【ライブ】戦世から79年 慰霊の日-沖縄全戦没者追悼式-

【ライブ】戦世から79年 慰霊の日-沖縄全戦没者追悼式-



不戦の誓い・恒久平和を願う1日。20万人あまりが犠牲になった沖縄戦から今年で79年。
糸満市摩文仁の平和祈念公園で執り行われる沖縄全戦没者追悼式の模様をライブ配信する。

配信予定時刻 6月23日(日)午前11時59分頃~

#慰霊の日 #沖縄

※ストリーミング配信のため、実際の時刻より数十秒の遅延が生じます。

FNNプライムオンライン
https://www.fnn.jp/

梅雨明けした沖縄 地方降り注ぐ夏の日差しのも沖縄線から 79年目の慰霊の日を迎えてい ます太平洋戦争の末期住民を巻き込んだ 激しい地上線となった沖縄皆様20万人を 超える尊い命が失われまし た沖縄線最後の激戦地糸満市まにある平和 記念公園では犠牲になった人たちの霊を 慰め世界の高級平和を願う沖縄の心を発信 する沖縄全戦没者追式が始まってい ますまもなく時刻は正午です 黙祷 た 黙祷を終わりますご着席 ください1945年50万人の県民を 巻き込んで3ヶ月にわって繰り広げられた ののの6月23日は の組織的な戦いが終わった日とされてい ます県民の9割が戦後生まれとなる中さゆ の体験と記憶を風化させず次世代に伝えて いくための大切な1日 です沖縄県遺族連合会ガブ政治会長による 追悼の言葉です お追悼の 言葉本日ここに沖縄県主催による令和6年 沖縄全先発者追答式が取り行っあたり戦没 者遺族を代表して慎んで愛東のまを捧げ 書類のご明服を心からお祈り申し上げ ます今年はあの生産な沖縄線から79年 わし地獄のような戦争体験者が 語る戦争は実に無い残酷 です罪のない子供や女性お年寄りと無差別 に戦闘に 巻き込み命を奪われた光景が昨日のように ノりに浮かび胸が張り裂ける思いがいたし ます それでも戦没者所令はあの激しかった沖縄 線及び外地において祖国の安泰を願い家族 を案じつつついに尊命を祖のために捧げれ たのであり ます今冷然に立ち有を忍び令に対する母の 情はさらに深く新たなる通のが胸に迫って くることを禁じ得ませ ん終戦から79年ウクライナやイスラエル のパレスチナ地軸での戦争世界各地におい て紛争が続いており我が沖縄県においては 未だに戦争で生命を落とした方々の骨が 就活され不圧談が発見されたり 沖縄の戦後は未だ終わってないのだと実感 しており ます皆様方が最後まで案じられた我が国は 土の中から国民が一体となって立ち上がり いたの困難を乗り越えて今日の平和と繁栄 を築き上げましたこの平和と繁栄は皆様の 尊いずの上に気づかれたものであること 私たち日本国民は決して忘れてはなりませ ん私たち先発た遺族は英霊検証と平和運動 を推進するため沖縄線を体験していない 私たちの世代がそのままでは風化して しまう戦争の記憶を見つめなす慰霊の日 平和を79年前この島で何が起きたの でしょうか例更新を実施しております族の 1945年咲の対戦で住民を巻き込んだ 日米の最も激しい地上線が繰り広げられた 沖縄3ヶ月に及ぶ沖縄線で命を落としたの は20万人を超えまし た日本軍第32軍の任務はアメリカ軍を 1日でも長く沖縄に釘付けにし本当決戦に 備えることでし たアメリカ軍が迫ると修理の司令部を放棄 し大勢の住民が避難していた本島南部への 撤退を 決定ここから日本軍と混在することとなっ た住民の犠牲は一気に 膨らみこの中ではを追い出されたりスパイ と見なされ害されたりするケースもあり まし た沖縄線では子供や年より戦場に動員され た防衛隊や学都隊を含めておよそ12万人 実に県民の4人に1人が犠牲になったの です16歳で本南部に ある沖縄線体験者の女性は迫りくる アメリカ軍が前門の 虎登校を許さない日本軍は校門の狼だった と語り極限の戦場で板となった死と 隣り合わせの境地を証言しまし た国体後事のためにステにされた 沖縄軍隊は住民 沖縄 県民の心に深く刻まれてい ます県遺族連合会のガ政会長 は2度と専者遺族を出さないという強い 信念を持ってこれからも活動を続けると 決意を示しまし たで は時による平和 宣言そして今年度児童生徒の平和 メッセージ沖縄議会部門で最優賞に選ばれ た平和の死の朗読が行われます和記念財団 会長 リズの 古里の なネと 白い花の かざし村の外れの 石垣に手に通る人も今は さとの 夏まの丘の祈りの歌に夏のマルは 青い空死界の 言葉今も新たなう 夏海は 眩しいキ のにどせくる波は 変らねと変わる果て総理 大臣 の古 の [音楽] 夏6月 23日したず えとの肌 りました 長い 長い [音楽] 煙く [音楽] 古 夏沖縄線から79年目の例の [音楽] 日和記念 沖縄全追式が取りれています衆議長現3列 車の代表による喧嘩が続いてい ます合唱は津児童合唱団と那覇少年少女 合唱団それにハバ少年少女合団の子供た です沖縄線の直前 に会する子供たを乗せた学道初会線津島丸 が撃沈された悲劇から8月で80年津丸 児童合唱団は津島丸の慰霊祭に向け朗読劇 にも取り組んでい ます て梅雨が開けた 沖縄今日も強い日差しが照りつけています 平和の石には稲アナウンサーがい ます鉄の暴風を平和の波に変え沖縄から 世界に発進する平和の 石沖縄線などで亡くなった24万人を 超える犠牲者の名前が国籍や 軍人刻まれてい [音楽] ます去年が立ち戦争体験を直接語れる人は 非常に少なくなっていますが今日の慰霊の 日に合わせて泣き祖父母や祖父母がたどっ た戦争の記憶に触れようという家族連れ など多くの人がこの石に訪れてい [音楽] ます1234567 810名 です父だけが横浜にいたもんですからあ なる父だけが助かっ てどこでなくなった方父は一切言わなかっ た ですあの親戚のお名前が刻まれてることに はどう思いますかありがたい ですやっぱしあのお墓にも入ってないから もう本にそして孫も少ないもんですから 後々までここの石がも私はお墓だと思って 毎年お参りさせてもらって ます まだまだもう全滅だったから私はだ1人で 帰ってきたもうだけて欲しくないですね 大人でも子供でもねあんな苦しい味わは私 1人でいいもいいと思って ますごめんね波立てちゃっ てありがとう 正斗 三郎このこの3名はですね即死この次郎と いうのがちょっとあの生きていたですがね 出血多量でまもなくそこでなくなりまし た私の母はあのしゃがんでいたんですよ ここであのパカが勝たもんだから非常に 鮮明に映りますね自分にははい思い出す ことが辛いですね以祭ではありますねあ またその時が来た か僕さんとね あかきあかきかね骨なんかは全部 あの探しておけようんと言っとお父さんの 下だけどあのうちのおじさんに当たるんだ けどこの方がもう全然わからんわけ次の 80年間あるかなというようなことで とってもこれが心配だもんだから子供たち にこの子供たちがねこの分だけ私はねこの 平和のありがたさというのはよ本当に知っ ていただきたいな と今年は新たに県出身者24人県外出身者 157人合わせて181人の名が刻まれ 国名者の数は24万2225人となりまし たその1人1人に大切な人と思い描いた 未来があってその全てを戦争は奪い去って しまったという事実を私たちは胸に刻み 付箋の誓を新たにしなければなりません [音楽] 追悼式ではこの後平和宣言と県立宮高校3 年中間介さんによる平和の死の朗読が行わ れます [音楽] ならうや偏見 から時放たれ て君は 戦うこと を やめる [音楽] だろうもしもこの地上 [音楽] に響き合う もの が作音では なく部の調べであった なら遠や 憎しみに われない で度は自由の歌を 続いて衆議院議員 荒 殿 安参議 [音楽] 議員 でっなら 争いに 苦しまない で友には 勝ち て 暮すだろう [音楽] [音楽] [音楽] テティ沖縄最後の 戦地の平和記念公園では沖縄全選者追式が 取りれてい ますい典では者の代表による見が続いてい ます沖縄線では県内21の学校に通ってい た14歳から19歳の男子生徒が鉄血能隊 や通信隊女子生徒は護要員として戦場に同 され半数にあたる2000人がその前とを 奪われたの です慰霊の日を前に元学徒たちが泣き学友 を追悼し付箋の誓を新たにしまし た今も 吹当のたは共同を背負って立つという後な 使命と高な夢を胸に学業に励んでいました が戦争という幸の時代に翻弄され年にも 若い命掛のない大切な命をくしまし たイスラエルの 戦争あれが沖縄線の 重り仮に戦争起なるとこれは もう想像絶する事態がきます よじゃない です25日がほだ からあのまの岩壁 の穴の中に潜ってった でしょう79年前の今日はね本にあの沖縄 線ね前夜の今気がするんですよもう今の 政治が当にならんからさもうあのいつまで も沖縄植民主と思ってるのか分からない けれどもどんどんどんどん軍備を増強して いくでしょ本当にもう2度とね沖縄線戦争 戦場にならないように戦をしないよう絶対 に戦をしてはいけないと思いますので 全学の会は平和記念公園内に流されている 全学隊の日の前で祭を開いてきましたが元 学都の列者は高齢なため現地に足を運ぶ ことが難しくなり今年は覇市内に会場を 設けて学の霊を慰めまし た沖縄線は終わったと言えるのでしょうか 衝化した沖縄は戦後日本から切り離され 厳しい復興の歩みをたどってきまし た学校 年からアメリカ遊沖縄は沖縄線の後27 年間に渡りアメリカ地下に置かれまし た中戦後のたの苦難を乗り越え平和憲法の 元にあるに 復アメリカ軍基地が集中し基地から派生 する事件事故や騒音水出と土上の汚染も 問題となってい ます名野の海は埋めたてられ戦後79年が 経過する中県民は過重な基地負担を強られ 続けてい ますこうしたするの 地域の防衛力強化を掲げて進められる自衛 隊の増 です昨年閣議決定された安保関連3文書で は敵基地攻撃能力の保有が明記されまし た憲法条に基づく選手防衛は外化し相手国 を攻撃できる調ミサイルがの島々に配備さ れるのではと疑念も強まってい ます派遣的な動きを強める中国を念頭に 自衛隊とアメリカ軍の軍事的な一体化も 進み ます有事を想定して住民を沖縄から九州へ とに避難る [音楽] 兵隊 令一える覚悟が全国民に問われていると いう市長の発言が物議を醸しまし たこうした現状に危機感を覚え新たな戦前 にしてはならないと強く訴える沖縄線の 体験者 たち沖縄線の実装と教訓をいかに次の世代 についでいくかは今を生きる私たちの大切 な使命 [音楽] です次の世代に戦争の記憶をつぐため教育 現場でも異例の日に向け様々な平和学習に 取り組んでい ます戦後79年が経つ中どう伝えていく ことができるのか も沖縄について学びながら子供たちと共に 戦争の悲惨さそして平和の大切さを考えて い [音楽] ます 行きたい よ悲しみのない自な空へつめ [音楽] これを持ちまして喧嘩を終わります [拍手] [拍手] 平和 宣言沖縄県知事玉デミ 玉木デ2一時にとって6回目の平和宣言 です 平和 宣言 あの今悲惨な戦争がかつてこの美しい島で 繰り広げられました鉄の暴風と言われる 帯びただしい数の砲弾による空襲や漢方 射撃により私たちの島は戦火に焼きつくれ 多くの尊い命が失われまし た私たちはあの悲惨な体験から戦争の愚か さ命の尊さ平和の大切さという教訓を学び ましたあの戦争から79年の月日が経った 今日私たちのウファフジ祖先は今の沖縄を そして世界をどのように見つめている でしょう か広大な米軍基地のの存在米軍人等による 事件事故米軍基地から派生する環境問題 など過重な基地負担が今なおこの沖縄では 続いてい ます加えていわゆる安保3文書により自衛 隊の急激な配備拡張が進められており悲惨 な沖縄線の記憶と相まって私たち沖縄県民 は強い不安を抱いています今の沖縄の現状 は無念の思いを残して犠牲になられた三玉 を慰めることになっているのでしょう かかつて沖縄の本土復帰にあたり日本政府 は沖縄を平和の島とし我が国とアジア大陸 東南アジアさらに広く太平洋県諸国との 経済的文化的交流の新たな部隊とすること こそこの地に尊い命を捧げられた多くの 方々の霊を慰める道であり沖縄の祖国復帰 を祝う我々国民の誓でなければならないと の声明を出しましたこの生命を思い起こし 沖縄県民が願う平和の島の実現のため在学 英軍基地の整理縮小不天馬飛行上の1日も 早い危険性の除去辺のこ新基地建設の断念 など基地問題の早期解決を図るべき です世界に目を向けると今なお争いを 与えることなくロシアによるウクライナ 進行イスラエルパレスチナ情勢など戦争と いう誤ちを繰り返し続けてい ます東アジアでは米中対立や中国の軍事力 の強化台湾や朝鮮半島を巡る問題など自国 の軍事増強により抑力の強化が返って地域 の緊張を高めている 一方面での緊密な結びつきが並存するなど 安全保障環境が複雑化しています世界の 平和と安定に向けて各国各地域に求められ ているのはそれぞれの価値観の違いを 認め合い多様性を受け入れる法YE性と 関洋性に基づく平和的外交対話などの プロセスを通した問題解決 です私たち沖縄県民は万国診療の精神で 近隣諸国との交流により信頼関係を築いて きた歴史がありまたぬたから言い回る ちくるなど多様な価値観の需要総合扶助と いった精神文化を継承しています新たな 県議所平和の石地沖縄平和省などは人類 普遍の価値である平和を願う沖縄の心の 現れであり世界の高級平和は沖縄県民の切 なる願いです私は沖縄が国際平和創造拠点 となり万国診療の精神を持って沖縄の心を 国内外に発信し世界の平和構築や相互発展 国際的課題の解決に向け地域外交を展開し ていくことが地域の緊張緩和と信頼情勢に 貢献し世界の高級平和につがっていくもの と確信をしています 国連ピースメッセンジャーであり自然保護 や人狼問題へ取り組む世界的な環境活動化 でもあるジェングドールさんは私たちの 行動は毎日必ず何かしらの影響を世界に 与えていますどんな行動を取るかが違いを 生みどのような違いを生み出したいのかを 決めなければなりませんと語っています 1人1人の思いや行動はたえ美力でもに 世の中を変えていく力があると勇気を与え てくれる言葉 です今こそ私たち1人1人に求められる ものは不条理な現状を諦めるのではなく 美力でも声を上げ立ち上がる勇気そして 行動すること です先人から受け継いだ精神文化を持って 他者を尊敬し思いやり溢れる社会を 作り上げ核兵器の廃絶戦争の放棄高級平和 の確立に向けて共にまない努力を続けて まいり ましょうタ 会福のるアラン とわたや地内の国々とフレしるたシレ仲 にする魂の 相わやあまくまぬちのアティに ちぬる ちぬフ 殺島が 死ぬ長湯風ぬ橋渡し 魔ら Westrivetomake沖縄an IRWeandourancestors areproudofWehavea HistoryofTRUSTthat hasbeenestablished Throughexchanges withourneighboring CountWebeheardthat CHPE PEACEWecarryonthe Spiritofaccepting diversevalues Wethepeopleof 沖縄shallAIMtobetheto PEfor all本日慰霊の日にあたり犠牲になられ た全ての見たに心から愛の誠を捧げると ともに戦争につながる一切の行為を否定し 人間の尊厳を重く見る人間の安全保障を 含めたより事の平和を願い続けこの島が 世界の高級平和に貢献する国際平和創造 拠点となるよう全身前例で取り組んでいく ことをここに宣言します令和6年2024 年6月23日沖縄県知事玉木デニー誠に ニフェデビルありがとうございます 玉吉知事は自国の軍事増強による抑止力の 強化がかって地域の緊張を高めているとし た上で互いを認め合い多様性を受け入れる 平和的外交対話を通じた問題解決を訴え ましたまた沖縄の基地問題の早期解決を 求めるととに島クと英語で平和を願う沖縄 の心を世界に向けて発信しました メッセージ事業部門において879件の 応募の中から最優相に選ばれました沖縄 県立宮子高等学校3年生中間裕今年平和の 死を朗読するのは宮島市の県立宮高校3年 です第34回児童生徒の平和メッセージ 部門で最優を受賞しました題名これから ですこれ から沖縄県立宮子高等学校3年中間 裕介短い命を知ってか知らずか 懸命に泣いて いる冬を知らない叫びの中で僕はまた天を 仰い だあの日から79年の月日が流れたという 今年18になった僕の祖父母も戦後生まれ だそれだけの時が流れたという にあの日短い命を知るはずもなく少年少女 たちは誰かが始めた争いで大きな未来と共 に散っていっ た大切な人は突然誰かが始めた争い で夏の初めにいなくなっ た泣く我が子を殺すしかなかっ た一家で死ぬしかなかっ た誰かが始めた争い で上陸の島は色をなくし た誰のための誰の戦争なの だろう会い たい帰りたい 話し たい笑い たいそういくら繰り返そうと誰かが始めた 争いがその全てを 奪い去る心に落ちた暗い暗い闇はあの戦争 の副作用 だかかな光さえも届かぬような絶望すらも ないよう な怒りも嘆きもなくしてしまいそうな深い 深い奥底で懸命に生きてくれた人々 が今日を作っ た今日を繋ぎ止め た両親の命も僕の命も友の命 も大切な君の命も 全て心に落ちたあの戦争の副作用は人々の 口を固く閉ざし たまるで戦争が悪いことだと言ってはいけ ないのだと口止めするよう に思い出したくもないほどのあの撃がそう させ た僕は再び天を仰い だ抜けるような青空を飛行機が 横切る僕にとってあれは恐れおくものでは ない僕らは雨のように打ちつける爆弾の怖 さも戦争の背も知ら けれど力の平和を知っているあの日も海は 青く同じように太陽が照りつけてい たそういう普遍の中にただ平和が欠ける ことの怖さを僕たちは知って いる人 は誤ちを繰り返すから 時は無常にも流れていく から今日まで人々は高級の平和を祈り続け た小さな島で起きたあまりに大きすぎる 悲しみ を手をつぐように受け継いでき たそれでも世界はまだ繰り返してる79年 の祈りでさえもまだ足りないというのなら それでも変わらないというの ならもっともっとこれからも僕らが祈りを つなぎ 続けよう限りない平和のために僕ら自身の ためにぐ がいつか世界のためになるそう信じ て今年もこの6月23日を平和のために 生きて いるその素晴らしさを噛みしめながら 祖父母も戦後生まれで身近な人から戦争 体験を聞くことはなかったという仲間さん 戦争世界で起きている戦争に感じた怒りが 死を作るきっかけでした自分で全てを解決 することはできないけれど平和を祈り 続けることは できるこれからも僕たちが平和への思いを 受け継いでいくという気持ちを込めました 殿 沖縄を守って くれ沖縄を守って くれ令和6年沖縄全先発者水藤式が 取り行っれるに あたり沖縄線において戦場に倒れられた 三玉戦に哀れなくなられた三玉にで藤の誠 を捧げ ますさきの対戦において沖縄は生産な地上 線の場となりまし た人々の平穏な暮らし はにわかに戦乱の渦に巻き込ま れ罪もない民間人を 含め20万人も尊い命が奪わ れこの地の誇る美しい海や 森豊かな文化は破壊されまし た不談の処理 やご骨の収集は今もなお続いてい ます多くの子供たちの命が奪われた津島丸 事件のような耐えがい出来事もありました えこうした沖縄線の悲惨な実装と平和の尊 さを次世代に継承していくことは我々に 沖縄全没者追式が取りれている糸満市の 平和記念公園です年も世界では 新に縄と接す 台湾平和の沖縄を戦場にさせないという声 はは強まってい ます平和の石に はアナウンサーがます 悲軍人や民間人国籍の立てなく沖縄線で 犠牲になった人々の名前を刻む平和の石 こちらには沖縄線で第32軍を指揮した 牛島充司令官の名前もあり ますその牛島司令官の自性の区那覇市に 拠点を置く陸上自衛隊第15旅団がホーム ページ上に掲載していたことが分かり物議 を醸しまし た牛島市令官は沖縄線を天皇を守る戦いと け本土防衛のためのをしたことで沖縄線の 犠牲者は膨れ上がりましたその牛島司令官 の自性の区をなぜ憲法家の自衛隊が掲げる 必要があるの か沖縄線の研究者などからは旧日本軍と 自衛隊が連続する一体的な組織とも認識 でき憲法違反に当たるのではないか戦争を 美可する意図があるのかと批判を詫び ホームページからの削除も求められてい ます 離島の休刊搬送や不発団の処理など県民の 暮らしに貢献し時間をかけて信頼を 積み重ねてきた自衛隊台湾友情年頭に南西 地域で増強が進む中で今回の問題は波紋を 広げてい ます県民の4人に1人という想像を絶する 犠牲を生んだかつての日本軍と自衛隊が 重なり始めてはいないか私たちは注意深く 見つめる必要があります平和の石からお 伝えしまし たしから79年が経過した今も沖縄では鉄 の暴風の爪跡発団が各地で見つかってい ますだ2000近くが残されていると言わ れる 医療研究機能の拡や地のにつがる健康医療 拠点戦争の記憶の継承は今や戦争体験者で はなく体験を学んだ証言員や学芸員が中心 となっています先の対戦から80年という 大きな節目を前に姫平和記念資料官や の平和の大切さを発信するためどのように 連携していけるのか模索を始めてい ますから79年沖縄線で犠牲になった人 たちを痛む慰霊の日県内ではこの後各地で 祭がわれ祈に見においいたし ますえび

26 comments
  1. 自衛隊批判する為に慰霊祭を利用すんなや( ゚д゚)戦争なんて理不尽なモンだ、いつまでもそれを言ってても仕方ねーだろ

  2. 今日は、ただ牛島が死んだ日。沖縄戦の悲劇はまだまだ続く。牛島の遺言のせいでな。

  3. 【県民の声が反映:共産党・立憲民主党・社民党・地域政党の沖縄社会大衆党などは全てが嘘だった自民党の台頭と玉城知事の課題】

    沖縄県議選、玉城知事を支持する共産党・立憲民主党・社民党・地域政党の沖縄社会大衆党など知事派が大敗 「辺野古反対」推進力低下

  4. しまった。今年は正午に手を合わすの忘れた。さっき沖縄に向かって手を合わせました。

  5. 戦争は沢山の命を奪うので、戦争反対は賛成です。一方で、今の中国やロシアを見ていると、何十年と計画的に、他国の領海や領土を軍事的に拡大している。10線では、台湾、尖閣、沖縄も入っており、九州や北海道も、虎視眈々と狙っている。大陸内部では、沖縄の模型を作り、何度も爆撃訓練や急襲訓練を行っている。そんな中、左派の県知事は、中国参りもしており、自衛隊や米国には過敏な反対をする。日本人として、とても心配です。

  6. 沖縄市長の言葉と岸田総理の追悼、丁度いい所でバッサリ切ってますね。

    台湾有事に備えるなら、何はさておき憲法改正でしょう。だが、メディアの報道は恐らく全局で申し合わせたようにその部分はカットしている。

    この放送では途中で女子アナの解説がチラッと出ただけでも良心的。

  7. なんでいつも、アメリカが日本人を助けている映像ばかりなのでしょうか?
    印象操作をやめて、事実を語ってくれるのはいつになるのでしょうか

  8. またしてもNHKが「沖縄は捨て石にされた」発言。沖縄を無差別攻撃したのは米軍でしょ?何で防衛側が非難される?派遣された軍人、特攻隊、大和、避難中に撃沈された対馬丸。これじゃあ、犠牲者も浮かばれません。NHKは自虐史観は止めてください。

  9. GHQの即席憲法を廃止して、日本憲法を制定し、軍を持ち核と言う抑止力を初めて持って我々はJAPANではなくNIPPONになれるのです。じゃないとロシアみたいにやった者勝ちの世界では生きられない、守れない。

  10. 天皇、そしてウソの情報を垂れ流したメディアにより命を失った方々に、ご冥福をお祈りいたします。

  11. デニー知事のせいで沖縄が危険な状況に陥りかねない。

    メディアヤバイな。反日メディアだ。

    沖縄県民は日本軍と共にアメリカに対し戦った🇯🇵
    英霊、御霊に哀悼の誠を捧げます。

    秋待たで枯れ行く島の青草は
    皇国の春に甦らなむ🙏

  12. 沖縄を離れ52年一日たりとも故郷を忘れたことはありません。必ずや沖縄を世界平和原点の地にしていきます。同い年の玉城デニーさん負けてぃならんどー!

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