明治維新のその後…有名大名20家の運命【家系図・完全版】

明治維新のその後…有名大名20家の運命【家系図・完全版】



伊達・上杉・前田・毛利・島津…江戸時代の有名な大名20家は、令和の今どうなっているのでしょうか。
北から南へ、20家の家系図を1家ずつたどり、色分けした地図で「続いた家」「形を変えて続いた家」「途絶えた・最後の当主とされる家」を数えていきます。
百万石の殿様の家の今の当主は、喫茶店の社長。ほかにも、宇宙の研究者、ドードーの博士、総理大臣になった殿様の子孫、そして自分の代で家を閉じると決めた当主まで。あなたの地元の殿様の家は入っていますか?

■目次
0:00 オープニング:有名大名20家、途絶えた家はいくつ?
1:38 第1部 東北と江戸の5家
1:53 1 伊達家|62万石が28万石に
5:35 2 佐竹家|54万石から秋田へ
7:50 3 上杉家|120万石が15万石に
11:29 4 会津松平家|朝敵から皇族の親戚へ
13:37 5 徳川宗家|将軍家は今も続く
15:26 ここまでの整理(第1部)
16:20 第2部 徳川の親戚と、徳川とともに生きた5家
16:36 6 御三家|将軍を出す家の今
20:19 7 真田家|10万石で明治まで
22:13 8 前田家|百万石の殿様は喫茶店の社長
25:03 9 井伊家|直弼のひ孫が市長に
27:46 10 織田家|信長の家は4つ残った
29:37 ここまでの整理(第2部)
30:26 第3部 11 木下家|ねねの実家のその後
32:28 12 浅野家|いちばん長生きした殿様
34:48 13 池田家|自分の代で家を閉じる
37:04 14 毛利家|関ヶ原で負け、維新で公爵
39:19 15 蜂須賀家|鳥の博士の殿様
41:40 ここまでの整理(第3部)
43:24 第4部 四国と九州の5家
43:42 16 山内家|大政奉還を勧めた家
45:46 17 黒田家|養子でつないだ52万石
47:50 18 細川家|殿様の子孫が総理大臣
50:17 19 鍋島家|殿様の孫娘が朝鮮の王家へ
52:06 20 島津家|天皇家につながる家
54:16 答え合わせと、続いた3つの理由

■次に見るなら
・本編07 徳川・真田・豊臣…100年続いた家と3代で消えた家|名家の家系図で見つけた7つの「分かれ目」【家系図】 https://youtu.be/IzwvTVppGwQ
・本編02 徳川宗家に「幕府を倒した薩摩」の血が入っていた|将軍家160年と19代目の今【家系図】 https://youtu.be/Cpaqc2NOu3w
「名家のゆくえ」本編では、1つの家を家系図でじっくりたどっています(毎日 夜7時)。

■参考にした資料
・Wikipedia「伊達氏」「佐竹氏」「佐竹北家」「上杉氏」「尾張徳川家」「紀州徳川家」「水戸徳川家」「前田氏」「前田利為」「井伊氏」「井伊直愛」「井伊岳夫」「織田氏」「浅野氏」「池田氏」「池田百合子」「毛利氏」「蜂須賀氏」「蜂須賀正子」「山内豊功」「黒田氏」「福岡藩」「細川氏」「鍋島氏」「李方子」「島津氏」「香淳皇后」ほか ※Wikipediaでしか確認できない事実は画面にも表示しています
・コトバンク(日本大百科全書・世界大百科事典・政治家人名事典ほか)https://kotobank.jp/
・瑞鳳殿の学習資料 https://www.zuihoden.com/document/curriculum/pdf/gakusyu.pdf /伊達家伯記念會 https://datemasamune.com/
・秋田魁新報「検証 佐竹県政の16年」/千秋文庫 https://senshu-bunko.or.jp/
・米沢日報、山形新聞(上杉邦憲さんのお別れの会、2026年)
・徳川美術館(90周年の発表、2025年)/東京国立博物館「百万石!加賀前田家」の発表(2026年)/キーコーヒーのプレスリリース
・縮景園・広島県の案内/日本経済新聞(2015年)・朝日新聞(2023年)(鳥取池田家の絶家)/KSB・OHK(2024年)
・毛利博物館/中日新聞・徳島新聞(2025年)・サライ(蜂須賀家)https://serai.jp/?p=1258746 /写真展の案内(主催 徳島県・本家蜂須賀、2026年)
・高知城歴史博物館/日本鳥学会・山階鳥類研究所の資料(黒田長礼・長久)
・熊本日日新聞(2023年・2026年)、NHK(2026年)/鍋島報效会(徴古館)/nippon.com、文春(梨本宮伊都子の日記の研究)
・鹿児島県(島津家の石高)/本編01〜07で確かめた資料(各回の概要欄)

※言い伝え(ひこにゃんの猫、三本の矢、福岡の名前の由来、有楽町の名前の由来など)は、言い伝え・説として紹介しています。
※20家の選び方と数え方(江戸・明治の養子は数えない、昭和からの娘の線を「形を変えて続いた」とする、など)は、この動画の中での決まりです。
※ご存命の方については、報道や本人・家が公開している範囲だけを使い、写真は使っていません。
※家系や出来事には諸説あります。誤りに気づいた方は、コメントで教えていただけると助かります。

■画像
出典:Wikimedia Commons。下の一覧のほかは、パブリックドメイン・CC0 の画像(肖像・古写真・浮世絵など)です
・『大日本史』(Papakuro at Japanese Wikipedia/CC BY 3.0)
・オーストラリア大使館(東京・三田)(LERK/CC BY-SA 4.0)
・上杉伯爵邸と米沢城の堀(掬茶/CC BY-SA 4.0)
・上杉家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・久保田城の御隅櫓(秋田市)(掬茶/CC BY-SA 4.0)
・井伊家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・仙巌園(鹿児島市)(STA3816/CC BY-SA 3.0)
・佐竹家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・佐賀城の鯱の門(そらみみ/CC BY-SA 4.0)
・偕楽園(水戸市)(Σ64/CC BY 4.0)
・兼六園の徽軫灯籠(KimonBerlin/CC BY-SA 2.0)
・前田家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・和歌山城の天守(Wak89/CC BY-SA 3.0)
・天童の大きな将棋の駒(山形県天童市)(Gorilla Jones/CC BY-SA 4.0)
・小惑星探査機「はやぶさ」の模型(Momotarou2012/CC BY-SA 3.0)
・尚古集成館(Christophe95/CC BY-SA 4.0)
・山内家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・山内神社(高知市)(663highland/CC BY 2.5)
・島津家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・後楽園と岡山城(Motokoka/CC BY-SA 4.0)
・徳川家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・徳川美術館(Asturio Cantabrio/CC BY-SA 4.0)
・徴古館(佐賀市)(Pekachu/CC BY-SA 4.0)
・日出城跡(大分県)(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・旧前田家本邸(駒場公園)(江戸村のとくぞう/CC BY-SA 4.0)
・旧毛利家本邸(毛利博物館)(Suikotei/CC BY-SA 4.0)
・旧閑谷学校(Reggaeman/CC BY-SA 3.0)
・木下家の家紋(Mukai/CC BY-SA 4.0)
・東京大学の赤門(Kakidai/CC BY-SA 4.0)
・松代城跡(baku13/CC BY-SA 2.1 jp)
・永青文庫(東京)(Kakidai/CC BY-SA 4.0)
・池田家の家紋(Júlio Reis and Misogi/CC BY-SA 3.0)
・浅野家の家紋(Alex Tora/CC BY-SA 3.0)
・熊本城(663highland/CC BY 2.5)
・瑞鳳殿(仙台市)(663highland/CC BY 2.5)
・真田宝物館(長野市松代)(Qurren/CC BY-SA 3.0)
・福岡城跡(STA3816/CC BY-SA 3.0)
・秋田竿燈まつり(掬茶/CC BY-SA 4.0)
・細川家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・縮景園(広島市)(Hyppolyte de Saint-Rambert/CC BY 4.0)
・織田家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・蜂須賀家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・足守陣屋跡(岡山市)(663highland/CC BY-SA 4.0)
・金沢城の石川門(Alexkom000/CC BY 4.0)
・鍋島家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
・阿波おどり(徳島)(Rosino/CC BY-SA 2.0)
・駿府城の東御門(Akahito Yamabe/CC BY-SA 4.0)
・高知城(Suicasmo/CC BY-SA 4.0)
・鳥取藩主池田家墓所(Corpse Reviver/CC BY-SA 3.0)
・鶴丸城跡(鹿児島市)(NMaia/CC BY-SA 4.0)
・黒田家の家紋(Mukai/CC BY-SA 3.0)
地図:Natural Earth(パブリックドメイン)をもとに作成

ナレーションはAI音声です。BGMと効果音もAIで生成しています。

#家系図 #大名 #日本史 #伊達政宗 #前田利家 #島津 #名家のゆくえ

31 comments
  1. ご覧いただきありがとうございます!

    このチャンネルでは、名家・大名家・歴史上の人物の「家」が、そのあとどうなったのかを、家系図で今までたどっています。

    今回の20家のほかにも、徳川将軍家・会津松平家・ねねの実家の木下家などを、1つずつ詳しく紹介しています。

    「この家のその後が知りたい」「うちの地元の殿様の家は?」など、リクエストもぜひコメントで教えてください📜

  2. 先週の日曜に兵庫県の柏原で
    織田まつりがありまして、そこで織田孝一様が殿様役をされておりました。
    本名は織田信孝様と言われるらしいですが、色眼鏡を嫌ってペンネームには信の字を使っておられないとか。
    名家の産まれも大変なものだと思いました。

  3. 中学のレヴェルの話を混ぜて、今の子孫を紹介しているが、幕府中心過ぎる気がするね。

  4. 初めまして、私は赤穂浅野家の末流の者ですが。
    よく父方の祖母から昔の事を聞かされたりもしましたが。
    いちばんよく覚えているのが。
    江戸城の刃傷沙汰から討ち入りまでの話で。
    それは大昔の事であり。
    今の世の中においては浅野家も吉良家も対立するものでもなく。
    また吉良家の方々も立派な方々が沢山おり。
    そして立派な家でも有るので、絶対に吉良家の悪口は言ってはいけないと。
    それは何度も何度も言われた事を思い出します。

  5. 地元大阪府は幕府直轄地だから関係あらへん(笑)
    でもこういうマニアックなのは地上波では放送しないので歴史好きにはたまりません

  6. よくぞ木彫りの熊のルーツを取り上げてくださいました✨丁寧に調べてくださり有難いです🙏🏻史実に基づいた、とてもわかりやすく、見やすく、聴きやすい素晴らしい動画ですね✨九州の立花家や加藤家や滋賀の蒲生家などなど、このシリーズがもっと見たいです😍

  7. 素晴らしい分析!分かりやすく丁寧なお話に感謝致します.とても貴重な日本史が令和の今に..皆様へ紹介したいです。

  8. 伊井正紀さんと言う方ファッション仕掛け人の方も血筋があると聞いた事あります,若い頃一度お会いした事あります。

  9. ウチの父方の祖先は越後以来の上杉家譜代の家臣でした 曽祖父は明治になってからも、正月などには必ず旧主君の茂憲様のところへ挨拶に出かけていたと伝わっております

  10. 防府で生まれたので、行ったことはないが、毛利邸があったこと覚えている。

  11. 石==1年間に食べる米の量、と考えると分かりやすいと教わった
    120万石が30万石となると、食う量が1/4になる、これはつらい!

  12. 仙台伊達家の当主の奥さんって確か森トラストの社長してなかった?

  13. 私は女子校でしたが(私立で大正からある)昭和時代に先生の名前が…伊達、毛利、蜂須賀、西連寺、清水(生家が本陣で和宮様がお立ち寄りに😵‍💫)関ヶ原みたいだなと思いました😅💦

  14. お疲れ様です。名家や大,大名も気に成るが.対馬の「宋氏」と沖縄(琉球王国)の「尚氏」と日本国内だけで無く,宋氏なら朝鮮半島。尚氏なら中国大陸と外交も関係する。お願いします。🙏

  15. 黒船来航で海外に日本より火力・機動力で勝る文明が存在する事に気付いた日本のエリートは、国土防衛が急務を考えて、明治維新を起こし皇国神話を作り、天皇を中心とした挙国一致体制を作った。徳川幕府は合議制で政策の決定・実行に時間が掛かり過ぎたのでしょう。そのスローガンが「富国強兵・世界征服」です。にもかかわらず太平洋戦争に負けたので、お殿様・武士は腑抜けになった。それを立て直すのが民主主義で、エリートに頼らず、市民の力で政府を動かし、国民の為の政治を実現する。令和の情報化社会がそれを可能にしました。問題は腑抜けの処理です。根性無しのくせに威張る。電通に頼んで何とかして下さい。

  16. 宇和島伊達家のお殿様宇和島でのイベント等で帰郷されるようです。自分は直接お見受けしたことはないですが。。。。
    今 東京在住なんかなっ ^^

  17. 武田家の縁者に付いて
    富山県南砺市に存在する斎藤家は
    武田の血を継ぐ十九代続く家柄と分かりました。
    個人的に国立公文書館で家紋と名前を辿ってみると縁があると判明しました。

  18. よく豊臣氏は滅んだと説明されているのを見ますが、豊臣は氏であり氏族としては木下家が江戸時代も名乗っていて分家別家は滅んでいないかと。

  19. 明治維新の真実を知りたいですね。海外、特に英国が背後にいて、現在までの影響。ここで言う英国は、ロスチャイルド系列。

  20. 自分の地元(北海道の田舎町)には明治時代に開拓の為、島津家由来の人がいたらしく島津地区や島津公園があります。
    開拓の初期では無かった様ですが牧場などを経営していたみたい

  21. 結局、ちゃんと血が繋がって家
    (男系遺伝子)
    は少ないんだよね

    こう考えると天皇家の凄さが分かる

  22. 前田家の19代は、イノダコーヒの前社長にみそめられて、雇われ社長として京都に来られた方ですね。元々は三菱商事にお勤めでした
    前田家は京都と非常に縁が深く、大徳寺芳春院に前田家の霊屋があるほか、京都の名園、桂離宮や擁翠園も前田利常公の寄進によって完成したなど、
    江戸時代初期より京都の文化に貢献されてきた家で、これも何かの縁なんでしょうね

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