■2026年4月29日(水)OA
“昭和100年”日本の教訓。今年は1926年に元号が「昭和」に改元されてから100年となる。東京・日本武道館では記念式典を開催。この100年の間に、日本は太平洋戦争で敗戦国になり、戦後は平和国家として世界の安定と発展に寄与してきた。なぜ日本は戦争という道を選んだのか? 日本が戦争に向かった要因の1つとして、資源確保の課題があった。石油や鉄鉱石などの重要物資を輸入に依存していたが、米国による石油禁輸を受け、対米開戦へと踏み切ることになる。しかし当時の日本の経済規模は米国の5分の1以下。それでもなぜ日本は米国と戦う決断をしたのか。巨額の戦費はどのように賄われたのか。
ゲストは、軍事・戦争の経済学、戦争経済思想が専門の防衛研究所主任研究員の小野圭司氏と、政治と文化芸術の関係をテーマに幅広く活動されている評論家・近現代史研究者の辻田真佐憲氏。国際情勢が混迷を深める今、日本は過去から何を学ぶ、どう活かしていくのか?「昭和の日」に考える。
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もしあの大失敗を繰り返したくないという気持ちがあるならば、当時はあーなるしかなかったと片づけるのではなく検証した方がいい。どこが問題だったか。どこが分岐点だったか。
1933年の国際連盟総会で満州の統治権を巡って全ての国が中国に賛同。日本に賛同した国は一つもなかった。日本は国連脱退、国際社会から孤立。ナチスと手を組み戦争へと邁進した。
最大の分岐点はここですよ。何故なら世界中の国々から判断がはっきりと示されたのだから。言ってしまえば全世界を巻きこんだ国際的な裁判みたいなもの。
当時既に不戦条約は締結され国連もでき、9か国条約にも参加してた日本はこうした国際秩序を無視し戦争へと邁進した。
つまり国際社会にはもう戦争はよくないという認識があったが日本にはなかった。
日本はあの戦争で原爆を二発落とされ350万人以上もの犠牲者を出し無条件降伏。国土の45%を失い。主権も失い管制権領空権も失い。常任理事国の地位は完全に中国にとって変わられた。そして戦争犯罪国家として敵国条項に指定された。
今も勝てない中国相手に喧嘩売って変わってないね
軍事以前に経済を完全依存してる相手と敵対して何がしたいの
日本の戦争を反省するなら二度と朝鮮半島と関わってはならんよな
もともと清の属国だった朝鮮を独立させようとしたら戦争に突入、下関条約で独立させたし、ロシアの植民地化されそうなのを日露戦争で食い止めたわけだし
だったらもう二度とあの国と関わらず、日韓併合も酷い支配って言ってるから一切の支援や援助もしてはならんよな
満州、東南アジアへの侵略を、アナウンサーに進出と読ませる。あなたの局も新しい戦前はですか。
信念のなさ、心の空虚さだろうな
その元凶が、坊主どもだがな
小野氏は、防衛研究所です。ミスキャストです。
資源確保のため、中国へ進出、強盗じゃん
GDPを比較するななどゴミ分析です。