動する話感
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[音楽] どうか何か食べさせてもらえません かある日定食屋を営む俺の元に1人の ボロボロの老婆が現れたまともにお金を 持っておらずしばらく食事もしていない らしい定食屋はもう長いこと赤字で頑張っ てはいるがそろそろ限界が近づいていただ が俺は子供の頃の経験から空腹の辛さは 知っていた少水仕切っている老婆に俺は 自慢の活動を振る舞ったどうですかうまい でしょ俺の 活動老婆は何度も何度も俺を言いながら 勢いよくカツ丼を食べ切っ た後日再び老婆が訪れカツ丼のお台の 代わりにこのお店を潰しに来まし た入ってくるなり俺にそう告げたのだっ た俺の名前は近藤サト33歳決して綺麗と は言いがいなかなかに年期の入った簡単に 言うとボロボロの定食屋を営んで いるそうなったきっかけは小学生の頃まで 遡る俺はサッカーが好きだった父親の影響 で幼い頃からよく公園などでサッカーをい た父親の休みの日や仕事終わりにボールを 蹴って遊ぶ程度だったがその時間がすごく 好きでとても楽しかったことを覚えて いる小学校に入ってすぐに俺は近所の サッカースポーツ少年団に入った今までは 父親と2人でボールを蹴っているだけでも 楽しかったが少年団に入ってからは ひたすらにボールを蹴っては追いかける 日々に夢中になっていっ たサッカーが好きだったのに加えて少年団 のコーチが好きだった高知の名前は田中浩 高知元々プロ一歩手前まで行ったほどの 実力があったが怪我のためにプロになるの を 断念その後地元の近くにあった少年団の 高地になったそう だ高知自身もサッカーはかなりうまかった が何よりも子供に教えるのがうまかった 分かりやすく飽きないように工夫を加えた 練習を個別で考えてくれたりもした上達を 感じるとどんどんサッカーが楽しくなって いったし試合で勝つと何よりも嬉しかっ た俺の両親もどんどんサッカーにはまって いく俺のことを応援してくれていて仕事が 休みの日はよく試合を見に来てくれていた [音楽] 家でも俺がサッカーの話をするといつも 笑顔で聞いてくれていたサッカーが好きな 父はともかくあまりサッカーに興味のない 母は退屈だったのかもしれないでも一度も 俺の前では嫌な顔なんて見せたことは なかっ た2人ともいつも俺を褒めてくれてそんな
両親が俺は大好きだっ た少年団に入ってしばらくし頃俺はプロの 試合を見に行っ たコーチがうまい人のプレイは間近で見た 方がいいと言ってかなりいい席を人数分 確保してくれて俺たちは大興奮してい た目の前で見るプロの試合はやはりすごく て俺たちは目を奪われていた1つ1つの プレイの技術が高レベルで子供ながらに俺 もプロになりたいなんて感染しなら思って いたのを覚えて いるその後コーチの知り合いの選手に直接 握手してもらったりサインをもらったりし てその日のことは忘れられない1日になっ たその後のことも含め て帰りのバスの中でコチに電話がかかって きた相手は病院コチは電話しながら顔色が みるみるうちに悪くなっていきすぐに俺と 一緒にバスを降りてタクシーへと飛び乗っ た何がなんだかわからないままタクシーに 乗せられた俺は病院でそれを知ることに なる両親が事故にあったのだ俺が着いた時 にはもう顔に白い布がかけられており子供 の目から見てもなくなっているのがすぐに 分かっ た俺はそれからずっと泣き続け た涙が枯れるほどと泣き続ける俺に高知は ずっと寄り添ってくれた両親が亡くなり 困っていた俺の面倒を見てくれたのも高知 だっ た親戚は誰が俺を引き取るかで揉めに揉め たそうだそのせいで俺はしばらく家で1人 で過ごしてい た今日食べるご飯にも困るような状況が しばらく続きそれを見かねたコチが 引き取ってくれたのだった高知の両親は 定職屋を営んでおり俺は恩返しも兼ねて その定職屋の仕事を手伝ってい た中学高校まで進学させてもらった恩を 返そうと部活にも入らずに毎日のように 手伝いをしてい た高知もその両親も俺にサッカーを続けて いいと言ってくれたがさすがにそこまで 甘えるのは俺には許せなかったの だそそれに最初の方こそ品出しや注文を 受けたりしていたが中学生になって厨房の 手伝いをするようになって俺は料理の楽し さに目覚めてい た恩を返すという思いもあったがそれ以上 に働くのが楽しくなってい ただがそんな楽しい日々も終わりを迎えた 高知の両親が高齢のため引退することに 決めたのだに店を閉めると聞き俺は大反対 し た閉めるぐらいなら俺が
継ぐ俺はここが大好きだった閉めるなんて 考えられなかったしどうしても耐えられ なかったの だ今にして思えばコチたちは俺がそう言い 出さないために店を閉める決意をしたのだ と思う俺には自由にやってほしいといつも 言ってくれていたのだ だけど俺はそんな3人の反対を仕切って 高校卒業後すぐに店を継いだだけど経営 なんて全くわからない素人が定職屋をやっ てもうまくいくはずがなかっ た最初のうちは以前からの常連さんや高知 の知り合いなんかがお店に来てくれていた ものの少しずつ客足は減っていき経営は 赤字続きだっ た 俺の実の両親が残してくれた遺産もそこ つき俺は誰もいない店の中で1人途方に くれていた高校卒業から今は33歳ずっと ガムシャラにやってき た10年以上よくやったのか な独り言をつぶやきつつも俺は何よりも この大好きな場所を自分で潰してしまう ことへの罪悪感でいっぱいだった 俺にできることはもう1日でも長くこの店 を続けることだけだ俺にはそれ以上何も でき ないよし明日の仕込みでもする か閉店後の真っ暗な店内で俺は1人気合い を 入れる明日もそんなにお客は来ないかも しれないそれでも1人でも多くのお客さん に喜んでもらいたい俺はつ通りに翌日の 仕込みを始め たその時店の扉が開いた鍵をかけるのを 忘れていたようだごめんなさいもう閉店の 時間 で入ってきたのは薄汚れた老婆だった 寝巻きのような格好だが裾はビリビリに 破れているし靴すら履いていないので足は 傷だらけ だどうか何かせていたけませんか何も口に していないん ですそう告げる老婆を見て俺はとりあえず 席へ座るように促したどう見ても何も持っ ていなさそうな老婆に対して俺は黙って 得意料理の活動を作って差し出し たあの非常に申し訳ないのですがお金 が大丈夫ですよ食べて くださいお金を持っいないというのはなん となく見てわかっただが俺は空腹の辛さを 知っている両親が亡くなってすぐの頃に 経験したから だそれに少しでもこの店の味を覚えてくれ ている人が増えてほしいという思いもあっ
た老婆は最初こそ躊躇していたが空腹には 耐えられなかったのかすごい勢いで 食べ進めたありがとうございます ありがとうござい ます何度も何度もお礼を言いながら涙を 流しながらカツ丼を食べる老婆を見て俺は 久しぶりに誰かに自分の作った料理を食べ てもらうことの喜びを噛みしめてい たありがとうございますこのご音は一生 忘れませ んカツ丼を食べ終えた老婆は深深と頭を 下げたいやそんな大げさな 必ずこのご音は返させていただき ますそう言うとローバは来た時とは違い しっかりとした足取りで店を出ていって しまった何の事情も聞けなかったので警察 に連絡することもなかったがこれで良かっ たのだろう かカツ丼食べて元気出たみたいだからこれ でいい か俺は歩いていく婆が見えなくなるまで 見届けるとの込みの続きへと戻っ たそれからしばらく経ったある日俺の元に 老婆が訪ねてきた本当に同一人物なのか 疑わしいくらい先日とは全く違う格好だっ たビシっとスーツを着こなし厳しい口調 で先日はありがとうございました本日は カツ丼の代金の代わりにこのお店を潰しに 来ました 店に入ってくるなり俺にそう告げた 老婆あまりに衝撃的な一言に俺は呆然とし てしまっ たしばらく呆然と立ち尽くしてしまったが とりあえず老婆を席に案内し俺はその対面 に座った えっと潰しに来たっていうの はこの定食やうまくいっていませんよね あまりにストレートな婆の言葉に俺は少し むっと するしかし老婆はおいなしと言わんばかり に話を続け た味があるとも言えますがどう見ても汚い です衛生面の問題は飲食店において何より も気にするべきことですよちゃんと衛生面 には気を使ってい ます実際にしっかりしていても問題はお客 様がどう思うかです 老婆の意見は四国全頭だずしを疲れ俺は 黙るしかなかっ た建物自体かなりガが来ているように見え ますなので提案があり ます 提案このお店を1度潰して新規店舗として オープンさせそしてフランチャイズ化して いきましょう
フランチャイズ願ってもない話だっ たもうは素にでも潰れてもおかしくない 経営状態なのだからでも当然ながらそんな 状態のうちには資金が ないうちにそんなお金 はカツ丼の代金です私が全額出しましょう えそんなわけに は私は受けた恩は忘れませんそれを変させ ていただきたいん です老婆の目は真剣だった本気で恩返しし たいと思っていることが伝わっ たうちにとってはこれ以上ないほどに ありがたい話だだが俺の一存でそんな重要 なことを決めるわけにはいかない少し考え させて ください俺はその提案を1度持ち帰り翌日 田中高知の元へ向かった最近は店を何とか 立て直そうと忙しかったのと後をついで おいて店をそうになっている申し訳なさ からあまり来れていなかっ た俺はまず現状を謝罪し次に老婆の提案を 伝えた話を聞いたコチたちはすぐに開拓し てくれたお前の定職屋だお前のやりたい ようにやればいい俺は3人に心からお礼を して家に帰ってすぐ老婆に連絡し たそこからしばらくは色々と婆に任せに なったというのもこの老婆が実はとんでも ない人だったの だ老婆は名前を見原れと言い現在かなり 大手になっている定職屋の経営者その定職 屋はフランチャイズ化することで大成功し ておりその立役者が三原さんだっ たそんな彼女がなぜあの日ボロボロになっ てうちの定食屋に来たのかというと原因は 実の息子とその奥さんだったようだ三原 さんは何よりも定職屋に来てくれているお 客さんのことを第一に考える経営をしてい た自分たちが設けることは2の次3の次に 考えておりあくまでもお客様が満足できる かそれを大事に経営を続けていただが息子 夫婦にはそんな三原さんの思いは理解でき なかったらしい息子とは常経営方針を巡っ て揉めていたそう だ母さんもっとこちらのことも考えて くれよそんな採算度しなことをされたら 会社はたまったものじゃないそうですよ お母様はお客様への感謝で生きていける みたいですけど私たちはお金がないと生き ていけないの で家でも仕事場でもこの調子で何よりも 利益を重視する2人に三原さんは手を焼い ていたらしいだがそんな2人を抑えつつ 自分なりに経営を続けているうちに息子 夫婦がとうとう切れたそう だ会社の人間を丸め込み三原さんを会社
から追い出したのだ三原さんは一文なしで 家からも追い出され途方に暮れていた時に 俺の定食屋を見つけて入ってきたそう だ活動を食べて気合いが入ったらしい原 さんは1人で会社へと乗り込み息子に経営 権を譲る代わりに手切れ金を受け取ってき た らしいそしてそのお金で俺の力になりたい と俺の店を尋ねてくれたの ださてカツ丼の代金も返したことだし大変 なのはこっからだあんたにはやってもらわ なきゃいけないことが山ほどあるからねあ は はいどうやらちらが三原さんらしく生生と している三原さんは身内に厳しい人だが 同時に優しい人でもあっ た身内思いだからこそ時に厳しく時に 優しく色々なことを俺に教えてくれた三原 さんが来て数ヶ月経ちうちの経営も少し ずつ波に乗り始めた頃だっ たガーさん今まで何してたんだよ俺ずっと 心してだよそうですよお母さんうちを出 てってから連絡もしてくれない から息子夫婦が三原さんの元を訪ねてきた のだ三原さんは大きくため息をついた 当たり前である自分たちで追い出しておい て心配も何もないだろうなんとなく噂で 聞いていたが三原さんがいなくなって息子 が経営し出してからどんどん会社が傾き 始めただそう だもも三原さんは色々な方面に顔が聞き 信頼されていた息子は車内の人間を 丸め込むことはできたが社外の人間はそう はいかなかったということだおまけに利益 重視で味もサービスも落ちたせいで客足も 遠のき全国に展開していた店も潰れ始めて いるのだそう だそれをなんとかするために今更さんを 迎えに来たの だろう正直家族の問題でもあるし俺は生還 していようかと思ったが今三原さんにい なくなられるのは困るので俺も口を出す ことにした あの無害者は黙ってろ俺を睨む息子とその 後ろでニタニタと笑う 嫁母さんこんなやに騙されちゃだめだよ俺 と一緒に帰ろうまだほとんど喋っていない のにこれで あるどうやら俺が見原さんを騙して俺の店 に連れてきたと本気で信じている らしいそこで今まで黙っていた三原さんが 切れ たいい加減にしな料理もまともにしたこと ないくせに何言ってんだい突然の大声に 息子夫婦も驚いていたが俺もかなり驚いて
いた今まで見原さんが本気で怒るところを 見たことがなかったの だこの人はねあんたたちに無一文で 追い出された私に何の事情も聞かずに活動 を食べさせてくれたんだ私の音人をこれ 以上侮辱したら許さない よ三原さんが2人をそれぞれ人にらみする と2人は急に怯え出し黙ってしまったこれ が最後だ出ていきなでも お母さん最後だと言ったよおおいお前 母さんを返せこの詐欺師三原さんの迫力に 怯えたのかお先をこちらに変えてきただが そこで三原さんは急に冷静になっ た帰っていただけますかもうあなたたちと も会社とも私は関係ありませんから三原 さんは身内には厳しい口調で優しい言葉を かけてくれる他人には逆で優しい口調で 厳しい言葉を かけるつまり彼らはもう三原さんの中で 身内ではなくなったのだ母さん くそそれが分かったのか息子夫婦は悪を つきながら出ていっ たそれを眺める見原さんは少し寂しそうで もありながらどこかすっきりした顔をして い た結局その後息子は経営を立て直すことが できずに廃業に追い込まれたそうだ三原 さんはその報告を聞いても大して興味は ないみたいだった がそれから俺の定職屋は三原さんの案で 着実に売上を伸ばしていった店には常に 強烈ができており地元ではうちの店を知ら ない人間はいないほどの教ぶり だそして数年が経ちついにに俺の職屋が出 することになるのだった俺は三原さんに 教えられた通りお客様のことを第一に 考えることだけは忘れずに仕事を続けて いるこの成長を田中コチやご両親も本当に 喜んでくれていることが俺はとても 嬉しかっ たそして三原さんにはこの会社をもっと 成長させ大きくすることでししてきたいと 心に誓っ た