この動画は過去の忠臣蔵関連の動画を再編集し加筆を加えた動画となります
第一部 刃傷松之廊下https://www.youtube.com/watch?v=NeeL0ooiytU&t=1284s
第二部 討ち入り決定までhttps://youtu.be/tHoqpdfMhHw
近現代史解説はこちらhttps://www.youtube.com/channel/UCVht-Wpbj9TySbUyzb4f7UA
Twitterやってます httpd://twitter.com/tera_sen
※この動画は東方Projectの二次創作であるゆっくりキャラを用いた解説動画です。またキャラ素材【ゆっくり魔理沙改】の改変素材を個人的に作成、使用していますのでご了承下さい
#赤穂事件
訂正とお詫びです。全編に渡って浪士たちの協力者の儒学者細井広沢をホソイヒロサワと発音しておりますが、正確にはホソイコウタクになります。改めまして訂正しお詫びいたします
お久しぶりに伺いました。
現実の元禄赤穂事件、そして創作物としての『忠臣蔵』とは我々日本人にとって何だったのかと改めて考えさせられました。
某忠臣蔵の登場人物の心情を謡うナレーションで、
「武士の面目を立てるとは、かくも辛く惨いものか・・・」
という下りが思い出されました。
思わず涙ぐんだのは、私だけではない筈だ。
わかっているんですけどただの美談ではないのは…でもなんか涙が止まらなくなります…
超大作をありがとうございました。感謝いたします。
数年前知り合った方のご先祖さまの伝記というものを借りて読んでいたら、そのご先祖さまが中国人の末裔である赤穂藩士の渡辺尹隆と漢詩を交換するなど交流し、と書いてありました。どっかで聞いたことあるな、と思って調べたら武林唯七の実兄じゃないか、と驚きました。兄弟そろっての討ち入りを志願したけど、老いた親の面倒はどうする?と大石に諭されて兄は親への孝行の為に残り、弟は主君への忠義の為に討ち入り。そのような事情も知られて、討ち入り不参加であったにもかかわらず、渡辺尹隆は世間からも浅野本家からも好意的に見てもらえた人物だったという。
全体の流れが分かって来て、とても面白かったです。今でも解らない事が沢山あるとのことでちよっと驚きました。
有難う御座いました❤❤❤❤❤
旧赤穂浅野家中による吉良上野介義央殺害事件は武士と武士の戦いではなくあくまでもテロ事件ですね
だからこそ泉岳寺までの道のりも江戸市中を避けて永代橋から海岸沿いに向かいました
もし両国橋を渡っていたらすぐに江戸市中なので捕縛または殲滅されていたかもしれませんね
忠臣倉というけど、"忠"というより自力救済の"血讐"がウケてるんだよな。元の事件と浅野の忠義に値するか否かよりただ復讐にフォーカスが当てられる。
事実と創作の分かりやすい説明があり時間を忘れるほど楽しかったです。
三部作お疲れ様です。ありがとうございました。
19:02討ち入りの時の服装で堀部安兵衛は高田馬場の決闘の助っ人の時に帯を切られて苦戦したので帯を切られない様に帯を鎖を入れる様に助言して居る。
分かっている事から考へると、吉良上野介は
なんで私が?!といふ気持があったかもしれませんね🎉🎉🎉🎉🎉
2年経過して追ってきた部下たちが本懐を遂げたのを内匠頭は喜んだだろうか?
それとも、松の廊下で一発でキメれなくて「手間掛けてすまん!」だったろうか?
うぽつです。江戸時代が好きで、特に五代将軍綱吉の時世が大好きなので、新ゆっくり忠臣蔵を楽しく拝見できました。自分は源頼朝が創建した某神社の職員ですが、境内に徳川家康から贈られた灯篭があるので、大石内蔵助が鎌倉から江戸への移動中に当社を参拝したのではないかと思いを馳せたりしました。
ドキュメント解説ありがとうございました。
吉良左兵衛が若くして不遇な最期になったのは知られていますが、その他生き残った吉良家の人たちはどのように落ちのびたのでしょうね。
一部には「みすみす寝込みを襲われ大殿の首を取られたのだから厳しく処罰すべき」との意見もあったようですが…。
周囲の武家屋敷が見て見ぬふりをした、というのは事実だろうなぁ
忠義とか面目とかはよくわからないが、これだけの難しいビッグプロジェクトを見事に成功させた実務能力の高さに感心する。成功しても待つのは切腹であり資金面でもその他の面でも難問山積みの中、よくぞ成し遂げたものだ。
吉良邸討ち入りに参考に成った江戸時代最大の仇討ちで有る、浄瑠璃坂の仇討ちの解説をお願いします。
待ってました(*^▽^*)!!!
里見浩太朗の忠臣蔵で赤穂浪士の処分で口論と成ったが助命派の林大学頭は3代目水戸黄門で切腹を主張した荻生徂徠は2代目水戸黄門だった。
平安中期から始まった武士という存在の、一つの到達点だったのかと思う。
忠臣蔵って大まかにしか知らなかったけど、とても面白い動画だった。
周りの大名家の皆様も応援するって、むしろ吉良さんどんだけ嫌われてたのよ。吉良だけに・・・。
お疲れさまでした!
浅野側を必ずしも肯定せず、だからといって吉良名君論という逆の極論へ走るわけでもない。
個人的にはこのように赤穂事件を中立的にとらえてくれる動画を待っていました。
三部作、非常に面白かったです!!
忠臣蔵はあまり詳しくなかったけどエロゲーで興味を持って、めちゃくちゃ好きになりました。
細かい解説ありがとう!
不忠臣の一人、藤井宗茂の息子は饗応役を放棄した旧主、主君を諫めずお役目の費用を削った父、忠誠心を弄ぶ様な判決を繰り出した幕府、自分たちを不忠臣と嘲る世を憎み、100年早い尊王運動に身を投じて処刑されることになります。彼の子孫もまた岩倉具視と共に維新に関わり祖先の恥辱を削ぐことに。
なんか、感動してしまいました。とても素晴らしい内容でした。
歴史は勝者などが捏造改ざんしてるのが普通で、古事記や日本書紀ですら信用に値しないので
どれだけ真実が含まれてるかは全くもって不明瞭
いまだに後世の人間が好きなように歴史を歪曲してる
だがしかし日本の場合は幕末以降は生きていた人間からの書物や公言が残ってるので、多少は信じられる感じ
と言うのがリアルだろう
世界を見ても歴史のほとんどは大嘘だと考えるのが正しい、でも欧州の歴史なども上手く歴史を繋げていて非常に面白いのも確かw
キラ「守りたい世界があるんだ!」
これだけ多くの討ち入りが行われる気配が感じられる中だった事を考えると幕府はわかっていて見過ごしたと言う気がする。
むしろ討ち入りを応援してたのでは?と言う気持ちすら感じられるもしそうなら忠臣蔵は手のひらで転がされた結果だと思うと悲しいね。
むしろ完全に油断してたのは吉良側のように思えるなぁ。、
吉良供養なんて漫画出した人いましたね。
江戸城で刃傷事件を起こした罪人の仇討ちって、本来なら重罪どころの話では済まない事件なんですけどね。
高提灯で支援した細川家なども連座処分されてもおかしくないのだけど、当時の主従関係とか世間体とかホントに面倒くさいですね。
仮名手本忠臣蔵で、稲荷前という大部屋役者だった初代中村仲蔵が自分の演出で、幕間の浪人役で大当りして看板役者になりました。
「ん~~五十両〜〜!!」
いやあ見応えがあった。
参考になれば:井上ひさし著「不忠臣蔵」は討ち入りに参加しなかった赤穂浪士の十数人のなぜを描いた小説が面白いです。
もっと長くてもいいくらいにあっという間にみてしまうほど夢中になって視聴させていただきました
詳しい動画ありがとうございます
義って言うか、浅野が明らかにヤバいやつだったからね。自分の家の事を考えれば、吉良なんて適当に扱っとけば良かったものを。
アレで改易になっちゃってるし。息子も旗本に復帰は出来たけど、恩赦でさ。それまでずっと日陰の生活してて。忠臣蔵に関しては
愚かな殿様は長には不要って自分的結論。家全体みんなを不幸にするよ。
だいぶ昔に吉良側視点の討ち入りを取り扱ってた「知ってるつもり」という番組で見た覚えがある。
仇討ちというけれど、切りかかったのは浅野の方だし、老人に不意打ちしたくせに討ちもらすわ、切りかかった理由も「この間の遺恨、覚えたか」としか言わなかったから不明、家臣にしてみたら「なにバカなことやってんだよ」といったところだっし、討ち入りした大石たちも仇討ちの理由が分からないまま終わった事件だった。
どちらかというと、支配階級の武士が世論を無視できず、道理と武士道と世論の狭間で取り扱いに苦慮し、討ち入りという結末に繋がった事件として取り上げていた。
重症を負った吉良義周は配流先で、骨まで達した怪我の後遺症に苦しんで早世した一番の被害者とされてた記憶がある。