【火垂るの墓】このおにぎり意味、わかる? #考察 火垂るの墓 #考察 ジブリ #考察 清太 #考察 おにぎり

【火垂るの墓】このおにぎり意味、わかる? #考察 火垂るの墓 #考察 ジブリ #考察 清太 #考察 おにぎり

ホタルの墓、このおにぎりの意味分かる? 冒頭で生太に与えられるおにぎりは単なる 施しではない。それは彼が救われる可能性 を自らの意で捨てたという罪を象徴して いる。戦中の食料にも関わらず見知らぬ 少年におに入りを渡すものがいた。これは 周囲にまだ優しさが残っていた証。ポタル の墓板目線で見ると冷たい社会を描いた 物語と思いがちだが、西宮のおばさんを 含めセ太とせ子を助けようとする人々は 実際に存在していた。おにぎりはその象徴 である。だがセ太はその善員を干渉として 拒ばんだ。彼は妹と2人きりの世界に 閉じこもり、自立という名の孤立を選んだ のだ。その結果、救いの手は届かなくなっ 。セタがもらったおにぎりは優しさの証で あると同時に彼の謝った選択を突きつける 無慈悲な証拠でもある。人は優しさに囲ま れていてもそれを拒めば1人で滅びていく の。

28 comments
  1. この 優しさや慈悲に  手を伸ばして 立ち上がり 自分が 立ち直れたら 社会に返していく!! このローテーションを  火垂るの墓で、 教えられたから 今の私が有ります!!

  2. 731部隊の少年兵は中学3年生。近所のおじいさんも、終戦にならなければ回天に乗るはずだったといいます。

    守られる側にいたことを知らずにいた14歳。それもまた戦争の悲劇ですね。

  3. 私らは戦争の時代に居なかったから苦しさは分からない
    けれど話聞くたびに涙が流れる。

  4. 戦争の悲惨さを伝える作品だけど、グロいの苦手な俺は、ジブリ作品で唯一観れない作品…

  5. いや、梅干しを取り上げた オバサンは酷い!一生忘れられない見たくない映画!
    戦争が人を変えたのか…

  6. おにぎりは原作には無いし演出だよ
    おばさんの家にいてもあのおかゆだけで生き残れたと思う?

  7. 火垂るの墓は戦争の残酷さ語る以前に兄どうよ?って思ってしまうからうーん…となる。

  8. 両親が亡くなった時点で心が壊れたんだろうなって思って観てました。

  9. 清太と同じぐらいの歳に火垂るの墓を観た時は、清太の気持ちになって観てた。
    あれぐらいの歳だと、戦時中とは言え、自分で何とでもできると思う危うい未熟な時期だ。
    戦争さえなければ、裕福で、何も困らず暮らせて、未来があったはすだ。
    最期は、食べる気力もなく、命尽きたのだろうと思う。

  10. この映画について、高畑勲監督自身が公言していた「反戦映画ではない」という意図をちゃんと汲んだ解説を初めて聞けて嬉しい。

  11. いろんな解説動画観て監督の意図は「反戦平和」じゃなく何かと閉じこもってコミュニティを敬遠する「現代っ子への注意喚起」らしくナルホドと思った

  12. 手を差し伸べてくれた人は実際いたんだろうよ
    でも、救われずに死んでいる訳で、
    「孤立を選んだ」とかなんとか抜かすのは、
    周りの救えなかった奴の言い訳に他ならないよ。

  13. 実写版を観ることもありました。
    そこには、冒頭に独自の編集があって、清太の家が軍人でお母さんや節子の服装が叔母の家よりも良かった、暮らしも楽だったという設定が描かれていました。
    叔母さんもそれに少し引け目があった、と設定がありました。
    実写版はアニメよりもう少し家族構成が現実的で、私はそちらが気に入って何回か観ました。
    このアニメも放映当時から幾度となく観てきました。
    最初は学生だったので、いつも清太側の目線で物語を観て、東京の叔父さん当たれ、とかなんて親戚は冷たいんだ。と怒りを感じましたが、中年になり今では叔母さんの気持ちが分かるようになりました。中盤の「お国の為に何もせんと、隣組にも入らず…」とピアノを弾く清太に小言を言ったのが、戦時の苦しい中、遊ぶばかりの親戚なんか養って。という周囲からの叔母さんに向けられた視線の本音だったんだと分かるようになりました。そういう意味では叔母さんも時代だけに辛く当たるように次第になったのだと思い、その点では叔母さんも気の毒な立場です。人が増えれば負担が増えるのは平和な現代でも同じです。
    でも、子供(おそらく…良い家の子だから甘やかされてたのかも。カルピスとか飲んでますから)だけに叔母さんの心境も理解出来ず耐えられなかったんですね。いつか父が帰り、3人で生活出来るとひたすら父の戦死を知らずに手紙を待っていますから。
    少しでも何らかの手伝いをしていれば、節子と家を出る事にはならなかっただろうに、とも様々な場面で感じます。
    毎日節子と暮らし、住んでいる叔母さんに何か手伝いしなきゃ、と一度も感じていないのも、やはり母から苦労なく大切に育てられた為に、そういう考えそのものが浮かばなかった、と考えます。
    町で他人から戦艦が撃沈され父の戦死を知り、さらには亡くなった節子の骨をドロップ缶に入れ、絶望の底にいる清太に「施しのおにぎり?こんなのあった??」を差し出したところで、家族全員を失い、もはや生きる意味など子供の中にも無かったのだと思います。
    「父ちゃんのアホ」と叫ぶ場面が彼の希望が絶たれた時の心境だと思います。
    あくまでも私見です。

  14. 自分のプライドを守るために妹を道連れにした😢私は、そのように受け止めている。

    そういう間違いを子どもだけでなく、大人もしてしまう。
    間違ったプライド‼️

    命よりも尊いものは、無いのに‥それに気づかない😢
    そのことへの戒めの映画だと思っている。

    確かに戦争が無ければ、このような悲劇は無かったが、今の時代でもいろんな場面で分かれ道はある。
    どこで、間違えたか‥その時は気付かないものだ。

    それは、毎日起こっている。😮

  15. 父が生きていると信じていたから自立という名の孤独に閉じこもっていたのかも…

  16. 冒頭のシーン、あそこまで弱った人におにぎりを食べる力は残っていないと思って見てた。施しを拒み、孤独に身を沈めた少年の最後を象徴するシーンだったのかな。フィクションだと分かってても胸をギュッと掴まれるような作品

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