【駒木結衣】 当東日本大震災 当時、中学2年生だった結衣ちゃん

【駒木結衣】 当東日本大震災 当時、中学2年生だった結衣ちゃん



※ 2026年 3月11日 ウェザーニュース エピソード

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00:27 当東日本大震災 当時、中学2年生

#駒木結衣 #ウェザーニュース切り抜き #お天気お姉さん

※ 駒木結衣🐨 / こまき ゆい (ウェザーニュースキャスター)
・ウェザーニュース気象キャスター / 防災士
・宮城県出身
・生年月日は 1996年6月9日
・血液型は A型
・趣味&特技は 書道、映画鑑賞、ショッピング、旅行

※ ウェザーニュースライブ公式チャンネル
https://www.youtube.com/weathernews

※ この動画はウェザーニュースLiVEの切り抜きです。

17 comments
  1. これは実際に被災した結衣ちゃんの言葉だから、さらに重く感じる😢
    しかも当時ゆいパパは被災地を巡回していたって本にも書いてあったし😢

  2. あの日ニュースで見た映像は忘れられません。
    災害への備えが大切ですね。
    もう2度と、あんな事が起こりませんように。

  3. こんにちは。当時ゆいちゃんは中学校の2年生そして中学校の卒業式に向けての準備をされておられたとの事ですね。天井が壊れてきてものすごく恐怖を感じる中でも的確にみんなで全員避難をされたとのことで本当に素晴らしいことだなと思いました。それから1週間は自宅で過ごされたとの事ですが、かなり大変な思いをされたことだなと思いました。高知でも震度4の揺れを感じました。そして須崎に停泊していた船も流されたとの被害の報告も受けております。改めて津波の恐ろしさ、そして震災の記憶を風化させてはならないと言うことを感じた次第です。高知県も昭和の南海大震災を経験しておりますのでよくわかります。私はその時生まれていなかったのですが介護している時などに昭和の震災が落ちた時はこんな風だったよ。あんな風だったよとものすごく事細かにお話を聞く機会が多く非常に勉強になりました。ゆいちゃんの話と照らし合わせながら聞くことができて本当に参考になりました。

  4. ちょうどその当時は私は新しい仕事に取り掛かり始めた当初の事でした。2時46分ごろ突然ガタガタと横揺れの感覚を経験しました。それからしばらくしてから高知県にも津波警報が出た。沿岸部はなるべく近づかないようにと言われたので、お客さんの所へ行くのにもかなり遠回りをしなくてはならず、かなり大変な思いを強いられました。生き返りも本当に遠回りをしなくてはならなかったため非常に時間がかかって渋滞に巻き込まれたりなかなか動かなかったりと非常に大変な思いをしました。ウェザーニュースからの通知が鳴るたびに本当に眠れない夜を過ごしました。何が起きたのだろうと通知を見ては肝を冷やすことが多かったです。そして福島の第一原発の爆発事故の大きなニュースも手元に飛び込んできました。その時は本当にもしこれがコーチで起きていたら、もしくは伊方原子力発電所で起きていたら、コーチはどうなってしまうのだろうと恐ろしい思いをしました。おそらくゆいちゃんも同じ思いをしたのではないでしょうか

  5. 関東地方東北地方では大きなつまみより亡くなられた方がたくさんいらっしゃるとお伺いしております。哀悼の表したいと思います。本日は忘れてはならない日になりましたよね。あれから15年一体何が変わったのでしょうか?まだまだ生活もままならない不自由な状況を強いられている方々もたくさんいらっしゃるとお伺いします。本来ならば震災がなければ通常通り行われていた卒業式それも行うことができず、悔しい思いをしたと思います。

  6. 小学校の卒業アルバムが今でも開けない…辛かった事を言葉にするのってツライね。
    いつの日か卒業アルバムを開ける事を願っています、思いは永遠だから。

  7. 僕は震災当時、静岡県浜松市の勤め先で仕事をしていましたが、被災地から離れているにも関わらず水耕栽培のベッドの中の水がものすごく波打っていました。静岡県でも南海トラフ地震発生の可能性があるので僕の勤め先では食糧の備蓄をやっています。結衣ちゃんは中2の頃に東日本大震災を経験したということでものすごい大変な思いをした事と思います。僕としては被災地の1日も早い復興を祈るしかありません。

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