基礎教学書
日蓮大聖人の仏法
冨士大石寺顕正会 会長 淺井昭衛
第七章 日蓮大聖人の一代御化導
一 二十年にわたる御修学
二つの大擬/ 「日本第一の智者となし給え」
ニ 立宗
三大秘法の弘通開始
三 立正安国論
松葉ヶ谷の草庵襲撃/ 伊豆御流罪/ 小松原の剣難
文永の大彗星
四 諸天善神とは
諸天はなぜ大聖人を守護し奉るのか/ 諸天の力用
正嘉の大地震・文永の大彗星/ 大蒙古より国書到来
五 公場対決を迫る
北条時宗への御状/ 良観への御状/ 良観 祈雨に敗れる
良観の讒奏/ 平左衛門への直諌
六 竜の口大法難
第二の国諌/ 八幡大菩薩を叱責/ 国家権力がひれ伏す
久遠元初の自受用身と成り給う/ 兵士たちの帰依
七 佐渡御流罪
阿仏房夫妻の帰依/ 野外の大法論
自界叛逆を御予言/ 三大秘法の法門開示
開目抄/ 観心本尊抄/ 佐渡よりご帰還/ 第三の国諌
「日蓮捨て去る時 七難必ず起こるべし」/大蒙古ついに襲来
八 出世の本懐成就
熱原の法難/ 本門戒壇の大御本尊 建立/ 大蒙古 再度襲来
「聖人の仰せ忘れ給うか」/ 日本が亡びなかった理由
逆縁広布と順縁広布
九 日興上人に御付嘱
御入滅
第7章日連大承認の1代5道12年に わたる5修学日連大人は釈尊滅後2171 年にあたる女王元年1222年2月16日 阿の国千葉県長郡登場の号小湊にご誕生さ れた父を三国の田茂田だ母を梅義女と 申し上げる12歳にして仏法を学ぶ志しを 立てられ近くの清済デに登られたこの頃の ご神教を後年の史上昇には日連は若きより 根性の祈りなしただ仏にならんと思う ばかりなりとこのせのごとく大商人はご 幼少の時からその祈りとするところは世の 達などではなく仏になることであられた2 つの大義そして仏法を学ばれるうちに御 幼少の大商人の教通には2つの大義が 湧き上がってきた1つは京寺の周辺で見分 する念仏者たちの悪林住であった念仏中で は裁縫の極楽王城と言いながらしする時の 姿あるいは姿はあるいは狂乱あるいは大問 師その遺体は黒色の悪草を現実て これいかなることかということもう1つは 五誕生の前年に起きた上級の乱のことご 女皇は進化の法条よをうたんとして平山 御寺において行く度も信言の秘宝を尽くし て祈としただが何の祈りもせぬ北条義時に 敗北し後葉女皇はめ三条皇が島中になり 皇室はまさに滅びとしたこれは一体どうし たことかといういうこともし念仏集の影響 をたる環境刀が正しければこのような悪 林中はあるべくもないもし信言衆の大日教 刀が正しければ核のごとき悲惨な敗北は ないこの大いなる疑問を抱かれたのである 思うに臨時に対する疑問は人生の根本問題 また上級の乱への大義は国家攻防の根本 問題であるじゃはすにして牛を飲むという 御の大人が抱かれた大義はまさしく国家の 根本問題であっ た日本第一の記者と成したまえこれを研ぐ 鍵は仏法以外にないところが当時日本の 10種8種と言われる諸州はそのいずれも 我が州優れたり我が教第一なりと持参して いたもし国に2人の王がいたら国は必ず 乱れる国主は1人でなければならない同じ ように一教において最も優れた教がなくて はなならない諸教中の王とは何か成仏の 叶う代は何かこれを見極めるには第一者と ならねばならないここに御幼少の大商人は 日本第一の知者となしたま共済でら回収中 と強く祈願されたそして18歳の時日本に トした1歳の教典論者を閲読すべくまた 諸州の性を知るべく国中の所持をられた それは鎌倉京都奈良そして山御寺高野山 当時等の国々デラでらに及ん だ確定12歳の時より32歳までの地の 滲むようなご険さ実に20年ついに大商人 は釈尊1代教の大勢を極められ諸州の誤り
をも全て見通されたすでに大義とされた臨 のことも明らかであったゆに 明法あごご変人には日連幼少の時より仏法 隠し来師が念願すく人の命は無常なり ないしさればまず臨時のことをなろうて後 に立をなうべしと思いて1代教の論認の所 YAああ考え集めてこれを明教として1歳 の書人のしする時と並びに臨の後とに 引き抜けてそえば少しも曇りになしとまた 上級の乱のも名であった申告を御所には 日連このことを疑いしゆえに幼少のこれ より随分に密2度を並びに諸州の一切教 一切の教をあるいは人に習いあるいは我れ と会見し考え見てえばゆえの相けるぞ我が 表を見ることは明教によるべし国土の整水 を図ることは仏教にはすぐべからずと臨の 全落も国家の攻防も全ては仏法の邪による のであったでは末法の一歳主上の成仏の 大砲とは何かこれこそ大事の中も大事で ある大は鉄の音痴恵を持ってこれを 知りたたそれは1大教の中にはただ補教補 教の中にはただ本問受療本本問受療本の中 にはただ門庭に視された下種の南明法連下 すなわち音元女の苗字の明法であるそして この こそ日連代人が今ご自身の生命を感じて 悟りたた人の全体即法法の全体即任忍法 対立次の1年3000の難民法令教である こと深く深く知りたったのであるゆえに 開目書には1年3000の訪問はただ補教 の本問受療本の門の底に比して沈めたりと 押せ られる2立 かて御年32歳の県庁5年4月28日夜明 と共に大商人はただ5一人清山のいきに とられた折から太平洋の水平戦場から 大きな太陽がゆらゆらと登らんとしている この朝日に向いて向かい大商人は初めて 難民法令下難民法蓮華教難民法蓮華教と 本問の大目を交渉を遊ばされた 朝日に照らされ婚式に輝く大商人のご村よ を忍び立てますればただただ廃気合唱の他 はないまさにクオ頑者の自由人末法に出現 され3大秘法を持って全人類をお救い くださるその最初のご気動がこの立中で あっ たこの時のご決意がいかに深く健康なもの であられたか開目書には日本国にこれを 知れるものただ日連1人なりこれを一言も 申し出すならばふ定師匠国士の大男必ず 来るべしずば慈悲なきに似たりと意するに 補教反教頭にこの2辺を合わせ見るにずば 根性はことなくともご省は必ず無限地獄に べし言うならば三島必ず競い起こるべしと 知りぬ2辺の中には言うべし大南と出退の
時は対すべくは一度に思いとむべし しばらくスしほどに宝刀本の六男食いこれ なりないし今度強情のボダ神を越して対戦 世と感じぬ と当時国中の人々が信じている念仏信言島 の所掌はことごとく人獄せしむる邪法で あり成仏の大法は難民法蓮華以外にはない このことを知りたうは日本国にただ日連代 承人5一人であられるしかしもしこのこと を一言でも言い出せば悪の身に入れる大層 等国中に10万戦戦事省の日本国において は必ずや罪資材等の神妙に及ぶ大難が 起こるだが言わねば無慈悲になるかて不の 後たえ神妙に及ぶとも対戦せじと感じぬと 金剛のごとき大正眼を立てたたのである そしてこの大眼の中にその後の1代30年 の同も未来日本国の好戦ルフも世界府も さらに人未来さまで難民法令教がルする ことも全て含まれていたのであっ た3大秘法の偶数開始立中の後大商人は直 に生徒鎌倉に赴き3大秘法の偶数を開始さ れた当時の鎌倉は念仏神言全立党の諸種の 大臣が並び立ち高層たちも全国から移出し ていた その中で大は1歳の邪法をしてただ 難民法令華と唱えよと人々にお勧めくださ れたのであるその姿はあかもエコの村が ある中の死のごとであられた諸州のソラは 大商人の覇に対して怒りの反論を試みるが 教門の証拠を挙げての正論の前には全く歯 が立たなかった民衆は初めて耳にする説法 に戸惑い反反発しつつも大人の生前の論師 のごと婚そしておかしがき異言の中に無限 の慈悲を称えられた原名に接しするものも がつい だ時 常人史上金剛そや強心太田常明秋本太郎 工藤義孝池神胸中と鎌倉武の早々がこの頃 入信しているだが具が進むにつれ邪法の ソラの音質はごく燃え上がった彼らは民衆 を先導して日連坊を網仏の敵と焚きつけた ここに大商人を罵る声は国中に満ち漢字本 の悪メリは事実となったのである偶数開始 より4年目の消化元年巨大地震が5月8月 11月と見た連発したことに8月23日の 大地震は前代未であった当時の 師匠あ鏡には8月23大地震神社格一とし て全なし山岳は崩れ人国海築地こごと破損 所書に列地下より水ゆまた火災所書に燃え いずとあるさらにこの巨大地震を起として 女子ごに異常気象は激しさを増し耐水大下 台風大基金大疫病が次人民の下半が死を 招くに至っ た3立証暗黒論 この天辺地方は何によって起きたのかこれ
書店の働きによるクオ元女のご本物末法に 出現して3大秘宝を広めて一切主上を スワンとするに国中これを憎みあむゆに 書店をまず天辺治を持って一国をばしたの である大はこの巨大地震を凝視された そしてこの大水は他国よりこの国を滅ぼす べき船長になり法蓮省と半たい日本の人々 を幻に救うべく一貫の書を表し文野元年7 月16日時の国士法条時よりに送信された これが立証暗黒論であるこの書において大 商人はまず国土に災難の起こる原理を 明かされているよ皆小に背き人ことごとく 悪にきすゆえに全人国を捨てて愛さり証人 ところをじして帰らずここを持ってまき たりききたりさ起りな起ると一刻こって 邪法に執着して日連大人の商法に背くなら ば書店全人をその国を捨ててり証人もとろ をじして帰らないこの故にま木が国土に 乱入し災難が起こるとせられるついで大 商人は国中のジホの代表として念仏腫を 上げそのジギを破された上で早く天下の 性質を思わばすか国中の防を立べしと国地 に促されているそして文末に至ってもし 邪法に執着して商法に背き続けるならば 必ず他国によって我が国が破られることを 断言されているこのご予言は暗暗黒論の 管用で ある戦なこれ明らかになり高際なぞ疑わん もし残るところの何悪法の戸によって並び 起こり競い来たらばその時遺憾がせやと 戦乱とは天辺治療など告の前兆たる災難 交際とは告をもたらす他国筆次回本の二難 である戦乱がすでに現れている以上交際の 来ることは疑いないとしてもしこの二難が 事実になったらその時遺憾が000夜と 厳しく追いくされているついで交際の二難 の恐るべきこと帝王は国家をもいてもいと して天下を納め人身は田園を領して施錠を 保つしるに他方の続きたりてその国を筆し 次回翻訳してその地を略すせば兄を驚か ざらんや兄騒がざらんや国を失い家を召せ ばいずれのとこにかよ逃れんと強とお示し くだされて いるこの他国親筆のご予言は蒙古従来への 実に14年前のことまだ何の兆しもない時 における五断言で あるこれを見る時大商人のご予言は海外 情勢などにより推測する世間のそれとはは 全く類を異にするまさに書店の動きを 見据えての物の5断定であられる松葉の 草案襲撃この立証案国論の送信を気に いよいよ神妙に及ぶ大難が波のごとく 大商人の恩に襲いかかってきた国手北条時 よりはこの重大な官業を用いなかったこれ を見て物者たちが動き出した種が用いぬ星
ならば殺害しても罪にはならぬと夜を立て たのであるリシ案国論送信の翌8月念仏層 に引きられたボト数千人が夜大商人を殺害 戦として松葉の草案を襲っ た国士の恩持ちなき保ならば誤ちたりとも とがあじとや思いけ念仏者の並びに旦那と また去るべき人々も同意したるぞと聞こえ し野中に道連が案に数千人寄せて殺害戦と せかどもがしその夜の外もまかれぬ下山ご 少不思議にも大人はこの南をれまがれた もた矢内を実行した念仏たちの背後には 幕府内でイゼたる勢力を持つ法条茂がいた のである彼は失権法条長時の実で極楽寺を 立てて両館を迎え入れたことから極楽寺 茂時と呼ばれたほどの念仏の強心者幕府内 でも最も強く代償にを増していた矢内は 当時の法律ご成敗式目でも重大犯罪と規定 されているしるにボートたちに何のとめも なかった大商人を憎むありしとラは大事の 聖堂すら破ったのであるいず ゴルザ草案襲撃9ヶ月後の校長元年5月 今度は国家権力によるいずる罪が行われた その理由は生き延びたのが怪しかららんと いうものであった日連が生きたる不思議 なりとて伊の国へ流しぬされば人のあまり に憎きには我が滅ぶべき顔も帰り乱ざるか ごご式目をも破らるるかないしよ存の他 訪問を申さば彩をわきまえられずば日本国 のごきの相当に召しあわせられてそれに なおことゆかずば感度合しまでも訪ねらる べしそれに必ずば彩ありなんとてしばらく まるべし下山ご束と 草案を襲われても生き延び たのが怪怪しからんと言っていず無罪した 肉のあまり我が身の滅ぶのも帰りみないの かまた国宝をも破るのかもし世が存外の 訪問を申し立てているというのなら国中の 構想と対決させたらどうかそれでもなお 不審があれば中国インドまで訪ねたらどう かそれでも分からなかったらこれには定め て深い彩があるのであろと生還すべきでは ないかとこの理不尽のルザは失権法条長時 が大商人を憎む父しとの心を知って国宝を も無視し裁判にもかけずに断行したもので あったご本物を憎んでルザに処したバは どのようなものであったかしとは大商人を ルザにしたよくつきにわかに発病し夜ごと の発作が講じてついに狂乱状態となり地獄 の悪草をじて死んだついで長時はその3年 後に35歳で容子3男時茂は30歳4男 吉正も39歳でついで溶接確定法条しと一 問はことごとくほんでしまったこのバチに ついて大商人はされば極楽寺どのしとと 長時とかの一問み滅ぶを各々ご覧あるべし 明法びにご変に明法びにごご
返事極楽はじし人し念者等にたらされて 日連をあみさせ たか我が美といいその一問皆滅びさせたう 兵の盛度のご変事と示されているご本物は アダムバチの恐ろしさ立前とせざるを得 ないいず罪は1年9ヶ月で終わった国手 法条時折りが山元による冤罪として斜面状 を発したのである爆風内の有力者がこぞっ て大人をにむ中この時よりだけは少しく大 商人のたびとならぬを感じていたのである お松原の剣難伊豆斜面の欲文明元年の秋大 商人は萩の山の方を受け故郷の防臭小港へ 変られたこの時小松原の剣難が起きた自党 登場かのが軍勢を率いて待ち伏せ襲撃した のであったこの影のは大商人が立のおり物 破の法をされたことに奮激してその場で 危害を加えとしたほどの念仏の強心者で ある以来大商人を網仏の敵と増悪し殺害の 機械を狙っていたのであった文元年11月 11日の有国天の領主工藤義孝の恋により 説法に赴かれた大商人のご一行はお松原に 差しかかった当たりはすでに薄暗いその松 市の中で影は数百人の軍を引き待ち伏せし ていた突如ご一光に矢が雨のごとく 降り注いだついで軍勢が雪崩れのごとく 襲ってき たご一光はわずか10人ばかり大商人を おかした狂人棒は立ちまちに打たれ2人の 弟子も不出を負った急を聞いて駆けつけた 工藤吉孝は身をたてとして大商人をお守り 申し上げたが全身に傷を追いついに明中し たこの乱戦の中でかのは腰と大商人ただ 1人を狙っていたやがて彼は馬を踊らせて 大商人に近づくや大東を振り振り下ろした 狂人は頭上の傘を切り裂き大商人の右の恩 に4瞬12cmの傷を追わせ立てまった左 の手も打ちおられまさに恩もあしと見えた しかし不思議にもこの時もこを出したうた 今年も11月1日阿の国登場の松原と申す 王子にしてサトの時数百人の念仏等に 待ちかまえ のごとうたちは稲妻のご弟子1人は東西に 打ち取られ2人は大事の手にて相老自信も 切られ打たれ結くにて来しほどにいかが 将来剣打ちもらされて今まで生きてはべり 南城表への七郎ドのご変5所と補教の漢字 本には及び登場を食るものあらんとあるが この小松原の剣難はまさにその教門に符合 するものであったそれにしても東条影のは ご本物の身よりちい出す水物神経という大 虐剤を犯したのであるその現場地を見よ彼 はこの直後10秒橋大問の中に教師を遂げ ている文明の大水星文明元年7月大水星が 出現した生化元年の大地震からは7年目 大地震に行するごとの出現であっ
た大五財政には前後の時代に比べて 水星が多発しているがこの水星の巨大さは 前代未もで長さ1点に渡ると言われまさに 全天空を横断する長大差であった水星は 古来より兵乱の強調とされ点にも多く示さ れている水星はどこから出現するのかと 言えば最近の天文学によれば水星の故郷は 太陽から10兆kmも離れたオールトの雲 である太陽はここから水星を引き寄せた上 太陽熱と太陽風によって青白い工房を放つ あの長い王を作らせるというこれを見れば はまさしく太陽の眷属であるそして太陽は 仏法においては日天児と言われ書店の1つ で ある水星も地震も一般常識では自然現象で あって人間社会とは何ら関係はないとする しかしそう見るのは限られた部分だけを見 て全体を見ない本富の偏見である人間は大 宇宙から生じたものでありこれを生ぜしめ た大宇宙はは人間を一細胞とする一大生命 体であるゆえにその中のあらゆる存在は 相互に関連し影響し合っている仏法では 家法の主体たる人間の生命を商法といい 商法に伴う環境世界を恵方という商法と 恵方とは一体腑であるゆえにもし主上の心 が地獄海になれば国度も地獄の層を現る この章不の原料水相5書にはそれ10法は 恵方なり主上は小方なり恵方は影のごとし 小方は対のごとし身なくば影なし小方なく ば恵方なしまた商法をば恵方を持ってこれ を作る人の喜び多々なれば天にもきづいを 天にきづいを表し地に貸借の同あり人の 悪心盛なれば天に強兵地に教養出退す真理 の代償に従って天辺の大償割り知もまた核 のごとこのようにエシは腑にそして主上の 心に感能して環境世界に変動をもたらすの が書店の力雄なので あるでは前代未もと言われる生化の大地震 文音の大水星について大はどのように 押せられているか法令省には立証暗黒論を 作りて最明字入道法条時よりどに立て まる彼女に曰く主この大は他国よりこのを 滅ぼすべき船長になり主戦だ なないしその後文明の大水星の時はまた手 に握りてこれを知ると書店は何このの 大地震大水星を表したのこと言えば同じく 法令省によ負傷のみなれども補教をぐず する行者を大信人民これをあむか補教の座 にて守護戦闘誓をなせる地人怒りをなして 身を古い天人り光をいしてこの国を脅す いかにイども持ざれば結構は人の身に行っ て次回本せめ他国よりむべしと補教の肝心 たる難民法連を広める大商人を国主人民あ 迫害するゆに2004年間2004年前補 教のエザにおいて釈尊に法のご本物を守護
し立てると誓った書店全人はりをなしまず 大自身大水星を持ってその国を脅すだが なおも迫害を続けるならばついに書店は人 の身に入って次回本拠せしめさらに他国 よりこの国を攻めしるとせられている市 書店前人とはこのように書店全人はご本物 のご気動を助けたてまつるにおいて誠に 重要な存在であるもし仏法を舶に理解して 書店全人の存在をするならばご正位を如実 に配することは到底できないよって改めて ここに書店全人について説明しておき たいまず書店とはその名をあげれば大本 天皇貸借天皇日天合点使用点などで本来 宇宙に備わっている仏法守護の生命活動で あるこれを10回の上から論ずるば まさしく天井会の主上である仏法は宇宙 崩壊の主上をそれぞれのに従って10回 地獄ガ畜修羅人間天井相聞円楽菩薩物に 分類しているが書店はこの中の天井会に属 する仏法を守護する孤独により天井会の 家法を得ているのである次に全人とは天承 大臣8万大菩薩等を 言う神と言ってもキリスト教における天地 創造のゴドとは全く異なるゴッドは架空の 存在であるがが仏法上の全人は実在である すなわち天勝大臣は皇室の祖先で日本国 最初の国主8万代菩薩は第16代大人天皇 のことであるこのように実在するうとの 国使の法義せられたるをいけるかごとく 崇めたのが仏法上の神で ある神とモースはまた国々の国主党の御し マエルを小心のごとく崇めたうこれまた 国主国人のための不なり主君なり師匠に なり片時もかば国安穏なるべからず申告を ご所とではこれら全身がなぜ仏法に関わり を持っているのかと言えば日本は仏法遊園 の国でありとりわけ下種本物が出現される 世界唯一の国であるこのご本物を守護する ためにあらかじめ日本国の国主として出現 したのが天勝大臣8万大菩薩なのであるゆ に大人はその本地について人人のご教授を 下されている天勝大臣8万代菩薩もその 本地は教師釈尊になり日原如しまたう相場 のことにはクオ下種の難民法令教の守護心 の我が国に天下りし始め国は出雲になり 出雲に日というところあり天勝大臣初めて 天下りたうゆに日と申すなりとこののごく 天大臣8万大菩薩は共に釈尊の水石であり クオ頑下種の難民法令撃を守護するため 日本国に出現されたのであるこれら全人の 力も突き詰めれば書店と異なるところは ないよって書店と同じく宇宙に備わる仏法 守護の働きと理解すればよい書店はなぜ 大人を守護し立てるのかでは書店はなぜ 末法出現の日連大承人を守護し立てまるの
かと言えば理由は2つある1には難民法令 況こそ書店自身が成仏を得ることのできた 代表であるその代表を日連大商人が末法に 偶数されるどうしてこの大音を報じない ことがあろうか2には補鏡エザにおける 釈尊との誓いを果たすためであるまず意思 について言えば補鏡の上本を拝見するに 梵天貸借日月四天島の書店は諸々の菩薩党 ととにそのエにつり全44年にはまだ聞い たことのない人人の方を聴聞したしかし補 教の借問においてはまだ成仏が叶わなかっ たそして本問受療本に至って初めてその 門庭に否されたクオ元女の下種の難民法令 教を各地し妙覚の暗いという真実の物化を 得ることができたのであるこの自身仏の大 が日連大人によって今法に広められるどう してその大音を法ぬことがあろうかゆえに 補鏡安楽行本には書店は昼夜に常に法の ための故にしかもこれを越すと解かれて いる2について言えば釈尊が日連代償人の 末法具を予言証明するために補教人力本に おいて業菩薩に量本問の代を付属したこと は前に述べたさらに村は次の類本において 諸々の書店に対し末法の補鏡の業者を死す べきを命じているこのぶちに対し書店は セソの命のりのごとくまさにつぶさに武行 すしとの正言を見たび 繰り返し誓を立てているつき者は約束を 忘れ後期の人は約束を高えずという梵天 貸借日月四天島の下方意書店がどうして この敵を忘れることがあろうか人間なら 寿命も短いゆえに釈尊財政の人が末法まで 行きなられるということはないしかし寿命 長き書店にとっては2204年などは わずかの日数でしかない例えば使用店の 一中夜は人間の50年ゆえに人間の 2204年は使店の44日であるわずか 44日でどうして然のか誓を忘れることが あろうかゆに大商人は闘将において人間の 50年は使用店の1日1夜なりないしこれ は人間の2204年は使店の44日なり されば日月並びにビシ門店のは仏に送られ た遅れたて祭りて市日未だ2月に足らず借 梵天何度は仏に遅れたて祭りて1月1時に も過ぎずわずかのにいかでか然の ご音地並びに自身成仏の音響のオオバ忘れ て補強の業者をば捨てさせたうべきとせ られている時間空間ともに書店の尺度は 人間とは異なるのである書店の力日連 大商人を音質迫害する国を書店がどのよう に罰するかを重ねて述べる書店はまず 大地震大水星異常気象大大流行病などの 天辺治療でこれをばしそれでもなお迫害を やめなければ人の心に入って内乱をさめ ついには隣国の王を動かしてその国を攻め
しめる梵天貸借日月四天頭はこのように 宇宙的スケールの力を持って大商人を守護 しそのご気動を助けまらせているこれら 書店の中でも我々の目に見えて力を発揮し ているのが日典対応と合点月である補教の 行者おば書店全人守護すべきよし類本にし て正常を立てたい一歳の守護心書店の中に も我らが真子に見えて守護したは日合点 なりいかでか真を取らざるべき史上金語の ご変事と太陽や月に精神活動があるごとき この大は世間の人々の理解を超えるで あろうしかし仏法は宇宙全体を一大生命体 としてその中の太陽月等もことごとく色法 物質と神法精神を備えた生命体として 捉える相木や国土のように精神活動がない と思われている物質世界を非常と言うが補 教はこの非常世界にも色神の2法が存在 することを明かしているゆに肝心の本尊省 には関門の何心なげとは百回千1年 3000非常の上の四神の2法10これ なりと非常世界に神法が備わっていること を認識するのは何心難ではあるがこれが 生命の実装一年3000の心理である明楽 大使も一層一目一略一人小脳の一物相小脳 の一因があり遠慮オソ今平論と述べている 一層一目一略一人にさえ物相があり色身の 二方があり成仏するならば岩や太陽月とに おいて親であるまさしく太陽の月は四神の 2方を備えて常時に人身に感能しつつ地球 に強い影響を及ぼしているので あるそもそも地球上のあらゆる生物は太陽 と月の力によって発生し生命を維持して いるのであるからあらゆる生物にとって 太陽月の影響は根底かつ死活的である最近 の科学はこれらの事実を明かしつつある この対応月は日天時合点寺として書店の1 つであるゆえに仏法に背く国土においては 日月妙を原等の異変が 起こる日月に異変が起これば異常気象を もたらし大間伐大下大水大風大気金等が 起こるまた水星が太陽の力によって出現 するように大地震もインフルエンザ ウイルスも表面の発生メカニズムは ともかくその根底には日月の力が作用して いるので ある書店にはこの日天合点の他に梵天貸借 使用点のごとく目には見えないが日合点 以上の力を持つ存在がある目に見えない からといってこれら書店の存在を否定して はならない現代科学は大きくは宇宙の構造 から昭和素粒子に至るまでその実装を次々 と解明してきたしかし分かっていることは まだ本の一部で分からないことの方が断然 多い科学は思考錯誤を繰り返しつつ進行系 なのであるゆえに現在の知識にこだわって
未知の分野を否定するのは思い上がりかつ 非科学的な態度と言わねばなら ない例えば銀河系の中心部に巨大な ブラックホールが存在することが分かった のはつい近年のことであるしかし人々が 認識しよとしまいとブラックホールはあっ たのだまた宇宙の質量において暗黒物質や 暗黒エネルギーの存在が分かってきたのも つい最近のことで暗黒物質は宇宙の全質量 の23を占め暗黒エネルギーは73%を 占めるという我々の知っていた宇宙は わずか4%に過ぎなかったのだ4%を全 宇宙と固執すれば地動説を否定したシプラ となんら異なるところはないまさに科学は まだ進行系であって人間と宇宙を貫く究極 の心理を求めて思考錯誤を繰り返している のであるではその究極の心理とは何かそれ は日連大商人が承徳された生命の極りたる 人の全体即法法の全体即費忍法対一次の1 年3000の難民法令下表に尽きるそこに たどり着くまで科学は思考錯誤を続ける ゆえに現在のわずかな科学知識を持って 書店の存在を否定してはならないまして 現象あれば誰人がこれを疑えようその現象 とは日連大小人のご気動に応じて書店が 現した数々の印である生化の大地震文音の 大水星まず生化の大地震と文音の大水星は 書店この国を罰する印の第一であった日連 は塩舞第一の補教の行者になりこれを そしりこれをむ人を結構せ人は塩舞第1の 大難に遭うべしこれは日本国を振り生化の 大地震一点を罰する文音の大水星となり これらを見よ仏滅後の後仏法を行るもに仇 をなすといえども今のごとの大難は1度も なきなり難民法蓮下DEPと一切市場に 進めたる人1人もなしこの特は誰か一点に 目を合わせ視界に方を並ぶべきや戦事相と 難民法令劇をお進めくださる大事大悲の5 本物に仇をなすゆえに前代未聞の大地震大 水星の大難が起きたのだそしてこの大難は 他国よりこの国をず滅ぼすべき船長法令省 であったので ある大蒙古より国書到来果たせるかな文明 5年の小月18日大蒙古より続SECと なって兆候しなければ侵略する胸の国書が 到来した当時の蒙古はは東は中国朝鮮から 西はウクライナドイツポーランド南は トルコイランまでユーラシア大陸のほぼ 全域を征服した人類史上最大最強の帝国で あったこの超軍事大国がいよいよ日本に 侵略の保先を向けてきたのだこれこそ日本 国始まって依頼の国難である一国上下虎の 方向を聞く羊のごとく恐れをのいた日連 大人が9年前の勝暗黒論に予言された他国 筆はここについに事実となったので
あるもし日本一同なお大商人に背き続ける ならばこの国の人々根性には一同に修羅道 に出し五勝には皆安大場無限地獄にいらん こと疑いなきもなりそやしと大承人が最も うれ不便とされたのはこの一時であっ た5馬対決を迫るここに大商人は日本国を 救うべく後場対決を持って仏法の女性を 一挙に決戦とされた後場対決とは国王大臣 島の面前で評論をして聖者を決することで 仏法ではコラより邪対決にこの方法が用い られてきた中国の天台大史が賃の国王の 面前で南北士のジャギを打ち破り補教に伏 させたのもこの馬対決日本の電教体使が 幹部天皇の門前において奈良の6周の ジャギを発して補鏡に期させたのもこれに よる河馬対決こそ公明盛大に聖者を決する 唯一の方法なのである文明5年10月11 日大商人は公募対決申し入れの所場を11 か所に送られたこれが11通申し場である その後先は犠牲者としては北条時宗兵の門 宿屋入道北条野太のの4人諸州の代表とし ては県庁地同流極楽寺両断大仏壇別樹寺 情報苗字他方寺長楽寺の7か所都合11通 で ある文面 は聖者には諸州の層を召し合わせて女性を 決することを促し諸州の代表には対決に 応ずるよう呼びかけられている法条時宗へ の恩情そのうちの1つ法条特への恩情を 配してみよう慎で言上せしめ相老そもそも 正月18日西上大蒙古国の頂上東来すと 日連千年諸教の要望を集めこれを考えたる こと立証暗黒論のごと少しも疑わず不合 死ぬ日連は商人の一分に当たれる美望を 知るがゆえなりしるか重ねてこのよを 脅かし立てまる急ぎ県長寺樹寺極 明大仏伝統のごを止めた前ずば重ねてまた 司法より攻めきたるべきなり速やかに 蒙古国の人を重複して我が国を安泰鳴らし た前彼を重複せられんこと日連にざるは ざれば叶うこれ叶うべからず関心国にあれ ばすなわちその国正しく総子家にあれば すなわちその家 直し国家の悪鬼は製造の時悲にあり仏法の 女性は教門の明教によるそれこの国は深刻 なり神は比例を受けたまわず天人七代地人 5代の神々その他書店全人等は一条大後の 神妙なりしかも補教を持って時期となし 正直を持って力と なす補教に弱く諸物愚者大臣にして主を 喜ばす面がための故に無料の人力を現と 地上記者の国においては兄全人怒りをなさ ざらんや人皇教に曰く一歳の証人去る時 七難必ず起こるとかの五王はご書が言葉を 捨て我が身を滅ぼし血中は費を失って国意
を滅ぼす今日本国すでに蒙古国に奪われん とす兄驚かざらんや 兄嘆かざらんや兄驚かざらんや日連が申す こと恩もちいなんば定め て の後悔あこれある べし日連は補教の音使いになり今日に弱く すなわちに如来の使い如来の初見として 如来の字を行子と3諸物の字とは補教なり このよし方々へこれを驚かし立てまる一緒 に集めてご表あってご法に預かるべろ初戦 は短期を投げ打って初中を午前に召し あわせ仏法の蛇性を決したま官邸の長所 まだ知らざるは了承の誤り安中の金位を まだ見ざるは軍人のとなり三国仏法の分別 においては天然にありいわゆるアセ神髄 神無これれなりあえて日連が死力にあらず ただ1に大中を抱くゆえに身のためにこれ を申さず神ののため君のため国のため一切 主上のためにごせしるところなり教金源 両館への上また生き仏のごとく崇められて いた異者両館への所場には西上大蒙古国 館長のことについて鎌倉どのその他へ所場 を新しめ相老日連猿能元年の頃考え申せし 立証暗黒論のごとく豪ばかりもこれに意せ ず老このこといかん長老認証速やかに長老 の心をひし早く日連坊にきせしめたまえ もししからずば人間を共戦するものへの ために法を解くのとが逃れがきか恵方不人 とは如来の金源なり両館証人の住所補教に 解いて湧くあるいはアレンニアにあり脳に して空言にありとアレンニアは無事とハズ いかでか日連を残そうするの上住所と総意 せりしかしながら山岳に至る教皇の証人 なり戦争上マにして根性は国々来世は奈落 に打打戦ことと必なり伊坂も戦費を食いな 日連にべしこの赴き鎌倉殿をはめ立て祭り 県長児等その他へ疲労せしめ相老初戦本を と元と発せば対決にしかずすなわち三蔵戦 言の法を持って諸教中央の北家に向かうは こがと大会と火山と明光との勝烈のごとく ならん猛長目の長武の秘法を定めて 温存ご存知あるべく相老化日連は日本第一 の補教の業者蒙古国胎児の対象 なり大将たり大勢1章常駐役第1とはこれ なり文言多々にして利を尽くすあわずしか しながら省略せしめ相老教金元と両館は者 民衆をたぶらかして行仏をよい裏では権力 者と結託して尻をむっていた犠牲者彼の 最も恐れていたのは大商人の破digに より自信の正体が露見することであった よってこるたびに大商人を残しては 入れようとしていたゆえに大商人はこの 所場において官のの正体を強力の証人戦勝 増上マと表し根性は国賊来世は奈落と判決
さ鉄板され初戦本位を言と発すば対決に しずと結ばれているもし両館に伊坂の確信 でもあればこの対決は喜びであったはずで あるだが彼は死しを聞いた狐のごとく死を すませてしまっ たこの一申し上に対する反応はどうであっ たかいずれも国難を前にしながら大人を 憎むのありあるいは使いをのり欺き絶拒絶 しあるいは寿量しても返事をせず返事をし ても神にこれを取り憑かずというあ様で あったこのままではいよいよ国は滅びる なお不憫とされた大商人はよ分明6年11 月再び各所に感情を送られたこの重ねての 強きめに音質はますます強まった爆風内で は密かに大人の首を跳ねるべきとする動き も出たこれ諸の高羅の働きかけによる高羅 は窮地に追い詰められていた彼らは後場 対決で日連大商人 に適し得ないことを誰よりも知っている彼 らには法の女性も成仏も眼中になかった 守るべきは己れの明星と利権恐れるは己れ の正体が露見することだけであったここに 立の両館前週の同流年中の島の生仏たちは 日連大商人を殺害する以外に生きる道なし とその気を伺ったかて恐るべき陰謀をはみ つつ3年の時が静かに流れ た両館9に破れるこの性質 は正音は大間伐によって破られた文8年は 春から一滴の雨も降らず野山に青色なく 作物はことごとく可視する有様であった層 に駆られた幕府は両館に雨の祈りを命じた 両館は喜びこれを承諾した実は両館は旧に おいては超能力を持ちこれまでもしばしば 雨を降らせた実績があるこのような超能力 を魔の通力という邪教の教祖などが人々を たぶらかすのは全てこの通力の類いである 天魔その実にいるものはあるいは間に たらされて痛を現か小北家大目と あると訴えているこれこそ違うな両館が給 を自宅したことを伝え聞かれた大商人は この給につけて彼の正体を表さんとされた 本来雨の降るフラぬは成仏不上仏とは関係 ないしかし法論を避する両館に対して彼の 最も得意とする給でことを決戦とされたの である大人は7日のうちにに一滴の雨でも 降れば両坊の弟子となるもし降らなかっ たら世の弟子となるべし首との所場を送ら れたこれを見て両館は喜び泣いたよほど 自信があったのであろう早速両館を弟子 120人を集め観点の元で頭から煙を出し て祈っただが7日経っても雨は一滴も降ら なかった未練にも両館はあと7日のゆうよ とゆうよをと相した代には承諾された再び 両館の必死の祈りが始まった人数は前にも 増して初中の層まで加わった数百人の点
より絞り出すは声は観点に響き渡ったが 落ちるは汗と波だばかりついに14日間一 も振らぬ上悪風だけが吹きまくったので あった両館は乾杯したもし彼に坂の同年で もあれば大人の弟子となったであろうまた 1の地神だにあれば身を三輪に隠したで あろうだがあきその身にいるの両館の胸に 湧いた思いはこの上は何としても日連坊を 殺害せればとの悪念だけであった両館の 残党旧乾杯の数日後両館は日頃心を通じて いる念仏中の行人に大商人に対する法音 申し入れをさせたこれ公募対決を逃げて いることの取りついであると同時にこの論 を利用して勝った勝ったと偽りの宣伝を しようとの魂胆からであった大商人は直に 変更をしめられ た上々ご不審のこと死の問答はこきがく 相老かしかれば上層を得られせくださるる の趣きに従って是非を共鳴されるべく相老 家行便殿のご返事問答は大いに結構である が私的な法論ではなく上層を得た上での 後場対決にすしとせられた両館の主役は 外れた彼は自作として再び行人の名を持っ て大商人を告訴してしめた背後で書上を 作ったのは両館年NAT党の行仏たちで あった書上には大商人が補教だけを生とし て念仏全立中を発していることを批判し 加えて 京都安中に中にむとして大商人が武器を 蓄え京都を集め不穏な動きをいと訴えて いるこれこそ大人を国次犯無本人に 仕立てようとする陰謀であった上を受理し た門ところは大人にその答弁を求めた大人 は法義においてはそのいいの利を明らかに し京都中に安中に室中にむ党の国に対して はこれを厳しく打ち砕かれた国訴は失敗に 終わった馬対決は避は杯国もとなれば官ら に残された策は1つしか ないそれは権力者に残して残材を実行さ せることだった生き仏たちは三重も見分も 金繰り捨て行動を返したその様は極楽児の 生き仏の両館証人折り紙を捧げて神へ訴え 県長寺の同流証人は腰に乗りて武行人に ずく諸々の500回の生午前島は白をつん で伝をなす にごご返事とさらに両館は権力者を動かす ため霧女房権力者の妻やご山ごたちに日連 棒は日本が滅ぶようにと自訴しているゆえ 法条時よりどの法条しとどのを無限地獄に 落ちたと悪しているとと言し先導した両館 に浸水していた彼女たちはこれを間に受け 権力者に申し入れた天下第一の大事日本国 を失わんと受soする発なり子最明児との 法条時より極楽児の法条しげ時を無限地獄 に落ちたりと申す発なり御たあるまでも
なしただしいに首をめせ弟子とばまたあい は首を切りあるいは御国に使わしあるいは 老に入れを法音症とこの両館の残三先導に こして幕府内で弾圧の動きを見せたのが兵 の門の上位寄つであったは失権法条時宗の 下にあって特捜法条一族の着 着流しかつ侍どこの諸子として軍事警察権 を一挙一緒に一手に握る幕府内の最高実力 者であった彼は念仏信言を強く信じ大商人 を前々から増悪し量感とも深く通じていた 兵の門への直感よつは文8年9月10日大 商人を表情書に呼び出した彼は今中すでに 残を決めていたその実を得るための尋問で あっ た彼は威圧的に両館らの言の一を 取り上げ大商人に返答を迫った大商人は 恐れる色もなく残を砕かれるとともに同流 両館らの攻防を禁断して国を救うため早く 後場対決を実現すべきしと促されたそして 最後にずるところ神九段のことどもはこの 国を思いで申すことになればよ安穏に たたんとおさかの星をバラを召しあわせて きこせさなくして彼らに代わりて理不尽に とかに加わるほどならば国に後悔あるべし 日連ぼ日連互換器を変わらば仏の音使いを 持ちになるべし梵天貸借日月視点の音と 画面ありてオル資材の後100日1年3年 7年がうちに次回本なんと このご一問同打ち始まるべしその後は他国 筆なんとて四法よりことには裁縫より攻め られさせたもうべしその時後悔へあるべし 下種本物上道御所と言い切られた 問い詰めるはずの兵の左門はかっていめ られて少しもはかることなくもに来る同然 の定を示したそのよよ実大は一章 一昨日5章をしたため重ねて有されると ともに改めて立証暗国論を進展された初中 には次のような問がある法を知り国を思う の心ざし最も称せられるべきのところ邪法 邪教の矢から残党残念するのか久しく大中 を抱いてしかもまだ身を達せず余さえ不快 のけさにまかりいること人に何時の次第を 売れるものなりそして松門にはそもそも辺 は当時天下の統領になり何足二重の財を 尊前や早く権力を回らせてすべからく遺を 知べしよ安んじ国を安んずるを中となしこ となすこれ1人に身のためにこれを述べず 君のため仏のため神のため一切市場のため に言上せるところなり教教金元とまさに 神妙としてのこの五官業はただ国を救わん との大事日より発するものであるしかし悪 その身にいるの兵の門にはそのの見は通じ なかったこの日の告彼は恐るべき行動を 起こし [音楽]
た6立の口の大法難文8年9月12日の 午後5時頃兵の門は数百人の武装兵士を 率いて大小人の草案を襲ったその時の模様 は下種本物上道御所に詳しい文8年9月 12日互換期を香るそのの互換機のよも常 ならず法に過ぎてみ良行が無本を起こし大 士がよみださんとせしを飯とられしにも 聞こえたり兵の門の女大将として数百人の つもに童マ着せて帽子かけして真子を 怒らし声を笑うすとただ5一人の大商人を 目しとるのに数百人の武装兵士を引き連れ ての行業しこれは一体何を物語るかこれ 大人を国次犯無本人にしてあげるための 演出であった幕府には後ろめたさがあった それは諸州のソラと召しあわせることも なく一方的に彼らの側に立って経を行うと いう理不尽である自らこれを知ればこそ 無法人のごとに見せなければならなかった のであるここに国家権力はついに邪法邪心 に味方して一歳所の一歳主上の主君師匠不 にて増します日連大人の首を跳ねる大虐剤 を決断したのであった第2の国into 暗室になだれ込んだ兵士たちの狼藉は目に 余るものがあった兵の門の1の老中と言わ れた小房が小房対戦無本大店本逆者がまず 大商人の元に走り寄った彼はいきなり大小 人が懐中されていた補教第5の感を 抜き取りその教官を持って大の恩を見 打ち立て祭りさらに教官を散らしたこれを 見た兵士どももこれに習い残り9間の保を 中に散らし足に踏みあるいは肩にかけて身 まとうなど筐体の限りを尽くしたこの様を じっとご覧になっておられた大商人は突如 大交渉で叫ばれたあらおしや兵のさえ門の 女がもにクルーを見ようとばただいまぞ 日本国の柱を倒す下種本物上道後書とまた 戦事省には日連は日本国の頭領なりよ失う は日本国の柱を倒すなりただいまに次回 本拠なんとて同志打ちして他国親筆なん とてこの国の人々他国に打ち殺されるのみ ならず多く取りにせらるべしとこれ第1回 の官業たる立証暗黒論に継ぐ第2の国 intoであられたこの四大失は兵の門の 新様から閉めた彼は恐怖のあり顔面蒼白と になり暴のごとに立ちすくんだこれを見て 兵士たちは動揺したすべきや日連坊なのに 逮捕に来た大将が奥するとはどういうこと かとこのような中で兵のサモは大商人を ようやく連行しその様をわざと鎌倉の人々 に見せつけた日中に鎌倉の工事を渡すこと 的のごと申告を御所とそして大商人の身柄 はそのまま武蔵の神のに預けられた8万台 菩薩を出席その日の根の国午前0時頃大 商人は数百人の武装兵士の敬語の元のぶと の手を出られた行先は達の口の競馬である
死を前にして大商人は大善として馬の上の 人となられた一向はシクシクと暗闇の中を 進む若宮をいでて鎌倉八幡宮の前に 差しかかった時大商人は馬を止められた 何事と驚き騒ぐ兵士を制して各々騒がせ たうな別のことはなし初万代菩薩に最後に 申すべきことありとて馬よりおりリリタル 校章でせられたいかに8万台菩薩は誠の神 か今に連は日本第一の補教の行者なりその 上身に一分の誤ちなし日本国の一切主上の 補鏡を防じん無限大場につべきを助けが ために申す訪問 なりまた大蒙古国よりこの国を攻め攻める せるならば天章大臣小八幡とても安穏に 負わすべきかその上釈迦物補教をといしば 各々補教の行者に愚かなるまじよの正常を 参らせようと責められしばいいに音声上を 立てられ静 猿にては日連が申すまでもなし急ぎ急ぎ こそ正常の宿願を遂げさせたうべきにいか にこのところには落ち合い賜るぞ上道御所 8万大菩薩は天承大臣と共に仏法守護の 全人であるその8万代菩薩が守護の責務を 果たさぬタマをいかに8万大菩薩は誠の神 かとここに失跡したもったのであるそして 今日連は日本第一の補教の業者である しかも身に世間の過失は1つもないただ 日本国の一歳主上の無限地獄に落ちるを 救わがために申す訪問であるまた大蒙古が この国を責めるならば天勝大臣小八幡とて 安穏で得れようかその上天章8万等の全人 は諸々の書店ととに補教のエにおいて釈尊 より真方の補教の行者をおろかにしない 正常を立てよと責められた時いちいちに 正常を立てではないかならば日連がすまで もない急ぎ急いでその正常の宿願を遂げる べきなのにどうしてこのところに駆けつけ ないのかと最後に日連今夜首切られて両前 上土へ参りてやらん時はまず天承大臣 小八幡こそ気象を用いぬ神にて来けれと 差し切りて教師釈尊に申し上げソラワずる ぞいしと思うおさ急ぎ急ぎ音葉からあるべ とこのせはどうか守ってほしいなどの丸で はないなぜ守らぬかとその怠慢を攻め急ぎ 急ぎ計らうべしと申しつけたうておられる ので あるなぜこのような申しつけができるのか それは日連大商人こそ日本第一の補教の 業者すなわちクオ元女の自由人末法下種の 本物であられるからに他ならないこのお 振舞を見て兵士たちは驚いた当時枕の八万 宮といえば将軍自らが毎年産経し国中の 武士たち の村数置くあわざる領域である聖域である その8万大菩薩を大温情で出席されたので
あるから失たされたのであるから兵士たち は度肝を抜かれたに違いないこのお 振る舞いこそまさしく下種本物のご内閣を 示される余分の法であっ た大人は2び馬を召されるユが浜に出た ところで大商人は兵士たちにしばしとば これに継ぐべき人あり とて近くに住む史上金剛の元へク王という わを使わされた法を聞いて史上金剛は驚愕 し裸のまま駆けつけ馬の靴に取りがり立の 口まで音ともしたこの市上金剛は立直後の 入で純粋1辻の新人の人のエに使え学問に 火で井戸を納めその上武芸の達人鎌倉節の 典型のような人であった大商人は馬女より 順々と史上金剛に押せられた今夜首切られ ま首切られへまかるなりこの数年が間願い つるこことこれなりこのシバ世界にしてア と生地となし時は高につまれネズミとなし 時は猫に食らわれきあるいは目に子に敵に 身を失いしこ第一無人より用し補教の恩 ためには1度も失うことなし去れば日連 ヒドの身と生まれて雲の紅心に足らず国の 恩を葬ずべき力なし今度首を補教に立て まりてそのくどを麓に栄光戦そのありは 弟子旦那島に省くべしとモーセしことこれ なりと今夜これより首を切られに この数年の間願っていたことはこれである このシバ世界においてあるいは生地と 生まれた時は高に掴まれネズミと生まれた 時は猫に食わ れまた人と生まれても妻や子のため あるいは敵に命を失うことはあっても補教 のためにはいつ度も命を捨てたことはない されば日連は力なき出家の身として不への 紅葉も心に足りず国の恩をほずべき力も ないしかし今度首を補教に立てまってその くをまず不毛に栄光したいさらにそのあり は弟子旦那に分け与えるであろうとせ 遊ばす理不尽決まる死刑を前にして何と いう住み切った遂行の見であられるか史上 金剛は顔もあげ得ずただ棒だる涙の中に この大勢を聞きした彼はこの時もし大商人 の恩首跳ねられたらその場を去らずに追い 切っておともとの決意を固めてい た国家権力がひれ伏すついに競馬達の口に 到着した暗闇の中に大勢の兵士がうめきた しているその中央こそ首の座であったこれ を眼前にして市上金後はただいまなりと 泣きした大商人は不のとのばらかなこれ ほどの喜びをば笑いかしいかに約束をば耕 られるぞとせられたそして大善と首の座に 座しもた時刻は闇最も深くして暁月に移る トラの国午前3時頃勝ち取りのエの三郎大 商人の傍に立つそして大東一戦まさに 振り下ろさ連とした時主義を絶することが
起きた江の島の方より月のごとく光りたる ものマのよを似て辰の方より犬の方へ光を 渡る12日の世の明け暮れ人の表も見えが 物の光月夜のように人々の表も南立ちとり 真子くびひれ伏しつ物ども応じ恐れ強めて 一丁ばかりはのきあるいは馬より降りて かしこまりあるいは馬の上にてうまれるも あり突如として暗闇の中から巨大な満月の ごとき光り物が出現したのであるその光が いかに強烈であった か連立強豪の立ちも真子くらんでその場に ひれしたその衝撃がいかに凄まじかたかが いくつにも折れてしまっ た史上金剛はこれを完全にした後日この 金庫に賜ったご少束には不問本に弱く当人 だだね刀ついでだだにれなんこれらの教門 よも空ごとにてはソラはじとある首の座を 取り囲んでいた数百人の兵士たちはこれを 見て恐怖の余り一斉の雲の子を散らすよう に逃げ出した馬のたちも馬から降りて かしこまりあるいは馬上でうまってしまっ たもう首を切るところではない1人砂浜に 座したもう大商人は現前と叫ばれたいかに とばかかる大からある飯うには遠のくぞ 近く打ちよれや打ちよれやだが1人として 近寄るものとてない大商人は再び交渉で 叫ばれた 弱けれべくは急ぎ切るべし夜明けなば 見苦しかりなん夜が開けたらどうする首を 切るならば早く切るべきである夜が開け たら見苦しいであろうと死刑を最速したう た響くはリリたる大商人の恩情のみ返事を する無とてない全員が腰を抜かし へたり込んでしまったの だまさしく国家権力がただ1人の大商人の 恩首を切ることができずそのご意の前に ひれしてしまったのであるクオ元女の 自由人となりたうかかる主義を絶する総合 遂行異言に満た光景がこの地球上人類市場 においてあったであろうかこの大現象こそ 日連大商人が立中以来の不着神妙のご修行 ここに成就しついにクオ元女の樹人となり たうたお姿まさにご上道を示したうもので ある開目章には日連といい死物は小9月 12日寝の時に首はねられぬこれはコパ サドの国に至りて帰る年の2月接中に知し て右の弟子へを送れば恐ろしくて恐ろし かららず民人といかにおじらむとおせば この本問の意について日韓証人はこの門の 願意はレソ代償苗字ボフのオミの動体全く これクオ元女の自由人となりたい内省新人 の上道を唱え末法下しの本物と現れたう 名文なりと至難下されて いるボフにはご本物上道の真意は知るべく もないしかし日本国中が寄ってたかって
殺害戦としついには国家権力が首を破とし てかってひした現前太郎姿は誰人の脳裏に も焼きつくまさにこの大現象こそ末法の全 人類に下種本物とはかなるものぞという ことを理屈抜きの強烈なる事実を持って 見せてくださったものである兵士たちの 帰依この刺繍をまのあたりにしていた兵士 たちの反応はどうであったか彼らは1人 のら念仏の猛進者であり大商人をあ仏の敵 と思い込んでいたものたちであるゆえに兵 の門に引きられて暗室になだれ込んだ時 増悪の ありかの乱暴狼藉をしたのであっただが そのおり兵のがしたのを見てまず不審を 感じついで8万台菩薩を失されるる前に ド肝を抜かれついに組の剤においては腰を 抜かしたのであった一夜が開けて幕府は とりあえず大商人の身柄を佐の台本馬6郎 さえもの手に預けるべく兵士たちに送らせ た知恵厚木しの六郎門の帝には生後あたり についた兵士たちの心にはすでに敵は全く 消えうせ尊敬の念が湧いていた大商人 は彼らの老をねらい先を取り寄せ振る舞わ れたやがて彼らは打ちとい帰るとて頭を うれ手をあえて大商人の前に進みいで言上 したこのほどはいからぬいかなる人に手を らん俺らが頼みて老網仏をそらせたうと 受けたまわれば憎み参らせて にのあたり参らることどもを見えてえばに 年頃申出る念は捨てぬとて内袋より術 とり出してするものあり今は物さずと正常 立るものもあり下種本物上道御所この旅の こと一体あなた様はいかなるお人なので ございましょうか我らがる仏をっていると 聞いていたので憎んでおりましたがや間の 当たりに拝み参らせたことなどを見れば あまりの尊さにこれまで唱えていた念仏は もう捨てましたと言って術を捨てるもの あるいは念仏はもう唱えませんと正常を 立てるものもいたと殺は一変して帰依と なったのだもう五兵ごそ兵士と罪人の関係 ではない帰依新々の主上とご本物との関係 になったのであったこの兵士たちの帰依 新々こそ 交戦ルフの追走であるやがて全日本人が 日連大商人の第4徳に目覚め手を合わせて 難民法劇と唱える時が必ず来るその追走を 兵士たちが700年前に示したのであった 7サドゴルザ達の口の衝撃は幕府に呆然 実質をもたらした大商人の処置をどうする かを決めかねたまま幕府は約1ヶ月に渡り 大人を本 門の帝に大留させたそして競技を重ねた 結果サドルザとしたしかしオルとは表向き で内日は木を伺って首を切るというのが兵
の左門の新山であった文8年10月10日 大商人をエを立ち同28日佐につかれた恩 とも申し上げた弟子の数命は途中で返され 里の音友は26歳の日光証人ただお1人で あっ たに住居として当てられたのは詩人を 捨てる塚原という山夜に立つ一見四面の 廃屋3枚道であった到底人の住めるところ ではないここがどれほど凄まじいところで あったか上は板合わず壁はあに雪 降り積もりてきることなしかかるところに 式が識身の内きてよ明し火を暮らすよ雪 荒れ稲妻ま暇なし昼は日の光も刺させ たまわず心細かるべき住まいになり下種 本物上道5所 [音楽] と屋根も壁も隙間だらけ高な完封は 吹き抜け雪には床には雪が降り積もると いう有様ほとんど屋外と変わらない当時の 日本は寒冷期であったから里の冬は令下 20°30°まで下がったと思われるその 中で感を防ぐはかで編んだ身の1枚食料も ないその上命を狙われている気薄く食 ともしないし現神に学道を得漢字獄に落ち ぬ法蓮省とこのような漢字獄本富なら3日 と命は持たないであろうだが大商人はあら ウレシア下種本物上道ご所とせられたこの お言葉こそ立中以来の神妙もしまぬご修行 ここに成就してついにクオン頑の自由人の 動を遂げたもた大法YESをお示しくださ れたものであるそしてこの物化を得られた のも豪敵あればこそとして人を良くなす ものは加藤よりも豪敵が人を場よくなし けるなりないし日連が仏にならん第一の 加藤堂は影のぶ星子には両館同流同網仏兵 の門の城高度のママズバいかでか補教の 行者とはなるべきと喜ぶ同然とさらにこの 大訪越を連坊ご変人には我らはルニなれど も心身とに嬉しく老になり大事の訪問おば 中夜にさし成仏の断りおば自国国に味わう ないしコシよりこの方ふ主君島の互換期を 被り本国の島にルザセらるるの人我らが ごとく喜び身にありたるものもものよも あじと骨まで凍る極寒上その上強キル アキルという地獄のような環境で仏の断り をば自刻刻に味わう喜び身に余るとせ られるこれが崩壊を自身と解かれた自由人 誰人も壊しえぬ下種本物の大教会なので あるアボ夫妻の きえあ仏の敵日連坊がこの島に流されてき たこの噂はあっという間に里中に広がった 島は年物資で充満しており大商人を憎む心 は鎌倉よりも強かった その中の1人阿仏棒がある日塚原の3枚道 を訪れた阿仏棒は上級の恨んで里に入るさ
れた順徳上皇にくしてサに住みついた北面 の物質と伝えられている文部にひで人柄も 優れ島民の尊敬を集めていたが大の念仏 信者ルニの大商人をあ仏をそしる許しがき 悪草と思い込みわでキラと乗り込んできた のであったはさきを見ならせつつも刀を 抜く前に通ったなぜ念仏無限と悪するのか 大商人は穏やかに順々とその理由を解しさ れたその明らかなる通りおかすべからざる 異言そして気品と慈悲を称えた音葉に接し た仏坊は立ちまちに己れの謝りに気づき その場で念仏を捨てるのみならず命かけて の帰依を近い立てまつったあつ棒は家に 帰るや早速妻のあに日連代償に帰依した ことを伝えたもしこのことが世間に知れば アボの身が危うくなる女人ならば夫の身を 暗示て引き止めて当然なのに天日山も夫と 同じく大商人を心から信人まらせたこの姿 こそ深き祝園という他は ないこれより夫妻の剣身の下語が始まった 2人は一目を忍び夜中に代償にの暗室を 訪れてはいを用し大の恩命を継ぎまら せたのである千日甘えのお手紙には 自党自党と念仏者念仏者と日連が暗室に 昼夜に立ちそいて通う人あるをまわさとせ 攻めしに棒にひを背負わせ夜中にどど恩 渡りしあしこといつのようにかわらぬただ ひのサの国に生まれ変わりてあるか千日山 午歳ご返事と阿仏夫妻の身の危険をも帰り 見この献身ただただ涙が込み上げてくる この負債についで皇の皇の入道を塞い本の けの中置入道等も入信したさらに島民の木 もついだ関係の厳重な警戒化にも関わらず このようなスミの入神を見るということは 大人のお得のただならぬを示すものである 野外の大法 論鎌倉にいる両館はサドの弟子や念仏空に 司令を出したあ仏の敵を殺せとこの司令を 受けて数百人の念仏者たち が集まり防御を殺したその模様は下種本物 上道省に詳しい次のごとであるあるものは 音に聞こえたあ仏の恩て日連坊がこの国に 流されてきたこの国に流されて生き延びた ものはない生き延びたとしても帰ることは できないまた殺してもとめはない今日連坊 は塚原にただ1人でいるどれほど力が強く とも皆でいこそうではないかとあるものは いずれ首を切られることになっているが 高度の豊城時宗の夫人が誤解人なので しばらく伸びているとあるものはロロ門に 申しでもし切らないと言ったらその時は 我々がやろうではないかと義はこれに一決 した一戸を揃ってほんま6老衛門の守護 どこに押しかけたこの様はあかもとわれ たる死を遠行の群れがありならんとして
いるごとである一同の訴えを聞いた老西門 は言った神より殺してはならぬ胸の添上が 降りている決して侮るべきルではないもし 誤ちを起こしたらしの過失となるそれより も僧侶なれば訪問で攻めたらどうかと本馬 六郎財門の上月は佐サ国を治行する法条信 の家人で本領を相模の国のエに持ち佐の2 の自党でもあっ た立の口法難の直後大商人はこの茂の定に 流されているまた佐塚原の3枚道も茂の所 内にあるこれらから見てにおける日連 大商人の身柄の責任者は茂であったごとく であるこの茂は大商人のお振る舞いを間の あたりに拝見しているおそらく真中深く 平服していたものと思われる各文明9年小 月16日野外の大法論が行われた3枚堂前 のサヤにはサだけではなく北陸東北から 応援に駆けつけた年信言天台のラ総勢数百 人が集まっ た門の一家地元の勝ニドらもこれに加わり さしも広い大帝も埋めれた諸州のソラは ホルの始まる前から興奮しその罵声は雷の ごとく山夜に響いた大商人はしばらく 騒がせた後大温情で叫ばれた各々しまらせ た前訪問の恩ためにこそ恩渡りあるらめ悪 とよしなし上道御所と六郎衛門もその通り と頷きそばでわめいていた念仏者の首 根っこを抑えつけたいよいよ数百人対1人 の評論が始まったシソラは口口に自習増さ れたりを主張した大商人はそのいいを 取り上げ確認しては1言2言でこれを 打ち砕かれたその破digの鋭こと強烈 なる様はあかも利権を持って売りを切り 台風の草をなかすが後年上道御所であった 大商人は通りともでジギをたすのみならず 中国物の阻全道が柳の枝で首を釣って自殺 を計り大地に落ちて大門の末にアリ銃を 遂げたことまた工房の大毛タ島の現象を 持って責められた数を頼んだ悪草どもも 大商人のシシの前についに口を閉じ顔色を 失った中には物は間違っていると言い出し たりあるいはその場で今朝平を捨てもう物 は申しませんと正常を立てるものまで出た これは一体1の論ではない田舎保とはいえ 敵意に満た数百人が相手であるこれらを 並行させたのみならず正常を立てるもの までいしるとは大のごとのほど完全に 廃する思いである補鏡本には上下菩薩の得 を称えて難問道に巧みにしてその心を 恐るるところなくニンニの心を欠場しして ありとある次回本をご予言論が終わり家に 帰らんとする本馬六郎門を大人は呼び戻さ れせられたいつ鎌倉へ登られるのか六門は 下人どもに脳をさせて7月頃すると大商人 は弓矢を取るものは主君の大事に駆けつけ
て料を賜ることこそ本ではないかに電波る とはいえただ今鎌倉でがまらんとしている のに何をしているのか急ぎ打って手柄を 立て少量をもたわらぬか機殿は相の国では なーる侍ではないかそれが田舎で他など 作って大事の戦に外れたら恥となろうと6 老左門は何を感じたのか慌ててもも言え なかったそばにいた人物者や在家の者たち は一体何を言い出すのかと軽減の顔つきで あっただがよく2月の18日鎌倉から九が 来て鎌倉教で戦が起きたと伝えたまさに 次回本拠が勃発したのだしかも次回も次回 失権北条時宗の兄徳助が無本を起こしたの であった六老財門はその日の夜1問を 引き連れ鎌倉へ登らんとしその直前大商人 の元に申出たそして手を合わせてゆうには どうかお助けくださいませ小月16日のお 言葉を伺った時にはそんなことがと伺って おりましたところお言葉は30日のうちに 事実となりましたこれを持って思えば 蒙古国も必ず来るでありましょう念仏の 無限地獄も疑いありませんもう念仏は断じ て申しませんと六郎左衛門は次回本拠の 敵中を見て心から消し立てまったのである 大は幕府の状況など知り得るお立場に はないどうして田心を刺すようにこの五 断言ができたのであろうかそれは店ずく日 合点に申しつけたたことによる戦事省には 日月天に処したまにながら日連が大難に 合うを今度変わらせたば1つには日連が補 教の行者ならざるか立ちまちに邪険をわた んべしもし日連補教の行者ならば立ちまち に国に印を見せたまもししずば今の日月島 は社方10方の仏をたぶらかし立てまる 大毛のになり大場が五王罪区が大毛にも 百千万6倍過ぎさせたまえる大毛の天なり と声をあげて申せしか立ちまちに出退せる 次回本拠のななりと日合点は諸々の書店 全人と共に補教のエにおいて末法の補教の 行者を守り立てまするとの誓を立てている しるに大商人が大難に会うを見ても国を ばしないもし大商人を末法の補教の業者と 思うなら立ちまちに知を見せよと申しつけ られもし印を見せないのであれば今の日合 刀は社物島をたぶらかす大毛の点であると 声を上げて出席されたかて立ちまちに起き た次回本拠のななのであるまさしく下種の ご本物なればこそ西合点をこのように指跡 し申しつけることができ田心を刺すごとの 五断元もなしへたうので ある3大秘法の訪問開示さてシソは漢字本 に上行菩薩のを受ける大難をアックメリ 牛科登場ササ検品髄等と予言証明したが リシよりサに至るまでの大商人が受けたっ た大難はこの教門にいちいち不合している
アックメリは説明のよもない牛科登場の うち杖は小坊が補鏡第5の艦で大商人の 恩家を打ち立てまったこと刀は小松原と達 の口の大難ササ拳変は伊豆さの領土にに 渡るルザである釈尊滅後2204年の間全 世界においてこのように漢字本を見に読ま れた恩方はいないまさに日連大承人こそ 釈尊が予言した上行菩薩その人であられる こと疑わんとしてなお信じざるを得ないで あろうここにサにおいて大商人は由は定業 菩薩内省はクオ元女の自由人として いよいよ3大秘法のご訪問を述べ遊ばすの である訪問のことはさの国へ流され総来し 以前の訪問はただ仏の2前の教と せないしいる文音8年9月12日の夜タの 口にて首を跳ねられと接しときよりの後 不便なり我にきたりし者どもに誠のことを 言わざりけると思うて佐の国より弟子ども にないない申す訪問あり三択書と開目書 野外の大法論があった翌2月大商人は開目 書と題する長文の後書をめられた今日切る アスキという神辺危険の中雪に埋もれた3 枚道の中でこえる見に筆を持ち美のきての ご執筆であるこの開目書こそ3大秘法中の 人の本尊を会見された住所である開目とは 目を開き見さめるのいい何を見せしめたう たのかといえば今今接中にますます日連 大人こそ310法の諸物の本源たるクオ 元女の自由人にして末法の一歳主上の主神 であることを見せしめたうたのであるこの 開目症の文意については代表人ご自身が 下種本物上道ご主に次のごく示されて いる去年の11月より考えたる開目症と 申す不2巻作れ作りたり首切られるならば 日連が不思議とどめんと思いて考えたり この門の心は日連によりて日本国の有は あるべし例えば家に走らなければ保たず人 に魂なければ死人になり日連は日本の人の 魂になり兵のさもすでに日本の柱を倒しぬ ただいま世乱れてそれともなく夢のごとく にもご出退してこのご一問同志打ちして後 には他国より攻めらるべしと日連が不思議 とは日連大商人こそ末法出現のクオ元女の 自由人であられるということであるそして 開目書は日連によりて日本国の有無はある べしとの家を表した書であると押せられる 例えば家に柱がなければ家は持たず人に魂 がなければ死人であるように日連大商人 こそ日本国の柱であり日本の人の魂である しかるに兵の門は大人の首を跳ね 日本国の柱を倒したよって立ちまちに次回 本拠の難が起こり後には必ず他国から攻め られるであろうとクオ頑者のご本物末法 全人類の主神であられればこそもし仇を なせば拠点これを許さずよって人も滅び国
も滅ぶもし心境すれば人も栄え国も安泰と なるこの重き重き大協会を日連によりて 日本国の有はあるべしとせ遊ばのである まさに日連大人こそ末法下種の人の本尊で あられるまた肝心本尊省また翌分10年4 月には日連等身の大事と言われる如来の 滅後午後歳に始肝心の本尊省を表されて いるこの肝心の本尊省は3大秘法中の法の 本尊を示しされたもので大承認ごの難民法 日連後犯のご存こそ310法の諸物諸教の 脳症の根源末法全人類の成仏の法体であり このご本存を信じて難民法蓮激と唱え立て まれば速やかに官業成就するとの受持足 肝心が明かされているそして欠文には1年 3000を知らざるものには仏大慈悲を 起こし5時のうちにこの玉を包み松田幼稚 の首に駆けさめたうとせられている本省 こそ5章400編中の最重要書である そして佐以後5本尊をかきさい強心の党に 自したておら れる佐よりご期間月日が経つにつれ大商人 のごとは作中に知れ渡り奇入信するものが 増えてきたこれを見て念仏層たちは大いに 焦り対策を協議したコテアランには我ら かえ死ぬべしいかにもしてこの星を失わ ばや上道ご所と確定代表が鎌倉の武蔵の神 信に訴え出た信は本馬六郎左衛門の主で あり両館とも深く通じていたぶとはこの 訴えを聞き入れ私の下し踏みすなわち虚偽 の命令書文音10年12月7日に下した その上には里国のルニの総日連弟子党を 印刷して悪業を企むのよそのきこあり所業 の子立て花持って機械なり今後かそに愛し た我のやからにおいては閉会を加えしむ べしとあった大事代避のご本物を弟子とを 印刷して悪業を企むとは何事かこれ両館の 入れであろうさらに2度目の暮し踏みには 国中 のもの日蘭棒につくならばあるいは国を 追いあるいは老に入れよとこのような命令 書の下ることを見たび確定暗室の前を 通れると言ってはロに入れ 日連坊に物を参らせたと言ってはサより 追報という理不尽な弾圧が行われただが この下し踏みの12ヶ月後のぶとや悪草ど の頭越しに失権法条時宗が直々に斜面の 決断を下した幕府内に多くの反対を渦巻く 中での決断であったぶ時宗は一旦は残を 信じてルザにしたがその後大商人に一分の 都がもないことを知ったそれだけではない 大商人五断元のごとに次回本拠が起きた これを見ればもこの従来も疑いないこの大 恐怖が時宗の心を動かし斜面の決断となっ たのである日連ご歓議の時申せがごとく同 打ち始まりぬそれを恐るるかの故にまた
召しかされて相老明法びくあごじとされば 時宗が許したのではない大人が書店に 申しつけてこれをなしたうたのであるサ 連坊ご変人には鎌倉殿は許さじとの玉井 相老とも書店島に申して鎌倉に帰りとある かてサドルザは2年6ヶ月で終わった生き て帰ったものはないと言われた里から大 は堂々の歓迎を遊ばしたのである第3 の国 into大小人は再び鎌倉に入られた兵の 門に最後の官業をなさるためである兵の 左門は国家略権力者として大商人を残 sometimesに処した上里主罪した 長本人この大下により国は保で当然である しかし今一度兵の左門に申し聞かせて国を 救わんとの大事悲であられたこのことを今 一度兵の門に申し聞かせて日本国に攻め のされ主上を助けがために登りて来期高橋 入堂殿のご返事と不思議にも幕府の意行と して代にに招きがあっ た文11年4月8日大小人は電柱において 爆首脳と対面されたその空気は以前とは 打って変わるあれほど大商人を憎み残材 まで行った兵の左門が意を和らげ礼儀を 正し大商人を迎えたのである稲ならぶ面々 も字を低くしてあるものは念仏をあるもの は信言あるものは全集をとこもごも問い 尋ねてきた兵の門はは2前教で成仏が叶う かどうかと質問してきた大将にはそのいい に教門を引いて答えられたそして兵のサモ に 対し王地に生まれたれば身をば従えられ たてまるようなれとも心葉従えられたて 祭るべからず念仏の無限国全の天魔の沿い なることは疑いなしことに真言衆がこの 国土の大なる災いにては相老なり大毛長武 戦と信言師には大けつつけらるべからず もし大場信言市長物数ならばいよいよ急い でこの国滅ぶべし戦事省と強と言い切られ た証人は言葉を飾らずというへらはないの であるただ国のため一切主上のために誠を せられる兵の左門は念仏を信ずるのみなら ず深く信言集に系統していたよって信言師 を用いて蒙古重複することが広告をより 早めることになると強くいめたうたので あるしかし兵の門は怒りを表さなかった そして時宗の家を受けてのごとに重大な 質問をした大毛はいつか渡りそろべきと 大小人は答えられた教門にはいつとは見え ソラは根ども天の見景色怒り少なからず急 に見えてそろよも今年は過ごしそわ戦事し 教門には椅子とは書かれていないが書店の 怒りはただならず急を告げている世も今年 を過ぎることはないであろうとこの年は 残り8ヶ月しかないその間に必ずモカを
押せてくるとの5断言で ある重ねて大商人 はそれにとっては日連以前より考え申すを 恩持ちなし例えば病いの怒りを知らざらん 人の病いをじせばいよいよ病いを倍増す べし信言しに重複するならばいよいよこの 国戦に巻くべし種物動所とさらに後葉女皇 が信言の大気とをして帰って法条よしとに 破れた現象をあげられもし信言師を用いる ならば国必ず滅ぶことを言い切られた上で サゴはさ言ざりけるともせそろなとしかに 申しつけそえぬ同然そうは言わなかったと 大になってはいけないと強く申しつけたと なんという強きめであろうかこの時人はサ から帰ったばかりの立場であるここでもし 兵の左門の激WHOLEに触れれば再びサ に流され今度こそ神妙に及ぶかもしれない しかるに伊坂も権威を恐れずへらぬこのを 振る舞いまさに元風が握手を痛める戒める の大事大事で あるだがこの悪手大承人の最後の直感をも 無視して檻からの間伐になんと信言師のあ 道法印を用いて義を命じたこの兵の門の 信言への執着こそまさにどけ人入本進行の 姿であった日連捨て去る時七難必ず怒る べしついに大商人は鎌倉を去り新山の見部 に入り保た元より存知セリ音法然がために 3度までは官業すし林に身を拡散とも一に なり下山と大人が業をやめてさりたうこと は重大な意味を持つそれは いいよるということであること三門に及ぶ 今官業を安べし後悔をいす 流れ未教天長ご所と人皇教には商人さらん 時は七難必ず怒らんとあるこの教門は大 商人のお振る前により事実となるすなわち 佐藤五所には日連捨て去る時七難必ず起る べとせられている大事代のご本物に対し 日本国は2度もルザし首まで跳ね立てまっ たこの大下によりすでに国は滅んで当然な のに今一度1変の催物に申し聞かせてと大 は第3度の官業が終わるまで書店を 抑えておられたのであるゆえにこの国の 滅びことと疑いなかるべけれどもしばらく 戒めをなして国を助けた前と日連が光れば こそ今までは案のになり連れども法に優れ ばバチ当たりぬるなり上道御所と書店の 地髪により国の滅ぶことは疑いなきところ であるが大小人がしばらくこれをとめ国を 助けた前と書店を抑えればこそ今まで安穏 であったしかし限度を超えればバチが 当たるとせられる今大商人が官業を辞め 鎌倉を去られたことはまさしく書店への 戒めがいよいよ解かれたことを意味する このように書店を抑えそして申しつけるの ご教会であればこそ兵の門に対し世今年は
過ごしじ戦省の5断言をよくなし得たうの である大毛ついに来大人の五断元は寸分も たがわなかったこの年文11年の10月 大毛の軍票はついに日本に寄せてきたその 兵力2万5000人軍船900予戦闘は 生山を極めた10月によりにてありしに 津島のもの固めてありしに早々魔の上逃げ ければ百小刀は男場あるいは殺しあるいは 取りにし女おばあるいは取り集めて手を 通して船に言いつけあるいは池取りにする 1人も助かるものなし一夜入道女房御所と 最初に襲われた津島では守護代の早々魔女 が逃げてしまったので残った島民たちの男 は殺され取りにされ女は手に縄を通されて 船べりに並べて吊されあるいは取りにされ たついで息も襲われたここで鎮西武行の 大友入道無前の前時の助けよの武将は 逃げ おち松浦が党は斬殺され農民たちは津島と 同じ悲惨を味わっ た勢いに生じた蒙古軍はいよいよ博多に 上陸した日本軍を博多箱石を放棄して退却 を重ね打布までも破られた蒙古軍は世界 最強の軍団であるその戦法は日本軍が 初めて目にする火薬が炸裂する鉄砲を用い ての集団戦法だったもし2万5000の 全軍が本格的進行を始めたら九州全土も 危うしと見られただがダフまで攻め破った 蒙古軍はどうしたわけかその日のうちに 全軍が軍船に戻ったそしてその夜大暴風雨 があり本国に引き上げてしまったのである 何とも不思議な信仰である生津島の殺戮で 日本国中をり震え上がらせただけで大規模 な殺戮はせずにさっと引き上げているこの 奇妙な侵略こそ大商人のご気を助けまら せる書店の地髪をよくよく物語って いるしかし国中の人々はこの殺が殺戮が 全土に及ぶと怯え切った雲の見ればはかと 疑い舟の見れば標線かと肝心を消す日に 1度山へ登り夜に三四度馬に靴を置く現神 に修羅道をかり決定しとまた当世の人々の 蒙古国を見れし時のおりはご覧ありしよう に限りもなかりしかし小の10月よりは 1人も奢るものなしきしめしように日連 1人ばかりこそ申せしが寄せて打に来る ほどならば表を合わす人もあるべからず ただ猿の犬を恐れカエルの蛇を恐るるが ごとくなるべしこれ人にシ物の恩使いたる 仏教の業者 を一歳の信言念仏者理想等に憎ませて我れ と存じことさらに天の肉まれをかれる区に なるゆに身人臆病になれるなり男ご束と 日本は四方海で囲まれているこの海を渡っ てどこの国が攻めてこようか他国筆など ありえないとの奢りは限りもなかっただが
奢れるものほどこの起きた時には怯え臆病 となる日本国においてこの他国親筆を断言 されていたのはただ日連大商人お1人で あられた8出世の本会 上手大商人がミノ部に入山されてより若き 日光証人のモゼタル社福が富士南6に 繰り広げられたこの具により公安藤原地方 に郎五郎郎という農民の3兄弟が入した3 人は祝園の模様すところ日光証人の説法を 聴聞するや直に熱烈な新人に立ち石福を 進め北家講習と名乗った松原の法難北家 公州の石福グズが進むにつれ地元龍仙寺の 飲酒大行知を中心とした激しい音質が 巻き起こった彼らは幕府の権力者野門と 連絡を取りつ補講習の壊滅を先したここに 文科の信徒が受けた法難としては最大の 松原の大訪難が起きた後半2年9月関係と 結託した法beau者らは日光証人の弟子 日州の他の田舎を手伝っていた補講習の 一動をあろうことか飲酒の某内の稲を盗ん だとして捕し正しに鎌倉へ妄想したので あるこの補講習を鎌倉で待ち構えていたの はハの門であった彼はは大承人のごとには 到底歯の多ぬことを知っていたがその無念 を今己れの権威で補講習を対戦せしめ 晴らそうとしたのである人史郎ら20人は 兵のサモの指定の庭に引きそえられた平の サモ補講習をめめし高に申し渡したなじら 日連坊の信仰を捨てて念仏を唱えよう そして謝罪状をかけさすれば故郷に返すで あろうさもなくば首をはねんといもにも なく農民らは恐れかしこみ命乞いをすると ばかり彼は思ったが兵のサモンの癒し想像 は覆った人死郎野郎やろを中心とする20 人は自虐として奥することなく一種をとし て難民法蓮下ととえ祭りもって答えに変え たのであった補講習の死も恐れぬこの気迫 に兵の門は顔色を失ったこの時彼の脳裏に 浮かんだのは8年年前の文8年9月12日 自ら兵を率いて大商人を逮捕戦と暗室を 襲った時の大小人の師匠のごときごきこん であったに違いないけされた思いはやがて ふに変わった彼は片に控えていた次男の 飯沼法願に命じ引き目の矢をいさせた 引き目の矢とはくり抜いた霧剤を矢じりと した神屋のことでいるとヒューヒューと音 がする彼は農民をこの引き目で脅し対さ せようとしたのである飯沼法願の花は容赦 なく1人1人を苛むその度に兵のサモは 念仏を唱えようと脅し攻めたしかし1人と して対するものはなかった帰って一視 当たるごとに正大の声は丁寧に高まった補 公州はただ一心に仏を見立てまつらんと 放して自ら真民を惜しまずの大新人に銃し ていたのであっ
たありののことに兵の門は驚き引き目を 中止させたそして補公州の代表たる人死郎 五郎や郎の3人を引き出しついにその首を 跳ねたしかし兵のサイモンは松原の補公州 の憎しは壊せても日連大商人を信じ立て まる新人は壊せなかった補臭の一心にを仏 を見立てまらんと干して自ら親民島の新人 は国家権力に打ち勝ったのである師は 110人おじず死の子また核のご出世本会 ジジ5所と大は達の口の時絶大威力を 持って国家権力をひふさせたもた今松原の 農民は大商人になし立てまる混合心を持っ て国家権力の脅しに勝ったので ある本問怪談の第5本尊混流補のをじ幕府 を直感戦と出向いていた日証人は直にこの 事態をミの大人に報を申し上げた大小人は 深く深く魚関遊ばされ人司郎と補講習を 元種として5一代の最大時出世の本会たる 本問会談の第5本尊を混流遊ばされた時に 公安2年10月12日少58歳であられた 主に補のは到凡のなせる技ではない名も なき農民が天下の権威をも恐れず仏法の ためには神妙も惜しなかったのはただ大 の師王親に同心し立てまった故である 師は11人おじず死の子また核のごし出世 本会常時後書とはこれである名なき農民が それも1人2人ではない集団として大商人 の死神に同信し立てまるこの痛い同心こそ 未来自の戦フの追走国立会談混流の戦女で なくて何であろうかここにおいて大承認は 人司郎党補公州を本問会談の第5本尊の 元子として保ったのである松原の補講習は 公安元年の入信この大訪難までわずか1年 であったしかもまだ大商人にお会いする 機会も得ていないしるに大商人の魚儀に 叶うご方向を貫き通したことその祝園の 人口差には共の他はないご本物がいよいよ 出世の本会を言とされた公案年中に至って 脈不法の人日光承認のグズにより怪談混流 の地富士南6においてかかる不着神妙の 集団が骨念と出現したことはまさにご本物 の物理のしらしところと廃し立てまる以外 にないこの公案2年の本問会談の第5本尊 こそ大人の出世の本会であられるゆに出世 本会に5年4月28日内馬の時にこの訪問 申し始めて今に27年公案2年なり仏は 44年天台大使は34年伝教大使は24年 に出世の本会を遂たもうその中の大難モス ばかりなり戦前に申すが 後年よは27年なりその間の大難は各々勝 せり釈尊天台伝の章がの本会を遂げられた 年数と対してよは27年なりとせられて いるすなわち末法のご本物日連大承人は 立中より27年目の公和2年に本問会談の 第5本尊を混流せられここに出世の本会を
遂げたうたのであるこの第5本尊こそ本問 寿量本の門庭最大神秘の大法のまさしく 実態であられるゆに日韓証人は問う門神秘 の大法その対遺憾こうすなわちこれ天台ミ の大法3大秘法のず本問会談のご本尊の恩 こととなり戦事症愚と押せられている佐藤 以後大商人は強心ウの弟子党にあたのご 本尊を授与されているだがこれらのご本尊 は一期1円と言って個人に自用されたもの である公安2年の本問会談の第5本尊は 総じて全世界の一歳主上に事したもた第5 本尊で光線ルの暁月には国立の本問会談に 安置されるこの第5本尊こそクオ頑者の 自陣日連大小人のご当体であられる日韓 証人 は天田のご親筆本尊の中におけるこの本問 会談の第5本尊の1をなんづく公案2年の 本問会談の5本尊は区境中の区境本会中の 本会になり既にこれ3大秘法の随一なり安 や一舞台相対の本尊なる故なり肝心の本尊 省問題とお示しくされている3大秘法の うち本問の大目は立中の時に唱えだされた がその本問の大目の対こそ実にこの本問 会談の第5本尊であられるこの第5本尊は 日光証人日目証人日動証人と歴代官証人に 次第送電され今富士体積時に増します そして戦ルフ国立会談のその日まで一切 公開せずご法造に非したてまるのが日光 商人依頼の敵定めとなっている今賢章会員 はこの第5本尊を廃し立てまつって好戦 ルフに戦っている例え1000万理を 隔てるともライモンの包みは1000万理 等けれども打ち手は周囲に聞こうないし心 こそ大切に相千日山ごご返事とこの大世の ごとく連NATの弟は直にこの第本に足し 合の新人は直に大商人の見に通じもって幻 2世の大利益がいただけるのである大毛こ サイド 周来友NGのどけ深きもはバチをバチと 感じない第1回の蒙古の攻めを受けてなお 会下なき人々を見て大商人はその年に表さ れた県立正位省に今年すでにかの国際表の 上 2カ国生津島を奪いとるたえ木石たりと いえどもたえ金重たりといえどもかずべく 驚くべし1人にたごにあらず天満の国に 行って酔える がごとくくえるがごとし嘆くべし哀れん べし恐るべしうべしまた立証暗黒論に弱く もし就寝ひがらずまた極意なを存せば早く ウの里をじして必ず無限の極に落ちなん トラうぬ今不合するを思って未来を 安んずるに日本国の上下万人安大城に出せ んこと大地をまとなすがごとしと大承人の 最も不便とおしされるはこの5章の無限
地獄であるここに大商人はサドの蒙古の 生命を持って会議させ無限地獄の大工を 根性に消せしめとおしめされたゆに王者城 のことにはご障はさておきぬ根性に北家教 の敵となりしば梵天貸借日月四点ばたまい て民人に見させた前と申しつけて老日連補 教の行者にてあるなしはこれにてご覧ある べしかを申せば国士党はこの星の脅すと 思えるかあえて憎みては申さず大時代日の 力無限地獄の大工を根性に消さしめとなり とまた戦事省には今にしもみよう大毛古国 数万層の標線を浮かべて日本国を攻めば神 一人よりしも万民に至るまで一歳の仏事 一歳の信じをば投げ捨てて各々声をつるべ て難妙法蓮下難妙法教と唱えた心を合わせ て助けたまえ日連のごぼうの ごぼうも何日連大商人と都とすとも何 ばかりに手あらんずらん不便不便と捨て られているさらに足原の法難が巻きおらん とする2年8月にはもこのことすでに 近づきて相老か我が国の滅びことは浅まし けれどもこれだにも空ことになるならば 日本国の人々いよいよ補教を防じん無限 地獄にをべし彼らにもつるならば国は滅ぶ ともほぼは薄くなりなん例えばやとして 山井を 癒し張たてにて人を直すがご当時は嘆く とも後は喜びなりもこのことと人のせ忘れ たもう かだがこのよくよく好き兵のサイモンは 松原の補講の首を跳ねたのであったこの時 大商人は補講習の暗記をうえて鎌倉に登っ ていた日光証人に対し兵の債務に最後に 申しつけよと次のごとく指示遊ばされた犬 分営の互換機の 時時の商人のせ忘れたうかその災いまだ 終わらず重ねてらせの場を招きとると最後 に申しつけよ証人とご返事と立の口の時に 大証人が兵の門に久高に押せられた次回 本拠他親筆の災いはまだ終わってない重ね てその大goverを招きとるかと大失さ れたのであるこの5断言また寸分も疑わず この1年7ヶ月後の公案4年5月大魔法は 重ねて日本に寄せてきた今度の来はその 規模の大なること前回とは比較ならなかっ たも福来は前回の経験を踏まえ今度こそ 日本全土を住して料に000と入念の体制 を整えたその兵力は実に14万2人で前回 の約6倍軍船は4400戦空前の大大軍で あるまさに今度寄せなば先には似るべくも なし音ご束との大の通りであった子君は 江南軍と軍に別れて来したまず東路軍の 先兵が津島行を襲う肥前の松浦島の翔平は 応戦したが立ちまちに生たい蒙古兵は前回 と同じく島民に残虐の限りを尽くしたこの
方を聞いたクの風の工事金なは日記に不の 他谷なしと記しているこの大規模の兵力を 見ては釘もブケも必ず今鎌倉まで侵略さ れると触れ上がったのである津島行を犯し た路軍は主力の江南軍と合流すべく平戸島 の沖で待ちやがて両軍は合体した兵力 14万24400隻の大艦隊は海を覆って 平から鹿島へと投身したいよいよ本土進行 である7月27日先発隊が鹿島に上陸し 続いて本体が上陸準備に入ったこの上陸が 完了して本土への進行が始まったら日本は 必ず滅びるだがその準備の最中7月30日 夜半から吹き始めた暴風雨は次第に激しさ を増して翌日まで荒れ狂い多くの軍船が 破損してしまったまたしても大蒙古の軍票 は台風によって撤退をよぎなくされたので あったなんという不思議の侵略化兵力の上 から言えば日本はこの時すでに滅んだので ある大商人の国必ず滅べしの5団言は少し もわず日本を滅ぼすに至る軍票は押し寄せ たのであった日本が滅びなかった [音楽] 理由だが日本は滅びなかったそれはなぜか これ実に日連大商人の絶大徳とごし5に よる兵の門は大将人の首を跳ね立てまつっ た日本の柱を倒し立てまつったゆに大は 日本に来しただが首は跳ねて跳ねられず柱 は倒して倒されずよって日本も滅んで滅び なかったのであるもし音首が跳ねられてい たら日本は完全に滅亡していたに違いない このご本物の絶大特を日連によるて日本国 の有はあるべし下種本物上道誤所の重大の ご金源に深く排すべきであるまた日本は 山大秘法が全世界に戦する根本の明国で あるもしこの国が滅んだら全人類が救わ れるべき仏法も破滅するゆえにもしこの 国道を消せばまた仏法の破滅疑いなきもの なり立証安国論互換期由来五感由来すでに クオ元女の樹人たる日連大商人ましまし 本問会談の第5本尊まします上は義におい て日本は既に仏国であるこのゆに大人様は 日本を国よりくされたのであるされば公案 2年の仙人場に は商人国にあるは日本国の大気にして蒙古 国の優になり書流を狩り模様して敵襲を海 に沈め本石にせつけて蒙を召とるべし君 すでに人にましまさば兄人持していたずら に他国の攻めを遠やとこの問を廃すれば 2度の蒙古の集合において2度も不思議の 台風によって蒙古君が撤退したことその故 がよくわかるであろうまさに書店にも助け て蒙古を集落ししめたのもまた書店に せつけて日本を守らしめたのも全ては大小 人5一人の絶大力による確定大商人は日本 国の一歳市場を幻にご守護くだされたので
ある日連大商人こそ日本国の一歳主上の 主神であるゆにその大正眼の大に弱く我 日本の柱と並ぶ我日本の原木と並我日本の 大戦とむとと近いしが破るべからず開目症 ご本物の大正がのなんと健康なる大事悲の なんと人口なるただ神戸をたれ合唱する のみである逆府と純 府2度に渡る猛の攻めを見て日本一度は 神定から不し震え上がったそして1人残ら ず日連大商人の港と難民法令劇を深く命に 刻みつけ未来に仏になるべき種を下ろされ たのであるこれが誤財政における逆縁交付 の大気動であられるそして未来には巡演 交付の時が必ず来る全ては大商人5一人の 大ヒ眼力によるこのことを日韓証人は千治 省愚に逆縁に訳せば日本国中好戦ルフに なり言や如来の金源は大会の死の時を高え ざるがごとく春の後に夏の来がごと集合も たうことなしもししからばついには神一人 よりしも万民に至るまで一同に立を寄せて 皆難民法劇と整うべし巡演府なんぞ全 からくこれをう見や時を待つべきのみと やがて時至れば必ず純は実となるゆに大人 は処方実装証人未来もまたしるべこれ兄 自由の義にあらずやあさえ戦ルフの時は 日本一同に難民法教と唱えことは第一を的 とするなるべしさらに上野章にはただせ たま梵天貸借等の見計として日本国一時に 信ずることあるべしと時至れば大人が書店 に申しつけて情勢をらめ同時に無数の自由 の菩薩を目出して戦わしめ純交付となるの であるく日光証人にご付属公安5年9月 五入近きをおしめされた大は指定不に ユがヨガの教会であられる日光証人に3大 秘法の全てを付属されたそのご付属上が次 の一法付属書である日連1の法百連あり 日光にこれを付属本問具の大同したるべき なり国主この法を立てられれば富士山に 本問寺の怪談を混流せらるべきなり時を 待つべきのみ自の解放というはこれなり中 ずく我が門等この女を守るべきなり公案5 年9月日連最後反血脈の次第日連日光日連 1後の法とは大商人出世の本会えてある 本問会談の第5本存のこととこのの第5 本尊を日光証人に付属し本問偶数の大同士 に任じたうたのである国主この法を立て られば以は好戦ルフの時至れば本問の会談 すなわち国立会談を混流せよとのご有名で あるこの国立会談こそ日本を今後増えの 仏国となし全世界をジコドにするの秘術 大商人の究極の対岸はここにあられるゆに 日光証人にこの大事をご遊ばされたので あるご 入滅ここに1歳の気を終えられた大商人は ご入滅の地を武春の生神の胸中の手と定め
られ公安5年9月8日旧日年在週在中のミ を下山され同18日池神亭におつきになら れたご等流を伝え聞いて御言より参集した 文科一道に対し大人は最後のご法として 立証暗黒論をじ このご法こそ仏国実現すなわち交戦ルフ 国立会談混流を掃除て文科一動にご有名 遊ばしたものであるそして公案5年10月 13日立の国日光商人以下の続が相続が 静かに昭和したてまる中大商人は安定とし てご入滅ばされ た少61歳この時兼てのごとく即自に 大地震が振動したまた池神亭の庭には時 ならぬ桜の花が咲き乱れたというまさに 天地崩壊あげてご本物のご入滅を悲しみ 立てまつったのであるここに1代のご気動 を排してその大時代悲を忍び参らせれば誰 か類法に伝わざる伝わらざるこの人音を 報じさてまるにはただご有名上手に捨ての ご方向を貫くのみである難民 法