妍子が産んだ娘が藤原氏の栄華を終わらせる 禎子内親王の生涯【光る君へ】

妍子が産んだ娘が藤原氏の栄華を終わらせる  禎子内親王の生涯【光る君へ】



道長に落胆されながら生まれてきた禎子内親王ですが、道長はその後、円融、冷泉皇統の結合の象徴として、彰子の第二子である皇太子 敦良親王に入内させます。
2人の仲は良好で、後の後三条天皇も生まれますが、頼通は、皇統分裂の方を恐れ、禎子内親王親子に露骨な迫害を加え始め、禎子内親王は30年近くにわたる忍耐の日々を送りました。
ですが、後冷泉天皇には子が生まれず、頼通が最も恐れた後三条天皇が即位し、禎子内親王は彰子に代わって国母として朝廷のトップに立ち、頼通への積年の恨みを晴らし、摂関家の栄華を終わらせました。
今回は、亡き三条天皇の無念を胸に、頼通と戦い続け、晩年には孫の白河法皇とも激闘を繰り広げることになる禎子内親王の戦いの生涯について紹介します!
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参考文献
榎村寛之『女たちの平安後期―紫式部から源平までの200年』
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美川圭『白河法皇 中世をひらいた帝王 』
https://amzn.to/3AFWXZ8
河内祥輔『日本中世の朝廷・幕府体制』
https://amzn.to/4hOmiAQ
美川圭『後三条天皇: 中世の基礎を築いた君主』
https://amzn.to/40Ko9k5
服藤早苗『藤原道長を創った女たち』
https://amzn.to/48J0IZT
本郷恵子『院政 天皇と上皇の日本史』
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https://rekishock.com/

【画像引用】
大河ドラマ光る君へ公式サイト
https://www.nhk.jp/p/hikarukimie/ts/1YM111N6KW/

【目次】
1:28 禎子内親王の出自
8:15 摂関家との対立の始まり
14:12 国母としての禎子内親王

#光る君へ #禎子内親王 #妍子 #三条天皇 #大河ドラマ

15 comments
  1. 一回観では判らないぐらいの内ゲバをし倒した結果、藤原氏の栄華が潰えるとはw。

  2. 20:42 そして白河法皇の院政によって源氏や平氏と言った武士達が摂関家より優遇されやがて力を持った彼らが天皇や公家に取って代わる事になる。

  3. 禎子の娘・娟子内親王は能信の妹・尊子の
    息子と駆け落ちした後に許されて結婚しています

  4. 白河天皇が中継ぎだったとは知りませんでした。堀河天皇は、安定し立場ではないと聞いていましたが、まさか、これほど不安定だとは知りませんでした。

  5. なかなかに錯綜した人間関係で、一度見だけでは理解が難しいです。道長が妍子の女児誕生にがっかりしたというのはよく聞きますが、動画内で言われていたように、円融冷泉皇統の結合の象徴という画期的な存在でもあるのですね。道長がそれを大いに喧伝し利用したであろうことが容易に想像できます。娍子から生まれた子供達との格差の大きさ、三条天皇の溺愛ぶりなどからも好調な人生の滑り出しに見えます。頼通が彼女の子ではなく、嬉子の子で皇太子の親仁親王を大事にしたのは、尊仁親王は姉の子とその息子であり親仁親王は妹の子であるという直接的血縁の近さもあるように感じられます。いずれにしても幼少期とは違い、能信と共に反頼通で抵抗する禎子は、かなりガッツのある人物だと思います。頼通の後宮政策を見るにつけ、一帝二后の制度は政治を司る側の意志によって、大いに悪用され得るものだと改めて感じます。後朱雀天皇崩御後も后の地位を保ち、最終的には彰子を上回るほどの国母となったのはすごいと感じますが、その基盤は父母祖父からの莫大な財力に起因しているからであり、やはりそこが藤原氏の底力でもありますね。

  6. 彼女の娘が斎院と斎宮になってるのは頼通陣営の嫌がらせに思えてならない。
    都に程近い斎院はまだしも、斎宮に任じられる女性は平安中期以降になると、当時天皇が幼少で即位するケースが多くて天皇の実子が少ないのは当然だが、天皇の同母姉妹とか天皇と血が濃いケースは少なく、身分の低い母から生まれた異母姉妹なら良い方で、天皇と従姉妹とか、はたまた、簡単に説明出来ない薄い血縁であるケースは割りと多い。

    伊勢(実際の斎宮跡は多気郡にあるが)まで尊い血筋の皇族をやりたくないのが透けて見える。卜占なんぞ都合の良い解釈すれば良いだけだし。

    にも拘らず成人の天皇とはいえ、その娘、それどころか皇后の生んだ皇女が斎院だけでなく、斎宮にも。2人の娘を引き離し、皇后を心細くさせるとかの目的なんだろうね。

    斎宮博物館で彼女の娘の良子内親王が斎宮になって伊勢へ下向する話を映像化してたけど、今もしてるのかな?

  7. 光る君への関連の動画なのにちょいちょい白河法皇の画像を伊東四朗使うの草 作品ちゃうやん。

  8. 道長の政治能力を一番受け継いだのはこのお方だったのかも 自分の孫に当たる 白河上皇が想像以上の怪物だったとは 思いもよらなかったよね

  9. 激しい皇統争いだか、みんな血族親戚関係だから外から見たらタダの内部紛争にしか見えなかったのでは?

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