是永宙「山村をよみがえらせる移住・文化・交流」

是永宙「山村をよみがえらせる移住・文化・交流」



高島市議会議員・副議長、「結いの里・椋川」事務局長
京都府立大学農学部林学科卒。2008 年~2016 年通信制高校で事務局長。
2008 年「結いの里・椋川」を設立。山里の地域活性化の活動。2017 年~高
島市議会議員6 年・在職中。2020 年「結いの里・椋川」の活動が評価され、総務省ふるさとづくり大賞で総務大臣賞(団体表彰)。
https://yuinosato.mukugawa.net/ ひきこもり居場所「仲間のWA!」主
宰。学校支援ボランティア「はなまる広場」のボランティアコーディネー
ター。木造草葺平屋建の農家住宅を都市住民との交流の拠点施設として整
備しました。明治12 年に建築され、約140 年もの間椋川を見守ってきた建
物です。2009 年春、都市農村交流拠点施設としてうまれかわりました。

皆さんこんにちは滋賀県高島市でえユの里 向川という地域づりの団体で活動している 長ひといます今日はよろしくお願いし ます簡単に自己紹介をしますえ1967年 に鳥取県の米子でえ生まれましたえ 1992年にえ京都不立大学農学部林学家 を卒業しえ2001年に今住んでいる高島 市の向川に移住しました移住した後は農業 や林業の仕事を手伝いながらえ向側の地域 の地域起こしの活動やえ不登校や 引きこもり若者の支援またえ地域の小学校 のサポート活動などをえしていますえ 2008年にはえ地域づり団体えのさとを 地元の方と一緒に設立しましたえそして 同じ年に通信生高校のえ事務局長にえ就任 しえ高校生の地域学習のプログラムを コーディネートえしてい ますまたえ2017年にえ通信生高校を 退職してえ高島市議会の市議会議になり ましたま交流活動を通じて地域の人の元気 と地域のの活性化を目指して活動してい ます えこの向側というところですけれどもま 地図にありますようにえーこれは琵琶湖 です琵琶湖の北星でえこちらには福井県が あるんですけど福井県の県境に近いえ村 ですえ向を流れている川はえ日本海の方に 流れてい ますええ次に向側のえ風景写真を何枚かお 見せしますがえまずこれはえ向側の シンボルツリ的なえ樹霊が400年になっ ている桜の木 ですそれからこれはえ私のえが工作してる まあの小さい面積なんですけどずっと 田んぼをやっていましてえ伝統的な納方で 稲作をやってい ますまたえ冬にはえ大体1mから2mえ雪 が積もりますえ写真のようにえ1晩で 60cmぐらいえ雪が積もる時もあり ます次にえこの向側の村のえ人口の水です え 1965年頃が最も多くてえ54世帯え 300人ぐらいの人が住んでいましたえで 私が側に住した2000え1年頃には30 世帯62えそして現在はえ13世帯25人 という風になっていますま地域づりの 取り組みがえ進んでいますけれども人口 減少と高齢化の流れはえ止まらないという のが現状ですえ移住者も多い時にはえ4 世帯で14人の時もありましたがえ別の 場所にえ再移住するなど定着が難しい課題 もあります定着の難しさの理由はやはり 交通のえ便かなというところでえやはり 子供がえ高校生要は義務教育が終わると どうしても毎日学校またはえ駅までえ送迎

する必要があるのでまその辺りでえ大変 え送迎が大変というまあの課題があり ますえ次にえムの地域のま伝統的な山の 利用について説明します えムワでは1960年頃まで伝統的な里山 の利用がされていましたえ利用のえ仕方は 大きく2つあって1つはえ炭焼きや焚きを 採集するための新タ類ですえ向側は建築 溶剤のための信用児の活用はえ少なくたと いうのが特徴です2つ目は田んぼや畑の 肥料やえ刺牛牛ですね牛の餌や敷草にする ための え木の目草を取る再送値 えの使い方がありましたまこのえ再送値の ことをまホトラえと言ってまホト山と呼ん だりもしてい ますでこれはえ190036年8月に撮影 されたえ山の様子ですえちょうどこの 真ん中の谷のところにはえ田んぼがえ作っ てあるんですけどその両側が山になってい ますで右側 の山は新谷林でえ木が生えています20年 から30年のサイクルで伐採して木端の 材料にしていましたそして左側のえ山がえ ホトラ山ですえお付近にえ松が残ってい ますがえほとんどえそれ以外は木が生えて いないえ状況ですえ写真では手前のこの骨 がまそういう風に映っていますけどえ奥に 映ってるこのえオもホ山でえになっていて こちらのえところまでま全てこの左側はえ ホト山にななっていますこのホ山は毎年4 月15日頃に村の人が袖silで山に登り 火をつけて山焼きをして木が生えないよう に管理をしていまし たでえ先ほどの写真の写真をこの部分を アップしたところがここになりますえー これを見ると斜面のえカこの一部分が ちょっとえ刈り取ってあってでそれがが ここにここに何かが積んであるのがえ 分かるんですけどこのえここから刈り取っ たま草や木の目をここにえ積んでまここう いうものをホトラと呼んでいましたでえ このホトラを要はこの奥の方の山からもえ 運んでいた運んで里の方まで運んでいたと いうことになり ますえ次にこのホトラ山の利用の様子を1 枚のイラストに表現していますまず4月頃 にヒデをしますそしてその後え5月ぐらい になるとえ全米やわらびなどの山菜がえ 収穫できるようになって村の人はそれらを え収穫して干して乾燥させて保存色にして いましたそしてえ8月ぐらいになるとえ 木目などが生え揃ってえそれをえ刈り取り でえそれをりほらがりと言うんですけどえ それを刈り取ったものはえ数日間そのまま

斜面に放置してえ乾燥させてでそれを こんな風な束にしてえー下に転がしでそれ をえー背中に担いでえ里まで運んできまし たそしてえこのえホトラはえこういう 田んぼとかでえ田んぼや畑ではえ足で 踏み込んで肥料としたりえ牛が住んでいる この牛小屋でえ仕草として使っていまし たまたあの11月頃になるとえこのホ山の え春にね山焼きをする時の炎症え火が 燃え移るのを防止するためにえホト山の 周囲に防火帯というのを作るんですけど その時に抱けカという作業をしました え火が燃え広がらないようね綺麗にえ草を 刈り取ってえ吐きとる吐いてきれすると いうえ作業をだけかりといますまたえ イラストにはありませんけれどもホト山に はえかやという植物が入る場所があってで その蚊屋をえこのかやぶき屋根のこの屋根 の材料としてえ収穫してえ屋根の材料にし ました えこのホト山ですけれどもえ毎年決まった 場所をえホト山にしていました村の人の 聞き取りやえ1893年に作られたえこの 地形図の食性分布からこの緑の部分がほれ 山になっていたということが分かってい ます え向側の三輪の大体約20%がこの細山と して使われてということが分かってい ますこれはえ現在の山の様子ですけれども え1960年以降え化学肥料とかえ トラクターの出現によってホトラが必要 なくなりましたま要は化学費用とかあと牛 をねえ買う必要がなくなったのでもう ホトラがいらなくなったんですねえという ことで山焼きもされなくなりましたで ホトラ山だった場所はこのように小が優先 した雑木林になったりえあとま拡大造林 事業といってえ杉とかえ杉の人工臨をえ 作るというそういうえ国策え国の政策が あったのでまそういう杉の人口になって いるところもありますえ現在ではこの雑器 林はほとんどえ利用されておらず放置され ていますしまた人工林に杉の人工にについ てもえ目の価値がえ下がっているので経済 的の価値が低くなりえ手入れもされずにえ 放置されているえ人工輪も多くなってい ますまたえ放置されているだけでなくえ 野生の鹿がここえ15年ほどですごい増え てえこの仮想速成がえ食害によっても消滅 しています えもちろん草とかもなんですですけど樹木 の名なんあの名なんかも え全部食べてしまうのでえ樹木の更新がえ できない状況になっていますえ日本の気候 ではえ樹木を伐採して20年から30年

経つとま元の状態に戻るんですけれどもえ 鹿の食害のためにいつまでも食性が回復し ないのでえ迂闊に木をえ伐採することが できないまそういうえ事態になっています えま鹿が増えている原因っっていうのはえ 諸説色々あるんですけれどもまその1つに え山の手入れをしなくなったことをえが 原因というえ説もありますま山の山にえの 木がまお金にならない価値がないという ことでえお金にならないので山にえ人が 入らないでえそうするとえ鹿がえ里の方 まで降りてくるようになって鹿の数が 増えるでそうするとえ鹿が増えるとまこの え食害がえひどくなってえ里山の後輩が どんどん進んでいくという具合 ですえまえ山の状況についてはえ以上です けれどもえ次にえ向側でえ向側でのまこの 暮らしの文化を生かしたえ活動やえ交流に ついてえお話をしますえ1つ目がえこの おき向側というえ取り組みですえこのおき というのはえありがとうというえ意味のえ 言葉で大き向側は毎年1回え11月に開催 していてえ2004年から始まりまし たえ大き向川は今年はま11月の19日に え開催されますのでもしよかったらえ参加 いただけるといいなとと思いますけれども この日はえ集落を丸1日こう解放して参加 した人はえこういうこのマップを見ながら 集落を歩くことになりますえこのように あの手作りのマップなんですけれどもえ このマップは毎年え作り替えてい ますでえ村の人は農家のえそれぞれのお家 のえ玄関先でえそれぞれのお家で作った 料理やえ仕事品を並べてお客さんが来 られるのをえ歩いてくるのを待ってい ますそしてえ参加された人はえ地図を片手 に村の中を歩いてえそれぞれのえ農家を 巡ってえ家の方とのえ会話を楽しみながら 食事をしたりえ手仕事え品を楽しんで交流 をする形になってい ますでえこの日だけはえ普段はおじい ちゃんおばあちゃんあの世代しか住んでい ないんですけれど も遠くに住んでいるえ子供さんやお孫さん も村に帰ってきてえおじいちゃんおばあ ちゃんを手伝いますえおじいちゃんおばあ ちゃんがえたちが作った料理や手仕事品が えお客さんから喜ばれるのを身近に見る ことでえその価値にえ気がつくまそんな 貴重なえ世代交流の場にもなってい ます次にえ大き向側の目的え狙いです けれども1つ目は村の人たちがまず自分 たちの暮らしにま誇りを持つ え自分たちの暮らしの文化に誇りを持つえ ことを目的にしていますまこれによってえ

村の人がえ自分の文化にえもう1度ええ ポジティブに向き合うようになってえま 元気にえなってくれるなってくれるような まこれが1番のえ目的でこの大きムガと いうお祭りを始めましたえ2つ目がえ来て もらったえム画でえ来てもらったえ人が このムガをこう好きになってもらう えそしてえま第2の故郷としてえ感じて もらうようにえなってもらってえま地域の 共同作業であったりとかイベントなどのお 手伝いとかにま参画してもらえたらいいな という風に思っていますそして3つ目がま 先ほどの写真にもありましたけどえ子供 さんやお孫さんとの世代交流 ですまこれによってえ自分たちのあの子供 さんやお孫さんにとっては自分の故郷をま もう一度再発見するえという機会になりま それがま文化の継承にえ繋がったらいいな という風に思ってい ますまたえこのえ子供さんやお孫さんが え一緒にえこのイベントをするという ところでえまこの子供さんへお孫さんと 私たちこの移住者のせあのがこうえお互い にえ理解し合うというよなまそういう場に もなるかなという風に思っていますえどう してもえ私たちね移住者移住したした人が え山とか田んぼを借りてえ活用しようと 思ってもえま今のおじいちゃんおばあ ちゃんの世代は私たちの思いを分かって くれてえ理解してくださっているのでえ 協力をしてくださるんですけれどもまこれ が世代が変わってしまうとえこの協力が 継続できるかま分からないというところが ありますまそこでまこういうねイベントを 通してま一緒にえこういうあのお祭りをね え運営することで移住者のえ私たちの 気持ちをえ気持ちだった思いをこうえ理解 してもらうと え新しい世代の方にもえ理解してもらって えこの協力的な関係がえ維持できるように えしたいなという風にも思ってい ますそしてえこの暮らしの文化を生かした 活動のえ2つ目えですけれどもえこの 暮らしの文化の体験活動について説明し ますえまこの体験活動の対象としてはえ 中学生や高校生そして通信生高校のえ高校 生またえインバウンドなどの外国人のえ方 であったりとかあと企業の研修なんかでも え体験活動してい ますま具体的に言うとえお味噌とかえ豆腐 を作ったりえ工それからえこんなようなお 茶をえ作ったりえしていますまたあのこの こちらの写真はえ明りをね竹でえ明りを 作ったりえというワークショップをしたり あとはまたあのちょっと文化とはまた

ちょっと違いますけどえ生き物の観察会 などもえしたりしてい ますえでまこうしたえ活動を地域のおじい ちゃんおばあちゃんが先生になってもらっ て中学生や高校生ええ若い世代の人にえ 教えるという形になってい ますまたえ2019年ですけれどもえ台湾 市立第1女子高校のえ生徒さんがえ約40 名えこの画に来てくださってえこういう風 にワザ工の体験活動をしてくださってい ますまこうしてえこういう体験活動えする しているんですけどまそれはえやはりあの 交流をするためですえこのま交流というの はえま魔法の鏡のようなえものかなという 風に考えていますえーまこの魔法の鏡と いうのはえねえ鏡がそれを見てるえ人に 対してこういいところね褒めたえるそう いうこう え西洋のそういうものあの童話があります けれどもえそういう風にえ交流でえ来て くださるえ方というのはえその地域の人に とってとてもこういい言葉をえ返してくれ ますこれってとても美味しいですねとかね どうやって作るんですかとかええ素敵な あのものができてますよねとかねそういう えいい言葉を返してえばっかり返して くれるとでまやっぱりそういう言葉え やっぱり人をやっぱりあのええポジティブ なえ気持ちに えそういう気持ちにさせてくれるのでま これがえ継続していくとまどんどんこうえ 村の人の暮らしぶりまで変わってきますえ 例えばえ次またえ来年のあのこのお祭りの ためにえた畑をえたくさん作っておこうと かえわ財をするために悪をわを準備して おこうなどなどえやっぱりえ暮らし自体も 前向きにえ変わっていったっていうのがえ 見て取れまし たどうしてもあの山里にね住んでるえ人と いうのはえ人口現象とかま高齢化とかで どうしても気持ちがネガティブになって しまうんですけれどもやはりこうやって 交流でやってきた人の言葉というのは地域 のえ人の暮らしをえま前向きに変える力が あるんだなという風に思ってい ますまえ今のようなまこういう形でえ 私たち木川で え交流活動えしていますけれどもま今後の えこれからのえムガの取り組みについて 少しお話をさせていただきますえ1つ目が ま里山の活用そして若者の活躍の場そして 文化のえ 継承そしてえ下流のえ熊川というえ村とと の連携 ですまず1つ目え里山のえ活用について

ですけれどもえ里山というのは人の手が 入ってこそその環境が維持されますまその ためには え器をえ森林を保全するボランティア的な え活動ではまどうしてもえ規模も小さい ですしえ持続的とはま言えないかなという 風に考えていますまそこでえ里山のこう いう生えているえ注目ま紅葉樹なんです けど紅葉樹をえ財として利用してま家具を 作ったりえ机とか家具とかまそういうもの を作るえ財として内装剤とかにえ利用する えそしてえそれでえ木を売って経済が回る ようにするまそういう必要があるのかなと いう風にえ考えているんですけれども紅葉 樹を市場で流通させようと思っても そもそもこの紅葉樹がえどの山にどれ ぐらいあるかというえそういう資源管理 っていうのは全くされていないえというの は現状ですでえそういうえ課題をえこう いう風に今え木にこのICタグをえ1本1 本こうえ取り付けているま作業をしている んですけどもこうやってICタグを つつけることでえこの山に生えているえ 紅葉樹の資源管理をしようというえ研究を え神戸大学の方でされておりましてまその 取り組みのお手あの協力を無がでしてい ますま時間の関係でえそのICタグを使っ たえその雇用児のえ流通についての説明は えちょっと今できませんけれどもえ神戸 大学のまえっと黒田先生黒田黒田教授のえ 研究グループと連携をしています そしてえこのようなね山を活用するえ 取り組みをするためにはどうしてもえ障害 になってることがありますそれはえやはり 個人の山がえ不在事主え自主が誰か分から ないという山がとても増えていてえそれで え活用ができないえ許可が所有者の許可が 取ることができないので活用ができないと いうがありますなのでえこういうえ山の 活用や管理を所有者に変わって住んでいる 人ができるようにえそういう法体系とか そういう仕組みを作っていく必要があるな という風に考えてい ますそしてえ2つ目え若者の活躍の場です 日本ではえ外出をえほとんどしない状態が 長期間続くいわゆる引きこもりという人が え大体15歳から40歳ぐらいまでの年齢 層で約50万人ぐらいいるということが 分かっていますえそういった若者の活躍の 場をどうするのかということはえ社会のえ 課題にえなっていますま山里ではえこう いう若い年齢が若いというだけでえ頼りに されて活躍の場がありますえ都会での 暮らしに活躍の場が見見出せないえそう いう若者に山里に来てもらってえ社会参加

してもらってえ活躍してもらうことで経験 と自信をつけてもらうことそしてえその ことでえまた山里にとっては人不足の解消 にもまひや買うかなという風にえ期待され ていますま実際この写真はえ私がこの地域 の人と一緒に牛で田んぼを耕すえ伝統的な え農業農作業を再現している場面なんです けど後ろでこの月をえ支えているこの若者 は元々引きこもっていた青年ですまこう いった場面がえ増やしていけたらなという 風に考えてい ますそして3つ目が文化のえ継承です えーま文化のえ継承な若い世代に伝えて いくためにはえこういうえ伝統的なえ文化 とか暮らしに興味をまず持ってもらうこと そしてえ聞き取りなどのえ作業をえ 取り組みをしてもらうということがえ 不可欠になりますただ若い人にとっては 農業そもそも農業とか林業の経験をしてえ いる人がまとっても少ないのでえ聞き取り をするためにま基本的なえ山里の暮らしの 知識がまほとんどないというのが現状です なので若い人に聞き取りをしてもらうえと いうのはとても難しい作業になってしまう のでまこういう風に古い写真を見ながら昔 の写真を見ながらえ地域のえ人に対してえ この写真のこの部分この写真を見て気が ついたことをインタビューするということ でえ伝統的な暮らしの知識があの乏しい人 でもえ深く聞き取りがえすることができる ようなえ仕組みになってい ますそしてえ4つ目え下流の町この熊川え 向側からがえ川でえ大体78kmぐらい 下ったところに熊川というええ隣の村が あるんですけどえこの熊川でえとえ連携し て活動しようという えプロジェクトが今進んでいますえまここ で熊川でコミカを活用して宿泊施設や シェアオフィスをえされているえ法人とえ 宿泊業などで事業連携しようとしています またえ川の上流と下流というえことを 生かせ生かして桜マスというあの鮭の仲間 なんですけどそれがえ川をに訴させようと いうプロジェクトも立ち上げてい ますま桜松というのはこういう風になえ 生活肢でえ川で暮らしているえ川から海に 下ってまたそれが登ってくるというような 暮らしをしている魚なんですけどけどま このえサクラマスがえ登ってくるようにえ 大学の研究者や行政機関とえ協力を得 ながらえいつかこの え桜松が登ってくるのえ夢見てまでいつか えイクラドンが食べれたらいいなという ようなえことを考えてえこのような プロジェクトをあの市民参加で進めようと

していますえというような形でえ ま短い時間でしたけれども私からのえ発表 を終り終わらさせていただきますえご成長 ありがとうございまし た

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