【サーキュラーオフィス レクチャーシリーズ・第2回】
自然環境の保護や再生、持続可能な農業のあり方――今日、多くの人が語り、また実践してもいるテーマですが、これらは人の根源的な営みや欲求とどのように結びつくのでしょうか。なにかを「保護すること」と「つくること」との関係はなんでしょうか。日々の暮らしと政策は、どのように関係しているのでしょうか。デザイン、政策、アート、自然、農業、地域、コミュニティ――これらの結びつきや緊張関係について、佐渡島におけるトキの放鳥プロジェクトにかかわり、環境政策、農業政策、観光政策のシナジーを地域のキーパーソンと実践してきている岩浅有記先生をお招きして、中村教授との対談形式でお話をうかがいます。環境や政策、アートやデザインの語り口に、新たな視座や文法を見いだす機会にできればと思います。
収録日:2023年12月20日(水)
撮影場所:多摩美術大学上野毛キャンパス
登壇者:岩浅有記(大正大学 地域構想研究所 准教授)×中村寛(多摩美術大学 リベラルアーツセンター/大学院 教授)
登壇者略歴:
2003年東京大学農学生命科学研究科生圏システム学専攻修士課程修了後、同年環境省入省。佐渡におけるトキの野生復帰(初代佐渡自然保護官としてトキ認証米制度等を佐渡市との協働により立案・実施)、国土交通省出向時におけるグリーンインフラ政策立案、奄美・沖縄の世界自然遺産登録などの自然環境政策、国土政策に携わり、2021年4月より現職。政策アドバイザー(佐渡市、北本市、奄美市)、国の役職(内閣府、総務省、観光庁、農水省)等を務める。
えと今日皆さんお越しくださって ありがとうございますえっと今日は玉美術 大学のサーキュラーオフィスっていうのが 立ち上がってえ昨年昨年ではない今年の6 月にキックオフがあったんですけれども それの2回目のレクチャーシリーズという 風になりますえっと今回タイトルを色々 話し合いながらアイディアで出してったん ですけど全部ちょっと関係するもの並べて みようということで時期とアートと制作と デイというタイトルでえ岩ゆ先生にお越し いただいております皆さん拍手でお迎え くださいこんにちはよろしくお願いし ますでえっと対談形式でですねえっと1 時間ほどお届けしたいなと思っております え私の方もこの 制作あの先日来ていただいた1回目の レクチャーがねまさにあの一緒に訪れた 場所なんですけれども鹿児島県の大崎町 っていうところでえと合作という会社を やられてえ地域のリサイクルプロジェクト みたいなものに取り組まれていらっしゃる 斎藤斎藤さんにお越しいただいたんです けれどもその時にもやっぱ政策と美術って いうのがどういう風にこう関係するの かって話になったし彼自身がその彫刻の バックグラウンドを持っていてそこから 大学にもう1回入りなしてえ行政を学んで 行政の仕組みを学んで地域政策を学んで いくみたいなところから現場に入ってった 方だったんですよねでえまさにえっとさん と私が知り合った最初のきっかけはですね 実はそのさがしのイベントをやってまして なかなかあんまり顔出さないんですよね 普段はとそうですねはいであのジビールが 最近ね流行ってますですけど流行ってます けど里島もジビールを作ってまして時 ブルーアリーさんてまさに今日の時が主題 ですけれども時ブルーアリーっていうのが あってそこのジビールを飲みながらまあ なんか魚を食べたりしようっていう イベントだったんですよね渋谷でやってた んですけれども私もたたたまあんまりそう いうイベント私も行かないんですけれども たまたま顔出した時に岩さんに初めてお 会いしてあまりにも息投合したんで イベントそっちのけでずっと喋ってたそう ですその記憶しか残ってないはい2人の 世界になってました ねというのが出会いでそっからもうまた琢 にいろんな情報交換したりとかあLINE だったりメッセンジャでやり取りをして えっと割とあって間もい頃でしたでしたか ねえっと大崎長に一緒にく誘ていたいて はいえ一緒に2泊3日でえその見学をしに
行くっていうのをやったんですねリサイク の現場がどうなってるのかっていうのとま 大崎町のね歩いてみて何が見えてくるのか みたいなことを一緒にやったんですけれど もおまそんなこともあってま時期それから まあのアート制作デザインてこの4項目が どういう風にこうそれぞれ関連したりえ 関連するんだろうかというのが今回の主題 でまいろんな角度からお話聞かせて いただければいいかなと思っていますえよ さんよろしくお願いいたしますはいこ よろしくお願いします早速なんですけど そのささんがそういう制作の現場にこう 入っていかれた背景であったりとか自己 紹介も含めてえちょっとお話しいただける といいかなと思っておりましてえっとお話 お願いしてもよろしいですかはい ありがとうございますえっとじゃ早速 こちらに沿って自己紹介したいと思います え私はあの四国の徳島県の出身でまアナン 市というのは1番四国でも1番東にあり ますけれどもえそこで生まれましてま本当 にもういわゆる限界集落的なところですね あの里山と言われるところでま変stre のちょうど球道がうん街道沿いのあの集落 なんですけれどもまやはりまもう2000 年ぐらいのまお以上のお変動の歴史がある 中でまここ20年で田田の景観がもう どんどん工作放棄で変わってしまってです ねまずっと続いてた風景がまいつも簡単に こんな変わってしまうんだとうんうんいう ところもある中でまずっとま自然が好き だったものですからあま1人旅とかですね 行く中でえま自然を守る仕事につきたいと うん大学に入りましてま私は農学部なん ですけれどもえま大学さんの時に環教省の その国立公園のレンジャーっていう仕事が あるということを知りましてうんであ自然 保護で飯が食えるみたいななかなかないん ですけれども確あのそういうこともあって 環境所に入りましたうんでまこちらにも 書いてありますけれどもま国立公園である とかまあとこの写真にも出てます 時ですね皆さんこれ新潟のサドの時なん ですけれどもサド行ったことあるよって方 いらっしゃいますかお何人あ何人か時見れ ました見れませんでしたかちょうど私が ですねえっと2007年の時ですねサドに ま初代のあのレンジャーとしてまサドに 不妊したんですけれどもちょうど2008 年の9月25日にですねま10パの時を 野生復帰させてえそこからあ今もう550 %ぐらいまで野生では増えていますま1度 絶滅した種を戻すっていうのはま世界的に 見てもなかなかないえ壮大なプロジェクト
なんですけれどもま昨日もねあのそうです ねちょっとみすだったんですけれどもお 互いサに行ってたっていうえところもあり ますけれどもまサはずっといますうんで その後まとまあのレンジャーって仕事はま 霞ヶ関と現場を行ったり来たりする ちょっと珍しい仕事なんですけれども えま自然をもっとこう守るだけじゃなくて 活用できないかっていうまそういうのが今 世界的にもえ概念が進んでいましてま グリーンフラっていう政策を起こしたん ですねまそれはま自然というのは多様な 機能を持っているとうん交際減災であると かまレクリエーションもそうだしま気候 緩和とかですねまそういうの新しい社会の インフラとして自然も位置づけられない だろうかっていうま提案であり概念であり ま実装でありっていったようなところです ねでその後ま最後の現場沖縄にいたんです けれどもま2021年もう2年前ですかね え奄美と沖縄が世界自然遺産になりまして まそれの登録する仕事をしていました日本 では今5地域あるんですけれどもあのま北 からシレトあと 白あと小笠原八島そしてま奄美沖縄って いうことでまちょうど島と白神が93年に 登録されてちょうど30周年というま節目 の年でもあるんですけどうんまそういった 時 にまその後転職しちゃうですけれども役人 をやめてですねまいろんな人になんでやめ たのってよく聞かれるんですがま結局の ところはそのなかなか自然保護だけでは 自分の故郷もどんどん元気がなくなって いくま自然ってのは大事な地域の資産なん ですけれどもうんなんとかこれをうまく 活用しながらあ地域も元気にしていってま 結果的にえ自然も守れないだろうかとま それはまさに時で学んだ時あうんであの 学んだことなんですよね自然保護ばっかり 言ってもですねうんなかなか一緒にみんな 動いてい輪が広がっていかないっていう ところもあってまそれであの大学に移り ましてま今社会実装中心にま元々行政って いうこともありますからうんま自治体とか ま国の政策のうんアドバイスをやってると まそんな感じですうんうんうんうんあの 環境省に入られてえのま政策の現場って いうのとあとまそのま前後ではそのまやり ながらもそうでしょうけどももう本当に 自然の現場っていうのもあるわけですよね その生機の中でなんかこう一番のその学 びって何だったんですかねその環境所の中 での学びって言うんですかね政策面って 多分そうですねまやっぱり自然が好きで
自然が守りたくてレンジャー入ってくる人 多いんですけれどもまほぼほぼ100%人 相手の仕事なんですよねああそういった中 で地域にまうまく入っていかないといけ ないなかなかその信頼関係がうん構築でき ないとなかなか共同の枠組も広がっていか ないのでうんまそこの信頼関係作るところ にま1番うんあの労力をかけますねま23 年でだんだん移動していくはいはいま どうせまたあの人どっか行くんでしょって 地元も思うところもあるはいまそういった 中で新しい仕組みをどう一緒にうん作れる かで自分がいなくなっても回る仕組みうん でなければ仕組みじゃないのでなるほどま そういったところもかなり意識はしてたと 思いますはいうま15年経って500話に 増えていったっていう500以上ですね もうね えっと結構驚異的なことだなとは思うん ですけれども他にあまり聞かないですよね そういう例確かにね絶滅が言われてから もう1回復活させるなんていうのははいま 日本の場合であればあの兵庫のうん豊岡 ののがああのちょっと先輩なんですね 2003年にうん包丁してたと思います けれども5年先輩ぐらいはいはいあのまね いくつかちょっと聞きたいことあるんです けどえっと最初に行かれた時って以前 ちょっとお話ししてた時にこう全員地元は 応援してくれるだろうと思ってあの行っ たらそうでもなかったっていうあの時の 包丁なんて誰もが歓迎するだろうと思って たらそうでもなかったはいを聞かせて いただいたと思うんですけどはいちょっと それってちょっとエピソードを語って もらってもいいですかそうですね少し時間 を遡りますとま時の歴史っていうのはもう どんどんま江戸時代の頃はもう普通にいる どこにでもいる函館から沖縄まで日本の どこにでもいる鳥だったんですねうんでま そういった中で明治になってま狩猟が事実 上ま解禁になっですね肉とかま美しい羽を 目的にま乱かが進みますでも対象の末期に はもう絶滅したとも言われてたんですね ただ詳しく調べてみたら戦後230波 ぐらいの時がまサドと本州ではノトにいる とうんいうことが分かりましたただその後 はやはり戦後の開発だとかま農薬とか科学 肥料とかで餌も減っていってですねで 1981年に最後に残ったえ5話うん野生 の5話をですねま捕まえてはいまこのまま と文人本当に絶滅してしまうのでうん人口 繁殖で増やしていこうとうんうんいう経緯 がありましたでその時は地元は反対だった んですよねその全部捕まえることに対して
やっぱりその あなんだろう生息環境をしっかり整えて うんあんまりその人口的なことはししない 方がいいんじゃないかっていう考え方だっ たと思うんですけれどもうんうんただま 結果的にはま捕獲してでまそれもうまく いかなかったんですけれどもうんうんおま そういった意味であのあのこの捕獲に 対する国へのですね反対運動っていうのが 結構根強く当時あったとああなるほどもも あったってことですね行く前からそういう 歴史がねはいありはいで新潟県に施行委任 ですねま国の予算をお渡ししてま保護増殖 数を増やすのまずっとやってもらってたん ですけれどもうんまそういった中でま包丁 っていうところになってくんですが数が 増えてきたのではい えま東京から行ってですねもうみんな前頭 盛り上がってると思ったら非常に覚めてい てで当時まだサド市は合併してまなか ああはいはいだいい意味でのま種町村あっ たんですようんでまいい意味でえそれぞれ 独自のこう誇りみたいなのがあってうん はいはいま旧ニボ村が非常に時頑張ってた んですけど他の地域はそこまではうんあの 熱量がないっていうのもあってですねはい はいはいなんでそんなこともありながら うんま地元のニボの方は結構盛り上がって ましたけどそれ以外は広がってなかったて いう現ありましあ割とそうするとなんて言 かな冷やかな態度というか何やってんだ みたいな感じのあれですかね態度として そうですねま温度差がすごいありましたね うんあなるほどそっからどういう風にして こうなんていうかな最終的にはみんなこう だんだんねあの盛り上がっていくんだと 思うんですけどどういう風なプロセス踏ん でくんですかちょうどですねその頃にビオ シティっていう雑誌に出会いましてはい そのiucnっていうま世界自然保護連合 っていうま世界の自然保護の政府とか研究 者とかうんあのNPONGOとかがね 集まってるえ組織があるんですけどまそこ の研究員のジェフリーマクニーリーさんっ ていう方があはいはいもう自然保護のプロ ですよねうんなのに生き物に焦点を置いた 動物のその保護のプロジェクトってのは 失敗するって書てだったんですよはいはい で私はずっと時ばっかり考えていて商店を 時に当ててましたからうんうんまにこう 読んでたらあまずいこのままだとこの プロジェクトは失敗するとはいはい思い ましてでそこからどういうアプローチを 取ったかっていうとまマニさんもその人に 焦点当てなければいけないって書いてあっ
たんですねんでそれがまヒントでうんま ずっと自然ばっかり追いかけてきてたん ですけれども人まサドの地域の コミュニティであったりとかあとはもう1 つ産業ですよね産業はまサはまサがあるん ですけどもはいお米がありますからまそこ に焦点を当ててうんま時はきっかけ シンボルうんでいかにこの産業と地域 コミュニティが時を活用してより良くなる のかうんなるほどそういうアプローチを 取ってえ出た政策がま時人障マ制度って いうことですねお米をブランド化していく ま生き物が増えていくうん美味しい安全 安心なお米を作ると度作ってはいそこから かなり広がっていきましたね時への共感と いうかなるほどなるほどなるほどあ時認証 舞っていうのも作るのはなその認証制度だ と思うのでいろんな多分制度が絡んでき たりとかあるあるなと思うのとあともう 一方ではその包丁ってそのね育ててえっと いったものを包丁するわけなんですけど 包丁するための環境作りっていうのも きっと大事だったんだろうなと思うんです よねはいでまま以前にこれも話を聞いた時 にその農薬をどういう風にこうしていくの か科学費用もそうでしょうけどまあのサの 場合どういう風な取り組みをしてその芸能 に持っていくのかっていうのと時に印象前 のなんか定義作りっていうんですかねその 辺りちょっと細かく聞かせてもらえるとい うんうんわかりました今まさにそこを研究 対象としていましてうんえ論文にしようと 思ってるんですけれどもまさにその制作 プロセスですねああ論文にする前に聞い ちゃっちゃまずかったいいですよ大丈夫 ですそこはもベスなんで全然問題ありませ んけれどもはい元々そのサドの場合はま その時を定着させるためにまかあの自然 環境の整備と社会環境の整備をしなきゃ いけないうんま当然訓練とかもあるんです けどうんまそういった中でま取り組みを やってきたんですがエサバが足りないん じゃないかみたいな問題もあったんですね まだ観光農業いわゆる 今まで通りの農業をやってましたからうん で農業政策の方はあの時とは最初関係なく 世の中の大きな動きで環境保全型農業って いうのが進んでいてあはいはいまず3割 農薬科医療を減らそうとうんいうのが こっちの農業政策の方では決まってたん ですよねあなるほどでそれのまきっかけに なったのは2004年の秋に前が台風と 熱波でほぼ全滅しちゃったんですよああで もうハロが戻らなくなってうんもう 5000T3万T生産してたんですけど
5000Tもお米が余ってしまってこれを なんとかしなきゃいけないとうんで色々 当時のキーパーソにヒアリングを今してる んですけれどもうんお当時の市長がですね うん時を活用したうんあのお米のブランド を作ろうというのをま提されたわけですね そこで初めて結びつくわけですよね市長は 当然環境政策としてのうん時保護っていう のも見てたし農業政策もま両方見てるわけ ですよねそれが環境政策と農業政策がま 統合政策統合した瞬間ですよねなるほど なるほどでそこから担当者が豊岡に行って うんその向こうはあの高の育む方ってのが あるんですけどああそれを見てきたとはい そうすると あの結構ハードルがちょっと向こうは高め だったんですよね農薬化給料ももう ほとんど使わないとか7割5分ぐらい 減らすとかはいはいそれを考えた時にサで 果たしてそれが全域にこう広がっていくん だろうかうんていう中でまずはやっぱその 5000Tをいかに売るかとうんいう問題 設定をし直してうんそっからま3割源あと 5割源まで行くんですけれどもはいはいえ なるべくみんが乗りやすいようなうん枠組 にまず入ってもらうなるほどうんそっちを 優先したっていうことで同時に時の理解度 も広がってったってのありますよねうん なるほどあちょっとアレンジは加えてます ああそうでま時をの生き物がま時の餌の餌 が増えるような取り組みとして例えば冬に 水を田んぼに水を貼っておくとかはいあと 田んぼと水路が段差があるのでそこを行動 をつけてあの生き物が行ったり来たりでき よにするとかですねうんまいくつか要件が あるんですけれどもはいはいはいうん なるほどなるほどねそうするとなんかその まあのコのとと時とでだいぶ多分もしか すると共通点もあるだろうし違った点も あるんだろうなと思うんですけどこうその 2つの生態として見た時にえっとなんか 最大の違いってあるんですかねあの時特有 のなんていうかなあの難しさとかあそう ですね生体が違うんですよああ あの餌の取り方が違うんですねなるほどこ の取りは詐欺とかと一緒でじっとこう狙い を定めて餌がそこに来たらガバッと取るん ですけどはい時ははいあの先端がちょっと 湾曲してると思うんですけれどもはいはい 口ばしがあれを常にツンツンツンツンうん あの探し突き刺しながらああ探索型なん ですよねああそうなんですねへえちょっと その使い方が違うあていうこともあってま 基本はその水場が大事っってのは両方ある んですけどはいもうちょっと時の方が餌の
あまちょっとコトリは小さいのであああの 土壌とかバカとかですねうんふんふんふん そういう生き物になってく るっていうことでえ差生物の状態が ちょっと違うっていうなるほどなるほど うん田んぼにね田んぼでよく見かけ るっていうかあのはま餌を探して るってことですよねそにねはいツンツン ツンツンやってツンツンずっとやってるん ですよなるほどなるほどはいそうなんです ねなんか年はなんかそのもう1人多分ね 途中からですかねえっとその製作面とは また関わりながらも大学の先生である豊田 先生があの一緒に多分いろんな取り組みを されたんじゃないかなと思うですけどそう ですねのバックグラウンドがそのま新潟 大学のね豊田先生っていう方が いらっしゃってそのえっと対話型の哲学 っていうのを専門にねやられてる方でそう ですまそうするとやっぱそういう コミュニティの中に入ってていろんな人 たちと合意形成したりとかまなんかこれが 何で必要なのかっていうのをこうただ説明 するだけじゃなくて一緒に分かっていく みたいなことにこう伴奏するような方だ なって話してて思うんですけどまこれと 政策とってのなんかこう兼ね合いがどう いう風にこうけするんかさんは当時はあの 東校代のドクターの学生として環境者の プロジェ研究プロジェクトでサドに来られ てま私とすぐ出会ったんですけれどもうん そのさっき私社会環境の整備っていうのが 1つの柱って言いましたけれどもそれは もうまさに地域の合意形成のこと言ってる んですよねあうんまその行ったらちょっと こう冷めてたっていう状況をどう熱を帯び て一緒にうんあの動いていただけるかはい はいはいていうところにま持っていか なきゃいけなかったんですけれどもうん えっと移動談義所っていうのをやりまして 東内で50か所ぐらいですねうんま いわゆるワークショップ車座で座談階 みたいな感じのいろんな集落に入って一緒 にう行ったんですねで最初はこちらも時が 焦点当たってるしはいはいはい豊田さんも その時の野生復帰を成功させるための合意 形成っていう入り方だからうんどうしても こう時が全面に出てしまった説明に やっぱりなってしまったんですけれども うんま地域で非常にお世話になった方に うんワークショップもうそんなのわかん ないからダメと男義所だと難儀する場所 はいはいであとはもう時々言うなと なるほどええそれよりはあの時をま きっかけとしてですねうんそのいかにま
地域をより良くしていくかを議論し ましょうみたいなちょっと問題設定を うんうんなるほどね捉え直しをしてそこ からかなりあの議論が進んでですね なるほど あのまいろんなアイデアも出たし実際具現 化もしましたしああそうですかうん やっぱり最初行った時にやはりその年長者 しか意見が言えないとかですねはいそう いうのもあったんですけどま豊田さんが すごいうまいなと思ったのがやっぱその 批判ではなくて提案うんしてくださいで あるとかあとは今日はもう等しくうんあの 意見は尊重されますからあの皆さん自由に 意見言ってくださいねとうんうん最初の ルールメイキングがめちゃくちゃ大事なん ですよねうんそれをすることであの前向き なうんあの議論が展開されていったと思い ますねなるほどなるほどへえいやそれは なんかもうね彼女の人柄とかもあるん だろうなと思いながらあの和なね喋り方で えっとなんだろうな切れ味鋭く言われる よりもなんかやっぱ柔らかく言われた方が 人ねなんかそうですはい聞こう参加し ようってやっぱ思うでしょうしそうですね うんというところがあるんじゃないかなと ま一方で色々グランドデザインを敷く時に は鋭く考えてないといけないのですごく シャープな方でもあると思うんですけど それをあんまりこう表に出さないでうん 出さないですねうん緩やかに運んでいく方 だなと思ってえ地域って見て行く時に必ず ファシリテーターとなるようなそのつなぎ をやってくくれるような人っていうのはい てはいまサドはそういう意味ではあの 間違いなく豊田先生は1人その1人だなと いう風に思うですよねそうですねなんで なんか政策と現場をつぐ1つの回路はそう いう人の存在なのかなと思ったりするん ですけどはいそう思いますうんあとなんか もう1つはそのちょっと時の話ばかりに なっちゃうであれなんですけどその国立 公園の例えばね選定とかまこれちょっと次 のスライにはい方がもしかするといいのか な関係ないですかねこの辺とかそうですね これは今の研究所の取り組みですねじゃ それにちょっと行く前にお聞きしたいのは えっと国立公園の選定の話をちょっと紹介 いただきたいなっていうのとどういうお 仕事それが一体どういう仕事でまあの何が 私1番知りたいかっていうと岩さんと こないその大崎町一緒に歩いてて めちゃくちゃやっぱ面白かったんですよで 公園に行ったの覚えてますはいはいきまし たはいきましたあのま止まったところは
ちょっと大崎町から離れたとこに止まった んですけどもそっからちょっとま周り歩き ましょうと言って歩いてたんですよねで 歩いてたら観光観光の案内所みたいなとこ がてねえでなんか色々ちらしとかビラとか あるんですよあるんですけど近くに公園が あるっていうのが分かってたのでその公園 に行ってみようと思うんですけれどもなん か見所はみたいなことを聞いたらいや見所 ないんで行かなくていいと思いますって 言われたんですよね でなんかあんまお勧めしないみたいなこと 何もないですよみたいなあ感じのこと言わ れてあそうなんだとか思いながらもう一応 行ってみたんですよね行ってみて行ってみ たら素晴らしいとこでうんうんであそこで 1番ま印象的だったこといくつかあるん ですけど登ってってえっとその公園の作り を見てあこれはその古い時代の何年頃に できたそういうなんだろうなあの作があっ たりとかあとなんかこう何決まりきった ようなオブジェがあったりとかあ何にも 環境に調和してない建物がゴーンと真ん中 にあって遊び場みたいになってたりとか 展望台がこう人口的に作られてていらない よねって話をしたりとかあしてたのが印象 的だったのとまその景観を作る景観を守る みたいな発想で公園を組み立てていく時に まどういう植物がそこに終わってなきゃ いけなくてどういう植物がいらないのか みたいな話を結構短時間の間にサクサクと 話してたのがすごく印象的だったんですよ ねなのでえっと聞きたいこととしては歩き ながら何を見てるんだろうっていうそう いう講演の選定をするような方が何を見 てるんだろうかっていうのをちょっと聞き たいなと思ってんですけどはいあれはです ね私がまあ2003年に入って2004年 に現場で岡山の事務所に移動になったん ですねうんああで生徒内会国立公園って いうま生徒内会ありますけれどもまあ日本 で最初の国立公園なんですようん1934 年ですねなんでもう来年90周年になるん ですけれどもま そのま風景ですよねうんま元々生物とか 生体学をやってきたんですけどうんま風景 ま学問で言うと増援学まランドスケープの 世界で言えばま少しデザインとアートと 少し接点出てくるかなと思うんですけど 初めてそういう世界を知りましてはいうん ま自分なりにも勉強したんですけれども その海に島がいっぱい浮かでるわけです うんこれをま大いえ島海警官多海警官って 言うんですけれどもその四天場と死体賞 はいうんだ四天場は展望地ですよね死体賞
っていうのはままさに海と山がうんはい 国立行為になってるわけですけれどもはい その展望地をあの233か所も巡っちゃっ たんです よ当時はあの瀬戸内会国立公園70周年 っていうことでまその見見るのがま売りな んですよねこの公園ってうんうんうんでも 木々が美味しげってて見えないとかですね うんあとその施設がもう老朽化して楽しめ ないとかうんそういうま視点場って何なの かなみたいなうんうんでまさすがに233 箇所も巡ってますとだんだんなんか慣れて きて見るべきポイントっていうのがなんと なく見えてくるんですけれどもあ そうですねうんそういった中でま展望地の リフレッシュ授業やろうとうんもう伐採 できるところはもうどんどん伐採しちゃう はいはいだから当時の新聞の見出しが非常 に面白くて環境賞が伐採って いうそのそれはいいんですよなぜならば あのセカ国立公園の場合はいわゆる里山輪 なので昔は薪とか炭に使ってた持続可能な うんあの資源循環をしてた場所なんですね なるほどでそれがま戦後のその高度経済 成長の時代でま開発の上とが非常に増えた からま保護の要請が非常に強まって切っ ちゃだめみたいな指導を結構先輩の連打ま やってたわけですよねなるほどそれを ちょっと1回解きほぐすようななも含めて やってたんですけれどもなるま警官って いうのはあの法律にも出てくるんです けれどもまもう本当に五感で感じるうん うんうんうんなるほどあとま先輩にも言わ れたのはまずレンジャーが楽しく遊べるか どうかああはい重要ですねうんうんまその 心地よさとかですねはいはいはいまそう いった視点であの場もま見てたって感じ ですかねああ面白いですねレンジャーが 楽しく遊べるかどうか遊べるかどうかって いうのはポイントですよねだ国立コインっ てのはその保護するだけではなくて利用 するとあ持続派利用するというのも法律の 目的に入ってるんですねはいはいはい純粋 に保護だけの制度はまた別の法律がす制度 がありましてうんうん国立コはよくやなも 手つけちゃダメなんでしょて言われるん ですけどそんなことはなくてなるほど元々 人も住んでますしはいはい農林水産業も 営まれているあ重層的な土地利用がされ てるのでなるほどねその外部からのうん大 規模開発とかはま防ぎたいんですけれども 元々のそういう暮らしうんそういうところ はなるべく規制をかけないようにしたいっ ていう度思想がありますなるほどそこが アメリカの国立公園との最大の違いでああ
そうなんですねアメリカの国立公園は土地 が全部国有地なんですねはいはいで日本も 国地なんじゃないのって誤解を受ける時 あるんですけどそんなことはなくて なるほど制度上できあの土地がま国土も 限られてますからはい国有地だけで公園を 作ろうとすると本当にちっちゃい国立公園 しかできないへえなので国有地もあるんだ けれどもこ有地もあるし私ちもあるところ をうん広くそののえ開発をま制限する エリアとしてなるほどで規制のノータも ちゃんとつけてですね特別保護地区って いうとかはま確かに一切あの開発とかでき ない小石とか落ち葉も拾っちゃだめな持っ て帰ったりとダメなんですけどはいはい はいま第1種第2種第3種普通地域って 言ってだんだんこう規制が緩やかになって いくグラデーションのエリアのまこれを 地域性っていう風に地域性の国立公園って いう風に言ってますなるほどなるほど そのま多分今もねまちまちなのかなと公園 の状態って言うんですかねはまちまちなん だろうなとまそれこそ一緒に歩いたところ の状態とかを見ると非常に豊かな場所だな と思う一方でそういうなんだろうなムダと は言いませんけどあのまそんなに良くない 柵がついてたりとか建物があったりとか はいま大体見てる中でうまくいってる維持 管理維持とアップデートがうまくいってる 公園とそうじゃない公園ってなんかあの 分けていった時にま言いにくいかもしれ ないですけどどういう風なところが条件の 分かれ目になってくるんですかねやはり そこに住んでいらっしゃる地域住民の方の その関与があるかどうかですよねうんま これ結構戦後の行政の良くなかったとこか もしれませんけどうんもうなんかこう公の 部分と私の部分がスパンと結構分れちゃっ てうんあのいやそれはもう行政がやるん でしょみたい なはうんあのやっぱりそのなんて言うん だろうなんか新しいものは生まれにくい ような感じがしますよねうんなるほどで あとはまこれは日本の自然保護の現状でも あるんですけれどもなかなかその法律で 罰則はついてるんだけれども取り締まれ人 がうん警察の方も限られているうん なるほどてなった時にまその密問題とか はいはいそういうのに力を発揮するのが 地域の目なんですよねうん地域の方たちが 大事にしているとかうんあの数を増やそう と努力されてる場所とかはいああしちゅー してる場所とか地域ぐるみでえ自然をま 自然資本をねはいえ保護管理してるところ はあのそういう密密言みたいなのが起こり
にくいうんなるほどねいうのがありますね 死効果みたいなあはいはいはいそうなん ですねまさんのから見ると現在のそのま 公園をちょっと超えて自然の状態っていう んですかねもあの自然の森がどこまで今 残ってるかって疑問色々あると思うんです けどあの林も含めるとそういう森林の状態 って言うんですかねそれはこう本州で見る とまあとま北海道東北エリアで見るのと また全然違うと思うんですけど本州の辺り でまずフォーカスを置くとどこう海外との 比較でどういう状態にあるっていう風に こう見てるですかそうそうですねま国土の 7割がね森林っていう風に言われてま先進 国でもその割合は非常に高いはいっていう 風に言われてますけれどもいわゆる自然輪 ってなった場合もう2割を切っちゃってる んですよねうんでそれはもう戦後の木材 需要のはい観点でいわゆる拡大造林って いうことでま人工林杉谷日木まあと寒い とこだとから松とかですけどだいぶ食をし てうんま本来そのペイしないととの標が 高いところとか林道がないようなところ ないは簡単にれるんですけど抜出が大変な んですよねあだそういうま生態的なあとま 経済的なところを少しなんだろう逸脱して しまったところにまで植えてしまった ところうんうんうんまそこがかなりあの 途中流としてびというかですねなるほど うんだいぶそのまず人工林の割合が非常に 多いとでしかも管理がなかなかそこもでき ていなかったりするていうのが1つともう 1つはその里山林ですよねかつてま人が住 に使ってたところがも放棄されてま どんどん暗い盛になってしまっているはい はいはい財の蓄積は全体として上がってる わけですけれどもうんそのま生物多様性 っていうキーワードま今非常に脱タンスと 同じくはいあの重要なキーワードです けれども生物多様性の観点から見るとどう なのま要質的にあんまり良くないうん なるほど森林も増えてるというのは実情だ と思いますうんうんなるほどなるほどいや なんかもうその辺も多分ねめちゃくちゃ あの議論が起きてるところでもあるかなと 思うのとはもう一方でだからその一度こう 破壊されてしまったものを放置してても元 には戻らないというのが あの大きなとこかなと思うんですよねなの でまそのこれもね以前のキーワードで出て たと思うんですけど保護っていう感覚あの 観点キーワードからもう再生するっていう リジェネラティブってねあの概念にこう 最近変わってきてると思うんですけども はいこ大きく違うところですよねその保護
していこうっていうのと再生しようって いうのはそうですねうんちょうど私が国交 省に出行してる時にま10年に1回の国土 計画の改定の環境担当はいだったんです けれどもあその時には自然環境の保護保全 うん再生うんここ3つまで書かれて なるほどで私はここに活用っていうのを 加えましたああなるほどうんでま日本の 自然保護の父はあの沼田先生というすごい 先生がもうお亡くなりになってますけど うんいらっしゃるんですが友人に聞いたら 実は沼田先生はこの保護っていう言葉の中 に私が今言った保全再生活用うんはみんな 入ってたんだよって後から教えてもらった ことがあってただ一般的にはやっぱ保護 って言うと手をつけちゃいけないよねって いう認識が多分皆さんもあると思うので うんはいえ保全っていうのは コンサベーションだからま持続感の利用も ま含まれるわけですねはいはいで再生って いうのはもう劣化したとか損なわれた ところをもう1回戻していくうんうんで 活用はまあ今私がやってる観光のような ところも含めてグリーンインフラもまさに そうですけれどもうんはいはいまそういっ たところがうんでこれを一言で言って しまうと今の国際目標生物対生の国際目標 でくはネイチャーポジティブっていううん あのキーワードでまた関心ご関心あったら 皆さん調べていただけたらと思います けれどもうんまずっと生物対生の損失が 止まってないんですねはいで今の国際目標 はまずこの損失を止めてうん上げていか なきゃいけないそれが今おっしゃった ジェネラティブの部分ではいうんま今の その語 保全再生活用をま人ちょっと長いからはい 賞は今最高っていう言い方してますねその 再び起こすのあああ再び起こすね復興のこ っていう字ですね最高最高はいはいをあの 役として当ててますあはいその最高してい くっていうかその時になんかいろんな多分 ナレジってあの知識科学地もそうですし その地域に関するその枠組仕組みづくりと かコミュニティの知恵みたいなものと両方 合わせてやっていくことになるんだろうと 思うんですけれもそういう時にどういう こう専門家集団だったりとかあるいはま 専門家じゃない人たちも入ってこう議論し ながら作っていくっていう状態がいいん だろうっていうのはなんかね各地事に違う かもしれないですけどそうですねあのよく 出てくるのはその里山の持続可能に利用し てきた知恵ですよねうんはいはいこれは あのトラレジて言われてるんですけど伝統
的な知恵ま我々のあの専門の文書でも しちゅーワードは出てきますなるほどで 多分そこはこの生体学的生物的な アプローチだけではダメでやはり中村さん のような民族学とかそういう地域 コミュニティで培われてきた知恵とかそこ と文化の部分とセットでやっぱりやって いかないとちょっとこううん自然科学長に なってるところが私は危惧していてですね あそうなんですねおここの融合が ものすごく大事だなとはいはい思ってます うんなるほどなるほど あのね好きでよく話す宮本常一っていう それこそ佐島に宮本一って民族学者がいて よくあのたびのね授業のテクストでも紹介 して一緒に読んだりするんですけどま忘れ れた日本人って非常にあの有名な代表作が あってまそれ以外にもねものすごい膨大な 書籍を残した方ですけれども えっとまあの拾っていくと切りない でしょうけど2か所ほど自然とか景観に 関して言及した引用があってま1つはあ その人の手の入ってない自然っていうのは 非常に寂しいとうん人の手の入った自然 っていうのは一方ですごく温かみがあ るっていう景観論を書いてるんですよね うんうんうんえっとそれが1つ印象的だっ たのともう1つはなんかこれも大いなる 誤解だと思うんですけど日本人は自然にな しんできたと自然と共に強制してきたって いう考え方が一般通年であるけれどもそれ は大間違いだって書いてるんですね宮はS の中ででそれは自分がその車窓から見てき た風景を見てまもちょうど高度成長期とか その辺りの時代の流れ移り変わりをずっと 見て観察してきたした人だし写真をもう あのフィルムの時代に10万枚以上撮って ますからうんそうやって取ってきたから こそ言えることだと思うんですけどま ハゲ山になったとこが本 なのってくぐらいなので一般的に日本人が 自然に優しいとかあそんなことはないって いうのを書いてるんですよねこれあたりど どう思われますかその2つね違うことかも しれないですけどうん全く同感でしてはい ちょっと前まではその自然っていうのは なんか弱いみたいな守ってあげなきゃ みたいなはいそういう感じで結構その自然 環境行政も進んできたところがあったん ですようんうんちょっとなんかお花畑の 楽しい世界みたいななるほどなるほどで それが3.11があってうんもうその自然 の脅威がまざまざとま見せつけられたわけ ですねはいはいはいでそれであの前回のま 生物生国家戦略ってま政府の計画があるん
ですけれども自然には両面性があると すなわち恵みと脅威であるとはいはいいう ところを書き込んだんですねなるほどそれ までは恵の方をうん言いすぎてたんですよ ああで防災原の方はまた別のセクションで ああなるほどやっててあんまりこう相互の 意じゃなくてはいはいうんでこれも自然を まグリーンフランの一環ですけれどもはい はい えその自然をもっと活用して防災減災に つげられないかっていう議論はうんはい はい特にまあ3.11であったりまあと インドネシアの大津波であったりうんうん はいそこから結構世界的にも議論が進んで きたっていうのがありますねそれはその マングローブがしっかり保全されていた ところは津波の減水効果があったとか外 からの瓦礫を押しとめてくれたバリアに なってくれたけれどもまそういうエビの 養殖上みたいな感じに全部マングローブ 壊してしまったところていうのは非常に もう被害が大きくてうんもう陸上の建物が もう何にもなくなってしまったていう事例 がまあったわけですよねあそうなんですね なのでままやはり恵と脅威うんうんていう ところはもう荒ぶる自然ですよねでそれを なんとかあの静まっていただきたいとはい はいいうところもまあの神様仏様じゃない ですけれどもそういうところもあったん じゃないかなと思いますけれどもねうん なるほどなるほどともう1つちょっとお 聞きしたいのはすいません次のスライドに なかなか行かないまま時間経過するんです けどあの丈よ前回もそのえっと大崎町のね 合作の斎藤さんがお越しいただいてで彼と 1番やっぱ盛り上がったポイントの1つは そのまここね研究所というかこれから作っ ていくそのあの授業とかあとこの プログラムもサーキュラーオフィスって 言ってサーキュラーっていう名前を使っ てるんですけどえっと彼ら自身も サーキュラーてことでやっていて非常に ちょっとした違和感を覚えることがあると でそれは何かって言うと1つはサキラって いうのが輸入概念みたいになっていてま sdgsもそうですけど外の主にアメリカ とまヨーロッパうんあとある程度もう成長 が終わってえっとまアメリカは成長終わっ てないあの常に人が供給し続けてる経な国 なのでちょっと違うかもしれないですけど まそういうあの経済大国みたいなところが スタンダードを散々汚した後にあの環境 設定をしてスタンダードを作ってそれで みんながそれを競争しなきゃいけない みたいなうんなのんでま地域でああいうお
仕事をしているとその非常に大きな矛盾 みたいなものに気がつくしナレッジ持っ てる人があの持ってない人に向けてこうな んだろうなこれに従いなさいということ 自体のなんかその暴力性みたいなのが結構 言われてたんですよねあのなので質問に 変えると岩さんのその現場体験ってま岩 さん本当に現場をとにかく歩かれてる方だ なと思うんですけどその視点とその政策 っていうものの間のギャップだったりとか いろんなこと気がついてる視点から見た時 にサーキュラーとか概念サーキュラー概念 っていうのどういう風にこう見えるん だろうかとあどういうにこううんに摂取し てえっと日本のそれぞれの地域の土着性 みたいなものにこう関連させていくことが できるんだろうかていう問いかけですそう ですねなかなか難しい大きな大きな問いな んですけどね題ですねはいただやっぱり 結構概念がやっぱりまグリーンフラも欧米 初なんですよねそのまま持ち込みたくない ねって言ってあうんなるほど結構仲間と 研究会作って日本としてのグリーンフラっ てんだろうみたいなはいはいでそれは 例えば震源包みであったりあのいろんな かつてのあの意向みたいなのがうん巡って ですねま要はその自然のフードにねざした うんあのやり方はいはいそういうのを もっと学べるとこがあるんじゃないかとま 神源包みの場合はこうなんだろう1回もう 固定していいんですよ測定するのが前提 堤防がこう崩れてうんあの1回水が ちょっとこう出ていくはいでもまた戻って くるみあすごいうまい仕掛けになってるし 大きな岩があってそこに水をバーンとぶち てまたこう曲げるとかですねう本当にその 当時の土木技術でよくあそこまで小水対策 できたなっていう現場も行きましたけどね あはいはいすごい参考になりましたうん うんなるほどそうですねまあとちょっと話 が飛んじゃうかもしれないんですけどその 輸入概念っていうとこでちょっと思い出し たんですがさっきの忘れられた日本人の ところではいたはい私たちのご先祖さんが どんな風に物事を決めていたのかはいはい いうところが出てきますよねはいはいあり ますねそれはあの神社の前で車座になって 3日未晩こう提案型ですよねうんはいはい でその時にまだんだん現実的なあのうん 提案やることになってま最後神にしめて問 について神様に奉納してうんえ絶対やる わけですよねで後からやっぱ違うとかって いうものないわけですよねうんま今その バージョンが取れるとは思わないですけど 難しいと思いますがうんうんあの地域で
熟議を重ねるうんうんうんいやもうことの 重要性うんあとやっぱ当事者意識ですよね うんこれ環境問題ずっとやってきてうん やっぱり総論はみんないいねってなるん ですけどはいはいじゃ実際そっから アクションするかって言うと結構そこまで の距離があっていかにその当事者意識にを 持ってもらえるようにんうまく制作 デザインをするかっていうところは不信し ますうんなるほどそうすよね自分たちが 関与できるようなものになってるかどう かっていうことですよねそうなるとねそう でその忘れた日本人のその物事の決め方 多数結は海外から来たものであるはいはい はいで勝者と歯者を生むとあそうだ狭い コミュニティではそれ無理なわけですよね ちょ多少ちょっと気が合わない人でも一緒 に助け合っていかないとその荒ぶる自然 はいの中では生きていけないはいはいま これ奄美とかだとその集落のことを島って 言うんですよねうん島の考え方うんうん なるほどそこから持続可能性はいていう 意味が出てくるのかなっていう感じはする のであそうですよねなんかちょっと明解な お答えになってかしれまめちゃくちゃ 面白いですねちょっと奄美の島とかま私島 から持続化のエリアを作っていきたいなと いう風に思っててそれはまインプット アウトプットが結構明確だったりするし はいはいはいはいえ ちょっと距離が違うところでも自然と文化 が驚くほど対応だったりとかするのでそう いう対応性を認め合いながらうんうんはい あの持続家のエリアを作っていけたていう のはありますねなるほどあめちゃくちゃ 面白いですねいやその宮本常一のね中の 多分えっと有名なエピソードの1つです けどさっき言ってたみたいに3日間かけて ねその判断をするんですよねものすごい 時間をかけて全員に角が立たないような 合意形成を村の寄り合いの記録でですねを 残していてで宮本は本当記録をするって いうのに忠実だったのであんま予約的な ことは言ってないんですけどなんでそう いう大きな言葉は一切使ってないんです けど私の解釈で見るとそれって土着型の なんか民主主義のあり方って言うんですか ねあのま民主主義どう定義するかって人 それぞれかもしれないですけどその比較的 対当な人間関係を構築していって合意形成 するっていうのが民主主義の定義だとする とまそういう土着型の日本に民主主義 みたいなやり方が輸入前のなんこうそう いう状態みたいなそうなんですよそれは さっき申し上げた佐で豊田さんと一緒に議
症やった時にはいあこれはひょっとしたら ちょっと新しい民主主義のあり方というか うんあの生まれるかもしれなてちょっと 思ったんですよねあそうなんですねで1回 目の時はもうとにかく主役ションの悪口 ばっかりだったんです よはいはいでもうなんかずっと悪口言い まくってるはいもうみ疲れてきってじゃあ どうするみたいなところになるわけですね はいはいはいでそっから提案型に変わっ てくわけですね最初みんな批判してたんし 両生がやらないからだとか文句ばっか言っ てたんですけどだ自分たちは何ができるか なっていうはいなるほどこれが多分新しい 民主義の1つの形なのかな自ら収める自 はいはいはいていうのかなっていう風には ちょっと思いましたけどなるほどね1回 ちょっと全部海を出し切ってそうです疲れ はてたところから底に変わってくそうあ 面白いですねあとは現場をみんなで一緒に 歩きましたね川がま直線化していて打化さ せてま自然再生していくわけですけれども ま生き物が増えるようにうんうんそのま それは豊田さんの師匠の桑子先生が やっぱりその同じ時空間を共にすることで はいその信頼関係が生まれてくるんだと いう理論があるらしくてですねああの川を みんなで一緒に歩きながら昔の思い出とか ですねそういうの共有したりとか昔は もっとここに実ここにいっぱい行こんな 生き物がいたよねとかおじいちゃんとかお ばあちゃんとか言ってくれるわけですよあ じゃそういうのも1回再生させたいよねと かいう中でま自然再生だと大体その コンサル系のコンサルの会社の方がバーと 線引いちゃうようなケースが多いんです けれどもそれはやめてはいはいみんなに絵 を書いてもらったんですよこんな風に自然 再生できたらいいよねみたいなそこには 技術的視点は入ってないですよでそこに コンサルの人にも参加してもらってここは あ確かに技術的に可能ですとここは技術的 にちょっと難しいですねとか色々ジャッジ しながらみんなで絵を書いていったって いう共同プロセスはいもありました めちゃくちゃ面白いですねあはいだから 変わってやもするとねもう行政がやるもん だと公共授業だで終わっちゃうかもしれ ませんけどみんなで作っていくはいうんま まさに自然資本ですよねはいはいはいうん いやすごいすねその話はあのうんあれです ねデイビッドグレイバーっていうね人類学 者がああのコロナでなくなってしまったん ですけど早くにうん えっと最後の作品でもないのかなちょっと
割と最近になって書いた本でうんええっと ね英語版は彼ま英語が言語なので英語で 書いてるやつをねPDFで無償であの配っ てんですけどうんえっと2論があってそれ が1つの本に今まとめられてるんですけど まあの民主主義の非西洋期限についてって いう本なんですよこの中で非常に重要な 指摘をいくつかしてるんですけどまその うちの1つはなんかもう別にデビッド クレバは宮本天地を読んでたわけじゃない と思うんですけどそれぞれの地域に固有の 形のなんか民主主義の合意形成のあり方が あるみたいなことを書いていてなので えっとアテネでもないし紀元はえっと まさかアメリカの建国の父でもないとうん でアメリカの建の父は実はあのアメリカ研 種でなりながら私知らなかったんですけど 明確にデモクラシーという言葉に反対を 唱えてたおおリパブリックにはすごく賛成 だったんですけれどもエリート主義が残っ てるので民衆に力をなんていうのはま 決して思ってなかったという指摘をしてる んですよねでえっとその後が彼らしいなと 思うんですけどその民主主義の原型はどこ にあったかて言うとま間の時間にあったで 具体的に言うとそれは海賊線の中にあっ たっていうんですねうん海賊はまさに 小さな集落で島ですねより寄り合わせで メンバーが集まってるので選挙なんか言っ たらやったらダメなんですよね分断が起き ちゃうので必ず負けた側に例えば10人い て7対3に置かれたら3人の側に必ずイコ が残る恨みですねはいでそしたらそれはあ 何か急速に決断をしなきゃいけない時に 致命的になるとなんで全員が指示した人が 船長にならないとダメなんですよねいう うんの中が原型だっていうのが彼らしい リナルなところなんですけどまそれが それぞれの固有の地域にあったんじゃない かってことを書いててこれはなんか めちゃくちゃ面白いなと思いながら私が 思い出したのは宮本常一の例なんですけど 今おっしゃった話ってまさにそうですよね 一緒に歩きながらね何かを決めていくって いうのはうん共同のあり方ですよねうん 面白いなとま政策もやっぱりそういう時代 になってきましたねああま少し前に法律も 変わって地方文献の時代になってまそれ までは国が地方行政縛ってたわけですよね お金財源とか方向性とかそれはだいぶ権限 も異常はしてままだまだ持ってやった方が いいと私は思ってますけど一応その国と県 と市は対等はいはいになったのでうんあの あんまりそのあれやれこれやれみたいな 感じにはなってない逆に国はもうなんか
モデル授業とかで全国確率で一気に変え るって相当ハードルが高くてですね やっぱりそのどっかの地域が議論しっかり してやるぞというグドプラクティスをあの 参考に新しい生活展開をしていくっていう 感じにだいぶ変わってきましたよね なるほどなるほどそうかそうかまそうです よね政策の現場もじゃあ徐々にそういう ものを取入れてうんそうですねだから次は 地域ま地域のことは地域で決めるってこと なんですけれどもその地域はのことは誰が どのように決めるのかそれがまさに次の テーマで制作デザインプロセスのあり方だ と思いますよねなるほどなるほどそれが まさに今やり始めたはいはいあのサドでの はいはいラボそうあのねいろんなそうです よねちょっとなんかラボの話も構想だけで もちょっとねできたらいいなと思うのと うんそうですねあとまそん時にこれがもし かすると生きてくんのかなこのスライド もうあんまり生きないかもしれないあそう ですかはいま構想として話されていたま なんかでもラボ自然強制ラボっていうのが もできてそうですあの豊田さんがかなり 中心になってえ佐川自然強制ラボっていう のうんが立ち上がっていますえ元々は経緯 はあのまやはりサドはもずっと時自然強制 っていうことでまずっとやってきてるわけ ですけれどもはいはいま新しいその政策 デザインをどのようにみんなで考えて実行 していくのかまその実験上でもあるとうん うんうんいうことでま今結構そのデジタル 系の東京の企業さんがまサドでえ展開をし ているでまこれは私ないの理解うんです けれどもはいあのそれぞれ プラットフォームをまサで作ろうとする わけですねああそうですよねそうすると 地域側は大体キーパーソン共通してるので うんまたですかみたいな結構負担感がある わけですよそれをちょっとこう統合して いってですね緩やかな統合していきながら うんあそこに勝つまグリーンうんデジタル とグリーンあそこもあのセットでやって いきたいっていうところですねままさに 中村さんもはいはいそうすねのは プロジェクトのいやそうなんですよね 私自身もそのあの自分のね会社を立ち上げ てえもう1年半ぐらい前になりますかね 立上げたタイミングで実は佐島 プロジェクトに関わりよになってうんま あのまそこは富士通デザインセンターなん ですけどその彼らと一緒に里島に入ってま 社会課題って表面的に今やってる企業は いっぱいあると思うんですけどまあの人類 学が入ることの意味はその回課題を表面的
に捉えずにその奥にある本当の課題って何 なんだろうとあと1番気をつけなきゃいけ ないのは外から来た人間が勝手に課題を 作って勝手に解決して金儲けして帰る みたいな仕組みはま1番良くない形なので まそれはなんとなくみんなも分かってる ことだと思うんですよねうんうんでこれを 乗り越えて課題発掘をどうできるかって いうのが最初のフェーズでやってたことで まその発掘がある程度出来上がってまま 地域って言っても人なので我々と一緒で 動いていくものですからどんどん変わるん ですよね課題のあり方もなんですけど今の 現状で見た時にどういう課題に挑まなきゃ いけないのかっていうことがま見えてきた ところからじゃあどういう施策を打って いけるかっていうのこれまデザイン思考と 呼ばれるところの強みでうんうんうんま デザイン思考の強み一言で表すのちょっと 難しいんですけどプロトタイピンググって 言って早く早くにその試作案を出すことに よってその間違いに小さな間違いを たくさん積み重ねるというんそうすると テストされていってどんどんその良くなる ので最終的にやることが大きな間違いに ならなくてするっていううんうんうんうん あの思考のあり方なんだと思うんですねで そんなものでこないだレストラン プロジェクトをやったんですけれどもおま おっしゃる通りでま話を戻すといろんな 企業が入ってきてうんそれぞれやっぱ企業 隊ってね利益を産んでいかなきゃいけない のでそれぞれの利益を考えるんですけど もっと長い目で見ると地域が生きないと 意味がないですねねはいでまそちょっと 考えればそれは分かることなんですけど どうしてもやっぱすごいスピードの中で あの目先の利益を上げなきゃってなると 忘れがちなところをま例えばアカデミアの 人とかが入ってまそこを調整したり ファシリテートしていくとかねあのいう ことなんだろうなと思ってえっとうん話し てたんですけどねそうですはい私もま地域 に入る時はやはり地域の 方のまず議論があってはいやりたいんだと うんいう種火がないところには入らない ようにしてるんですねなるほどなるほど うん結構そういう火がないのに外から来て わあわあなってるケースをはい結構見ます はいああそれは結局あのいろんな予算を 引っ張ってきても結局それが切れれば 終わりみたいなはいはいはいケースがま 結構あるということで1点目はその種火の 重要性はいそうですよねで2つ目はうんあ そうですね種火の需要性がありますね2つ
目ちょっと今忘れしちゃったんですけど はい私の方からそのやりながら考えてたの はま1つはその課題をそうやってなんか こう取り上げてま1つ1つ解決していくの てエネルギーとそうとリソースが足りあの かかるのでその循環をあの自分たちで 作り出せるようなものができるといいなと は思うですそうですね今そうんごめん なさい思い出しちゃいました2個目先ほど プロトタイプってはいはい私は具うんけ はいはいやその概念的なとてやっぱり理解 はできるけど本当にじゃどうなのうんて いうのは結構地域の人は冷静にそこは見て いてうんやっぱまず小さくてもいいから その概念を具現化する具体事例がいると 思うんですそれを展開させながら概念と 具体事をこう行ったり来たりしながら 転がしていくようなまそんなイメージで私 はうんのプロジェクト設計しますね なるほどなるほどままさにあれですねそれ はデザイン思考とそっくりですねうんあの もう1個言おうと思ってこれもちょっとご 意見あれば聞きたかった最後の質問になる んですけどビジネスのこうなんだろうなお 金の流れを作るっていうのも1つ サーキュラーなことなんだと思うんですね で このビジネスって言うとそのね商業主義の 響きがあったりしてうんうんま特にその 芸術とかとあまりせまんまアマーケットっ ての一方にあるんですけど確実にだけどま やってる本人たちはそういうものにこう 関わりたくないって思ったりまアンチ商業 主義みたいなのが特に私のような人類学と か人文社会科学全般を追ってたと思うん ですよねま社会科学全般ではないかもしれ ないけどうんうんうんま文学とか哲学とか 人類学とかっていうのは割とそういうのを 批判的に見るなんでかていうとま商業主義 が生きすぎるととんでもないことを運んで くるっていうのを地域で見てるのでだと 思うんですよねあ他方ででもこれを考えな いっていうのももちょっと相当問題がある なとあのビジネスやり始めて気がついた ことなんですけどなんでその地域の中かの 適正なそのビジネスの循環みたいなものっ てまどういう風にこう仕組み作りできたり とか調整できるんだろうみたいな大きな テーマなんですけどこれまはいまなんか 政策との結びつきでこれってなんかやれる ことあるんじゃないかなって思ったりも するんですがなんかいかがですかそうです ねあの1個ヒントになるのが私最近着目し てるのは坂倉なんですよねはいおおこれは 究極のサステナブル企業なんですよ実は
はいはいでやっぱり豊かな水うんがまず 必要ですよねそのために紅葉寺の森を守っ てる坂倉さんとかもあるんですよすごい 生物対戦飛んでるはいはい場所これを今 こういうところもうんあの最初の目的はま ビジネス目的だったかもしれないけれども 結果生物再生に繋がってるこういうところ もその保護地域として認定していこうじゃ となるほどそれはあの自然強制サイトって いう言い方をしてるんですけれどもああの 保護地域ま法令によるうんう保護地域が それまでだったんですけれどもこれ全然 法令によらないですよねうん自ら結果守ら れてるなるほどうんこういうところもマニ てしていこうっていうのもあるしうんあと はそのさお酒を作るためにはさまお米が 必要なわけですけれどもまさに地元で作ら れるうんでさらにはその工事金とかうん 技術とか伝統技術うんだからもう言って みるこうビジネスとまコミュニティのこと も考えてるし自然文化のことも考えてるし 私がその地域創生で重視してるのがま自然 文化コミュニティ確はいあともう1つの カテゴリーとしては経済とうんお社会と 環境なんですけれどもうんうんうんこ すごいバランスよく統合された状態が結構 さぐらなのかなっていう風に思ってまして うんなるほどここにヒントがある ああそう坂倉とま自然のその付き合い方て いうところがですねまビジネスとですね ビジネスと坂倉とそのうんあ面白いですね そういうのがもうちょっといろんな展開が あるんじゃないかうんそうなんですよお酒 とかあと食うんそういうはもうすごい いろんな繋がりが出てきますねで生物作用 性で重要なキーワードって繋がりなんです けれどもあ今まではこう元々はその バイオロジカルあのダイバーシティーはい が合体してバイオダイバシティになったん ですけれどもそのいわゆる自然科学系から 入ってきてる概念なんですようんなんか 理解腑に落ちないはいはいストンと理解し にくいなるほどなるほどだそれがこれまで の30年の生物再生政策のちょっとした私 ミスリーディングがあったんじゃないかな と思っててもっとその中間さんも着目し てる暮らしとかですねうんそういう職とか そういうとこからあの生物サスを理解する とかそういう逆現場からのアプローチが 非常に重要なんじゃないかなって最近強く 思ってますはいなるほどねそっかま体感 できるってことが結構重要なことそこです ねうんだそのヨーロッパはま環境教育が 非常に進んでるとはいいうイメージがある し実際進んでるんですけどま有名な本で
タイトルちょっと今忘れちゃいましたが かつてドイツがですねうんあのま環境選手 国ですけれどもその環境教育やる時にま脱 炭素の問題とか色々もうこれ今やらないと もう悲惨な未来になるみたいなそういう ちょっと恐怖ああの教育をしてしまった 結果はいはいま子供たちが恐怖感を持って しまってで無気力無関心になってしまった と結局行動とかま意識変容から行動変容に 繋がらなかったっていう事例があるんです ねあやっぱりそのまずまず楽しい遊ぶうん 自然の中で泥だらけになってみるとかです ねはいはいはいそういうところからの体感 によるま学び遊びからそっから生物サイス 体感するというところがま非常に重要だと いうのがありましたで最近知ったのがあの スウェーデンの事例ではいスウェーデンの その幼稚園ってすごい面白いあの学びをし ていてあ缶とかバナナの皮とかあのま プラゴミバイオマスのやそう全部木の棒に あの固定させて半年ぐらいみんなで土に 埋めとくらしいんですよおおで半年後に 出してみるはいはいあこれはサーキュラー でしょこれはサーキュラーじゃない でしょっていうのを体感するああなるほど うん最近そういう事例を知りましてはえ もうちょっとそういうなんか現場ではい 体感できるうん教育が進めばうんもっと 理解度も進むんじゃないかなってあめちゃ 思いますねうん簡単に仕組みかできるけど 実はやってないですねだからその スウェーデンにはゴミっていうキが言葉が ないって言ってましたほほみんな資源だと ああなるほどだからその資源ゴミっていう 言葉が日本にあるけどはいどっちなのって はっきりしてくれってその人は言ってまし たけど資源なのゴミなのみたいなるほど そっか全部は資源なんですはいもう バイオガスも非常に盛んでうんそのすぐ 生ゴミが待のこのコンポスト的なところに ポイポイできるようになっていてへえで要 はめんどくさいとやっぱやってくれない みたいですねス電池もやっぱり結構めんど くさがりやらしいんです決定的にそこを 分析してうんもう思わずやっちゃうような あああのそういうデザインにしてい るっていいですねはいはいそこはもっと デザインアートの力そうですねありますよ ねいや本当そうですねはい思わずやっちゃ うっていうのは本当大事なとこですね意識 してやらないっていうことのために仕うん を一生懸命考えてんですよねはいうんいや それ本当に可能性をあの感じるとこだなと 思ってまだまだなんかやれることありそう ですねそう考えるとねはいはいいや
ありがとうございますまだなんか話は聞き たいこといっぱいあるんですけどえっと この後の多分あのインフォーマルな会に それは取っておくとしてはいはい今日は岩 先生にお越しいただいて話聞きましたので 拍手でお送りくださいありがとうござい まし たありがとうござい ますM