秦 慧玉(はた えぎょく、1896年3月25日 – 1985年1月2日)は、日本の仏教学者。駒澤大学教授。永平寺76世貫首、曹洞宗管長。号は「明峰」[1]。
来歴
兵庫県生まれ。5歳で秦慧昭について得度。曹洞宗大学林(現駒澤大学)卒業。岐阜県の正眼寺で修行。1923年に東京帝国大学に入学。同年5月、宇井伯寿の勧めで、東北帝国大学に転学。武内義雄に師事し支那学を研究した。1926年東北帝国大学を卒業。同年9月、旧制浦和高等学校(現埼玉大学)の教授となる。のち駒澤大学教授。
1976年に曹洞宗管長、永平寺76世貫首。1980年全日本仏教会会長就任。仏教を通して国際親善に尽力。1983年清水寺の大西良慶貫主の本葬では大導師を務めた。著作に「新詩偈作法」「普勧坐禅儀講話」など。
1985年1月2日遷化、90歳[2][3]。
秦 玉鎌倉時代に新しい仏教を開いて収そと 言われた人々にはいくつかの代表的な著作 があります例えば本年証人には念仏戦略 本願集診断証人には競業新相これらものは 有名な書物 ですしかし 相当UMを開かれた同元前時のように 100冊とか150冊と言われる膨大な 初日を金文と漢字の両方で書かれたという ことは誠に驚くべきことと言え ます維新伝心言葉と文字を捨てよ不流文字 文字を立てるなとひたすら座禅をすること を進めいる全の世界でむしろこのような ことは異様な出来事だと言えるかもしれ ませんそしてこの同元保護とも言うべき 消防現像150巻は今日世界最高の哲学 思想の書物と言われるだけではなくて新人 脱落つまり仏の悟りの行を指す 前にとって晴天バイブルとも言うべき書物 となってい ます優れた日本の文学者で消防現像に1度 も目を通したことはないなどという人は おりませ んしかもこの消防現像というのは行住座が つまり行動をしている時あるいは座が座っ ている時も寝ている時もつまりどのような 日常の挙措動作の中にも徹底的に仏法と いうものを歩み実践するという教えが集中 的に描かれているのです 平二第76世監守は玉善治は優れた官学者 として中国の古典にも成通をし浦和高等 学校の先生として多の学生に親しまれた方 ですがこの前走の1番の生き方の根本は 一瞬一瞬の生活の営の中に全生命を 投げ込んで生きるつまりこの前時の 素晴らしさは食事でも顔を洗う時でも弁を 使う時でも湯に入っている時でも歩いてる 時でもいつかなる時にあってもそれが前で あるということを忘れてはならんというの がこの旗善治の教え です二さんのお話はまず善とは何かから 始まり同元前時によってもたらされた相当 然というもの一般に目小前黙々と座禅を するというこの善というものの内容を語り さらにそこから肉体的精神 を洗い落としていく営として日々の生活の 日常座の善というものを話されています しかも瞬間と切なに全生命をかけよとこれ を厳しくおっしゃいます私は善治が監守に なられました時に永平寺に言われて三門の 前で対談をいたしましたその時前時に頂い たこれが座の名ですというその文字の中に はこう書かれておりました我ここにありて せこの言葉の意味というのは一瞬一瞬に
最善を尽くすということです説というのは 真剣を持って勝負をする刃と刃がそれが 勝ちわったチリンというその一瞬間の 切り結ぶその瞬間に全てをかけるその意味 です我常に私はいつもこの真剣勝負の一瞬 に命を掲げていきますあらゆる思い思惑を 一切暴挙していきますこれが前時が仏に 誓われた道でありそして私たちに解いて おられる教えの内容ですどうか座右の名を 思い浮かべながらは善治の日常の善という ものを知って くださいそれではただ今から生活の中の全 とという題でお話しいたし ますまず初めにその善という言葉のことで ありますがこの善と いう語はインドの古代の言葉 でジャーナと言いますこれを中国にえその 恩を移す時にこの善という字とシナの中国 のシナのなという字と合わせてじゃあなに 当たる恩をぜなという字で当てたのであり ますでその意味はあですねこの心を 沈める上領と言いますかっぱりを沈める あるいは定める 上領それで全その恩の全と半分とその意味 の定まるという字を合わせて中国では 前場前と定まる心が定まるというでまた 最も日近もう1つの音訳は ざまよくざまって言いますねあのざまこれ も同じ語源でありますえともかくその善と いう心を 沈めるの方法はもうこれはインドがまだ 文化 とも文字も現れないえ昔からじゃあ穴と いうその修行の方法はあった体を真っすぐ にしてえ心を沈めるというで そのその方法がだんだん と伝され え釈尊があの仏仏教の教祖の釈尊がおよそ 2400年前にインドに生ま出られた頃に は もうそのジェンナというジャーナという道 は盛に行われてしかもそれに難しい手教理 がついておりましてたくさん の 学派宗派と言ってもいいほどのものが たくさん出ておりましたが釈尊はその周波 なりえ学派にやはり6年の間も修行されて でその主なる修行方法はその前なんですで そしてえ釈尊は3029歳で出血して35 でこの修行を得られてというか悟りを開か れて仏だとなってここに仏 が発するわけでありますでまそこでで釈尊 は出世以前2000年も1000年 2000までいかんでしょ数百年も前から 行われてきとったその前という修行によっ
てそこにえ学派がついてその学派学問 と調理とそしてその修行の前途によって この仏道を開かれたわけでありますま一口 に言えば釈尊も全のなじゃあなという全と いう修行の中で6年の修行を終えて仏壇に な各社になられたでえ35から80歳まで 45年の仏教というものは釈尊のその教え というものは結局前の中で前で修行して前 で悟って前の中で解かれた1代の法が仏教 仏となって今日伝わってるわけですで文字 そのそれが点となって文字に現れになった のはまだ釈尊の後に300年も経ってから でありまして非常にインドということはの 瞑想的な哲学的 なこの国柄でありますからまたそこへ 難しい距離が発達して大場とか少女とかで ましかし仏教というものはずっとインドに 起こりまし てそから私らの方の宗派で言うならば釈尊 から28代目にインドにダルマという人が 出てでこのだるまは あそういう仏教というものは宗教はそう いうその教理ではないんだと哲学ではない んだとで修行というかこだるまによります と全ということによって誰でもがその安心 の道に入れるものなはというのがだまの 仏教すなわちそれが善というもののまあ ない全部釈尊は善ですけれども特にその中 から特に善を持ってこられたのがだるまで あります釈尊の教えとは善だとでだま大師 がそしてインドから中国に渡って来られて ここに中国の善というものが起こるわけで ありますそれまではインドのあまあ1学派 1周波であったのがえ今度は中国にわたっ てえ前というマを第一層とする全後の全集 というものが中国に起こったわけですご 承知ないその前にだるまが中国に来られる 前にも仏教そのものはもう2300年も前 にえ中国に来ておりますけどそれは頂点 本位の仏教でありますでだるまのにその エカというあの肘を切って法を継いだと いうあのだまさんの次にエカ大使というの 出て2祖となりそしてずっと前はだまを 中国のだまを第一層として前は中国に発達 するわけですがで6代目にロソ様という方 があってまた盛に前を起こし当の時代に なりの時代となっておよそ3400年後に ちょうど日本で言うと鎌倉時代に日本 からエサ善治が中国に渡ってこのだまの善 を日本に伝えます先ほども言ったように前 そのものは全という収支は伝わりません けど前そのものはもう仏教と一緒ですから 初めからえ奈良町の仏教も平安長の仏教も みな全を抜きにした仏教はないわけですが えそれは独立なものじゃなかったで
エサ様が中国に渡って伝えたものもまだ どっちかという と発祥の驚愕と兼ねてを座禅をするという 収支でありましたがでイサ善治の若い自分 に弟子であったこの同元善治はあエサで さんがちょうど中国から帰られた頃に教え を受けたけどもどうもそしてそのエサ様は 羊くで亡くなるもんですからもうお会いし た時がもう羊過ぎておられたそ同元前は まだ 1667でしたからまぴったりと行きませ んでしたその治が亡くなりして今度は同元 前時はそのエサ様のお弟子の明善様という のについて24歳まで京都の県人で いわゆるその臨前時がお伝えになったその 臨財前というものを24歳までですから およそ 10年前後先進に前を修行されましたが やはりどうも落ちとこが得られなかったの で同元善治は24歳で中国にまた中国に 渡られたでここで初めてその相当前という 今までのは臨と言いますが今も日本では リザ然盛んでありますがえそれでえ土原 善治も林子然を10何年もやられたわけ ですし中国に渡ってもまだしばらくは臨 明城様とお弟子で一緒に師匠さんと一緒 行ったもんですかとこが26歳の5月1日 に天道山の 女女女女女はご女は清らか少女のの女 城前寺という方にお会いになった時にえ この新しいえ今までとは別の相当相当と いう前を二条善治から土原善治は伝えられ たのでありますそして同元善治は28歳で 日本に帰られて33歳の時にましばらく やはり京都の県人時におられましたが33 の時にえ俯瞰座前戯という一環を示して 初めて世にま示されてここに日本 相当州というものが第一世が上がったわけ であります伝治は自分ではその相当州と いう州を開くご意はなかったんですがこれ は結局そうそういうことになったのであり ます善治はそれから京都の宇20 年それから44歳から今の福井県の兵の奥 の方にま1年おられた大体越前に44歳 から移られて54歳で今の衛兵事で 亡くなりますその間約10年でこの同元 全長は結局20年のご法よりありません そんなご害でした からお弟子もたくさんありましたがただ後 の第2兵の第2祖になられるこの代様2祖 国士とも言いますがこの方がまずお1人方 を継がれたのです そしてその2台様は年が3つ上です同元 前時より56でお別れになって83歳まで 28年の間同元前図のお墓の隣でお過ごし
になってやっぱり35力でお弟子になって おりますから約20年の間おそばを離れず 師匠の同元前にお尽くしなさった通りを隣 のお墓に向かってご生前と同じよう にもう身の回りのことからすぎ選択 ま一切をなさった28年でその間に20年 のご説法を整理されたのが今日同元前時の ご長日の全部であります代様はもう小さい 文章1つお書きになっただけでもうこの 28年はお墓の隣で師匠同元前のお時に なったことを筆記されて有名なあの消防 現像水門期というのは説法のある聞き取り ノートでありますがこれは有名な水門期で ありますえそれにしたところで同現状自分 でおかきになったわけだみな代様が筆記さ れたものを整理されてこんにちつ てそれから同元善治にはその20年のご 説法その今二様がご連日なされたものが およそ150巻ありますその中の100巻 は金まじり文でありますちょうどその頃 健康士の草も現れましたあそれからシス様 では信乱証人の単に症もちょうどその頃 ですがまそれ百間はその頃 の今でいう中古分でありますから皆さん ことにあの消防現消防現像とは正しいのり の法ですね真子のクと目のくと書くんです が消防現像百巻は色々やかましい議論が あって95巻とか9巻とかもありますが およそま100巻うんこれは要は言わない 文庫からも出ておりますが皆さんお読み くださるとそれから看聞で書かれたのがあ これもすねお時になったの をご自分で初めから看聞でおかけになった のをもありますし後から二田様がご整理し て分にしたのもありますがまとにかく5巻 それで1巻という初日はもう他の層様には こんなたくさんお時になってる層はあり ませんが え文字を立てず不流文字というのが前の 立場ですが同元善治においてはえ無料 105時間の大日が二様がおかきあのご 整理なさったとはいえご説法なさったのが 残ってることはま大変これは 尊いありがたいことでございますそこで まあ今日これからお話しするというのは 生活の中の前というのは実はこの同元前時 の150間のご説法をご紹介するのが目的 であります今も言いましたように不流文字 文字を立てず あるいは教門以外に文字ゴクの解釈じゃ なくてま今の言葉で言うならば心から心へ 伝信すべきものであって法というのはね 口先や筆先やご問寺に渡らない で伝わるべきものだという 立場の前において150巻も伝われると
いうことはまこにどうもちょっと矛盾の ように感じるわけですがそこで150巻の ご長日 をによってまあ今日この相当集という そしてこの衛兵事とそれからこのその弟子 にあたる計算善治とによってこの今そこの 鶴の掃除寺と本山は2つございますがえ 同元善治の大孫に当たるのが掃除のご解さ 計算前時でありますでこのご両祖によって この注文は今日 この700年の伝統 を誤持してるわけでありますでえ150間 のご日は一体何をお時になってるかと言え ば一口にこれは言えばご自身でももうち こちらでもお示しでありますが観たという ことなんです150巻を詰めれば歯間と いうのはあのひたすらという字でえただと いうで口ロハと口の下はかでカはくだと いうひたすらですあれ恩で読むと観ですま その頃の平成語であったんでしょう総代 から日本に渡った頃のしかひたすらタザと いうのはぜ座を打つという打つという字は まこれは同士を強めた字で座るということ なんひたすらに座るという ことあから座っとるちことだし座とは座禅 のこと なるでもっともっと他の言葉で言えば善 です善をなすということですまインドの昔 から先ほど に前というものはありますが特にえ座った 座ると1番前を善になりやすいわけ ですあそこまま座ってるわけいかんから 全部座であります座の精神でいくわけです が特に資業時代あるいはことにインドの ようなあの国土ではこの林の下とか涼とこ あたりにこう座を組むと座が1番ぴったり とに入りやすいえ1番近道であったから座 と座禅というの座をつけますが意味はあ むしろ座は1つのその方法というか型の1 つであってですね死体は善ですじゃーな 前場というざまということ無心になると いうことなんそこでえくどくなりますが 150巻を一口に言うとま観たという ひたすらに座るひたすらに座禅する ひたすらに前を行うということなんです 150間はそれをご不言なさっ たところがですね今も言いましたように 同元前時を訴とぎそのお膝元に開かれたの が今の衛兵でしま座禅相州の根本道場と 言われ今でも200人ぐらい修行してこの 3月卒業し4月から大体大学出たものが 150から200人座禅をしておりますが その根本道場の修そのお膝元の衛兵におい てすらあからまで座禅しするわけじゃない のですえ朝生ぜ1時間ですもっとも夜が
開ける前に座りますからそから夜は夜食 夜食と言っても夜食代わりですがま朝夜7 時から9時2時間生ぜ3時間です本当の 座禅というのはそれじゃあと21時間は何 をしてるのかとやはり前であります前の 根本道場ですからいわゆる座禅は3時間 ですけども立って歩くしゃがむ橋この操縦 するご飯を炊く風呂炊くえ1日の行事全部 全の中でやろうというのが修行するという のが衛兵の根本の建前でありますからで そこのところに皆さん方の入っていただく というかま一緒に え同じ面が出てくるわけですねえ座禅と いうものが衛兵の根本道場だけにあって それだところたった3時間そういうもので は前はあっては花無用の長物であります皆 さんには縁のない えことになりますそうではなく て衛兵事の24時間も全部全だという前の 修行だというところにまた皆さん方も一緒 にえ考えていただくというか常事して いただくところの共通の場面が出て場面と 時間が出てくるわけですねえその話をま するわけでありますそこでうん露において は朝からままで え1日中前の修行をしておる中にえ座と いう座前はたった3時間だとそこでですね 消防現像100巻分の時間というもの をはい拝読しますと実は1日中の生活全部 が全でなけれならんということをお示しに なるのですでま具体的に言いますとねうん これは皆さん 驚かれることでしょうがその百間の消防 現像と いう我々で言うと最高の頂点というか キリスト教など言うならバイブルに当たる ものの中にですねうん具体的に言いますと 例えば洗面の薪というのがあります顔を 洗うという洗面の巻というのは一巻あり ますえこの洗面の巻の1番終わりの方にね こういうこと書いてです自分は中国に行っ て驚いたと同元前時ですね2の時向この人 はもう毎朝いかなる人も天使から社民に 至るまでまた様にもお会いになっています がね同元伝授は向こうのもうとにかく男も 女も老人も子供一切みな顔を洗うとところ は日本人は顔を洗わないと そういうことを書いてありますででただし 日本人国のものはそのえ歯 をこのですね幼児という柳の小枝をこう 叩いてえつまり刺さらないようにし小さく 叩いてそれをこう噛んで歯茎を掃除する 用事を噛む咀嚼の尺とで口辺にあのとか なんか尺のねそ借用幼児を噛むという一種 のこの歯茎今ならばブラッシュを使うと
いうあのよ口の中の掃除をすることは我が 国の人はしてるとで顔を洗わないと中国の 人は反対に顔は全部洗うがその借用幼児を 噛むということを向こうの人は知らないと これからは両方向こうの人はとにかく我 我が国のものは中国ののように幼女噛んだ 上に洗面をしたらいいだといういいじゃ ないかということをうん書いておられます がえただこの綺麗にするという意味じゃ なくてうん仏法とは洗いに洗うことだとえ 心を洗い体を洗いま洗いに洗い清め清める ということが仏法の全部だという意味から まお時になって うんそれからですね この実は洗面ということも幼児を噛むと いうこともこれはインドの釈尊の最初にえ 時にできたところの相談ですね僧侶の教団 において行われた1日の実は僧侶の作法 だった んそれが中国に伝わる時にえ洗面もや借 幼児も伝わったんですが仏法と一緒にねそ 中国では洗面だけにが残って借幼児は消え ちゃった日本にそれがまた日本に来た時に はたくさんの人が日本に伝えたんですから 洗面の方を忘れて借幼児の方だけ伝わっ とったんだというような歴史もありますが あそれだそれだからこういうことになった だろうという意味のおしがありますが とにかく 私たちが今皆さんと一緒にま毎朝変わるの はこれ別にえ仏教とだからとかこのなんと もその無意識になさっとるわけだ実は同元 善治が700年前に中国から伝えて進め られた洗面でありますそして先ほど言う ように えこれは実にその石鹸つけて西洋流にその 汚れなり油を取る脂肪を取るんじゃはなく てただ作法として1日の行事の始まりとし てもっと我々で言うならば僧侶のしけと いうとかな僧侶 の作法としてぶさ仏教と仏の行として仏の あのインドの坊さたちがなさったように 我々もしたらいいということで我々にとっ てはこれは座禅が仏の行であるように顔を 洗うということもソルのこれは仏仏者とし ての作法だと尊左方だとして日本に伝わっ て今日に至ってるわけであります洗面と いう巻などもねそれからそのご精神を取る とですね このあ例えば借用幼女噛むということは 日本で行われてるがそれなぞもですねただ あゴミを取り綺麗にするというだけでは なくですねこの歯を綺麗にする強くすると いうことはうんつまり用事を噛んでる時は 幼児ざま幼児と用事を使うというぜそれは
善なんですざまなんだ用事う時に他の話も できないし他のことも一緒にはできない 幼児を噛む時は用事洗面の時は洗面という ざま1つの前に入る一行残昧に入るわけ ですか1つの行ねそれはただこの歯の1 部分を掃除しとるなくてこれは自分という ものの全部を掃除してる自分というものの 全部をそこで抑えて清めて それは同時にこう抑えたところはこれ人間 この個人ばかりじゃないですから実は抑え たとこはそこが全部なんですここを抑えれ ばこれは天地宇宙抑えてるという立場です 1行の時は全部というようなものはないん だと全部というのは抽象論で全部とは1な んだと具体的に今抑えてる今してる一行が 全体なんで全体というのは 考えられたら抽象論であって全部だ全示し てったらこの今の一行に一行が全部なん です ねそういう立場でお示してありますえ顔 洗うのでただここの顔洗って天地を洗って んだ仏法の仏が仏の顔を物が物体をこう 洗ってるんのでえつまり自分がこのここを 洗うということは世界宇宙全体を洗ってる んだと1とは全部だという意味でここを 抑え時はこれは部分であってこれは同時に 洗う時にはこの他に何もないんですから 洗面の時は洗面だけなんだから言い換えれ ばぜ全宇宙を洗ってるんだえもっと具えて 私はこれよく説明するんですが自分の歯を 強くすることは同時にし子供の歯や孫の歯 を強くすることです こっからみんな子供も孫も作るんですから 自分の歯を磨いとることは同時に子孫の歯 を磨くんだと磨くというか良い歯これを ほっとけばこれがまずくなれば子孫の歯も まずくなる実際的にねだからま過去につい てば頂いたこの歯をよくするちことは頂い た命をここのこの歯も私らこの母母の歯だ がこの母の歯をあ自分で作ったわけじゃ ないんですここに歯を歯を磨くということ は過去に対しては過去に対するから行です ま怒に言えば法音です未来に言えばこれ 義務ですえ未来というか良い種を巻くわけ え過去についてはいい結果をさらに磨くと いうことですまそういう意味で面の巻き あたりでももう本当に読むとありがたい ありがたいことです1日の幼児が 1挙手1等速が常にざまというところに おいては全部と一緒なんだ とここではないんです全体の魔命自身です がそれからまもう1つ具体的に言うとね 戦場の荒い清めるという薪がありますこれ は大小便所の左方を心得がもう初めから姉 までもぎっしり
とま10分20分ぐらいで読めますが金 まじ分ですから大正便所のさ戦場とは荒い 清めるという巻一巻がありますたま1つの 例で大体こういうこの例を上げればご想像 つくと思いますがこれは大小便所の作法 でしてえま修行層が旅の雲水修行に出て ですね山山道の道で大小便をする左方から 筆が起こっております山道などですだっ たらですね模様してきたらやはり水のある ところを探すあ岩ばかりのところではいけ ないとそれから柔らかい土のあるところを 見つけて初めに月その土でそのおぼし ぐらいま大豆ぐらいの大きさのその黒 からら ずなんとか色々色まで書いてありますが そういうま粘土 ののいいのをしてきてそれ団子を その7つほど作ってそれをこう1列2列と 並べておいてねえ御用する近くにそれから 住んできたらあその左の手で水を組んで そしてその粘土の団子を溶かしてえ黄水で はあれだからんそれをとえその小さ書いて ありますちょうど あ何ですか今で言ったら醤油小のごと醤油 の小という書いてありますがあ小のぐらい な薄さにして一種のま君よく悪を私ら子供 住には石鹸もないししてからあの肺を通し て悪を使っ悪の水で選択しましたがま ちょっとこうことにき岩清水じゃ大変です からそれを溶かしてそしてそれでその洗う とそうすると自然手が汚れるからあまた あらかじめこの平たいえ 薄い石を探しておいてそれでこの指先なを この膨らみのところあたりにこの匂いや このカスが残らんようにでま本当にビに 入るさに入りねま神経質というかま高層様 という人は本当にもうこれでもかこれでも かという そのですね最上の心をそのその手でまた 自炊生活お互いにあるんですから自炊じゃ ないけど水登板米も洗えば味噌もあその手 をもうどこまでも記念しないいかんという ことそれ からあこう ちゃんとですねえ症状にしておくという ことなんか山道の道の誰もないところでも ねそうして帰る私は北海道しって雪道を何 べも通いました私田島です田島でも雪は 多かったですが雪道を初この最初通るちゅ と雪道のよく左右にねこの綺麗な雪の中に 正面の跡が残ってるどうして住んだ後 ちょっと雪をかけないもんかなと思った もんでしたがまさか大弁する人はないが便 の後が犬じゃないです人間がした正の後が 白いすとかねちょっと雪そこ雪があるです
から雪はちょっとかけとけば後の人がえ冬 なら不な念をなされそれだけのその余裕と いうか親切がないんですね我々はもう本当 に子供自分即と思ったもんだが高同元善治 は本当にそれからですねベこの建物の中に もうんそれの道外道ばっかりじゃなくてえ 今永あたりは7度らんという中に え通す東の司ドルと書いて通すと読みます があまトイレですがそこが七道ガラの1つ に入って7七道ガラ7七道ガラ桜という あの七道柄の中にですねうん便所が入っ てるその便所の作法がまたこれもまたビニ サにこれは大体今でも兵はその通り持って おりますほとんどその通りまそのただこの 髪を使昔は700年前は神がないですから あってもそれは歌を書くとか頼りをする 文章を書くあのお手紙書くぐらいなことで ですねで普通はやはり この器に水が入れて竹のヘが置いてあるん ですねそれの使い方水をこぼさないように 音を立てないようにえそしてえこの ぐずぐず次の人が待ってるわけだがぐぐし ないようにふを汚さないようにうん壁に爪 などで落書きしないように歌なをたるもの も中にはあるんですねかツをこの城後の つまり落の中にそ生いたりするもう本当に 細かくおしがありそんなことは絶対に今も 守っておりますが 仏道本道エジでは本道を道と言いますは 儀式するとこです仏は釈尊を祀ると仏壇 報道それから三門うん座禅道 便所台所と風呂場とこれ で七道になりますちょうど体の体のこの 四則 と頭と前の排泄え体に例えたもんですが 七度がらこれはもう本山うんその座禅道と 本道だけが道場でああであるべきでないん で全部がこの修行層の命を運ぶところとゅ か置くところなんでそこを飛ばすわけいか ない面上の中だけはこれは別だと言って 飛ばすわけいかないです時間的にも空間的 にもねで道場だけ座禅道や本道だけが道場 だそんなその え時間的になら24時間のうちのそういう とこ外していって何が一体残るんだろうと いう便所の中もまた道場です前の道場前の ざま上でありますエ大ざまと言いますが ざまでも特にえ最も良いざま大ざまという わけですがどこでも一生懸命に1番良い 状態で1番良いえ姿勢で1番良いことを するのが全ですまあえらいえビロの話で あるところでこんな話もするとビロでもな んでもないですこれは先ほど言ったこえ キリスバイブルでなんかで私ら今消防現像 読む時はおをかけて衣を来ておさをかけて
この消防現像同元前図の首相様のえ晴天 ですからその中にこの大小便所の佐方心が 書いてあるんですえここらにこの最も同元 善治の善というか宗教というものの一大 特色があるわけでありますここを外すわけ いかないそこらにどうぞ えま戦場の巻きということを1つ申し上げ ましたそれから看聞に書いたものには 天祖山 大所の宗教をお時になっておりますがこれ も分と言ってももう優しいへど向こうへえ 6年もられたし子供自分からもうあの頃は 全部看聞が所要の全部ですから私らのもん でも英語5年も10年もなうでようにあの 頃は全部看聞をみな習うというかもうそれ が平成のうん教養であったわけですから 看聞という言葉は当たらね優しい文です からそ天教訓天いうのはあの料理人市中長 のことでありますが料理をする人の心を今 でもこれは永平寺はまた その特に尊い役であってえ2人の修行層の 食事か皆さん方ご参拝なさるあれは泊まら れる人たちの料理全部この天造量である天 領と言いますがえその中に 例えばこの仏道修行とか善の修行とか いわゆる急同心と言いますね同を求める同 どの道を求める心というそういうものを 特別に振り回すことはいらないんだと え修行層はたきを持って同心となすという ことこのひょっとそのぷっとこかけてです ね女のことがすぐ前かけするようにたき番 を持って同心とのそんな抽象的な旧同心 なんていうものをの君ら振り回しとだめ お前らつんのっていうかたきがどうしん だあるいは洗う鍋が鍋と鍋の頭は自分の頭 と思えて加藤を自となす自分の頭を洗うと 思ってえ扱いというようなま本当に丁寧に お示してございますそこでですねもう そろそろ時間になりましたから結論に入っ てきますがうんうん結局日常の日日の朝 から晩まであるいは日寝とってもですね 24時間のこの自分の生命のあるところ命 のあるところそこをそれを外して他に修行 というか悟りというか仏道というものを 求めては意味をなさないんだと うん全生命全1日中の全がつまり善で なければならんと元前の言葉言うならば観 た私はたを抜いて観と言ってこのよく言っ てますひたすらえ一筋 ざま無心ですねえさっきも大きな声で言い ました1番自分の体と心体と心の1番いい これ以上良い状態でないという状態におい て1番良いと信ずることをするところが前 なであり ますいちいちそういう意識はいたしません
がそのおよそ意識をした時にはそういう 意識を持ってかかるかかっとる時にはそう いうことはもうそのそれも無心ではない わけでえ一筋にひたすらに今永は皆さんお 舞いくださると長い 廊下一筋のゴミを散りもないようにして おりますがあれらは一体運水が見ない この間も朝日どこの新聞に書いてありまし たわしも知りませんとか修行層がで知らん まにあれ吹くんです例えば本道なんかは 夜中の2時頃に人が寝静まってるところを なこの人に知られないようにして静かに 吹いております式なひょっととあの夜中に こう点検と言って日の余事にな回るとふっ と隠れてしまいますがまああそのですね これ が初心者はそういうそういうことがその 修行なんですってそれが座禅なんですそれ が善なんでえサムと言いますか勤めをなす サムということなん別にえ特別 のことをやってるわけない前の最も厳しい 自分自身が前の最も厳しい修行をしようと いうつまり雑巾を持って同心となすという 立場において前を修行してるわけであり ます最後に私は外州を中国で開かれた方に 東山様という人があります相当集の党です え同元伝治はその相当登山様の起こされた 前を入場前時から受け継いで日本に伝え られたわけ総当然というのは中国にあるん ですよだま様から代なんですけどねその 登山様がねこういうこと を商用力という前の書物にえお示しであり ますある時若い層が登山登山ってのはホラ 山と書きます相当集の党か山東山王将にね 今日は善治様というか法条様というか老師 というか老師様今日は物心仏という物心と いうことの説明を一切抜きにして 私にここへ本当の仏さんを見してほしいと うんなかこれ新発心と真実の法の体ですね 1番ギリギリの仏法の体ギリギリの教えの ま仏のことですねえ皆さんで言うならば 最高の人格って言いますかえ最高人間の 死国の人間をこえ市場の最善の人間人間を こ見してほしいと説明ではなくここ見して ほしいと こなかこれ真ほし法の体ほしと仏のことし 笑れいてね皆さんあたまつまりもっとその 体に取ら本当真本当に生の真実をここ見し てほしい生きた真実というものを見して ほしいと言ってま若い尚が質問したで東山 王将が ねうんそうかわしが今見せよとか で5字で5字で説明しますえ我我がという あの5というだあの123の5の下口て我 常
に常上ですねここにおいておいて上はあの 123の2に縦の防止ておいてここはこれ ですここにおいて我常にここにおいて説と いうは切ると親切の説というです誤字で我 常においてはあのあ1232匹て縦ぼして おいてと読むね我常にこことはこれあの彼 これのこれだ我常にここにおいてせ切ると いう状ああわしはいつでもここで切だと こうえ我は自分はいつでもここで説とあ 真実の元見たいかと本当の人間見たいか さん生きたほさん見たいか自分はいつでも ここで切だ と他の人じゃはないんですよ他の人は 2000年前のお釈迦様がどうだったとか 1300年だるま様同元前どうだっって そうじゃないんだあるいは仏はあそこにあ るってんじゃないんだ我でこのここ今もを 言ってる我で常にっていうのはいつでも ですこれから30年修行してではないんだ あるいはじに修行したというんじゃない今 常今ですね常にとは今です時間だ我とは主 常にとは時間ここであの今だここにおいて とは現在ですねこの場所でえ切るという字 はこれがま問題なんですが自分がいつでも ここででもこれが1つの主体の現れる半中 です説が大事説とは切っても切れ親のと いうです切っても切れないという もうですね2つのものが1つになったとこ ちうか1つのものが1つ切りの時です矛盾 のか切っても切れない診察の説真の字が皆 さんを親切なんていう時には真の字が意味 があって施は付けたりだと思ってそ反対 ですよ親子が親切夫婦が親切そんなことは ね真のは揺らないで親しいなんていうの説 でい2つものが切っても切れない1つに なった時自分というものが目の前のもの目 の前のことあるいはとにかくこの主観が 客観に対した時にそれよかないです一切は 自分とはタのかでその人じゃないその こちらの自分がさっきも言ったようにいつ でもここで今なら私がお話ししとるところ がその時より他に自分の最善なるものは ないんです生きた最善というものはないん で今を除いて昔はそうだったこれから修行 してじゃない今ここで自分がですね 3000年の前やよその人じゃないんです この生の自分が今ここで1番いい状態に なった時え無心になった時ざの前のところ です米を洗った時は米を歯はた時ははみが おはようございますて言った時はおはよう ございます1つ えこう次渡す次へ渡る手段では手段という か前の準備の一コマ あるいは一瞬ではないんで今現在あ今 思い出しました現車という証が昔修行時代
に現車はあの現前の現者は砂ですね現車と いう修行層がね中国の偉い坊さんでしたが 修行中にね道悪とてまいかそれこそいか なるかこれ新法身いかなるかこれえ悟りと 言って歩いとる時にえ石にケまづいたそれ で親指の爪は剥いたきゃーっと言ったん ですねそのその時に者という人 は悟れは開かれたということ痛いなんて いう時にはま痛くないんですま痛くない ないがまだまだいい加減もう天地1名で キーっといった時に切なるものを者は 捕まえたわけです仏になられたわけ無心の もうギリギリの無心ギリギリのざまをこの 言者という人はその時に手に入れられた わけでありますえ私たちは あどうも他の自分を抜きにしたりここを今 を抜きにしてそしてこの場所を抜きにして どこか実なるもの を他の人 がいつかよそで立てるだ立てればいいと こう思っておりますがそうではなくて そんなことは今申し上げるまでもないこと ですけども善ということ は別の言葉で言えば説でありますざまで あります えー赤ん坊ながこれから修行して出すこ 出すんじゃないですあ赤んぼはぎーと言っ た時がこれは説ですざまえ赤んぼの全部で ありますそこが修行しなくてもあかんぼは あ我々の言葉で言えば仏であります修行 修行する修業して一体誰がどういう風に なん年修業したらいい1番ここへ持ってる ところの我々の言葉で言うならば物心仏性 本心本性そういう言葉も当たらないえ説 ものになりきるというところにおいて真実 というか あ道というものは現れてくるわけであり ますうまくまとまりませんでしたがこの 生活の中の善ということを同元前人の教え を通してご紹介したわけであり ます