【15分ライブ】2025.2.18 Black Box Diaries

【15分ライブ】2025.2.18 Black Box Diaries



沖縄タイムス記者の阿部岳です。
きょうは伊藤詩織監督の映画「Black Box Diaries」についてお話しします。
何がルールで、何を守るのか。混乱する議論の整理を試みます。

・伊藤さんにインタビューした記事
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1493571

・伊藤さんが沖縄県民大会に参加した時の記事
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1495575

・伊藤さんが望月衣塑子記者を提訴した時の記事
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1526074

21 comments
  1. 阿部さんの意見にとても共感しました。まずは、どんな形にせよ、声を上げてくれた伊藤さんに敬意を払いたいと思います。弁護士側の倫理問題についての指摘も参考になりました。ありがとうございます。

  2. 映画Black Box Diariesに関するArc Timesの番組を見てから阿部氏のこの発信に接した。知らないことが色々あるので、具体的なコメントは差し控えるが、阿部氏の話にはやや残念な、同意しがたい部分があると思った。

    【追記】1点だけ記しておくと、警察の内部事情を伊藤詩織氏に話した刑事の言葉などが、当の刑事の人定が可能な形で映画の中で使われていることについて、阿部氏は、(改めて視聴していないので記憶に頼って書くが)刑事が人定可能になっていることは映画自体で初めてそうなったわけでなく、既に伊藤氏の著書Black Box(確か2017年刊行ではなかったか)の中で人定可能な形で刑事への言及が見られる、と指摘しており、そして同書が出た時点では、その記述が刑事の人定を可能にしていることについて、特段問題視する動きはなかった、という趣旨のことを今回の動画の中で言っておられた。これが正しいのであれば、確かに今回Arc Timesの尾形氏が刑事の取り扱い方について伊藤詩織氏の映画の作り方を批判すること自体は、「何を今さら言っているのか」という話になるかもしれない。

     しかし、もし事柄が以上のとおりであるのなら、伊藤詩織氏は内部告発者たる刑事を既に2017年時点で危険にさらしていたことになるのではあるまいか。そしてこの時点で、伊藤氏の著書の内容を知っていた人々(阿部岳氏もその1人だろう)は、伊藤氏の行為はジャーナリストとしてあるまじき行為だと批判するべきではなかったか(阿部氏自身は果たして批判したのだろうか)。

     これに関して阿部氏は今回の動画の中で、刑事は伊藤氏が著書の中で自分のことに言及することを許可していたと言っていたように思うが、しかし果たして、伊藤氏の書きぶりは、刑事氏本人が許可の際に考えていたであろう許容範囲内に収まっていたのだろうか(そうでなかった可能性が高いように、私には想像できてしまえるのだが)。そしてもし伊藤氏の著書の結果、当の刑事が警察内部で同定されてしまっていたならどうだろうか。既に刑事は、2017年或いはそれからそう経っていない時期に、左遷など不利益な処分を既に受けてしまっていたのではあるまいか。もしそうであれば、刑事が受けた(かもしれない)不利益は、ジャーナリストが情報源の秘匿という基本中の基本を疎かにした結果だと言わざるをえないことになるのではないか。

  3. あっ、喉の具合がお悪いのですね!すみません!どうぞお大事になさってください。

  4. アークタイムズを視聴すると、望月氏には思い込みによる発言やその思い込み自体に固執する癖を強く感じます。また、ゲストに対する配慮のなさも懸念するところです。それが「権力」に向いて発揮される時には彼女を評価できますが、そうでないケースでは社会人としての常識の欠如に思えます。
    それに対して伊藤氏については、自らの性被害体験を表沙汰にして加害者と争ったり、世間の低い理解やセカンドレイプに抗して闘い続けて来たその姿勢や精神的強さに感嘆するしかありません。
    そうした日頃の言動の差・・・発言に対する真実性や責任力の違いは、伊藤氏と望月氏への評価の決定的な違いに結び付きます。

  5. 「見ていないのに」ということですが、その映画公開自体が新たな被害者を生むかもしれないという疑義が挟まれているので、見ずに話をするのも致し方ないかと思います。もし自分が意に沿わない形で映っていたら、「まず見てみましょう」という声は暴力だと感じます。

    またBBCのジャニーズ番組と違うところは、それが映画が告発する対象ではなく、伊藤さん(被害者)を「支えた」人を蔑ろにする可能性ではないかと考えています。要は、「ルール」ではなく、阿部さんと同じ(ですかね?)で、文脈・社会への影響によって考えるべきだとは思っています。

  6. めっちゃ雑です、、
    まず、ルールではなく念入りに本人も承諾された相対的な特定個人間の契約の話ですよね
    (そしてその内容も中居氏の件のようなそもそも公序良俗に反するような内容でもなく)
    書籍と映画では個人の特定性に大きな乖離があり、別途新たな同意が必要なのは自明
    警察官は担当外されて個人的に協力したって話でそれ踏みにじって加工しない必要性あるのかっていう(なので行政からの立場からでもなく)
    海外報道で非公開になるのは日本が腐敗してるから、と変なディスまでしてかつての協力者に提訴までするのは意味がわからない

  7. 望月氏は赤木さんの奥さんとの件に引き続きでもうアウトですね~アークタイムスでも自分の名声と金の為丸出しで情けない人間に成り下がった😂😂😂😂😅

  8. 弁護士さんは法律的に言わないといけない立場だけの話😅望月はクソです、デモクラシータイムスにも望月氏が出てると絶対見ませんとコメントします😂

  9. ジャーナリズム的視点とドキュメンタリー視点の違い、両方の立場の伊藤さん側のことを勉強することができました。ありがとうございます

  10. とても分かりやすかったです。直接的に当事者ではない者から軽々に言うのは憚られますが、巨大な権力に守られた者からの被害…この被害者に日本社会はどう向き合うのだ?を伊藤さんは私たちの喉元に突きつけている。ジャニーズの被害もフジTVの被害も社会の側の私たちの気概を問うている。生きることは、こんなに勇気と倫理観を発動しなければならないのかと、嘆息しつつ、いざの時の心構えとしたいと思いました。
    寄り添ってくれたとばかり思っていた善意の警察関係者の「下心」を今回知り…いやーキツイ。ホテル側もつくづく正義倫理なんてもので動くわけもなく、ひたすら「営業利益」かとゲンナリします。

  11. 私は以下のように現状で整理しました。
    伊藤さんを巡る弁護士やジャーナリストの違和感

    伊藤さんを支援していた弁護士やジャーナリストたちが、彼女の行動に対してネガティブな感情を抱いたことに違和感を覚える。彼らは「自分たちの規範に従わない伊藤さん」に対して否定的になったが、それ自体が対人援助の現場で時折見られる「共依存とバウンダリー(境界線)」の理解不足によるものではないか。
    伊藤さんは、自身と同じ性被害を受けた女性に対しては映像使用の許可を得ていたという。しかし、それ以外の映像については、以下のような素材が含まれていた。

    ①ホテルの映像
    ②タクシー運転手の映像
    ③警察官A氏の音声
    ④イベントに集まった女性記者たちの映像
    ⑤月性被害を語る女性の映像

    ⑤以外の人々が作品への協力を拒む中で本当に彼らの許諾が必要だったのだろうか?
    日本社会には、紛争を避けるために「関わらない」という選択をする人が多い。目の前で被害が起きていても見て見ぬふりをすることが圧倒的に多い社会だ。そして、警察が権力によって犯罪を「無かったことにする」ことすらある。この「見て見ぬふり」の風潮こそが、日本社会のデフォルトとも言える。
    「映像は本人の許可を得るべきだ」という意見は正論だ。しかし、仮に許可を求めても、多くの人が首を縦に振らない日本社会の構造こそが問題ではないか。

    被害者を孤立させる社会の構造
    被害者は、自らの被害を証明するために、過度な努力を強いられている。彼らを支援する弁護士やジャーナリストたちは、あくまで「自分たちの立場を守りながら」しか支援を行わない(行えない構造が社会にあるため)。その結果、被害者はさらなる絶望に追い込まれる。
    そもそも、①ホテルの映像は証拠となるものであり、企業として人権意識があるならば、裁判でも作品でも使用を快諾すべきだ。③警察官の内部告発もまた、職務の一環として当然の行為であり、正義を貫くことを恐れるべきではない。それによって告発者が不利益を被らないように守るのは社会の役割であり、被害者である伊藤さんの責任ではない。とはいえ、許諾をしなかったのは社会の問題であり、①〜④の人たち個人を責めるつもりはない。
    伊藤さんがジャーナリストとしての役割と、被害者としての立場を完全に分離できなかった可能性はある。しかし、それが許されないほどのことなのだろうか? もし意図的に許諾のない映像を使用したのだとしても、それは日本社会に対するカウンターとしての強い意志の表れだと考えられる。彼女の行動は、日本の被害者にとって過酷な社会の枠組みを壊す一撃となる可能性がある。
    確かに、彼女の未熟さが批判の的になっていることは否定しない。しかし、それでも彼女の行動は、声を上げられない被害者のための本質的な支援につながっていくのではないか。

    「見て見ぬふり」の加担者となる支援者たち
    「伊藤さんの背後にいる無数の被害者を守るため」と言いながら、協力しないホテルやタクシー会社の意向に従うこと自体が、「見て見ぬふり」の社会に加担する行為ではないか?
    弁護士たちは、「第三者の温情」によって被害の証明を「させていただいた」のだから、その後の人生も支援者の意向に従うべきだと考えているように見える。しかし、これは伊藤さんに被害者らしくする「仕草」を押し付けるような態度ではないか。
    本来、告発や証言は温情ではなく、社会正義として義務とされるべきものだ。なぜ、弁護士やジャーナリストたちは、日本の不健全な構造に加担するような判断をするのか?「関係者の許諾がないから」として協力的でないホテルなどの意向を尊重することが、人権侵害を助長してきた可能性に気づいてほしい。
    伊藤さんの行動は、既存の司法やジャーナリズムに対する重要な問題提起になっている。しかし、過去に彼女を支援してきた弁護士やジャーナリストが、彼女の行動を理解できず感情的になっているのは、おそらく、それは「善意と献身」で支援をしてきたからだ。善意と献身による支援は、無意識のうちに支援者側の期待を生み出す。「これだけ支援しているのだから、自分たちの規範に従ってほしい」と、被害者をコントロールしようとする心理が働く。共依存とバウダリンの問題かもしれない。
    「私たちの規範こそ正義だ」という自負心。それが日本社会の問題なのではないか。

    なぜ協力的でないホテルなどの意向を尊重するのか?
    なぜ、トラブルや人権侵害が起きたとき、被害者を助けようとしない人々の意向を配慮する必要があるのか?
    なぜ、実名を出して裁判で証言することや、被害者の回復のための活動に協力しないのか? 日本社会には、不正や人権侵害を「通報しない」「関わらない」ことを是とする不健全な風土があると思う。もし映画で使用された映像によって関係者が不利益を被るとしたら、その責任は伊藤さんにあるのではなく、彼らに不利益をもたらした行為者にある。報復が行われること自体が不正義であり、仮に組織がそのような処分を行ったのなら、それこそ司法やジャーナリズムが機能すべき場面ではないか。

  12. 被害者を罪人にして抹殺するメディア権力は、今回のフジTV渡邊渚と伊藤詩織映画Black Box Diaries問題の核心です。

    美人局が本業の報道精神を失ったTV局はもはや「反社隠蔽組織」というしかない。戦前より悪い。

    今回の 松本to中居 犯行過程から、今逃亡中の フジTV中嶋優一(52)、上司 佐々木将(55)その妹恭子(52)どころか、より黒い極悪非道の TBS山口敬之(59),  山路徹(64) 生島ヒロシ(74)等、NHK民放連全体の「権力組織的」人権侵害犯罪とme too恥部が暴かれるでしょう。

    ボンボン2世政治家、タレント、プロ野球選手に、お飾り取材、接待役として美貌のミスコン新米アナが採用、派遣され交際相手にされている。そして安定した視聴率と人脈を確保している。

    現に党の広告塔、大臣になった者、未来のファーストレディ、トップグラドル、セレブ、小池もどきに多数なっている。

           今のテレビ時代を彩る「美人局穴 花舞台 女衒商法」である。

    ただー、その人権軽視の裏に隠された多くの被害者(上記の大桃、麻木、伊藤詩織、青木、大橋、田中、若林、指原、松村、宮司、結城、、今回の両渡邊穴様達)はME TOO!を声高に叫ばなければならない。

  13. 警察の、結婚でもしてくれない限り助太刀しないよーん、というやりとりと、その後の「ご飯行きましょう! おごりますよ」に戦慄したのが私だけじゃなくて良かったです…伊藤さんの公開にはそれへの怒りもあるかも

  14. 伊藤さんと元代理人さんの間に何があったか分からない阿部さんが色々と見解を言うのはどうなのでしょうか?
    捜査官Aに関しては、アークタイムズの尾形さんが問題提起をしていて、望月さんはホテルの監視カメラ映像、タクシー運転手や女性ジャーナリストらの集まりの時の映像等の無駄使用を問題視していました。
    伊藤さんが性被害を受けた事、その事件がもみ消されそうになった事は大変な問題だと思うし、今後このような事が繰り返されるべきではない。
    しかし、自分の正義を貫くために、他人を犠牲にしても良いのでしょうか?

  15. 今日、伊藤さんの元代理人の会見を見ました。
    友人から「詩織さんは裁判で既に勝ってるのに、なぜ映画を撮る必要があったのか」と、問われました。
    まさに、そこなんです。
    性加害や人権に関わる問題は、裁判で決着がついたから、はい終わりではないでしょう。
    伊藤さんの公益のために映画を撮った覚悟について、話し合いました。
    会見で個人の人間関係に落とし込もうとする元代理人側の論調は、率直に言って理解しかねるものでした。

  16. あるいみ ときのけんりょくによる国家的犯罪だろ 公益性かんがえたら ささいな人権いしきで たんとう弁護士が私感で あんなかいけんやったらだめだ

  17. 登場人物(企業)の「プライバシー権」を絶対視するとドキュメンタリー映画自体が成り立たない。ミゲル・リティンの『戒厳令下チリ潜入記』や原一男『ゆきゆきて神軍』などがその好例。しかも、捜査担当の警察官は公人だから「撮るな」「載せるな」と言う権利はない。ホテルの監視カメラ映像だって、犯罪を証明する重要証拠なのだから、強い公共性がある。映像はホテルの私有財産ではない。伊藤氏の映画自体の「公共性・重要性」を何よりも尊重すべきだ、と思います。

  18. 今回、阿部さんの配信で該当刑事が伊藤さんに交際のアプローチをしていたことを知り大変驚きました。一方、伊藤さんが20日の記者会見をドタキャンしたことを阿部さんはどう思われますか?

  19. 刑事さんやタクシー運転手さん等の方々の現在が居た堪れない事態にはなっていないのか。。とは心配してしまいます。

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