【ゆっくり解説】島津義久・義弘兄弟相克編その8ー庄内の乱(前)忠恒、家督を継承するも伊集院忠棟お手討ちが動乱の引き金に!

【ゆっくり解説】島津義久・義弘兄弟相克編その8ー庄内の乱(前)忠恒、家督を継承するも伊集院忠棟お手討ちが動乱の引き金に!



今回は忠恒が泗川の戦いでの戦功を賞されて5万石の加増を受けてさらに家督も継承するも、権臣伊集院忠棟をお手討ちするという大事件を引き起こし、忠棟の盟友石田三成の失脚という中央政局の大変動ともあいまって、忠棟の嫡男忠真による「庄内の乱」が勃発するまでの展開を解説していきます。

前回の動画
【ゆっくり解説】島津義久・義弘兄弟相克編その7ー慶長の役(後)泗川の戦いと露梁海戦でこれまでの汚名を一気に返上!

前々回の動画
【ゆっくり解説】島津義久・義弘兄弟相克編その6ー慶長の役(前)朝鮮への増援を拒否する伊集院忠棟に強烈な敵意を抱く忠恒

【ゆっくり解説】島津義久・義弘兄弟相克編の再生リスト

【ゆっくり解説】島津四兄弟九州統一戦編の再生リスト

こんにちはゆっくり霊夢ですこんにちは ゆっくり魔理沙だぜサムネにデカデカと 踊ってるけど今回はただ常が悪ひの異名の 本領を発揮する 大やけどねまあな文六の駅や対抗拳地 さらには慶長の駅という連続王イベントの 間にたまりに溜まりまくった剣身移住員 ただ胸に対するただ常のヘトがついに大 噴火してしまうんだな移住院ただ宗は両国 に残って対抗検地後の家神団への所要采配 分を我が物顔に仕切ってた上に朝鮮に長期 罪人して兵力と老不足に悩まされてたただ 常の旅重なる支援妖精にも冷たい態度を取 るっていう地雷を踏みまくる行動をして ましたしねおまけに移住員と彼と結託した 石田三成の手で両国経営から排除され かかってた吉久もただ常にしこしこ移住員 の悪口を吹き込んで像を煽りまくってた からなここまでフラグをバキバキに立てて たら平穏無事で済む方がおかしいわね そしてこの大事件がきっかけになってしま ず両国を揺すらないの乱が勃発してしまい 後々の関ヶ原の合戦での島付けの同行にも 大きな影響を与えることになるんだけど そんなわけで今回は商内の乱前編ってこと で親の顔より満たしずの洋式日と言える ゴタゴタ劇が新たに開幕するまでの流れを 余すことなく語っていくぜ前回でせっかく 勇気爆発ババあんな頼もしい姿を存分に 見せてくれたのに本当学習しないお家だわ ねまとっとと本編に入りましょうそれ じゃあ皆さんゆっっくりしていってね ゆ最初に慶長の駅で騎士改正の大活躍を 見せたしずけに対する論考交渉の話から 始めるけど慶長4年小月9日に五大郎は ただ常に対して視線の戦いでの群行を称し て両地の画像とただ常をこの絵の少々に 助人する決定を伝えるんだしずは視線の大 勝利を目いっぱい宣伝してたけどその会が あったってことかしらねでも総大将だった 吉弘じゃなくてただ常に音象が与えられる 形になったのはなんでこれは後でも説明 するけどこの時には島の家督が吉久から ただ常に譲られることが内定してたか みたいなんだがただ常はそれまで外部から はしまずまた八郎という通称で呼ばれてた んだけどこの時点では無無間で社会的には まだ本当の意味での1人前とは認められて なかったんだがここでただ常はいきなり この絵の少々というざっくり言えば釘の 価格として扱われるステータスの間に助人 されてさらに橋場苗字も下される栄誉に 預かり公的な肩書きは橋場さ少々と呼ば れることになるんだ失王で例えるなら稲田 からぶりに一速飛びに核が上がったような

もんかしらそしてについては文六の駅で 仮病を使って参陣せずに解役された島津殺 けた時の給料で寺沢は正成野良と資料に なっていた殺泉などや対抗検地後に島ず量 に楔を打ち込む形で設置されたクリの大隅 カジ石田三成量の清水木軍内の細川有菜量 の敬語万国が島付けに全て変換されたんだ が朝鮮出平で画像を受けた大名は島以外に はほとんどなくてな規定の軍数を6に 満たしたことが1度もなくてダメ大名の 楽員を押されかけてたけどたった1度の 視線での勝利で膨れる一方だった信用の 負債が一気に調消しになった上に貯金まで できたようなもんだから島津にとっては ギャンブルで人山当てた的な感じかしらね 島はこの画像で両国の国高が 61万円Yesモ照本上杉影勝前田都家の 太郎の面面に継ぐ数字で8万5の伊政宗や 5太郎の1人で57万円の浮田秀を上回る 規模に膨れ上がるんだなほへしずは国高 だけ見れば大量クラスにつぐ大大名になり 押せたわけねそしてこの画像を受けて所要 の再編にも着手して吉久と吉ひそれぞれの 直轄量10万国のうち4万国ずつを抑えて そこからただ常の直轄量6万国と妻のカ 寿量1万国を設定するんだが最終的には ただ常の直轄量を10万国まで増やす予定 でこれに加えて京都上中費用として3万国 さらに留保分として家臣に対する画像に 使ってもいいしさっきの10万国に加えて 直轄地に組み込んでもいい4万国も獲得さ せる段取りが進んでたようだぜじゃただ常 は吉久と吉博の両人の4万国以上も上回る 自前への所要を持てる可能性が出てきて サンドの間のパワーバランスの均衡を一気 に変える強大な実力を死中に収められる わけだわね島付けの5万国画像を後押しし たのは石田三成だったようでただ常に 10万国の直轄量を設定して豊富政権が 貸す軍役をあの手この手でさる吉久や彼に 忖度する吉弘に遠慮することなく軍役不可 に対応できるようにさせてさらに秀吉死後 の不安定な正極内で高層の日がくすぶり 始めてる情勢化でいざとなればただ常に 京都常駐費の3万国で5000の兵を率い て京都に注油させる費用を演出できるよう にする目論みだったみたいだぜ要するに 三成はただ常に恩を売りつける形で彼を島 漬けのトップに据えて自分に従順な存在と して買いならすことで権力闘争の手駒に しようと考えたわけねそうだな吉久から ただ常の家督上ともこうした分脈内で理解 できて政権が代表者認定はしてるけど兄に 遠慮する吉博に変わってただ常を中心に する支配体制にシフトさせようとしたん

だろうけどせっかくの三成の期待は結果的 に見事に裏切られることになるんだけどな ただ常は朝鮮に罪人してた時に三成に2度 も帰国を撤回されて移住院ただ胸から狩猟 采配当の主導権を奪回するチャンスを潰さ れた因縁があったしねしかもその移住員と 実行の中にあるってこともただ常の不信を 書きたてるのに十分な要素だっただろうな でも一方じゃ三成は兄の久安が休止した後 に吉久の娘で元兄嫁だった亀女と自分を 結婚させて島の家督継承者の立場に 押し上げてくれた恩人でもあるわけだわよ ね前回でも話したけど三成は吉久ヨひただ 常のさ殿が上陸中や朝鮮罪人などで両国に いない隙に生じる形で財政運営などのしず 両国経営に直接介入してきてたからこうし た三成のやり口がただ常の心の振り子を 不審に大きく触れさせる決定だになったん じゃないか三成は儲けただ常の心底を 見誤ったわけかしらねところで範囲住三成 という闇の共通校でただ常と心を通わせて た吉久は慶長3年11月と12月に不味の 家康亭に招かれて家康と面会していてな 家康は秀吉が死んだ後に起手を破って勝手 に多大名と婚姻関係を結んだりして自分の 途を増やしていったけど吉久にも接触を 測ってたのねでもこれってただでさえ吉久 を目の方にしてる石田成にどうぞ目を つつけてくださいって言ってるようなもん じゃないのああ三成はしっかり吉久の動き を掴んでよひとただ常に厳重にクレームを 入れたようで吉久は2人からかなり攻め られたらしく慶長4年正月3日に吉平たつ と気象門を交わして裏切る気持ちなんてな いって制約してるぜでも絶対的権力者だっ た秀吉泣き跡ににわかに誘導的になってき た中央正極を見据えて吉弘が続けてる石田 三成別た路線をこのまま継続していいの かってよし久が考えるのは当然な気もする わそうだな吉弘は三成ルート以外で豊臣 政権と関わるなんてありえないという スタンスだったんだけど三成の牽制は悪く 言えば秀吉の虎のいを借りたものなわけで その秀吉が死んでしまって両国経営からの 排除を画策されて個人的にも三成をよく 思ってないよひさがリスク回避のために 政権最大の実力者家康の招きに積極的に 応じて今後の正極の流れを見極めるために 独自の動きを見せたんだろなよし久よひ ただ常の3者間の微妙な近状隊の元にある 島は秀吉死後に取るべき路線を巡って それぞれの思惑を抱えながら動き始めた わけだわねそれはともかくただ常は慶長4 年2月20日に京都の伏見亭で吉久から 正式に家督を譲られてその証として島送電

の家法の中からしぐれ軍旗これは吉久の父 高久から島津本宗家の家督を実質的に脱し された欧州家勝久が両国外に島漬け送電の 家法を持ち出してしまっててこのままじゃ 高久は本宗家家督継承の正当性が怪しく なるんで島初代の田久の母単子の壺が大雨 の中で田久を出産したという孤児に基づい て高久が作らせたシレガリアなんだがそれ も合わせて譲られたんだな簡易ももらって 投手にふさわしいステータスも備わったし これでただ常は明日ともに島漬けのトップ の座に立ったわけね最も吉久と吉博がこれ でご委居様になって悠々自的の生活を送る わけでは当然なくてただ常は今後両国統治 は吉久とひの証人を得ながら自分が色々 進めていくと宣言してるんだけど吉ひの方 はこれを機械に出血したみたいで維新 そして維新っていう号を名乗るんだけどな ギフトジップの貢献を受けながら政務を 取るわけだけどただ常はまだ24歳の若さ だし未だに混乱が続いてる両国や不穏な 空気が漂いまくってる中央情勢に的確に 対処できる経験値は備わってないでしょう しねそれでただ常の家督譲渡を無事に済ま せた吉久は2月末に大阪を立って挙上の ある大隅富の熊に戻るんだがこれは前にも 話したけど国元に戻った吉久が真先にやっ たことは秀吉の命令でやなく処断した三定 都久の母台をとうために彼が自害した夕雅 水の地での進学時の根友なんだけどなもう 秀吉が死んじゃったから豊富政権なんかの 顔色を伺う必要はないって意思表示かしら そして家督を継いだただ常も朝鮮罪人中は 移住院ただ胸に仕切られて主導権を握れ なかった獣心や謹慎たちへの画像や天方に 待ってましたとばかりに乗り出すんだけど この時挑戦で長らく一緒に罪人していた 老中の島津たに大隅月軍内で戦国の画像を 行ってるんだがただ武の所要当て以上には この戦国は先の分力検地の時に削減された 分の変換だって書かれていてななんか対抗 拳地をリードした石田三成と移住員ただ宗 に対する当て付けみたいな措置だわねそう だな自分が挑戦で苦労してる間に検地と いう形で強引に両国支配に介入してきた 石田三成とさらにその後の家臣たちへの 所領采配分を独断先行して投資権を侵害し た移住院ただ宗による上から押し付けられ た両国編体制をぶっ壊す決意をただ常は 固めたんだろうけどここでようやくお待ち かねのただが起こした企画外のやらかし 事件移住員ただ胸お手打ちが起こるんだな 大名が家臣を暗殺するなんて戦国じゃ 珍しくないけど当初ご本人の手で斬殺 するってのは尋常じゃないわねでその事件

はどういう状況かで起こったわけ慶長4年 3月9日にただ常は伏見定で模様す茶会に 移住院ただ胸を招きのこのこやってきた彼 をその場で斬殺するんだがイカは17世紀 に変された記録ではあるあるんだけど島 漬けの花神辺島寿司セロ正当系図これは まるまる府という形式で歴代投手ごとに 自責がまとめられててその中の吉久府吉博 府家久府の3つにただ胸殺害の記事があっ てなその3つは内容になんか違いでもある の吉久府は茶会石の後にこい茶を振る舞わ れたただ胸が退出したのをただ常が 追っかけて斬殺したと書かれてて吉甲府に は茶会席と小家の間に1度茶室から出る 中立ちの時にただ常がただ胸を手打ちし たってありもう1つの家久府の方はただ胸 が陰謀を企んでたのを察知してやむを得ず 切ったって書かれてるぜ最後のはただ常の 行為を正当化する作意の匂いがプンプン するわねまあなちなみにこの教皇がただ常 が事前に計画したものだったのかそれとも その場のノりと勢いでやっちまったのかに ついては意見が分かれてるんだけどな普通 なら筆頭重心で投手に匹敵する8万国の 所業持ちかつ石田三成と提携してる超王も 家臣を後先考えずにその場で手打ちにする なんて感えづらいけどただ常はそんな常識 的思考が通用する男じゃないしね茶会の時 の茶会席には酒も振る舞われるんで常日頃 父の吉から金種を言い渡されれてた手段の たつが酒押しこた飲んで案の定手段壁を 発動してしまいつもりに積もった像をの 歯止めが効かなくなって思わず手にかけた 可能性もありうるわなていうかそもそも 移住員ただ胸をぶった切ったら彼のまち 石田をぶち切れさせることは2億確定だし それって同時に豊政権に対して公然と喧嘩 打ったって捉えられても仕方ない行為なん じゃしかもただ胸は秀吉から直接所要給付 を受けた秀吉地神という属性も合わせ持っ てるわけで死である島漬けを上回る権限を 古い大多数の家臣から兵の集中放火を浴び てるただ胸を排除するって目的自体は理解 できるけどタイミングやら何やら蒸気を意 してる感は全開だなそういやこれが計画的 反抗だったとしてただ常は吉久や吉ひに 事前に連絡は入れてたのかしらまず吉ひに ついては計画を知らせてなかったのは確実 で石田三成に全面依存している吉弘が三成 との関係をぶち壊すこと必死なこんな計画 にOKを出すなんてことはありえないし 一方の吉久についてもお互いただ宗に 対する敵意は共有していて将来的な排除は 目論んでたかもしれないけどまさかこんな 接manにしかもただ常がてずから斬殺

するなんて事体は全くの想定外だったろう し後でも触れるけどもし吉久が移住院ただ 胸殺害を事前に知らされてたらちょうど 国元に帰ってきていた吉久はすぐに移住院 料への対応策を取ってただろうしなそう なるとこの事件は両人の領解を得てない ただ常の単独反抗の線が濃厚だわねでただ 常はただ胸を切り捨てた直後に京都高尾 さんに地居してるんだがさすがのただ常も こりゃやばいことをしたって自覚があって 自主的に禁regardしたのかしらこれ については三成の意行かまたは吉弘が三成 から問い詰められる前に先回りしてただ常 を謹慎させた可能性があるけどな何にして も勝手にただ胸を処断したただ常に対する 政権側からの処分は免れないと思うけどで さっきもちょっと話が出てた両国に戻って た吉久はこの根々に水の返事を聞いてどう 動いたわけただ胸殺害の報告はすぐに吉久 に伝えられたようでとりあえずただ常の 教皇をくによる上位打ちという形で処理 しようとしまた異院ただ胸の両国氷河商内 に死者を派遣して吉ひの娘でただ常の同母 舞をしめとり余情の都の城にこもってた ただ胸の着なただ実に城から出るよう説得 を行いさらに吉たつ経由で石田三成に命の 所場を送ってるぜよし久がただ宗殺害を あらかじめ知ってたら事前にただ実を本拠 から引き離す手はずを抜かりなく打ってた でしょうしここからも移住院ただ胸お 手打ちがただ常の暴走だった疑い濃厚だわ ねそれで事件は当日大阪にいた石田三成の 元にもすぐに伝わったんだけど信頼熱い ただ胸が殺害されてしかもあろうことか その下主人が自分とただ胸の人力で家督に つけてやったただ常だと知らされ当然三成 はガチギレして吉久に土直球の怒りを伝え たらしい所を送っててこの所場自体は減損 してないんだけど代わりに吉久が三成に 当てた変身の暗もが残っていてな以前に 朝鮮出平の軍役負担を要求された時には のらりくらり回答で三成を切れさせた吉久 だけど今回はどんな言い訳を並べたの かしら三成は吉久にただ胸が殺されたこと に対する怒りをぶつけるとともにヨ久の 事件への関与も疑ってたようで吉久は てっきりただ胸の殺害はあなたの領解を得 て行ったものとばかり思ってましたが たわけモのただつが怒りに任せて起こした 今回の不祥時は論外の極みでゴリ服になる のはしごく当然ですと平りの態度を見せ ながら前もって自分に断りもなく反抗に 及んだことは罪深いって自身の関与を否定 した上で吉ひについても移住員ただ胸と不 だった事実はないと事件に兄弟は関わって

ないと弁名してるぜま反抗について預かり 知らなかったのは多分嘘じゃないしね よし久は続けて私自らが都の上にこってる 移住員ただ実の説得工作に当たっているん で三成側からも移住院両国の商内に対して 安心して平常運転で工作を続けるように すなわち本領はアドするって胸を伝えて ほしいと女力を要請してるな天敵の三成に 仲裁を期待するなんて吉久の方も自体に かなりパニクってる感じだわねよし久が 三成に変身を出したのはウルー3月1日な んだけど同じ日にニただ元たち国元の獣心 11名が連勝してただ常側近の伊勢さ まさに所場を送ってるんだけどこの中で 獣心たちは政権に何の届けでもなくただ胸 を生馬したせいでただ常が三成の怒りを 買って地居した事体に驚愕しながらも移住 院ただ胸が罪を犯していたことは以前から 三成も知っているのでただ常の暴走にも 理解を示して事体はいい方向に向かう だろうなんて書いてあってなほへ石田光成 も知ってるただ胸の悪字って一体何なの 慶長3年5月に吉久は朝鮮に罪人してた ただ常に所場を送って例のごとただ胸の 悪業を書き連ねてるんだけどそれには朝 から晩まで茶の湯ざ昧を送ってるとかただ のイチもみたいな内容も含まれてるんだが 詳細は不明ながらただ胸が6000国もの 治療隠しをやってて三成の家臣から出席さ れたという事件も暴露しててなうえ対抗 検地後の諸量采配分の権限を独占してた 移住員がそれを利用して不正を働いてて それを三成側も把握してたってことなの さらにただ胸が斬殺される前に大隅に設置 されてた石田三成涼の年収納を巡って三成 とただ胸はトラブルを抱えててさっきも 話した通り大隅の石田は画像文としてただ 常に変換されたんだけど前年分の年が全部 上納されてなかった関係で三成サイドは ここの引き渡しを拒否ててその解決のため にただ宗が直接三成と交渉を開始するんだ がこの直後にただ宗は斬殺されるんだけど な一見すると親しい関係を築いてたように 見える三成とただ宗も裏では闇を抱えてた のかしら獣神たちの言ってるただ宗の罪は 彼が指摘に6戦国もの諸量隠しを行ってる ことを指しててついでに石田三成涼の 引き渡しが遅れてる責任も交渉に当たっ てるただ胸に追っかぶせちまえってわけで ここまで悪字の材料が揃ってるんなら上位 打ちされても当然だっって獣心たちは考え てたようだなまあただ胸の自分の立場を 悪用した不正は擁護できないにしてもそれ を考慮しても理性って言葉をぶん投げした ただ常の教皇を獣心たちが指示するなんて

ただ胸って本当どんだけ嫌われてたのよで も獣神どもはお気楽に構えてるけどただ胸 と裏で何があったにしてもメツを潰された ような密なりが何の音もなくしずを見逃し てくれとは到底思えないんですけどだが ここで思わぬ幸運が降って湧いてきてこの 直後に石田三成は七章襲撃事件の結末とし て失脚するはめになりただ常は徳川家康の 計いで実況を解かれることになったんだな そこまで見越して移住員ただ胸を切ったん ならただ常は千里ガのチートスキルの 持ち主ってことになるけどまさかねで三成 の突然の失客で島漬けはほぼ10年 振り回され続けてた彼の首からいきなり 解放されることになったわけだけど発入れ ずに今回の名の代商内の乱が勃発するんだ な遊雅商内って移住飲料で宮の城にただ胸 の着なのただ実がこもってたんだわよね 吉久はただ座の説得交渉を粘り強く続けて たんだけどその背景には豊家の実信という 立場にもある移住員家とのガチの構想に 突入した場合それはすなわち島の内部問題 ではなく豊臣大名同士での合戦と見なさ れる確率が高くなりそういや豊政権者大名 同士の勝手な合戦は固くご発だったわよね たえ勝利をられたとしても広大な移住飲料 がそのまま島の手元に残る保証はなく合戦 になったわけじゃないけど移住院家と 同じく秀吉から直接所要給付を受けた立場 にあった島津殺し受けただ時が解役された 時その所要は島津から離れてそうよとや 寺沢はまりに分与された嫌な前例があって なよし久としては多少の情報はしてもこと を音便に済ませて移住飲料没収なんて最悪 の事態は回避しようとしたのねだいきなり の三成失客で後ろ立てを失ってしまいただ 常の無罪方面とも合って商内の移住飲料 8万国の行方がどうなるか全く分からなく なった状況かでただザはウルー3月中に 商内12途上本上の都の城を取り囲む12 の史上軍に路上して抵抗する姿勢を固める んだ地図を見ると都の城盆地全域から大隅 の一部にまでまたがる地域が氾濫地帯に なっちゃってこれってかなりやばげな状況 なんじゃしかもただ実は 老上海に死者を送りまくって情報収集と多 大名の支援を求めててなぜか反密なりの はずの加藤清正にまで支援を要請して清正 もこれに応じてただ実を援助するんだけど な生き残るためならなりふりかまっちゃ いられんってわけだけど加藤清さが敵に 回ったら状況はさらにまずくなるんじゃ まあな再びしず量になったさ泉は清さ量の 日足北軍と隣接していてしず両国は清の 脅威に直接さらされるんだけど一方不味に

残っていた吉弘とたつは引き渡された夫の 意外を見ても涙一滴すら流さず猛然と着な のただ実に事態を急報し南京された後も ただ実と連絡を取り合っていた女上部の ただ宗夫人に対する監視を強めて情報漏洩 を遮断する措置を取った後ただ常自身が 両国に赴いてた移住員ただ座線の式を取る 決定を下すんだな移住員家を講演してた 三成が失脚したからにはただ実を軍事討伐 しても別に支障はないって吉弘は判断した のかしらね4月2日に吉弘とただ常は徳川 家康と気象門を交わして移住院ただ実討伐 のためにただ常が国元に下行することのの 指示を抜け目なく取り付けて島は豊臣政権 の実質的主犯者になった家康の公人の元 移住院ただ実の本格的討伐に乗り出すこと になったんだな以前は吉久の家康への接近 を咎めてた吉ひだけど三成が中央正解の表 部隊から引いたら自分も家康にすり寄る ようになって三成派だった吉弘もそういう ところはドラに割り切るのねベルト コンベアに乗せられたように三成に依存 する以外の選択肢をなくされていた状態 から突如解放されて案外アンドしてたのか もなそれでただ常は豊秀よに糸の挨拶を 済ませた後に帰国の都について4月末に 本拠地鹿児島に入るんだけどこの少し前に 吉久は伏見にいる重心の本田幸と石島国定 に対して移住院ただ宗夫人が京都で色々 作動している情報を踏まえてそれへの対応 を吉に任せるよう指示するとともに移住員 側が加藤清など周辺所勢力に支援を求め てる情報も伝えて移住院サイドが家康に 対して訴訟などのアクションを起こしても 受け付けることがないように働きかける ことも指示してるぜそうなると島の危機に 当たって吉久と吉弘はこれまでの雪がりを とりあえず棚上げしてお互い協力すること になったわけかしらああヨひは不味に とまって家康の思惑を探りつつただ胸夫人 の作動を阻止して髪型の情報を両国に伝達 しただ常は商内の乱鎮圧の直接式を取り 吉久はまだ経験の浅いただ常のサポート役 に徹するという3者山陽の役割分担が成立 して石田三成というおしがなくなった おかげで兄弟官のの対立要因がひとまず 解消し商内の乱という非常時に際して島は 3殿のが連携する強国一致体制で望むこと になったんだななんかここまでの話を聞い てると石田光成の存在ってやっぱ島にとっ ては悪病神だったんじゃまあよし久を失当 に大多数の島々中の人間にとっては三成は 秀吉の小番ザメで上目で口うるさく絡んで くるうざいや的扱いだっただろうけど三成 は彼なりの信念があって島の両国支配改革

を進めてたんだろうしなで住院ただ討伐の 人頭式を取るただつと彼のサポートに回る 吉久のおじおい岐阜向こコンビはうまく 機能したのかしらその辺り吉弘はかなり 心配してたらしくて両国に戻るただ常に2 の覚え書きを渡してるんだけどその中で 大酒は飲むなとかもみゆさでのラチバカ 騒ぎはやめろとかの定番のご文六の駅の 陣中でも吉弘はわざわざただ常にお前は酒 飲むと馬鹿やらかすから絶対禁止しろって 懸命してたわよね家神団統制の方法や周辺 大名との接し方などヨひらしい細やかで滝 に渡る内容が書かれてるんだが特に強調し てるのは吉久への配慮で家の祭祀や電柱の 作法は吉久が決めたものにそのまま従う ように吉久が今日構えてる富のくからの 要件がないか常に気を配って彼の意向を 確認すること鹿児島や両国支配拠点の統治 方針は吉久の意向に沿って決めろ吉久が 定めたハットは受け入れることなどなど とにかく全ての面で吉久の意を尊重して その指示に従うようにと命じてるんだなひ 自身が対立はしても一貫して吉久を投資と 認めてその顔を立ててたし移住員ただ胸を フカでお手打ちにするような防共兵器で やらかすただ常が吉久のご機嫌を損ねる ような行動をしでかして2人が対立する ような事態が起こることを本気で心配して たのねだが塔のたつにしてみれば慶長の駅 での視線の対象は高い評価を得たとはいえ 葬式を取っていたのはあくまで父の吉博で 今回の移住員ただ実討伐戦が投資として 本格的に全軍の式をる重戦になるわけで常 は自分1人の采配で華麗に勝利を納め家臣 たちに自分の実力を見せつけて彼らの心を ぐっと掴みたいと相当気をってたんだな ありありよし久の力を借りなくても移住員 ただ実なんか己れの拳のワンパンで倒せ るって24歳の若き通しただ常は自識過剰 になっちゃったのねヨひの不安が早速現実 になったわせっかくのヨひの最新の配慮も ただ常は聞耳持たないというわけで親の心 こらずとはよく言ったもんだけど時間も 長くなってきたんで今回はここまでにして 次回はただ常が思わぬ大戦を強られながら かじて商内の乱を集結させる展開を語って いくぜ記念すべき投資としての人をただ常 はドヤ顔で飾ることはできなかったの かしらともかく来週も期待してるわそれ じゃあ皆さん最後までご視聴ありがとう ございまし [音楽] た

20 comments
  1. 忠恒には義久・義弘がいてくれて良かったですね。
    もしいなかったら色々機能しなかったことでしょう。

  2. 忠棟暗殺は危うく大阪の陣の片桐且元排斥。ヤバかったなあ。そっから巻き返しが凄い。

  3. 忠恒の忠棟お手打ち事件は、突発的な気がするけど、その直後に三成が失脚して、無罪放免とか、運の強い人だなぁと思いますね!!

  4. この時期の加藤清正の暴れっぷりは凄まじいですね…
    関ヶ原前から大暴れしてたの考えると黒田如水以上の危険人物ですし、こんなのが近場に居たらそりゃ島津も関ヶ原の時本国の軍動かせませんよ

  5. 伊集院忠棟のお手打ちはやらかしでもなんでもなく中央集権達成の為の第一歩に過ぎなかった。(豊臣)公儀になった時にすべての不満が噴出した結果。

  6. 投稿お疲れ様です。江戸時代に鹿児島の人の手によりこの庄内の乱を舞台に描かれたBL小説がありまして賤のおだまきと言います。
    平田三五郎と吉田大蔵という二人の衆道関係を結んだ武士の出会いと庄内の乱で共に戦死するまでが描かれた作品です。
    どちらも実在の人物で衆道関係を結んでいたのも事実で平田三五郎さんは戦死したときに新納忠元さんから彼は無双の美童だったと悼まれて哀悼の和歌を詠まれたとか
    鹿児島では武士道と男色を称揚する作品として若者達に親しまれてさらに全国では自由民権運動の機関紙に連載の機会を受けて全国的ブームになり森鷗外のヰタ・セクスアリスに影響を与えたとも江戸時代にも二次創作はあったんですね

  7. 伊集院忠棟という人は 有能ではあったけど鍋島直茂や直江兼続ほどの器はなかったんでしょうね

  8. 伊集院忠棟の妻も家康に直訴に行ったりとかすごい人ですよね
    薩摩なまりで家康に通じなかったみたいですが

  9. 22:40
    三成の強引さと、融通の効かなさが、義久や島津家臣の不興を買ったのは事実だけど

    そもそも領土欲に駆られた家臣団と、義理人情と家臣団の気持ちを最優先した義弘
    それを制御出来なかった義久の場当たり的な領土拡大の末の征伐、からの財政破綻危機で
    義久が家臣の反発を恐れて改革出来ない中で、三成が介入したから一応財政が建て直せた一面もあるので
    仮に三成が介入しなかったら、財政危機からの家臣の不満爆発、佐々成政ルートだった可能性は十分にある

    それを義久も義弘も分かっていたから表立っては三成に反発出来なかったし、伊集院を捌け口にするしかなかった

    一方の忠恒からすればそんな事ではいつまでたっても改革が進まないと義久、義弘の許可を得ずこのような事が起きたのではないのでしょうか

    相談していれば必ず止められたのは目に見えていますし
    突発的ではあるものの、考えがあって起こした気がします

    酒も入れていたのも、とんでもない事をする覚悟の現れでは?

  10. 15:55 この重役連署の書状ですが意に反して三成が伊集院をかばった場合、豊臣政権の了解無しでの伊集院討伐を忠恒に促す意図もあったんじゃないかと思います。

  11. 三成は島津の取り次ぎを辞退しとけば、島津からのヘイトをかわずに済んだのに。こんなややこしい島津家と関わるメリットが無い。

  12. 忠恒が藩主になってから島津領は最終的に15万石程増える事になるんですよね。この増加分は運も実力も実力も有るけど忠恒は家中統制に最大限利用していますね
    ホント義久・義弘が知恵を絞って運営していたのに比べると無分別で強引極まりなく危ない橋を渡っても居ますが最後には不思議と上手くいく。時には蛮勇が事態を好転させる典型例ですね。性格はともかく天が島津家に下した最大の恩寵だったとしか

  13. 昔、庄内ナンバーで九州に行くと「新しいナンバーですか?」と聞かれて不思議に思ってたけど日向庄内と勘違いしてたのかな(笑)

コメントを残す