<光る君へ>第17回 徹底解説:道兼の更生がアップデートされてなかった道隆の末路<うつろい>

<光る君へ>第17回 徹底解説:道兼の更生がアップデートされてなかった道隆の末路<うつろい>



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Today’s INDEX
<メイン解説>
1:乙丸の報告とまひろの口元
2:道隆の最期へ
3:表情が優しくなった源明子
4:源倫子は「顔に出さない」
5:百舌彦と乙丸とまひろの「なつかしい」
6:安倍晴明の突き放しと心当たりありすぎる道隆
7:本音を言う実資とそれを見る一条天皇
8:さわを通して気付く「書くことが何かに」

<オープニング>
9:オープニングクレジット解説

<次週の話>
10:次回のお話
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※画像使用について
動画内で使用している画像は基本的にNHKが公式に発信している画像を引用の上で使用しております。著作権者は(C)NHKとなります。

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17 comments
  1. 一条天皇が「伊周の内覧就任は道隆の病の間だけ」としたバランスの取れた判断が見事だと思います。
    ★判断材料(推測含む)
    ・道隆・伊周と親しい家族に近い関係性なので、意向はある程度汲み取りたい
    ・関白道隆の意思を最も代行出来る立場にいるのが内大臣伊周
    (左大臣は源家・右大臣は道兼だが、母の詮子の意向を考えると道隆の意思を代行出来る条件が足りない)
    ・伊周の年齢が若すぎるので、内覧就任を認めるにしても条件が必要
    ・実資が一条天皇の中関白家寄りの立場を心配していた事を考慮
    ・母で女院の詮子の意向(反伊周)も考慮

  2. 今回、まひろの父、為時の「お前の看病をする道長様の眼差しは只事では無かった〜どうでも良いオナゴの看病をあのようにするとは思えぬ。」さわさんの母を最後まで丁寧に看取った為時らしい言葉で、改めてまひろの幸せを願う父心を感じました。その後の百舌鳥彦と乙丸の掛け合いも楽しかったです。

  3. まひろの、なつかしいと発した言葉の想いを解説して頂き有り難いです
    さて、清少納言と倫子ですが、私は、どちらのファンでもなく、まひろのファンです
    解説ありがとうございました😊😊😊

  4. 道隆が道兼に今後のことを頼む場面、
    秀吉の晩年と重なるようで哀れさが特に印象に残りました。

    今回の倫子さん、
    財産もたくさん持ってるんですね、
    それに太っ腹!素晴らしい(ᵔᴥᵔ)
    笑い方が少しこわいだけです😅

  5. 藤原道隆はただただ純粋に自分の一族の幸せを願っていた人物だったのではないか、と思います。

    貴子との子である伊周の将来を案じる姿や、貴子との想い出を語る姿などは、

    家族に対する愛情の強さを感じさせました。

    一方で、兼家からエスカレーターで権力を継承してしまったことで、正しく権力を行使する能力が磨かれなかったのだろうと思います。

    結局、人事は上からのゴリ押しで進める形で周囲の批判や不満は一切考慮しないというスタンスを貫きました。

    兼家は上からのゴリ押しばかりでなく、道兼を使って周囲の取り込みや根回しも欠かさない人物でした。

    良くも悪くもそれが兼家一族の繁栄を築くことに繋がったわけですが、

    兼家から大事にされ過ぎたがゆえに権力を行使するノウハウを学べなかった道隆。

    権力者じゃなく、身の丈に合った貴族の家に生まれていたら、いいパパのままで一生を終えられたのかもしれません。

    胡蝶の夢の引用も非常に上品でしたね。まひろが書写している場面でさりげなく映す。

    貴子との馴れ初めを最後に語る道隆の姿は本話序盤からのリフレインで、

    既に一度聞かせた話をもう一度貴子に聞かせる、道隆にとって今は夢か現かもう定かでないという表現になっていたかと思います。

    見てしばらく経っているので曖昧ですが、道隆の最期の場面で映る蝶、

    最初は一匹でしたがラストの場面ではつがいになっていませんでしたかね…

    また、定子が兄の伊周を内覧にしようと画策する場面では、

    同じ宮中の女性でも藤原詮子との視点の違い、圧倒的な政治力の差を対比として見せられる形になっておりました。

    詮子が一番正しく兼家の素養を受け継いでいると思います。

    道隆の一族が周囲の者から反感を抱かれている事を承知で、自分の意図を通すのにはまず「周りを味方に付ける」という発想の詮子。

    対して、「お上が決めさえすれば周囲の者は何も言えない」という発想しかできない定子。完全に政治的な見識の限界を提示していますね。

    自分の一族中心でしか物事を考えられない部分は正しく道隆の娘だったとも言えます。

    来週のハイライトは、おそらく道兼となるでしょう。

    最終的に道兼という人物が視聴者にどう総括されるのか。

    個人的にはここを最も注目しております。

    主人公の母親の命を奪うという、大きなマイナスから始まった道兼。

    「ヒール役」が付いて回った道兼ですが、ここまでの話数を通して大きく印象を変える描写が為されています。

    実はやらかしているのは最初だけなのに、その最初の過ちだけで劇中の人物からも、視聴者からも不当に評価されてしまう。

    そんな彼が、今では道隆よりも最期を惜しまれるような人物に変貌を遂げています。

    第一話を見た時点で、そうなると予想していた視聴率は誰もいなかったでしょう。

    ここまでの描写の積み重ね、動線の引き方が見事で、個人的には本作で最も優れた人物描写の一つと見ております。

    来週がその集大成となる回と思いますので、心して見ようと思います。

  6. まひろが百舌彦に「懐かしいわね」と言ったシーン、私はあまり切なさを感じませんでした。

    今回のまひろの表情は、何か少し吹っ切れたような、屈託ない明るさがあったような。

    道長と別れてからここまで、生きる意味を見出せず、つらそうな様子が多かったけれど

    疫病から生還し、しかも道長が救ってくれたと知り、もう悲しい思い出の人ではなく

    生きていく励みになり始めたのかな、と。

    もちろん人生の模索は続いているけれど(それは一生、続くのかもしれない、だって紫式部だからw)

  7. まひろが唇を噛む表情の変化は心の成長を現しています。昔は百舌彦に言葉をかける余裕もなかったと思います。道長が好きで好きでという想いは、昔は苦おしいものであったけれど、今は愛おしいものに変わっています。私はまひろが言った懐かしい、は真意だと思います。
    道隆は血の繋がった弟妹から完全に孤立してしまい、逆に敵視している。道隆にとって弟妹は家族ではない。妻と妻の血を引く子供達だけが自分の家族、それを守る事しか考えられない。弟妹だけでも味方につけていれば、公卿達にもあれほどには疎まれなかったのに。
    道隆は定子に皇子を産めといい、俊賢は明子に女子を産めという、己れの利得にしがみつく男達の身勝手なことよ。源氏物語のテーマとしてまひろに拾われそうですね。
    一条天皇は、定子に絆される事なく自分の判断で政を動かそうとしています。中関白家の言いなりにならず、よかった。
    源氏物語は書き写されてどんどん広まったといいます。まひろはさわが自分の文を書き写してくれた事に歓びを感じ、人に書き写したいと思われるような文章を作り出したい、と思った事でしょう。

  8. 今回の動画で、清少納言と藤原斉信に言及されなかったのはやや意外でした。

    私としては、斉信が道隆主催の漢詩の会の後、「鼻をへし折ってやりたい」と言っていた女子にあしらわれている様子が微笑ましかったです。

    一旦は盛り上がった二人の関係も、既に清少納言が返歌をしないというような状況になっている様ですね。
    紅葉の葉は、枕草子にも出てくる定子サロンのメンバーと斉信がいっしょに紅葉狩りに行ったことを踏まえたアイテムだと思われますが、斉信がその思い出を利用しようとしていることに男の未練がましさも感じもしました。

    道隆が定子のところへ来て「御子を産め」と言ったときに目配せで即座に御簾を下ろさせた場面では、仕事のできる清少納言の凜々しさを感じました。

    登場人物に関するアンケートがあったら、私は清少納言を推します。

  9. 道隆が定子に皇子を生むことを迫ったシーンですが…。
    道隆が病床にある頃、中関白家の綿々たるが集っている席に一条天皇が現れ、定子を連れて寝所に籠もり、事をいたした(たぶんその間、貴子や伊周たちはじっと待っていたと思われる)というエピソードを思い出しました。
    先回、ラブシーンを火事の知らせで寸止めにされているし、花山天皇のあれこれを描かれているだけに、もしかして?と。
    深読みでした笑

    糖尿病は飲水病と呼ばれていたようですね。
    史実ネタバレを許していただくなら、道長の命を奪うのも飲水病ですし、飲水病の家系だったのでしょうね。

  10. 最後の方でまひろと道長が同じ月を見ているシーンでまひろの目がウルウルで涙ぐんでいました。その時彼女が書いていた書は、清原深養父という,清少納言の曽祖父に当たる歌人の歌で,現代語訳は,恋しいという言葉を誰が作ったのか?ただ⭕️ぬと言えば良かったのに。
    つまりは恋しくて⭕️ぬ殆どの愛しい気持ちを読んだ歌です。それを書きながら涙ぐみ月を見上げたまひろは,頭では道長と物理的に離れて暮らす覚悟はあっても,体(感情)は道長遠激しく求めていると感じました。石山寺で藤原寧子から言われた言葉、体と心は裏腹でございます,,という言葉が 蘇ってきました。
    まひろの中にあるその感情を書に書く事が源氏物語に繋がるのかなと思いました。、

  11. 道隆と貴子二人のシーンで、かつて宮中で出会った際の話が二度登場し、演出上活きていた。初め(1)は、道隆が息子らの前で酔って妻に膝枕されながら、もう一つ(2)は、最期の場面だ。(1)は、かつての二人の馴れ初めを語る幸せと回顧、(2)は、貴子を妻に選んだ理由(和歌)も明かし、道隆なりの妻への気遣い、配慮を伝えているように感じた。今まで共に歩んで来た夫婦にしか分かり合えないお互いの思いを、強く表現した見事なシーンだった。
    今回は、他にも心理描写が卓越していた。一条天皇:本人が一番自覚している未熟さや政への取り組みの拙さを指摘されての傷心、開き直れない誠実さ、詮子:先手を打って反伊周陣営をまとめ、数の勝負をかける豪胆さと緻密さ、定子:策謀と無縁のようで、ここぞという時にはちゃんと手を回し、自身の皇子出産と並行して兄伊周の地位を上げようとする大胆さ、為時:まひろの行く末を案じる親心、倫子:道長の意中の人が気になるものの、決してそれをさとられない賢さと奥深さ、源俊賢:道隆の哀れな状態をそばで見聞きし、新たに為政者のあるべき姿とそのギャップを実感する、道隆:身内のためのなりふり構わずの言動が他の人にどのように捉えられるかも既に眼中にない、切羽詰まった焦燥感とあがき、まひろ:書くことの大きな影響力を再び実感し、人を動かす要因となり得ると知り、物語創作への弾みを感じ始める、
    主人公の一人、道長の心理描写がなかったのが、意外であり面白い。

  12. 道長と倫子が「救い小屋」の話をしているシーンで倫子の強かさMaxだと思いました。自分の財も使って欲しいと道長を喜ばせ和やかな雰囲気の中、悲田院の夜は何処に泊まったのかと聞き、高松殿では無い事も確認。道長の表情と嘘くさい笑いでバレてしまいましたね。それでも嫡妻の貫禄を見せる倫子さん。今回の「オホホ」笑いも怖かったです。

  13. 定子の前で醜態を晒したが、貴子の前では永遠の光る君でいられた道隆。 兼家、道隆親子二代で妻の歌を携え旅立つ。 寧子には兼家が、貴子には道隆が光る君だったのですね。最愛の光る君がいる女は幸せだったのかも。さわが色々拗らせて欲しがったのは自分の光る君だったのではないのでしょうか?(自分の光る君になるはずだった円融帝から嫌われた詮子の悲惨さが際立ちますね)

  14. 詮子と定子の二人は政治手法において、まさしく「この父にしてこの娘あり」と思わせる脚本でした。

    父である兼家は花山天皇の親政の折、藤原義懐の専横をよく思わない公卿と共同戦線を張ることによって対抗し、その中で他を出し抜くことで政治権力を獲得しました。娘である詮子は父に反発した時期もありながら、今回は道隆を始めとする中の関白家の反対勢力を糾合することで権力の奪取を画策しました。

     一方の、定子は、父道隆と同様に強引であっても天皇の寵愛を背景に既成事実を認めさせ、そのまま押し切ろうとする方法で権力を守ろうとしました。

     ともに、父の政治手法を身近で感じ学んだからこその対応だったのではと思います。

     ただし、父兼家の政治手法を子である道隆が継承できなかったのは、汚れ仕事はすべて道兼に押し付け、権力の奪取や維持に必要な影の部分を道隆に見せてこなかったことに起因しており、道隆の危機管理能力の問題ではないように感じます。それは、兼家も庶民の生活には興味はなく、貴族間の権力闘争にしか興味を示しませんでした。ある意味、この部分は道隆にしっかり継承されているとも考えられるからです。

     今年の大河で繰り返し描かれている「因果応報」が大変効いていた今回の脚本だったと思います。

     また、今回は道隆の死が糖尿病(飲水の病)として描かれました。

    前回、疫病に対する道隆の認識が甘すぎるとの指摘が大変多かったようですが、当時の都に住む庶民は大変栄養状態が悪く、わずかな病であっても致死率が非常に高かったようです。(現在でも飢餓により栄養状態が非常に悪い地域ではちょっとした下痢でも命取りになることがWHO等でも報告されています。)

     それに対して、貴族は庶民と比較して栄養状態が良好であり、ふくよかである(太っている)ことが美男美女の条件でもあったようです。そのため、疫病であっても貴族の方が重症化しにくかったということは予想され、それが慢心につながっていたのではないかと思われます。

     一方で、道隆は死のシーンの直前にも、貴子から道隆は背が高く目を見張る美丈夫であったと語られることからも、身長だけでなく恰幅もよかったのであろうと推察されます。その行き届きすぎた栄養状態が糖尿病を引き起こしたのではないでしょうか。疫病が蔓延し、栄養状態が悪い庶民だけでなく、貴族の間でも猛威を振るい始めているこの時に、栄養状態が良すぎた故にかかる糖尿病で寿命を縮めました。「疫病は貴族にはうつらぬ」と豪語した道隆の不遜さは、庶民の貧しさを知ろうともせず贅を尽くした生活を繰り広げ、「栄養を過分に摂取できる貴族にしかかかりえない糖尿病で死ぬ」という皮肉以外の何物でもないシナリオになったのだと思います。

  15. 詮子と定子の器の違い、鋭い洞察に脱帽です。円融天皇は、詮子の中に兼家のDNAを見つけてしまったから、詮子に冷たくあたったのかもしれませんね。

  16. いつも解説楽しみにしております。一回見ただけでは気づけなかったことなど、とても参考になり大河ドラマがとても楽しくみられるようになりました。今回の解説もとても秀逸でした。これからも頑張ってください。

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