2024年のパリ・コレクション、いわゆる“パリコレ”にも参加したファッションモデルが、札幌にいます。女性には、左目失明という障害がありますが、福祉的な支援の“谷間”に置かれてきました。
◇《パリコレにも立ったモデル「段差がまったく分からない…」》
札幌・東区にある札幌光星高校です。女性が母校に戻ったのは10年ぶりです。
吉野奈美佳さん
「校内の階段に来ました…やっぱり、段差がまったく分からないので」
一段ずつ確かめるように母校の階段を上るのは、札幌出身のファッションモデル、吉野奈美佳さん。いま29歳です。吉野さんは左目の視力がありません。上り切ると、こんな言葉を口にしました。
左目失明のモデル 吉野奈美佳さん(29)
「怖い階段を上り終えました。(左目が見えないので)階段の段差が分からないし、スリッパも脱げやすいじゃないですか。余計に危なくなるんですよね」
国内だけでなく、海外で活動を続ける吉野奈美佳さん。2024年は“パリコレ”のランウェイにも立ちました。その歩みには、強い思いが秘められています。
◇《眼球が発達しない先天性の疾患…小2のとき完全に失明》
左目失明のモデル 吉野奈美佳さん(29)
「生まれてから小学校2年生までは弱視。光が暗いか、あるいは明るいか…とか、物がぼやけて見える、そういう状況でした」
眼球が上手く発達しない先天性の疾患“第一次硝子体過形成遺残”が原因で、左目は、光を感じ取れる程度の視力でした。そして小学校2年生のときです。
吉野奈美佳さん
「すごく目を刺すような痛み…1週間かけてちょっとずつ網膜が剥がれて…」
吉野さんは眼球の萎縮などから、網膜が剥がれ、左目の視力を完全に失いました。
右目の視力は、コンタクトレンズを入れて1.0ありますが、左目を失明しているため、視野は狭く、遠近感がつかめません。
吉野奈美佳さん
「例えば、道路や公園の小さな段差のあるところが、片目が見えていないと、段差がまったく分からないので…私たち片目失明者には平面に見えています」
◇《「自分がすごく嫌いだった」健常者と障害者の谷間に置かれ…》
人にぶつかってしまう。そして段差に気付けない。雪が積もり、凍結した路面は、凹凸があるため、特に危険です。
小学校や中学校では、周囲から容姿のことで、心無い言葉が向けられる場面もありました。
左目失明のモデル 吉野奈美佳さん(29)
「みんなとは違う自分がすごく嫌いだったし…自信がなくして、本当に内気になって、常に家にこもる暗い生活を送っていました」
辛かった記憶がよみがえる卒業アルバム。吉野さんはいまも開くことができません。生きづらさは、それだけではありません。片目失明者が、福祉的な支援の谷間に置かれているという問題です。
吉野奈美佳さん
「健常者と障害者、どちらの世界からも排除されるんですよね。片目失明者は障害者の認定を受けられないんです」
現在の法律(身体障害者福祉法)では、片目が失明していても、一方の視力が “0.6” を超えると、障害者の認定を受けることが出来ません。
吉野さんのような片目失明者には、障害者とも健常者ともされない、いわば「グレーゾーン」に置き去りにされている人が少なくありません。
そうした支援の谷間に置かれてきた吉野さんには、幼いころから心に灯し続けた夢がありました。
◇《「自分に影響力をつけて発信を…」胸に秘めた強い思い》
左目失明のモデル 吉野奈美佳さん(29)
「たまたま“ミス・ユニバース”を密着取材しているテレビ番組が目に入って、きれいなお姉さん方が、毎日アスリートのように日々トレーニングして、自分に影響力をつけて、世界に何かを発信するっていう姿をみて『カッコいいな』って思って…」
“ミス・ユニバース”などを取り上げた、雑誌や新聞記事を見つけては切り抜き、女性たちの美を掘り下げる書籍を読み漁りながら、憧れを胸に秘め続けました。
12月初め、吉野奈美佳さんは、卒業して以来、初めて母校を訪ねました。かつて学んだ教室では…。
吉野奈美佳さん
「左目が見えていないので、小学校の頃からなんですが、教室では黒板に向かって左側の前方、いつも窓側に固定でした」
懐かしい学び舎を案内してくれたのは、札幌光星高校で世界史を担当する松崎康二先生。吉野さんによって忘れられない恩師です。
中学校では、逃げ込むように保健室で過ごした吉野さん。高校では友人もでき、茶道部の部長も務めました。閉じかけていた心が、少しずつ開いていったのです。
吉野奈美佳さん
「初めて学校が楽しいと思えたのは、西洋史の先生のおかげだなっていうのはあったんですけれど…。そこからもっと世界のことを勉強したいと思いました」
札幌光星高校(世界史担当)松崎康二さん
「いや、嬉しいですね。実は私、大学の時に西洋史ゼミに所属していて、フランス革命前の歴史を勉強していたので、ちょっと授業ではそこら辺は熱く語っていたのかもしれません」
◇《「表舞台に立って…ロールモデルに」使命感に駆られて…》
札幌市内の大学に進学すると、本格的にファッションモデルに挑戦する道を進んでいきます。
左目失明のモデル 吉野奈美佳さん(29)
「このスタジオでいつウォーキングレッスンをしていました」
ウォーキングのレッスンを受け、モデルの基礎を学び、スタジオを借りて自主練習を重ねました。
そして、札幌の地下アイドルグループのメンバーとしても活動。その間、たびたびオーディションを受けますが、左目の障害を理由に、不合格が続きました。それでも、吉野さんは決して諦めませんでした。
吉野奈美佳さん
「自分が表舞台に立つことが、同じよう境遇の人たちのロールモデルになれると思ったので…。『今わたしがやらなきゃ!』って、謎の使命感に駆られて、いばらの道を選んできました」
そんな吉野さんが20歳で挑戦した「ミス・ユニバース・ジャパン2017」。北海道の準グランプリに選ばれたのです。別の大会では日本代表になり、そして世界大会で2位にも輝くことに…。
さらに吉野さんは2024年、単身でフランスに渡り、ついに“パリコレ”のステージに立つ機会を得ました。
◇《支援の谷間“グレーゾーン”に置かれた人の背中を押したい》
左目の光を失っても、心の光は消えない―。吉野さんを突き動かすのは、あのグレーゾーンの存在です。
左目失明のモデル 吉野奈美佳さん(29)
「私が今までモデルの活動しているのも、一番は同じような境遇の方とか、自分に自信がない方、グレーゾーンにいるとか、生きづらさを抱えている方の背中を押したいというのが、一番あるので…」
ファッションモデル、吉野奈美佳さん。その歩みは、これからも続いていきます。
堀啓知キャスター)
吉野さんは、片目が見えないことで、足元の遠近感がつかめないと話していました。これから真冬を迎える北海道では、雪が降り積もったり、凍結したりした路面は、凸凹になることも多いですから、歩くたびに、緊張を強いられることになりますね。
世永聖奈キャスター)
片目を失明した人は、全国に10万人以上いるとされています。日常生活に不安を感じながらも、障害者手帳などを受けるなど、福祉的な支援の対象にならない人は少なくありません。
堀啓知キャスター)
これまでの歩みを、誰かの力に変えようとする、札幌のファッションモデル、吉野奈美佳さん。その姿は、支援の谷間に置かれた人たちの存在を、私たちに問いかけているのではないでしょうか。
◆【2025年12月15日(水)『今日ドキッ!』にて放送】