じゃけー! 日本共産党(能登で生きる希望を政治の責任で 現地調査報告)

じゃけー! 日本共産党(能登で生きる希望を政治の責任で 現地調査報告)



毎回ゲストを招き、国政や中国地方で起こっている熱い焦点をテーマに語りあうネット番組『じゃけー!日本共産党』。

今回のテーマは「能登で生きる希望を政治の責任で 現地調査報告」。

能登半島地震の発生から5カ月。
被災者の少しでも力になれるよう、また現地の状況を直接見ていま政治に何が求められているのかをつかむために、この間、中国地方の各県の共産党や団体の有志らが被災地を訪れました。
島根、岡山、広島それぞれの訪問団の代表にご出演いただき、現状や課題など報告を聞きます。

さあお待たせしました皆さん こんばんは始まってるでしょうかうんあれ 始まってないけど私のが遅れてん の始まる予定 ですあ あれどうでしょうかあれ平さんのあ始まっ た始まりましたね はい皆さんこんばんは こんばんはこんばんはえ7時35分35分 遅れですいませんジケ日本共産 党スタートしたいと思いますあはい始まり ましたねはいえ7時から待機していただい て皆さん本当にすいませんでしたすいませ んでしたリハーサル中に直前にパソコン トラブルが起きましてうんえ大平の パソコンが固まるということになって 35分遅れなりましたすいませんでした 出演者の皆さんもご迷惑おかけしました いえいえ気を取り直してはい え3ヶ月ぶりのジケ日本教さんと35分 遅れでスタートしていきたいと思います はい今日のテーマははい えそうだ全部きたんだっねちょっと待って くださいよ今日のテーマは ノで生きるノで生きる 希望政治の責任 で現地調査 報告お前がちょっともうあれですねそう いうことですさんに言っていただきました がちょっとあの表紙を出す予定でしたが また後やりたいと思いますのでえ今日は1 月1日に発生をしましたのと半島地震を 受けてですね中国地方の各県から 日本共産党といろんな団体の有志の方たち がえ少しでも被災者の力になりたいとまた この目で直接被災地を見てえ今政人何が 求められてるのかってことを考え今後の あの政治活をつげていきたいというま そんな思いでそれぞれの皆さんがこの4月 5月ですねえ行きました中国地方で言い ますと川を切ったのが岡山あ4月5月と スマ信子県議始めえ2度行かれたのとその 後5月の中旬下旬に島根の皆さん広島の皆 さんということで行かれましたえ今日は そんなあ日本共産党の代表団のその代表の 皆さんおさ方に参加をしていただいてい ます改めましてえゲストのご紹介です岡山 県議会議員の須信子さんですこんばんは よろしくお願いしますよろしくお願いし ますこの後ご報告もしていただきますえ 島根は村えり子さんえひ1区予定校衆議院 島根1区予定候補でえ島根員会副委長です 村よろしくお願いし ますそれから3人目は広島県議会議員え 藤井俊子議会議員ですよろしくお願いし ます藤子ですよろしくお願いしますは よろしくお願いしますえということで早速 行った順番にということでご報告して いただきたいと思いますのでスマス剣技 からお願いででしょうかはいはいじゃあ 画面共有をあらしたいと思いますが よろしいでしょうかはいできるでしょうか ばっちりですオケですオッケーですか行け てますか行けて ますあの画面共有できてますかできてます あ さあこれですねはいじゃあ えっとえ改めましてあの岡山県議のスマス です えっと私はですねあの4月と5月にあの 行ったんですけれどもそもそもあの岡山県 の倉敷市馬町というところであの大きな 災害があってですね あの平成30年あの2018年の西日本災 のの時にあの実家があの夫の実家が被災を しその5000世帯が全開するという大 災害があってその後ずっとあの岡山県で ガーベルハウスという施設をあの維持し ながら被災者支援活動を続けてきてで今回 もガーベラハウス隊ということでこの麻美 長の全国からいただいたご支援の恩返しが したいってことであの都支援の ボランティア隊を組織しましたあの地元の 議員さんやあのガーベラハウスの共同代表 しています井原さんという方と一緒にあの 最初は5人であのマビからお米を持ってっ てほしいとあの被災者のマビの被災者の皆 さんが募金やお米を本当にお寄せいただい てそれも感動したんですけれどもそれを 持ってあのえっとのに行きましたでこの野 のあの後でも話しある白衣というところに あのこのカーソル見えてますか見えてます あ見えてますあ白衣士というところに共産 党や労働組合で作られた共産党のあの被災 者支援共同センターていうのがありまして でここのセンターにまず行ってですねあ どっか行った行ってあの えお話を聞いてですねこういう風に センターにはこ あのまセンターについてあの寄せ書きとか 募金とかいろんなものを持ってあの行った 感じですねでえっとま物資もあのお届けを しながらですね行きましたでこれは2回目 に行った時の映像なんですけども1回目も 2回目も後からも話しあるかと思うんです けれども私はさっき見たところの1番端 っこの涼しっていうねの半島の1番端の 地域に あのボランティアに向かったんですけど あの先ほどの白衣市という共同センター からあの鈴市に行くまでにあの行きが2 時間半帰りは3時間半かかる道のりなん ですけれどもなぜ時間かかるかっていうと こういう風に片道通行でしかも渋滞してい てでこぼこ道でっていうねあのまだ本当に 道が良くなくて地震の爪音が激しく残って 工事もやっているっていう状況の中で 向かったってことだったと思いますであの 行く途中も劇場化や地震の状況であの だんだんにこういう景色が増えてきてあの 道が盛り上がってたり傾いてたり マンホールが盛り上がってたりまそういう ことが起こっていますですねで涼しに入っ ていくともうほとんど家はこういう状態で あのガシャッと壊れたまんまあの4月も5 月も同じ状況で全く片付いていないという あの涼しの現状でしたでまず最初に私たち はあの 仮設住宅じゃなく避難書じゃなく自宅待機 をされてる人を尋ねて行ってほしいという ミッションで自宅待機のあのこういう風に あの家は壊れてますけど奥にこうカジて こう残っているお家があるんですよねこう いうところに人が残っているっていう話 だったのでそこに訪ねて歩きました涼の 1番端っこですであの真辺長が岡山お米を 持ってあのまほとんどいらっしゃらない中 を第一村人発見みたいな感じでもうあの わずかな方々を訪問して歩きましたそれで あのこういう風にね家が少し残ってんです 状態のいいところが少しあるんですあんな 状況の中でもでそこに行った時に私が印象 的だったのはもう断水であのお風呂も自衛 隊の風呂に行ってたりとかあの水もあの 給水書に行ってとにかくやっていてあのと お風トイレはボットントイレを復活させた とかあの掘っているとかそういうことだっ たり少し井戸があるのでなんとかなってい るっていう地域だったんですけどあのある あのその地域の古いお寺に80代のあの 男性が1人おられたんですけどその人は あのお坊さんだと思うんですけどもこの 地域は原発を断ったんだと原発反対逃走で 原発を断終あったから今僕たちはこんなに 苦しいけどもここに住むことができると それは誇りに思っているので あの思っているんだってことをねあの すごく熱く語られてあのちょっと感動 いたしましてもしここに原発が作られてい たらここに住むことすらできないんだって ことでねここに誇りを持って住んでおられ るっていう人たちをね本当支えなきゃなと 思いましたであのこれは和島で和島後話が 出るのでちょっと省いてですねであの涼し のあの仮設住宅にもあのえっとま私計3回 あの3日間あの涼しに行ってるんです けれどもあの仮設住宅にも行きましたで 自宅に住まれてる人と仮設住宅の人に行っ たって感じなんですねでこの仮説住宅では あのこのトレーラーハウスみたいなね 北海道腫のすごく二重の窓であのプレハブ よりもすごく長そうは良かったし あったかいお家であのずっと24時間あの こうエアコンをつけてあの快適に過ごせ るっていう素晴らしいものだったんです けどベタに置いてあるので雪が降ったら 多分ドアが開かないってこれ豪雪地帯なん であの吉悪だねって話がまずありました それと同時にですねこの80代のおばあ さんがですね初めて私がまあ4月だったの で初めてこう訪ねてきてくれたと私の話を 聞いてくれたとあの泣き泣きながら訴え られてですね私の家を見に行ってほしいっ て言んで近くなんでって言うんで歩いて見 に行ってですねあのこんなに立派なみんな こんな立派なお家なんです黒い河原でね あちらのお家はみんな河原が立派ででお家 も大きいんですよであのおじいさんが大空 さん盛ん屋さんであのおじいさんと一緒に 立てた家であのでももうこの家には住め ないからもう本当に2年しか仮設住宅に 住めないしあのその後はもう2人でどう やって自分たちを始末するかっていうこと しか考えられないみたいなねあの苦しい胸 のうを語ってくださいましたで2回目はね 若者たち民生のメンバーも連れてってです ねまたあの防災師の人や消防団員さんや あのガーベラハウスのスタッフやあの宮宅 しとも一緒に行ったんですねで あの5月の連休開け出したけれども4月の 時よりずっとあのえっとこのセンターの方 もね受け入れが上手になっていて最初は こんなミーティングなかったんですけど もうこの時はちゃんとミーティングがあっ て今日はこういう風に頑張りましょう みたいな感じであの全国からもたくさんの あのボランティアの方があの来られていて すごくかきあったしあのこういう風にして ほしい今こうなってるよって話をまずレク を受けてまた私たちはあの鈴に行ったこと があるっていうのでやっぱりすずに行って ほしいってことですずに行きましたですず ももう電神柱も全部斜めになって表札も 全部斜めになってる相変わらずのあの5月 でもねあの5ヶ月経ってもすごい深刻な 状況でしたでやっぱり仮設住宅のあのに 物資届けながら様子を聞いたりあの女性の 下着を持っていってたのであのそれを選ん でもらったりソックスをたくさん持って いってな選んでもらったりしながら話をし てで話をできることがすごくこう若い子が たくさん話を聞いてくれてそれが嬉しいっ ていうんでねこう涙を流しながらお話をさ れてたりとかやっぱ孤独と戦っている仮説 住宅の状況がすごくよく分かるような風景 で うんでま鈴でお聞きした話はやっぱり断水 がもう年内難しいだろうっていうお話が 多くありましたまた あの水が通るのが年内多分本館は通っても その家につぐ配管のところのあの工事が 100人待ち150人待ちと言われたと もう年内無理と言われたまそんな話ばかり であの断水が絶対改善されないっていう話 だったりとかあとまあのこ認定が本当に あの悪くて支援金がもらえないけれども この屋根が崩れ落ちて雨森が激しくて大変 だとかまそんなお話だったりですねあの2 回目の時にはあの今年の対応は諦めたとか あのタクシーがそもそも涼しは営業して ないんです復活してないバスももちろん 復活してないで仮設住宅にどんどん入り 始めて6箇所ぐらい仮説住宅もできてたん ですけれどもそのそこから買い物に行っ たりそこから病院に行ったりが全くできな いってことで今車に乗れるこの仮設住宅の ちょ比較的元気な人にお世話になってい るっていう状況だったりしましたうんまた 仮設住宅に入ると支援物資が受け取れ なかったり食料支援が受けれないってこと だったり障害のある方のの あの方があの仮設住宅の希望通り行かなく て本当にあのデイサービスの施設に通え なくてあのもう本当にどうにもならないっ て1時間半ぐらいあの行った人を捕まえて かあの話が止まらないってオタもありまし たでやっぱりボランティアで感じてるのは もう断水や道の問題など本当に遅れてる インフラの問題とかボランティアが姿が あの私たちの舞台以外なかなかいないとか うんもう本当にそういう状況を感じますで やっぱり あの こう政の責任でねあの軍学やあの万博やっ てる場合じゃないよねっていう思いが すごくしていますで帰ってきてねこうやて あのマビーの皆さんにすごくご支援 いただいたんで報告会をしたんですマビの 人がね分かるわかる仮説住宅は孤独で本当 に辛いっていう話とかね真美長の皆さんも あのこう泣いたりこう辛いひどいまノの 大したのがまだマだったのは本当にひど いって話とかで報告会でもあの話が 盛り上がる状況だったと思いますまそう いうことであ終わりですねはいあのこれ からもねあのしっかり2段3段4段もあの 是非送りたいと思いますしそういう トリップにしていきたいと思います私から は以上ですありがとうござい ます あのすまさんもう1回地図出せますか地図 はいはいの半島のノト半島の地図です的な 感じのところでちょっと皆さんと共有し たいんです けど3枚目4枚目のやつねえっとどうやっ たらいいんだったこれであ戻っちゃったの かああすいませんえっとアナログですい ません逆回しだねこれ逆回しですいません はいこれですねはいはいはいですから えっとはい被災者の共同被災者支援共同 センターが白石白石市ですねここはい石川 県の真ん中金沢市がね県庁の金沢市がその 南部にあってあここですね沢市からどれ ぐらいですたかね1時間1時間ですね金沢 市に宿泊してビジネスホテルに宿泊してで ずっとこうで白石のセンターに朝行くって いうことね朝行くはいでそこで物資積んで はい1番先っちょの涼しに涼しここに行く のに時間半ですね帰りはね下道通るんで3 時間半かかりましたあっていうことですよ ねうんあれすさん行ったまだたかね穴って この白衣との真ん中にあるここもま震度6 強ですごい大変な待地なんだけどはいはい 被災者支援センターがここにサテライト 中継中継のセンターを作ってたはいうん はいも来てましたあの1回目の時は今から できるって噂を聞いてはいはいここらし いって噂を聞いてで帰りあ2回目の時に ここにできたんだよって言って見に行った けどまだま誰もいなかったああ見に行った よねはいはいそんな感じ広島のメンバー ここに止まったんですよああいいですよね そこ和島までも多分和島もすずもここから なら1時間以内でですね行けるってことで より被災者支援がスムーズにでき るっていうんでねこれもとても大事な 取り組みだなとうんうんうんですね本当 ですはいあともう1個すさん聞きたいのが はいコヒ解体の問題があるでしょうはい はいはいの気づきの中に松さん書いてあっ た申請したけど順番待ちで全然まだまだ はいはいはいあれあんなにかかってまし たっけっていうことなんですよねコヒ解体 で順番待ちってのはなかったですよねマビ ではですほとんどうん4000世帯とか コヒ解体すごい申し込みでしたけどうんで なんか今回ちょっと前進したんだっていう 話の中でねうんうんうんその全ての所有者 ずっとずっと遡るとたくさん所有者って いうか権利を持ってる人がたくさんいて 全員のサインもらわないといけないんだ けどそれができないから進まないんでって 言うんでもう和島の朝一とかあいうもう 本当壊滅状態のところは面でうんもう え大執行じゃないですけどもうんうんもう 解体えコーヒーの解体これはもう進めて いいよねっていうところはそうできるよう にしたっていう風に言ったけどうんまビの 時もあれそうだだったんですかそうなん ですよマビの時もあのみんなのサインがい るっていうのはそうだったサインがい るっていうことになってで途中からあの それはあまりにも大変でもう遡れないま 古い家がもうあのノトと一緒でのの農家の 古い家なんかはうんなくなってたり親戚 どこ行ったかわかんないとかなっちゃって てでその場合はいいことになったんです あのノトと一緒でうんうんでそういう経験 があるからあの絶対その問題はクリア できるよって私たちは思ってたんですだ けど喉で同じ議論してるからもどかしくて そうだよねコ体があったんだねうん前例 あるんですよコヒ体も部分解体が良かっ たりとかこう構造的に分かれていたら離れ とかで状態のいいところは残して0か 100じゃなくて残せる部分があったりと かあの えっとこう慈悲解体しても後から請求 できるとかいろんな方法があるんですよ うんでもそれがののこうまもう行政の人も 本当に初めてのことだしうん行政の人も 被災者だし大変な中でそういう知識がない ために継承されてないんだねぶってる話が 結構あってすごくなんか私たちもできる はずなのにっていじいじする感じすごく あってでもあの国会議員の井上哲さんが 国会でんもうそのことを全てこうバシバシ バシバシとクリアして全部行政にあ政府に 認めさせとんですようんできますできます できますて大臣が全部答えてでそれを持っ てしても5月行った時にまだまだなかなか 現場にはその声が届いてないっていうこと はありましでも絶対届くしできるってのは 分かってるのでそれを行政の人にこう 励ましながらね伝えていくってことがね やっぱり大事だったんだろうなと思います ねうんうんはいはいありがとうございます じゃあ画面共有消していただいて はい改めて皆さん え僕の画面共有ですがこれを出したかった んですけどなかなか出なくてあすごい なるほどこえっと皆さんが行かれ た日ですね 出てますか出てます ね岡山2枚写真つけても1回目2回目4月 2日から5日2回目が5月8日から10日 ということで行かれたのが岡山その後です ね島根この後ご報告いただきますが13日 から15日これはなんか病院っぽい写真を 見つけたので貼り付けてますがまた後村 さんご紹介いただきな島根は島根原発の再 稼働がもう勝負の課題になっているもん ですから歯科原発などの調査もしたという 風に聞いてますのでえご報告いただきたい 5月の最後27から29日3日間で真ん中 の写真ですけども藤井俊子団長先頭に広島 の訪問団の皆さんがこれは共産党の石川員 会に1番最初行った時のえ様子を聞いて いる写真を載せてますけれどもこの後ご 紹介をいただきたいという風に思い ますと言いたかったんですうんということ ででは番目え島の村ほさんご報告お願いし ますじゃよろしくお願いし ます画面共有しますはい すいません初めますえっと私は先ほどあの 大平さんからも紹介されたようにえっと5 月の13日から15日の間この4名で視察 談を組んであの鹿町と和島市行きました え大村俊成県議を団長にえ私村本とそれ から衆議島根肉予定候補の亀谷裕子さん それから え遠藤秀和県議団事務局長この4人で行っ てまいりましたで私たちは あの先ほども話し合ったようにやはりあの 同じように島根原発えのにも歯科原発が あるということでまそういう問題意識を 持ってあのこの調査先訪問させていただい たんですけれども 実際その前に野半島の察前後で島根半島の 調査をしてえおりますでちょっと規模感と しては左下のあの島根半島の地図えっと 水色のバーをあのつけましたけれども えっと東は地蔵崎っていうところからあの 西は火崎ということで65kmほどですね 直線距離はでえっと島根半は出雲市から 松江市にまたがってますのでこの辺りのえ 現地調査と住民の皆さんとの対話そして えっと石川のこのノ半島の地震を受けて えっと島根県があの孤立した集落があった ということをも受けてまあの今後そういっ たことが同じようなこの半島を抱える島根 で起こった場合まえっと空からのま色々な あの支援だとかえ物資だとかかまそれから 救出だとかそういうことをするための ヘリコプターの離着陸可能なえ適地調査を 実施されてますので えっと全部ではないですけれどもあの県の あの職員の皆さんの現地説明を受けたりも して出かけました えっと石川県はあのこのようにあのさっき えっと東西長かった島根県がこうと南北に なってるようなそういうあの地理的な面に おいてもま本当に あのま自分ごとして感じざるを得ないよう な地理的な場所にありまして歯科原発も あの前からあの気になっていた原発であり ましたで島根えっと石川県の被害の現状は あの青字で書いたのはこれはあの県の ホームページから更新させてもらいました えっと定期的にあの状況が分かるので 私たちがえっとた時はあの関連士の方も 30人という形にはなってませんでした けれどもあの関連士も30人認定されまし てま増えていますで季節は本当にあの現等 のあの1月1日から春になりもう私たちが 行った時は初夏のばむような日になって 季節は写ってましたけれどもあのこの被災 地はえっと全く変わっていない場所も多く ありまこの数字からも分かるように未だに 多くの住民があの避難生活をよぎなくされ ていますで鹿町の位置としてもまあの ちょうど島根半島の真ん中に原発島根原発 があったようにこのノト半島の真ん中 あたりにあの原発があるような地図位置な んですけれどもえっと原発事故が起こっ たらこの黄色い矢がある示すようにあの 半島北東部のこの の町と金沢市の方にの白山誌に避難すると いう計画にはなっていますただ今回はこの 涼しい赤いポつけたところがま震源だった ということであり ますで実際あの報道でもあの言われてまし たけども被害想定が見直されていなかっ たということがま被害を大きくしたって いうこともあるということであの石川県が 被害想定の見直しに向けた議論を始めるな 中に想定シーンこの正月の午後6時とか ゴールデンウィークの生後というこういう シーンが加えられたりとか被害想定項目も あの加えるなどしてまあのま本当に 想定のを超えたこの大きな被害が生まれた ということはあのま本当に被害が出てから ではま遅かったわけですけれどもその さすがにその26年前の被害想定のまま でっていうことが本当に今回あの被害を 大きくしたっていうことが悔やまれると 思いますで島根県もこれれを受けてあの 色々見直しをしていくわけですけれども 2012年のあのあの東日本審査の翌年に 地震被害想定調査をした後2018年には 地震と津波被害想定調査を公表しまあの 備蓄物資整備計画っていうのも策定されて はいますがま今回 えっとあのま避難道路に指定されている ところも寸断されたりとか実際孤立集落が 生まれたというこの教訓を踏まえて島根県 でも備蓄目標を増やすこととしているし あとさっきも述べたあのヘリポート等の 現況調査を実施しているところですで やはりあの今回断層あの未知なる断層が 連続した連動したっていう話もありました がまそういう最の知見とか活断層評価に 基づいてやはり最大規模の被害想定をして 計画は普段に見直すべきだろうということ をあの県のあの私たちの報告のところでも 強調したとこ ですでいよいよそのノトのあの歯科原発の ことなんですけれどもあのノトには2つの 原発の歴史があるという風にタイトルつけ ました稼働していなかった歯科原発と建設 されなかった鈴ということであのこの鈴市 のえっと原発は本当にあの長年の あの住民運動によってえ建設の計画があっ たけれども本当に住民同士の対立を 引き起こした末にま最後建設中止となって 幻の鈴原発となっていますでま今回そこが あの震源に近かったということでま本当に あの建設してなくてよかっねということも あの言われてるようなんですけれどもこの 建設されて2011年の東日本審査以降 動いてなかったこの歯科原発についても あのやはりえっと私たちが今回あの案内 私たちを今回案内してくださったこの緑の 服のえっとこの赤に住むあの党の支部長 さんなんですがあの自分のお父さんそれ からさんがやはりこの赤守る会の一員でも あって本当にあの建設をこう受け入れた あの地区ではあったんだけれどもやはり ここにも住民の反対っていうのはありまし てあの今でもやはりえっとこの原発につい てはなくしたいという思いでこの右側に ある団結小屋というところで皆さん住民の 皆さんが地下原発をこうま監視というかま あのここでえとこの原発をなくしたいと いう思いを計測させているということでし たであののとは優しは父までもっていう 言葉を あのがあるということでま本当に私たちが 出会った皆さん本当に穏やかな優しい方 ばかりでしたけれどもまそういう土地柄の 人たちがやっぱりこの原発の存在によって あの対立し合うそして長年対立し合うで もし何かあった時には本当に故郷を失って しまうというそういうことを思った時に やはり原発っていうものをあのなくして いかないといけないということも思いまし たしあのえっと反対運動と推進反とあの 反対派がこうぶつかる中でのことを 思い出されてこうちょっと涙されたこの 支部長さんの姿が本当に私は忘れられませ んで今歯科原発から半径30km圏内には 約15万人や約6万世帯の人が生活してい ますま何かあったらこの方たちがま逃げ なければいけないというま逃げれるのかと いう問題があり ます で あらあすいませんすぐ行かなくなっちゃっ たえっと地震でトラブル多発っって書き ましたが実際その歯科原発はあの今回 大きな異常はなかったという風なコメント を原子力規制委員会が出しましたしかし ながらこの震度故郷にの揺れに襲われた 歯科原発はまそこにあげたようなあの変圧 機からの油漏れ外部電源喪失えプール えっと核燃料プールのあのポンプが止まっ て冷却停止モニタニングポストが一部測定 付のそして原発所の原発のその敷地内の 舗装の亀裂や盤の進化などはま合わせて 79箇所に及だとやはりこれでもって 大きな異常はなかったとするこのコメント はやはり安全神話を振りまくことには他 ならないですしまどうどう聞いてもこれは 楽観的すぎるという風にま感じるところ ですで あのまその流れでちょっと言いますと原発 再稼働を主張してあの当選した歯科長の 稲岡町長だったわけですけれどもえ当選し たその1週間後にこの地震が発生しまして さすがにこの推進派としてその再稼働す べきだと主張してして当選した方でしたが あのまこれまでのように あの安全性をアピールすることはま難しい とま当然だと思いますで再稼働への身長 姿勢に態度を転換されているということが まありますで地下原発の周辺を含む被害 状況これはあの私たち内で報告した時に 使ったペーパーのあのスキャンなので ちょっと薄いですが先ほどすさんがあの 見せられたようなま本当にあのリクロも たれという状況ですであの私たちはあの こういうその屋内退避がまず あのもうできないじゃないかということで ま今回 あのえっと移動のリスクですね移動する ことによって健康もある方要配慮者の皆 さんがその被爆のリスクを下げながら安全 に一時的な屋内退避を行うための施設と いうことでえ放射の防護施設っていうのが ありますがそこをも訪れましたで21の あの放射線防護施設が歯科原発から 30km圏内にはありますが結局そのうち 14施設ではあの損傷し6施設はま防護 エリアがあの維持不動になったりしてい ますでえ鹿の町の方では都小学校が防具 区画がま結局防護区画として機能しない 状態になったりえっとこれは特別用語老人 ホーム浜園ですけれども高齢の皆さんが あのたくさん住んでおられますがあの とてもえそのままそこで待避するなどでき ない状況でしたで同じくえっと防護施設と して指定されている効率病院が唯一町立都 病院ってのがあるんですけれどもここでも ですねあの新体震基準を満たしているにも 関わらず防護区画の柱のコンクリートが 離れ剥がれたりま結局ここもあの機能不能 となりましたで島根県でも当然そういう あの防護施設はその下に書きましたように 19施設ほど30km圏内にはありますが ええその新体制耐震基準を満たしてい ながら鹿町でも先ほど述べたように被害が あったのでまてやその耐震基準が定まって いない建物はま権利にまなってたとしても その中の退避するためにはあのガスも通じ てなければいけないし上下水道も電気も ないといけないはずなんですけどもそう いう耐震基準があのそういったものには 定まってなっということで建物付属設備の 老朽化対策の総点は必要だろうという風に え思っていますでこの委員長なども委員長 それから事務長さんからの話を聞きました が本当にマンパワーが足りない中で本当に 必死の救出をしましたが72人いた患者 さんはま4日間かけてまDMの皆さんたち の力も借りながらあの救急者28内8台で え金沢の方に移動したとただこの移動の リスクが本当にあの大きくかったあの えっと入所者入院の高齢の方もいたという ことであの原発事故が起きた上でのこと だったらば本当に大変なことになっていた という風にお話されましたえ寸断された 避難度はこういった感じですね154人が 30km圏内ではあの孤立し通行止め通行 府のということですはいで私たちはえっと そのされた方に出会うことができまして たまたまその指導が3月11日に借換 私たち14日に行ったんですけれども借 開通できて避難所からこの自分の自宅のえ 要素を見に来れたという方に会えました この右上この方ですでこの方はちょうど このえっと地震当日にこの海岸端を散歩し ておられましてで大きな地震にあったとで 海が戻ってこなかったっていう言い方をさ れたんですがもう海岸がこうあのまこ亀裂 も入ったりここにテトラポットがあるのが 見えますかねまそんな感じであのずっと こう流記もしてる場所もありましたし海が 戻ってこなかったっていう言い方をされた のがとても印象的でま原発事故まであっ たらもう自分たちは孤立も経験したしどう なっていたか分からない とでまリクロが立たれ回路も立たれるって ことなんですが非常にこう不気味だったの がですねこれみんな発こ化したこの海底に あったはずの岩がですねこんな風に流記し てましてこれが延々と続いておりましたで えっとこれは快速漁港のとこには船があの ここまであの乗り上げられているという 状況ですだからま回路もたれま海から 逃げることもまては津波が来たらま海から 逃げることはも無理ですのでまあの陸も海 も閉ざされているでこれは完全に活断層の ところでばっかりとあの亀裂が入ってる写 ですでえリク海空の避難はまもう無理 だろうとやはりいろんな計画立ててはある けれどもこれはあの機上の空論だという ことがもうまの当たりにされたところでし たで空からあの会場自衛隊来たということ でしたけもあのえっと空港に降り立ったの もその地震発生から10日後ということで ありましたのでじゃあその10日間もし 原発事故で回あったらどうなるのかって いうことも思いましたで視察を終えて やはり私はあのすごい地球は生きていると いう印象を持ちましたあのものすごい エネルギーとその前で脆弱な人間社会って いうのをこう退避して見せられたような ことも思いましたがやっぱりこの地球の上 で私たちは生きているし生かされてい るってことを思った時に共存すべきは原発 ではなくって自然との共存でありあのこの 地球をに生きるものとしてまやはりあの 傲慢であってはいけないしとてもあの手の つけられないこの原発のあの存在っって いうものは本当にあのもうこれ以上 あのま稼働はもちろんですけれどもやはり あの 絶対になくす形なくさないといけないと 思いましたしそもそもその日本の場合は あの原発依存にしがみつくというかその このノ半島の地震の後を受けても原発再 稼働の方針にさも変わりはないなどといっ たあの吉出症の言葉を思った時にあの やはりこの日本のエネルギー政策を変えて いかないと政治を変えないとこの現状は あの こう乗り越えられないと改めて感じた ところですはいすいません師 ですはいありがとうござい ますいや僕も鹿原発きまして藤井さんと この後あるかなと思うけれどもあれですよ ね海面竜樹あ海底竜が相当さっき90km って村尾さんのメにあったけどもだから 和島市の快速漁港僕らも行ったけどもから ずっと鹿町のま原発のところまではって 言ってたけれどもあれ実は原発の近くも 流記してたんですわねあそうです4mって いう規模ではないけれどはいないけどはい 見た多分村尾さんたちも見たと思うけど 原発のすぐ向いに え水を 取り入れるがはいあったんだけもそこも なんか後日の報道ではえっと1mもなかっ たんだと思うけれどもやっぱり流記してい たってこと確認されていてはいはい いやいややっぱりこの辺までしてたんじゃ んっていううん本当にちょっと背筋が凍る ような怖いなあ事態だったあの竜って僕 初めて見ましたけど もすごいですね4mかこの海底が上が るっていう事態なねさっきエネルギーの すごさって話あったけど はい原発の建がこんなになるってことです だって普通に考えてそうですね珍行もあり ますもんねはいはいはいはいはいうん うんのでは本当とんでもないなあ国道 249号線僕からずっと通って地元競技 さんに案内してもらいましたけども今でも 5ヶ月経った今でも片側交互通行で崖崩れ があってね所々それこそ道が寸断されてる 避難主要の避難道路がそういう状態だって ことでそりゃ避難もうできませんよねて うんうんことですわ ねあの放射線の防護施設はいっていうのを あんまり僕認識なかったんだけれどもだけ あれは学校とか病院とかがそういう指定を されてるんですあそうみたいですねでま 学校は全部がそういう施設にはなれない から防護区画っっていう形でその小学校 だったら小学校のあるそうですねただそこ の区画のそういうあの設備がやっぱ損傷さ れてでえっと機密性を高めない高めて外 からのこうま放射線物質などのこうあの 入れないという要扱っていうところがま 失われているので結局外にいることと 変わらないので退避してうんその放射線 からの被害を免れるっていう目的は果たせ ないえっと防護施設には誰が来るっていう 計画なんですっけあやっぱりあの要支援者 えっとうんま結局私の家族なんかも病気だ とそうでしたけども移動するそのえっとま 5km圏内なり30km圏内なりま移動 とにかくしないといけない方がその移動 自体がもう健康リスクを高めてしまうって いう方たちま高齢の方とかま病院だから ここなんかは病院に入所入院している 方たちがまそのまま防護施設の中で守られ るってことだと思うんですけどもまそれ 以外の方たちもうんまそこにま入って家が 壊れた人とかもそうでしょうかしらねうん そうですままやっぱり えっとさっき書いたみたいに うんと えっとま移動のリスクがある方っていう風 に私はま認識しとったんですけどもうん うんまただそうは言ってもキャパがあるの でうん難しいででそこに行けることが 果たしてそれも可能なのかっつう話もあり ますねあったとしてもありそこに たどり着けるのかうん えやっぱり気場の空論うんどこから見ても うんコメントが寄せられてます共存すべき 原発ではなく自然だってのは本当にその 通りとても重い言葉 だ斎藤哲夫さん村本えり子さんありがとう ございましたまずまず寄せられてますね 本当ちょっと まあ当然一言じゃないどころかね地震列島 日本でこの中国地方とわ島根の冒頭ご紹介 があった同じような半島で僕も行きました けども避難道路だって1本2本しかないし とかねやっぱりちょっと明日は我がでうん 原発の再稼働島根原発再稼働はほんまあり えんなということも肝に命じた報告でし た村尾さんありがとうございました あましたそれではお待たせをしました1番 最後5月の27日から29日の3日間行き ましたのが広島の訪問団の皆さんです訪問 団の団長も務められた県議会議員の藤井 俊子さんからそうそう広島はね えー動画を作ったんですけどこの動画を 流したら固まっちゃったんですよ ねやめときましょうねやめとこやめとこ ちょっとねこれで固まったら本番始まっ てる今固まったら大事なん藤県議よろしく お願いしますはいあのえじゃああの私から はあの27 28295月に行ってきた報告を少しさせ てもらいます今もうね大平さんからも随分 あったと思うんですけどもあの私たちは えっと大平さんとあと中原強候補それから 中中原美広島市議からま私たち県議団川村 さんと2人えそしてあとあの中国ブロック からは近松里子さんからということで6名 でえ初 のあの視察団というかねああいうはいえ 支援で行ってきましたでま私もあの 以前10年前ですけどねあのこうえ土石流 災害が2014年8.20がありましたま あの時私もあの議員はちょっと降りてたん ですけどもまその時に本当にたくさんの人 たちがねあのボランティアで来てもらっ たということ本当にあの 忘れられなくってまここはね本当にこの石 石あの川県のねこの災害についても本当に 何かできればなとのを持っていたところに ま行こうかという話がありまして ねもうすぐにあの大さんも含めて えはい雑談をできましたで今回はあの特に 3つの目的いうことでねまずはその特に 石川県委員会え共産党の委員会へのお 見舞いかねて支援金もねえ届けることを まず1つ目で2つ目は共同支援センターの 支援活動に1日参加することそして3つ目 あと歯科原発のねえ周辺の視察をという ことでま歯科原発はちょうど中谷え議員が 鹿町の共産党の議員がねいらっしゃいます のでえ前もってねお会いするいうことを 約束できてたのでまたそこの話もね聞く ことができましたえそれであのそうですね 私も歯科原発についてあのちょうど2月の 一般質問でしておりまして南海トラフ 自身に対してい原発がま私たちもまね島根 も同じですけどもあの近くにあったいう ことでねこの鹿原発はどうしてもこう実際 に見ておきたいというのもありましたので えこういうことでいきましたで言って やっぱり1番感動感動というかすごいなと 思ったのはあの石川県議会でお話を聞いた 時にね本当に党員の皆さんがねもう被災を されてるという中で活動をどうやってるの かなっていうのを本当に関心もありまして そこで聞いたのがあの共産党を呼びかけて 他の民主団体と言っかけてこの立派なね 支援センター白石に作ったというのを聞い て本当にこれあのすごいなという風に 改めて思ったところですえそしてま私たち はちょうどま2日目和島市の方にあの行っ てほしいということでね和まに行くために えその日のうちに穴水へえ車でえ行って 穴水で止まって和島市を見ましたで和島市 は特別あの他の震災の地域と違ってもう 火災ですねだからあの前哨全回こういう 被害の受けた方たちがちょうど入っている えあの だけあの住宅ねえにあの支援に行きました えそれでまここはとりわけそういう意味 じゃもうなりわいもね本当死でやってきた 人たちま高齢者も含めてなんとか再建した いっていう思いがね本当に話す中で いっぱい出てきましてま再建するにもだ けどど形が少ないというのも色々とね希望 を持てない不安もいっぱいあるなっていう のを本にいろんな話を聞いてえきたところ ですでまどこ言ってもね共産党と言っても 本当にあの 本当にこう喜ばれてあの話もね聞いて行っ たのも本当にこれもちょっと驚いたという こともありますえそういう中であのま あまりあれ間もあれなんですけど あのまとにかく あのま5ヶ月経ってるからねもう随分こう 復興復旧も進んでるかなっていうのもかか に思ってたんだけども意外に全くその はあの日のままという和島市なんかも本当 にまだあの日のままだったという本になぜ こんなに遅れるのかなっていうのも本当に 思っててそれはまたねあの赤畑新聞にも 色々とあのこの記事はね載ってましたので 色々大変な過疎地でのねこういう地域の あのこういうのは本当に大変だとま職員は どんどん減らされてその上あのもう県外 からのね支援の職員もみんな引き上げて しまったとかそういう中で仮設住宅に どんどん入るんだけれども食料支援がもう 打ち切られてえ本当にあの買い物に行くに も行けなくってまそこで私たちが行く食料 支援って本当に喜ばれてたと思いますで 特にあの食料支援とかその中であのま私 あのこのセンターがね本当ニュースを発行 してるのは本当に良かったなという風に 改めて思ってますそのニュースを見て 私たちにッ委員会広島の日委員会もこの間 あのお米をね30000km2回目も こないだも送ってペッドボトルとお米と 募金も集めてあの送りましたいうことあの 本当にニュースがね今全国でそのニュース で皆さんも知って支援が届いてるなという のもあの実感してそこでこのセンターがね 大きな役割発揮してるっていうのも本当に よく分かりましたえそれでまあんまりあの 詳しくは時間般的にもあれなので言われ ないんですけどもやはり岩島市では1番 印象残った発言ではねもう本当あのじまし てえ自分の身内が本当に東海でなくなって ね建物の東海でなくなったけどもで東海で 亡くなったけども震災その上あの震災と いうかあの火災ね火災でえその上の火災で 亡くなられたっていうことでもうその骨を 出すまではねどこにもも行きたくない行か れないと骨を出してもらうまであの本当に あの車で止まったり避難所でずっとこう 頑張ってきたというでその方は本当にあの 今皆こう報道がね全くされないとで私たち がこういう思いをしてることをもっと本当 知らせて欲しいということも言って いらっしゃいましたで絶対元のね島朝一 通りにするんだというそういうすごい思い をね私たちも伝わってこれは本当に伝え ないといけないし何としてでもね復興する まで私たちもね支援しないといけないなと いうのを感じてきましたでま最後あの歯科 原発のところで言えば中谷さんがねあの 中谷競技が本当にあの1人だけま町内であ 議会で反対してるの自分だけだとでこの方 もえ定年をして16年間空白のね競技戦に 自分は出てあの今3期目にやっっとなった ということでね当に議会でもこういう風に 言い続けないといけないんですっていう風 にね言われていましたで今回のあの今の 歯科原発の様子作品ね小村さんも小村さん も言われましたけども村本さんも言われ ましたけど本当にあのこう再稼働なんて とんでもないもう道路は寸断してるのに こうとこで逃げことなんでできないって いうのをね本当に確信を持って言われまし たやはりあの私も本当原発だけはね本当に ハロにという思いでま広島に帰ってもね しっかりあのこの立場でえ頑張っていき たいなというのを思っていますはいそんな ところではいはいありがとうござい ますさんの報告でもありましたけどもあれ なんですよね仮説に移ったらもう完全 イモードにごっそり切り替わるんですよね うん食料支援も止まるしとかうんねえいや でもあれノトは特にひどいなと思ったん ですよあの仮設住宅に入ってもあの仮設 住宅にあの一応集会書ができてたのを見 られました簡単な集会書ほう仮説住宅だけ じゃなくて一応人が集まれる集会書が1 か所必ず作らないといけないんであるはず なんですよはいでマビでもあったけどその 集会書があってもその仮設住宅の中の自治 会とかコミュニティはなかなかリーダーが いなくてできないんですよなのでマビの 場合は仮設住宅ごとに1人職員を配置して 担当者をああでその世話役みたいな腸内 会長的な人を作るあの置いてたりもしたり うんりあの心のケアっていうんで見守り 事業であの社業の職員を訪問してもらって プッシュ型のそのあのケースマネージメン トっていうか1つ1世帯1人1人のその あの困難を抱える人たちこそ節型で支援し ようっていう取り組みが行われるんです けどうんうんまだんだん行われていくん ですけどそういう取り組みもすごく遅れ てる多分やると思う 治からの応援職員はもう返してしまって ますあれがもう本当ひどいですよねまだ まだ必要だったと思ううんうんでプッシュ 型の政府からの国からのプッシュ型の支援 も3月末で止まってるし東日本でも西日本 でも孤独し問題が起きるんですよこれから 関連士の中に孤本心配でしたねあの仮説に なる入ってちょっと関連し孤独し なんかもう地域のコミュニティが崩壊され て寄せ集められてる からい割と地域者同士だが仲良いだろう ぐらいの話だけど違うんですよ全然うん 本当にあのそう意味ではリーダーを作ら ないこうも持ち込まないといけないし本に うんあのそんなに簡単じゃないんですよね 心のケアって未だにま町でも自治自治体 自治会自身があの作れないエリアもあるし うんうんちょなんかうまくいってるところ もありますもちろんあるんだけど半分は ダメなんですようんうんだからそれは 引きずるんで絶対あのなんかすごいあの 仮説住宅ではい終わりみたいなで支援金が 今までよりちょっとたくさん出てるので いいだろうみたいなあの空気っていうのは 本当に良くないなと思いましたね うん件仮説に移ってまとりあえずほっと ひい気はするけれども仮説基本的には2年 でって言われていてでもすますさん藤井 さんからあったように住まいは全然再建の 見通が立ってなくて公費解体だってまだち についたばかりっていうかま始まっても ないみたいな多くの家庭がみたいなことで 2年でどうやって出ていくみたいなことも これからまさしくも問題にもなるし公営 住宅を望む声ですとかねま再見って言っ たってどうすんのみたいな高齢者の方の声 もたくさんあったしっていうん で本当この希望を失うっていうか ね今日のタイトルなんですけどので生きる 希望っていうのを本当に失わせてはなら ないそのために目の前の食料の支援や 見守りの支援を強め つつやっぱり見通しが持てるようにうん 政治の責任でしていかないといけないなっ てうん思いました ねあの結構怒りの声も寄られてこの万博 って話あったけどもそんなとこにかけてる 人や資材やお金があるんなら被災者に被災 地に集中してよっていう声もあったし裏金 があればすぐ公住宅できるでしょって怒る 女性とかもいましたねやっぱ怒ってる今の 政治状況でもねうん うんそんな声あの生活体験支援金がすごく 増やされたのはいいことなんですけどあれ て家を立て直しますって申生建設のその 見積もりまで出して申請しないと支援金 ってもらえないんですようんうんなので 結局生活債権の初期のあの基本支援は 100万で変わらないのでうんうん本当に あのひどい話で火とか揃えたら終わっ ちゃうのであの正全然再建にならないです よねならないんですうんまたなりわいの 最近はもっと大変だし漁業とかあんだけ 流儀してるので漁業壊滅的被害受けてるの に網の処理代すら事故自分で払えって言わ れてるって話があってそんなことできる わけないでしょうみたいなうん本当に ひどいゴミの処理すらね被災者に苦をかけ てるっていう問題本当深刻ですよね うんあのえっと朝一通りは僕らもたくさん 聞いたけど和島塗りのまさに え拠点である地域でもあり伝統的な えこの土地のなりわいっていうかね え事業も本当に一からの再建になるし 海岸の竜の話がありましたけども漁業も やはり和島市は盛でしてね和島港ってえ 和島市の拠点の港なんですけども200席 の漁船がま集中するようなま拠点なんです けどももう全く船が近づけない完全に漁業 もストップしているっていう話も地元のし さんから聞きましたし暮らしの再建と共に やっぱりなりわいですよねまBや広島でも きっと同じ話があったかと思うんですけど もここでの支援もこの間拡大もさせてき てるのでうん成りに対する支援をまもっと 広げ てののなりわい再建のお1日も 早い再建ってのをしていかないといけない なってことも感じたところでした コメントすますさん藤井さんありがとう ございますえ島根の報告会に私も参加し ましたなんですね斎藤さんうん村本さん 今回の方向もよく分かりやすくよく分かり やすく発信していただき本当にありがとう ございまし たほうほうという共感のコメントなのする ます皆さんありがとうございますあっと いう間に1時間が経ちました えっとだから引き続き食料などのえ救援 物資が引き続き求められていますのでえ さっき300kmのお米っていう話も富士 金からありましたしすさんから第3弾第4 弾のまた支援活動っていう話もありました し全国からもね今共産党も含めてえ ボランティアが入ってるかなと思いますの でみんなの力で1日も早い再建をという こともしっかり私たちもから入れてやって いきたいなと思いますしやっぱり同時に 政治の責任ですよねうんやっぱりしっかり まずっとあるように祭の復興のためにこそ 国は1番責に果せってことは本当に私たち 求めていかないといけないなていう風に 思いまし た最後一言 ずつ言って終わりますか ね藤井さんほさんすさんという順番でいき ましょうか改めてはい県議会なんかも 始まるかもしれませんねその辺りで何か 論戦で考えてることなどあれば触れて もらってもいいですし国政候補の私たち 2人は国政の決意などもエリコさん言って もら藤井剣技からどうぞそうですねあのま ちょっとまとめの私もパワーポイントが まだ間に合わなくて動画でっと ねちょっとすいませんでしたねえそれで あの私はね本当にあのこ帰ってきた後に ちょうどま国会でね災害特別委員会で2 さんとら田村さんがね質問して色々支援を ね改善させて前進させたっていうニュース があって本当にこれは地方のうん島町の 議員さん安美さんとかね中種さんがもう 本当で頑張っ てる島町議員と国会がね本当に結びついて えやってるっていうので本当にあの共産党 はやっぱり素晴らしいと支援も含めてやっ てるっていう改めてねあのみんな川村さん もだけどもさんとてすごいなっていうのを 実感しましたねうんね是非ま大平さんをね 今度総戦で必ず必ずね押し上げてあの国会 にね戻したいというにて決意しています よろしくお願いします以上ですありがとう ございますじゃあ村本さんはいじゃあの 駆け足で報告したんですけれどもあのつい この前の日曜あの日韓誌にもこの今まさに 大帝電力会社がこういう再生化の エネルギーで発電した電気をま抑制すると いうことでやっぱ国のあの方針が原発会期 っていうだもんであの道の急増がこういう サエネを抑制させるというか排除して しまうような原因になってるというま教団 先生のお話も読みましたがあのさっきも えっと今県議会が始まってて あの我が党のあの島根県議小村俊成県議も 6月18日にあのこの原発の再稼働につい てのことをあのえ厳しく追求しあの論戦さ れるわけですが本当にま現場を見たあの 県議の論戦それから地元もやはりあの原発 この再稼働に向けての住民の関心とあの 不安な声高まってますのでやっぱり一体に なってあのこの原発再稼働は中止原発ゼロ のあの方向へということであの政治の力で 変えるというところに私もあの候補者とし てあの少しでもあのえ頑張れるようにあの ま勉強もしつつさんの声と結んで頑張って いきたいと思います大平さんの議席を とにかく奪還するためにまそれこそがあの 皆の命を守る原発ゼロの道だということで あの声を上げていきたいと思ってます よろしくお願いいたします頑張ります ありがとうございますじゃすます県議お 願いしますはい今日はありがとうござい ましたありがとうございました元の経験は もういろんな意味でやっぱりあの全ての 自治体に生かされるべき本当にあのまいい 意味でも悪い意味でも本当に大事だなと 思ってあの今後の議会活動にめかしていき たいなと思ってますそしてま何より暮らし となりわいの再建誰1人取り残されない 被災者支援っていう催者に寄り添った 支援以外以上に大事なことはもうないと この日本で起こっているこの元の取り残さ れてると思ってる者を1人でもそんなこと わしちゃいけないっていう思いがもう いっぱいですもう軍学やってる場合じゃな いっていうねそうだそうだ本当にすごく 思いますあの絶対共産党躍進させてねこの 軍学路線やねあの馬鹿げたあのカジノ誘発 のあの万博なんかやめてね喉に集中して ほしいと本当心から思ってますあの大平 さん頑張ってください一緒に頑張ります はいありがとうございまし た今から10年前に富士山冒頭あった けれども2014年の8月に広島市の土砂 災害で77人が亡くなるっていう災害が あったのが20年前で2018年もう本当 に岡山広島島根も川本町とかねえ津市とか をま西武地域を中心に人な被害あった 西日本豪雨などもありましたしまその後も 毎年のように雨を中心とした災害が起き てる中国地方っていうことで本当に人言 じゃないしやっぱりあの被災者の苦しみて の本当身近で当たりにしてきた私たちです から本当にのの人たちの力になり たい本当にあのつさんの報告の最後にあっ たけど僕も直接聞いたけどは捨てられて いるようだっていうのがもう本当ちょっと 涙がななもう流れちゃうっていうこんな こと言わしてていいはずがないっていう ことで ねあの一通りも感じたしもうなんとしても 1日も早い復旧復興と繋がった命を救うて いうか繋げるっていうことの私たち自身の 責任も感じながら帰ってきたところでした えっと原発の問題も本当にそうでね島根の 2号機再稼働がこの12月にもという風に まだ言われてるし山口にも上関町で原発 建設とまた神核のゴミ捨て場の新たな建設 計画なども 持ち上がり原発問題もこの中国地方にとっ てとても人言ではないえ地震の被害と一体 にこんな大被害を生ませるわけには絶対 いかないということでねやっぱり原発最 稼働反対阻止え原発ゼロの日本をというの をえしっかり教訓にして中国地方で運動を 進めていきたいと思いまし た皆さんありがとうございます視聴者の皆 さんもありがとうございました30分遅れ で始まったあジ共産党でしたけれどもえ とてもリアルなねえ参加した皆さんからの 詳しい報告ももとても参考になったかなと 思います今日もとてもいい企画になったか なと思いますえこの企画ありがとうござい ますとえ今後も発信していただきたいって いうあの嬉しいコメントも寄せられました え引き続き発信もしていきたいと思います し大軍格って話がすさんからあってねうん 実はあのこの日曜日が沖縄県議線のうん 投票日ということでうんここが本当にあの 大軍の1番の集中点にもなってる沖縄な もんですからねうんえ沖縄県議戦のま デニー牽制支える大沖縄の勝利ということ で共産党もその一員として7人全員通すの ために頑張っていますので是非お知り屋に 得る方は広げていただきたいですし全国 から中国地方からもう岸田政権は退場と 自民党政治を終わらせてえ被災者の1日も 早い生活再建ということでまた大軍学では なく暮らしに希望の政治を実現するという ことで共産党頑張りたいと思い ます北総選挙村尾さん友ども国会に行き たいとうん改めての決意も申し上げ て終わりにしたいと思いますイ最後までの お付き合いありがとうございましたゲスト の皆さんありがとうございました貴重なざ 頑張っていきたいと思いますお疲れ様でし たはいありがとうございました終わります 視聴者の皆さんありがとうござい ます終わりまし た終わったありがとうございました

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