元日本テレビアナウンサー 永井美奈子とテレビの記憶を語ろう!④<日テレどん底時代!新米アナウンサー時代の記憶>

元日本テレビアナウンサー 永井美奈子とテレビの記憶を語ろう!④<日テレどん底時代!新米アナウンサー時代の記憶>



元日本テレビアナウンサー 永井美奈子とテレビの記憶を語ろう!④<日テレどん底時代!新米アナウンサー時代の記憶>

元日本テレビアナウンサー永井美奈子さん、日本テレビ入社当時の話に!

80年代後半の日本テレビがどん底時代に入社した永井さん、フジテレビと比較してアナウンス部もシーンとしていたことを覚えているという。

2年目に入り、ニュース原稿を読むのが下手で出演番組が無くなっていく中、さまざまな番組を見て人気の原因を分析し、アナウンサーとしての趣味レーションをしていく。

そんな中、出演した「ジパングあさ6」が転機になたった理由とは・・・

永井美奈子さんがアナウンサー新人時代の思い出を語る、テレビの記憶トーク第4弾!

【みんなで当時のテレビ番組表からテレビの記憶を思い出そう!】
テレビ番組表はこちらから!
↓↓↓
https://kioku.tv/#Guide

【みんなのテレビの記憶とは?】
子供の頃、親に泣きながら見せてほしいと懇願したテレビ。
思春期にアイドルを好きになりドキドキして放送時間を待ったテレビ。
大人になるための一歩一歩を教えてくれたのもテレビでした。
2023年に70歳を迎える日本のテレビとは何だったのか?これを表すのは『みんな一人一人のテレビの記憶』を集めるのが一番いいと考えました。それもそれぞれを作った人と見ていた人両方の記憶があれば!
戦後間もない日本で生まれ高度成長期、安定期、停滞期の日本で作られた数十万、数百万のテレビ番組の記憶を残す。
「人が作ったものが人の心を動かした」ことの意味を集合知として後世に残していくプロジェクトです。

「みんなのテレビの記憶」主宰 土屋敏男

▼「みんなのテレビの記憶」オフィシャルサイト
https://kioku.tv
–あの時のテレビ番組表を見てみよう!
https://kioku.tv/#Guide

8 comments
  1. 前の動画にもコメントしましたが、1990年辺りは私が高校生で早起きしなければならず、朝食を食べながらジパングを見ていました。麹町局舎1階・ガラス張りのマイスタをベースに、OPは自ら外に出て天気やいちばんのニュースを話して、タイトルバックの15秒?の間にスタジオに駆け込み息切れもなしにいきなりヘッドラインを読み始める…今でもこうやってすぐ文に起こせるほど記憶に残っています。それこそ佐藤Pや徳光さんなどズームのチームが組み上げてきたものを、地方発の部分を外す代わりに首都圏の情報をうまく組み入れ1時間(20分×3?)にまとめ、それを女性陣が(スポーツは流石に男性アナでしたけど)仕切っていくという。私の場合その頃通学時間の関係でズームがほぼ見られなかったので、ジパングは見ていて楽しかったしとても有り難かったです。
    その系譜が時間が早まったとはいえまだ続いている(おはよん→現在は男女アナ混合チームですが)のは、当時日テレ系を見て育った人間としてなんか頼もしいし誇らしい(視聴者なのにw)です。で、永井さんゲストの動画ってまだまだ続きますよね?マジカル・24HTV・お笑いウルトラ等々訊きたいことがまだまだ山のようです。次回更新、楽しみに待ちますね!

    そうそう、ジパングといえば関谷アナの石鹸工場爆発事故。もし現在の機材体制(超小型カメラやドローンカメラなど)であれが起きたら、どんな画になったのでしょう。

  2. 永井美奈子さんというと 「サウンド・ルーフ(のちにサウンド・パーティー)」の印象が強いです。「歌のトップテン」が終了後、夕方に放送されてた歌番組。

  3. 永井さんを初めて知ったのはアメリカ横断ウルトラクイズのコンピューター予想でした😊

  4. 永井さんを筆頭に日テレは魚住アナ、大神アナ、西尾由佳里アナと佳いアナウンサーが多かった🎤前の動画にも書いたけど、どうしても言わずにいられないのが、今も永井さん綺麗すぎる✨

  5. 土屋プロデューサーと永井アナウンサーがタッグを組んで日本テレビっぽい楽しい番組見たかったです!

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