幕末史談×旅「日本の中の中国? 湯島聖堂を参拝~信州の人、東京へ行く④」日本では珍しい孔子廟、世界最大の孔子銅像も【よーこの時間×オトナの旅講座×不登校深夜便】

幕末史談×旅「日本の中の中国? 湯島聖堂を参拝~信州の人、東京へ行く④」日本では珍しい孔子廟、世界最大の孔子銅像も【よーこの時間×オトナの旅講座×不登校深夜便】



【概要】東京のど真ん中にある不思議な森、湯島聖堂。孔子を祀った廟で、お寺や神社ではありません。江戸を代表する名儒が教えた昌平黌のエピソードをちょこちょこ入れながらご案内します。古賀侗庵、佐藤一斎から、儒学の素養を重んじた渋沢栄一、そして蒋介石まで、幕末から戦後までの歴史が凝縮された、知られざる史跡を訪ねます。
※なお、動画中の碑文を読むに際して、台湾を中華民国と称呼しておりますが、原文に従いました。
#湯島聖堂 #昌平黌 #昌平坂学問所 #佐藤一斎 #幕末 #儒学 #儒教 #孔子 #孔子廟 #湯島 #よーこ
【参考文献等】
・動画に引用した『江戸切絵図』は、東京都立図書館所蔵の「小石川谷中本郷絵図」(部分)です。
【目次】
00:00 よーこ×旅講座×不登校深夜便
00:10 今回は湯島聖堂
00:20 バスタ新宿、大塚先儒墓所、井上眼科から湯島聖堂へ
00:57 聖橋門前からこんにちは
01:17 寛政の三博士、古賀侗庵、佐藤一斎、安積艮斎らが教授
01:45 聖堂再建の立役者は渋沢栄一?
02:15 入徳門付近に到着
02:38 入徳門(江戸時代の遺構)
03:00 聖堂はもとは林家の孔子廟と家塾
03:28 杏壇門のいわれ
03:40 杏壇門周辺を散策
04:29 大成殿(聖堂=孔子廟)を参拝
05:46 練塀に沿って孔子像、斯文会館方面へ歩く
06:02 佐藤一斎の官舎
06:16 世界最大級! 孔子の銅像
06:43 孔子像は台北ライオンズクラブが寄贈
07:22 孔子の尊号問題で水戸藩弾圧!?
08:10 蒋介石「有教無類」の碑
08:25 仰高門外から外堀通り(相生坂=昌平坂)へ
08:43 昌平坂(団子坂)を歩く
08:57 祢津の旗本・松平家の屋敷はこの近所?
09:39 本郷通り(中山道)に出ます
09:51 とゆーわけで、次回は神田明神
09:58 スタッフ募集のお知らせ
【信州の人、東京へ行く~過去回はコチラ】



大人の旅 講座皆さんおはようございますえよこの 時間です新州を出発してバスタ新宿に到着 大塚千住所を相待お茶の水でみなちゃんの を学今回はではありますが日本学の地湯島 聖堂を参拝しますなお聖堂に付属した江戸 幕府の学校小平校は主に今の東京イシ大学 湯島キャンパスのありにありましたが今回 は割愛させていただき [音楽] ますはい既にね日本学の地え翔平坂学問所 あとま島 制度やってきまし た えっと国有財産になってるそう ですふとは行ってみましょうここにね ちゃんと佐一歳やさっき見た立山感染自習 整理全部ねうん出て ます西ね佐藤1歳の弟子やったけど後告げ なかったっていうねで1歳とゴサはここで この小平行の感謝で死んでいるとさっき なんか誰か も死んだって小がワ かじゃ入ってみますかはいはいこ関東大 震災でえ入特門以外はね大体東海して しまってその後あの再建されたんです けれども 聖堂復興規制界というのが形成されまして 渋沢が福長になってですね全国から寄付を 集めて再建したんであります はあ 黒い黒いですね おもしでこのこれがずっとね坂になって 段段になってこれ江戸の浮で見る小平の壁 ですよ ねはいで正面がね甲子松体勢電これがニ特 門これだけ江戸時代の建物ではないかと 思われ [拍手] ます入ってみたいと思い ます このように段があっ て元は上の忍ヶ丘にあったま林家のえ楽塾 をですね え五代の綱の時かな移して関西の改革の時 にここが学になったわけですね幕府のえ 効率の学校になった とで臨を支配をね離れるわけ で とあり ます正面が体勢 [音楽] 電水がね溜まってるそう ですま静かな踏み の場所であり

ますもこう黒でね極めて金元な建物であり ます全くね飾りが ないもう本場のね中国の甲子日をもう ちょっとねコテコテしてるんです けどま一見すると寺や神社の経済にも 行けるんです が中国風に作ってあるんです ね [音楽] それでは大生電に入ってみたいと思い ます半ば神社のようにおりされてます けれども甲子を祭ってるから石見をする べきです ねま中国式のねジレを行うべき場所なん ですが 屋根には ねえ不思議なもの乗ってますでこうずっと カローになってます ね全てが 黒塗り大変重し建物であり ます さ線は主席の管理費として使わせて いただきますとあり ますきまずお参りしたいと思い ますはいこのまま翔平座を下っていきます と何があるの か向こう側の道路がね小平から昔の だったんでしょうねおそらく佐藤一歳 の感謝はこの聖堂の西だからあっちにあっ たもと思われ [音楽] ますこれが世界最大級という講師 の 銅像ですね なかなか 立派な感じ の講師であり ます皇子銅像混流の木とありますでま色々 ありましたけれども昭和50年の11月3 日の文化の日に財団法人支分会の徳川宗孝 会長がね え文章これ石なんかな石やわ緑 の うんで中華民国のライオンズクラあこれ昔 僕お世話になったことありますねこれ中華 民国のライオンズクライブから俺症状 もらったことあるな小学校の時に へえまあね この体姿勢戦士師まここでありますけれど もまこれはね翔平というところで生まれた からまこの翔平校の名前があるわけなん です があのさらに敬って分線王とかね王様には なってないけど王様の称号を送ったりもし たんです

がそれをねミトハがね過剰だといて 取りやめたせいでま高家年間の水戸班弾圧 あの早大学の神が死亡者になってやったや ないかとそういうねえひごをね藤田とこが 述べておりますけれどもねま黒幕はね鳥 像だっていうんですねまあの浮今日出ませ ん友教 無類まその教えがあ他に昼いないという 意味でしょうが書いた人は小中世ま小海石 です [音楽] ね 多分この通りがね噂にいフェズがなん でしょう今は門を出 てえ神田明人の方に向いたいと ます道の周りはぐるりとこういう壁 に取り囲まれて ますまどっちへ登ってもね基本的には坂と いう感じの地合でねこの近辺湯島の辺りに あの洋子のね名目城の5000ずとされて いるモとかとかいう熱の松松田県の過しと してるんですが熱のね旗本松田県を ね屋敷もこの辺にあったはずなんですが ちょっとどこらへんかね分かりませんけど ね松田梅名と かいうやが ねあったんですよ でこの坂をまたね今度 はこっちに曲がる とこっち側にも同じような壁が続いてい ますいうわけ [音楽] で なおお金は一戦も出ませ [音楽] ん

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