伊集院光の百年ラヂオ 2024年01月14日

伊集院光の百年ラヂオ 2024年01月14日



伊集院光の百年ラヂオ 2024年01月14日

[拍手] [拍手] [音楽] ラジオ放送が始まりまもなく100 年茶の間の主役だったラジオはリスナーへ 語りかける寄り添うラジオに 様の は でょ過去と現在そして未来をつぐラジオの 旅にあなたを誘い ますNHKが保管する膨大な資料から歴史 的価値のあるお宝音源を厳選してお届け する住ヒの年 [音楽] ラジオくさいませですえ今週もこの番組を 1番楽しみにしてるのは僕でござい ますそうなんですねそうなんですよま負け ないぞっていうリスナーの方がいて くださるとそれは嬉しいんですけどね毎週 楽しみなんです負けないぐらい頑張りたい と思ってるNHKアナウンサーの磯野裕子 ですはい住ヒルの100年ラジオ今週も 始まりましたそれでは今週も早速貴重な 音源を聞いていきましょう今回の音源 は 打撃の神様川上哲 は今お聞きいただいているこちらの曲ご 存知でしょうかああまり聞き覚えがないな 巨人2台目の ン とんがのとして活躍していた頃の曲なん ですそうですかということで今日は川上 さんです川上春はいえっとね僕が野球を見 始めた頃で言うと川上哲監督だね監督時代 いやもう監督ま督監督としなんだけどえま 伝説としてめちゃめちゃすごいバッター だったんですって聞いてましたねえで おそらくその頃にはあの今も続くこうトコ 込めてっていうはい読売巨人軍の歌になっ てたのでその前かねこのジャイアンツ ソングはねそうですねトコンコメては3代 目の曲だそうですあらそうですかええ2台 目歌は藤山一郎さんが歌ってらっしゃい ますまも野球が大好きプロ野球大好きなん でこの100年ラジオで野球選手のこう 音声といいますかね声が聞け るっていうのは嬉しいですねで今回はこの えジャイアンツのレジェンド川上テハ特集 ということでございますはい川上哲さんが 現役時代に出演した番組の音源2つをご 紹介しますNHKで解説もやっ てらっしゃると思うんですよだからその 解説の時にこう喋ってる哲さんの印象は あります正しいことを言う人かなふーで 特に野球漫画巨人の星と巨人の星も川上

監督だし侍ジャイアンツも川監督だしま ありとあらゆる野球漫画に監督として出て きて正しいこと言うんだよねなんかね星 ヒマのお父さんは星一徹つって川上哲と 現役時代こうジャイアンツでこう レギュラーを争ってる選手だったんだけど そこで星ヒューマのお父さんは魔球って いうサードがボール取って1塁に投げる時 にバッターに向かって投げるランナーって のかな1塁に向かってるバッターに向かっ て投げるとでそれが90°この曲がって ファーストに入るっていうボールを 編み出すんだけど川上さんは僕は ピッチャーとして体制しなかったけれども 1つだけ誇りがあるんだ1度もビーン ボールを投げたことはないわざと選手に 当てようとしたことはないつってお父さん すごいショックを受けるみたいなあええ そういう場面が描くそういうそういう場面 があるしやっぱりこう荒くれ者のえサムイ ジャイアンツのバンババに野球とはどう いうものか諭したりとかお前そんなこと じゃダメだぞって話をするのがまあまあ 川上監督あもうザ正義ですねそうですねで 後で知ったことでも割とこうメジャー リーグの勉強を当時から一生懸命やって 日本にえっとそのメジャーリーグの練習法 とか先日を持ち込んだのも川上哲監督って いう感じですねへえ先週時代もすごいし 監督としてもすごいすごいだ先週時代は僕 は文章でしかほぼ見たことないですね赤い バット赤バットの川って言われてたんだよ とかそんなですということは今日先週時代 の音源を初めてくわけですものね声なんて 初めてですよでは貴重な音源を聞く前に 川上さんのプロフィール簡単にご紹介 いたします おなじみの団ですめて1920年大正年 熊本県熊軍大村現在の一市に生まれます 1938年昭和13年に熊本工業学校を 卒業後すぐ巨人入り以後1958年昭和 33年に現役を引退するまで最高3回5 回 MVP1回そしてプロ野球史8の2000 安打を記録したことから打撃の神様と呼ば れます引退後は巨人のコチを経て1961 年昭和36年に9代目の監督に就任14 年間で11度日本シリーズを制覇中でも 1965年からはの連覇を達成しています そして19年に野球 入りさんの現役時代の背番号16は巨人の 球盤になっています監督引退後はNHKで プロ野球解説者も務められました2013 年平成25年に93歳でお亡くなりになり ましたまご長寿でいらっしゃいましたから

ね93歳大王ですけど色々こう聞いてみ たいこともいっぱいありましたねやっぱ すごいのは元々二刀流とかこの人 ピッチャーでえジャイアンツに入ってえで もピッチャーとしてはそこまでは体制せず にそれでも10勝ぐらいしてんのかなへえ でその後本格的にバッターに転校するん ですけどやっぱりこう昔はこうあの野球の 道具とかも安定してなくてなかなか飛ば ないボールの時代があったりしてるんです けどえ通算打率が3割一部3人これ今今 現在歴代6位です 野球技術がいっぱい向上したりとか道具が 良くなってもえっとまだ6位というはい はいすごい記録なんですねいやすごいです ねいやちょっと音源今からワクワクしてい ますがどこから行きますかはいまずご紹介 するのはなんと3つの歌です あああのやりましたね3つの歌3つの歌ね 音楽クイズっていうかえの番組ででっと 川上さんがが出演した会が実はあるんです よみたい話はしたの覚えてますねちらっと 言いましたよねまさにそれですの超人気 番組3つの歌1951年昭和26年から 18年続いた聴取者参加の歌うクイズ番組 うん出場者がピアノの伴奏のみをヒントに 歌詞を間違えずに歌えたらオというあの クイズのドキドキ感と自慢的要素が合体し た番組ですっ春の音声が貴重だって話を ここまでしていきなり聞けるの歌の可能性 出てきましたねそうなんです歌ですうわ すげえなその3つの歌の記念すべき第 100回の放送に川上さんがご出場されて いますこの日は特別企画題してお好み コンビ3つの歌ゲストとして出場する 著名人と一般の出場者がコンビになって 歌います1953年昭和28年11月3日 の放送音源ですすごいなだってさ今大谷 翔平の歌ってないしょないですよね大谷 翔平の歌の音源なさそうだですけど川上 哲丸の歌う音源があるんださあえ1953 年のものということですが昭和28年この 頃の えっと時代背景というか野球背景と言い ますかねテレビの野球の実況放送が始まっ たのはこの辺りでおそらく野球の人気は どんどん上がってるえでさらにはえ ジャイアンツの監督は水原茂さんの4年目 でえセリーグで優勝をしていますで えっとかなり強いね開幕から1回も首位 から転落することなくえ優勝これがリーグ 3連覇で日本シリーズも優勝日本1でえ 川上さんはジャイアンツに断してえ15年 目もう油の乗り切った33歳うんプロ野球 市場初の1500本安打をこの年に達成し

えリーグ最高打率首打者です3割4部7厘 でえっとシリーズのMVP最高主君選手に もなっていますとすごいバリバリだねう よく3つの歌におになられましたね出て くれたねだ3つの歌の方も人気番組だし 記念だしもうちょっと考えられないような 人出したいってことだったんだろうねええ さあ超無敵の巨人軍実力人気ともり絶頂の 川上哲はが3つの歌に登場します バラエティに出るってちょっと想像がつか ないんですけど歌声はホームランなん でしょうかえっと一応ルールとしては1局 目はそのペアを組んだ一般出場者で2局目 と3局目を川上さんが歌い ますさて次は川上哲さんの組でござい [拍手] ます川上さんとご一緒にお歌えになるのは 学生さんですかそうです何年です中学3年 です中学3年お名前をどうたえたかない です井 さんんですけどたさんですねえ さんの姿は野球場でよくご覧になっ てらっしゃいますかえいつも見てますはお 話をするのは初めてなんです今日初めてな んですかはどんな風に思いましたとても 嬉しく て歌っていただき [音楽] ましょう ホムラ 1つかちゃホムランブギ広いスタンド拍手 が分けば飛ぶよ飛ぶ 飛ぶ飛ぶよ飛ぶ飛ぶあ川さんちょっと教え てあげてください飛ぶよ飛ぶ飛ぶホーム ラン広いちょっとお待ちください飛ぶよ 飛ぶ飛ぶホームランとは川上さんが教えた ん です ずっともこなんで ことざ飛ぶよ飛ぶ飛ぶ飛ぶよ飛ぶ飛ぶあの 空へあの空へいやもうはかかなたなんで ござる少し先行って いただきカッとばせカッとばせわいわい わい せいなんか このわかんない飛ぶよ飛ぶ飛ぶ飛ぶよ飛ぶ 飛ぶはかのはか空の青さよそれから空の青 さとずっと今度はフィールドの方で ござはい川上さんの言う通り 芝それ勝ってませカットませ最後フレ フレー フレー [拍手] ありがとうございましえたまさん今歌って くださったんでございますが川上さんの

ホームランを打つところご覧になりました かいつも見てますいつも ああいつも見てもらうようにたくさん打っ てない [音楽] です次はこれでござい [拍手] ます今度は リーディングヒッターに歌っていただき ましょう少女寺のたぬきまし 少女少女子の庭に ツンツンつきよ のポ [音楽] [拍手] [音楽] の2から行きましょう ツンツンつきよだみんな出てこい来い来い おいの友達ポンポコポン のせ からたまさん続けてください負けるな 負けるな負ける保しさんに負けるな来い 来い来い来い来い来いみんな出て来い来い 来い お2人に歌っていただきました歌はこれで ござい [音楽] ますああ川上さんは九州の出身でござい ます今日はだいぶ月で困らせ れ 月が出たよいよい ついたこの上に出 た あんまり煙突が高いの で さやおつさん けたのよいよい 川上さんもよく知ってらっしゃいますね いやもうこれはま九州の歌ですからねで 今日ここへ出てくるのであのジャイアンツ のプレイヤーから冷やかされたんです私が 一番その歌がこうちょっとなんですか長長 なんですね [音楽] 長長全然ダメなんでいえどういしますえ ホームラ寺の 林さんとさんホームランでございます ありがとうござい [拍手] ます へえやっぱり僕の印象だとはい落ち着い た大人の川上哲治さんしか知らないしえ 哲学者の鉄だしなんなんだろうね バラエティ出しても盛り上がらないだろう と思ったら結構なサービス精神ですねええ

ええええええ でまた宮田さんのこういじり方っていうか も上手であはい宮テるアナウンサー司会の ねはい途中でこうヒント出してくださいよ つったり多分川上さんテれてマイクがオフ なところでヒント出してるんだろうけど それを拾ってなぞったりとかしてました ね川上哲さんってじっておっしゃってまし たよねそうそうそれはねえっと漫画とかで も表記が分かれてて現役選手の大半は登録 名は川 でえ後に理由は知りませんけど川上哲春 っていう風に直されてるんで多分その時の 登録名でしょうね登録名選手としてのそう いうことわあこれ当時のお写真が残って ますねこの時のねえうわでも楽しそうに めちゃめちゃ笑顔で楽しそうにやってます ねスーツ姿の川上さんと学生服のたま君 すごいあ100回記念で写真撮ってあるん だああこんな若々しいやっぱり川上さんは 想像つかないですやっぱりえっと太いふの 眼鏡をかけてでもう当然白髪でっっていう イメージですからねまあでもお客さんの 湧いてる感じも人気ぶりが分かるしあと 当時の言い方なのかな下手な歌のことをへ 長長私えっと歌がへ長長なもんでしてって いうのはいいですねチームメイトからこう 冷やかされてきたんですねええでいいなと 思うのはあのホムラ見ますかてよく見ます たってさんは途中から割と中距離ヒッタ 要すに超ホームランバッターていうよりも アダ製造機みたいなバッターになってた からホームランの数はそんなに多くないん ですよだからなるほどこのそうなんですよ で言ってそれをなんかこういい感じのこう こう照れながらねサービス精神たっぷりに 言ってんのもご遜をねこうユーモはモれ そんなには打ってないって いういやなんか貴重でしたね歌声もあの声 もなんか肉もそうそうで別にすごい 下手くそではないけどねそうですよね別に 野球選手としてはまこんな感じかなって いうあ実は大貞春さんも後にレコード出し てるんですけどえうんと歌声はホームラン ではなかったですそうですかその過小力は ね王さんの白いボールって歌の過小力は王 さんは頼まれると断れないし9回の代表だ からっていことで引き受けて出されてる やつなんですけどえええそれははね ボテボテのナアだぐらいの川上さん2塁だ ぐらいは言ってますよねこれね結構上手っ てますだってらっしゃいましたね楽しい なんかおちゃめな一面が見えた女いや なんか不思議不思議だってさおちゃめ すぎるサイジャイアンツのバンババンを

嗜めて真面目にやれって言ってた川上監督 ですからアニメの中ではそれが結構こうね 若いおちゃめな感じえいじられているいい ですねいじられてる感もいいですねさあ 続いての音源に参りましょう続いてお聞き いただく番組は朝の訪問ですこれも 取り上げたことありますね1950年代の インタビュー番組でいろんな著名人が登場 していますですごいこの人こういう風に 喋るんだって意味ではえ牧野富太郎さんあ こんな明るい有毛を溢れる人なんだと思っ たし川安成さんはい子さんえさんそうそう もう本当に全て全部の会聞きたいような 番組ですけど貴重なそこにその朝の訪問に じゃあ川上哲治さん来てそうなんです 1958年昭和33年12月29日放送の 朝の訪問です現役引退を2ヶ月後に控えた 川上哲さんのインタビューです1950 年代前半の巨人はリーグ優勝3連覇日本 シリーズでも派遣を譲りませんでしたが 50年代後半に入ると限りが見え始めます 1956年以降リーグ優勝はするんですが 日本シリーズは敗退ま特に1957年の 川上選手は打率3割未満に終わり翌年の 1958年はこの年3割打てなかったら 引退しようと決意します決意するんですが やはりさらなる打撃不審に陥り4番打者の 座も新人の長嶋しげに奪われてシーズン 後半から6番に下がりましたうんという年 でしたねうわすごいな長嶋し入ってきて いきなり大活躍ですから6大学のスター 選手がいきなり大活躍していよいよ 新旧交代のその時代の 別れそっか世代的にもさんの引退 セレモニーとかその裁判年の長嶋さんの ことは割と覚えてますけどはい川上さんは 物心ついた監督だったからこの時の川上 さんの感じはそ超人的な伝説と監督時代の 話しか聞いてないからちょっと興味深い ですねそうですね心境って言うんですかね もういよいよ引退だといううんのねちなみ にえっと58年のジャイアンツですがま 長嶋え茂夫さん入団しましてでチームを 補強しましたでいてえっとその長嶋さんは 期待通りの大活躍をするんですけどもえ やっぱり西鉄に勝てないとでえ日本 シリーズ3年連続敗退で最終戦が終了後 川上哲治選手はえ記者団に囲まれて事実上 の引退宣言をします若い巨人の時が来た ファンの皆さんに可いがっていただいた背 番号16をけがさないうちにお返ししたい と思います ああ本当に誠実なお言葉ですねそうですね やっぱ真面目な感じですねこの朝の訪問で は俳優の望月裕子さんがインタビューをし

ていますまずは冒頭5分ほど当時の音源の ままお聞き ください川さんはあのいくつぐらいから玉 をお持ちになったんでございますか小学校 の2年ぐらいですですから7つ上がりです からつにはもうすでにえ何式のテニス ボールで野球を始めたわけなんですあそれ じゃ学校のお友達とやってるのが始まりで ございますかええ友達やったりあるいは私 の方は熊本の田舎だもんですからブラクの 青年の中に混じったりま好きなもの同士て 集まってやってたわけなんですその頃から 選手だったわけなんですねえ先週じゃない んですけど人がいなかったもんですから それで小さいながらやっぱりこう気が勝っ てたもんですから皆とごしてやっていけた んじゃないかと思うんですその 頃まだ野球が華やかな時代じゃないんで ございましよえまだあのなですあの野球 統制例というものができたんですけども あんまり小学校中学校あたりが野球が盛に なってえそれで学業ろかにしてそういう ものにえやりすぎるというようなことで 文部省で野球とれのもが出たんですそれ じゃお家の方や何かも反対なすたんじゃ ないんですかねえまあ私ののあれは客勝だ もんですから1人でも人手がいるわけなん ですそれをま野球しながら遊んでるという んでお袋のどは非常にまそんなことをし ないで他後になったらすぐ帰ってきて田さ の1本1本でも取った方がずっと えマシになるからそんなことやめとけ ちゅって大分言われたんですけども父親が に野球が好きでねそんなことは必要じゃ ないな好きなもんやらねかんっていうこと でねこれでやらしてもらったんですあそう ですか初めからもうあのホームランとか そういうのをいっぱいお家お家になったん ですけれども1番苦しかった時 はいつでございますあの巨人グに入って からでございますか えそうですね まあ初めはもちでしたのでね苦しいという こともそれほど感じなかったんですけども ま昭和20周戦後あの自分のバッティング というもの がもう肩を少し変えなくちゃいかんと ホームランホームランという時代だった もんですから少しホームランを打つように 変えて少し工夫してみようということでえ 自分の持ってるものと違ったものを出そう として苦しんだというその時が1番 苦しかったなと思いますましかしそれが 将来267年頃からその苦しんだことその ものが非常にためになったんじゃないかと

いう風に思ってるんですがじゃ玉ばっかり 言っててお遊びになったこともあんまり ございませんですかいやまあ適当に ねま学生野球でもプロ野球でもえ人気って いうことなんですけどもねまそれはお客 さんが強い選手をえ拍手を持って迎え るっていうようなことがあのあるんです けれどもやっていらっしゃる方たちはその 人気っていうものに左右されたりそういう ような感情になったりすることございます かねそれをねやっぱり若いうちは意識し ますですねはあえ私の場合はねその少年 たちが野球を好きであってくくれるとま 非常にこの子供が好きだとそれがためには ま我々もうこの期待にそういうようにして やってかないかんとそそういうがためには どうするかととこを打たなくちゃいかん1 本でもヒットを打って1本でもその大事な 時に打ってそしてチームを片ないか勝た せるようにしていかないかそうした方が 少年たちの夢を満たされていくというよう な形で私はま自分自身がもう非常につまら ん人間なもんですからあの少年たちにの 期待を裏切っちゃいかんていうだけでま 支えられて一生懸命やってきたような形な んですけどもねそれはとっても素敵なこと のように思いますけれどそれでもあの やっぱり勝負の世界ですからあの自分が 人気者だなんと思ってたらきっとうまく いかないかもしれませんですねやっぱり 意識したらいきませんねはあ結局ここで一 発打てばチームが勝つんだとかここでこの 山場で自分が打てばま監守が喜んでくれ るっていうなことを自分の心の中へちらっ とこう走っただけでも打てないもんですね やっぱりもう持ってるハイトそのもので なんとかせないいかんというような気持ち でそういう結果を全然考えないでボスに 立った方が結果はいいように思うんですよ ええなるほどね特に後半なんかはこう ちょっと入れ替わりになる長嶋しと対象的 っていうか長嶋しはここで打つとヒーロー になれるっていう場面には必ず打つみたい なえあの俺がこの試合を決めてくるよ ぐらいのことを言って打つタイプ圧かかれ ばかかるほど意識すればするほどそれに 答えるタイプの派手な長嶋さんとなんか こう川上さん自身が自分はつまんない人間 ですからなんて言ってましたよね意識し ないで打つ時が1番結果が出るんだって ねえね全く違うタイプなんだなっていうの こうお言葉からも分かりますね自分は つまんない人間だからとだけど子供たちの 期待に応えるためにヒットを打ってきた よっていうま結果的にヒットを打つと人気

が上がって子供たちもえ喜んでくれるん だろうっていうなんかちょっとの言葉の 順番の差なんだけど何かこうとても やっぱり真面目さとはいお人柄がうん なんか本当にコツコツと地味な努力をして いくっていう感じはしますねへえあと ちょっと注目したいのは1番苦しかったの は終戦後自分のバッティングを変えたこと ていう今言ったように割と地味にこう無で 努力するタイプのえ川上さんなんだろう けどもやっぱり人気ってことは考え誰どう いうプレイをすれば盛り上がるかみたいな ことは相当考えてたみたいですねなんか 戦前戦中はボールの質が悪いので記録とか を見てもホームランの数って相当少ない ですよえあそうなんですかそうだから多分 ホームラン出でゃそれは盛り上がるけれど もそこまでホームランを期待してないのが 戦後ボールが飛ぶうんになったりしていく うちにやっぱり派手なホームランをみんな が見たいでやっぱり初心者の野球ファン からするとやっぱりホームランが飛んで いくとは一番分かりやすいシーンだから そうですねおそらく確実にバットに当てて ヒットっていうよりはホームランの数を 増やそうとしたのは本人からするとかなり 苦労だったんでしょうねで えっと資料1つあります1991年出版の 川上哲ちえ期は眼にありよりちょっと抜粋 しますずっと野球をやっていて常に リーディングヒッター争いをやっていた わけですがそういう生活の中で非常に 苦しかった時があるわけです私は自分が ハングリーだっただけにタイトルが欲しい タイトルを取るとやはり給料が上がるし家 にもたくさんお金が遅れるという人よりも よっぽど苦しんだと思うんですそういう 意識がずっと戦後になってもやっぱりつい て回っとるわけですはあおこれだから すごいねさっきのインタビューと合わせて 読むとええええええ確実にヒットを打って 1番打率が高い首打車リーディング ヒッターを取るタイプのバッターなんだ けどまホームランっていうものファンが 要望するホームランも打とうとするわけ ですよねそうするとこのホームランも 打てるけども打率も高いっていうホーム ラン中途半端でホームラン王にもなれない で打率が落ち出しにもなれないってなると 給料は上がらないわけですよねだからその 狭では相当苦労されてるっていう先 インタビューと総合すると大変だったんだ なっていういや苦しい胸のうちですねこれ はそうなんですよねだからえっとさらに そこを立体的に見るのにネットとかでそ

打撃成績みたいのを見てみるとホームラン の多かった年って割と打率下がってるん ですよねやっぱりうんあじゃホームランに やっぱりこう注力していたそういうこと ですホームラン大きいの打とうと思うと 確実性は下がるか でそれがついに両方伸びる年とかが来るん ですよもうすでに打率だけで言えば一流の 選手だった間も相当努力と苦労をしてる 感じですねで川上さんは技術的に奥義を 極めたいと思うわけですでえ昭和25年8 月多摩川に行って延々と打ち込みを続ける 正は神眼にありよりえさも時間もで何十本 何百本と打ったかも忘れふと気づくと弾が 止まって見えた一瞬パッと止まったそこを 打つそういうタイミングを捉えるああ俺の バッティングはいつもこういうタイミング をしっかり手に入れておけばいい当たりが できるいいバッティングができるんだこれ 今の言葉で言うと便利なゾーンっていう 言葉があるけどやっぱりねこの川上さんが 絶好調の現役の最高の時にボールが止まっ て見えたっていうこう発言をしたっていう 伝説は俺らも聞いてびっくりしましたね 練習すれば極限まで練習すればそういう風 になるんだって言われてまさかて思います けど本当にいやでもねいうことが起こるん だと思って川上さん野球入門とかも いっぱい川上鉄原のとか川上鉄原野球教室 ってやっててそこでもこういう言葉が出て くるからいつか止まるんだろうなと思った けど止まんなかったねどうですか今まイイ さんのご自分の野球チームでいやいや 止まってるやつはいないですね1人もね 相手のボールが加速して見える時あります 逆に逆にはありますけどえボールが止まっ て見える目でこっから目に見えてえっと 昭和25年の8月って言ってますけど練習 したのはこの辺りからホームランも打率も 伸びていくっていうことですねうん名言中 の名言を聞いたところでうんはいでは朝の 本問の続きを聞いていきましょうはいこの 後川上さんは前との出会いについて語り ます日本シリーズ終了の1週間後ちょうど この音源の2ヶ月前に岐阜県にある臨在州 明信寺派の証言寺に巨人のオーナー正力 松太郎さんのすめで前の修行に訪れてい ますうんおよそ1ヶ月に及ぶ修行でした いやだからこれを収録した時点では相当 ホットな話題ですよね修行終えた超えて 割とすぐですよねえ川上さんが全の修行全 問答を繰り返したというお話だということ ですえ野球と前どんな関係を見出したのか 興味深い すあの最近はあの全お民なりにいらして

長い間あのお座りになっていらしたんです かえ ま非常にこの長く座るという具に感じ られると思うんですけども実際座りますの は3時間か4時間ですはえあとはえ生活を しながらいろんなことを教えてもらうと いうような形ですので座る靴なんてのは あんまりありませんでした私23日前に あのを拝見いたしましたら善をなさってる 時のことがあの川上さんの筆で書かれて おりましたんでございますけれどそれは あの私1人で読むのはもったいないような 気がいたしましてねあのうちのオルス番の 人にあの聞きなさいちって声を立てて読み ましたんですそうしましたら読み終わっ たらその人涙を浮かべてんですよあの川上 さんのあの文章の中にた1つで生きてき たっていうそういう言葉があったんです けれども私も本当にあのた1つでいらし たていうこととっても胸に答えちゃったん ですけれども あのあの時おかきになった気持ちを ちょっとお話しくださいませんでしょうか えま初めはねそういう善というものは私も 知りませんしえどういうもんであろうかと 要するに自分のこれからあの進んでいく 場合に自分自身をもう少しえ見極めて鍛錬 をするとま人の指導でもするんなら自分 自身はもう少し念しなければいけないん じゃないかというようなことからま非常に 期待を持っていったわけなんですはそれで いろんな小さなあことはもうすぐ解決が できましてあとはもう本当にえその老師の 言われる通りにまやってみたわけなんです けどもその問題が老師から私に下された 問題がたなんですえうん君はま要するに 20何年間あるいは学校から入れれば30 何年間その玉をかけてるとその玉そのもの に君がなりきれるなりきれないわけがない と我々がこうしてえ坊主としてやっていく ためにま一緒ご修行してんのも君が頭で今 まで修行してきたこと同じことなんだから 君自体がたまになりきれるというところを 見極めてみろという問題が出たわけなん ですでそれについてま色々工夫してみた わけなんですけども なかなかできませんのもないじゃあ例えば 手を合わして拝むとか十字を切るっていう そういう状態を玉の中へ打ち込むっていう ことなんでございますねええまあ自分自は 全然なくても玉そのものになってしまうと その玉も決して野球の玉じゃないんだと ラムの玉であるかもわからないしあるいは 地球あるいは宇というようなものであるか もわからないと君が入ってみないことには

わからないと自体が探すことだたいうこと なんですですからえ1回死んでみなければ 本当のもの分からないいておっしゃいます からやっぱり一応自分の体そのものが実際 的にえ死んでしまうような格好まで修行し なくちゃいけないんじゃその線まで極点 まで修行しなくちゃいけないんじゃないか と思うんですですからその極点までにその 登り進めれるかどうかっていうことが一番 苦しいと思うんですえ 結局それはね苦しみなんですけども自分 自身じゃま楽しみなんですねあそうですか え裏を返せばねはあで座禅してる時になん かこう頭の中へ考えがこう浮かんできたり しちゃいませんですかいや浮かぶんですよ 浮かばなくちゃいけないんだそうですあ そうですか例えば玉のことを思ってみたり ボールのその玉じゃどの玉であろうと自分 が掴んだ球っていうのはま打撃の方からね 非常に調子がいい時はそののピッチから 掘られた玉が1回ポっとこの自分がうつ 付近で止まったような感じがするんです その時にちょうどこちらのうつ方では ちょっと間があるんですタイミングがある わけですねあったらこの玉がポっとこう 止まったような気がするんですそしたら カーンと必ず当たりしますところがこの間 がないと球は止まりませんから白い白い あの線を引いてさっとこの自分の目の前を 通過するそれを打ったらもう必ずいいはし ないんですはあうんあの野球のことを全部 忘れて無双になれっていうようなことは あの老師様おっしゃいませんでしたかね あの無双に極点としては狙うところはその 無双全然何にも思わない境地に入らなく ちゃいけないだそうです私はなっており ませんから全然わからないんですけども しかしそのなるまでにはいろんな角度から 考え考え考えてそれてじり考えそしてそれ をま出てきた考えをその老師さんのとこへ 持っていくんですそしたらそれはダメだと そお前の頭で考えたことはダメだというを して常にこの切られるわけですそして切ら れて切られてもう全然考えることが なくなっていくわけですねそしてその何に も考えない境地に持っていくというような ことだそうですああそうですかで私の場合 はまだ考え中です から具体的にどういうような考えが受かり ましたですかえそれでその私から言います とその玉ということで私が掴んだ玉って いうのはその止まった玉だと思うんです そのここでうとうとする球がいい時は 止まるんですからこの止まった玉っていう ものはこれはこのピッチから投げられた

その玉じゃないと思うんです意識の中他で それが止まった感じを捉えるとじゃこの 止まった玉っていう時に自分の意識がある かどうかってもうないんですねそのたまに 自分が全部入り込んでしまってると思うん ですいうようなことをまあ色々考えてみた んですけどそれが全部ダメなんですそれを 持っていってそういうにこれはいいと思 ながら持っていっても全部まダメだった いうことなんということはそこまで頭では ある程度考えてるかもわからんけど体験的 に自分のその例えばたに本当になりきっ たてなりゃしも 死もせも全てが同じになってしまうらしい んですねですからそこまでま自分を 追い込まなくちゃいけないのでま一生の 仕事だと思ってるんですけどえそで老師様 は野球は詳しくていらっしゃるんですか いやあんまり詳しくないんです詳しくなく てもよくお分かりになるわけいそれがもう ああいう人になられますとね全てに同じだ そうですねああそうですか全部お分かりに なりますねこちらが話すことはま私が30 年もかけて経験をしたことま色々こうお 話しするんですけど全部お分かりになり ますねそうですかだからこれ芸道にしても あるいは商売の道にしても政治にしても なんでもおかになりますねそうです偉いと 思うんです よあのこれからは更新の方とかあのご指導 に当たったりもなさりますんででしょええ まそれがもう私の仕事にこれからなって いくと思います長嶋さんは大変あの川上 さんを尊敬していらっしゃるというような ことを伺っているんでございますけれど あの可愛くていらっしゃいますでしょうね まあなんて言いますかあのプロ野球可愛い というよりもプロ野球の選手としてねえ馬 に似合わず非常に手徹し方が深いと思うん ですねはあこれはもう非常に あの将来楽しみにしてますね大体若い人 っていうのはそれほど徹しきれないでま 色々迷ったりなんかするんですけども彼は もう本当にそのそういう意味では割合いに 長年このプロの社屋で住んできたような 考え方をしていますもんでね将来が楽しみ にしてますあそうですかそれじゃおになら ないであの野球のお仕事をやって いらっしゃるみんなを喜ばしてくださいい ます ねますますお元気でもって あの若い方方たちをお育てになって ください まいやあ深い話をしているなもちろんね あの全部が全部分かったわけじゃないん

ですけど 一応ラジオで人と話をする仕事をしている のでインタビューしたかったなって思い ましたね川上さんにはい川さんに多分望月 さんが割とこう野球に対してちゃんと距離 を取って聞くことで野球を知らない人に 分かりやすい部分もたくさんあると思うん ですねで僕はあのファンとしてだけど野球 が大好きだから大好きな方から聞いてみ たいことがいっぱいうんうんええしたね そう前に関しての話はもこれ自体が前門道 みたいなかなり難しいねその言葉の1個1 個取り出すと難しい気はしたんですボール の中に入るとかえっと弾になるとかえ すごく分かりにくかったんだけどでもその 老師が自分たちが修行してきたように野球 のその玉と修行してきたわけだからえっと その境地には行けるはずだん となんか 多分そういう高みのところで川上哲治は 老師と話をしてるし老師と分かり合ったん だろうなっていう感じがうんしますねそう いや絶好調の時ボールが止まって見えてた なっていうあの境地は何なんだろうって ピッチャーがどんな玉を投げようとかそれ から自分がこう分析してどんな玉が来ると 思うとかそういうことを超えた自分が1番 いい状態になった時にはもう全部自分の 問題みたいなえええええええま僕的な対位 で訳すとそんな感じなんですけどはいああ なんかそれを本人の口で語ってんのすごい なと思ってそうでしたねたまに自分が全部 入り込んでるって思ってた時が終わりだっ たってことですもんねでこれはやっぱり ゾーンとは何かっていうことだから多分 ラジオおきの皆さんさんがそれぞれのお 仕事の中でえ理屈じゃわかんないけどいい 仕事ができた時とかいい仕事は何だって いう時に同じこと思うんじゃないかなあの 仏様を掘る方なんかももう1番いい状態は この木の中にいる仏様がこういう感じで 出してくれっていうのがもう見えるとええ でそれに合わせて手を動かしていくと結局 1番出来のいいこういう仏を掘ってみたい とかそうなくてだみたいこと言ってで当然 僕の感想はなんじゃそりゃだって掘った ことないからまあまあそうそうなりますよ ねでもなんか自分が拙い自分のおしりでも うまくいく時の感覚はそんな感じ心身共に 健康でただただ話をしたいっていう意識 だけで下手すらすごく眠くての時に結果後 からの他者も事故も評価が高いお話ができ てたりあいい放送だったよとかいい話だっ たねとかなんかそういうことのヒントが いっぱいええええええ入ってるような

なんか極めるとかその人間の能力とは みたいなことちょ思い及びますねねであと そのインタビューアの望月さんが最後に するっとえ滑りこした長嶋さんをどう思 うっていう話だけど俺この長嶋しげ表も すごいなと思ったな ああジャイアンツの予番を張る人間として は長嶋選手がいきなり入ってきて僕は 可愛いとは思えないですそうですよね やっぱプライドとか色々複雑なおあります よね人間ですからあでもその実力を見た上 で話してみるとこいつも野球のことしか 考えてないっていうなんか若いやが チラチラまぐれで打ちやがってって先輩は 思いたいものだけどでもあこいつ俺が何年 も何年も不器用にやってきて今野球のこと しか考えないからうまくいってると思っ たらそこにいきなりいる若者っているんだ みたいなええええなんかそういうそうでし たね風に聞こえましたよね長年プロの世界 で住んできたような考え方をしているとで そこを100%褒めて追われるのは要する に引退発表はもうちょい先だけどもう引退 するってこだよねうんうんうんうん長島に 渡すてことだしあと監督をやるにあたって 前やってみるっていうのは多分まだ監督 っていう立場だと必要なものがあると思っ て取り組むところとかええええええすごく こう川上監督の深いところが今日は聞けた なっていう感じするないやあ監督になる 本当に前はい先週の頃の今日は貴重な肉を お聞きいただきましたて今度ちょっと監督 時代のやつまた探してくださいよ監督時代 にこの考えがステップアップするのか全く 違うものになるのか少なくともここからV 9に向かってからええええ音源探して出て きたらスともお届けしたいし聞きたいです ねそうですねということで今日のこの放送 はNHKネットラジオラジルラジルの 聞き逃しで1週間配信しますので僕ももう 12回聞いてみたいと思いますえ貴重な源 です何度でもお楽しみくださいここまでは アナウンサーの磯の裕子と住ヒカでしたさ え次回は何を聞かせてもらえますか次回は 家庭グラフ です家庭 グラフ今度は野球も全も関係なさそうです そうですよえバラエティに渡っていろんな 音源を探してまいります住ヒカルの100 年ラジオ次回も また JA

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