浜松城の東北には浜松八幡神社があるが、神社は遠江海上の鎮静のためにもともと別の場所(小沢渡)に建立されたが、938年に現在の場所に遷座された。遷座した理由は津波で波が来た場所の際まで移したのだって説があるが、海を鎮めるための神社で、津波にギリやられない位置に立てられたにしては、海岸線からむちゃくちゃ遠い。
縄文時代10000年でも海進期海退期あり。その後も多少海面が上下しつつ河川の運ぶ土砂による三角州、洪水平野形成。沿岸のプレート境界での定期的隆起と地震による伸長、断層形成。火山灰による地層形成、稀に山体崩壊による地形激変等。中々な複雑な日本列島。ご指摘通り前近代日本は豊葦原瑞穂の国で湿地多く平野少なく水上交通が盛んで律令国家体制時から道路整備はあったのに車か牛車に大八車くらいしかなく輸送の主役にならなかった原因かも。馬車道が明治からでわざわざ馬車道なんて呼ばれた新奇なものだったわけで。干拓埋め立てが盛んになったのは江戸期からでしようね。江戸の例で見れば江戸幕府以前の江戸城は河川と江戸湾に囲まれた水城だったわけで、物流に船が使え天然の深掘に守られた要害。幕府開闢、参勤交代の人口激増で出る大量のゴミで埋め立てたんでしょうな。日比谷、入谷、日本橋蛎殻町など地名に名残を残す。オランダみたいに埋め立てと排水・治水はセットなので中々労苦があったかと思われ、なんなら都市部の埋め立て整地が終わるのは戦後に下水道普及率が上がるまでかかったかと。
広島県は米が採れる平地がほとんど無くて、次男以降はブラジル、ハワイ、アメリカ、満州や中国にたくさんの方が移民として向かわれたことを学びました。 祖父母の時代は農業しか食べていく手段もなくて、いつも生きるか死ぬかの瀬戸際だったそうです。私が初孫として生まれて安心したのか畑に必ず背負って行っていたらしい祖父は私の一歳前に亡くなりました。親父は祖父のことを「化け物」だつだったと語ってましたが、私から見て父も相当な化け物クラスです。今も生きていれば軽く勲章とかもらえるレベルですから。数万人も従業員がいて、その中で君達しかできないと2、3人の中に無理やり頼まれてODAで中国でも長らく働いてました。機関車のこととディーデル気動車のことがメンテナンスできる人がもう居なかったそうです。親父が今の中国を見たらどうおもうんだろうなぁ。。。
大阪は元々海だったまでは知ってましたが、京都が淡水十分確保できる平地オンリーワンだったのは驚きです東京も京浜東北線が海岸線であるまでは知ってましたが霞ヶ浦の元の大きさ推定結果ヤバいですね伊能忠敬マップの時点でデ・レーケさんの分以外ほぼ埋め立て終わってるけどもっと昔の人が作ったマップは解像度こそ今には通じにくいもののトポロジー完成度は高いという線も残しとかないとデタラメ考察しちゃいそうですね邪馬台国どこやねん議論などはきのこたけのこがかわいく見えるくらいヤバいですよね
😅愛知県の名前の由来はアユチ潟で、美濃から尾張にかけては木曽三川が作る広大な干潟だったとか。で、河川敷というか干潟の中に自然堤防の島ができてそこから村ができたみたいですね。津島市、名古屋駅の笹島、亀島、島地名がいっぱい残ってます蜂須賀小六の飛騨川並衆も河川海運を仕切ってたんじゃないかな。現代で言うところの神戸港を仕切っていた、かつての山口組みたいな信長が初めて城下町を作ったと言われる小牧城の小牧山の語源は帆巻き山で、山が見えたら帆を上げたんだとか。水運は思いのほか内陸まで来てたんですね
東北のリアス式海岸もヤバいですよね。もしアメリカ大陸で大きな地震が起きた場合、津波が太平洋を渡る→ハワイ諸島が中途半端に遮る→ハワイの南北を通過した津波が合流→その先にあるのが日本。→リアス式海岸で受け止める為、レンズで光を集めるように津波が一点集中・・・なんでこのこの国はハッテンできたんやろか?
『武士の娘』では冒頭に、「その名も「山の後方」を意味する越(こし)の国は蜿々(えんえん)とつらなる三国山脈に隔てられていますので、封建時代の初めまでは、ここは氷にとざされた僻地と考えられ、地位も高く権勢ある人々で、罪人扱いしにくいものを流すには格好の地とされたものでした」とあり、 佐渡ヶ島じゃなく、越後が遠投の地として扱われていたことにびっくりw
高知市あたりの地形も面白いです。西に鏡川、東に国分川が流れ、河内がなまって高知になったらしい。南は桂浜と種崎の間の狭い航路、途中に浦戸湾別名孕湾(はらみわん)で何やら女子の断面図に似てると中2病患者の男子の談。
少し前に能登で大地震が発生して以降、マグニチュード5クラスの地震が比較的多く発生して、ちょっと不気味に思ってます。そんな折に触れこのような動画はありがたいっす。 日本は周りor自国で戦争勃発を心配するより先に、先ずは災害に備えるべき事を改めて考えさせられてます。
よくよく観察すると、古びた家の多くは「水が得やすく」「浸水しない」場所に家があります。一方で田畑が川に沈むところにあります。これは住むところと田んぼを明確に分けているからですよね。 京も同じで、平安京や平城京は小高いところにあり、川が近くにあります。川が農業と物流で重宝され、軍事的にも大事だったため、最終的に滋賀・奈良・大阪・他全ての水路と陸路につながる京都を選んでいますから合理的ですよね。
浜松城の東北には浜松八幡神社があるが、神社は遠江海上の鎮静のためにもともと別の場所(小沢渡)に建立されたが、938年に現在の場所に遷座された。
遷座した理由は津波で波が来た場所の際まで移したのだって説があるが、海を鎮めるための神社で、津波にギリやられない位置に立てられたにしては、海岸線からむちゃくちゃ遠い。
縄文時代10000年でも海進期海退期あり。
その後も多少海面が上下しつつ河川の運ぶ土砂による三角州、洪水平野形成。
沿岸のプレート境界での定期的隆起と地震による伸長、断層形成。
火山灰による地層形成、稀に山体崩壊による地形激変等。
中々な複雑な日本列島。
ご指摘通り前近代日本は豊葦原瑞穂の国で湿地多く平野少なく水上交通が盛んで律令国家体制時から道路整備はあったのに車か牛車に大八車くらいしかなく輸送の主役にならなかった原因かも。
馬車道が明治からでわざわざ馬車道なんて呼ばれた新奇なものだったわけで。
干拓埋め立てが盛んになったのは江戸期からでしようね。
江戸の例で見れば江戸幕府以前の江戸城は河川と江戸湾に囲まれた水城だったわけで、物流に船が使え天然の深掘に守られた要害。
幕府開闢、参勤交代の人口激増で出る大量のゴミで埋め立てたんでしょうな。
日比谷、入谷、日本橋蛎殻町など地名に名残を残す。
オランダみたいに埋め立てと排水・治水はセットなので中々労苦があったかと思われ、なんなら都市部の埋め立て整地が終わるのは戦後に下水道普及率が上がるまでかかったかと。
田舎は郷土史遡れば色々わかりそう
都会は知らん
愛媛に住んでるんだけど、マジで川ってすごい。
通ってた中学のグラウンドは元々は川が通ってたのを埋め立てたらしいんだけど、豪雨のたびに明瞭に「川」が形成されてて笑えんかった。
岡山でもマイナーな話だけど、いくつかの古墳のそばに湊の後があるってさ。古墳がランドマークだった説。
🗺🍖🐕🏴☠💕
広島県は米が採れる平地がほとんど無くて、次男以降はブラジル、ハワイ、アメリカ、満州や中国にたくさんの方が移民として向かわれたことを学びました。
祖父母の時代は農業しか食べていく手段もなくて、いつも生きるか死ぬかの瀬戸際だったそうです。
私が初孫として生まれて安心したのか畑に必ず背負って行っていたらしい祖父は私の一歳前に亡くなりました。
親父は祖父のことを「化け物」だつだったと語ってましたが、私から見て父も相当な化け物クラスです。
今も生きていれば軽く勲章とかもらえるレベルですから。
数万人も従業員がいて、その中で君達しかできないと2、3人の中に無理やり頼まれてODAで中国でも長らく働いてました。
機関車のこととディーデル気動車のことがメンテナンスできる人がもう居なかったそうです。
親父が今の中国を見たらどうおもうんだろうなぁ。。。
日本の戦国時代の地形とかが分かったら
信長の野望とかめっちゃ変わりそう🤣🤣🤣
干拓事業は日本にとって生命線だというのがよくわかる動画
大阪は元々海だったまでは知ってましたが、京都が淡水十分確保できる平地オンリーワンだったのは驚きです
東京も京浜東北線が海岸線であるまでは知ってましたが霞ヶ浦の元の大きさ推定結果ヤバいですね
伊能忠敬マップの時点でデ・レーケさんの分以外ほぼ埋め立て終わってるけどもっと昔の人が作ったマップは解像度こそ今には通じにくいもののトポロジー完成度は高いという線も残しとかないとデタラメ考察しちゃいそうですね
邪馬台国どこやねん議論などはきのこたけのこがかわいく見えるくらいヤバいですよね
😅愛知県の名前の由来はアユチ潟で、美濃から尾張にかけては木曽三川が作る広大な干潟だったとか。で、河川敷というか干潟の中に自然堤防の島ができてそこから村ができたみたいですね。津島市、名古屋駅の笹島、亀島、島地名がいっぱい残ってます
蜂須賀小六の飛騨川並衆も河川海運を仕切ってたんじゃないかな。現代で言うところの神戸港を仕切っていた、かつての山口組みたいな
信長が初めて城下町を作ったと言われる小牧城の小牧山の語源は帆巻き山で、山が見えたら帆を上げたんだとか。水運は思いのほか内陸まで来てたんですね
何で今見ると地理とか面白いのに子供の頃は4ぬほど嫌いだったんだろって思うレベル
広島県呉市に就職した当初と定年退職(35年位)じゃだいぶ変わったです🎵。🐻🤓
休山トンネル、第二音戸大橋、大和ミュージアムとかね🎵。
日本の地形考察シリーズは相変わらず面白い
「今日の思考は」wwwwwww 頭腐ってて普段からなんも考えてねえだろお前。ミサイル滑空!ww
今じゃ反対してもソーラーパネルやイスラム土葬とかの人工物増やすもんな
過去の地形を察するに、神武東征や四道将軍の遠征などは、想像以上の苦労を費やしたでしょうね。
広島に住んだことがありまして……..太田川デルタのかなり上の方でも、海水が逆流してますから。「やっぱりここは海辺やったんや」の感を深めますよ。
東北のリアス式海岸もヤバいですよね。もしアメリカ大陸で大きな地震が起きた場合、津波が太平洋を渡る→ハワイ諸島が中途半端に遮る→ハワイの南北を通過した津波が合流→
その先にあるのが日本。→リアス式海岸で受け止める為、レンズで光を集めるように津波が一点集中・・・なんでこのこの国はハッテンできたんやろか?
吉野ヶ里を90°回転させると纏向っぽいとか。ググール先生はアホになってしまったけれどもgoogle earthはとても楽しい
よく考えてみれば、本州沿岸に全然島が無いもんな
8:00 象潟ですね
『武士の娘』では冒頭に、「その名も「山の後方」を意味する越(こし)の国は蜿々(えんえん)とつらなる三国山脈に隔てられていますので、封建時代の初めまでは、ここは氷にとざされた僻地と考えられ、地位も高く権勢ある人々で、罪人扱いしにくいものを流すには格好の地とされたものでした」とあり、
佐渡ヶ島じゃなく、越後が遠投の地として扱われていたことにびっくりw
各時代に伊能忠敬を派遣して、海岸線の移り変わりを見てみたい
東京湾以外も、意外と埋立地が多いんですねぇ…
あ太宰府最終防衛線、水城か
出雲の砂洲は日本人の採掘バワーをブラ○モリで驚愕した
近畿名物天井河川には古代を見る、幕末の家屋硝酸採掘にも歴史を感じた
いつも通り面白い
剗の海っていう現在は富士五湖&本栖湖の富士山式埋め立て地は自然の埋め立てで広がった土地ですしねぇ
(なお現在では地下の繋がってる部分で剗の海といえるかな?)
十三湖、安東水軍の拠点でしたか。その昔は五所川原辺りまで内海だったとか。
東京駅の地下鉄は24時間365日常時排水しとかないと地下鉄が水に沈むらしいな😅
戦国時代で村上水軍が無双していた理由がわかってくるな
東北中央部飛ばされたんじゃ…
高知市あたりの地形も面白いです。西に鏡川、東に国分川が流れ、河内がなまって高知になったらしい。南は桂浜と種崎の間の狭い航路、途中に浦戸湾別名孕湾(はらみわん)で何やら女子の断面図に似てると中2病患者の男子の談。
このチャンネルの魔理沙はすげー博識だよなー
他のチャンネルはボケしか見てないんだが…( ̄▽ ̄;)
屋村要さんも、棄民論者だったんですね。
少し前に能登で大地震が発生して以降、マグニチュード5クラスの地震が比較的多く発生して、ちょっと不気味に思ってます。そんな折に触れこのような動画はありがたいっす。
日本は周りor自国で戦争勃発を心配するより先に、先ずは災害に備えるべき事を改めて考えさせられてます。
よくよく観察すると、古びた家の多くは「水が得やすく」「浸水しない」場所に家があります。一方で田畑が川に沈むところにあります。これは住むところと田んぼを明確に分けているからですよね。
京も同じで、平安京や平城京は小高いところにあり、川が近くにあります。川が農業と物流で重宝され、軍事的にも大事だったため、最終的に滋賀・奈良・大阪・他全ての水路と陸路につながる京都を選んでいますから合理的ですよね。
"まともな平地がない"!本当それwww
邪馬台国までの海路、陸路の道のりは文献あるみたいだからこの海岸線で再考察すれば面白いかもな
埋立てっつーか、普通に堆積が殆どでは…
古代の日本列島は対馬、隠岐、五島列島みたいなゴチャゴチャした姿をしてたのかな?
プレートの境界群で台風低気圧の通り道に住んでいる日本人は異常だわな
逆に河川や海に侵食されて無くなった土地もありそうだ
ここで初めて地理が面白いと思った。
キッシーが安倍ちゃんの意志をしっかり受け継いでいましたね…
未来の教科書の1ページを今、渡り歩いてる感じがします