2024年2月29日(木)18時30分~20時 佐々木和之報告会 (支援会主催)

2024年2月29日(木)18時30分~20時 佐々木和之報告会 (支援会主催)



佐々木和之さんは、ルワンダで被害者と加害者の和解のセミナーに携わり、「償いの家づくり」を通して、壊されたままとなっていた被害者の家を加害者が造り直すという修復的正義による和解、赦しへのプロセスに寄り添ってこられました。現在、アフリカ諸国、日本などからの留学生を迎え、紛争と対立の世界の中で、非暴力による平和構築を構想できる学生を育てています。

【佐々木和之(ささきかずゆき)さんプロフィール】
1965 年横浜市生まれ。鹿児島大学で熱帯農業を学ぶ。1988 年から計 8 年半、飢餓が深刻なエチオピアで農村自立支援に従事。2000 年 10 月からブラッドフォード大学平和学部博士課程に在籍し、ルワンダの紛争問題と平和構築について研究。2005 年から、現地 NGO と協力し、大虐殺後の「癒しと和解」プロジェクトを展開。2011 年から、プロテスタント人文・社会科学大学 PIASS(Protestant Institute of Arts and Socia lSciences)教員として、ルワンダ初の平和・紛争研究学科設立に尽力。非暴力・草の根による平和構築を学生と共に取り組む。日本バプテスト連盟国際ミッション・ボランティア。洋光台教会員

【石原明子さんプロフィール】
熊本大学大学院人文社会科学研究部・准教授 専門は、紛争変容・平和構築、修復的正義。構造的暴力のもとで分断され、傷ついたコミュニティの修復と和解の実践と研究に取り組む。米国の Eastern Mennonite University では、修復的正義の創始者と見なされるハワード・ゼア博士のもとで学ぶ。卒業実践ではルワ ンダを訪ね、「修復的正義による和解」の取り組みを続ける佐々木和之さんと交流し、最近 10 年は、ルワンダ内戦後の 和解と共通するモデルで、原発事故被災地や水俣など、傷つき分断されたコミュニティの平和構築に取り組む。国際基 督教大学、京都大学院、カリフォルニア大学バークレー校(公衆衛生修士), Eastern Mennonite University(紛争変 容修士)修了。東北アジア平和構築インスティチュート(NARPI)運営委員でもある。著書(共著)に「和解のための 実践哲学」『正義と平和の口づけ : 日本カトリック神学の過去・現在・未来』(高山 貞美, 原 敬子 日本キリスト教団 出版局 2020 年 4 月)など

<終了後ZOOM懇談会>
https://us02web.zoom.us/j/85195214952?pwd=SXdYNEh2SVBhVzZoYkptZG1Cb2pjZz09

ミーティング ID: 851 9521 4952
パスコード: ubumwe

<終了後アンケートにご協力ください>
https://forms.gle/BPTz6FsN6k2tjuvc6

主催:佐々木さんを支援する会 https://rwanda-wakai.net/

ウムチョ・ニャンザストア https://umucyonyanza.stores.jp/

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IM M [音楽] avang [音楽] [音楽] [音楽] T [音楽] tutan kuiu dinak え皆様ご参加いただきありがとうござい ますえ佐々木さんを支援する会事務局長の 張哲ですえ今年は佐々木さんをルアンダに 派遣して20年となりますえただいまより 佐々さん と石のオンライン対談を始めます対談の中 で石原明子さんのご紹介をいたしますえ 最後にですね対談の最後に質疑応答の時間 を予定していますえYouTubeの チャット機能を使って皆様からの質問や 意見などがありましたらお書きくださいえ 対談の後佐恵さんにニアザについてお話し いただきますまたライブ配信後ZOOMで 懇談の時を考えていますえ是非ご参加 ください え最初にですね佐木和幸さんからルアンダ の緊急報告をお聞きしえその後対談えと 流れてまいりますそれでは佐木さんお願い いたし ますえ皆さんこんにちはあのルワンダから こんにちは今日は本当にあのご視聴 ありがとうございます え最初にですね あのまさルアンダのこの近況についてです ね5分ぐらいお話したいと思っているん ですけどもあのご存知の方もいらっしゃる と思いますけれどもあの今ルワンダそして お隣のコンゴそしてあのルアンダの南の ブルンジ大変 ま緊張関係がになっていまししてですねえ 特にロアンダと今後の間ではもしかしたら あの戦争になるんじゃないかっていうな そういう危機感がある状況であり ますこれ切れ ちゃうでそのま発端と言いましょうかは ですね あの今後民主共学の東部でですねもう何十 年にわたっていろんな武装勢力があのいて ですね政府軍と戦ってるっていうのはそう いう状況で数百万もの国内避難民がこう出 ているっていうそういう状況なんですけど もま特にこの2年前以降ですねま新たにM 23というあの武装勢力えルアンダ語を

話すま今後におられる方たちなので金語人 なんですけどもまルワンダ語系の特に自分 たちは土というアイデンティティを持った 人たちの武装勢力がですね 力 を お加えてえ非常に対立してえま戦争知られ ているまたあの死亡されてる方たちもい るっていうな状況なんですねでそれがです ね実 は あのその勢力をまル最近はアメリカ政府は フランス政府もですねそれをま公然と避難 するようになっておりますがあの武器を 支援するだけではなくてあの国境を超えて ルワンダ軍の兵士が今後内に入ってM23 と共闘してですねえ今後軍に対抗している とまそういうこともま言われているわけ ですでまどういう状況かと言います と あのそうですね例えばですね金剛軍側が ですね中国からあ購入したドローンをです ねえ使ってM23側を爆撃するそしてそれ だけではなくてですね民兵組織ですねを 国軍と合流させてえM23と戦わせるとか ですねでそれだけではなくてまた隣国 ブルンジもあのルアンダと関係が悪いん ですけどもブルンジ軍が今後軍の方に入っ てとかまたブルンジの民兵があ今後軍の方 に入ってM23またルワンダと退治すると まそういうことになってるわけですでそれ に対してルワンダはあの自分たちの介入を 認めておりませんけれどもおおそらく ルワンダが放ったと思われるドローンがあ 今後東部の お大きな町にある空港を爆撃したりですね えまたあの地体空ミサイルを今後領内に 持ち込んでえ今後軍側のドローンを撃墜 しようとするまそういうことが起きており ますで今はですねその今後東部の使用都市 5万のあの20それは100万人年です けども203km北にある鮭というところ が 攻防が起きてるところでありまして本当に そういった地域からもそのゴマに多くの人 たちが逃れてきていてゴマ自身はですね もうあのいろんなところゴマの人たちはあ あ交通が遮断され道路が遮断されですね 物流が滞ってえぶか曲がって大変な状況に なってまそういうことでありますまそんな 中でえただですねあのまルアンダがその ことを認めていないっていうようなことで ですね私たちルアンダの国内にいる人たち はですねやっぱりそれをお公に話したり することができないていうの状況にあり

ますままそんな中で私たちはこのピアスと いう大学で金剛人ルアンダJEブルンジ人 ですねそして今後からの難民みんなあの 平和と若いの学びをしているんですけれど もあのなかなかですねそういうことも今後 そういう隣国からルアンダに来ることも 難しくなるんじゃないかっていうなはそう いう心配をしておりますただその一方で 本当にですねあの今まで培ってきたあこの 近隣諸国ルアンダの人たちの関係性の構築 っていうものがあありましてえ最近もです ねブルンジ人ルアンダコンゴ人の卒業生が ですね堂々で希望力コミュニケーションの ワークショップを開催して え私たちの学生のためにま訓練をしてくれ たりとかそういうことが本当にある意味で は励ましになっておりますまそんな中で ですねあの厳しい状況でありますけれども お希望を捨てずにですねえやっていきた いっていうことであのいるわけですま ちょっとあの今日はですね詳しくお話でき ませんけどもどうかあのこのルワンダまた 今後ブルンジの状況を覚えてですねお祈り いただきたいと思い ますはいえっとそれではですねあの対談に 移りたいと思うんですけれどもえ今日は ですねあの石原明子さんとのお話を本当に あの楽しみにえしていきました石屋さんは 今あの沖縄におられるということで本当に お忙しい中あの今日はありがとうござい ましたであの石原さんはあの国士にあり ますように熊本大学大学院の準教授として え紛争解決またあの平和構築学のお収支 家庭のコースを担当されておりますけれど もまそれ以外にですね本当にあのみまた 福島と関わりながらですね えその地域におけるコミュニティの分断 からの修復また人々の若いっていうテーマ にあの研究者としてまたあの実際に実践家 として関わってこられていますでですね あの私はですねこの今回の対談にあたって あの石原さんといつであったのかなと思っ てですね実は私あの数えてみたら石原さん とはまだ6回しかお会いしたことないって いうことが判明しまして1度は福岡であの なんか成南学院で抗議をした時に石屋さん があの来てくださったんですけどもそして その後えルワンダルワンダに来られたのが 2014年なんでもう10年経つんですよ ねそしてえまルアンダでもですね抗議をし ていただいたりもしたんですけどもでその 後は学会のあった 島そして沖縄でお会いしてますよねで東京 にあのではあの石さん恩師のおスタッファ 先生をご紹介していただいた時にお会いし

たおそらくそれだけだと思うんですねでも 改めてですね今回色々石さんが書かれた ものなどを色々読ませていただいて本当に あのま場所は違うんですがあ石屋さんの 現場みでない福島またその他さんの いろんなテーマでも研究されてますけども そのこととですねルワンダの課題があのま 共鳴してるってことは改めて感じましたま それをですねどこが繋がってるのかって いうのは日本でこれを見ておられる方は まだよくわからないと思うんですけどもま そういったことを中心にですね今日は是非 石さんにお話を聞いていきたいと思います えまずです ねあのま石原さんが何をされてる方なの かっていうことをちょっと短くお話して いただきたいと思うんですがまその時にま あのこれまでも修福的正義っていうことが ですねキーワードとしてこの対談の シリーズで何回か出てきてますけどもその 石原さん自身がですね修福的正義っていう ことをどのように捉えられてるかっていう こともあの触れていただけたらと思います え石原さんどうぞよろしくお願いいたし ますはいご紹介ありがとうございますまし た石原明子ですどうぞよろしくお願い いたします え昨日まで沖縄におりましたけれどもえ 今日はえ自宅のある股に戻っておりますあ そうなんですねあごめんなさいはいいえ とんでもないですはい沖縄で風を引いたと いう話をしてたんですがちょっと風 ちょっと風声で申し訳ありませんはいで えっと私はですねあのまり育ちは東京なん ですけれども今熊本大学で熊本大学はその 紛争解決という分野の大学院がおそらく あの国際紛争ではない意味での紛争解決と いう分野がある唯一の大学院なんですが そこでま特に社会人を大学院生とする コースを教えながらえ実践活動をしている という感じですでその紛争解決って平和 構築って一応名乗るんですが時々国際関係 の方から怒られるんですけどもま平和構築 って言ってば国際的なイメージがあるよう ですが私は基本的に国内専門という感じで ま平和構築おそらくま佐々木さんがされて ような平和構築の枠組を日本の国内問題に 当てはめて何ができるだろうかということ を実践的に考えてるというのが私の専門に なりますでその中で特にあの修福的正義 ですねま修福的正義を私のま一番軸のまえ 実践の主体としてるんですけどもその修福 的正義というのはま私はま和解のための 実践哲学という風に位置づけているんです がでその修福的制御軸にま日本主に日本国

内でま気付きを抱えたコミュニティのま 正義構築とま和解の実践のま支援とか仕事 をしてるという状況になっていますはいで 修福的正義ってどういう風に考えてるかと いうことなんですけどもあの前々前回に 勝野さんがあの修福的正義の理論的なお話 をしてくださったと思うんですがえっと私 の師匠は後でちょっと触れますがハワード ゼアさんという風に言いましてえ修福的 正義の祖父と言われているまそれの実践面 でも理論面でもまその総子者と見なされる 方がえ引退される最後のま大学院生前の 引退前の最後の大学院生だったんですけど もでそのま後でちょっとお話ししようかな と思ったんですがそのジアさんのとこに 大学院にですね2000え10ちょうど 震災のあたりですか2010年11年12 年ぐらいに行っていたんですがその時には 元々修福的正義は犯罪の加害者のあ加害者 被害者の対話という風に思ってらっしゃる 方が多いんですけどもま犯罪の加害者被害 者対話という狭い意味ではなくてもっと もう学校のいじめであったり内線であっ たり医療事故であったりとか環境問題で あったり幅広い分野に本当に応用されてい ましたでそういう中で言うとあんまりその 狭い意味で加害者被害者対話をするという よりも私の中ではま正義あるま若いを 求めるえそれから正義と修福の両立をし てくというのが修福的性正義のエッセンス だよなっていう風に思っていますでま正義 と修福の両立って言うとなんだかよく わからないんですけどもよくなんかあの 日本私は学生が日本人の日本人というか 日本語日本語話者の えあの社会人の方が多いのでよくお話を するのはま修福とか若ってま中通りとかね そういうことですよねってだけどよく日本 人は中通りをするとか関係性を保つ時にま あの水に流しましょうよとかもう ごちゃごちゃ過去のことは言ないでま忘れ ましょう今日からまた仲良くやりましょう よっっていう風に水に流す忘れ るっていうことをよく使うんですけどもと 手放すとかねよくつう使うんですけども しかし意外にそれってやはり被害者の人に とってはとてもそのなんて言うのかな水に 流して忘れて長治しろっていうのは非常に こう暴力的なとか気つく出来事ですよねだ からその被害者の側からすやっぱり怒った ことを無にしないでそこに向き合ってそこ からま正義ある仲直りをしていいきたい もうちょっと言うならばまそのような悲劇 が2度と起こらないようにま関係者が力を 合わせて取り組んでいく取り組みまそう

いうものを総合してま修福的正義という風 に私はいづけて取り組んでいますはい はいそうですかありがとうございます あのま石さんがですね今本当にあのこの 分野で色々あの貴重な働きをされてるん ですけどもまちょっとバックグラウンドっ て言いますかどどうやってここに たどり着いたのか元々はなんかこの えほなえっと医療とか保険とかえ公生省の なんか分野の仕事をされてたっていう記憶 してるんですけどもあのちょっとその辺り のことをですねあの今にたどり着いた経緯 をお話ししていただいてもいいですかはい ありがとうございますそうですねあの私は あの大学はあの国際キリスト教大学ICU というところだったんですけどもまあの 元々社会的関心の高い家庭で育ったという ところがあってま弁護士になりたいかな 外交官になりたいかないや国際期間で働い て平和のためになんとかしたいとかって 思ってたんですがまだ日本にはあまり平和 学というのが根付いていない分野で毎週で 理系をあの先行したんですねまそういう中 でそのごちゃごちゃ話すとそこら辺は長く なるんですがま科学哲学という分野に きついてま人と人それぞれその物の見方が それぞれ人は違うんだよっていう哲学を 先行します村上郎さんて方が指導教員だっ たんですがではその人はそれぞれ物の見方 が違うのだとすれば物の見方が違う人同士 が共に生きてくってどういうことなん だろうみたいなことをま関心を持ったり 元々平和とか社会的関心が強かったのでま 自分で紛争解決学という分野がまなんだ 日本に入ってきてない時代にま勉強してい たんですねで勉強していてたまたま熊本 大学がこの紛争解決の大学院を日本で 初めて作る時に教員で不妊するんですがま そこがちょっと人生の計算間違と ミステークと言いますかというのがま熊本 大学はですね当時医療事故の医療紛争が とても多い時代でそういう教員を欲しかっ たらしいんですけれども私はあの色事項の 被害者だったんですねでなんかもう本当に もうなんて言のかな本当は医さんと共に いいなんか未来の色を作りたいけども全然 もう無視されて気をつくばかりでもう色 事項の紛争解決しよなんて言うと心がもう なんていうか息ができなくなるほど苦しい みたいなトラウマ症状もありますたそんな 中で当時紛争解決でハーバード流行渉術 ウンウン交渉とかですねま トランスフォーマティブ相手に成長し ましょうというような紛争解決がまあまり 教科書的に言われてなかった時代にあの

修福的正義という分野とま正被害のえ被害 者の方で研究者の方と出会いましてあこれ こそ私がやりたい分野だなと思ってですぐ にアメリカに留学したというのがありまし たですので熊本大学に行ってからハワード ジアさんのとこに留学をしましたはいうん なるほど そしてあのそんな中でま結局ですねあの その後また福島の問題とかにも関わられて いくわけですけどもそれはどういうま経緯 で具体的にその大役の後ですねあの関わら れていくようになったんですかね はいありがとうございますでまそんなもう 息もできないような感じでする思いであの イタミのナトハワジャーのとに留学をする んですけどもちょうどそれがまえ2000 ま11年12年のところがメインの時期 だったんですがあのご存知のに原発事故が 起こりましあましかし日本大震災が起こり ましたそして原発事故も起こりましたで まあ日本にいてあアメリカに当時いたん ですが震災の時にはま非常にこうアメリカ にいた私たちにとっても非常にこう ショッキングなことでしたが2011年の 7月に日本に最初に一時帰国した時にです ねんびっっくりしたんですねたまたまご縁 でまアジア学院というところに前からその ま平和構築の授業とかでかからせていたい てたんですけどもそこにお見舞いに審査の お見舞いに行った時にたまたまその えなんていうかな原発放射の医学の法座線 医学の専門の先生来てて講演会されていて まそこで知り合ってま福島の方たちの住民 の声を聞く機会があったんですねまその時 にびっくりしたのは私はそのアメリカに いるとま震災の揺れとかあとはその波被害 それから放射の線汚染という物理的被害で みんなもどんなに大変なのかと思って帰っ てきたら1番苦しいのは私たちがみんな バラバラになっていくことなんですって ことを被災者の方々がおっしゃっていてま 家庭の中でもその夫と妻がもう声あの本音 で話し合えないそしてそして友達同士でも ま避難した人のことを裏切り者と呼びえま そして難していく人もまたもう何も言え ないで去っていくかといえば熊本に行けば 福島に住んでいたり東京に住み続けてる人 はまなんて言うのかなあの国家に騙されて いる敵だみたいなどちらかというとまそう いうようなことも含めてま本当に住民が 分断してくっていうことをまさに コンフリクトというかですねが起こってる と知てでそこでま分断する人々同士が こんな言葉言われたあんな言葉言われ たってことで気つけあっているという意味

でもまあ修福的正義というところの傷つけ 合う関係っとことがありましたしま原発 事故というま加害企業がいてま東京電力で 加害企業がいてま原発事故起こると意味で は加害被害の問題そこにも存在する中で この分断をま修福的正義を使って何かそこ にあのできないだろうかと変化を変容でき ないだろうかってことがえ課題に自然に その時期になっていきましたはいなねま その留学時代に本当にそういう現場事故 東日本大震災起きたっていうことですよね そうですねはいうんそしてあのまアフリカ にもですね関心を持たれてあのまルアンダ にも来られたわけですけどその辺 りっていうのはどどういう経緯でそうはい ありがとうございますそうなんですでこれ がなんかあの多分今日の本題というかです ねみ福島ルアンダってことに入ってくると 思うんですけども私はそのハワードチェア さん求めて修福的正義求めて留学をするん ですがまそこであのアフリカの若のことに 10年以上取り組んでこられたまちょっと 佐々木さんのような方ですねカール スタッファーさんという先生がそこにおら れてその方の授業をまず最初の頃に取るん ですねまそれはいわゆるトランジショナル ジャスティスというま内戦後のま地域のま 若いとか正義構築という授業だったんです けどもそこでま当然修福的正義とかその 和解の様々なことが取り組まれていてうん でその授業で私にとってはその内地の話で 非常にこう新しいことではあったんですが 何かこのえ理論を理論というか学びを 生かして現実の事例について修福的正義の プランニングをしなさいっていう宿題が 期末のレポートで出ましてでその時に私は 逆にアフリカのこととか何も知らなかった ので自分がそれまで住んでいた又のこと ふと思ったんですねであみまって何か内戦 人に近くないかと思ってそこからみまを内 戦地のモデルで見るってこと始めたんです けどもそうすると非常に共通点が多く見え てきたというのがありましたでちょっと 共通点をもう話してみるとなんかその一見 なんか全然共通してないんですけども実は 又もその私がする股も股病公害事件でもう あの非常に多くの方が亡くなるんですね 亡くなったりえ障害にわたるま障害を持っ たり山をいたりとかするわけですよね命に 関わることでそれのま加害企業加害者と 被害者が同じ地域に同居しうんしています ということがありますですのでまずその第 1にまその地域で起こっているま大量ま愛 て言うならば大量殺人がそこにあるそこに 加害者と被害者が共に住んでいるとで

そしてみそこでま恐怖と不信の中でこう 会いでいるとでそしてそこに単純にまそう 後でちょっと言のがあのトラウマタイズ コミュニティって言葉で私たちは呼んでる んですけどもみんなが傷ついてそしてま 加害の被害の関係がその地域の中に服装的 に存在してるようなコミニティなんです けどもそれだけではなくてま構造的暴力と いう側面も近いなと思っていますで構造的 暴力というのは例えばルアンダなどのその 分断ないあのジェノサイド繋がっていく プロセスではま植民自治配というですね いわゆる構造的暴力大きな権力とその ルワンダへの支配構造ということの中で その分断とか引き出されていくで見も実は ま国家事業である南のその窒素の産業は国 にとって大事だからっていうことの構造の 中で地域の住民が分断させられていくって ことがあったんですねまそういうとこで なんか非常に近いしあの内線地型のその 修福的正義若いモデル正義構築モデルが 使えるなっていうのが最初でありました はいなるほどねはいそれでなんかあの私の とこにあのご連絡いただいたっていうのが 確か2013年だと思うんですけどねはい はいなんかそういうの僕はもう誰の経誰が の経由で私のとこに連絡されてきたの かっていうのももう忘れちゃってたんです けど私も実はそれをちょっと覚えてなくて 一生懸命思い出そうとしたんですけども 思い出さなかったなくはいあのでもね なんかねうむを読んでみたら確かなんか 片野 さんなんか元々あのえネットでなんか知ら れてルアンダの活動のことをそれでその後 片野さん経でなんか私の先を聞かれてって いうようなことがうに気候してくださった 時に確か書いてありましてなるほどそうか もしれませんなんか状況としてはまあまあ 稲は気持ちレポートだったんですけどそれ は置いといてなんかま福島の原発事故が 起こって分断していてもうこれをまどうに かしなきゃいけないと特にまみまに住んで いた私としてはま又の人たちが例えば特に 被害者の方たちがですねま許すっていう人 言ってく人は結構いらっしゃるんですね 許すっっていうのがあのもう水に流すから 意見っていう許すではなくってその許す からそのそして加害者やそういう人たちも あんたのことを人間として受け入れるから 2度とこの悲しみがない痛みが起こらない 社会を一緒に作ってくれっていうなんか その加害者にた突きつけみたいなもう首 ねっこ掴んだよなそういう感じの覚悟の ような思いなんですよねうんでそれをじて

いたのでなんかやっぱ福島が断してきた 時時にこう股と同じことが起こるんじゃ ないかと思った時にやっぱりこう股を知っ ていた人間として決してにとと同じような ことになってはいけないっていう焦っと 思いがあったでそこで又と福島の類似店 ってよく言われると思うんですけどもその 中でそのやっぱり福島もまその東京電力と いう地域にとって重要な企業であってその 地域の人はもう全員被害者だけども東電で 働いていた人もいたという意味では加被害 の重性というか1人の住民がま地域の中に 加害者も被害者も同居してるみたいなこと もあれば例えばみもそうであったように 福島もみんな被害者なんだけどでもみんな 電気も使ってるよねみたいなこととか非常 にその加害者と被害者の重層性みたいな こともある中でそして構造的暴力もある中 でそして住民同士が気つけ合って るってこの中でなんかやはりあのま内戦地 モデルをこのみなまた福島の方に応用でき ないかなと思ってあこんなことしてる日本 人の方がいらっしゃるといううんを知って あのはい加さんからご紹介いただいたので はないかと思うんそうですねうんはいはい まそっかちょっとあのルワンダに来られた 時のいろんな印象なんてこともお聞きし たいんですけどもまままずちょっと石原 さんのま取り組みですかねちょっと やっぱりもっとこう詳しく又でありえ福島 の第1原発事故の後のお福島の方々の コミュニティでありそしてその方々をこう つぐ働きもされてきてあのその辺りのです ね文章を読ませていただいて非常に感動的 なお話がたくさんあったのでちょっとその 取り組みのことをあの深掘りしていただき たいんですけどよろしいですか分かりまし たありがとうございますちょっとあの共有 させていただきます はいちょっと待ってください ねちょっと待ちくださいちょっとうまく 共有ができませんでしたこれをこうしてで こうし てよし あれあ出てきましたはい出てきましたです ねすいませんはいまあのそうですね ちょっと今お話ししたいことというのがま その又と内線地のま共有点というかそして 福島と又の共有点って話はちょっと話した んですけどもちょっと今日佐々木さんと 話してみたいなってことも含めてなんです がどういうことを話したいかと言うとあの ま私がそのジアさんのとこに留学をした時 に非常に面白いなと思ったのはもう修福的 正義というのは別に加害者被害者対話では

ないんだとでそうではなくてさっき言った ようにその起こったことに悲劇に向き合い 関係者が共に力を合わせてまそこに 向き合っていくつまり多くの場合にはそう いうことが2度とない社会をどう作って いけるのかってことに共に取り組んでいく というプロセスなんだというところに エッセンスを置いてうんで大事なのはその 加者被害者が対話することだとかね共に責 についてとかいうことではなくその エッセンスの方が大事でそのエッセンスを どう実現するかは例えばそのアフリカで あったり日本であったりという地域社会の 文化だったりその事件の起こったことの コンテクストによってま自由にプログラム は変えていっていいのだというような非常 に風調があったんですねでなんかその ことってすごく素敵だなと思ったしだから こそ私たちは世界中いろんなところでこの 修福的正義や和解の取り組みに取り組んで いく意味があると思っていてでそんな意味 でなんかそのじゃあちょっと福島のこと 事例に私であったらどう修福的正義の エッセンスをそこに生かしてプロジェクト したのかってことをちょっとごご紹介し ながらまあの佐木さんとそこをあのそう ですね文化コンテクストに合わせた和解の 実践ってどうあるたらいいのかなってこと を今日お話したいなと思ってますうんうん うんはいでまあの福島のこと事例にあげと さっき分断してましたって言ったんです けども あのそうですねちょっとすいませんまあの 私たち紛争解決の人間はあの大体そのどう してその分断が起こってるかとか コンフリクト起こってるのかなってことを ま原因を分析してその原因に合わせた変容 の理論例えば加害被害の関係があったら 修福的正義だなとかトラマって状況があっ たらトラウマヒーリングだなとかまそう いう風に理論理論を選んででプラス道具と して例えばまあのカウンセリングなのか メディエーションなのか例えばアートを 使うのかとか裁判を使うのかとかま理論と 道具を組み合わせていくみたいな風に 考えるんですけどもまこの福島に関して 言うと1つこの傷ついた社会トラウマ タイズコミュニティっていうその側面に私 は焦点を当てましたでこのトラウマ トミティとトラマっていうのは本当に ルワンダのことでもよく知られているよう に人はその非常に傷ついた時にその気付き のエネルギーがどっかに行く先を探すって いう風に言われていますまこれは震災って 書いてありますけどももうルアンダの内線

でも同じですね暴力的エネルギーがあった 時にこういう風にま傷ついた人被災者と いうのはま気付きとかパニックとかそのま 罪悪感とか諦めとかですね激しい怒りとか 出てくるとこ白いのは激しい怒りっていう のは実はこのトラウマから回復する上で 人間としてはとても大事らしいんですけど もこの激しい怒りとここになんでこんな ことがあったんだおかしいじゃないかと いうその正義のニーズですね正義のニーズ が出てくるこれはとても大事だて言われ てるんですがこの政治のニーズっていうの がだからこんなことがあったらおかしいだ からあの人にま自衛のために相手にこう やり返してもいいんだとか相手をその攻撃 してもいいんだとかいう風になりがちで あったりちょっとごめんなさいねえっと これこっちですかねこんな形の見やすい ですねその全車悪者という語あの語になっ たりま自衛という名における攻撃行動に なってもう1回次の暴力を生んでいくって こういう連鎖に入りやすいっていう風に 知られているわけですけどもだから内線値 でもこのトラウマの連鎖っていうのを 防ごうとするわけですけどもみんながこう いうトラウマの連鎖に入っちゃった状態を トラウマタイズのコミュニティと呼んでい てまこんな真的な変化とか真実を語ること がこんなになった民主義から対抗したりま そのいじめがあったり社会的排除があっ たり逆にあの人についてったら全てが解決 するみたいなカルト宗教広も繋がったりと かいうことが言われていてでこれルアンダ にも福島にも股にもあったと思うんです けどもこの連鎖をどう止めていくかという ことにまず焦点を考えてみましたでまこの 先ほどのごめんなさいえっとこのぐるぐる の連鎖を止めるためにまこのピンクの ところですねこのぐるぐるぐるぐる連鎖し て次の暴力を生んでいくとその攻撃の連鎖 とか暴力の連鎖に入っちゃうんですけども まそのもう激しい怒りが出てきてこんな ことがあったらあったのおかしいという 正義のニーズからだから誰かを攻撃して いいんだとか自分が悪かったんだ自分を 攻撃するのではなくてその正義の裏きし 怒りの裏にあるその悲しみとか怒りをま 十分に感じきるような安全な場所を加工 するまその先ほどの先さんの今のあの ルアンダの状況を話しいただきますけど国 が戦争するとみんながもう恐怖と戦闘体制 に入るのでそうすると今度連鎖に入り やすいわけですけどもごめんなさいその 安全なを確保して安全が確保されると少し こうやり返すではなくあ私は悲しかったん

だ怒りを持ってたんだってことを感じきる ことができるようになるとそういう場所を 確保してで少し自分の気持ちがまその感情 が物グリーフケアというかですねあの グリーデンができるとあの少し心に用が できてあのあ本当はこうだったんだねと 根本原因を考えたりあとは例えば敵だと 思ってた人との経験を分かち合ってあんた 敵だと思ってたけど本当同じ悲しみを抱え た人だったんだねみたいな感じでま経験を 分かち合ったりもできるようになってきて そこからいやいや私とあなたは敵だと思っ てたけども根本原因をそもそも考えて いこうよ根本原因がなくなるような共同的 な解決策を考えようよっっていう風にま なってでま言ってみれば敵味方みたいに なってた人たちが共にこの根本原因をを 解決するようなま未来に向かってそれぞれ できることを発見するそして起こった悲劇 を自らの新しい未来へ統合あり方に統合 するというようなことがまあのできたら いいなってことをま考えるわけですねで これよく何セチでも使われてるんですが これをその例えば福島でもやろうとしたん ですけどもあのまえっとこれはそうですね えっと私の場合どうしたかということなん ですけども え実際内地ではなんかこういういろんな ことを使ってやっていくわけですがとで ちょっと時間があればですけどもまその 変化をもたらすみへの旅というのを ちょっと企画をいたしましたていうのがま 修福的正義先ほどのピンクの図というのは トラウマヒーリングとあと修福的正義がま 結びついたま理念ズなんですけどもここで 例えば加害者と被害者が共に席についてと か言ってもま日本社会っていうのは結構 その1回そのコンフリクトがすると なかなか敵味方がテーブルについててこと すごく嫌がるカルチャーであったりもする し特にそのの原発事故もそうですけど 例えば東電に席について私たちと共に心を 分かち合ってくださいとか言っても なかなか大企業や国家の人はそれをして くれないという中でまそういう構造的暴力 の問題もある中で実際には構造的暴力への 変容のモデルとまその修福的制御を 組み合わせてやる必要があるんですけども まどんなことをしたかというとまちょっと すいませ んごめんなさいねここれをま根本原因をま 知り共に涙しみたいなこと1つ1つこう ツアーの中で設定していきましたというの が えそうですね

えみというところはちょっと前後します けどもあのちょっと先の方に戻りますがえ 股というところはま皆さんこういう イメージでその股病公害のイメージがある と思うんですけどもま70年経って まだまだ問題も残っていながらまそれに 対するその和解の取り組みとかですねこう いうことがあったからその環境都というの は取り組みもしてきたところでありました でそういう中で何をするかと言うとという かあのこの中でみたでは私は修福的正義 都市と呼んでるんですけども本当に修福的 正義のリーダーとなるようなあの被害者と ありながら加害者を許すといい許すから あなたと一緒に2度とこういう社会がない ように人間としての責任人間の罪に共に 向き合ってくれってことを被害者が加害者 に呼びかけるんですねでこういう私は窒素 であった窒素許されなければならないと いう対話に入っていった岡正さんとかあと はこの方はみ病はのさと思えと言ってのさ というのは天からの恵みというあのみの 方言なんですけどもえ患者でありながら ですねもういじめもすごい受けるんです けどもま股病は人間に対してあじゃ自然に 対して人間がしたことへ神様が怒ってその まつまり神様が作った作った自然を壊して しまったからその神様が起ってその罰を誰 かが受けなければいけないならば隣の人で はなく私が最初のみ病患者になったこと私 にバチが当たってよかった喜びとしてえ股 病を受け入れる私は窒素も国も許すと言っ ていった杉本栄子さんとかそういう方が いらっしゃいましてこれは置いておいてで そういう中で何をしたかと言いますと えっとままず又の歴史をですね学んで いただいたとでみというのはあのさっき 言ったようにま国家を大事にするために 国家の産業を守るために稲の地域が分断に こう追い込まれていったみたいな歴史が あるんですけどもまこういうことを知って いただく中で例えば私たちが福島の方に 福島高校高校裏事情がありましてだから 分断してるんですよとかもう偉そうなこと 外から言ったってそんなことは何も彼らの 耳には入りませんし意味のないことなので みの歴史をそこに彼らの前に置いて彼らが 股を鏡としてみながら福島について自分で 考えていただくという時間を取りましたで 根本原因え敵味方とか敵加害者と被害者あ じゃじゃない地域の中で分断して敵味方に なってたけどもそれが本質ではなく根本的 な原因があるよねってとこの気づきですね でそれからまあのみ病の被害者と出会うと 非常に複雑な中で福島の方々やっぱ泣け

ない現地では泣けないって状況があったん だけどもま南端に来てま共に泣く場所安全 なスペースで共に泣くというような時間を 取るでそしてそこからま福島でもあったん ですみででもあったんですけど裁判をする 人と語りべになる人と許すって人とお互い 敵だと思って仲が悪いとかいうのもあり ましてだけど股の歴史を見ると裁判があっ て許すというリーダーがあって祈る人が いるから正義構築とその修復が成り立っ てるんですねまそういうこともお示しし ながらま修福的なリーダーさっき言った ようなま許すと言いながらしかしそれは 流す水に流すことではなく2度とこういう ことがない未来を作るんだというすごいう 覚悟のリーダーですよねそういう方たちで 会っていただいてまつまり福島の方に加害 さ被害者対話を直接していただくんでは なく修福的正義のエッセンスを皆から持っ てえていただくとあとは福島でその エッセンスを成熟させていただくみたいな ことをしていましたうんで最後面白かった のこ割りなんですけどもまこれはその意図 的じゃなくて自然発生したんですけどこれ が1番面白かったと思うのがあのま私は その歳から40ちょっとの若手世代の人 たちですね福島のに来ていただいたんです ねみででみでもその若手の世代がいまして ま20代30代とか4でそのぐらいの 方たちはみ病公害事件のま第2世代第3 世代なんですよねで当時福島の若い方々 っていうのはやっぱ特に震災直後はま自分 たちのもうには未来がないんじゃないか 子供も見えないんじゃないか地域ももう 将来がないんじゃないかともう闇の中に おられたけども言ってみれば自分たちと 同じような課題を抱えてま傷を持ってきた 人たちのま第3世代と会うということは実 は過去と未来が出会うような大いにこの場 がなりましたでまかと言ってこんな硬い ことやってるわけじゃなくてみんなで一緒 にご飯食べてもうめっちゃ盛り上がってる んですけども飲み会飲み会してるだけなん ですがでも飲んでその目の前になんだろう な稲の若者がいる自分たちの未来がい るって生きてこの体があるってだけで すごく多分それは当時の福島の方々には 希望になったしその希望になったところ から面白かったのはその若い人たちが私は そのその許すって言って修福的性リーダー にあってこんなこと思うようになったんだ とかいうことみの人が話したり逆にみの人 も過去にまだ癒されない傷が股にあります のであの福島の若者と話すことで股の若い 人たちにとっても癒される傷を傷に対して

自分が語りかけるみたいな未来とえっと 過去の修福的な対話ってことがこ生まれ たりしたんですねまそんな感じのこと最後 にはまこういうことがあったからこその 新しいっていうのの匂いも感じ取って いただいてみたいなスワーをしておりまし たちょっとここで今日予定しますけども うんまこんなことをしていてまその中でな んでしょ実は後でお話ようと思うんですさ さんにアドバイスを求めていった時のね すごく印象的な言葉とかも残っていまして 今日ちょっとこの後あのそうですねま 佐々木さんもあの若いの仕事される時に その修ハードジさんがいたイスタミノ ナイト大学の授業を取りに行ったんだと おっしゃってくださったんですけどもま そういう修福的制限の哲学が参考になるな と思いながらもそれを実際にルワンダで 実現するためにまどんなことを工夫し ながらそうい工夫しながらやっていかれた のかなとかそういうことをちょっと私の方 からも伺ってみたいなと思いました以上 ですあそうはいええっと今それになんか 答えたらいいんですかあどうでしょもう 質問ですかはいいいと思いますはいああ はいはいはいえっとですねあのお話聞いて てすごく共感したんですけど要するに何か こう教科書に書いてあるような被害者が 会社官タヤみたいなモデルをこう持ち込ん で現地にっていうま応にしてそうなるん ですよね特に西洋の方たちが来てやる時 ってそのモデルをこしけていくんだけれど もやっぱりそのモデルの背後にはあの思想 があり価値観がありもの考え方があるわけ ですよねでそれがやっぱり現地の人にとっ てはしっくり来ないってことがやっぱ大に してあるということですよねだからなんか あの私はやっぱりやっぱ基本的にはいつも あのその押し付けではなくてもちろん いろんな理論的な学びとかっていうのは あのアイデアが得られるので助けにはなる んですけども基本はやっぱりそのあの現地 の人たちと出会って話してその場所空気に 触れながら あの時間を使う中でこう浮かび上がって くる ものにしていくってそれっていのはあの集 的正義に関わらず全てあのあの協力の活動 だったりその農村のコミュニティの発展の 問題だったりそうだと思うんですけどもま そのスタンスっていうのはすごく大事なん だろうなと思いながらやってきたんですね でそこで例えばその以前あのま修福的な あの プロセスがやっぱり若につがるんだって

いうそういう基本的な考えありましたから じゃそれを具体化するのにはどうするの かって言った時にま結果的にはその刑務所 から出てきた加害者の人たちがあの家作り をするっていことが1つの非常に象徴的な 修福的なあ の金めになってたわけなんですけどもそれ もまそういうアイデアみたいのはこう ちょっとひらめきはありましたけども やっぱりその加害者の人たちとの対話の中 で え被害者の人たちと出会っていただいて 語りかけていただいた後に会者の人たちが 自分たちでじゃそのにどう応答できるのか と考えた時にあ自分たちはお金はないけど もあの自分たちのやり方で家を作ることは できるっていうのがこう出てきたっていう ことですよねであそれだったらいいんじゃ ないかっていうのが1つありましたでそれ とやっぱりその宗的正義の取り組みをして いく時にやっぱりそのことがやっぱり意味 があることて言んでしょうかそのやっぱり そのみんなが腑に落ちること例えば家を るっていうことがもちろんあのニーズとし てあのそれをしてもらう人たちにとっては 非常に重要だっていうものがなければ なんかいらない家を立ててもしょうがない んですけどもそのニーズがあってして 欲しいことだっていうことですよねで そしてそれを汗を流して1つつの あのなんて言うのかなあの日干連がを 積み上げていくプロセスがやっぱりその 壊されたものをまた作り上げていくでそれ は経済的な物理的なことだけじゃなくて 加害者の人たちにとっては自分たちの人間 性をまた回復していくっていうのと意味と して繋がってきたしそしてまたあの関係性 をまた最高知していくっていうとこにこう 意味として繋がってきたまそういうような ことがあのま非常にシンボリックなところ ていうのも現地の人たちの物の見方考え方 価値観の中でフィットしているかっていう のはすごく大事だと思うんですよねだから それはまずはその人たちがそのこれでやろ うっていうものがどのように出てくるのか そのプロセスを作っていく対応を作ってい くってことが大事なんじゃないかなって いうのはすごく思いましたねそれと石さん の話聞いてて思ったのはやっぱり あの出会いの場を作るって言うんでしょう かで現地にもいろんな人がいてももちろん 加害者の人人も被害者の人もいてでも被害 者の人の中にもあの他の人たちよりも一歩 先にこの許しについて考えてる人がいたり とか加害者の中でも他の人によりも

やっぱりなんかつながしたいっていう人が いたりするわけですよねでそういう人たち と出会っていく中でその人たちがまたあの 出会うような場を作っていくっていうこと がすごく大事でそっから出てきたものから 何かあののプログラム作っていくっていう のが大事なのかなっていうことは思い ながらやってきたように思いますはい本当 にありがとうございますなんかその今から 考えるとですねそのまさにま修福的正義を ジアさんの元理論は勉強しましたビデオも たくさん見ましたとでもじゃあ現場でどう 生かすのって時にもう全くわかんないな時 にまさに求めるようにしてルワンダに行っ たんですよねで後から考えると今佐々木 さんがおしと非常にこう近いことがみでも 大事にされてるというか例えば家作りをし ながら対話をするはい対話しましょうて いう対話ではなくて家作りしてなが自然 発すで生まれる対話とかみたでも一緒に ゴミを分類しながら分担していた住民が 話すチャンスがあったりあとはその無断し ていた人同士が一緒に東京に尋常に行く時 にまその一緒に旅館に泊まると飛行機で隣 に座れた中で矢が多ても喋ってしまう そんな中から生まれてくるとか何かその 必要性がある中での視線発生的に対話の場 が作られていくみたいなのは本当になんか そのルワンダの家作りとも繋がるところが みまにもあったなとそうたりしたのですが なんかこれここであれなのかこのこの タイミングでいいかわからないんですけど あのすごく印象に残ってるのはま今ま今 理論的に言うならばそのちょっと現地の方 の話を聞いてまこんなことやってみたら どうだろうかって言ったらあパッと顔が 明るくなってやってみようよっってその 表情を見てあこれでいけるかなとか行け ないかなとか多分見てくんだろうと思うん ですけど理論的にはですねでも当時すごく 覚えてるのがルアンダに行ってもどうし たらいいかわかんないどうやってこういう プログラム作るんですすかて佐木さんに伺 かかった時にあのうん僕なんかはこう まさにね丘ですよね丘にこう歩いていって 風をこう受けてみるよねとかいう答えを 佐木さんが多分覚えてらっしゃるないかも しれないんですけどもおっしゃったのよく 覚えていと覚えてますかうんまそその表現 を使ったかどうかちょっと僕は覚えてない んですけどでもそれはあの現場で仕事し てると本当にあのなんて言うんでしょう はいこの机の上であの色々こう本読んで 考えててもなかなか アイデアって湧いてこないじゃないですか

でもやっぱり村に入ってあのおしりし ながらあの山道歩いてたりとかねそうする といや本当になんかこう何かが生まれてく るっていうのはあるそれは本当に実感今も 実感しますけどねはいそうですねなんか その振り返ってみるとというかですねその 時私はまその卒業実践というプロジェクト でイースタメのナイト大学のですねで 佐々木さんにフィールドアドバイザーに なっていただいてルワンダに行って福島の プログラムを考えていたんですけども当時 のその直接のプログラムアドバイザーには アフリカで若いの仕事してきたカル スタッファーさんって方になっていただい てで彼にもどうやってプログラム作るん ですかって聞いた時にもう彼もですね なんて言ったかって言うとうんなんか寝て たら神様がねあのカールあの夜にあの一晩 徹して祈れって見目の中で言ったんだよと かっていうわけですよでその地域はその夜 にあの教会とかで祈ったり集ると悪い集う と悪いことがあるというま伝統的な価値観 がある地域つまり夜は徹して集まっちゃ いけないっていう文化だったのに神から その声が聞こえてきたでその夜にに教会で 一晩中こうなんか祈るのかまギャザリング をねすること比較したらその時にパッと 変容して和解にバーと繋がってったって話 をするわけですよでそのその時は佐木さん の風を感じてみなさいみたいな声とか神様 が夢で言ってねみたいな話聞いてもどう やってプログラム作るんだみたいな感じで すごいこう思ったんだけどもやっぱり福島 の仕事をしてみてまこれはその学生に自分 が教育する時にどう伝えるかも難しいとこ ではあるんですが本当にプロジェクトと いうのは頭で人地で考えてなくてこう なんか本当に神様の風が吹いた時にまそれ にいい道具にななれたなとまなろうと思っ てなってるわけじゃないんでしょうけども そう思えた瞬間が本当に1番いい プロジェクトになるなっていうのはうん 感じていてますねだからまその若いの プロジェクトまたまた私はクリスチャン ですけどもこれクリスチャンじゃなくても いいと思うんですけどやっぱ スピリチュアリティということと深く投げ てですねどういう風に考えていくのかと いううんことかなと思いますそうはいうん うんそうですねま色んなとこで繋がってる 感じがしますねうん本当にはい あのちょっと聞いていいですかあのさっき のあの何度かその過去と未来の統合って さっきのモデルでもですねはいあの出てき てたと思うんですけどもそののことを

ちょっともうちょっと分かりやすくなんか お話ししていただいてもいいんですか なるほどえっと過去と未来の統合というの あのピンクの図でえ過去の付きを見最後の ところに出てくるところですですよね ちょっとそれを見ながら一緒に考えていけ たらいいのかなと思うんですけどこれです よね多分これ のこれですねこれえ丸いやつですこれです 怒った悲劇をそうそうそうそうそうそう 悲劇そうですねその最後のとこですよね 怒った悲劇を自らの新しい未来のあり方に 統合するっていうあの今までお話し くださった中で繋がる部分はあるんですが あのちょっと石さんの言葉でこの言葉と 具体的なことをつなげていただけたらと 思うんですけどそうですねだからこれは 多分今の流行りで言うとトラウマが トラウマ語成長というようなことで概念で 言えてる部分と繋がると思うんですけども うん咲さんのこう振ってくださってること の答えになってるか分からないんですが やっぱりその被害者気付きを得たものに とってまそれをもちろん蓋していけるって 人もいらっしゃると思うしそういう時期が あってももちろん構わないと思うんです けれどもましかしながらまなんか状況が 許してえ全人的なその急ついた自分すらも 全人的にま生かす受け入れていくというえ ことを選択をするのであればやはりこう いう自分がついた経験ってことを受け止め た上でこういうことがまあ喉ない社会を 作りたいとかこういうことを経験した自分 だからこそ何か未来に向かっていきたいん だっていうまそういうことがまある人たち が多いとは思うのですがで多いというか そういう事例もあるでまたみのそのこれも 先ほど言った被害者の方であの許すという こと言ってて許すだから2度こんなことが ないしか共に作ってほしいみたいな リーダーになってった方たちというのはま そういうのまさにこれ佐々木さんから教え ていただいた言葉なんですが インビテーショナルフォーギブネスつまり インバイですから加害者を招待するような 許しという意味だと思うんですけども まさにみでもそのこういうことがあった 自分だからこそっていうことの突き抜けた ところに私は許すて言ってその方がまみり なさっき杉本栄子さんがですねあのま加害 者って立場にもよりますがそう人が来た時 に言ってみればま食べんねえという風にま ちょっと食べなさいと食卓のテーブルにま 招き入れてまちょっと会者の人もこう表紙 抜けしてる時にま一緒にその美味しい食事

を共にしながらあのなんて言うのかな ぼそっぼそっとなんかその身の上話をし てくで身の上話をしながらそのこんな辛い ことが完全にあったんだということを 初めて加害者はそこで耳にしてでまあの そこでなんて言うのかなむしろ初めて加害 者としての責任に気づかされ責任に 押し出されていくつまり加被害者から許す と言われて共にテーブルにまかれてそこ からそのなんて言うのかな責任を押し出さ れていくって事例がたくさん皆にもあり ましこれルアンダでも同じようなことが あると思うんですけどもうんこういうこう 非常にインビテーショナルフォーギブネス つまり加害者も招待してしまうような許し のパワーっていうのがこの先にあるのかな とうんというのは持ってるんですよね持っ てるんですけど逆に佐々木さんに伺いたい ことがあって悩みがありますえみでもそう なんですけどもおそらくルハダもあると 思うんですがつまりま私たちが研究者とし てもしくはこういう若い若いマニアとして ねなんかこういうのがいいよとかっていう のはあるしそういう事例はあるんだけども 社会全体として見た時に例えばま福島も そうだし今のみもそうなんですけども 1990年代のま若いですねという地域 住民の若を推進した時代のみはまさにこう いうことがあったあったみだからこその 未来を作ろうっていう政治が取られたん ですが今2024年ぐらいのみというのは 言ってみれば揺り戻しが来ていてまその もうよでしょうと股病のことはいつまで 言っとるんだ忘れましょうって言ってその なんて言うのかな環境都市ということすら もこう捨てるでまさに起こった悲劇を未来 に統合しないっていう政治が今行われてい てつまりしたうんない人たちもいるわけな んですよねあの向き合わないでつまり被害 者これ2つありまして加害者っていうのは 加害者も本当は気ついてるんだけども特に 加害者が力関係があって力関係の上にある 時は向き合わなくても済んじゃうもう痛い から向き合わなくて済むからできるだけ もう向き合わないで過去のこと忘れ させようとするってパワーが1個あるし うんうんあともたみたでもすごく深く 難しいなと思うのは別に力関係がなくても 人間っていうものはまあとにかく生きて いくためにレジリアンスと言いますかま 自分の安全性を保つそのためにその被害者 だろうと輝者だろうとですねま特に加さか な自分が気ついてるってことに蓋をして 生きてる人たちが多いでそうするとそんな 怒った悲劇なんて私は起ってませんした

めっちゃ悲劇起こってるんですよみた出身 だから差別されたりとか悲劇が起こってる けどもそこに向き合いたくない私なんて 悲劇私の人生に劇はなかった未来に統合 するんですか何言ってるんですかまいつ までも文句ばっかり言っていてブーブいつ までミ用のこと言ってるんですみたいな人 もいてうんこういうそのルアンダでも おそらくこういう起こった悲劇を新しい 未来に統合したくないパワーっていうのは 力動きって絶対ある気がしていてここは どういう風に感じられていらっしゃいます かうんうんあのそれはですねやっぱり何度 かこの対談の中でも触れてきてると思うん ですけれどもまルアンダっていうのは簡単 に言ってしまうとあのま1994年に ジェノサイドがあったわけですよねタス ハウスの政権が権力者たちが一般の人たち を動員して少数派土地の人たちを ターゲットにしたしそしてそのあの土じゃ なくてもそういった動きに抗う人たち普通 ツアの人たちをま殺していったわけです けどもでそれをその勢力にその戦争で勝っ た側があの権力を握っているっていう構造 なわけですよねだからその暴力紛争の勝者 の側がこうま支配をしてる国ですからそう するとやっぱりその自分たちの側がした いろんな人権侵害戦争犯罪ってそういった ことに関してはま負をしながらあの前の 政権がやった側のことだけに焦点を当て るってまそういう構造があるわけですよね だからあの本当のやっぱりルアンダの人 たちの全ての人にとっての若いのプロセ スっていうことが あの成り立っていくためにはやっぱりその 権力の側がこう言わせたくないこと喋らせ たくないことっていうことでえその自由を 与えないっていう時に非常に難しい状況が あるわけですよねでですのでまあのさっき も戦争のこと話す時にあのルアンダ政府が 関を今後の紛争に関与してるけどそれを 否定してるから国民はそれを話すことも できないって言ってましたけどでもそれが 現実なんですよねでそうなるとでもあの それをじゃあそんなこともあった本当の若 だったらこのこういうことも喋んなきゃ いけないって言ったらそれで自爆してもう 終わっちゃうっていうよなことですから やっぱりでもそういうことを認識できる 先ほどのあのえ石さんのお話ですとあの 片方の被害を受けた人たちが本当に傷つい て トラウマにこう苦しんでる時はそうじゃ ない方の方たちの被害とかってことには 共感できませんよねだからその人たちの

ケアをしながらでもその中であの相手の側 の痛みにも感じられるような状況になって くるわけですけどもそしてでそうなった時 にでもぴらにはいれない現実があります からでもそれはやっぱりこのでもお互いは 分かってるんだよと言葉かけができる もしくは本当に閉じた空間の中ではそう いう対応もできるっていう関係をまずは 作っていくそれは若い人たちの間でもそう なんですけどもそれが大きな課題だと思う んですよねそしてあのやがてでもそういう ことにもねあのなんて言うのかな 取り組める時代が来るでしょうから思考 停止するんじゃなくてそれが課題であると いうことを思いながらやっぱ歩んでいくっ ていうのがすごい大事だと思うんですよね でねちょっと今日最初に僕あの今後の紛争 のことを話した時に話そうと思ったけど 話せなかったことがあってですごく なんかなんか今のガザの状況なんかも見て てもものすごくその希望っていうような ことが見い出せないようなもう本当に二重 基準国際法だとか人権だとか言うけど なんかもう二重基準でもう何でもありなの が現実だみたいなねことを感じながらで 最近そのあの非常に励まされた言葉があっ てそれをあの自分たちの学生たち特に ブルン寺人ルアンダ金語人でこういうこと 話しても分かる人たちにメッセージを シェアしたんですけどもその言葉があの ちょっとあの繋がったんでお話しますけど もエーリヒフロムの希望の革命っていう本 があるんですけどもちょっとお読みします ね希望とはうまった虎のようなもので 飛びかかるべき瞬間が来た時に初めて 飛びかかるの だ希望を持つということはまだ生まれてい ないもののためにいつでも準備ができて いるということであり たえ一生のうちに何も生まれなかったとし ても絶望的にならないということで ある強い希望を持つ人は新しい生命の兆候 を見つけてそれを大切に守りまさに 生まれようとするものの誕生を助けようと いつでも準備を整えているのであるって その言葉を学生たちと英語ですけど約って いうかま原文の方をシェアしたんですねで やっぱ彼本 この言葉の中に希望を見てまさに今はです ね飛びかかる前そのさっきの話から言い ますたねうん飛びかかる前なんですよねで もそのことをやっぱり準備していくそのそ その時に向かって自分たちはやっぱりこう この平和のためのあの働きを続けているん だって意識を持ってやっていくってことが

すごい大事なんだなっていうことを今考え させられてい ますですねありがとうございますうん やっぱり そのま特にもう本当ガザの状況もそうです そのクライシスの時典型的な戦争暴力的な 戦争がある時ですよねクライシスの時と いうのはとてもでないけどもその ヒーリングとかその和いということが できる場合じゃないみたいな時にもどう こう和解の目なのか見え見えさえしない 見えもしない希望をどう保つのかという 大きなうん あるなと本当に思いますですねですね なんか そのそういうこうクライシスの時にどう 希望を保つのかて希望が見えない時にどう 希望を保つのかということと同時 におそのそれもすごい様話してみたいん ですけどもう1つ伺いたいのがその希望の 厳選ってルワンダの方ってどこにあるの でしょうかっていうのが例えば股なんかだ とん おそらくま漁師さんたちの話なんて聞い てるとさっきのね杉本栄子さんとても キリスト教的だなんていう人もいますけど 彼は彼女は別にクリスチャンではなくてま 漁師さんのアミニズム思想ま時々仏教進行 された時代時期もあったようなんですが 漁師さんたちというのはなんかそのなんて 言うんでしょうね私たちの命は繋がってい てまそのそしてこう自分たちの力を及ばぬ 大いなるその自然というか自然と私たち 人間の関係みたなそう繋がりの関係の中 それ恐れとその感謝と両方なんですけども そういう中にあってやはりみの海って すごくこう穏やかでなんかどうやらなんか そのあの気候というか自然っていうのが ものすごく許すってことに差し出すような そのベースとなってきてるよう気がしてい てなんかルワンダの方々のね希望の検って どこにあったのかなっていうの聞いてみ たいそうですねあのまルアンダの人たちは やっぱり9割以上の人たちが基本的にその 信仰神への信仰ですねその大多数は クリスチャンですけどもイスラム教との人 もいるわけですよねだそのあの彼らの信仰 っていうのはすごく重要だと思うんですよ ねでそれでやっぱりそのああ いうジェノサイドが起きたような後にあの 人がまたこう環境収していくそして許しが ありそして若があるみたいなことはどう 考えても不可能だっていう風に感じるのが あの普通の人間だと思うんですよねでも やっぱりなんかこの人たちと話してると

です ね自分にはできないんだけれどもやっぱり その神様にはできるっていなねそういう 感覚うんていうのはすごくやっぱりま希望 が見えてくる景気になることなのかなって いう気がしていてだみの先ほどの自然のお 話を聞いていてちょっと思ったんですけど もやっぱりそでもその神にしてもですね あのその自然にしても本当はその全ての人 を包んでいるものですよね自分だけじゃ なくてその自分の隣人であり共同体であり その中には突き詰めて言うと自分にとって の加害者の人も入ってくるっていそういう 感覚認識そこにこう委ねていく感覚って いうものになんかそういうものあの危機を 乗り越えその分断されたあの関係性を修復 していく のを押し出していくようななんか繋がって いくのかなっていう気がしましたけどね はい はいでやっぱりそのもう1つはなんかそう いう中で例えばその先ほどからもちょっと キーワードとして過去を受け入れるみたい なね話があったと思うんですけどそれを 受け入れた上でそのことを教訓としてそう いうことが二度と起きないあの社会を作る んだとそれは自分たちだけじゃなくて自分 たちの未来の世代のためにっていうねそこ がものすごく大事だと思うんですけども そのなった時にやっぱりこのルアンダの人 たちはやっぱり自分たちこの間の前回の 大阪さんの話なんかでも出てきたことです けれどもやっぱり過去とつが過去の自分 たちの先祖とこう繋がり今の自分があり そして未来の世代とこう繋がっていくって いう感覚がやっぱり普通の私たち日本人 なんかにも強いうんと思うんですよねだ からそのためにやっぱ自分たちは今過去を 受け入れて あの未来の人たちにあのねあのいい未来を 託していくみたいなそのために自分たちの 今の責任があるみたいなそういうところは すごく大きな力になってると思いますし はいそんな風にちょっと思いますけどね はいうんなんかそのせ先祖感というかそう いうのもすごく関心があってもうちょっと 次の機会があったら伺ってみたいなと思う ところですけど姿勢感とかですねんま キリスト教によるものもあればその昔から あった伝統的な姿勢感もあると思いますし でそのま過去からていか上の世代から未来 の世代へっていうところでなんか前 ちょっと事前に佐々木さんともあの 打ち合わせの時話した時にま佐々木さん やっぱりその次世代の育成というかま希望

どこにまその平和構築の仕事をするものと して見出してるかというとま実際の育成 ってとこにやっぱ自分としてはま希望この ような非常にまだ厳しい状況の中だけども あるんだってことをおっしゃってくださっ ていて実そこはすごく咲さんと対談してみ たかったとこでやっぱり私もその熊本大学 の紛争解決のコースでやっぱりその言って みれば紛争解決とか和解をしていく実践 する人材を育てていくというところでま どんなことを大事にして育ててあの今日 教育をしてらっしゃるのかなとかいうこと で私であれば例えばイースタメロナイト 大学ですねハワードジアさんがいたあそこ での育てられ方うんもびっくりしたし今 熊本大学で国立大学って中でなんかどんな ことしてっかなってことも思ってちょっと 一言だけ言うとびっくりしたのはその イスタメの大学はご存知のようにま キリスト教の目の目の派の大学なんです けどもうんますごいですねとにかくなんか 祈り倒される勢いで育てられていたという 感じはしていてあのま学生は宗教は別に キリスト教イスラム教と仏教とか様々な 世界中の宗教を紛争してるところから来 てるんですけど国籍もSにしてバラバラな んですがま基本的にはま言い悪い別にして 先生たちはメノナイト系の人が多い キリスト教クリスチャンの方でま例えば もう授業の前で必ず瞑想1時間する先生と かまそういう人もいらっしゃれば私がま カールスタッファーさんてさっき言った方 なんかは普通のその期末レポートとか書く じゃないですか学生がそうするとですね あの期末レポートのアカデミックなことに なせるコメントの他にAA4で1ページに 渡りあなたのことを毎週末をしながら祈り 続けてきましたその中で神様から聞こえて きたことを伝えますみたいなことですごい あの本当アカデミこととは直接は繋がら ないでもとてもとても実は成長につながる ことけどそういうことをメッセージで送っ てくれたりとか私もこの実践会になるに あたって細かくお話できないんですけども その神様との関係をこうそなんて言うのか なたすみたいなことも含めてすごく先生 たちからのサポートがあってまそういう こと含めて教育だったなと思っていて うんうんはいピアスなんか特にねキリスト 教の大学なのであのそういうところ以外の こととかどんな感じかなと思って聞いてみ たいと思いましたそうですねまその私たち 私なんかその祈り倒すとこまではきません けどあのなんて言うのかなやっぱりその うんやっぱそのどう関係を作ってくかって

いうとこが すごい鍵ですよねだから あの私なんかの場合は やっぱりまずもって外国人なんか信用なら ないっていう前提があるわけですよあの アフリカの真の中にそれは過去の民地支配 の経験であり今のグローバル経済の中で アフリカの人たちがあの仕たげられてい るっていうのはね作されてるっていうのは ありますから外国人信用ならないっていう とこから始まりますから そうするとどういう風にその自分を受け られてもら受けれてもらうのかっていう ところですよねでそういう中で あのなんて言うんでしょうまそれともう1 つはものすごくその権主義的な社会って いうのがやっぱりまだアフリカの中には あって大学の先生とうん あの学生の関係っていうのはやっぱもう盾 盾でもバシっと分れていてもうあの普通の 大学の先生は荷物なんか持たないみたいな ねあの学生に持たせるみたいなそういうの があるわけですよねだからそういう中で それをどうやって崩していくのか あのそうじゃないんだっていうその関係え を作っていくってのが大前提であるわけ ですよねでそれがやっぱりその彼らが やっぱそういう風な関係の中で学んでいか ないと同じようなことが権主義的な教育が また次の世代も続いていくのでそれをどう やって崩すのかっていうことを考えながら まず関係を作っていくわけですけどでその 時にやっぱりそのあの教師であってもうん うん同じ若者とように同じようにね やっぱり不安を持ったりあの今の状況を 占いたりそして希望がどこにあるのかって いうなことをあの 尋ね求めながら神様にねあの生きてるわけ ですよねでその辺りのことはやっぱりあの 僕はあのシェアするわけですよねそれを彼 らにシェアしてあの彼らとそういうこと話 すていうことそれでやっぱりそのそういう な関わりの中であのもちろん学生たちの ことを覚え て日々祈るわけですけどでそういうことが こうあの伝わっていくかどうかあの僕は なんかそのあのそのメノライトの先生 みたいにこうそこまではこうなんか僕は それやってちょっと押し付けがましい感じ になっちゃうと思うんでしませんけどでも その辺りのことっていうのはお互いにこう 感じられるような関係をま作っていくって いうことですよねで感覚としてはそういう そのまある意味信仰的な歩みの中でその 希望をあのま紡いでいくっていう言葉を

使うんですけど でそれはそのこちらがなんか希望を与える とかことじゃなくてこうするものじゃない ですかねあの私はその学生たちの中であの さっきのような言葉を聞いて彼らがどう 考えて発言してじゃ何をしようって言って きてくれることの中に希望が見えてなんと かやってきるっていうねで学生たちは やっぱり先生もちゃんとしててもらわない と困るみたいなところでねだその辺 りっていうのは本当に一緒に希望紡いでい くっていうところがあるように思いますよ ねでそれはまさに現地の人たあのあの現場 で関わっているウザの女性たちだったり 綺麗のあの人たちもそうなんですけども まさにあの私からするとあのなんて言うの かななんか和とか平和構築の専門家とかっ で ね言われて本は色々書かれてるけどまさに 彼らがあのませっていうかあの恵にしても 私にしてもそうですけど彼らからなんて いうか学びたいっていうそれをあの理論と か教科書に書いてることを押し付けずに彼 らから聞き取ったことをロアンダ人の考え 方の価値観の中で言葉にするとどうなる かっていうことをまとめて是非日本やあの 西洋の人たちとシェアしたいっていうそう いう意識でいるんですけどだからまさに それもあのちょっと話がれましたけど私と 学生たちの関係だけじゃなくてあの学生 たちにまさにその本当にあの苦難の中から 神の助けによっ て差しあらされてきた人たちとの出会いの 中でやっぱりそこでこう本物の希望って いうのが学生たちが見出していくっていう ねあの不可能なことでも若いなんていう ことは不可能だけどもでも実際にそこに 向かってたちがいるってことを教えてもら うっていうのがうんあのその現場における 神の働きに出会っていくっていうねそう いうことをやっぱりま注意しながらやっ てるのかなっていう気がしますけどね はいえっと あのそろそろですね時間がなくなってきた んですがただ55分まではあのちょっと 待ってくださいね応なんか質疑応と あんまり質問がないので え続けていいということなんですが ちょっと最後にですねあの石原さん実は 今日まだお話しされてないことであのそれ こそ認知症の 方のそういうことが出てくる中での いろんな葛藤のこととかあの人生の週末期 におけるそのあのそのその中でのその時で のその葛藤であり若いの課題とかそういう

ことも研究課題として今取り組んでおられ たりとかまそういうこともあるんであの 今後の取り組みとかなんかその豊富と思わ れてるようなことをあのそういったことを ちょっとですねあの55分までは時間が あるようですのでちょっとお聞きしたいん ですけどよろしいです かあええっとミュートになってますすい ませんはいすいませんでしたはいえっとま 今後の抱負と言いますかま自分のま アイデンティティと言いますかそのま固定 してはいないですけど もそれこそそのねカールスタッファーさん とかそのま祈って送り出す人にもですねま あの彼は若い頃アンダーグラジュエイトの 時に学部の時になんかそうスピリチュアル なかま見えるそのメンタルみたいな方から 君は国際紛争の分野に行くよってなんか こうまだそんな分野に行ってない時代に 言われたらしいんですけどま私はなんか あなたは日本で修福的正義をやることに なるみたいなこと言われましたがま実際 それほど英語もできないのであの日本で ですねやはりこの日本では修福的正義が できるとかできないとかいろんな話ある けれども日本の社会にも先ほど言ったよう にま気付きはたくさんあってでその急付に その水に流すのではなくて向き合ってま そこからま高きがあったからこそのその 未来をま共に作っていくというようなあの ことというのがとても大事にもな大事な 場面ってたくさんあると思うので あの日本におけるその修福的正義のま実現 とか発展私の場合にはあの全前回とか最初 の対談のご相手であった奥本京子さんとか え野敦さんのようにまルピという活動もし ていてそれはその東北アジア平和構築 インスティテュートというもので最近佐木 さんのお嬢さんの萌さんも一緒にやって いただいてますけどもあの日本中国韓国ま 台湾モンゴルまできればノースコーリアも 含めてまその歴史的にもあの長い時間こう 因果のあったこの国でもう1回その共に 平和構築とか和とか修福的正を学びながら あのフィールドワークもしながら一緒に 人材育成しようみたいな活動をしていてま そういうのももちろんしてるんですけども ですからまあ日本とかその私たちの周りの ところでそれしていきたいなあでなくなり ましたがでその中であのすごく関心がある のが週末期の若っていうテーマちょっと 全然話が変わるように見えるんですけども あのま日本高齢化社会でそのま死という ものが以前つまり20世紀のそのなんて いうか中盤に比べるといかえっと身近に

なってくる時代があるでそのその死とか見 りっていうのは死というのは実はその和解 のチャンスでもあると思っていてでその 亡くなって行く時に自分の人生と和解をし ていけるかとか周りの人と若いしていける かっていうのはまその人にとってのま姿勢 感にもよるけどもなんかこうね天国とか 行きやすいってか成仏しやすいんじゃない かみたいな感覚もあるしまたその残された 人にとってもなんかその若いして分りを できるかてすごく大事なテーマだと思って いてその週末期の若いテーマに取り組み 始めてるということとあとそのそのま認知 症のことですね手認知症というのはあの 意外にあのま脳の状況に変化があ るっていうのがその症状としてあるんです けども実はその医学的にも周辺症状と言わ れるものがあってこれはま行動の障害って 言われてるものですけどもこの行動の障害 って言われてるた暴言とか徘徊とかそう いうものは実は症状って言われてるけれど も実は紛争行動なんですよみんなつまり 暴言っていうのもあなたに言ってることは 暴言だっていう人がいるから暴言なんで 徘徊っていうのもただ歩いてるだけなのに その歩いてる人がその会だってだめだよっ ていう人がいるから徘徊なのでその認知を 巡るそのコンフリクト葛藤っていうのを これ週末期の和解とも関係するんですけど もまそこをこうほしていくことによって その置いていくこととか自分の人生と和解 する置いていくことと和解す死とま死と和 するというかですねあの死と和すると愛に 使ってはもちろんいけない言葉なんです けどもなんかそういうことをやっていき たいなてこれが股のやっぱりその高齢者の 方々でなんて言のかな1人1人あのその若 の仕事も取り組みをしてるんですがかなり エネルギーが人手が足りないというかが ありましてま亡くなっていく時に私の人生 は良かったこんな股病があった股だった けどもここで良かった私の人生良かっ たってなくなっていきたいこの若の チャンスを何か活かせないかなっていうの もありましたなくなってすいませんだけど もう1つ本当やりたいことがちょっと さっきの話に戻っちゃうんですけどもその やっぱり人材育成で和解とか紛争解決の 人材育成のところをちょっと戻るんです けどもうんそこでそのやっぱりこれ ちょっと実咲さんに最後聞きたかったので もしよかったらお伺いただきたいんです けどもはいあのなんか佐々木さんのせ仙南 学院っていうの授業ですね見た時にあ すごいあもう本当にそうだなと思ったし

上手だなと思ったのがあの上手だな 素晴らしいなと思ったのがやっぱりその 若いをする人間になっていくためにはとか その修福的正義とやってく人間なった時の は自分の人生を許せなければいけないと いうか人を許す前にまず自分自身を許すと いうかねねなんかそういうところは若の旅 の最初だよなと思っていて私もその熊本 大学で人材育成をする時に理論だけ教えて もダメでその方が例えばさっき言ったま みまのすごい人かもしれないしルワンダの あのすごい方かもしれないけどそういう こう魂のね人たちに触れて自分が魂が揺ら せられたり自分がヒーリング癒されたり 自分が変化させられるような自分自身の 人生許せるような体験を学生が積みなて いくことが多分 くうねなんかそれ私もともにしていきたい と思っている中でそのささんがとてもその 新学校の学生たちに自分の人生をなんか その新学生がですねあの人生の川って ワークショップ私もそれは時々やるんです がそれをしながらあ自分の人生が許せた 感じがしましたって新学生たちが言ってた のをすごく印象深く思っていてなんかそう いうこう若をやろうとするものが自分の自 の人生を許せるようになるためにまどんな こうサポートとか支援とかしてらっしゃる のかなって思ってることがせいただきたい と思いましたうーいやそうでもねなかなか そのなんて言うん でしょうそう簡単にはあれですよねそかわ そなかなか踏み込めない現実があったりも すると思うんですけどだから うとても十分じゃないと思いながらやって ますけどでもまさにでもあの私の考え方は それを教師としてそのできることは限られ ているのであの自分がそこを背負いすぎて 1人1人にこうかかっていくてちょっと 本当はもっとしたいんですよだからそう いうことしたいけどでも色々あの大学から 追われてるようなことがごまとあったりし て時間が取れないとかいう現実もあるんだ けどうんでもやっぱりあのそこでやっぱ場 を作るってことですかねそういうあの私 じゃなくてもいろんな学生たちがいてで彼 らのその活動の中でお互いにこうフレアの 中で癒されていくとかさっきのそのあの 現場の人たちの関わりとかぱそういうもの を提供していく何か あのね あの起きていくことを 側面サポートしていくみたいのが今んとこ こう考えてるなことのような気がします けどねでも確かにあの言われたこと重要な

話だなと思って本当はもっとそういうこと にあの関わりたいなと思いながらあの今 暮らしてますけどねはいあのすいません あのちょっと時間があれでしたのでこれで 対談はあのとりあえず終わりとして後で またZOOMの混で30分ぐらいは時間が ありますのでまた深めていきたいと思い ますけれども本当にありがとうございまし たはいござそれではですね あのはいえっとうむちょにゃん子のですね あのことをちょっと恵にあ佐々木恵から ですねあのま3分ぐらいしかないんです けどもえお話をさせていただきたいと思い ます今画面を切り替えのでちょっとお待ち くださいえっとこれ でじゃこれ行くよ はいこれ をれ皆さんこんにちはあのいつもご支援と お祈りありがとうございますえっと無女ニ アンザのあの直近のニュースとしてはあの 今回関西学院のスタディトアの方々を10 名お迎えしたことですあのこの方方々は 去年もメンバーは違うんですけれども同じ 時期にあの来てくださっていますえっと 丸型トークバックのコラボ商品を企画販売 して本当に去年いい経験になりましたえ 今年で2回目ということであ女性たちとの 関係も深まりましたえ数枚の写真をお見せ して短く報告したいと思いますあのここに あるのあのそのエコバックですねミシンの 指導をあの足踏みミシンってやっぱり結構 使い方が難しいので足踏みミシンの使い方 を指導してエコパックを制作していきまし たあの女性たちは英語はできないんです けれどもルアンダ語で教えながらどんどん コミュニケーションしていくんですね足踏 ミシンをコントロールするまでにはえ時間 かかりましたけれどもこのようにペダルに 足を1本ずつ置いてリズムをリズムを 使えるよつめるように教える姿も本当に あのほしかったですえ作品が出来上がる頃 にはあのこのようにすっかり打ち解けて とてもいい交わりの時になりまし た本当にこのようにあの あ来てですね1日2日の交わりだったん ですけれども関係が深められ るっていうのはやっぱり去年に引き続き こういう活動を持ったからだなと思ってい ますあの一方感覚のあの学生さんも去年の 11月の新月祭という学園祭ではコラボ 商品の販売やウちの活動のせあの紹介をし てくださいましたえその学校での取り組み の様子を今回パバポで報告してくださった んですけれどもその熱心な取り組みの姿に ですね代表のアルフォンシーナは本当に

感動してなみなながらにあの感謝の言葉を 述べていましたえところでえ現在ウムチョ ニアンザでは去年ののその感覚のスタディ トアからお1人1ヶ月半のインターンと いう形でお迎えしてるんですね活動の手を していただきながらあのメンバーの家の ホームステーも経験してもらいました えウちのメンバーにとっても日本の学生 さんを自宅にお迎えして日常を 分かち合えることは本当に大きな喜びであ 本当にあのお迎えすることを喜んでいたの も印象的でしたえそのタの学生さんにはえ ホームページの解説もお願いしていますの で近いうちにウムジニアンザのホーム ページも皆さんにご紹介できると思います あの最後になりますが来月の初めには新作 の商品ですねイヤリングとピアスをあの チニ&ストアで販売しますそして ランチョンマットとコースターの販売も 準備していますまた3月末日4月には ユニセックスパンツ男女兼用になります けれども販売を計画していますそしてあ 定番のワイドパンツやあのプルオーバーも 夏に向けて販売を予定してますのでどうぞ 皆さんウムチニアンザストアをご覧 いただいて えいただきたいと思います中のニアンザの 活動がこのように充実してきていることを 皆様に報告できることを心から感謝して 終わりたいと思いますありがとうござい ます はいどうもありがとうございましたえこれ でえ次のですね最後あの支援会の案内と あの事務局の方からの挨拶がありますので はまさんお願いいたし ます石原明子さん最さん恵さんありがとう ございましたとても内容の声ですねえもの となりましたえまたまたあのう名でもです ねまとめてええ深めあのこれからも学ばせ ていただきたいと思っていますえ最後に 支援会からのアピールをさせていただき ますえ佐木さんのルアンダでの働きを 伝えるためにこれまで皆様多くのえ方方 から支援金を送っていただきまして ありがとうございますえ佐木さんを支援 する会は日本バプテスト連盟また日本 バプテスト女性連合えと共同して働きを 支えていますこれからも佐木さんの活動を 支えるために皆様のご必ぬご支援え さらなる支援会へのご加入を願っています え誹謗力草による平和構築が現在の仲間 そして将来の若者たちに希望として 引き継がれるために皆様のご協力をお願い いたします えさ佐木和幸さんを支援する会とホーム

ページでですね えインターネットで検索をしていただくと 公式ホームページが出てきますえその中に 支援会入会方法や早期の方が記されてい ますのでえ是非ご協力くださいまとこの後 ですねZOOMでスクさんと石原子さん そしてえ皆様がえ直接声をかわし合う時間 を30分ほどえ取ってまいりますチャット に書けなかった感想や質問など直接お伝え いただければと思いますえこの後ZOOM のミーティングを開きますがZOOMの IDはこのYouTubeのえ概要欄 チャット欄に掲載しています IDはそこにありますでパスコードはです ねえ平野さんちょっと見せてくださいはい UB上ですあのこれはちょっとどこにも 書いてありませんので皆様お控えください えIDはチャット欄にえまた概要欄に書い てありますが UBubu mweこれがパスコードになりますので どうぞお控えくださいそして是非皆様あの え佐木さんや石原さんにですね一声でも声 をかけていただきたいと思いますのでえ Zoomにご参加いただければと思います えそれで本日は皆様ご参加いただき ありがとうございましたこれを持ちまして 終了させていただきますえ是非ZOOMの 方にご参加ください皆さん石原先生も ありがとうございましたありがとうござい ましたありがとうございましたありがとう ございまし たわらせていただき ます

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