谷村さんの誕生日に25周年に青山劇場でのこの世の青春について語ってます。面白く編集しました。
こんばんは こんばんは1局目にお送りしましたのはえ 1972年の作品アへの参加ご存知だった 方ちょっと拍手いただけ ます すごいこれはアリスの確か2枚目の作品 ですからこれを知ってるってことはかなり マニアックな方が多い今夜は谷村にとって は特別な夜 [拍手] ですこの青山劇場が始まって10回目 そしてアリスでプロデビューしてから25 周年目そして今夜は谷村の誕生日 ですなんか照れますねもうやっと28に なりまし たでもデビューしてえ25年25年って いうのもなんかちょっとテレクで自分では 1/4世紀と呼んでおります1/4世紀 経って未だまだ青のままそれが今夜の テーマです今夜はもう特別な夜なんで皆 さんの知ってる曲を今からガガンとお送り したいと思い ますそしてその曲の数々を21世紀 バージョンにして皆さんにぶつけていき ます最後までごゆっっくりお楽しみ ください アリスはデビューしてからしばらくずっと 日本全国をコンサートして回っておりまし た当時えたくさんのお客さんが来てくれ ましたでも本当に日本の隅々までアリスの 名前を知られるようになったのはテレビに 出てからですあの当時ありました2つの 大きな歌番組ザストで夜のシトスタジオ この影響大きかったと思い [拍手] ますありがとうございますえ冬の 稲妻今もう誰も涙の近い3つ続けてお送り しましたこの3局我々は当時冬な未だ並地 と呼んでおりましたま遠くで的を聞き ながらこれは的と呼んでおりました チャンピオンはぴょんと呼んでおりました あんまり意味がないんでやめましたさて 今回25年谷村はご機嫌なメンバーを揃え ました盛大な拍手でお迎え ください休みがあると ね時々絵書いたりしますそれで今回25 周年だしたまには自分の絵を1回後ろに 飾ってみるっていうのもいいかなと思って ちょっと書いてみまし [音楽] たあの絵だけじゃなくて休みの時はよく 渋谷の街をプラプラしておりますブラブラ じゃないブラブラとプラプラは違うんです ブラブラっていうのは疲れて足を引きずっ てる状態プラプラってのは足が軽く プラプラしてる面白いですねもうソックス で茶髪の女子高校生たちあとズボの股を この辺まで下げた男のこういうのに混ざっ て歩いてるともう嬉しくなってしまいます 僕も昔は結構暴れてた方なんで嫌いじゃ ないんですああいうの僕も昔はこのロング ヘアで何がおかしいんでしょうか谷村も 生まれてすぐこういう頭だったわけじゃ ない昔は本当に長かった緑の黒髪っていう ぐらいでもう緑色に染めてたりしまして イヤリングをしてマキをしてロンドンブー 履いてただから彼らなんかすごく真近感が あるそれにこう混ざって歩いてる結構 楽しいんです渋谷の町ってのは不思議な町 でどこからともなくいつも音楽が流れてる どっかのスピーカーなんでしょうね最近 よく流れてんのはパフィーですパフィーっ てご存知ですかあの女の子2人組出てきた 時僕はなんてやる気のなさそうな子だろう と思いましたでもね晴れた休みの日何の 目的もなく渋谷プラプラ歩いてる結構 パフィーの歌がはまるんですあこれだなと 妙に納得してしまいましたその後気が向く とセンター街の方まで回ってきて時々 プリクラし ますプリクラご存知の方ちょっと拍手 いただき ます はいプリクラて言った瞬間に昨日なんか眉 を潜める方がいてそんなことされるんです かテレクラじゃないんですテレクラと 勘違いしてらっしゃるテレクラってのは テレフォンクラブ援助交際とかああいう やつですプリクラっていうのは違うんです プリントクラブと言いまして早い話が3 分間写真それにあの写真の縁にですね いろんな花柄だとかお月様とか星様とか こういうのがいっぱい出てきてその中に 自分の顔をこう映せるそれでこの機械の中 に入ってそれでこう周りの枠を選ぶんです よし今日はお月様とお星様にしようでそれ に囲まれて自分の顔をこう 好きなポジションでこう鏡がありますから こうやって1番いい顔で 取るそうするとそれがシールになってドン と出てくるこんなちっちゃいシールでそれ をこう剥がして財布に貼ったりカに貼っ たりいや僕は今しませんよみんなそうし てる25年前僕がそういう学生だった頃 25年後に自分がこうやってステージの上 に立って歌を歌ってるなんて考えもし なかった当時はただひたすら自分の生まれ た町から外に出たい町から離れて遠くへ 行きたいてそればっかり考えてましたま 当時は本なんかでも旅に出なさいっていう 旅を進める本が随分たくさんありました 当時の僕たちの旅のバイブルってえば伊 弘之さんの書かれました青年は荒野を 目指すあれに影響されて随分たくさんの 若者がナホとか経由でモスクワまで大陸を 横断して行きました中には帰ってこないっ ていう人もいるらしい今で言えば佐木 孝太郎さんの深夜特急でしょうかそういう こう旅への思いを駆り立ててくれるものが あっただから我々は旅に出れたそして今 こうやって舞台の上にいたりするでも旅に 出れない人だっていっぱいいる自分の 生まれた街で育ち生きてそしてその生まれ た街で人生を終えていくこれも1つの生き 方ですでもそんな人たちの旅への思いを歌 にしたいと思って作った歌がアリスの頃に 1局ありますこの手はきっと会場の中にも 好きな方が多いんじゃないかなと思います 振り返ってみれば自分が初めて書いた旅へ の歌かもしれませんそれじゃあ遠くで奇を 聞き ながらさっき25周年ってちらっと言い ましただから最近よくインタビューをして くださるそんな時必ず聞かれることが1つ あります今までやったステージのうちで 1番思い出に残ってるステージはどれです か いっぱいありすぎてとても1つは語れない それもいい思い出ってのはほとんど忘れ てるんですよかったなでも忘れてしまう 忘れられないのはやっぱり悲惨なやつ おそらく生涯忘れないだろうないろんな ことがありました東北ま場所は辛い思い出 ですからはっきり言わない方がいいと思い ます一関という街があり ます問題がきここじゃないですここまで 我々は行ったんですそして連絡をして一関 へ着いたら迎えの車が行ってますから我々 は例によってギターとかコンが持って駅の とこダっと出てきたするとどう見ても駅前 に車1台もないんですおかしいな電話して みようすいません迎えの車が来てないん ですけどあ変ですね今迎えに行ってるって 電話ありましたよこの時に我々勘違いして た迎えの車なんとなくイメージするじゃ ないですかハイヤーだとかタクシーとか そういうのイメージしてたそう言われれば 端っこに1台止まってるまさかあれじゃ ないだろうトラックです小型トラックあの 荷台に天井のないやつ ですまさかあれじゃないと思うけど一応俺 リーダーだから聞いてくる からすいません アリスですけど行った瞬間です運転席に 行ったもう東北人独特の優しい笑顔のおじ さんがあお待ちしておりまし たやっぱこれ だこれだっ てさ乗ってください乗ってくださいこう いうのは乗ると言わないこういうのは積む という私お手伝いしましょうもう優しい方 でこう我々積んでくれるんですもうこのね 積んでくれる時にそのおじさんが笑顔なら に語った一言未だに忘ません良かったです ね雨降らなく て雨降ったらどうする気だったん だろでもその荷台に揺られることそっから です物語はそっから1時間半峠を2つ超え て着いたのが東北のある小さな港町場所は 公民館もう公民館と言っただけでなんか な看板がかかってる我々はもう自分たちの コンサートだと思って言ってますからバッ と看板見て愕然としました1部マジック賞 2部火曜賞 アリスかしはないわな堀内もかしはないわ なやもかよわないよ ねせめて水曜かなんか違う 1部マジックショ2部我々ですで我々の こうコンサートの用意してますからその調 の前で一部マジックシがところがこの マジック が上がってらっしゃるん です上がってるマジックほど説得力のない もパみんなあもうチューリップ出るはい ハカ出るわかってるんですもう胸から出す とかそういうんだったらやっぱびっくりし ますけどそんなもの出てきても驚かない何 やっても受けてないんですあまずいなおじ さん焦ってるだろうな最後です大技勝負に 出ましたおじさん新聞章を柔取り出して ラッパ状に丸めたご存知ですかこの手そこ に牛乳を 入れる牛乳を入れてファってやると桜吹雪 が落ちて くるその予定でし たおさん上がってらっしゃったんでしょう ね 牛乳が通常の倍入ってるん です上がり ながら春は3月落下の舞ぴってやったら 牛乳が ダーそして彼が逃げるようにアリスの皆 さんですとかって言われてわあとどん長学 と前の女子高成顔白い 点々悲惨でした ねあと福井 県もうこんな話してたら2時間ぐらいあっ という間ですよつがという 間違いここは冬場はスキー場になってる このスキー場を利用して夏場コンサートを しようフォークとロックのコンサートお客 さん入りました2万人ところが当時 フォーク派とロック派って完全にお客様が 別れてた行ってみればフォーク派ってのは 文学派ロック派ってのは舞踏派ですでこれ が2万人スロープにいるんですけども前 半分ロック波上半分フォーク波それで出る アーティストもフォークが10組ロックが 10組そんな感じ1部フォーク2部ロック こういうんだったらよかったでも主催者が 喋れたこと考えるんですフォークロック フォークロックもうこの辺から僕はあ やばい なもう境に達してくるそるともうロックの お客さんはフォークなんても相手にしない もう聞いてないで火がくれてきてだんだん クライマックスに達してくるもう前の方 はっきり言いますけど200人ぐらい暴走 族ですもう飲んでる異装便転がってるもう みんなうわーって矢じり始めるやばいなあ これ雰囲気まずいなその時に出番だったの がえダカーポというグループが僕も仲の 良かったえ男の子と女の子の2人組すごく 爽やかなただこの爽やかさがこの状況では 裏目に出るんじゃないか当時彼女たちの ヒット曲がありました結婚するって本当 です か嫌な予感しました 前ヘベレケですそこで彼女が結婚するて 本当ですかそると前のやつがお前に俺の 結婚とやかく言われる合が ないそんな言い方せんでも彼女泣きながら 1個でその後我々ですもう出てった瞬間前 のロック連中から帰れ帰れ僕も若かった プツンて切れた帰りたかったらお前が帰れ 行った瞬間です缶ビールが30本 ドあの缶ビールの開いたまままた中身残っ たまま投げてくんですだからこのピンの中 にビールがこ描いて美しく ピーよし負けるか行くぞつってふっと 振り向いたら2人いないんです よベアどうしたのギターが 濡れる金ちゃんも僕こういうの好きじゃ ないのそういう問題じゃないだろ もう維持だけでやりましたそれでもう単価 切って帰ってきましたもう2度と来るかと かって言いながらそしたら楽屋になってる 旅館に我々行ったら暴走族が詰めかけてき たんです谷村たせ僕は2階の窓開けて文句 あとか お前結局警察が出てきまして僕は警察に ガードされながらタクシーで京都まで送ら れた前と後ろパトカーに先導され でその後ろ暴走族は200台待てとかまた 窓開けてこんなとこ来るか とま今そんなことないですよ昔ま若かった 頃をこういうこともあったというそれだけ の話ですよまそんなアリスが10年そして 1人になってもう15年ですこの25年の 間にいろんなことがありました1978年 には息子が生まれましたそして1980年 娘が生まれましたえ息子が生まれた時は ちょうど体を壊して自宅で両用しており ました娘が生まれた時は新宿の厚生年金の 舞台の上にいたそこで女の子が生まれたん だよってみんなに報告しましたたくさんの 拍手とおめでとうの言葉をいただきました そんな言子供たちも今18歳と16 歳1980年生まれの娘は2000年に 二十歳になりますそして2002年には 22歳になってい ます今 まで何回ステージをやってきたのかな自分 で数えたことなかったでも数えてくださっ た方がいました今日がなんと 3190回 目まだ回となんか綺麗んですけど3190 回っていうのはなんか区切りが良さそうで あんまり良くないというかでもすごいです ねそんなにステージやってきたんだという ことは今までのべ何曲ぐらい歌ってきたん だろう数えてくれた人がいまし たのべ6万局だそうです6万局あでも全部 違う歌じゃないですよ6万曲の中には同じ 歌を何回も立ってるっていうのがあります から6万曲レパートリーあるわけじゃない でもそれだけ歌ってきたのと同じぐらい ステージの上で僕は喋ってきましたアリス の初期の頃まオリジナルがまだ少なかった 頃歌が半分とおしりが半分ぐらいありまし ただから時々言われたんです谷村さんって 歌も歌うんです ねいや本当は歌う人なんだけど喋る人だと 思ってた みたいこの25年間自分が今までの ステージので喋ってきたことを今回1冊の 本にまとめてみましたそのタイトルに心に 響く言葉っていうのをつけてみましたあ こんなこと喋ってたんだ自分で読み返して びっくりするようなこともありましたもし 機会があれば是非ご一読いただければと 思いますその心といえば心これスペイン語 で言いますとコラソンと言いますこの青山 劇場をスタートした時思ったんですこの 舞台でこの舞台で歌える歌を作り たいそしてある1局の歌を作り上げました 1人の女性の学生時代から10年間に わたる愛の物語言い換えれば1人の女性の 10年間にわる心の物語を聞いていただき たいと思いますコラソン [音楽] ありがとうありがとうござい ますアリスの初期の頃からねずっと思い 続けてることが1つだけあり ますナンバーワンになることよりも オンリーワンになりたいナンバーワンって いうのは次のナンバーワンが出てきたら ナンバー2ナンバー3になってしまうでも オンリーワンていうのはどんな時代になっ てもどんな国へ行ってもたった1つのもの 自分だけのものそんな風になりたいって ずっと憧れ続けていましたおそらくこれ からもそんな風に生きていくだろうなと 思い ますここんとこね1人でいるとふっと 考えるんですけど人間にはみんな役割が あるんじゃない かある人は人の戦闘に立ってたくさんの人 を引っ張って走っていくそんな役割の人 また別の人はそんな走っている人を ひたすら支えるそんな役割の人また別の人 はその場にいるだけで空気を和ませる そんな素敵な役割の 人自分はどんな役割 だろう僕はレールを敷いて橋をかける人 それが自分の役割だって1970年に 初めてアメリカ大陸を踏んだ時そう思い まし たその後のでのコンサート活動ヨーロッパ でのシンフォニーとの共演アメリカでの レコード制作全てレールを敷き橋をかける 作業でしたその後誰か素敵な若者たちが そのレールを橋を渡ってきてくれたら こんなに素敵なことはない今強くそう思い ますそんな思いを込めて作った歌を歌い ます木橋 ありがとうござい ます今夜 は誕生日だし じゃもう1曲行き ますスバル21世バージョンお送りします
ロックファンとのやり取り⁉️めちゃくちゃ笑ってしまいました。チンペイさんも血気盛んな頃あったんですねー😅
チンペイさんの「僕、こういうの好きじゃないの」ってキンちゃんの真似が「言いそう…。」って思ってウケました。
谷村新司さんのトーク、大変嬉しいです。初めて拝聴出来ました。素晴らしい‼️敦賀の暴走族との闘い😂吹きました🤣🤣🤣ありがとうございますぅ⤴️⤴️❤