2025年11月27日放送のBSテレ東「日経モーニングプラスFT」より、特集の一部をYouTubeで配信します。
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来月公開される映画「プラハの春 不屈のラジオ報道」のマードル監督へのインタビューを軸に、ソ連などに鎮圧されたチェコスロバキアの民主化運動「プラハの春」に見る全体主義の脅威と表現の自由の重要性について考えます。1989年の民主化の萌芽となったプラハの春から多くの事を学べることに驚きを覚えます。
【出演者】
山田幸美(キャスター)
豊嶋広(BSテレ東解説委員)
石川奈津紀(キャスター)
桜庭薫(FTキャスター)
#ロシア #ポーランド #チェコ #スロバキア #チェコスロバキア #プラハの春 #ビロード革命 #ミランヴァイナー #不屈のラジオ報道
BSテレ東「日経モーニングプラスFT」番組HP
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ここからは特殊日経フティカルチャーテーマはプラハの春と表現の自由です。え、プラハの春というのは東ヨーロッパのチェコスロバキアで起こった民主家運動をさしますが 1968 年に当時のソ連などによって鎮圧されました。え、プラハの春を題材にした映画から全体主義と表現の自由について考えます。 Milíposluchačina vlnách československého vásárodného života 映画プラハの春屈のラジオ報道は実話を元 にした作品でチェコのアカデミー賞の作品 賞を受賞しました。 1968 年のプラハの春で県越の廃止や原言論の自由が認められたと国民が思った矢先にソ連が悪シワ条約軍を引きいてチェコスロバキアに進行。 国際報道を担当する国営英ラジオ局の報道局たちが軍の圧力に屈せず真実の報道を続けようとする姿を描いています。 え、ここで現在はチェコとスロバキアに 分れているチェコスロバキアの歴史を 振り返ります。 ナチスドイツにより解体されていたチェコ スロバキアは1945年ナチスドイツが 幸福したことで復活。ソ連からの影響も あり、1948年に共産主義政権が受立さ れます。しかしスタイリン主義的な抑圧に 対する不満が爆発し、ドピチェク第一初期 が率きる政権が誕生し、プラハの春と呼ば れる自由民主化路線が敷かれました。こう した中、1968年8月、ソ連を中心と するシャワー条約軍が自由化を阻止する ため、チェコスロバキアに進行しました。 え、ワルシャワ条約機構というのは冷戦時代にアメリカに対抗するためにソ連と東ヨーロッパ諸国によって設立された軍事透明です。 はい。 え、ソ連は単独ではなくシャ軍という裁を整えることで、え、東川諸国全体で、え、プラハの春を断固として認めない厳しい姿勢を見せました。 はい。そんなソ連の移行を受けた当局から 、え、ソ連側のプロパガンダを放送する ように要請されたラジオ局員たちがそれに して、え、真実を報道する様子を描いたの がこのプラハの春不屈のラジオ報道という 映画です。 桜さんはどのように見たでしょうか? はい、 あの、ラジオ局の議種として働く主人公が、政府のスパイになるように口説かれる姿が度々描かれますが、あ、当時の東ヨーロッパの市民というのは、国家と所属する組織、そして家族の間で板みになっていまして、え、苦しい心情の描き方がとてもリアルに感じました。 え、この映画の登場人物には架空の人物も 混ざっていますが、あ、ラジオ局の国際 報道部の部長だったミランバイナーさんは 実在の人物です。え、イジーマドル監督に ファイナー部長がどのような存在だったか を聞きました。副音声は英語でお伝えし ます。 国際報道部のファイナー部長はチェコと スロバキアでどういう人物として現在記憶 されているのですか? いい質問です。彼は今になって記憶される ようになりました。チェコ共和国における 暗黒の70年代、いわゆる正常家の時代、 つまり軍事進興後に共産主義者たちはこう した人々が実在した証拠を全て消し去ろう としたからです。 こうした英雄が国に存在することを望ま なかったので、あらゆる資料や映像全てを 抹消しました。実際彼に関するテープや エピソードを探していた時も見つけるのは 非常に大変でした。ただこの作品で彼の 存在が再び知られるようになったと思い ます。 もちろん彼のことはウィキペディアの記事にも本にも載っていますが、一般には知られていなかった人々が話題にするような存在にまではなっていなかったと思います。 言論の自由というのが制限される中でバイナーさんは民主義的な価値観に基つく報道というのをどのように貫いたんでしょうか? うん。 ま、いろんな理由が考えられると思うんですが、思い病いを抱えていて、ま、失うものが何もないっていうことも自らを犠牲にする覚悟につがって、え、それが当局に反抗して真実を伝えようという姿勢につがったのかもしれません。うん。 え、プラハの春が鎮圧された後には反体制的と見なされた組織や人に関する資料が大量に処分されただけに マードル監督が施を掘り起こした作業には頭が下がります。 うん。はい。
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夏休みが終わろうとしてていたあの時、米ソでそれまでの体制を相互に認め、チェコから見たら民主化が無くなる合意がされた新聞の見出しには子供ながらショックを受けた。その後ポーランド、欧州ピクニック計画まで20年。さらに今のトランプの和平提案。何となく既視感のある話に感じる。
小学生5年生の私にとっても、ソ連のチェコスロバキア侵攻は衝撃でした。共産主義という名の全体主義。体制を問わず、報道の自由がいかに大切か。この時に知ったと思います。
プラハの春、ハンガリー動乱は教科書の文字で見るけど仲間で詳しく知らないからな