『新如来光明礼拝儀 法城寺版』
私訳「日中礼讃偈」
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心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
弥陀の 極楽世界(みくに)を 観ずるに 広大なる功徳以て 荘厳し給う浄土では 大悲の願い 満ちたる光 宝の如く輝きて だれの国より美しい そのひかり どれほどの菩薩が 数えても 見極めること 叶うまじ 普く勧む 此の浄土(くに)に 心遊ばし 聖意(みむね)をさとり 自然(じねん)に霊化成就せよ
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
地下の荘厳 宝の柱に支えらる 量りなく 辺りなき 荘厳は 無数の宝の 柱より成る 眺(なが)むれば 自ずと覚る いのちの不思議 永久(とこしえ)に 変わることなき いのちの光 想いを寄せれば 目に浮かび 神識(こころ)は 聖国(みくに)に 踊躍(ゆやく)する
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
地上の荘厳 極まりなし まっすぐ伸びたる金色(こんじき)の道 弥陀の慧願が 自然(じねん)に織りなし 菩薩や天女 華を撒く 地の色は 光輝き その光 無数の台(うてな)を 生み出さば 台の中には 数多(あまた)の楼閣立ち並び 無量の幡が 取り囲む
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
台の頭上の 虚空には 無数の楽器が 飾られて 清らかな 風に揺れては 光りを放ち 奏でる色の音 人に寄り添う 快なる響き 娑婆では聞こえぬ妙なる響き 行住坐臥に 心を掛けよ 睡時には 聞こえぬなれど 南無阿弥陀仏 心は 涅槃に 奪われる
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
極楽の 宝の林 宝の樹 華も葉も 木の根も茎も みな宝 あるいは千ある宝の林 あるいは百ある宝の林 木々はそれぞれ 立ち並び 葉はそれぞれに 生い茂る さまざまな 色と光は きらめけり 樹の高さ 皆均しくて 三十万里 そよ風に 揺れる枝の音(ね) 妙なるみ法(のり)
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
七重(ななえ)の網(あみ)に 七重(ななえ)の御堂(みどう) 互いに放つ 光交わり綾をなす 御堂(みどう)には 生れたばかりの 新蓮生(しんれんしょう) 身の飾り 日月(にちがつ)よりも 輝けり 立ち並ぶ 宝の樹の葉は千の色 華は咲けり 金色(こんじき)の輪が 回る如(ごと) 果実のひかりは 蓋(かさ)となり 数知れぬ み仏の国を 映し出す
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
宝の池の 岸の砂 その支流には 蓮華の花・葉 大きさ車輪の如くにて 皆正覚の光を放つ 美しき網や垣根に 囲まれて 功徳の水は湧き出し 宝の木々に 廻(めぐ)り沁(し)む 波の音(ね)を 聞きて楽しむ 静けさよ 有縁の者に 言(こと)寄せる おのれ忘れて 急ぎ目覚めよ
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
金の道 一つ一つが 綾を成し 楼閣も 宝の楽器も 千万億 天の童子は 香・華(こうけ)撒(ま)き 雲の如くに 諸菩薩集(つど)い 阿弥陀仏(ほとけ)に 額(ぬか)づきぬ 鈴の音(ね)と 木々の音色(ねいろ)は 空に満ち 阿弥陀仏(ぶ)と観音勢至を 讃(ほ)め称(たた)う
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
阿弥陀仏(ぶ)の 願いが造りし 蓮華の座 もろもろの 宝に依りて 合成(ごうじょう)せり 台(うてな)の頭上 四本(しほん)の柱に幕かかり その下は独(ひと)り座したる 阿弥陀如来 尊き姿の 放つ光は宙(ちゅう)に満ち 蒙る者は心(こころ)不退に導かる 行住坐臥に ミオヤの光(よびごえ) 念ずれば 迷い終わりて 三昧(さまや)に入りぬ
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
御身(みからだ)も こころも 宙(ちゅう)に満ち充ちて 我が心にも満ち給い 想えば姿顕わし給う それ故に汝に勧む 常に想いを一(いつ)にして ミオヤの御顔(みかお)を 恋慕(れんぼ)せよ 心の眼 開きて 浄土を 見まつれば 阿弥陀仏 観音勢至 蓮の花 宝の木々に 風に揺られし鈴の音(ね)は 皆経に説かれし如くなり
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
弥陀の姿は 金山(こんせん)の如(ごと) まばゆく光り 世を照らす その身光りは 声となり 我等の口から 顕われ給う 弥陀の 願いに 勝るものなし あらゆる仏 舌をのべ 専(もは)らに 聖名(みな)を称うれば 聖国(みくに)に到るとあかさずや 識(こころ) 蓮台に 生じなば さとりの願い 実を結ぶ
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
観音菩薩の大慈悲は すでに己はさとりを得ても 敢えて仏の位を捨てて 一切(すべて)の迷えるものたちを たった一人の我が子のように 自身の中に包み込み 決して離れず寄り添って 時に姿を現わさば 苦しむ我が子を抱きしめたまう あらゆる手段(てだて)を尽くしては ミオヤの御許(みもと)へ導く大悲
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
勢至菩薩は不思議なり 偉大なみ光り 普く照らす 縁有りて 名を聞くものは尽く 霊化の光に照らされて 智慧の眼(まなこ)が開かれる 菩薩歩けば 地が揺れて 葉も裏返りて さとり色 数多(あまた)の化仏も寄り集い 虚空に満ちて 普く晋む 常にミオヤを憶念し 迷いの心を 浄土に向けよ
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
静かに座り こころを定め 弥陀の浄土に心を向けよ 心が聖国(みくに)に 到りなば 地も空も 七宝盈つる その中に 拝みしミオヤの御姿は 丈六・八尺 我がために 応じて御からだ 現わし給う
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
上輩は 上行にして上根の人 識(こころ)浄土に生じてよりは 貪りと怒りを断じ 礼拝・讃歎・観察と作願・回向を行じては 正しい心を持(たも)ちけり 一日七日の別行を 専らに勤める徳により 自我(こころ)の終わり 台(うてな)に乗りて 迷いを離る 嬉しけれ 逢い難き法(のり)会い得た喜び 永遠(とわ)の さとりを 楽しまん
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
中輩は 中行にして中根の人 識(こころ) 浄土をかいま見て 日を選びては 戒守り 父母(ちちはは)に まことの心で孝養す 為に西方の快楽(けらく)を勧め 自我(こころ)終わりて 仏が聖聚(しょうじゅ)と 迎え来て 直ちに 華坐の辺りに生まれ 蓮のつぼみ 七日をかけて徐々に開けて さとりを証(あか)す
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
下輩の者は 下行下根 十悪五逆、貪り、怒り、重き悪、許されざる罪 積みたる上に 慚愧の心無き故に 恐れる事も更になし 終わる時 地獄の相が顕われて 身に猛火が迫り来る 幸いに 知識の勧めに遇い得ては 彼の仏名を称せしむ 化仏や菩薩 声に乗じて 迎え来る 一念に往生すれど 未だ花は開かれぬ 多劫過ぎ 華の咲きて 漸(ようや)く覚りを志す
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
大悲の願いに 荘厳されたる 極楽浄土は 量り知ること 難きなり 喉の渇きは慧法を聞かば癒されて 空腹は ミオヤを念ぜば充たされる 一切の荘厳 ミオヤの説法 気づき悟るはオヤ情(ごころ) 池に入れば 七つの覚りが 深く進みて 枝を見れば 八つの禅定 成就せる 人はみな拝みたき菩薩なり 此の世はみな師 観音勢至の 悲智の衣を身にまとい あらゆる世界 喜び巡る 悲しみ苦しみ 仏になるべき道ゆえに 今を離れて 浄土なし
(哀愍)
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます阿弥陀仏
我等をまもり 成仏の 種を育てて 後の世も 此の世も共に 救い給うは 願いの仏
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます 観音菩薩
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます 勢至菩薩
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
心を至し すべてを捧げたてまつる 今ここに在(まし)ます あまたの菩薩 清らかなあまたの聖者
願わくは すべて生きとし生くものと ミオヤの御許(みもと)に 今往かん
わが師僧 わが父と母 善き仲間 あらゆる世界 すべての命あるものと もろもろの さまたげ 払い ミオヤの聖国(みくに)に 今往かん
すべてを捧げ 犯した罪を 懴悔します
(要懴悔)
心より 罪を懴悔し奉る
頭(こうべ)垂れ すべての仏に 請い願う これまでの 重ねし罪を 消したまえ
今まさに過去の功徳を 回し向け 極楽に往く 因(もと)となす 願わくは 迷いの心を 終わらせる 南無阿弥陀仏の一声に 諸仏すがたを現わし給え
大慈悲の 阿弥陀如来と 観音と 大勢至すべての仏の 姿を見、有り難き 光を浴びて 極楽へ ミオヤの願いの そのままに ミオヤの聖国(みくに)に 迎えらる
罪を悔い 回向を受けて 願いをおこし ミオヤを 至心に 崇めます
(説偈発願)
頭(こうべ)垂れたる 懴悔の功徳 迷いの心を終わらせる
南無阿弥陀仏のお迎えに 生きとし生ける我等がすべて ミオヤの姿を目の当たり 拝みてさとりの眼が開き 識心(こころ)は聖国(みくに)に 摂取され 菩提の心成就する
礼拝と 懴悔を終えて 帰依します
願わくは 聖名(みな)を持(たも)ちて 諸共に 身と口と 意(こころ)を 弥陀に 浄められ 一切(すべて)の聖を 敬礼(きょうらい)し ミオヤの聖国(みくに)に いざ往かん
(日中無常偈)
世の人よ よく聞き給え 日中無常の偈を説かん
自ら精進せぬものは たとえば樹の根なきが如(ごと)
華を手折りて 日向に置かば
しばらくは 鮮やかなれど 束の間のこと
人の命もまた同じ たちまちに 儚く消える道なれば
勤めてミオヤの世に到れ