超え価格も車が1台変えて しまうほど高かったというから当時の電卓 は一般家庭が持てるような白物ではなかっ たんだな高いし重いし燃費悪いこれは誰も 買おうとは思わないわねそこで効率の悪い 電卓を変えようとしたのがシャープなんだ シャープここで斎登場は熱い電卓の小型に 成功し電卓海の親と言われる人物佐々木 正しはシャープの副社長だ当時シャープの 技術担当専務として活躍していた佐々木氏 は液晶太陽電池などの新技術を駆使して 手のひらに収まるくらいの小型の電卓の 開発に成功したえ副社長が小型電卓の海の 親なのねやっぱりシャープはすごいわ そして1960年代後半から電卓戦争の 時代が始まり多くの企業がこって電卓を 開発するんだその時代を生き残ったのは カオキャノンシャープの3者ださすが一流 企業だドイツもこいつもつがが違う現在の 電卓チェアも日本の3者と海外の2者が 占めている状態だ海外ではカオの電卓を 20年以上愛用したもさがいてそれを投稿 したことが話題となった20年長く 使い込んだわねこれはカオも嬉しい知らせ ね自分の使用しているものは愛着も湧く

からな相当大事に使い込んでいたんだろう 男性の投稿には共感する声があついだんだ オーストラリアだと高校で使う標準の電卓 になってる自分はカオFX82英雄を持っ てるよ全く同じモデルを持ってたわ 素晴らしい製品だし学校と エンジニアリングの仕事に役立ってくれた 自分も同じ電卓を持ってる公認会計士の 試験でも使った電卓1つでここまで共感し てくれる人がいるとは思いもしなかったわ 電卓っって万国共通の道具かもしれないわ ね仕事にもよるかもしれないが経理をして いる以上これ以上にない相棒だからなこう して共感する声も大きくなったのかもしれ ない日本の発明品が世界に影響を与えて いることの証明だなここまで話を聞いてき て日本が生み出したものはどれもすごい ものばかりだったわ今でこそ遅れている 分野もあるかもしれないけどこの話を聞く 限り確かに日本は物作りでは世界を両が できる実力を持っていたと私は思うわそう だろ最近は新しいテクノロジーが生まれて 日本から生まれたものを聞かないがそれは 今だけだこれから新しいものが生まれる 可能性はいつだってどこにでもあるんだ だって開発には夢があるからな是非それを 目にしたいわね私も色々作ってみたくなっ てきたわ話をて影響されちまったみたいだ な霊夢それじゃ今回の動画は以上だこの 動画が面白いと思ったら高評価と チャンネル登録を何卒よろしくお願い いたします今回の動画の感想を待ってるぜ それでは今回もご視聴ありがとうござい ました

4 comments
  1. ダイナブック初号機は持っていましたね。
    アラン・ケイのダイナブック構想からのネーミングでしたが当時はクールだと感じました。
    現在のリアルダイナブックはアップルのスティーブ・ジョブズが作り上げたiPadですけどね。。。。。

  2. ノートパソコンが開発されたことでデスクトップパソコンも軽くなっていった。昔はモニターだけでも大重量だったが、今はオールインワン型でも一人で運べる。

    自撮り棒の場合、スマホと違って被写体(自分)がきちんとフレームに入っているかが、勘頼みだったからだろう。

  3. 日本は政治は3流!物作りは1流!のイメージがあります。
    ノートパソコンや胃カメラやポケット電卓を最初に作れても驚きません。

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