人口が減少が著しい北海道中標津町。一方で、外国人の数は増加しています。そのきっかけとなったのは、町内に新たにできた学校です。
HBCがシリーズでお伝えしている「外国人と共に」。
地域で外国人といかに共生するか、中標津町の独自の取り組みを取材しました。
人口2万2000人の酪農の町にネパールからやってきた22歳
サヒ ウメシュさん
「私はウメシュと申します。私の趣味はサッカーをすることです。よろしくお願いします」
流ちょうな日本語で自己紹介するのは、サヒ ウメシュさん(22)。
サヒ ウメシュさん
「漢字の勉強。はじめての漢字とかいっぱい」
去年にネパールからやってきました。ウメシュさんが留学したのは、人口およそ2万2000人。酪農のまち、北海道東部の中標津町です。
ウメシュさんは、マチの一軒家で同じネパールからきた3人の留学生と共同生活をしています。
いつか日本でレストランを開きたい。夢への第一歩には日本語の習得が欠かせません。
酪農の町に開校した日本語学校で「N3」以上の取得を目指す
ウメシュさんが通う日本語学校は廃校した小学校を改修し、2021年に開校しました。
ネパールやミャンマーなど、10か国からきた留学生76人が在籍しています。
岩谷学園ひがし北海道日本語学校 飯田雄士校長
「第一に日本語能力、特に日本語能力最低『N3』というレベルまで到達させて何とか送り出したい」
『N3』とは、日本語能力試験の5段階あるレベルのひとつです。
学校では、日常的な日本語をある程度使うことができる『N3』以上の取得を目指しています。
日本語を学ぶ場所は学校だけではありません。
アルバイトで学ぶ礼儀やマナー
学校が終わって向かったのは地元の焼肉店。ここでアルバイトをしています。
ウメシュさん
「(これからアルバイトですか?)はい。そうです。(何時まで)午後6時から午後11時までです」
勤務中のウメシュさん
「失礼します。カルビです。サガリ、生ホルモンです」
客
「ありがとう」
地元町民
「別に違和感ないけどね、話かけてもちゃんと話してくれるし」
ウメシュさんのように日本語を学ぶ留学生たちの多くは、町内でアルバイトをしています。
焼肉ジュージュー 角田光明社長
「ちょっと食器を洗うとき、荒っぽいときあるけどね…ははは」
アルバイトでは、日本のマナーや礼儀も学びます。
角田光明社長
「なんでも面倒見なきゃならないだろうという気持ちでやってます」
ウメシュさん
「いろいろな言葉をいっぱい教えてもらった」
角田光明社長
「安心感ある」
地元経済界が日本語学校を誘致
外国人留学生がアルバイトをするのは、今やめずらしくありません。ここからが中標津町独自の取り組みです。
ミャンマー出身のヌェー ティリ ラインさん(28)
「いらっしゃいませ」
豊かな自然に囲まれ、観光客に人気の旅館。ここで働くのは、日本語学校を卒業したばかりのミャンマー出身のヌェーさんです(28)。
研修中のため、この日はパソコンで宿泊者の情報を整理しています。
時崎愛悠記者
「今はどんな作業していますか?」
ヌェー ティリ ラインさん(28)
「お客さんのオンラインの予約処理をしている。漢字の読み方大変」
旅館の社長、長谷川周栄さんはマチに日本語学校を作った立役者です。
2018年に長谷川さんを中心とする中標津青年会議所のOBメンバーで「誘致の会」を結成。
その後、町や商工会などとともに開設にこぎつけました。
しかし、外国人がマチに来ることに町民からは不安の声も上がったと言います。
どうやって不安を解消したのでしょうか。
町民は先生で、親のような存在に
外国人を受け入れる決断をした中標津町。
町民の不安を解消するため、住民説明会を何度も開き、留学生とどのような交流ができるか、互いの文化の違いなどを考えるグループ討議などを重ねました。
湯宿だいいち 長谷川周栄社長
「(町民説明会は)もう10回じゃきかないと思います。丁寧に説明しながら開始し、留学生がまじめな子たちなので彼らの姿を見て逆に感心してもらっている」
目指したのは、町民が留学生にとって、先生であり親のような存在となること。
焼肉ジュージュー 角田光明社長
「中標津もどこでもそうだが、若い人がいない。若い人が来ると自分の息子・娘・孫のように思う」
今や、留学生はマチの活性化に欠かせない存在となりました。
人材をマチに残すために…
目下の課題は人材をマチに残すことです。
湯宿だいいち 長谷川周栄社長
「卒業したあと高等教育機関に行くには、釧路や北見、札幌になってしまう。今後は中標津町住んでもらって勉強してほしい」
真剣な表情でパソコンと向き合う学生、さらにアプリ開発も…。
岩谷学園がマチにおととし、新たに作った学校です。ITを活用し、酪農や観光について学びます。
日本語学校を卒業した生徒だけでなく、道外からも外国人が入学しています。
岩谷学園ひがし北海道IT専門学校 菅野三夫校長
「日本語を勉強して専門学校でITを勉強して、地域に溶け込んで貢献する人材がこの町に生まれるイメージ」
外国人とともに生きる。中標津町の歩みは止まることはありません。
外国人のことを理解し、自分たちのことも理解してもらう「歩み寄り」
世永聖奈キャスター
日本語学校設立の立役者、長谷川さんですが「これから外国人の共存というのは絶対であり、外国人と(あえて特別に)思わなくてもいいのではないか」とも語っていました。
コメンテーター鶴岡慎也さん
やはり日本全国、同じような状況だと思うんですよね。その中でも、やっぱり中標津町のように、外国の方に「自分の町」として選んでもらう。そのためには、自分たちも外国人のことを理解しないといけないし、自分たちのことも理解してもらわなきゃいけない。その「歩み寄り」の努力をされているのが素晴らしいと思いました。
堀啓知キャスター
10回以上も住民説明会を開いたり、グループディスカッションで互いの文化を知ったり…。そうして理解が深まった結果「親子のような関係」にまでなっているというのは、本当に微笑ましいなと感じました。
ただ、中標津町で学んだ後、仕事や進学で、どうしても利便性の高い大都市へ移ってしまう学生もいる。これらを引き止めることも課題となっているようです。
コメンテーター鈴井貴之さん
今、外国の方を受け入れる形は様々あると思います。でも、こうして「学びに来ている」という姿勢の方は非常に勤勉ですし、町としてもそういった人材は大切にしたいという思いがあるんでしょうね。だからこそ、地域住民の方々の理解…。意欲を持って日本に来てくれた若者たちが「この町にずっといたいな」と思えるような町づくりを、同時並行で進めていかなければならない時期に来ているのかな、と感じました。
堀キャスター
取材中もネパールから新入生が到着したとのことですが、中標津町では外国人の力を町の活力へとつなげています。他の地域にとっても、非常に参考になる事例ではないでしょうか。