#青空文庫#短編小説#朗読#室生犀星#女声
*作品紹介*
「週刊朝日 夏季特別号」1926(大正15)年掲載~青空文庫より
阿闍梨とは師範たるべき徳の高い僧のことです。
下野富田の村の山寺の阿闍梨様は、質素で慎ましやかな暮らしぶりでありました。しかし、ある日、ある一人の美しい童子を連れ帰ったのでした。
その童子が来て以来、すこしづつ阿闍梨様の様子が変わっていきます。
そして童子は病に倒れてしまうのでした・・・。
どうぞお楽しみください。
朗読アラモードの海斗南 です今回お送りしますのは無再生作アジリ です人々の尊敬を集めていたアリ様がある 日1人の同時を連れてまし たその美しさは人々の目を引くものでし たアジリ様と美しい同時のお 話早速始め [音楽] ましょう無再生 作あじり 下富田の村のきよという女は海安前時に その時の様子を話して聞かし た私が峰のお寺へ参るのは一年に2度 ばかりでござい ます春早く雪が消える頃と秋の終わり頃と でござい ますこれは私の家のお着でございまして その檻には式に食べるお時を小物に担がせ 腐らぬ漬け物などを用意してまいり ます峰のあじり様はその度に私一家のため にごまproblに座りながら1年の最悪 を覗いてくださるのでござい ます峰のごぼ寺はご存知でしょうが雨風に 荒れてはいますが一度お参りをした後は さっぱりとした良い心持ちでござい ます私一子はご覧のように12人で暮らし ておりますが先祖から五ぼを信じているの でござい ます五ぼの前に池がありますが先祖はあの 池で山芋を掘りながら珍しい黄金の輪を 拾ったと伝えておりますゆか未だにご遮音 の心遣いでお参りに上がるのでございます 畑に出ておりましても峰の方へ向こうては 知り向けぬようにいたし息子らもそれを 守っておるのでござい ます峰のあじり様は去る勇しある勇子で あられたそうですがあまり村里へはお下り ではなく谷合の松を渡る風の音や珍しい草 を集めなどしてわずかなおきでその日その 日を送っておられたのでござい ます月の15日には村の家家ののきに立た れ頭胸されていかれますがそれとても朝 早く日の出の山道の奥湯に恩ががしっとり と膝の辺りまで濡れておられますが村里の 道に朝日のさす頃はもうお引き上げになる のです の人々は15日の前の晩に色々のお時を 集めてはそのお帰りの時に進めるので ございますけれどそれとてもほのお持ちに なれるだけしかお下げになりません集まっ たものも虚しくその半分は街の外れの辻道 に捨ておきになるのでござい ますあじり様がこの村を大回りなされた後 は村の中もなんとなく穏やかで人々は機嫌 が良く子供らも泣かずに静かでござい ますそれゆえ人々はあじり様の清い横が村 に行き渡るような思いであじり様をおろか にするものは1人もございませんそれに 野良犬の類いまでいつの間にか峰のごぼう 集まりわずかなあじり様のお時にありつい て生きていると言われているでござい ますあじり様はもうごを出ていらっしゃい ますが見たところしっかりした体つきで眉 の上に大きいほを持っておられますが ポンプの私どもはその大きいほが何とも 言えぬほど恩優しいお心の歩道を表して いるようで見ただけでも笑ってお話し できるような気がいたすのでございます 春お時を持って出ました時にはじ様は日の 当たる自領に山ゆりの根を掘っていられ まし た私はまだ雪の残る山々の景色を眺めたり し てあじり様はこのような山寺にお住みなさ れてお寂しいことはございませんかもし村 へお住みになるお心が終わりでございまし たら地面もありますことゆえいりを結び なされてはいかがでござい ます私はこう言いまして心の中であじり様 が村へお下りになれば良いと思っていたの ですわしはここでたくさんですわしは長い 間ここにいるので村や町にいると一緒に 思うて いるこうして山ゆりの根を掘り当てるのが 楽しみ じゃそう申されて根を掘っては楽しそうで ございまし たけれども冬の間にもしもお風を召しても それが私どもにわからないといたしますと 誰もご解放いたすものもございませ んいやそれならご心配くださるなわしは 長い間体を鍛えているので風など引きそう も そう笑いながら申され白い山ゆりの壁を いくつも掘り出されまし たそれをみつほど私の手に乗せられこれは わしの心じゃお持ち帰りくだされと言われ まし たあじり様は秋にはユを埋め山芋もを埋め ておかれ冬それを掘り上げてお上がりに なるのだそうでございます その他南向きの山の温かい石の影に時知ら ずのわらびや全米あびの根を植えそれを冬 の間召し上がるので少しも不十はしてい ないと申さ れ米はあなたがお持ちくださるからその方 の心配はなしわしはこうして静かに暮らす のが何よりの楽しみじゃ冬もは夏の間に 寄りん菜屋 見たからに私どもと違った清々しさが伺わ れるのでござい ますそれに寺の中は荒れてはいても綺麗に 吐いてございました 炉のほりには谷川の水がふつふつ煮えてい てそのお茶をいいた時はあれほど結構なお 茶を飲んだことがないと思ったほどで ござい ますほだしで炊いたお湯ほど美味しいもの はございませ んあじり様は申されまし たわしがこうしていても山々の姿や木や 岩石に至るまで やはり人間の顔のように見えてくるから 不思議 じゃわしら人間はどんな見山に分け入って も一度人間として暮らしたことのあるもの はどこまでも人間を離れることのできる もの じゃそれゆえわしはこの山で毎日色々の人 と一緒に暮らしているも同様であなたの 心配してくれるさ厳しいことなぞはないと 言っていいくらい ですあそこの山にしろじっと眺めていると 人の顔になるだからわしは寂しいことなど は少しもないの だあじり様はそのように気楽ないかつい ごぼうなされぬ方でござい ますそのため私はどれだけお近づきのほど 深くしたかわかりませ ん常々在処で説教をお願いいたしましても 笑っては行もされまし たわしは説教謎できぬから2度とそう言う てくださる ななるほどそうおっしゃればあじり様のお 話をお聞きするよりものんびりとお笑いに なるお顔を見ているだけでもそれだけ 私たちの心がのびのびいたすのでござい ますそれからは村のものは誰1人あってお 説教をお頼みすることもなくなりまし た15日にはそれにもまさる穏やかなお顔 が見られたからでござい ますある冬の雪のひどい日でございまし た私の卓では毎年の持をつきましたので峰 のごぼへ守ってまりまし たその時あじり様は炉のほりにじっと座っ たきり柱に持たれて眠っていられ薄明かり がおせになったお顔の上にさしていて私は あれほど静かな人様の顔を見たことが ございませ んまるで仏のような様子だったのです 私は越しする気がなく立ったまましばらく お待ちしていたの ですそのうちお目覚めになり私に声をかけ られまし たついうとうとしていたのですよく こそあじり様は私を上へおあげになりまし たが私は冬中ああいう姿で眠ってお 様を思い浮かべまし た乏しいほがちらついているばかりで寒い 風が吹きとしの部屋でございまし た例えば土屋生子の隙間には雪の子が しらしらと板の間や畳の上に吹き込んでい ますがそれがまた何とも言えぬ生生した 感じでござい ますり様はいつもそうしてお休みになり ます か私はそうお尋ねしますと笑われた ままつい疑をしていたのですわしとても床 を取って休み ますがこの頃ほを耐えてうねするのが 楽しみになりまし たお寺の周りは新山の削りたった姿に包ま れていますよ 私は夜は温かにお休みなさるように行って 山を降りまし たきよはそう言って海安全時に茶を進め 自分も茶を飲み ながらそのあじり様に一大事が起こったの でございますと言っ た海前寺はこのきよという女は人の良い ものであるやよくありの世話をしてくれた ことを心よく聞いていたがふと今きよが一 大地が起こったと言った瞬間からきよの顔 にただならぬ表情が起こったのを注意深く 眺め たきよは四重すぎではあるがまだ体の上に 強い張のある元気があっ たカアは尋ねた そんな静かな暮らしに何事が起こるものぞ わしの考えるところによるとそのありこそ 大徳のひりと言っても良いくらい だ何走らず具に突きいらずわしは大手話し たいくらい じゃきよは手を持ってカアを制するように していった 善治様人間ほど分からぬものはございませ んそのようなり様のお人柄がにわかに 変わってしまったのでござい ますどういう風に変わったの じゃ聞よは改まっ て善治様がこの話をお聞きになりお気持ち 悪くおされては困りますがこれもご縁の橋 どうかじり様のお心のほどをみなされてお 聞き捨てのほどをお願いいたし ます私1人の考えでは何か悪いものに疲れ なされたとしか思えませ んそれともあるいは山々の何かのつき物と も思えるのでござい ますそういう聞よは新しく前時にお茶を 継いで静かに話し出し たちょうど春のお時を持って上がった時で ござい ますあじり様は今度越中のある某の招きで 100日の行に行かなければならぬその間 この山を留守をするゆえたまに寺を見回り くださいと申されまし たあじり様はいつお帰りでございます1日 も早くお帰りなさい ましそう私が申しますとあじり様はお笑い に なりここはわしの死場所のようなところで あるから本業の住次第に帰ってまいり ますそう言われて4月の終わり頃にお山を お立ちになりまし たやっとあみの目が吹いたばかりの 春浅い世の景色でございまし たわしの帰る頃はもう夏のさ中で あろう早くお帰りなさい ませ私を始め村里のものはそう言ってお 見送りをいたしまし た追いずる1つを二て行かれた後に野生犬 が2匹連れ立っていきましたがそれも国境 で戻ってきたと見え夕方には村に着いて おりまし た前時様あじり様は8月にお帰りになり ましたがあじり様の後ろに見慣れぬ1人の 同時が伴っておられまし たその同時の美しさはこれまで見たことも ない美しい方でした まるで女と申していいでしょうかそれとも 同時と言っていいでしょう かお色の白さはたんぽぽの茎から出る父の ようで弱々しくて優しい色でございまし た目の綺麗なこと日の明かりに空いた耳の 赤かったことそれに手や足は玉のようだと 言ったらお笑いになるかもしれませんが昔 のち様のように美しいのでござい ますあじり様はただ一言拷問されまし たこれはわしの弟子で連れてきたのです からわし同様に愛しがってやって ください同時は紹介されて女のように顔を わかめあじり様の追いずるの影に重く 隠れるようにしてちょっと頭を下げられ まし たその愛しさ美しさ優しさは何と言って いいかわかりません女の私ですらうっとり としたくらいでござい ますあじり様もこれから後は少しはお楽に なりましょう良い同時をお見つけになり まし と申しますとあじり様は常になくお喜びに なりいいとおへ上がりになりまし た私はその後ろ姿を見ていながら世にも 美しい同時のいることを初めて知りまし たあじり様の同時を愛しがられることは 一通りではございません 前上がったものはいつでもあじり様の傍に 同時が座っておられること世にもたいなく お腹の良いことを言っていまし たそのうち同時は山住してから日に焼け ながらあんずのような美しい頬になり見る からにお丈夫になられまし たただ不思議なことは月の15日の業には ただの1度もお連れになったことがござい ませ んそれがどういうわけだか私にはよく わからないのでござい ますそれゆえいつだったか私はあじり様に お尋ねいたしまし たあじり様はどうして同時お連れにならる のでございますか道も遠くお不でござい ましょうに しかしあじり様は別に何ともお答えが なかったのでござい ますお物の思いもでもご自身で担ぎなされ 同時に追わせられたことがございませ んそればかりではなく同時がお山へ来て からただの1度も村里へ降りていらした ことがなく見たものさえいないくらいで ございました それゆえ私もつい同時のことを尋ねること もよいたしませんでし たなぜかと申しますとそのことに話が向く とあじり様は何か悲しそうになさい ますお顔がいつになく曇って参りような気 がいたすのでございますそれゆえ私始め村 のもらもただ1人として同時のことをお 尋ねしなくなりまし た秋の終わり頃に霊によって私はお山へ 登りまし たそして同時がわずかな間に道がいる くらい大きくなられたのに驚きまし た足や手は大きく強そうでお顔の色も 初めていらした時とは違って立派になり ました あじり様は同時に茶をくましたりして大変 楽しそうに見えましたがどういうものか これまでのようによくお話をなさるという ことが なく私が訪ねていったことをおいになる 様子が伺えまし [音楽] たいいえそれは私の気のせいではござい ません物をお尋ねしてもなんとなくお返事 がもうそうに見受けられるのでござい ますそれゆえ私はいつもならばゆっくりと お話を伺いするのでございましたけれど すぐ下山することにいたしまし たそれでもあじり様は山の中腹まで見え られ何か気にすまげな顔色で太んなことを 言われまし た何もおしませんでした来週はまた早くに お待ちいたしており ますそこで私はこうもしまし たあじり様ご機嫌よくお暮らしなさい まししかし下山しましても私は同時のこと は誰にも言いませんでし たがその頃気のついたことはあじり様は月 の15日になっても村村へ度胸してお回り になることがなくなったのでござい ます雨風の激しい時でも欠かしたことの ない本業教がもう村では聞くことができ なくなったのでござい ます私は村の人たちにこう言っておきまし た来月こそはきっとおいでになるに違い ありません しかしその年の冬中はただの1回も村へ 降りていらっしゃることがなかったの ですそればかりではなく年の初めに山へ 登ったものの話ではお寺の中はあれ次第で ぶわさび口庭や廊下には見る影もないくれ のハウのに任してあることが分かりました そしてあじり様は朝晩の本業も怠りがちで 山月もあってその声を聞いたことがないと 申しそういうことはお山では珍しいことだ と言うておりまし た私はその頃やっとあじり様のお心のほが 分かりまし たこれはきっと美しい同時に心を奪われて いるからだと思いましたが 村人もそれとなく気がついている らしくあじり様を憎むよりもなんとなく 同時を憎む人々が多かったのでござい ますああいうかわいそうな同時を肉抜きに は私はどうしてもなれませ んこれは同時が悪いのでもなく私は仕方の ないことだと諦めるようになりました 善治様そう諦めるよりも他にしよがない じゃございません か村では同時だけをどこかへ連れていっ たらいいだろうと寄りよて話しました けれど私はそれに反対をいたしましてその ままにしておいたらいいだろう気のつく時 があるに違いないからとこもしていたので ございます そのうち寒い冬も過ぎ春になり私は小の 1人をぐしておえやがりお参りをした後で あじり様にお会いしたのでござい ますそしたらまあなんという変わり方で ござい ましょうあんなにも美しかった同時は病の とについて痩せがられていられ同じくやれ たアジり様がその枕辺に座っておられまし た私はあじり様のあのように心心と悲し そうな顔を見たことがございませ んまるで枯のようにおやせになっていたの でござい ます同時は布団の間から小さい闇ほけた卵 のような顔を出して熱のある美しい目で しばらくのまもあじり様を見つめておられ まし た私はその同時の目を見ている時に同時が どんなにあじり様を信じているかという ことを感じまし たわしはこれが悪いので何事も楽しいとは 思いませ ぬア様はただことそう申されただけ ですちょうどまだ冬に入ったばかりから やみついてだんだんに悪くなる一方 です私はあじり様に物語って医者を迎える ことを図りまし たあじり様は喜んで私に万端のことをお 頼みになりまし たしかし同時は細い声でけなげにもこう 言って頭を振りまし たおそう様私はお医者を迎えて欲しく ございませ んただおそう様のおそばにじっとしてい たいの ですそれに私は自分で生きることを考え られませ んきっと夏にならぬ間に私はこの世にはい ないだろうと思い ますあじり様はそういう同時の頭を撫で ながらわしはお前の良くなることを考えて いるそのような悲しいことを言うてはなら ぬ昨日に比べると熱も下がったようでは ない かそう申されましたが同時は白い歯を 笑わして弱々しく笑いました 私は何としてもダメでございますそれより もお思そ様私に早く水を組みください ませ よろしいあじり様は立って谷川へ水を組み に行かれましたがその間中同時は目を閉じ てじっとしていまし た私はと同時にこう尋ねてみまし た同時様あなたは死にたいと思いますか 行きたいと考えます か私にそれを教えてください まし同時は笑って答えまし た私はどちらも好きでございますがこの ように体が弱りましては生きても何にも なりませぬそれよりも私は静かになりと ござい ますその静かになりたいという心が私には 珍しい同時だと思わせたの です同時様あなたをお思想様をおしになり ます か私がこう尋ねました時同時は赤くなって 答えました おそ様は私の父でございます もの私はありの愛しさに同時の白い額を 撫でさすりまし た同時は静かに目を閉じておられ ます私も女でござい ますあのような年同時にああいう優しい心 が備わっていようとは思いませんでした 私は同時の胸の辺りをもさすってやりまし た不思議に私の心には何か母親のような気 が起こってきたのでござい ます当時よあなたは幸せになれます ねあなたは今よりももっと良いところへ 行かれ ます私は 同時が笑って答えるのを聞きまし た本当でしょう か本当ですと もそのうちにあじり様は谷側の水を組んで きて同時に器物に移して与えまし た同時はその新しい水をうまそうに 飲み干して長い息をしました あれほど谷側の水というもののその清さ 冷たさを感じたことがありませ ん日暮れに私は下山をすることになりまし たアジリ様同時はきっと良くなるに違い ありませ ん私がこう言ってもあり様は重く頭を振っ ておられまし たわしはもう治らるものと諦めており ますお気を強くお持ちなさい まし私は同時にも別れを告げきっと良く なりますそしたらおばさんはそなたの好き なものを求め来てあげようぞと言いますと 同時は細い手で私の手を握り美しい目で私 を見つめまし た秋に参りますまできっと良くなって いらっしゃい私が同時に声をかけたのが これが終わりでございまし たまだ秋にならぬ間に同時は亡くなったの でござい ますしかしあじり様は村の人たちへはその ことをしらさないでいたのを山のものが 見つけたのだそうでござい ます山の者の言うところを聞きますと あじり様は夜となく昼となく同時の死体の そばを離れず取り乱して嘆いておられまし たそればかりではなく一向おいをする様子 も見えませ ん私は同時のおいのために色々心で考えて いたこともございますがお知らせがないの でそのままにしておいたのでござい ますちょうど同時が亡くなりましてから7 日目に年代知っております山月が私の家へ を運んでまいりましてそしてあじり様が世 にも恐ろしい槍様でおられることを知った のでござい ます山月はこう物語りまし た私はお寺いつもの焚を持ってまいります と奥から誰も答えてくれませんのでそっと 奥の間を覗いてみたのでござい ますするとあり様は同時の死骸に取り すがって泣いておられ ますその鳴き声は人間の声と思われない くらい です陰陰として寺の中を響き渡るので ござい ますしかも同時の死体からは嫌な腐れた 匂いがして到底その周期には立っておられ ぬくらいですのにあじり様はその頬や唇に 自分の方や唇を触れそしては悲しげに注い でおられ ますあれほど美しかった同時は見る影も ない槍様で目も泣かれており ますあじり様は同時よ同じよと呼んでは 死体にかじりついていられ ますその時私はクにあった火の晩の鈴に頭 を触れたので驚いての隙間から身を引こう としました時にちらりとあじり様は私の方 を見られまし たその顔はこれまでのあじり様とはまるで 違った色青ざめ目のくぼんだ青鬼のような 顔に変わっておりまし たしかも口の辺りには腫れ物ができている ようなガサガサな色と必のようなものから なりじっと私の方を睨みまし た私は慌ててどを飛び出して山から降りて きたのでござい ます私も長い間山風にはいたしておりまし てもああいう恐ろしい顔を見たことが ございませんこの世ながらの地獄を盗みみ たような恐ろしさでござい ますそれにお寺の近くへ参りますと草を 動かす美風の間間に同時の腐れた周期が 漂うてくるの ですわしはもうお寺の金の音を聞いただけ でも恐ろしい矢じり様の悪草を忍ばずには おられませ ん私の考えるところによりますとあじり様 は悲しみのありまた同時の可愛さのありに 気が狂うたのではないかと思い ますあけくれあんなに愛しがっておられた ゆえ私としても無理ないことと思い ます晴れた日に同時を連れたあじり様は いつも山の道のないところで山いちごのみ 秋はあけびを積んで食べておられました ゆえ同時の亡くなったことはどんなに あじり様の気を狂わせたかもわかりません しまいにあじり様はああいう同時の腐った 死体をどうなさるつもりでござい ましょう山月はそう言うと目にあじり様の 姿を思い浮かべたように愕然と身震いをし て見せたの です私は山月の言うほどでもないと思い ましたもののともあれ度山へ登って様子を 見ておこうと思うたのでござい ます山の上はもう空風がざめていつもと 違った何か陰気な寂しさが込められている ようで草のほのそぎもなんとなく薄味悪く 思われまし た寺を尋ねますと私は驚きと恐ろしさの ために率しそうだったのでござい ますそれはあり様が炉のほりで骨だらけの 痩せたお姿でじっと何か考えておられたの でござい ます温度も破れてその衣の間に草のそぎを 感じるような気配さえあったのでござい ます同時みますとその姿はなく生えの 飛びかうハとのみがありに凄まじくいたし ているの ですあじり 様私はとあれそう呼びかけてみまし たあり様は私の方を振り返られました がその目つきは山月の申したように人間の 目つきの優しさを持っています ましてこれまでのあじり様の優しさは なかったのでござい ますこちらをお向きになりなんじゃと言い になりまし た私でございますお忘れでございます かしかしあり様はそんなことは特にお忘れ になったのでしょう 何をできた かそう言って今にも飛びかかるような身構 をなさいまし たその姿は犬や狼のような身構でござい ましたから私は身を引きながらこう尋ねて みたのでござい ます同時はいかがなされたのでございます とするとあじり様は急に気づいたように 立ち上がり大声をあげてお泣きになり そして今度はまた私へさっきと同じ 飛びかかる身構寄せられ て同時はお前が連れていったの だろうそう言って急に飛びかかってきまし たが私は気を失うばかり驚いて小物に 背負われて下山いたしたのでございます それから今日まで村人は山へは近づこうと はいたしません人さえ見ればそれに 飛びかかり誰言うとなく人鬼だということ を言い合いまし た人間はどう変わるかわかりませ んそういうわけでございますから毎年のお 時もそれきりにしておいてあのですが今は 何を召し上がっているか私にもよくわかり ませ ん村人の話では同時の可愛さのあまりその 肉を食うたのだと申しており ます海暗前寺はその話を聞いてしばらく目 をつぶってから実はわしはそのありに会っ てきたのだ ありはもうとっくになくなっていると言っ たきよは驚いてどうしてお亡くなりになら れたのですと尋ね たカア前寺は笑いながら行っ たこの村へ着く前に山越をしてくると一家 の寺が見つかり紐くれていたゆえ一夜の宿 をこうたのじゃ するとありがいたがまるでそなたの言われ た通り炉のそばに座ったきり動きもし ないその膝の上に1つのシャリ神戸を持ち ながら生きているのか死んでいるのか わからぬ不であっ たその時わしはふと同時の着物らしいもの を壁の上にあるのを見て このありは同時をしって心狂っていたのだ なと思うたの じゃわしはこう尋ね たあじりよ何を悲しんでいるの だしかしあじりはわしの声が耳に入らぬ ようにかのような細い声で何か言っている ように思われ再びわしはあじりよ迷うて いるなと言っ たするとありは少しばかり動いたようで その目に少しばかりの生きた色が出てきた の じゃ辺りは畳の上にキノコが生え草のつが 放ているばかりでなく血をはう虫までがい たわしはその時このありは生きてはいない と思った なぜかと言えば1時間余りというものは 少しも動いたことがない から動いたと思うのもわしの気のせいだっ たの じゃ迷い抜いた魂がまだ体に残って いるわしは前場を上げてあじりの肩を打っ たのだ と頭は砕け衣に包まれたままの骨だらけで あっ たわしは再び杖をあげた時にはその骨と衣 との間から一匹のコギが生い出したことを 知っ た名よもうありはなくなって いる前時はそう言って高々と笑い出し たきよは初めて仏の間に火を灯した
みなみさま室生犀星著「阿闍梨」朗読ありがとうございます。拝聴させていただきます。雨月物語の「青頭巾」のような作品でないように。と願います。
いつも楽しみに拝聴させていただいております。
なんだか物語がピュアで切なすぎます。
前半は絶望の人生を送った室生犀星ですが、文学者として名を馳せたのちはどうだったのでしょうか、
苦しみを克服できたのでしょうか?一家の主人と女中さんの間に生まれ、すぐに養子に出され、実の
両親の顔も知らない。高等小学校(現在の中学校)を3年で中退、それも養母に辞めさせられた説と
学業不振のせいであったとの説もあります。 ふるさとは 遠きにありて 思ふもの
そして悲しく うたふもの
よしやうらぶれて 異土の乞食と なるとても
帰るところに あるまじや
ひとり都の ゆふぐれに ふるさとおもひ 涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこに かへらばや
遠きみやこに かへらばや
これは子供の頃混乱致しました。作者が何処にいるのかわからなかったからです。「ひとり都のゆふぐれに」
と言うので都にいるかと思いましたら、「その心もて」であって現実ではない。実際には、故郷の金沢に
受け入れられず 「帰るところにあるまじや」(帰ってこなければ良かった)、
今まで住んでいた「都」に帰ろう、というのですからこれほど悲しい話はありません。
童子の素性が全く明かされないのはどうしてでしょうか?
ラストシーンで一笑に付したのは何故なのでしょう?
すばらしい朗読でした
やはり煩悩は無尽ですね。
今回も素晴らしい朗読を有り難うございます👍️室生犀星のあじゃりは以前「文豪の怪談集」の中で読んだ事がありますが、海渡さんの深みのある朗読で人間の心はこうも変わるものなのかと、より阿闍梨様の心の深淵が見えた様な気がしました。犀星版の雨月物語「青頭巾」といった感じでしょうか…いや青頭巾よりもっと怖くてゾクゾクしました💦でも最後、禅師様の禅杖で呆気なくThe End😅
また次回もとても楽しみにしてます。宜しくお願い致します🙋
私には難語が多くて原文と一緒に拝聴しました。切り口によって想像が膨らむ怪談といったところでしょうか。しかし、私にはその想像に一貫性が保てない。何をもって怪談とするのかが難しいです。愛情と反比例して進行する異常心理や荒んでいく生活風景?!タブーや禅師の冒涜行為?!
達観していたようにみえた阿闍梨様も魅力的な人間を愛した、愛せずにはいられなかったひとりの人間だった、という真理こそがひょっとしたら怪談なのかもしれません。とにかく私には難しい物語でした。
朗読ありがとうございました。
なんだか奥が深いお話しでした。
人の心と言う名の、喜怒哀楽全て入ってる具材たっぷり五目炊き込みご飯に、ホラー味のふりかけを掛けたようなお話し。
だったっす。
独特の世界観で面白かったです。(^_^ゞ