北九州市の不思議・百貨店の閉店が多い北九州市。井筒屋より早く小倉に開店した兵庫屋デパートの栄枯盛衰。どうして北九州市には井筒屋以外の百貨店は存在しないのか?市民は井筒屋以外の百貨店を必要としてないのか

北九州市の不思議・百貨店の閉店が多い北九州市。井筒屋より早く小倉に開店した兵庫屋デパートの栄枯盛衰。どうして北九州市には井筒屋以外の百貨店は存在しないのか?市民は井筒屋以外の百貨店を必要としてないのか



百貨店の閉店が最も多い北九州市。全国の政令指定都市でデパートが最も少ない北九州市にが小倉井筒屋1店だけ。かって存在したかねやす百貨店、九軌デパート、小倉玉屋、丸柏、山城屋、小倉及び黒崎そごう、小倉伊勢丹は長く続かず閉店していくのか?北九州市民は井筒屋だけで満足しているのか?

井筒屋の資本を上回る資本を持ちながら、短期間でことごとく消え去った大手百貨店の誤算とは?
北九州の不思議ともいえる、百貨店生存競争の歴史を深堀します。
第1回は、小倉魚町に初めて誕生した「兵庫屋百貨店」の栄枯盛衰を解説し、第2回以降は、かって存在したかねやす百貨店、九軌デパート、小倉玉屋、丸柏、山城屋、小倉及び黒崎そごう、小倉伊勢丹、井筒屋が繰り広げた顧客争奪戦に迫り、井筒屋以外、ことごとく消え去った百貨店の歴史を取り上げ、わかりやすく解説する予定です。
#百貨店閉店 #北九州のデパート #小倉玉屋

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20 comments
  1. 北九州市って仏滅にオープンさせることがデフォルトなんですかね…?
    井筒屋が仏滅にオープンとは初めて知りました

    北九州で仕事する時に催しする時はなぜかいつも仏滅なんですよね…
    福岡市出身者としては最初は驚いてましたがあまりにも多いので
    北九州市民は時代もあり六曜はあまり気にしてないだけなのかな?
    と思ってましたが
    黒崎バイパスの開通(令和5年3月18日)も仏滅だったので驚きました
    これまで公共工事の起工式や開通式は大安しか経験なかったので
    まさか公共事業で仏滅を選ぶなんて…と驚きました

    むしろ北九州市は仏滅をあえて選んでいるのか?
    と思ったくらいです

    もしかしたら北九州ではこの井筒屋の仏滅オープンの文化が残っており
    不退転の決意という事であえて仏滅を選んでるんでしょうかね……

  2. 井筒屋の横の橋のところ(対面側)に昔、川淀があったんですが、ビルの名前とか分かりますか?
    確か洋食の店も入っていてドリアを食べていた記憶があります

  3. 大変興味深く拝見しました。1984~86年にかけて小倉に住んでおりましたので現在の衰退した状態は全く寂しい限りです。
    まさか玉屋がなくなるとは思いませんでした。次回の解説を楽しみに待ってます。
    また学生時代(80~84年)にあれだけ栄えていた黒崎駅前~商店街の衰退についても言及していただけると嬉しいです。

  4. 2:35 山形屋は「やまかたや」とにごらない呼び方となっています。10年ほど前単身赴任で鹿児島に半年ほど滞在して知りました。

  5. 小倉そごうは地権者のエゴによる自滅の色合いが濃い。あのピンク色のビルは駅前再開発でできたもので、地権者はそごうデパートに入居できることとなっていた。ところが地権者どもはそごうの売り場のコンセプトなど無視し、めいめい好きな階の好きな場所に入居したので、統一感が失われた。またそごうが支払う地代も高く、そごう本体の経営が悪化した際も、地代の値引きには応じなかった。結果的にそごうは売上高ではかなり良い成績を収めていた小倉店を閉店、その後いろいろな大型店が進出したものの、長続きせず、今はただの雑居ビルと化している。そごうだけではない。北九州モノレールも現在の平和通り駅が終点で、JR小倉駅には乗り入れさせて貰えなかったが、その理由は、両者を直結させると小倉南区方面のお客が博多に流れてしまうとして、魚町など地元商店街が反対したため。99年頃JR小倉駅の建て替えを機に、駅への乗り入れが実現して問題は解決したが、小倉商人は今も昔も目先のことしか考えない。

  6. 同じ福岡で括っても小倉は豊前で福岡は筑前なのでやはり商いも気質が違うのでしょうね。井筒屋の初代店歌に♫みどりの風に空高く、希望の窓を開きつつ〜、とあります。これから筆者がどういう推察をアップされるのか、興味津々で楽しみです。

  7. 毎回非常に興味深い内容の動画を楽しませてもらっています。
    これは恐らく非常に簡単な話で、単純に福岡市と北九州市の求心力の違いだと思いますね、福岡市は九州全域と本州の山口県も商圏に入っていますし、政令指定都市の中でも現在人口増加と経済成長が著しいです。
    一方北九州市は少子高齢化による市民の三人に一人の割合で高齢者の方達でして、若年層の人口が非常に少ないですね、若年層の方達が北九州市から福岡市に流出している状態でして、その結果北九州市には若年層より圧倒的に高齢者の方達が多くて尚且つ北九州市は衰退していて経済的にも市場規模が縮小しているので、福岡市とはまさに明暗を分ける状態になっていますね、そんなこんなの様々な複合的な要因により北九州市の商圏はあまり大きくない事に加えて、求心力もあまり高くないので、もう現在は北九州市で商業施設などを新しく作るとかは採算が合わないとかいう事情があるのかと、北九州市は企業誘致を積極的にして経済成長をしないと北九州市の平均所得も向上しないですし、市民の購買力も上がらないので必然的に商業施設をいくら作ろうとも、総合売上の面で非常に厳しい結果になるかと思います。

  8. すいません、ゴンちゃんに質問ですが、サブチャンネルはどうやって見たらいいんですか?ユーチューブのことあまり知らないもので。人物風土記がみたいのですか、どうやっていいかわかりません。

  9. というより、デパート全体がなくなり、井筒屋が最後の一店ってだ けでしょ。

  10. 鉄道路線の廃止よりも百貨店の閉店が多い地域それが、北九州。(ま、北九州も一応、西鉄北九州線や香月線、若松市電、田浦臨港線、大蔵線などが廃止されたりバス路線の再編が行われたりしたけど。)ま、百貨店の閉店と路面電車の廃止に関しては人口減少が要因でしょうね。

  11. 一番の理由はモータリゼーション、少子化、福岡への一極集中でしょうね。特にモータリゼーションは最大の理由であり現に西鉄北九州線廃止と百貨店閉鎖がシンクロしている形となっているからだ。西鉄北九州線廃止後に開業した百貨店は、小倉そごう、小倉伊勢丹、新黒崎井筒屋(店舗名は黒崎井筒屋(小倉井筒屋黒崎店)だが黒崎そごう跡地に移転前の八幡井筒屋と区別するため便宜上、新をつけた)、コレット井筒屋(小倉井筒屋とは別店舗)ぐらいしかないから。

  12. 北九州市出身ですが、百貨店と言えばやっぱり井筒屋ですね、知らない事ばかりだったので、北九州の百貨店の歴史を詳しく解説して下さりありがとうございます。

  13. 黒崎には、そごうができる前は、表記の通り井筒屋を筆頭に長崎屋、ダイエー、ユニードとそこそこデパートがありました。周辺地区には寿屋も。そこにそごう、メイト、ジャスコ、ができ、ダイエーとユニードが合併、ダイエーがディスカウント形態のトポスに、ユニードがダイエーに看板を変えたのが、私が中高校のころ。今ではかなり寂しい状態ではあるが、商店街のシャッターもいくつかは、新しい人がお店を開いていると聞いています。ちなみに、映画館も、当時は多い時で6,7館あったが、今は0とのこと。(松竹、東映、東宝、ロキシーは、よくいってた。まんが祭り、ウルトラマン、仮面ライダー、デビルマンやゲッターなど対決コラボ、ヤマト、999,ガンダム、うる星やつら、超人ロック、などなど。三角公園では洋画やアニメの隣や向かいに18禁も含め集中してたが、今では考えられない環境。)

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