勉強しすぎて初の前後編/賢治の父、政次郎の半生/賢治誕生/政次郎列伝/学生時代/宗教に傾倒/深夜まで続く激論に付き合わされる女性たち/家出後の極貧生活/創作活動の開始
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読者東南
[音楽] ラジオ読者東南ラジオは30代営者のやと
30代公務員のピロご飯が最近読んだ本に ついて思ったことや感じたことを素直にお
しりし皆様にその本を読むきっかけをお 届けしようという番組です
[音楽] 今日は何の本がテーマですか今日はですね
本ではなくて人をテーマにしようと思って おりましてね宮沢健二を取り扱うと思っ
てるんですよはいどんな印象を持ってます かあの銀河鉄道の夜うんうんとか雨にも
負けずとかうん名作というかうんそういう イメージですねなんか人物像とかに関して
知ってることとかってあります人物像うん 人物像ごめんなさいあんまりあんまりうん
あじゃ結構ここれといったうんって感じ ですねうんで結構今回面白いかもしれない
です新しい発見がいっぱいあってああうん きっかけはですね門井義信さんていう方の
銀河鉄道の父という本を読んだんですよ うん
うーんご存知ですか名前は聞いたことある かも名前はしんないですねはいうんうん
なんかドラマか映画かなかもされてる みたいでなんですけどまちょっと僕は映画
とかそのドラマの方は見てないんですが 小説の方読みましてその宮沢健二の父の
目線から見た宮沢健二の物語なんです うですごくあのそれがなんか自分が知って
た宮沢健蔵と帰りしててうんなんかすごく 宮沢健二が気になるなと思って今回結構
大幅にリサーチしたんで おお今回前後編になる予定なんですけど
ああ初の初 の宮沢一言で言うとですねはいの常かじり
の典型的なダメ息子でしたね ああうん例えば生前はほとんど著作に関し
ては売れてなくてうんうんその雑誌に乗っ た5円っていうのが唯一の現行料だった
みたいなんですね今の金額でどれぐらいな のかってのはちょっとあのわかんないん
ですけどはいうんでま教員をやってる期間 もあるんですけどうんもうなんか
あの本を買ったりとか レコード買ったりとかうん文化のね文化面
のやっぱりあの興味がめちゃくちゃあるん でほとんどそういう芸術活動にお金を
つぎ込んでしまいましてうんうんあの教員 やってる期間っていうのもすごく一部の
期間なんでもうやってない期間に関しては ほとんど親の金でそれらを買って
るっていうえうん感じみたいなんですねで までもこういったんでこの治郎っていう
父親がいたからこそ我々がこうして事の 作品を目にすることができるのかと思うと
なんかこの親子の関係がねすごくまあ我々 子育てしてるっていうのもあっていい親子
だなって僕は感じたんですよ今日はそんな 健二と正次郎の物語を追っていきたいと
思いますお父さん目線でうん書かれてんの はうん過去のそのお父さんの記録とかを元
に書いてるってことあそれはねでも ほとんど
あのお父さんに関する資料って残ってない んですってうーんうんだからまその賢二と
の手紙が残ってるものとかはあったりする のではいはいそこかそこをあの丁寧に調べ
てあのま創作な部分はあるんですけどうん うんうんあの電気っぽくしてやるっていう
感じなんですよねこの本に関してはうんあ なるほど
1896年明治29年にえ父宮沢正治郎と 母宮沢市の長男として岩手県花巻川口町現
花巻市に生まれますで家族高生は妹都え妹 し弟聖妹国祖父キ8人
家族でねこれ結構びっくりしたんです けどさんとかは2000前半ぐらいまで
生きてるんですわあそうなんだ うん本人は早く死んじゃってるからあそう
ですねうんうん本人は37歳で亡くなるん ですけどはいはいうん意外じゃない結構
うんうん結構昔の人のイメージねえ昔の人 のイメージそうだからそうだねうんええ実
の弟が2000年代まで生きてたって思う とななんかあすごいなと思ったりとかした
んですけどうんうんうん家は七夜県古屋を 営む地元でも有数の生化でえ正次郎は町会
議員を務める地元の名詞だったとで祖父の 木介が1台で財用なし父がは大変わりをし
ていたっていうのが宮沢家だったみたいな んですねうんうんでちょっとマサ治郎の話
なんですけどお父さんねお父さんの正治郎 の話なんですがえ小学校の成績が全てこう
でえ高平定でいうこだトップああそういう 評価の仕方だったうんで中学校に進学し
たかったんですが祖父に七夜に学問は必要 ねえとさされて家業を継いだっていう過去
があるんですねうんそれゆえに自分自身で あの講習会などを開いて上土新州のお坊
さんを呼ぶ呼ぶなどして結構共用に明るい というかうんうんうん大人になってからも
学ぶみたいな姿勢がすごくあった人みたい なんですねうん1ヶ月仕事で買い付けに
行ってる間に生まれたんですよ今沢健二が ええでなのでこれも面白いんですけどそ正
次郎の弟に自郎っていう人がえ名付け親に なるんですね健二のああいないからいない
間につけちゃうってことそうなのでこの 時三郎っていうのが政治の字にサブ郎って
いう風に書くんですけどはいはいこの人の 字をもらってケンジの字っていう風に書か
れてるみたいなんですねうんそんな適当に すごい
よだから次郎次郎三郎みたいなそうそう そうねそういう時代うんていう感じだよね
ね6歳の時関りっていう病気にかかるん ですねでこっからがあのマ次郎列伝の
始まりなんですけど当時病院の看護婦さ んっていうのはその病室における女中
みたいなもので共用のない若い女の人が やる汚れ仕事だと思われてたみたいなん
ですようそれをあの正次郎がやりますって いう風に言うんですああ賢者を出来合いし
すぎているがゆえにああ自分でや るってこと自分でやる自分うんへえでそれ
はもう当時としてはもう考えられない さっきも言ったようなうんうんうんうん妻
がやるならまだしも男がやるなんてって いう時代ねええうん男がやるましてやそれ
を家の課長がやるっていうのでま祖父も 生きてるのでまだねうんうんあの先ほど
言ったんですが家中の行論になりますうん うんバカを言うんじゃないみたいな感じで
うんで結果的にあの正次郎が無理を言って 看病につきっきりでかかるんですがその結
次郎も超るっていう病気にかかりますで 次郎自身はですね84歳まで生きるんです
がこの後冬はともかく夏はおかゆしか食べ られなくなったそうです腸が弱くなって
しまったんでああ腸語るっていう病気で そうっていうのがこのまずマロ列伝の
始まりなんですけどおおうんえこの後8歳 になりましてケはえ花川口小学校に学し
ますで国語の教科書は手に入れたその日に は通読し足し算引き算を飛び越えて
いきなり服をやり始めるなどまやはり振動 というかうんま勉強の体格みたいなのは
あったみたいですねうんうんうんで小学校 時代のエピソードとしてはえ小学4年生に
なると妹に都市っていう子がいるんです けど妹の都と毎日石を集めることに没頭し
ましてその結果あだ名が石こていうあだ名 をつけられていたそう
ですうんで6年生の終了時にはえ科目的に は終身国語産術日本歴史地理理科頭が消化
体操走行全てこでしたとうんもう全部 オール5みたいな中心って育体育みたいな
感じなんか中心はあれじゃないあのなぜ 働いてると読あの本が読めなくなるの
かっていう話で出てきてだけどへえあれ そうだっけあの今で言う道徳みたいな感じ
かなああなるほどねうん特になんか戦前の 感じの強い癖の強い道徳あなるほどねああ
はいはいはいその後12歳の時に盛岡中 学校に進学しますえまたこの時も祖父の
キスの反対があったんですが七夜に学問は 必要ねえとねああはいはいうんこの前年か
な前年に日ロ戦争が勃発してたみたいで うん本の中に出てきてたんですけどまそれ
以前のねえやれ母神戦争だ日進戦争だって いうのは基本的に武士や軍人のがやる戦争
だったとそれが日代戦争になって国民 みんな一致団結国一致みたいなうん戦争に
変わったんでそんな世の中で国民も勉強し なきゃいけないんですと軍人だけが戦争
いいっていう時代はもう特に終わってるん ですっていう風にマ次郎が祖父の気付を
説得する形で進学の運びになります うんうんうん自分自身も行けなかったから
それもめちゃくちゃあるとは思うんです けどうんその後え宿舎次HO領っていう
ところに入りしましてえ健二がいずれ後次 嫁を取りえ健康な男児が生まれてくること
を願いつつ父正次郎は送り出したとまこの ども思い通りに行かなくなってしまうん
ですけどねああそうなんだうんえ翌年3月 第1年時が終了するんですがえ赤地は
143人中53番え国語文法作文英語英修 事博物ま鉱物の話なんですけど鉱物学は
良かったものの3術が足を引っ張り成績は 伸び悩んだとでまちょっと飛ばすんですが
え16歳の時に盛岡中学を卒業します卒業 時には成績は88人中60番ということで
これあと思ったんですけどやめてる人えぐ いっていうそうねあのすごいねこれ53番
だったけど60番になってうんしかも分母 が88になってるからそう分母の減り方が
えぐいっていうことで多分めっちゃやめ てるんでしょうねきっとね勉強する状況で
もなかったんかなうんまと厳しかったつの もあんのかねあのちょっとそこまで
リサーチしてないんですけどあうんうん 厳しかったんでみんなやめていったのか
それそれともまそういうあの経済的な面な のかはちょっと分からないんですけどうん
それで検事なんですが盛岡中学を卒業した 後の進学の意思があったんですがま成績も
あんまり良くないじゃないですかうんうん 後ろの方なんでそれゆえにというか父の
反対を受けますあらうんもう今まで出合い してたまとはいえね後々は継ぐと思ってい
たからね父としてああそっかそっかそう中 学校までははいはいそうそうそうそうそう
そうそうま中学校まで行けばえ十分じゃ ないかっていう形でうんうんうんえ父の
反対を受けてえ進学を一旦諦めるんです けど卒業後非行性美っていうあの極度の
鼻詰まりの症状みたいなんですけどうん うんこれで入院して手術を受けますえこの
時にも前回と同様マ次郎が付き添います うーんでさらに術後え健二が超チフスの
疑いで入院が長引くんですが同時にマサ 次郎も超チフスにかかり入院を余儀なくさ
れるとああ超カタルとかうんジとか なんま色々あるんですよねねうんでですね
ま無事この後は退院するんですけど いよいよケンジがえ家を継ぐっていうとこ
になりましてうんその際にあの家の手伝い をしたエピソードが残っててそれが
ちょっと面白かったんでここで紹介したい と思うんですけど店番をしててけしてる中
で夫がカリエスっていう重い病気ちょっと 僕もそこまではあまりよよくわかんないん
ですけど夫がカリエスっていう病気でて いう
農家の嫁さんがえカと現金を高額で取引し たいと七にやってくるんですねうんでそれ
を聞いた正次郎がそんなにね人の言うこと を簡単に信用するんじゃないとカエスじゃ
ないことももしかしたらあり得るよと言う んですがそこをあの賢二は優しいので心根
がうん信用してえ高額で取引するんですね うんそうすると午後になってうん同じ村
から56人また浪にの農婦が次々に宮沢県 の七夜を訪れてきたとでその時には賢者い
なかったのでマ次郎が試しに話を聞いて みるとノフの夫は全員カリエスでしたって
いうこれで行けば行けるんやろっていうね うんああ二のねその優しさみたいなのが出
てるいいエピソードだなと思いまして引い てきたんですけどこの時期に島大東って
いう人のえ緩和大賞明法連教っていう書物 を読んで補教に系統します実家は上土新州
なのでああはいこの後ずっと親と対立する ことになるんですよね宗教上ではあうんで
ですねあのから浸水し始めるのでえ農民は 暴れたと心あるもは農民の苦しみの側に
立たねばならねえじゃって言って1とか 都市あのお母さんとか妹とかを捕まえては
熱弁を振るようになっていったとま半分家 の手伝いはしてるんです
けど半分働いてないみたいなもんなんでね うんうんうんうん家の手伝いみたいな形な
ので今うん完全についでいるわけではない のでえ宗教に系統してははそれを兄弟とか
に聞かせる毎日を過ごしていたとま ちょっとこのようなねうつうつとした毎日
を送る検事を見かねて父親が進学を認め ます
おおうんえそうすると今度健二は今までと 打って変わって猛勉強に励み翌年3月に
19歳で盛岡高等農林学校に主席で進学し ますええうん勉強そうでもなかったけど
うんあでもあれか中学でまや るってなったらもう相当やったんでしょう
ねきっとああはあうん1年ぐらい確かここ も間あったような気はするのでうんうん
うんで健二の選んだ学問は好物学だった そうですでまえ盛岡高等のオリ学校の話は
ちょっと卒業まで飛ぼうと思うんですがえ 卒業間近に控えた健二はえっと研究生と
なり学校に残ることを教授たちから提案さ れますえしかし給料が不満だったことと
興味が土星調査から科学工業の方面へと 向いてたことから断ろうとする胸を乳当て
の手紙に記していますこれ科学工業の方面 っていうのがま作中というかこの本の中で
はアを機械で作る工場の建設を夢見たそう なんですねこれなんかもう1冊のなんか事
の外伝みたいなやつではちょっとあんまり 出てこなかったんですけどうんだからどの
程度著者のあの捜索なのかちょっとよく わからないんですがまともかにも工場作り
みたいなところに興味が向いてしまったゆ に学校に残ることをま拒否するとでま検事
の希望としては研究生の仕事は続けつつも 仕送りが継続してくれること望んでいたと
仕りってのはおお父さんかもちろんはい ああでまえ結果仕送りを継続しつつ学校に
残ることになりますなんかあれだね 農林高等学校に行ってんのに工業系
っぽいことやってんだねイんかなこのこの 時代ってわかんないなんうんいやでもそれ
はねお父さんからは作中では怒られてまし たよあそうなんだそうそうそうそうお前
あっち行ったりこっち行ったりみたいな形 でああうんその楽な方に進もうとしてるん
じゃないのかなんか商売の大変さを分かっ てるのかお前はみたいなああうんなんか
農林学校に行ったのはさうん補教の宗教の なんか農民側につきなさいみたいなという
よりかはねあの多分元々の自分の勉強の 好みでその石しっこけさんって言われてた
ぐらい石集めとかに元々没頭してた人だ からああそっちだとは思うんだねああそう
なんだうん自分の勉強の興味っていう ところだとは思いますようんああ
あまり宗教とかは関係なくうんでこの後も あの研究生になってからも何度か仕送りを
せびりましてその度に正次郎は悩みながら 結局お金を送金してしまうんですねえ健二
そして22歳になります22歳の時に強膜 園という病気にかかりまして炎症の原因が
欠格という可能性もあって療養のために 学校を辞める選択をします同年妹の都市が
肺炎でえ入院してしてましてあの日本女子 大学っていうとこに在学してるんですけど
東京のへえうんうんうんなんか印だったん だねあそうそうそうこれちなみにあの本に
書いてあったけどまだ残ってるらしいです よあの論文が宮沢都市の名前であええそう
なんだうんでその都市の看病に健二が 名乗りをあげます学校辞めてるんでうん
はいはいで母1と2人で状況することに なりますえ隊員後都市と健二はそのまま
花巻に帰りましてえ正治郎46歳にして 盛岡に下宿している中学生の勢力を除いて
6人中5人が18歳以上というま当時とし ては慰霊の状態にああ家家がなります本来
もういろんなとこに働きに出てるっていう のが通常ってことでそうねあとはね女の人
の場合は結婚してる場合もあるだろうし 当時だったらね結婚して家出ちゃうって
こともあると思うのでえその後都市は母校 である花巻高等女学校で教員として働き
始めます一方健二は25歳になるんです けどこの頃宗教活動にかなり系統していき
ましてえ日練習の団体なんですけど国中会 っていうのに入会しましてえ難民法蓮教と
唱え対抗を叩きながら街を保しえ上土新州 の父と深夜にも及ぶ激論を繰り広げた
とすごいねなんか何がかわいそううって これあの家の女性たちは
全員あの課長よりもまいマ治郎よりも先に 寝てはいけないっていう当時のね
ええ風潮があったみたいではあはあはい この論の間もも妹しも国も全員が畳の上に
正座して2人の論が収束するのを待ってい たとこれ大変よこれ今だったらねそりゃ
じゃ勝手にやっててで寝てればいいけどさ うん当時の女性は大変だなとうん思いまし
たねえ翌年え健二ついに家出をします論が そうですね引き金で引き金でえの国中会館
に向かいましてえとりあえずの当座の職に ありつきガリバ釣りという本の複製の仕事
を始めますこれ宗教団体の職人あいや関係 ないみたいですねその宗教団体のとこには
行くんだけど断られたみたいですああそう なんですうんあのなんつうのそういうそう
そういうていうかね家出の人をあのうちが 預かったりとかしてないですよっていう
こと言われてうんなんで家を借りてその ままはうんうん自分で家を借りて自分で
仕事を探してえこの仕事に着いたみたいな んですねうんえただし不合性であまり給料
は多くなくてえ本を買ったりえ国中会の 活動に費やしたりするんですその活動には
お金も出ないんですねなので生活はかなり 困窮を極めたみたいですでそれに対して
心配した父から小切手が送られてくるん ですがそこはことごとく返してしまうと
いうええま次郎優しいねね優しいよねうん 優しいねずっと優しいっすねうんこの頃
特に仕事の合間を縫って捜索活動に邁進 するようについになってくいくんですねえ
で同年都市の肺炎の再発が発覚しましてえ 健二は花巻へ帰ることになりますその手元
には極貧生活の合間を縫って書かれた風の また三郎の現行があったそうですああうん
この頃あれなんだきめたうんえ賢二は後に わしこえる代わりに書いたものだやと家族
に語ったそうですだもう家族を作るとかっ ていうなんかそういう当時のね男子として
はあるべき姿みたいなうんうんうんまそう いたところからもう自分は離れてもう社会
不敵号者って言ったら悪いですけど自分の 道に突き進むしかないっていう状態になっ
たみたいなんですですね悟ってる感じの うんちょっと哀愁を感じるよねちょっとね
うんうんそうできない自分に対する生撮り みたいなのもちょっと感じるうんうん文章
かなとは思うんですよねうん今回は ちょっと時間が来てしまったのでこの辺で
また次回にしようかなと思うんですがはい まここまでは現時の障害ま特に25歳
ぐらいまでを見てきましてこの後え 亡くなるまでを次回また
お話ししていきたいと思いますではまた 次回お会いしましょうバイバイバイバイ