【ゆっくり解説】戦国最強の男!黒田官兵衛の意外な晩年!

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黒田官兵衛。。。

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歴史は何のために学ぶのか。この疑問を持ったことがある方は少なくないでしょう。仕事では直接使うことはほとんどないですよね。
過去を学ぶことで未来に活かせると私は考えています。教養という意味でも社会で必要な知識でしょう。
先人たちはどのような暮らしでなぜそのような文化が形成されたのか。面白いことばかりです。

こういった考えから、このチャンネルでは社会人の方が、ゆっくり楽しく歴史上の偉人のことを学べ、更に、そこから日常でも役立てられるような動画を作っています。
このチャンネルを通して学び、役立てられる人が1人でも多くなるようにチャンネル運営を頑張っていきます。応援してもらえると嬉しいです。
ほぼ毎日17時に動画を配信中 にっぽんぽん 運営 山本陽太

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#ゆっくり #ゆっくり日本史 #ゆっくり解説

33 comments
  1. これ、司馬遼太郎の播磨灘物語そのままですよね。小説紹介になってる。

  2. 家康は西国大名とほとんど縁が無かったけど、黒田とは小田原開城の時に縁が出来たんやっけ?

  3. 優秀過ぎる家臣は主君から疎まれるのは今も昔も変わらないかもね

  4. 柴田の「北陸大返し」の方が時速が速く、長距離、到着日時も早い と記録ががある!
    それでも、秀吉は「中国大返し」が凄いのは、かく乱・調略をし、即準備の速攻、、、この同時並行は当時の通信時術を考えると神業レベルをやっているよな!

  5. 官兵衛が明智家に仕えていたら
    光秀はあんな死に方しなかった
    官兵衛さえいればなく😢

  6. 官兵衛本当好きだわ〜
    官兵衛と半兵衛と秀長あっての秀吉特に官兵衛のおかげで天下人になれた

  7. 策略家である軍師は何時か自分を裏切らないかと心配になるが、一度裏切って帰参した前科者がいたな…徳川家に本多正信というw

  8. 家康が天下人になるのがほぼ決まってから、それに取って代わろうとしたのは官兵衛と伊達政宗ぐらいだね 
    その二人が合体してれば家康に取って代われたかも

  9. 秀吉が官兵衛を恐れたって話は、基本的に江戸時代に出来た二次史料なんだよなぁ
    ましてや恐れたから九州に領地与えたって言うけど、なら小西加藤はどうなるのwあの2人は朝鮮に渡るために拝領してるんだから、官兵衛も同じ理由だし。
    またキリシタンの縁がある旧大友領で南蛮貿易の大事な交易路の中津を貰ってるし、

  10. 日本の韓信が黒田如水だからねぇ。
    秀吉が警戒しても仕方ないよ。才覚溢れてたし・・・本人も秀吉存命中は全く動かなかったけどいなくなったら自分以上はいないと思って動き出したし。

  11. 息子の長政に最終勝利作戦のことを関ケ原参戦前に伝えておいて
    「本気で戦うな(実際は本気で戦って大活躍)、パワーバランスは守れ(守っていない)、小早川様(小早川秀秋)らは中立で戦わないでもらいなさい(積極的に小早川秀秋を誘って寝返りを誘発している)」とだけ伝えておけば
    「長期戦になって家康側が辛勝した直後に息子長政を含む豊臣恩顧の福島殿(福島正則)らを誘って家康を叩いて最終勝利だ」と具体的に伝えておけば、如水が援軍に来て最終勝利作戦を実行して終わりかな

    プレステ2の決戦買ってプレイして播磨決戦があるけど、関ケ原(山中?)で家康滅亡の第2戦があっただけなんじゃないかな

  12. 戦国で官兵衛が1番好きな武将だけど、豊前で排除されたのって直接のご先祖じゃないけど同族なんだよな〜😂

  13. 秀吉のことだから取り乱しているのも演技で官兵衛からの一言を待っていたのにその一言が
    「御運が開かれる機会が参りましたな」で秀吉も頭を抱えたかも。
    信長が生きていてこのことが信長の耳に入ろうものなら切腹ものですよ

    「直ちに京に帰還し大殿をお救いもうさん」だったら京に帰還する大義名分もできるし
    信長が生きていたしても言い訳もたちますし。

    秀吉からしたら頭のいいバカと思っていたのかな?
    近くに置いていると肝心な時に余計なことを言われたら困るということで遠ざけたのかな
    とも思います。

  14. 姫路者からにしたら秀吉…
    いらん事しやがって!ですね豊前に国替えしやがって
    職隆さんの墓は姫路妻鹿にあるのに
    ほんと官兵衛が謀反してれば確実に天下を取ってたのに

  15. 特に官兵衛だけという訳でもなく、
    蜂須賀氏も竹中氏も含めて
    創業の功臣と言っていい家は
    弟の秀長以外は誰も大領を
    与えられていない。

  16. 創作は官兵衛の黒い部分を抜き取っているので、結局、何をやったのかわからない人になっている。

    秀吉は明智光秀を倒して天下を取ったのではなく、織田家を乗っ取って天下をとったのであるが、本能寺の変後から織田信孝切腹、織田信雄との和睦に至る過程の官兵衛と秀吉は謀略の神としか言いようがない。

  17. 天下人は 天が決める😄

    どんな状況になっても 黒田が天下人にはなってなかったでしょうね😅

    戦国時代は 黒田を含めて 凄い武将は 沢山いた。その中で 三英傑が 天下人として名を残せたか😄

    黒田官兵衛は 好きな武将の1人です✨

  18. 信長は恐れてなかったろうな、家臣の与力程度だから。秀吉は恐れたろうが立場的にマウント取れるから家康程じゃなかったろう。家康からすれば関ヶ原の際に官兵衛は九州に居たし、ほぼ天下取った状況だったし息子の首根っこ捕まえてるから問題無いし、恐れる理由無し

  19. 秀吉はある時、気づいちゃった。本能寺の変、つまり明智光秀が動くよう裏で操っていたのが黒田官兵衛であると。『 殿、ご運が開ましたな 』官兵衛のあの言葉、そういうロジックであったか… 秀吉の頭の中でジグソーパズルのピースが完全に埋まり、こう思った筈だ。官兵衛に俺もいつかブッ◯されると

  20. 昔は忠臣の権化みたいな扱いだったのに、地元福岡の大学が島津の「家康が遅れた男!」みたいなキャッチフレーズを欲しがった結果、いっつも反逆しようとしてるのにしない変なおっさんにされた黒田さん…。

  21. 山崎の戦いは一応総大将信孝でしょ
    実質的な総大将で指揮を取っていたのは秀吉だったけど形上は間違いなく信孝が総大将

  22. 真田昌幸、幸村も同じように三英傑にちゅうもくされてましたね。どうする家康ではだれが官兵衛を演じるだろう

  23. 天才的な発想と頭の回転の速さは認めます。中国大返しは今あるものを最大限利用しただろうが事前の準備やプランニングがそれなりに必要では?「秀吉様、運が開けてまいりましたな。天下をおとりなされ」ここまで瞬時に言えるものなのか。戦国なので常にいろんなケースを考えてはいただろうがね。個人的には、朝廷から打診があって「信長殺し」はかなり可能性が高いと踏み準備はしていたのではと思います。「信長討たれる」を知った瞬間「やるか」と即座に決断したでしょうな。朝廷が秀吉を後釜にするのもそこそこ知っていたはずですよ。さて、どうでしょうか?

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