朗読を楽しむ 永井荷風「罹災日録」9月から12月

朗読を楽しむ 永井荷風「罹災日録」9月から12月



永井荷風「罹災日録」の9月から12月部分の朗読動画です。1時間30分です。

朗読を 楽しむ長井花風理彩 日昭和20年9月から12 月9月書1早朝宇宙に鈴木市の家を去り五 が女弟にて新橋駅の裏手なる残りの ビルディング内に住めるものあるよし聞き しり至れ ば直に訪ねいたりこの次第を 継ぐあかも熱海に行くべき用事ありという にさらばとて後人と共に新橋より再び記者 に乗り他熱に至る 五そとその家族とに会い別後のことを語り 身の筒が泣きを がす9月初2 日曜日昨夜木戸市東京より来りて一泊せり その 後書庫に入りて最善預けおきたる席及び 急所の泣きを 見るまたその語るところによりて五層の 熱海に息接しこと事情また木戸市が東京 中野に家をわがない急に移転せ理由を知り 得 たり9月初3雨午後に止む黄昏れ海岸通り を 歩む 9月小4時々 ビュー秋しきりになく来島のことを所有に 放 ず晩食の後5層初めて7月下旬岡山にあし 世のもに陶器を促す手紙を送りし事情を 語り縁一層 月名を見るの思いあり痛言うべからずべし べし9月 初号中林の天気昼に近くして初めて 春木戸市の別荘広代 なり高泉を引きたる浴室 あり庭に待つあり窓によれば海と町と大を 見る べし初にカパの処さ 押し偶然流北全集のある お狂気して貫中の神尾日記を 読むよ今服用の一友より投稿して熱海に 来る熱は竜北が万年病を養ないしところ ならず やよ若干の頃より流北先生の人品と文章を 警護しておくあわざる もの今はなくもその有責のじきを知り換気 の情さらに深きを 覚え美前の国国 と久保 町は維新前旗本戸川裁が両地 なり瀬尾より岡山城下まで2 里ビチの国高松稲神社の地は戸川清之助の 領地に世は板倉港 領地高松は花ぶさ市の両地

なりキ軍足守は木下孝 領地鬼の宮は大鬼彦の命すなわち 高齢 天 祭る以上公敏日の記事 なり9月小六 晴れまた 曇りご相子の借りて住める木戸市の別号は 熱海の南端和葉の山手に あり2二階の窓より東北に 海湾北より西の方に 熱海来宮に停車場の設けられ し密山を望む 南の方もまた近く山ありて朝夕収運の巨大 するを 見る会場に日の登る光光景すこぶる雄大に して山はまた三観に散在する東映劇場の 背景に似 たり熱海の計は世の初めて見るとところ なれど何の故にや岡山市郊外の田園に おけるが ごとくその印象有尾ならずすなわち 世が主教を動かすべき力にとぼしが 落としことに家道路改変の埋め立て地の ごときむしろ目にすることを発せざる ところ泣きにあら ず氷を解きてよりすでに数日を経たれ ど12度優勝を投ずるがため杖を門外に 引きし のみ就実一室に生果し読書に空腹の苦しみ を忘れんことを願う のみこの地の食料おりおり サバサマなどの配給なきにあらねとバレー 所南京のごとき腹の春野菜 少なしこれを美容宗社の宿舎に秘すれば その量を半ばに及ばず将来の健康を思い 朝夕秋風の霊なるお知につけ心情憂鬱なら ざるを得ず 9月小7午後吉田中村の西東京よりきり 話すこの日晴れ後に 雨9月初 8曇り晴れ定まらず残暑なお盛ん なり9月初日曜日 昨夜進行より東南の金 甚だしく周期立ちまち夏のごし隣人の語を 聞く に小田原御殿場の辺に米軍新中軍の一体 あり東京市中米兵の33午後歩するを見る と今朝東京の遊 帽子の書を得たりその一説 に17日以来おいの大事にまだ言うと万 ないさてはもろなまでうようよと騒ぎ回る よただただ苦苦しき極みにござ そろ偉人もおいおい浄化に入り込み ちらほら街中なにても見受けるように愛

なりも しろ梅雨は小花とネタというなどと節まで つけて歌っていた昔の人 はやっぱり苦労人にござ そろ定戦により群発官僚の退散は実に年の 暗を一掃して秋晴れの空を仰ぐが ごとく近来の一大開示にござ そろ老成もこれから先の進むべき道もゴリ 夢中ぐずぐずと毎日を退屈しながら形成 官房まかりあり そろ9月10日曇りて虫 あしこの日岡山より転送の優勝スツを得 たり9月11日半ばは曇半ば 晴れ海暗く山常に雲あり宮社の書庫に白 文官板帝国文庫多くあり大家星団を取って 読む 夜半 州度々 来たる9月12日雨昼に近くして 止む人より恵まれしもめ浴衣1枚の他家の うにて身に作るもの なし昨夜雨ととに新間査を犯すに つれ からまた 雲他木下市東京より来 たりどてらの古きもあれば近きうちに持ち きたるべしと いうこの日東条大将その他旧軍爆の 官僚逮捕セらしと いう9月13日 夜にいり 雨9月14日雨やず島中市小堀画伯 来翔進行 風雨9月15日天候依然 不穏ち書房主人古田 明し去月 急行来者出版のことを訳して帰りし に今日突然その領として金縁若干安田銀行 こぎってを送りきた れりゃ線よりも いさ義せざるを得ず単行本一貫出版の令と してはその額大きにすぐるの思いあれば なり9月16日日曜日半ばくもり半ば晴れ 台所にて人の語を聞くに近日配給舞1人1 日分1号七発しなれば大豆また玉ねぎを まずるも朝夕3度の食となに足らず されどこれをさえ口にすることを売るもの はなお幸い なり農家へ買い出しに来ても居ごき植物を 売ること用いにあら ず旧遊の東京より よるシドの中には我が昭和文芸 の全について楽観の意を表するものあり 演劇の大勢を期待するものありあるいは 互いにこれからは明朗なそして意味のある

仕事をしましょうというものありこれを 要するにみなおりの 挨拶広告分の興奮に過ぎず一点真実の気味 なく有国の信条をトロするもの なし外端せざるべけ や昼の後空晴れ三条雲 なしすなわち門をいで優勝箱を尋ね尋ねし て海岸通りにいずロボに石碑ありコミ先生 の区を 告 南の雲夏の塩地や島 三里けだし初島長房の刑を言うものなる べし風俗が混じやし記念の区と合わせて 原油者文学の遺跡となすにたらん か 9月17 日ふ 少々座右に読むべきものなければ木戸が 増長しより改造者1円本の 中龍郎先生の部を取りて みる浅瀬の波の 辺明治30年 頃深川 砂村目標関西堀の風景を伺いしらしる女系 の 分興味心々 たり9月18 日咲い雨止 ず偶成同様戦中に座するが ご未だこのに慣れざるを持って風の方向 明らかならねど盗難より襲いくるものの ごとし数日来野菜の食うべきものなけれ どもごかすサバの配給多くいいえ手性の星 魚をのきに下げ たり隣人と語にその家にては祭祀4人昼に は米飯の代わりに小麦粉のぽったら焼き 惣菜に小高の煮つけし5 引き夕飯に初めて大豆入り半月前2ワを 食うと いうコラが少水の女持って しし風雨日暮れに及んでむ一点ぬぐが ごと123日頃の月静かに公案を 照らす今年の中州思に両やなる べし9月19日飲み 起る鎮東の窓を開くに転職運営水と合わせ て一望目にいるもの昨日に異なりて就職 はかに 鮮明新規となれ り三伏による熱海の人家朝日を 受け緑林の間に三建する様 セザーヌビル核のごとき秋場の美は北斎広 の板にも指さを連想せしるもの稀なるを 持って なり岡山より池田3門の沖の手紙 来る晩食前シチを

干す先日来食塩の配給泣きを持って 舞子海水を組みたたり鍋にてこれを煮詰め おり廃線国の球場をいよいよ見るに忍び ず9月8日晴れまた 曇り暦持たねば確かならねど小いは十屋 なるが 今年我が宮教なんの山に近ければ海より月 の登るを見ることわずクウに浮雲の大き 親夕して後家を弟子がロキ霊なれば風を 恐れ家に入りて早く枕につき ぬ去年の日記を繰り返しみるに自子屋は 10月の2日頃なりしが曇りて月なきと 記され たり今年は家なきルロの身もとにかく命 ならえて熱の承知に来たりいこの家の厄介 になりて曇りがちなりながら明月に対する を得たり幸いなりと言わざるべから ず月みるもおいの務めとなるか 花風空腹に染み込む梅雨や今日の 月湯の町や日も賑やかに今日の 月9月21 日昨夜十屋の月も吹けてより雨となりぬ 今日も曇りておりおり降る雨ぬかのごとく 細か なり9月22日曇りで風なく総の芋畑に 就実虫のの耐えること なしバレー所作りし畑は残りなく耕され て冬なのめ燃えいで たりかゆのひさえ 中や画によわりて読書に時を消す のみあまり寒くならぬうち何か物かきおか んと思う心はあれど腹のみ透きたれば気力 に 乏し帝国文庫本高層実を読むさして今日な けれど読まには べししなざが故に行くとは格のごとき障害 を言うなる べし暮れ方近く雨降り出してやむ景色も なしリカのラジオ17日夜半の 風九州筋被害 最も花式よをほ 9月23日日曜日 春分終日 雨9月24日関ようやく晴れ秋晴れの高 天機重ねて来た れりゃの ごとし9月25日晴天運営なし当然林間の 百日光その花白きもの名を散ら ず天内に引き入れたる大流に赤霊のきりて 歩むを 見る不要集海道の花共になお先見 たり門外の小計には野の花の薄く紫色しに 悲願花の真っ赤に咲たる あり来性格庭園の昔を思い起こして超然 たるものこれを

シス9月26日 改正窓より見る公安初等の 風景カになることまた 年給料の中腹緑樹の間より温泉の白き煙筋 となく立ち上りで伊エもなびかざるを見れ ば高安の秋の 半日いかに風なく静かなるかを知るにたる べし平穏格のごときフードのの美は侵略的 民族の生息すべき地にあることを証明する ものにあらず や現時日本人中の一部はおそらくはよそ より移りきたれるものの子孫なる べし降臨友善を生み出したる種族とは別の ものなる べし米国の学者公図もし根本的に現在の 日本を知らんと発すればまずその研究を 初犯より始めざるべから ず9月27日ご総司昨日東京に行きヨガ アブ返期間火災保険金1万円の 金3000円を保険会社より得たりとて これをせ らる反応大いにさすべしこの日 衆院もことして夢の ご昼の後天神町郵便局の曲がり角より道の 行がまま設計を 登る宮人の 三相 農家きこりと愛 交わる渓流早々たるところ小胸を かす道登ることをしばらく急にして最司法 に分かれて林間に いる坂温泉機関室の札かけたるペキ塗りの 小屋 あり光線を組み上げ鉄管にて人家に送る 設備をなすところなる べし三伏耕され て頭皮の類いを 売るヒガ バナー至るところにラマ たり立ちまちにして 1の樹に立てるを 見る児童に遠に今宮恵比寿神社なりと いう常夜 党 下表お手洗いの類そが気心の年号を見るに みな明治時代のもの なり別路行に長にして居に近き人家の裏手 に出たり国よりふうと なる 女中雑子を 読む9月28日野従来の 暴風今朝10時頃に至って静まりしがなお 空晴れ 船原山のいきも曇りて 暮らし昼た時の芋畑に人の語り合える

を 聞く昨朝陛下 美服尾行し て赤坂霊南坂下なる米軍の本影に マッカサー市元帥を問わせたまりと いう9月29日 曇り9月30日 日曜日曇り晴れ定まりなし美風 上場期春 のひもほならんとする頃門外の一路山に 登るものについて行当もなく農家の間を 歩む数にして寺ありとおしくコケむたる 石段の麓にいたの石地蔵消化に並列するを 見る 登るに扉なき石中の門を控え合法の道の 玄関に臨在衆公然児と書きし札を掲げ たり平然に木星の大木ありて意行ぷぷたり よは今だって核のごとき木星の胎児を見し こととなければ所立して仰ぎみる に主なり傍に一日 あり両馬再来幸運 空風港一貫猿 無住先週龍徳公然寺行官寿王合の 末 の文字を 見る別に木札を立て て大形万の絶句なることを記したり打笑う べし死によりてこの寺初めて藤原藤のカ樽 を 知る一郎松の下また石を立てて寺の演技を 記すその文を読むに歯しかさぎ次郎の戦 するもの なり同郷石油ありて次第に山頂の墓地に 至る梅かきみかのごき果樹う然 たりかき今田熟せずみかなを青く樹下の 村中まんだらゲのまじしげの花の釈然樽を 見る のみ熱海の全市街は眼科に あり海岸を歩行する人物豆の 太し意に座して風景を 称す有金の 声族と相して日暮れの近きを しらむラロを降りて山伏に至るや東映立ち まち姿勢の間にててたるを 見るロボの人家より腐女をいでて渓流に米 を洗い素材の口に入りがきを語り あり宮居に帰ればラジオ然洋学を そうす江戸人海の間不からざるを得ざる なり10月初 1 こひなぞ即なる や残暑の5岡山を去っ てはい一夜を明かしこの熱により1ヶ月は 過ぎ たり昼して後ご師と愛携えて改造寺に至り

ナの古木を 見る樹下に壺牛博士の日 あり稲門の 教授 金子馬春の線分を す書及び 学は三村築の筆 なり渓流を渡り博士の旧宅総子者の門前を 過ぎ木宮の腰にさす電は近年開の際に かかりしが ごと臨時の同者を損する のみ同に有名なる楠の小木 あり門部将して天然記念物の刑事をなし たりこの辺り一体に地目多く有料限り なしフランスフォンテブローの森林にひし て遜色なかる べしよ初めて熱海に来たりしときさほどの 承知とも思わざりしが今はなかなかさが たち心地するに れりゃかに 石刀 のくいあみの花咲き乱れ たり石にざして長後水星を聞くことを 生じ設計を折りば数値ならずして市中繁下 の町に いず薬草をを売る店あり入りて日経不正 参照を買う一袋10問目大金2円なりと いう熱し食料品その他闇 覚え書き1つ白米1章金70円 なり1つ大豆1章金40円 なり1つ鑑賞1関目金2円 なり1つ砂糖1巻目金800円より金 100円1つ小麦粉1巻目金200円 なり1つ牛肉100問目金2円なり 1つ電気投球1個 金円 なり1つ計算1個金3円なり1つソダガを 1日金8円より金10円 ぐらい1つカマスび金2円ぐらい 1つサバ1日金1円配給も一日金202 線1つ巻タバコ 光1本金にえ なり1つ刻みタバコ緑1袋金園 なり10月初 に 曇り岩波本社星州を 読む集中の一国 に万理強制一 騒動百家沢水即 相老金眼 浴場小 少女右 考量 ささ 等後ろ個人書

断絶こが用し色 領 欲生 高徳ゆ祖 法自称恐怖老 教 老皇 教辺中後半の4区が現在の境遇を変りに 考えことに深きものあるを 知る単行本来訪者の条をそうし てち書房に郵送 す戦争中私の友人たちは日に日に物資と 食料のなくなるにつれ私の同居生活を 気の毒に思われ時折り歌詞や砂糖また野菜 の数々を恵まれ た私はなんとかしてこの行為に報いたいと 思いながら書は拙く絵もかけないので試案 の果て支線と商品の走行を負してこれをぞ して員に変え た今本書に納めのせられている来者以下の 初編がすなわちそれで ある戦争は時と共にいよいよ激しくなり 今年34月の頃には佐に広い東京の町まち を敗にしてしまっ た私が30年に近い歳月を送ったアブの家 もまた開の際にあっ た私はわずかに身を持って 逃れこ交小前として処方にルグしていたが その間日に遭うこと前後2回の大きに及ん だ秋8月の半ばに至り初めて平和克服の 福音を聞き美容の一友から急遽東京のハト に帰ってみたもの の窮地は試算して身をよすべきところも ない重ねて登る放浪の閉じ幸いにして 偶然1友人の熱海にあることを知り訪ね いってここに初めて破れた靴の紐をきえた のであっ た私は勝ってアブの路から所有に送った 走行があちこちと友人の間に停電せられ また端なくも熱なる友人の手元に一括せ られているのを見 たこの友人は諸子ち書房の主人とは葬式の 間柄であったこれが 本章思考の運びに至った有言である私は 乱後ようやく男性を伊豆の改変に営みつつ あることを知らせる代わりとして見るに たらぬこの書を人に分かち送るという のみ昭和20年10月熱海にて花風三神 シス10月初3日食運営 年午後停車場前の町を 歩む土産物を売る店並び たり上風えがきの売り残を 買う星武道1袋 10円競りの塩漬け100問目30円の札 出したる店も

あり石段を降りて海岸を 歩む り1旅館の戸口に立ちてぬるはるを 待つ道を隔てて一老少 あり混じやしの火を立て たり小ハフの区を刻むこれ伊豆の海岸に ホトトギスの火を見ると 同じく我が国民衆の趣味を伺いしらしぶる もの なりよはその是非を論戦と発するも到底 あうべからざるを 知るただ唯一不思議の感に打たれいるのみ 家に帰るに台所に国を売りに越ししありあ を問うに1章30円なりと言え り戦後仏の後頭鬼人の異に いずえ島中市来所あり遠からず中央高論者 を最高すべきとなり夜になり 雨風夕立ちに虫まだ泣く やこ月 カフ下駄ぞりもみも干すなり門の 秋つばの去りに後の 帰り花いたずらに追いく人や秋の 暮れ10月初4風山ず島中市伝法あり午後 6時来遊すしと なり10月 初号風雨直山 より晩風最も 強烈天地名たり夜に入り風闇星 いず新刊永眠りをなさず旧日記を 読む10月 所谷崎市 来来春までび勝山の宿舎に滞在すしとなり 他島中 来光10月初7日曜日時々雨降る晩 must島中市に招かれその宿泊する三納 ホテルに至りて晩餐を共に す米軍の志間と式青年78名食事を なり挙動を静かにして人品癒しからら ず食後酒場の少女相手に日本語の練習を なす雨止まざれば宮居より傘と鳥鎮と 取り寄せ9時過ぎ自して 帰る10月小8天気回復せず時々週 あり夜試しに接 全中本を整理 貴重以後よりアブ仏教の頃までの作品は 春陽堂観光の週6巻を持ちしアブとアブ 仏教後神祭頃より今日に至るまでの所作 また六感をなし うし10月 食今日もまた新たなる低気圧りしという 時々豪雨のごときくる あり虫あさまた花 し虫の声お 表彰初中の 後年10月10日終日雨小麦粉を買う

100問目金20円 なり10月11日今日も雨 軸を流すが 後年不穏の天気去3日の夜より今日に 及ぶ各地方の被害思 べし想死の書得 たり熱海魚 闇1つ さま小1日金2円50線 なり1つ 室1日金2円 なり1つサ中市尾金五円 なり1つこの城一日金2円50線 なり1つアジ日第1日金4円50戦なり 1つカオ小1日金12円 なり10月12日朝のうは西日で吹き見て 警官身にしむばかり冬急に来たるがごとく なりしが空くなく晴れ渡りたれば昼頃より はのどかなる小春の日和りとなりぬ町を 歩み熱海銀座と呼ぶ賑やかなる坂町の とある喫茶店にてランチを注文するに神 より薄怪しげなるソーセージ数辺にバレー 症少し添えたる人さらその値 4円税2円なり化粧用こ有小瓶金 20円かけ形式西用紙1 枚 20円20 線板一速金4円竹の川沿一速金2円50線 との ことなり戦後日用品の値人して一教をきせ しむえ10月13日よく晴れ風静かなり 熱海郵便局の裏手なる温泉寺に鳴島流北の 線分藤藤原藤ふ教の日あるよし聞き至れば 生きてみる寺はライの宮の方に登り行く坂 の中と渓流に駆けし玉橋という石橋を前に にして石段の上に温泉寺の変額を掲げし門 を控え たり門内に驚くべき一株の故障あり俗に 東校手植の待と称するものすなわちこれ なる べし経題に比23あれど流北先生の文を 国籍しものを見 ず湯原道自蔵村の左側に長山 監守鉄条の 文大内星山の小国世日あり流北の文という はこの日のことか乱外 書き入れ後に人より聞くに流北の分は秘に 国らると いう別にまた1あり昭和15年富豪次郎の 混する ところ竹越査の文をすまた門内石頭の左側 に伊藤春母の五言 立子陸軍大将小何がしの小国世しもあり 泣きにしかざるを 思う経題ただ老少の王妃は喜ぶべし寺を

いで静かなる産経を歩むに邸宅 臨戦小をつね優種あるものなきにあらず されどその門札を見れば人して同州ぷぷの 重い荒らしもののみ熱海の町は古樹老木の 他ほとんど見るべきもの なく証拠続きの黄金を存ずるところをなれ と群発の趣なきは不幸中の幸いというべき か10月14日日曜日大豆三省を買う衣装 40円なり曇り晴れ定まりなく風静か なり午後変化者水行園のありより山の手の 別荘地を 歩む小白の木王けれど金山茶家の類 少なし春初島の庭に紅白の三ざしを見るは 東京の町の特色とも言う べし熱海の人家には聞く コスモスハゲをうるところほとんど泣きが 東国木きり中村光より太陽のフランス文学 書類崇CARをうせ らる開き見るに皆山田主急増のものなり 山立はかって大外先生の愛情まりこメトし となるを思えばまた多少のか泣きを得ず より辺当然にあり下つゆ 寒し10月15日朝9時神聖者社長青山虎 のす死を通じて面会を 求む新刊の雑誌神聖の現行をこる言う ところの現行 料3章と同じく物化冒頭の霊に漏れ ず貧しい文子の老を奪う笑うべきなりこの 日ご導師構成に生じて歩みて根川編に至り みかをあがい帰る一貫目15円なり と10月16日天気老運営 ザグ教たること昼夜を分かた ず10月17 日昨日にまさりてまた良き日なり新聞史に 木の下木太郎氏病没のことあり去年61と いう明治41年の秋海外より帰りしと 初めて死と愛 しりはなお医科大学に ありき急行を早期して超然たりとか新たに 小説の不安をなす月名前夜の今年古13や 両3日の後なる べし10月18日曇りて静かなる日なりえ 鈴木田九金の負を新聞市場に見る去年 69世の初めて九金を知りしは明治30 年その名ちょぼ教週間の観光の コロナその 名著ボボテ州ボテ州観光の頃 なき老後品品ととして 9負を聞く悲しみに絶えざるなり午後中村 光来たりさらに所蔵の幼少を対応せらる想 師その小生に増殖若干を持たせ使わさる 講義喜ぶ べし10月19日晴れまた曇り上昇夏のし 教23の皇帝をなすこい1や幸いにして 晴れたり今宮神社サレといえ度近隣静寂

平日に異なら ず3例の曲がり角に登り2流を見る のみ10月20日時々こめメリア桃引きを 買う大化200円 10月21日 日曜日ふ午後に止む桜井闇取り締まり 厳しく刑事停車場その他の要所に出張を なすため魚類野菜出回らずいえいえみな副 植物なきに苦しむと いう10月22日曇りて風激し午後市中の 銀行に 至る門前に安川持を焼きて売るものあり 公人衆するを見るに1個金2円なりと言え り10月23日天気なお不穏なり球場県に 宮城県に避難する安倍幸子小包郵便にて下 手ぬい 花を送りきた れ旧下谷黒門町う主人谷口市正あり近日 経済会の風聞を聞くごとに生活の不安 ますます ふかし分泌の公開また消滅していくを 覚昨年この日よりタバコ配給と なる10月24日晴れま曇り夜 月吉10月25日改正調整近近午後谷口 転じし伊東に行く途中なりとて来り とある砂糖野菜タバコを らる就寝後腹痛下痢2 号10月26日曇り 風要約さむしスタンダールの小説アルマス を 読む10月27日改正風早くに つく10月28日改正総な中世を 聞く10月29日天気老成急行浮を論者に す戦後初めて森先師の 章得 たり10月30日晴れ午後より 曇る昼の際前歯1本折れたり岡山にあり しと司会の治療を受けんとて尋ね歩みしこ とありき熱海に来てよりのこの地の司会は 信頼のの患者を拒絶するがためついに地を こうところなく今日にいたり しなり老朽の要望 ますます宿悪鏡に向かうことを る 万風 正常10月31日ふ小午後雑誌新聞の記者 防きり話す さしたる用事にてもなきに乗りが者に乗り てくるその老を思う べしこの 元町あぶ理彩児にはなお数さありしが今は みな敗となりぬ幸治にべなるマの毛質も今 は少し日本に室を持くこともいよいよ困難 となれ り戦争の

災い今更嘆き悲しむ先方もなし も11月初1防弾初夏に至り数年前に執筆 接し短編小説勲章を訂正して神聖者に郵送 す 中村 は30年代かきなれし日用が皮士長10月 の記事にて神つきたれば果実ひより恵まれ しこの半を閉じてみたれど乗り強く運筆 自由ならず毎を就寝前その日その日のこと を記す戯れも今は楽しからず日記はこの まま中止戦かとも思いがそれも何やら 名残り おしくまたもやよしなきダゴを書きことと はなし ぬ11月初に晴れ正号中央行論 者小滝漁師来は11月賞賛 海生生誕史が手紙の末 に宮津の行方の三重隠れ 生誕 小包菊の花やる車 から秋の日や物かく時の筆の 影主義1は吹き飛んで行く野か な戦後の世帯いよいよおかしくなり に夜陳情に中村市太陽の小説ジャック ジャルダンのエヴァを 読む不局筆法両ながら精神にしてヒチに 富む11月小4日曜日天気 老成11月小後改正運営なし午後海岸通り の近藤に よす湯原湯と川原湯と言いて男女こよなる もまた一教 なり銀座の坂町を歩むに店頭に友善染めの 古を陳列し英語にて連合軍兵士を歓迎する 予を書き法事にて日本人はご遠慮ください と記したる店あり 放置養殖店にては米人に限り牛肉を出すと いう土地の人の語を聞くにこの町の師匠は 東京の玉井などより もかシグよろしく値もまた剣なら ず上代に内外人の別なしと なり11月6西風吹きども空晴れ日の光 やかうらなること陽春の ごと山も海も美し微笑が ごと東京にては覚えぬきこなりいず特有の フドの帯びよく旅中を 慰む下厳しからねば四方の山々をを望むも 少水の青黒しげりのみにてもみの目に えいずるものなし人家の庭に柿の葉わずか に色づきし のみザロの花見る庭もあれと菊は未だ開か ずツはほとんど目にせず八でもまた稀 なり山茶な八で青木の類いは東京山手の 特徴なるに や四月市が週 に赤八で他に花なし冬の庭の銀あるを

思い出す11月小7昨夜ダにして火鉢も いらねばせち前週の走行を整理するうち夜 いつか尽きて窓の隙間明るくなりぬとかを 召して塔を開きみるに会場の空バラ色に 開け くめまずのみさ淡く紫色して長く会場に 浮かべる様影のごとし町の日は夜のままに 名を消えず会場のいさり火もまた高行 たり渓流のを覗きて天地弱弱たる時かかに 太鼓打つ音のきこゆは町の伊豆子にか北家 臭の寺あるがゆえなる べし立ちまちにして西山の頂上発光 に染まり人家の反面続いてまた同じ色に 染まり けり棚横雲小金に輝き太陽静かに南の山に 登りぬ再び遠閉ざして一水正午に さむだ温暖昨日の ごと11月小8海晴風あり午後両三師沼津 の木ときりとある上野公園及び地下鉄道 校内には 家なく初球なきもの多く集まり旅客の弁当 などを開きて空を見るや1人2人と次第に 集まりきたりついに食物を奪いされるよし 日々45人ずつ餓死あるいは病死するもの ありもっか東京市中300の光景を呈する ところは上のなべという また銀座松高屋側の空地を借り受け小掛の 武登場を開かる踊り子の収入一石560 NHの よし日比谷公園のベンチのごときほとんど 空席なき勢いなりと いう夜現実の3兆に出るを 見る11月勝 昨夜より気候やや 寒し林縁のみかも熟して黄色くなれる主に 立刀の説もすしに や生後近く種だし真州飯田より来りえ駿州 清水にある地人また上州明義の友を問う べき途上なりと言えり黒いも一袋を 恵ま接し前週の走行を整理すこの冬は住み なければ窓に刺す日の温かなるうちせめて 机によらんとするなり他川端安なり中村 義秀西来は鎌倉にて文芸書類出版のよし 11月10日天気 老成熱海市役所にてヨが東京中の理彩の時 の給預金 200円下され あり伊藤駒子 来所11月11日 日曜日国家の子道にて米国のにわれたり とて伴い来たり世に通訳をえり大間に案内 して弾圧年30ばかりニューヨーク コロンビア大学の出身なりという昨年出身 ニューギニアよりフィリピン島に 展示今週日本に来たり横浜の陣営に

あり日曜日のを利用し書の風港を見る今日 銀座通りの商店にて男物 明線男物 目線ドテラ を買150円にて 買う家に少女あるを持って土産物にせとて 友善染め着物 を注文し たり本月下旬人満て帰ると語れりご導師も いできたり茶家をきす談話半時間ばかり道 くけるば家の子を送りてその宿泊する熱海 ホテルに行き雑誌ライフ23冊を借りきた れりゃ執筆 進行に 至る11月12日改正温暖昨日の ごし旅館ジュラの焼け跡に流北先生の日今 なお存するよし聞き至たれば尋ねみるに 板囲い厳重にて入るを得ず銀座町を歩みて 着せる1本を買う驚くべきにてその値 12円なり米兵町を 配す昨日大雪接し首にすれば別種族の ことし色町の正時にいるにそばや貸屋の店 にで人の出入りするを見るその語りつつ いゆを聞くに三つ豆は少量の観点のみにて 金 1円歌は干渉まろめ少しばかりきなこを 振りかけしものこれも1つ一円なり とただある2階屋に騒ぎの写せ聞こえて 乳神の芸者の出入りするを導く人と共に 立ち止まりて伺いみるに義を生じて大敗を ある なり横浜開校の昔 吉とが西を見るが夜に入り風にわかに 寒し11月13日晴れまた 曇り朝ち書房主人きりて炭鉱本用神見本を 示す旧創 族急行続独りごと後半改ざん 11月14日雨午後川端安成市北え長木刀 気団梅雨の後先を一貫となし出版すしと えり進行 風雨11月15日安民正午にさむ南風 激しく曇り晴れ定まり 夜10時家の警報を聞く窓を開くに停車場 の方向海岸に近きあたりより火炎の上がる を見る1時間ほどにてちかす台所のコロに 炭火を起こしご師とえ間はやに 至る 日 明月 高校11月16日風荒れとよく晴れたり 海水のアコン今日はことに深く3色また 極めて鮮明 なり安良の 呪目 総所書に

えのきまた桜などなるべし浴室の温泉にて 浴衣3枚を洗い日にさらさん とて裏庭にいず梅の葉落葉し桜の葉くれ ないに大根の葉しなびたり大所の人の語を 聞くに本にして2円みか1巻目6円今日は 配給の以下王子と いう11月17日 老成東南老体によし森先師 来し闇売りの人勝手口に来たり砂糖の 売り物あり1目750円なりと いう11月18日日曜日晴れ昨夜矢きり 年内に大工を雇い家を修繕し料理を開業す べければ行先見つかり次第立ちのかれた よしご師に相談接しとて一家優秀に 沈めるを聞きよもまた安全たり午後露地が 兵頭の漁父を読む廊下の窓赤きを見遠を 開くに満月会場に あり成功波に得ず1大期間なり家な君いつ の頃まで熱にあるを売るにや総の絶景かっ てて悲しま しむ11月19日 改正月名昼の ご世の噂に来年4月頃には石炭不足のため 全国鉄道普通になるべしと いう11月20 日京風だ なり3の 総ようやく見くれない なり11月21日曇りて暮れ方より雨終日 執筆11月22日雨静かなり気候だなれば 春雨の ご町の方を望むに山々霞渡りて湯の煙のみ 目立ちて白くちり たり総の畑の所々に立ちたる樹木の宇宙下 にしみたる様言わん方 なし熱は見るもの みよし人身花軽薄なりとて癒しる人もあれ どこれ温泉場の常 なりユラの客に金使わせる集 のみのもに翼をたくましくする政治家事業 家の解読に秘すればことしく言うべきに たら ず雨万人 春11月23日 改正またさらにダ なり町を歩むに祭日の午後なれに はUFの 家族王子不者より開放を送りくる月市が夏 の 国浴衣ヌや思いやりなき人のため 月おえや課長は昔に変わらね ど11月24日晴れまた曇り11月25日 日曜日 晴れ11月26日晴れ午後 者主人来は生誕来所に小竹名者にても文学

書類の出版をなすという夜に入りて雨 立ち退きのことにつき一家九州 魚郎夜半をすぐうせますます花 し11月27日雨晩に春 万六冬の窓を そうす11月28日中場曇り半ば晴れ午後 五総府帝国劇場ジャパンタイムズ者主催 演奏会にて演奏をなすため東京に けり武藤 花や 小同寺その他の よし11月29日終日雨数日来魚野菜の 配給なし家人東京に用事ありて行く 度々サバひものネギ大根を 買い換える12月よりコミの売場闇売り 難しくなるとて東京の闇市に握り飯1個 2円を売るもの なくなり虫も今まで2円のところ5円に なると いう11月30日雨やず日夜 執筆12月初日曇りて暮らしえ生誕し書 ありその略に今朝放送局演芸部の王家達 おしい来訪これありご工作隅田川は久保田 万太郎氏に脚本を依頼出すことに決定の 良し申され放送は来年度に愛なり相老模様 にこれありこの段ご承知置きくだされたく 相老久保田においては大いに遠慮いたされ 相老とのことにて最後に私でよければとの 条件にてやく承諾を得たりと申しおられ そろ右ご通知いたしおきそろ うぬ12月初2 日曜日晴れ午後青山市来は熱海の冬も ようやく寒くなれ り12月初3 晴れ家のうちに住みなければ 冷たく机に向かいがし家人大所の七輪に 後来とたき煮物ながら物煮ながらその周り に 集まりこの寒空に立ち退きを迫らるるは 悲しきなり語り あり昼飯の頃朝新聞記者 来訪今日は我が生まれし なり行年に見す夢もなかり けり芋がゆやふの焦げたる鍋の 蓋12月初4晴れ南風吹きてサ伊坂か なり12月初後 晴れこた来 は12月初6晴れ 激し炭本来訪者構成釣りを中村方に変装す ラルカ州メダシオ瞑想を 読む12月初7曇り風寒からず昼の後人 より頼まれ し缶詰を開く一軸を煮詰めて我が溶岩の ようになしものとコーヒーとなりコーヒー は粉末極めて再び熱湯にて解けば直に

飲めるなり品質 全量缶詰製法も我が陽光接し頃にすれば その進歩驚くべしこれ戦争の結果なるべし かの国は戦争によりて万事進歩し我が国の 産業は滅び たりまたオートミールの缶詰を開き味を 見るに粉末牛乳と砂糖の調合よしこれまた 昔あしクエイカーオツの日にあら ず米兵人中にこれを悔しことを思えば勝敗 の決するところ推測するに語らず人間元 より動物なればその勢力植物によること言 を待た ず近年我が筆にする著作のごとき卑怯芋 がゆの 産物既婚にときこと知るべし悲しまざる べけん や子供ら米国軍艦3隻あび海岸に病せりと いうに行く もし12月初 日曜日記者石炭不足にて乗客の制限一層 厳しくなれるという午後果実来訪接し米国 士官防止そのとも1人を伴いきり 離す信頼の死はウイスコンシン州の首祖先 はボヘミア人なりというミル大き市にて 精子行に十字さしというご創士が少女の 写真を移したしとて共に歩みて海岸にいず 昨日きし平仙はみな駆逐間にて米線なら ず豪州のものという町は上陸の海兵にて 賑やかなり銀座町用人向き商品の価格差の ごと1つ上製日金10円なり1つガンピ士 小より作りし ハンドバッグ金50円なり1 つトルコ豆人形1組金7円 なり1つ判決1枚金12円 なり12月10日晴れ桜風あり風ようやく 厳し岡山の知人夜が出発の際三門町に残し おきたるヤ布団谷崎市所蔵のすり1 刻およそ1枚を鉄道便にて送りきた れりゃの間 あり12月11日晴れまた曇り鎌倉文庫の 堺しきたる現行を交付 する高層に果実到着のヤグをさらす 12月12日 晴れ走行を神聖者に郵送すある人の手紙に 檻を見てあぶなるオタの後に参りそろうが 胸も塞がる心地いし そろ勝ってはコケ美しかりしお庭も誰やら の脳炎となり感の茎 転がり雨鶴のカは肥り壺となりおり そろご問のそば にザクロののみ昔を知りに先おり そろ下たちサザかチシ初島の鬼はしばれて 涙にくれ申し そろ屋根を大いししの大木の黒く焼けて 立ちそろもまたひし哀れにこの小陰にて楽

よたしをお姿も思い出され申し そろ割れて飛び散る瀬戸の橋柱まで 懐かしい存じまらせそろ 云々12月13日晴天関風吹きて止まず前 のもみ大方散り尽くしぬ12月14日晴れ 電気安価を買う 100円12月15日晴れ千間書房より 雑誌展望 郵送12月16日晴れ12月17日雨ある 人より住2票を 恵ま12月18 晴れ後に曇り風 寒し辻同駅あたりにて火薬 爆発東海道線列車一時普通となし よし銀座町三方坂上曲がり角に踊り子募集 の広告 いず露天植物の値ぶき雨1本23ずのもの 2いかし1つ2円なり尋常裕子の州 コンスタン ラシオン木草を 読む12月15日晴れて 寒し12月20日晴れ12月21日晴れて ダなり町に 行く折り詰めかし15個 30円星だら5枚 40円裏通り相の土口 にオフ リミテッド倍アザーオブコとありて客の影 を立ち たり12月22日晴れ当時なる べし東京に赴き市川編に組頃合いの社屋を 見つけたりと一家急に修美を 開く12月23日日曜日雨青山市来 は12月24日晴れ12月25日 晴れ12月26日 晴れ 理彩日 乗車午 号 両両総子使いのものに日川州利 州今4家絶その他和本類を持たせつ さる町に行き羊1本30円牛肉蒸焼き50 250002まめ折り詰め 3円半を買う進行 雨12月27日雨12月28日 風12月29日西風吹きて晴れたり町の娘 片足島田曲げにゆいかけ 正月の物に歩むを 見るあのほどは知らねど海岸通りに 松飾りしめ縄を売る露天いで魚屋には かの子のた並べられ買うものざと す自治通信者その雑誌太平を送り きたる12月30日 晴れ矢きりて立ち退きを 迫る12月31日半ば曇り半ば

晴れ事事神法記者石川市来は同社最高の よし 夜小泉雲を訳するところのピエール露地の 文章を 読む 陳情久しぶり にて女屋の金を 聞く理彩日 終わり さ

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