落合啓士×大政マミ 1

落合啓士×大政マミ 1



土曜日の夜、ラジオの中にオープンする社交場が、「スナックSDGs」。毎週いろいろなお客さまを迎えて「この星の未来」を話し合う番組です。スナックのホストは、再エネソムリエの大石英司とTBSアナウンサー上村彩子。今回のお客さまは、ブラインドサッカー日本代表チームの元キャプテン、落合啓士さんと、「ココロスキップ・点字名刺プロジェクト」代表をつとめる大政マミさんです!「見えるということと、見えないということ」

スナックsdgsPowerバみんな電力 再生可能エネルギー100%のみんな電力 がお送りし ますこんばんはTBSアナウンサー上村子 ですこんばんはネの大石ですこの星の未来 について語り合うラジオの中の社交場 スナックsdgs今夜も回転 ですさて今日は見えるということと見え ないということというまでお送りしていき ますお今日本国内に障害者手帳をお持ちの 資格障害のある方は31万円そして手帳は 持っていないけれど資格に障害のある方 165人と言われています人口の1%以上 と考えるとま決してね少ない数字じゃない と思うんですけどはいその一方で身近にい ない場合は資格に障害のある方がどんな 課題に直面してるのか考える機会ってね なかなかないかもしれまんうんはいという ことその世界を今日は伺っていきたいと 思いますお2人ゲストをお迎えしています ブラインドサッカー日本代表チームの元 キャプテン落合ひさんそして心スキップ 展示名刺プロジェクト代表の大まみさん ですこんばんはここんばんはこんばんは よろしくお願いいたしますよろしくお願い しますではお話をしていく前にお2人の プロフィール私から簡単にご紹介します ゲストのお1人目はさんです1977年 横浜で生まれて幼少期からサッカーを始め ました10歳の頃から徐々に視力が落ちる 猛馬色素編成書にかかり18歳で資格障害 者になりました25歳でブラインド サッカーと出会いその後日本代表に選出さ れます2013年からは日本の背番号10 番を背負って数々の試合でキャプテンとし てチームを牽引2020年現役を引退した 後松本山がBFCの監督に就任されました 日本初の前門監督として指導をしながら YouTuberとして発信をしたり資格 障害者就労に革命を起こすオンライン サロンを運営するなど様々な活動を行って いらっしゃいますそしてゲスト2人目は 大正まみさんです営業先で名前を覚えて もらうために名刺に展示を打ちませんかと 呼びかけているのが埼玉県の越ヶ谷市に 事業所を持つ心スキップ展示名刺 プロジェクトここの施設長を務めて いらっしゃいます資格障害のある方にとっ ては働く意欲があったとしても働けないと いう環境があることを知って2007年 26歳の時に展示名刺プロジェクトを スタート現在資格に障害のある方10人 ほどが展示の打ち込みを担当しています 名刺に展示を落ち込む注文は100枚1 セット1100円からからこの年末には

金賀新年などと展示を入れる年賀上用 シールの発注も多いということです2人 改めてよろしくお願いしますお願いします よろしくお願いしますお願いいたします まずウちさんにお話伺っていきたいんです が落ち合いさんの場合資格を失ったのは 18歳の時10歳の頃から徐々に視力が 落ちていったということでそこの8年間 まずどんな心境で1年1年過ごして いらっしゃったんでしょうかいやもう毎日 その自分からいろんなものが奪われてくま 見えないことによってはいそ人間関係も やっぱこうどんどんどんどん怖くなって いってしまって人と喋らなくなってったん ですねはいでもう中学生高校生は親のせい だとやっぱ思っちゃってうん親にもこう 結構反抗期もあってきつくお前のせいだて 母親に言ってしまったりとかうんうんそう いうちょっといわゆるぐれてましたねはい 今思うともう自分がその未熟がゆえに周り のせいにしてないと自分を保てなかっ たっていうのは思いますねなんかこう兆候 みたいなのってあったりするんですかあ はい私の時は10歳の時に山症と言って昔 で言鳥目ですね暗いところが目が慣れてこ なくてずっと暗いままはいはいいう症状 から出てきたりあと次にですね色の区別が しにくくなってくる症状が出てきたんです ねあのうん例えば青と緑が並んでる時に なんとなく両方青にも見えるし両方緑にも 見えるしみたいなことであの自覚が出てき て特に1番覚えてるのは夜に自転車で帰っ てた時にはい人が見えなくてちょっと人と ぶつかっちゃったんですよすごい 思いっきり引いたわけじゃないですけど はいのりにガンて自転車がぶつかってうん ていうのがあって全然見えてない自分に はっとなったの覚えてますね うん少しずつ見えなくなっていく過程で あの学生時代ということで授業の内容とか も覚えないといけないわけじゃないですか はいその授業の受け方とかもはいどういう 風に変化していったんですかいい質問です ねですねはい学校から全くした覚えがなく てはいあの目が見えないってことを隠して いきてきたんですねうーんあ最初見え なかったんですねはいなぜ言とはい昔 やっぱり障害者差別が露骨だったんでうん 目が見えないってったらいじめられ るっていう恐怖からそのあまり言えなくて うんなので事業中は教科書国語とか英語 って読まされるのではいありますそし目が 見えないことバレちゃうからうんネタ振り をずっとしてああました はい周りの友達になかなか言えないのは

本当に精神的にもきつかったんじゃない でしょうかきつかったですねはいそれこそ サッカーを幼少期からやられていたという ことでサッカーもだんだんできなくなって しまう時期があったんでしょうかはいあ そうです小学校その4年生ぐらいに症状が 出始めてでもそのプロのサッカー選手にな るっていうのが夢だったから諦められなく てはい小学校6年生までなんとか しがみついてたんですけどうんやっぱり 中学生になると本当に暗い時間までやる からはいそうですよそうなった時にもう 無理だなと思って続けたらやっぱ目の病気 のこともバレるしうん天秤にかけた時に そのサッカーを諦めたんですけどそん時は 本当なんか悔しかったしうんその目の病気 を恨んだしはいだそっからやっぱ親への こう反抗っていうのが強くなってっちゃい ましたねうーこれどういうタイミングで そのカミングアウトをこうされたん でしょうかあ僕の場合はやっぱりまずその 18歳で目が見えなくなった時に白場を 持たないと外歩けないのではいうんま やっぱそこを持つっていうのはやっぱ今 資格障害先ほど神村さんもおっしゃって いただきました31万円いてうんはい実は 僕前門の資格障害なんですけどうん前って 31万円を持つのにすごく抵抗があって ああでそこで18歳の時に持たなと外歩け ないくらい見えなくなってまもう仕方ない まカミングアウトするかとかうはいそう いうのになりましたけどまブラインド サッカーを始めるまでは自分自身が資格 障害ってことも受け入れたくなかったし うんだから白場持つのもすごく嫌だったん ですけどはいブラインドサッカーしてその 見えないのにすごいねって言われることが なんか嬉しくてうんそれまでやっぱ街中 歩いてるとかわいそうね大変ねの声 ばっかりなんですよはあなんか大変じゃ ないしかわいそうじゃないしってずっと 思っててででもサッカーやってる時にそれ がすごいに変わった時になんか人として見 てもらってるなっていう感があってそこ から変わっていきましたあの僕ブラインド サッカーやってる時の魅力って何でかて いう聞かれる時に自分が資格障害者って 忘れる瞬間なんですよねっての見えてない んですけど頭の中でイメージしてなんか ディフェンスの選手をこう何人も抜いて キーパー見えてる人なんですけど見えてる キーパーから完璧にボールを奪った時に うんあれ目開けてサッカーやってんだっけ なっていう覚にあすごい感覚です ね全部言葉であの頭の中でイメージするん

ですか情報を全てそうですねあの言葉とか あといろんな音が実は情報があってはい ゴールの音だけじゃなくてはいと会場に よってははいえっと空調器が相手ゴール裏 から聞こえてきたらはいあの空調機の音を ランドマークにしたりとか すごいすごいすね言葉だけじゃなくて いろんな音を頼りにあと結構芝が短い時 って敵の足音とか聞こえるのでなんかそう いうのよりもう使えるものは全部使って ますねすごいですねじゃあの会場が違っ たらまたその会場に合わせたその情報収支 をするってこですかそうなんですだから 毎回毎回そのウォーミングアップの時に音 のき方とかうんこう芝の長さも人工芝で やるんですけど芝の長さも会場にて全然 違うので僕たちドリブルする時って音を 聞いてなくて足の感覚だけでボール運ん でるのでああそうなです昨日やった会場で はこれだけ転がったのに今日は芝が赤くて 引っかかるとかっていうのは結構あるん ですねあまそういうのは感覚を確認するっ てのは結構時間使ってますふーうんだって もう単純な話すると僕はスカ割りだって右 とか左とかって言われてもも全然そんな 当たらないじゃない本ですよねはいでも そんなこう芝の感覚とか空調とか意識して うんグラウンドなんてに行くことないです もんねそうですよねですねあとま蹴った ボールがどういう軌道で落ちてるかとかっ ていうのもそれは毎回毎回あの練習でどう 落としたいとかっていうのもあそうです うたよっていうの人からフィードバックを 受けて練習するんですかはいもうデータの 蓄積が全てなんではい何回も何回も練習し てこの足の感覚で蹴ったら何秒後にこの辺 に落ちるなっていうのこう感覚掴んでやっ てますねいやあ蹴ったらなん両方にどが 落ちるっていうことですかすごいすねで それがまた会場ごとにちょっと変わったり するんですもんねうんうんいやあ大変 大変だからこそなんかみんなでこうそれが 噛み合った時の喜びが半端ないですね [音楽] ああSN sdgPowerbyみんな [音楽] 電力地球の未来を考えていくラジオの中の 車工場スナックsdgs今夜は見えると いうことと見えないということという テーマでお2人のゲストと一緒にお話をし ていますブラインドサッカー日本代表 チームの元キャプテン落合ひさんそして心 スキップ展示名刺プロジェクト代表の大 まみさんお2人引き続きよろしくお願い

いたしますよろしくお願いしますよろしく お願よろしくお願いしますあの大さん展示 名刺プロジェクト事業を始めたのが 2007年ということでもう15年ぐらい 経つわけですがどうでしょうか15年前と 比べて注文の数っていうのはどんどん増え てきているものなんでしょうかあの本当 最初がこの展示名詞の存在自体をまだこう 知ってもらえて全くなかったのであの始め たばかりの頃は本当に注文がなかったん ですけれども今はそのプロジェクトに共感 してくださる方も多くてこうお名刺が使い 切ってなくなったらまた頼んでくださるお 客様とあとまた新規にこう展示名刺を頼ん でいただけるお客様でどんどん今注文は 増えてはいるんですけれどもまだまだこの お仕事の機会を増やすという意味では もっともっと多くの方に知っていただいて 使っていただきたいなと思っています大井 さんと神村さん展示見たことありますその 読んだこありますうん目でもいいので私は ありますねあの小学校で文化祭じゃない ですけど年に1回その学校のお祭りみたい なのがあってその時に資格障害の方が いらっしゃって展示の教室とかあと実際に アイマスクをつけて真っ暗な状態で学校 歩いてみましょうっていう体験会であっ たりうんうんうん車椅子乗りましょうって いうのだったりなんかいろんな体験をする ものがあったので年に1回触れる機会が ありましたで展示も実際打つ機会もうん うん動かしてみましょいうのがガチャンて やるやつねはいハンドル引いてバーンて 押すのがうんあるんですよね1文字1文字 このセットしてうんうんうんこはないなあ そういうの学校の時にもだからなんかこう 展示はあるってこれがどうやったらあに なるのかとかはいはいなんかどういうその ルールでこれがなされてるのかっていう こともまちょっと全然わかんないいって いううんもう50音に照らしたものがある ですよねそうよねうんうんうんそうですね 規則性があるので基本のあを覚えると結構 あの早くあの展示を覚え覚えるというか 規則に合わせて読めるようにはなるかなと 思うんですがあのボイと芯をくっつける イメージしてもらうと展示もはい稼業の点 があったり作業の点があったりうんあって それと作業の点とあをくっつけると差に なるし作業の点とEをくっつけるとになっ ていくでうんポイントシの組み合わせだて 感じですねうん私も触って読むっていうの がちょっと難しくて確かに手の感覚で読 むっていうのすごいなといつも思ってるん ですけどまそれは本当ね熟練な技っていう

かね何でも何度もこう経験しないと僕も 読むまで1年ぐらいかかりましたんでも すごいですねうんえ例えばあの同じ言葉で もイントネーションが違うとはあ違う言葉 になるのあるじゃないですか8とま数字の 8とか8とかだったりはいはいはいその 言葉の違いっていうのはいいちょっと読み づらかったりするんですか漢字とか カタカナとかないのではい前後の文章を 読まないとそうですよね分からないですあ ただ数字の8っていうのは夫婦っていう これから数字打つよっっていう合図を先に 打つので うーそれを読んだらこれから数字くるなっ てのわかんですけど例えばえっとご飯 食べる時の橋とブリッジの橋とできた時に は最初わかんないですねうんはいそうです よ ねじゃあ本当か読むのも大変ですね前後の 文脈から全部推理してってなりますもんね うんうんこれね私の目の前にあのその展示 名刺プロジェクトの名刺が1枚あるんです けどねこの番組のディレクターの方の名刺 ではいこれねどんな名刺にでもじゃあ 行けるということですか大さんに例えば私 が頼んだらですねあの無視のような 柔らかい素材だとちょっと凹凸がつき にくいのでちょっと向いてないかなとは 思うんですがそれ以外でしたらあのお客様 からお預かりしたお名刺に基本のお名刺の サズであれば専用の機械を使って資格障害 者の方が展示を刻印してそれをお戻しする というサービスなんですけれども資格障害 者の方だけでなく心は就労継続支援B型 事業所という福祉施設なのであの精神障害 の方ですとか知的障害の方も皆さん一緒に お仕事してくださっているんですがご注文 をいただいてから発送するまでの作業工程 を細分化して細かく分けることによって 苦手なことを一生懸命頑張るというよりも できることや得意なことをそれぞれ担当し ながらみんなでこう補い合いながら展示 名刺プロジェクトを行っておりますうん 資格障害者の方で言うと最高例が今88歳 の方が働いてくださってるんですよであの 来てお仕事をして書るっていうことがもう 本当やりがいだっっておっしゃって いただいてましてはあの展示名刺を作る時 にペアで必ずお仕事をしてもらってまして 資格障害者の方が専用の機会でで打ったお 名刺を隣で検品のお仕事をしていただくの に精神障害の方が携わっていただいてます ペアで言ってるんですねうんうんあの名刺 を発注したこの番組のディレクターが手紙 を持っていてあはいあの文字で書いてある

ところと展示で書いてあるところとこれは じゃあこのペアの人たちがそれぞれ書いた ところていうことですかねそうですねあの そのお手紙の中にいる小林初子さんていう 方は2007年当初から働いてくださって まして前門の方なんですがはいお仕事を するって思った時にハローワークに行った 時に前門の方にできる仕事はありませんと 担当の方に言われたのがすごくショック だったとただこの私も役に立てるできる 仕事があって一生懸命頑張れ るっていうことがすごく嬉しいって おっしゃってくれてるんですねなのでそう いったこうお仕事のやりがいもあの皆さん 感じていただけてるんじゃないかなと思っ ていてであのあんまハリキマッサージって あの国家資格あると思うんですけど なかなか取るのすごく大変なんですよね 多分落ち合いさん持ってらっしゃるかと 思うんですあそうですね僕持ってますけど 3年間学校通ってその国家試験受けなきゃ いけないんでそうですよねなのでその すごく大変な格を取ったとしても必ずしも そのマッサージのお仕事があるかどう かっていうのはすごくあの機会があるか どうかっていうところになると思うのでで あの向き不向きもあると思うんですよね 体力を使ったりあとコミュニケーションも 必要だと思うのでそういったこうセンスと いうものも必要なのかなと思うとやっぱり それだけではないお仕事あの展示名詞は 1番いいのはその専用の機械を使うので 極端な話展示が分からなくてもその機械を 手て触って操作することができるので1枚 1枚打つことにはなるんですがあのそう いったその手の感覚でお仕事をすることが できるのでお仕事の機会が増えるんじゃ ないかなと思っていますなんかあの大さん の話聞いててマッサージね88ってされる じゃないです かねマッサージの格で仕事してて88まで 仕事するて無理だけど名打つってね88 まででもしっかりとねされててそういう 意味ではやっぱね生涯働けるっていう意味 では展示名詞ってすごくいいですね ありがとうございますそうなん [音楽] ですみんな 電力

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