映画『怪物』
考察① https://youtu.be/nG2je2cZa6U
考察② https://youtu.be/87KPyqvQ5gQ
0:00 この動画のアウトライン
2:00 木田美青というクラスメイト
4:05 彼女の不可解な行動の理由
5:00 カットされたエグいシーン
7:15 保利先生(永山瑛太)のカットシーンの理由
9:30 性差の要素はIN、性愛の要素はOUT
13:03 「転生」というテーマの乱れ打ち
14:48 是枝裕和映画と生殖と性愛の分離
16:50 【問いが間違い】ラストシーンの意味は?
考えが変わったり、訂正があればこの概要欄か、
Filmarks↓で加筆訂正します。
https://filmarks.com/movies/106550/reviews/155208032
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☆大島育宙(おおしま・やすおき)
東京大学法学部卒。タイタン所属のお笑いコンビ・XXCLUBのメンバー。文化放送「西川あやの おいでよ!クリエイティ部」火曜コメンテーター。「週刊フジテレビ批評」ドラマ放談コメンテーター。Eテレ「太田光のつぶやき英語」レギュラー出演中。「ドラゴン堀江」「Qさま‼︎」「さんまの東大方程式」「ネプリーグ」「クイズ雑学王」「ウチのガヤがすみません‼︎」「潜在能力テスト」「5時に夢中!」他、TV・ラジオの出演多数。このチャンネルでは映画・ドラマの考察、書評、受験生向けの勉強の話などをしています。即時性の高いレビューに定評があり、『あなたの番です』考察では日本全体の急上昇ランキング5位と8位を記録。『シン・エヴァンゲリオン』レビューでは日本全体の急上昇ランキング2位を記録。次は1位を獲ってみたい。
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ラストシーン、僕は普通に2人が生き延びて無邪気に遊んでると感じちゃったのですが
一緒に観た妻に「あれはもう死んでしまったという表現じゃない?」って言われて、ガーン😨ってなったんですが
世界が生まれ変わった、或いは世界にこう生まれ変わって欲しい、そんな意味あいだとすれば、とても感動的に思えますね✨
"世界"が、生まれ変わったのか
木田美青のカットされたシーンについて、個人的には作品を全くぶれさせない、むしろ「依里と湊の関係は、依里と湊だけの関係だ。」を強める非常に大事なものだと感じました。誰もが加害性を持っているというところも強まります。
BL作品が好きというだけで、「自分は同性愛に理解がある、だから貴方に理解がある。」という“他のマジョリティとは違うよ”を「貴方」に伝えてしまうという加害性があると思います。(伝えなかったとしても自分はマイノリティに理解があると信じている。)
自分自身も「あなたたちの関係はBLだ。」と決めつけてしまっていることに気がついていない。
実際に『怪物』は「尊いBL作品、絶対見てほしい!」という感想を述べている人もいました。
自分はそもそも理解があると思っているからそれ以上の考えを持とうとしない、そこに問題があるとも感じます。
映画の木田美青があまりに「分かっている存在」であるため、「BL好き=やっぱり理解がある、他とは違う。」というイメージを観客側が少なからず持ってしまうような気がします。
しかし、坂元裕二脚本は繊細かつ緻密であるがゆえに「暗に伝えたいこと」を、観客側は真逆の意味で理解することもかなりあります。(『花束みたいな恋をした』も間違いなくその一つです。)
映画を観る=映画について考える、自分自身を考える。にそもそも結びつかない人がマジョリティなのであれば、木田美青のシーンは『怪物』がBL作品であることを映画自体が認めていると真逆の意味で取る人が出てくるため、カットされたほうが良かったとも感じます。(2人は死んだ死んでない論争になっている時点でカットは英断。)
100%観客を信用した作品を観てみたいという祈りだけが残っています。
木田という「謎の美少女」がずっと気になっていました。
木田は二人の少年のうちどちらかが好きだということではなく、
BLに興味深々で目の前にいる二人がまさしくお似合いのカップルだと直感して、
二人を近づけたものではないでしょうか。
いわば、外野的な興味と言っていいでしょう。
しかし、木田が保利を外階段の下に案内して、猫の死骸(画面には出ないが)を見せながら、
湊が猫と遊んでいたと告げ口したのは何だったのでしょうか。
しかも、猫は二人が焼いたはずなので、そこにあったのは木田がわざわざ殺した別の猫なのでしょうか。
するどい考察、ありがとうございます!
ラストについて、この動画に似ているけれど、ちょっとだけ違う考察をしている動画がありましたが、どう思われますでしょうか?50分くらいのところからラストの考察が始まります。
https://youtu.be/lKAEtMtAJms
世界が生まれ変わる…多様性が問われる今の時勢にぴったりのメッセージですね。確かに映画を見る前と後で見た人の世界変える程の力のある映画でした!
校長の考察が楽しみ過ぎます!!!
台風が近づいているシーンで、いじめっ子の1人が新聞店でアルバイト(家業の手伝い?)しているように見えました。銀河鉄道の夜ではジョバンニが印刷屋で働いていました。怪物においてはジョバンニ=依里くんですが、ここでも加害と被害の関係が単純ではないということを表現されているのでしょうか。誰も触れていないので勘違いかもしれないのですが、よろしければご意見聞かせてください。
ラストの考察は概ね同意です。服装や風景から考えても、少なくとも現実のシーンではないですよね。嵐の中で土をかぶった廃車両(墓の暗喩)のなかで抱き合う2人の見る夢くらいかなと思いました。そこに2人のことを理解して考えをあらためたお母さんと先生がやってくる。現実世界も少しはマシになるかもという希望を感じさせる。でも現実はそんなに甘くはないとも感じさせるリアリティもあって、ちょうど良いラストシーンだと思いました。
大島さんの動画は本数を追うごとに理解が深まる感覚があり、大変ありがたいです!
勝手な解釈ですが、よりくんの花の知識の高さはお母さんが植物が好きで教えてもらってたからで、お父さんが庭に興味がなさそうなのに水やりをしているのは花木が好きなお母さんがかつて手入れをしていた庭を今もお父さん自身が手入れすることで『妻がいなくても親としてちゃんとやれている』と自分で思いたいのかなぁと思いました。
映画のラストシーンについて、多くの観客が持ったであろう『死をもって転生した後の世界』という解釈をするのはとても怖いことだな、と思います。
自分はいわゆるLGBTの当事者ですが界隈の中には腐女子やBLを極端に嫌悪する人が多いです。その理由の一つにBLという世界では往々にして同性愛者たちを『かわいそうな人たち』として描く事が多いからです。
いや、おまえら(腐女子)の都合や願望で勝手に「かわいそうな人たち」にしないでくれよ、と。
映画の中で「僕はかわいそうじゃないよ」というセリフが2回出てきます。1度目は湊から母へ、2度目は保利から恋人へ。シンプルなセリフなので流してしまいがちですが映画という限られた時間制限の中、異なる状況で異なる人物が同じセリフを言うという行為は明らかに制作側の意図(メッセージ)があると思っています。
(この部分は以前大島さんがされていた「湊と保利はシンクロしている」という解説にも通じますね)
この映画のラストシーンを「死」というある種短絡的かつ一番感動できちゃう方法で咀嚼してしまう人たち、それは『同性愛者(というかわいそうな人たち)は現世では幸せになれず転生することで幸せになる』という無意識的な加害性すら感じる当事者も中にはいるのではないでしょうか。
(超絶余談ですが上記のセリフ、流浪の月という映画の中で広瀬すずさん演じる少女時代に性被害に遭ったとされる女性が恋人に対して「私はかわいそうな子なんかじゃない、、、」と涙ながらに訴えるシーンを思い出しました)
長文失礼いたしました。
あまりにも自分が見落としていた所が多すぎて驚きます笑
1・2本目も非常に楽しかったですが、今回の動画もとても見がいがありました。
ありがとうございます
動画三本見ました。すごく面白かったです!
木田さんの脚本段階のシーンは展開として面白くもありますが、実現したところを想像すると彼女と同じ趣味の者として胃がキリキリし動悸が激しくなる想いです…。
質問です。
第一部で保利先生の態度があれだけ悪かったのは何故でしょうか。
教職間での情報共有の大きな不足や角田先生(役名失念)からシングルマザーへの偏見(保利先生もシングルマザー育ちとのことでしたが)が植え付けられたのかなというシーンもありましたが、
あまりにも保利先生が謝罪の場でふてくされすぎてて擁護のしようがないしさおりの誤解も当然と思いました。
キャンディーをなぜ舐めてしまったかは説明されていましたが、正直そこまで保利先生が社会不適合な人物とは第二部以降を観ていて思えませんでした。
作劇の都合なのかな?と思ってしまいましたが…大島さんはどう思われますか?
「さおり視点ではそう見えた」みたいなことなのでしょうか?あまり納得できませんが…。
最後のシーンは、言ってみれば「イメージ画像」みたいなものかと思っていました。
あの閉じ込められた車両の中で、ふたりが(もしくは どちらか一方が)見ている「夢」のような。
ジェンダー論やフェミニズムを前提としながら専門的に映画、ドラマを論評できるの大島さんしかいないと思っているので、これからも応援しています。
ありがとう。本当にありがとう。
いつも動画楽しく拝見しています!
最後のシーンに対する考察、とても腑に落ちました。
私はノアの方舟のようなお話だなと思っておりまして、
つがいではない二人が舟(廃電車)に乗り、
二人を迎え入れる新しい世界に生まれ変わったのかなぁと考えています。
校長先生の折っていた船の折り紙や、笛・豚の脳・浴槽での洗礼のような虐待?など
キリスト教・ユダヤ教を連想させるようなモチーフが多かったような気がして
(こじつけかもしれませんが…)
私自身宗教にあまり詳しくないので深い考察ができず…
もしそのあたりのご意見があれば聞いてみたいです!
観賞後感がパンズラビリンスだわと感じた理由がわかった!
ありがとうございます!
いつも楽しく拝見させて頂いてます。
あまり出ていない所で気になった箇所があるのですが、より君とみなと君が猫を見に行く辺りから2人の服が所謂リンクコーデになっている気がするのですがこれに意味があると思いますか?私が衣装担当なら全く別家庭の環境が違う2人に服をリンクさせず全く別のものを用意すると思うので、意図的なのかと思ったのですが。
見当違いだったらすみません。
木田さん=いじめはおかしい何とかしたいとは思うけど関わりたくないという葛藤を抱える人物程度の認識しか得られなかったので面白かったです!
確かにあのクラスメイトの女のコが無駄に踏み込みすぎると同性愛受け入れに抵抗がある人間が観たら、ん〜?て感情が強くなるかもしれない。
でもそうなるとあの女のコの印象がシナリオとはだいぶ違ってるなとは思う。
ラストに関してはそういうものだと思ってたけどな。
生きてる死んでるが重要じゃない?まあ当たり前だよね笑
ラストに詩織さんと保利先生が2人で危険を顧みずに助けに行ったことが希望ですよね。
先入観や固定概念が問題を引き起こし、ディスコミュニケーションが複雑化させるというのがずっと描かれてきたわけで。
お互いを怪物だと思っていた相手と協働することでコミュニケーションが生まれ、まっすぐ子どもたちと向き合っていく未来を読み取れるような描き方になっています。
6/10に早稲田大学のマスターズオブシネマという授業に是枝監督と坂元さんがゲスト登場されたらしいのですが、そこで、
坂元さん「いちスタッフの意見だけど、全然、一択。彼らはこのまま生きているとしか僕は思えなかった」
是枝監督「2人の心象風景だと思ったらあそこは嵐の中で光が満ちていた方がいいだろうと僕は考えました。子供達がもう一度自分たちとして生き始めることを祝福して終わる話だと思った」
という発言がなされたそうです。
動画で「世界は生まれ変われるか」が根底にあると仰っていたように、彼らの生死というよりは包んでいる世界のほうに訴えかける作品だと、ご勝手ながら共感させていただきました。
私は、伏見校長の「嘘」は瀕死の孫に「待っててね」と言ったのに救えず別れてしまったことだと思うのですが(シナリオブックより)、映画の拘置所シーンの意味や、湊を勇気づけたのにも関わらず悲しそうに湖を見つめていたシーンが理解できず、引っかかりました。
また、問うのは野暮でしょうが、シナリオを読んでも依里が放火したのか否か分かりませんでした。
(個人的に、保利先生宅のドアに仕掛けられた中身が気になりました笑)
映画を何回も観た身としては、これらの点少しでも触れていただけたら泣いて喜びます!
よろしくお願いします🤲
校長先生の足かけシーンが忘れられません!
途中で流れてた坂本龍一の曲が(Love Distance)コンドームのCMに使われていたものと同じなのも意味があるのかな
学校シーンの、あの不穏な吹奏楽は何だろうと思っていたら、ふたりの内からの吐露で、思いのほか共鳴していました。
素晴らしい考察ありがとうございました。2回も観たのに気づいてないことが多く自分の薄っぺらさに呆れてます。
で、薄っぺらい疑問があります。①台風の日にいじめっ子が新聞配達店で働いてたシーンがありましたが、何を表しているのでしょう?②校長先生がスーパーで子供に足をひっかけたシーン、何を表しているのでしょう?
大島さんの動画…いつも拝見しています。久しぶりに一人で映画館に行ってでも観たいと思う作品でした。観た後のなんとも言えない余韻にしばらく浸る日々。映画ってこうでないとって思いました。
ラストシーンの解釈も、納得出来ました。観る人によって様々な見方はあると思いますが。二人が幸せでありますようにと願わずにはいられません。もう一回観に行きます。こういう気持ちになる映画は久々です。
映画見たときはわからなかったけど、ラストシーン。よりくんが半袖半パンで走ってる姿に涙出る。
今回もとても興味深く観させてもらいました!
ラストシーンで、トンネルへ伸びる線路の手前にある柵(フェンス?)が無くなっていた記憶があります。それも世界の生まれ変わりを示す描写の一つなのかなと考えます。
次回も楽しみにしております!
映画館で怪物について何か販売されているものってありますか
いったい誰が怪物だったのか?を語る人多いですよね😗
伏線回収が素晴らしい脚本で無駄なセリフがない
公園の滑り台を登りながら宇宙の話は最後のシーンへの伏線、兎角LGBT言われますがアンニュイな時期で自分でも自分がよくわからない、映画全編で言えるのは誤解と偏見と疑い。その全ての宇宙が弾けた時何もルールの無い自然に戻るという事