[音楽] 意します天の父様知恵のない知識のない 準備のないものですとどっけてください 1人1人が真理を知り重となるようにして くださったと死にます精霊に導かれると いうのはなかなか分からないとこですがえ 1人でも少しでもうその見極めができる ようにまた判断がつくようにしてくださっ たと信じます全てがあなたの手の中でえ それぞれの成長に合わせて知ってくださる ことを感謝しますえこしお介しますイエス 様の名前で アメン日はですね1かし読んでいきますね ローマ美の手紙の8章のですね え14節ですねお願いいたし ます神の見たに導かれる人は誰でも神の 子供ですえ皆さんですね神の見たに導か れると書いてあるんですけどどういうのが 導きなのかわかんないですねうんだから 多くの方はまどこのうん精霊というと なんかなんか得体の知れないものなので うんなんか自分ではちょっと理解できない ものうんそれが霊的だからある人はうん なんか夢に見たことなんか夢で示されたん じゃないかねと思う人もいるしなんか自分 の思いでないような思いなのでこれが精霊 の声なのかなとかねうんというような人 また予言をする時にうん精霊に導た自分は 予言をしてるというねうん人もいるわけ ですけどうん全部がね全部そうじゃないて ですねえ霊的っていうとねうんスーパー ナチュラルね超自然的な こと超自然的なこと全部ね精霊によるもの だとねこう感じ頭の理解できないもの全部 霊的だねえこのようにま思いがちなところ があるかありませんがま聖書の中にま霊と 言ってもですねま開きませんが第一手の4 章の1節には見たが明らかに言われるよう に後の時代になる とある人たち は惑わすれと悪例の教えとに心を奪われ 信仰から離れるようになるんですね だからまあ私はですね救われた時1年目の 時ね神様のまま救われた時も神の声を聞い て救われたので一神の一牧なれと言われて あ神がいるんだと思って生まれて初めて 聖書を初めから終れまで呼びましたねで そういう手だしがそうだったので霊導かれ るって精霊の声を聞いてね牧師に召された のでそういうところにねねすごく関心がね 当初あったわけですねその時にま名古屋の ねえ住んで時橋から橋まで教会払れてまし たのでね地下鉄のる間ね聖書を読んでえ 御言葉を楽しんで た今日は何を示されるかなていう読んでる
ねでその示されるのも精霊の働きなんだ けどうんあのもう駅の執着僕の目的地の4 つかつ前のねうん駅でね突然ですね次の駅 で救われる人がいるから見しなさいと言わ れたんですね今までリラックスしてね 御言葉を読んで聖書すごいなあ本当にと 喜びの御言葉に触れる喜びで満ちていたの にすごい慌てね慌てる気持ちでだってもう すぐ駅が止まりくあの電車が止まりそうな んですよそこで開いた聖地もしまわない なゃいけないしねメモしようとするのとも あったと思うしねそれを鞄の中に入れ なきゃいけないし数病の中 でそれわれないいけないのでだからあの 慌てたですねそして慌てて外に飛び降り まし たで右と左を見たんですホームを ねそこに救われる人がいるはずなんだよね ところが誰もいない つまりその私が次の駅で救われると言った 声は神の声じゃなかったんですだから 私たちがこれから精霊に導かれと皆さん 思いてますよねだって精霊に導かの神のこ だって書いてあるからだから皆さんがね 自分の思いでないねなんか示しがあったら うんそれは神の声だとここう勘違する 気持ちあると思うんですねうんですけど それを見抜けるようにならないとこの精霊 の導きが分からなくなってしまうんですね ま私たちはあの3つのチェックをしなさ いって言ってますよねまずまあの地下鉄の 中であった声は慌てさせるでし よ神の声平安なので今すぐ次の駅だてこと 慌てさせることは絶対しないもっと前もっ てねえ余裕のある時間でえ今からいくつく の平気でり準備すんですよって示し必ず ありますよねわかんないとねうんこれが 精霊の声かなと思ってしまうんですねだ から私は注意しなきゃいけないのでねこの うんこの世の霊ってねかサタンの霊それ から神をの霊をという私たちが受けてる ものとは違うものがあるの でそこをね見分けないとうん私たちがえ 間違っていくことが起こっていくんですね え第14章1節を読んでいただきたいと 思います第1の4章の1節進んでいきます ね第1話4章1節です どうぞ愛する者たち霊だからと言って皆 信じてはいけませんそれらの霊が神からの ものかどうかを確かめなさいなぜなら店 予言者がたくさん世に出てきたからです 試さないいけないですよだから試し方示さ れたというものがあったとしてもそれがに どうかてこと試し方を知らなきゃいけない でそのわかんない人はねえもう接示され
ましたとか言ってね教会去ってた人もいる しまた礼拝中に予言したりとか ね今私が示されたんだからという人もね 会場でどっかにいましたよねそれは違うん ですよねやっぱ秩序の例なので秩序を乱す ものは違うけですねそういうところを 私たちは知っていきます霊的っていうとね えまさき全ての霊が神の霊じゃないね神の 霊から来るものに私たち従っていけない この世の霊に従っちゃいけないんですね 霊的っていうのは何かというと多くの人は 霊的というと肉的ではないと思うんですね ところがサタンの霊は肉的なんですよね ガラテアの5章の17節を見ていき ましょうねの5章の17 節サタンの霊となんですが神に敵対します よねでで霊的ですよねでだそのでその例に 対して何て言ってんでしょうかガラテアの 5章の17節私が言いますねなぜなら肉の 願うところは三玉に逆らい三玉は肉に 逆らうからですこの2つは互いに対立して いてそのためあなた方は自分のしたいと 思うところをすることはできないのです はいこのねえ三たにさる神の霊にさるの サタンですよねこれは霊的じゃないんです 肉的なんですよねだから私たちはこの精霊 に導かれるために注意しなきゃいけないね え私たちがうん生かされてくなその正しい 例に導かれる時うん勝手に読んでいきます が第1ペテロの章の18節にはえ霊におい て生かされて私たちを神の身元に導くため でしたって書いてありますね私たちは えー霊によって生かされそして父な神様の ところに導かれていくっていうことですね え教会から離れていくさせる導きそれ違い ますよねはいでこの昨日はですね信仰の 使い方っていう話の中でえっと天井のね霊 の世界と現実の世界を話しましたねえ殺さ の1章の16節でイエス様は通しで神様は 見えるものと見えないものを作った地と天 を作ったということでその話をしました 今日私たちがこの霊的にねなことま精霊に 導かるためにはこの2つの違いを知るべき ですえ昨日言いました天と地のことええ 現実事実と心理は違うんだて話を昨日し ましたねですから私たちはこのうん何が 本当にえ精霊に導かれているものなのかと いうことをはっきりと知らないいけない ためにはえ2つの知識を持ってほしいて いうことですねそれは何かというとペテル が水の上を歩くということこれ はある知識においてあり得ないことですね それは何かというと感覚的知識私は感覚的 にねで霊的っていうのは感覚的じゃない話 なんですね私たちがそのことを注意してね
え行かなきゃいけないてことですねえ感覚 的ではないねえ感覚的互感で見ね風を見て 五感で風を見て感じてえ水の中にえ水が 落ちそうになったペテロですよねそれは 刑事的知識つまり神の言葉霊的知識イエス 様が来なさいていう言葉を取ってる間歩け たんですだから私たちはで感覚的知識では 刑事的なことは分からないんです皆さんが ね例えばうん死人が蘇るとか病気が治ると かそんなことは感覚的知識であっ たら受け入れることはできないものなん です ねだから私たちがこのうんじゃ刑事的って いうと難しいわかんないものわかんない もの全部霊的こう思ってはいけないですね それをしっかりと区別するものになって いかなきゃいけないですねで感覚的なもの つまり目に見えるものは目に見えないもの つまり刑事的力によってできたってことを 前回見てきましたねはいそして私たちはえ 経的知識の中で今自分がどこにいるかを 知ってますね感覚的知識では 皆さん今そこにいるわけですよこれは感覚 的知識ですとから刑事的知識では感覚的 知識で分からないことまたは分からない 存在えと分からない立位にいるんだという ことですねエフェソび手紙の2の6です エペソび手紙の2の 6私たちはこんなことねわかんないですよ これ書いてあったって言ってないからで どうしてそれを知るんですか聖書ですね はいではねエペソ2章6節を読んでいき ましょうキリストイエスにおいて共に蘇ら せ共に天のところに座らせてくださいまし た皆さんここにいるのに天に座ってるって 過去形になってるこれは感覚的知でわかん ないんですだから私たちがこの霊の道精霊 による導きを理解するためにはうそれが そうだということのうん理論とか知識とか そういうのを持たないとうんこれが聖書的 つまり経理的なもの霊的なものだとことが わかんないのでわかんないもの全部霊的で 間違ってサタンの声を聞いたりとかねえ この罪の中に入ってったりとかするわけ ですよねえ昨日も開きましたので開きませ んがエフェソ1章3節説では全ての霊的 祝福をしてくださいましたって 言感覚的知識では見たこともないキリスト の 富キリストの能力ねキリストのような存在 になってる私たちを見たこともないので わかんないですねでも私たちが強くな るっていうのは刑事的知識の中であなた方 は死んでキリストが生きてますよってこと を聖書の知識を持ってね自分はどういう
ものだとインクライストの中でキリストと 同じようなものもう今地上で言うなら キリストを来ているものねだから え感覚知識とだけはそれは理解できない けど聖書に書いてる経的知識を理解した 時神様が光り荒れとな光があったように あなたの子孫はこのようになるとあの アブラハムに言われたように神がそう言っ てるならばそうなんだという知識を持つ時 にいやあ自分はダメなクリスチャンだなっ て愛のないクリスチャンだな信仰の薄い クリスチャンだなという現実的感覚的知識 日々の生活なが何をやってるかというとこ に立つ時あなたはそれを味わうことができ ないねだから信仰的に立つことはできない しかしあなたが信仰的にね立つためには 三玉に導かれてくるでその三たが言ってる ことがどういうことなのかと分かった時 私たち変わってくんです ね今そこにお金があるから晴れるとかそれ のはこれ感覚的な知識ですよね私たちが クリスチャン生活する中でお金がないのに 平安があるそれは経営的知識の中で歩みな んです線飛んでる方もおられますよねそれ は感覚的にそれを持ってるからそうなん ですところが訓練されてく人はないのに それが乗り越えてくってことを体験するん ですねだからあのそれ両法できたらいい ですよ物質に飛んでる方そういうのを持ち ながら刑義をね持ってたら最高ですよね うんそれはそれでいいと思いますところが ま指導者になろうとする人たちはその道 通いませんね金銭に無欲でそして天にある 宝を持ちそして神がその折りごとにそれを 満たしていくということを芸術知識を持っ て会うことを体験しないとそれを多くの人 たち教えることはできないのでねえそこの 道を通りますただ信徒の場合はねえ神の 恵みの中でえ現実的に物質でも恵まれて 霊的にも見れていく方もおられますでも まあ指導者になる方はその両法をねある時 ないとこも体験することが起こるかも わかりませんまそれは神様次第ですねまの 8章の1617きます ねマタイの8章 の16節17 節夕方になると人々はに疲れたものを大勢 身元に連れてきたそこでイエスは御言葉を 持ってアレどを追い出しまた病の人々を皆 癒されたこれは予言者イザを通して言われ たことが成就するためであった彼が私たち の患いを身に引き受け私たちの病を担った イエス様が奥た病を直したりれを追い出し たんですねこれ は感覚的知で言うならば
ありえないことですなんでどの言葉を送っ て癒したんですかイザヤ書53章のえ彼が 私たちの患いを身に引受け私たちの病を 背負ったってことですねさあ皆さんもう 勉強してる方は知ってますよねイエス様 このマタイの8章の時に十字架についたん ですかムチ打たれたんですか打たれてない んですよねでもこれ使ってますよねはい 御言葉手において定まってる刑事的知識に おいてこれから未来で起こることま皆さん イザ53章にしって未来のことなのに過去 系で書いてありますよ ねこれが刑事的知識なんですねだから 私たちがなったと信じてま祈れない人は その霊の世界と現実世界ねこの違いは はっきり分かってないからなったと信じ るってちょおかしい でしょな信じるというのはないんですよで もなったと祈るでし口に言でしょそれ霊の 世界の中ではなったというでも現実中は なってないのでそれを信じる銀行にお金が 振り込まれたっていうなら銀行にはお金が 振り込まれた過去系でも現在手元にはない だから銀行に振り込まれと信じる天国の霊 の刑事の世界の中において霊的福全てそこ にあるといこと私たちが聖書を通してそこ を信じる 時その結果が私たちの人生の中で現れて いくんだていうことですよ ねだから全て霊的なものを全部鵜呑みしな てことは皆さん分かったと思うんですけど も うんこの私たちが霊的になるってことをま 最後に言いたいと思いますけども えこの 聖書を見ていきましょうね第1ヨハネ5章 の15 節第1の5章の15節ですねではお願い いたし ます私たちの願うことを神が聞いて くださるとしれば神に願ったそのことは すでに叶えられたとです叶えられたと知る 現実になってないのに知るこれをこのこと を知るということが刑事的知識なんですて いうことですねね聞いてくださるというの は現実の世界で聞いてくださる叶えられた ことを知るっていうのは霊の世界のねえ こと刑事の中身を分かって るってことですねえそういうところなんだ と ねだからまあ私たちはいつも喜んでい なさい絶えず祈りなさい全て感謝しなさ いって言葉聞いてますよね皆さんね色々な 目に見えるとこにはねいろんな変化起き ますよねこんな時に気分でね礼拝く気分
じゃないとか人を愛する気分じゃないと いうところをねね現実のところを見える とこだけ見てたらね今から請求が来るのに 支払が請求されるのに手元になかった時に どうしよう思うかわからないでもあなたが ね現実世界ばかりじゃなくて刑事的なもの に目を止める時あなたがそれを理解した時 何が起きるんでしょうか感謝できるんです 感謝できるからいつも喜べるん ですだから私たちが見たに導かれるという ところはどういうものかをねえね知って いきたいと思うんですが予言っていうの ありますよね言っていうのはそれは精霊に よるですね精霊による働きですでも なかなか予言できない人いますよねそれは それは精霊が言ってるかどうかわかんない から怖いわけね言うことがね ねですからなかなかときにくいところが出 てくるわけ ですですけどもそれをまず私たちがえどう いうものなのかっていうことねサタンが やることは昨日も言いましたようにいつも 現実なとこです 昨日も言いましたねこの石をパンにって この石だ石を見せるパンの形の石を見て そのパンの形をしてるのでパンをイメージ させるこれがいつもサタンは風を見させる ペテロにねこのそこに皆さんが注意してる と分かんなくだからあなたが見たに導か れるとかせ神の導は分かるためにはあなた なあの注意しなきゃいけないものがあ るってことをね注意ししてほしいんですね まイエス様は色んな人の心を霊を持って 見抜いたとありますよねはいえこれはそれ はねそういう力ですでもあのあなたはそれ を知らないところだからレてきてそういう ものだってねねあの人が祈ったらね癒しの 賜物働いて癒されるってねわかんないねで 祈ったらなるでねそういうね別れにくい ものありますあなたが成長すとねま今日は ねえこのど体験をすることによって だんだんこれが精霊の声かていうのは 分かってきますねあなたが生まれた時 お母さんの声を聞いて優しいね自分を思っ てくる人がいるな世話してくる人がいるな と思うかからでもだんだんだんだんその声 を聞いてる時にあお母さんの声はこの声だ と分かってくるようにあなたが精霊の声を 何度も何度もつまり精霊と交わることをし てる人はそれが分かるようになるんです ところがあなたは知識がまだないならば 偽物の声とかサタンの声に惑わされていく ので注意しなきゃいけないですね今私たち は礼拝をねえ注目をしていますね礼拝と いうのはヨハネ4章23節でえ真の礼拝者
霊と誠の礼拝をするていうことそのそれ はせによる礼拝ですね司会者が精霊の導が 分からなかったらそれできないです牧師が 何が精霊の導く方分からなければまた まわそうとしてる礼拝を混乱させようと する霊の働きだとこを見抜けないと礼拝が めちゃめちゃのもんになってしまいますね だから怖いから何にもしま霊的なこと一切 取り合わなていう教会もありますよねま それはわかんないならその方がいい でしょうねでも精霊の導きは分かる方は だんだんと正しい精霊の導きが分かるので ねそれそのになってくんですよ聖書の中に は第1コリント14の15では霊において 賛美しってあります霊化ですよねこういう のをまだやってないところありますよねで もだんだんだんだんとそれが分かってくる と精霊がこのように導いてるというね そんなものが分かっていくわけです ね私たちが主エスの恵みを受けるために 必要なものを皆さん何か知ってるでしょう かあなたがある歩みをする時に主エスの 恵みを受け続けていくんですピリピ手紙の 4章の23 節ピリピ手の4章の23節を読んでいき たいと思いますねよろしいでしょう かではお願いいたしますどうか主イエス キリストの恵があなの霊と共にあります ように私たちがその精霊と共にある時 キリストの恵みを私たちは受けることが できるんだということですね同じことがね 開きませんがピレモンの1章の25節にも 主イエスキリストの恵みがあなた方の霊と 共にありますように私たちが見たに導か れる神の子だていうこの導かれ方が一体 どういうものなのかということを私たちは 知る時にその例は何です第2手元1章7節 神が与えた例は臆病の霊でない力と愛と罪 の霊でしょあなたに力を与えるあなたは力 を持ちながら生活しるあなたは愛を受ける し愛を流すことはできるそして秩序のなる 霊をによって導かれていくねこういう ところをあなたは体験するようになって いくんだということはま書いてあるですね では私たちがそういう声を聞き分けるため に何をねしたらいいのかというとこです ねある言葉開きますヘブル人手紙の4章の 12 節ヘブルび手紙の4章の12節です ねよろしいでしょうかではお願いし ます神の言葉は生きていて力があり両馬の 剣よりも鋭く魂と霊関節と骨髄の分かれ目 さえも差しとし心の色々な考えや計りこと を判別することができ ますここでねいろんなものを判別するすん
だけど分けるんですよね皆さんね人間は霊 とね霊と魂と体からできてますですねで この思いというのは3つあって霊の思い魂 の思いねから悪魔の思いねこの3つある わけですでこれを皆さんがわかんないので 予言ができないわかんないのでこれが導か てわかんないなるわけですねでそのために はね今すぐできないかもわかんないけど あなたがねえあることにえを注意した時に それがだんだん分かってくるようにあり ますねそれ何かという とまずねこのヘブルと出の4章の12節で えもう1度見ますとねここで うん魂と霊をこれ判別するんでしょ分ける んでしょなんで分けれるん ですなんで御言葉が分けれるんでしょう かそれ は霊が分かってる からね霊が分かってるからあこれは霊のね 思いこれは魂の思いねえあなたが精霊に導 てる声を聞いてるのかあいや自分の考え またはサタンのサタンの思いもこここです からね第2コリント4の4見てみましょう ね絶対心ではない霊ではないです肉だから ね第2ええコリントの4の 4第2コリント4の4318ページです ねねゆちょっとスロー断しきますねはいえ 第2コリント4章の4節です どうぞこの場合この世の神が不信者の思い をくらませて神の形であるキリストの栄光 に関わる福の光を輝かせないようにして いるのですはいサタンはこの思いねを くらませるね頭中にサタンの思いを持って くらませるねだからまあ皆さん知ってる ようにあなたはイエス様信じクリスチャン でしょというのは霊はタッチできないです ねエペソびの4章のとこ見ますねエペソ4 章もうそこは新しくなってるのでサタンの 声はあなたのに絶対来ない魂なん です345ページエペソび手紙の4章の 23節を読んでいただきたいと思いますね ゆっくり目でいいですよ皆さん開けるよう にしていただいて345ページエフェソの 4章 の23節ですねお願いし ますまたあなた方が心の霊において新しく され うんもう霊が新しくなってんですだから皆 さんがこの霊が新しくなってるのでここに 来る声は全部神の声なんですところあなた はまだわかんない分かってる人いるかも わからないけどここに来てる声なのかここ に来てる声なのかま初めての方いるからね ちょっと言いますとね多くの方は私もそう ですねなんで地下鉄の時間違ったんです
か心の声じゃないですなんで ねそれは私が初めて神の声を聞いた時どこ で聞いたんでしょう かそれは外から聞いたんですなんで外 から救われてない から救われてない時は外からの声なんです 救われたら中にイエス様いるでしょ救われ た後はうちなる声なんですだから肉の耳で 超えたとかねねま初めて聞く時は私もね もう神の声聞いたとて下のおお母さんは みんな聞いたと思ったねうん初めて聞いた からねところそれは私しか聞こえない パウロだってそうでしょあの人魚読むと音 はしたけどうんパウロに言った言葉は わかんないねうんパウロにはヘブル語で 言ったけどの雷が落ちたような音がし たって書いてあるねわかんないねだから 初めは外ですパウロねでもあなたが クリスチャンになるともう中にいるので もうその段階からはどうなるかというと声 というもんじゃなく て重いていうものなんです心の思いなん ですねだから外から聞こえるような前ま 完全無視して くださいでもそれがよくわかない人はね どうしたらいいかわかんないでしょだから どうするかというところをね見ていきたい と思いますけどもねえですねじゃあ第1 コリント行きましょう第1コリント12章 見ましょうか第1コリント12 章まあ簡単なことを今日2つねお話しし ますねまず見極めとしてでこういう見極め 方があるといね第1コリント12章の3節 ですねを読んでいただきたいと思いますね えページ数は306 ページよろしいですかお願いし ますですから私はあなた方に次のことを 教えておきます神の見たによって語るもの は誰もイエスは呪われよと言わずまた精霊 によるのでなければ誰もイエスは主ですと いうことはできませんだから皆さんがまず チェックしたかったらねえま内側の声か中 外の声かもうわかんないかない始めはね その時にイエスキリストは主かって聞くん ですねでそうだって言ったらうんそうかも しれないねでもたくさんのねうんチェック がありますま予言者コースとか神の見 コース取られる方は7つのチェック ポイントがありますのでそれを通して全部 下して通たものだけを聞けばいいあとは 無視するでも分かんなかったら無視して いいね無視していいで何度も来るから何度 も来てああそうだなとまあえ大体は チェックとしてはうん心ざしあなたがそれ をしたいてことの心ざしと合ってる声とか
思いねまた予言が心ざしと合ってると かあなたがまたその3つ目の証拠としては 心出し予言から御言葉をいただくうんそれ は確かにそうだってまこんなこと言っても ん分かりにくい人がいると思うので私の 場合は1979年に神の声聞いて牧師に なれと言われたねでもね確かに聞いた牧師 になるて言われたでもあれは神かサタンか わかんないというね疑問がやってくるわけ です後でねその時にえやっぱりねえ自分ま 牧師になりたいという気持ちもあったし それは心にあるのでま2つはねあるけど3 つ目が来たわけねしそれは首行伝の20章 の28 節人行伝の20章の28節ですね248 ページを見ていただきたいと思います ね ではよろしいでしょうかお願いし ますあなた方は自分自身と群の全体とに気 を配りなさい精霊は神がご自身の血を持っ て買取られた神の教会を僕させるために あなた方を群の監督にお立てになったの ですこの言葉がね聖書から飛び出て私日本 に迫ってきたんですねであああの声は 間違いなく神の声だなとねでここでえこの 言葉を黙想する時に2つの注意事項がある と気づいたんですねそれはね え神の教会をぶさためにあなた方を群の 監督に立てたていうねま牧師になったと いうねで気をつつけることが2つあると 言われたですそれ何かというと28 節自分 自身そうですね私がい加減だったらみんな 導けないですねだから自分自身とを気を つつける悪魔の誘惑に入ってかないように サタンの声ねえ自分の弱点をよく知り何に 弱いかよく注意してそのそのにはまらない ように注意する自分自身を注意するもう1 つ群れの全体に気を配るねこの2点ですね でそれをまあねいいた御言葉を何度も何度 も読み返しねどこでここでなんで天なのか なんで丸なんだなんでしかしなんだとか いうところを何度も何度もね示されたので それを見ていくうちにえ神様の指示とは何 なのかってねそして教会を任されるために どんな大下を貼られた か神 がご自身の地を持って買い取った神の教会 をさイエス様の知で買い取った教会を任さ れるんだねこれは大変なことだってね本当 にえ自分自身倒しちゃいけないしねそして その全体を倒しちゃいけないってねえそう いうところをねこう示されていくでこの ようなあ注意だから簡単なことを今から2 つ言いますだから今さねわかんないこと
全部ね霊的だと片付けないでねまずあなた ができることから行きたいと思います ね霊的とは何でしょうかってことですね まず私たちが霊的というのは神は霊ですね あなたがあることを決意する時にあなたは 霊的になっていきますローマ人手紙の12 章の1節2 節予言をすることが霊的ではないですねで 霊が働いたとは言いますが霊的っていうの ははさっき言ったねねえまコリントの教会 に賜物がいっぱいありましたけど働いた けどねあなた方はまだね肉の中にあるとか ね争いがあるならばって言ってますよねえ まだ肉に属してると言われてますよねだ から賜物ができることにが霊的と思ってる 人いますよねもちろんあなたが賜物を持っ てなくてもうんもしロバでもね予言する じゃないですかねだからそれをやったから てそれがどうした大したことないじゃない ですかそこにあなたがいないしかいない から使われただけであってそれがした からって誰よりまさったと何がまさってる んですか大切なのは私ある心を持つことな んですこれが霊的なんだてです ねサウロは罪の中にあっても予言したって あるじゃないですか神の霊が望んだ時に そういうことは起きるんです予言できてる から自分が清いとかそうに思持っちゃいけ ないです注意は何があなたがこの注意を1 つ持つ時あなたは霊的な歩み精霊の導きが 分かる大ステップに入っていくわけです ローマ人の出の12章の1節2節ですねお 願いし ますそういうわけですから兄弟たち私は神 の哀れみの故にあなた方にお願いします あなた方の体を神に受け入れられる清い 生きた備えとして捧なさいそれこそ あなた方の霊的な礼拝ですこの世と調子を 合わせてはいけませんいやむしろ神の見は 何かすなわち何が良いことで神に受け入れ られ完全であるかを湧知るために心の意に よって自分を変えなさい心の意自分を変え たいどのように変えたいんですかえこの神 に使えたいって言うんですよね自分を神に 捧げるっていうです いや自分はこうやりたくないとこういう これは自分が思ってるそれ肉ですよね あなたが霊的になるというのは神と共に あると霊的になるんですその見たと共にあ 主の恵みがあなたに来るというのはあなた は自分の欲に死んで神が自分をどのように 導いてるかそれに委ねていくねそれに従っ ていく時ねあなたは霊的なね大一歩に入っ ていくんだってことですねそれが1つ目で あり
ますもう1つは何かということですねはい でえそこを見ていきたいと思いますけど もよの6章の63節を見ていきたいと思い ます ねヨネの6章の63 節霊的とは一体何なのかですねではお願い いたします命を与えるのは三たです肉は何 の液ももたらしません私があなた方に話し た言は霊でありまた命です聖書の言葉が霊 であり命なんですだからあなたがなんで 予言できないかというとねこの神の言葉を 知らないからです 神の言葉を知らないから今来ている思いが 神から来てるかどうかわかんないですでも 神の言葉と合ってるならばそれ はデなんですねだからあなたはね予言を しようとか超ことをやろうという霊的な ことに一生懸命なるんじゃなくて神様の 言葉をしっかりと理解することから 始めるそして聖書と違う予言を語がいたら それは違うとね自分の中で受け付けないね そして自分が予言をする時にも自分が知っ てる聖書の言葉と違うこと言い出したらあ 違うってねねもうそれを語るのやめるね頭 から出てること自分の思いかサタンの思い 方ということは聖書と違ってると思った代 もう語らないね今語りかけたんだからうん 今やめたらねあの人間違えて止まるのやだ なと思ってそれ肉ですよねあ今間違えまし たて大切なことはあなたが予言をしたか どうかじゃなくて精霊に導かれてそれを 語ったかどうかでそれが分からない間はね はっきりとまあってたら取ってください ですなんで私が予言したのにそれやらない なんていうのは違うんで吟味する時間を 与えなきゃいけない ね確定して教えつけてはいけないというね そういうところを私たちは知っていくわけ ですね 神の言葉によって判断していくってこと ですね はい私たちが本当に え見分けるねどうやって見分ける第1はね 4章6 節だから予言とか慌てなくていいのでまず あなたはね聖書の言葉からねえ見知って いきましょうそのために学んでくださいね え第14章6節ですねお願いし ます私たちは神から出たものです神を知っ ているものは私たちを言うことに耳を傾け 神から出ていないものは私たちの言うこと に耳を貸しません私たちはこれで心理の霊 と逸の霊とを見分けます見分け方はつまり 私たちの語ってることな聖書と違うことは 違うな違うものなんだていうことですよね
だからあなたは神に従うねえ決意をする 使える心をするそして御言葉をしっかりね 覚えていく分からなければまずあなたす べきことはない人は今日ねやるやってるね もう録画もありますからあ今からでもでき ます基礎教理聖書の基礎は何なのを言っ てるのかね または聖書が分かりたければ聖書が分かる コースていうのもあります今やってますね そういうところから入っていってそして それを身につけた時にその御言葉に従った ことをあなたが行動するまたそれを御言葉 にあってることを言うとことそれは霊的 ですだからハテシになるとかね共用すると かが霊的じゃないですそれは公用するとの 感覚的でしょね一時期ペンでこの初めの断 会がもう感情的になってる人いっぱいいた それが霊的と感じがし た安定的っていうのは感覚の世界あります ねでもちろんもっと上のものありますよ もっと行けば精霊の喜びていう感情ねそれ は感情じゃなくて精霊によるものこれは ありますだですけど像でない方はほとんど が自分の感情ですよ自分のです ねそこを注意していく時に皆さんはこの 精霊に導かれるというところをどんどん 分かっていきそして予言ができるように なっていきまあ多少間違えることがあって もねえ訓練されてく中であこういうのが 間違ってるとかね成長知識の中でねえこう あこれはこうだよと教えていただいてそれ を知るものになっていくのですえこ了解し ますイエス様の名前でメン 主イエスキリストの恩恵み神の愛精霊の 親し交わりつわれたおる1人の上に豊かに 豊かに豊かに精霊に導けるのは神の子で あるそのような意味ができるように自分を 捧げえまた神の言葉をによって判断する 1人1人に変えられたと信じ祝福します イエス様の名前で メンそして経的知識を理解するものになっ たと信じますイエス様の名前で あめん JA