今回はアメリカが見た〇〇シリーズ。テーマは零戦です。零戦の開発秘話を解説しています。後編です。今回は、アメリカ軍が暴いた零戦の致命的な弱点&アメリカ軍が見た零戦について考察しています。
前編:https://youtu.be/YaNJA7EExl4
中編:https://youtu.be/_gadSVeUrKE
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このチャンネルでは第二次世界大戦にまつわるエピソードを解説しています。 戦争が身近に感じる今だからこそ「人は極限状態でどんな判断を下すのか?」「何故、人は戦争を起こしてしまうのか?」 「一体、当時、何があったのか? 」を真摯に出来うる限り正確にお伝えし、悲惨な戦争が二度と起こらないことを目的に制作しております。
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#ゆっくり解説 #ゆっくり歴史 #第二次世界大戦 #太平洋戦争 #零戦 #ゼロ戦 #大東亜戦争 #零式艦上戦闘機 #堀越二郎 #風立ちぬ #永遠の0 #戦闘機 #航空母艦 #トリビア #豆知識
零戦
アリーシャン作戦自体大きな失敗
ミッドウエーの陽動作戦のはずが、暗号は完全に解読されていた。
喪失4空母以外に、龍驤と隼鷹が参加していれば断然有利 AF=ミッドウエー
まあ、土壇場で4隻とも雷爆転装なんてバカ丸出し
薪に油を添えて「火をつけてくれ!」と待つような物
2隻は島嶼攻撃に爆弾、もう2隻は敵空母への防御用として魚雷を装備したままにしていれば
慌てる必要なし 最悪半分の被害で済む
ハワイのホノルル空港博物館でも「KOGA,S ZERO」とか表記してゼロ戦の鹵獲を展示していた
しかし、特攻機の機種の写真が「秋水」
隊員のハチマキには「努力」と書かれていた
受験生かい~!
サッチ少佐は「ゼロ戦1機には必ず2機でかかれ!」と指示
因みにドイツ軍のタイガー戦車には、M4中戦車5両でかかれと言われていたが、
そのうち2両はやられる=即ち10人戦死
余談ながら、白バイの速度違反取り締まりもサッチ戦法を使うのを見た。
まず一台がオトリとなって飛び出す
安心してその後から飛ばす違反車両を、潜んでいたもう一台と挟み撃ちにする
決して逃げられない巧妙な罠
まさしく「わなかけいさつ」
こんばんは。
ちょっと涙が出そうに。
とにかく日本の軍需産業力の劣悪さは隠しようもなく、しかも航空機に限っても、既存機種の性能向上と新型機の開発命令があらゆる機種に出るという、百花繚乱的な開発がされたとか。
その一方の米軍は、零戦に勝てる戦闘機と戦略爆撃機(B29)の開発の二つに集中出来た、という文献を読みました。
面白いからもっと投稿して
今回も良い動画でした。
ちょっと前にコメントさせていただいた内容が、もしも・・・ですが、この動画の作成に反映されたとしたら幸いです。
スミソニアンのゼロは、まぁそれなりの展示のされ方ですが、紫電改はエノラゲイの下にこっそりですよ。なんだかなぁ。。
サッチウィーブはアクタンゼロのはるか前の中国戦線でのゼロの活躍から考案されたもので、鹵獲がきっかけというのは適切とは言いがたい。“【ゆっくり解説】米軍の対編隊戦術~「サッチウィーブ」の嘘と実像" 同じような動画いっばいあるんだから投稿前に見ないとコアな閲覧者が多いゼロみたいな話題では…
通称アクタンゼロですか。サッチ少佐の分析には驚かされましたね。
其れでも私の祖父じじいは6空で生き延びましたけど、
「戦闘機として一流」
「飛行機として三流」
と、零式艦上戦闘機を酷評してました。
これは聞いた話しなのですが、アクタンゼロより少し前に中国で鹵獲したゼロ戦があったそうです。アクタンゼロの方が状態が良く、アメリカ本国に輸送するにも都合が良かったので、こちらの方を優先したそうです。
零戦1:1.7 F4F、最初から絶対優位なんか無いじゃんw
この程度の差なら、数的優位や作戦、待ち伏せ他「運用」でいくらでもひっくり返せる。
あとパイロットの生還率などを考慮すると、零戦神話そのものは最初から怪しい。
奥宮の言い分も苦しいというか高級官僚としてどうなの?とも思う。
一般に言われるように完成時からアップデートの余地が少ないギリギリの設計だったのと
後継機用2000馬力エンジンが内製化出来ない工業力の貧弱さですね。
出た!キルレ。アンチの人がどうしても零戦伝説を矮小化したい時に良く使うやつ。自分も引用してるけども、機体そのものの評価以外の要素が多過ぎてかなり誤解を招いてると思う。
例えばミッドウェー島上空戦。
零戦36機で進攻してF2A 20機、F4F 6機を相手に損失2、F4Fを2機落としているのでスコアとしては2:2となる。
しかしこれはフェアじゃない。少し考えれば分かるがこの間、零戦隊はF2Aも相手にして13機叩き落としてる。でもこの2機の零戦が誰に落とされたかまでは分からない。だから本来、日:米の損失比として2:15と言うのが正しいだろう。機種間の交換比率はこんな感じで、指標としての信頼性が足りない。
またサッチウィーブが奏功したと言われるがこれも微妙。F4F 1機の犠牲と引き換えに米軍記録で5機を墜としたとされるがこの間、サッチは肝心の雷撃隊を見捨てておりそのためサッチ隊に護衛されるはずだった雷撃機隊はこの空戦で12機中10機を失い、攻撃は失敗。魚雷は1本も命中しなかった。
キルレとしては1:5になるが実際のスコアは11:5が正しいだろう。サッチは攻撃隊の護衛という最優先すべき任務をいったん傍へ置き、雷撃隊を囮にして名声を得たと言う見方もできる。
さらにこの米軍公式記録もかなり眉唾モノで、42年の年間での数値5.9などと言われてますが実はリサーチが大甘。ちょうど同じ頃のソロモン戦での損失比を後年、丁寧に調査した梅本弘氏の労作があるが、これによれば両者はもっとずっと伯仲していた。
もちろんサッチウィーブの有効性そのものを否定するつもりはないし、戦争中期以降の劣勢については認めるべきとは思うが、アンチも信者もないもっと中立公正な見方というものが、この令和の時代にあってほしいと思う次第。
35年程前スミソニアン博物館に行きました。幼少だった私は技術の発展というものを知らなく、父が零戦を観るなり興奮してましたが、当の私はただの緑色のプロペラの付いた飛行機としか思ってません(戦闘機とも思っていない)でした。
通りすがりのアメリカ人の方が「写真撮ってあげるよ。」と零戦を背景に家族写真を撮って頂きましたが、当然この行為も何でこんな飛行機と写真撮るんだ?と当時私が知る由もありません。今となって写真を撮って頂いた方の理由がわかります。
そもそも名前が縁起悪。
“零戦”だなんて。
闘う事なく‥爆死しろ‥という含蓄が込められてる…。
地獄へまっしぐら張りぼて特攻。
まじ基地“キ印国”‥日本人の思想はこわい‥。
アクタン・ゼロはほとんど無傷で鹵獲されたとよく言われるけど、実はけっこう壊れてた。転覆した衝撃で両脚は根元から折れたし、垂直尾翼は胴体にめり込んだりしてて、アメリカは苦心して修理した。ゼロ戦はマイナスGでエンストするという評価も、修理が不完全だったんじゃないかと思う。
霊夢が感情を抑えて語る記録が歴史の真相ですね。小学校の図書室で読んだ「ゼロ戦物語」はロマンに過ぎなかった。
零戦の欠点といえば主翼に搭載した20ミリ機関銃を主翼強度不足で命中率悪く活かせてなかったこと、これは同じ機関銃を搭載した紫電改の命中率が零戦より良くパイロットがびっくりしたそうだから…
ゼロ戦対策は悪タンゼロ以前に中国宣戦でフライングタイガースのシェンノートがかなり対策をこうじていましたね。
アメリカ軍の合理的な人命第一主義に全面的に敬意を抱く。それに対して、ゼロ戦の設計士として神の様に讃えられている堀越技士の人命軽視のビス一本に至るまでの無防備な軽量化戦闘機の設計には、日本のエンジン技術の無さや、竹槍精神を感じ、残念無念である。救われるのは、堀越氏が設計していない紫電改が後に大活躍した事だ。
逆に武装を練習機レベルに減らして防弾装甲に回したのが隼
実は試作3号機の段階でもう零戦の失敗は半ば決まってました。
試作1、2号機は三菱の瑞星エンジンを使っていたのを3号機で「栄」に変えたのですが、瑞星も栄も出力は変わらない上に瑞星の方がコンパクトでしたので、栄エンジン搭載で機首に段差が生じて空力的に問題が生じてます。更に「栄」を零戦に搭載する段階で「瑞星」は二速過給機を装備して高高度性能を改善した型が既に実用化されており、実際当時既に百式司令部偵察機に搭載されてましたのでこのエンジン換装で機体に無駄な段差を補機配置大幅変更で後継機開発や零戦の抜本改良さえ支障させるより瑞星で押し通していれば開戦直後はもっと有利に
盛られた伝説が事実になっていたでしょうね。
更に零戦最大の欠点は
空母搭載可能機数を大きく減らす
です。
零戦の主翼は端っこちょっとだけしか折り畳めず、あれならば折り畳んだまま飛んだほうが現代のシャークレット効果でむしろ性能向上したんじゃね!
と言いたいレベル。
ぶっちゃけ零戦一機分のスペースにF4F3機がすっぽり入るレベルで
ただでさえ少ない日本空母の搭載機数を更に減らすことになっています。
ゼロは何と説明し何と言い訳しょうが完全無欠の人命無視設計殺人機。このゼロから始まり海軍はやれ神風だの回天だの桜花だのと若人の人命無視は極端だった。陸軍も狂気無責任馬鹿集団だったが、その行動は現地で追い込まれた場合が多い。
米軍は海上で航空戦が行われた後回収部隊が着水した飛行機の操縦士を助けて回った。そのため撃墜されても生存率が高く、撃墜イコール死を意味していた日本軍パイロットとは違い、ベテランパイロットの数があまり減らなかった。
零式艦上戦闘機の派生型とアメリカ海軍の戦闘機F4FやF6Fを比較するとスペックの差はそれ程無い事が分かります。発展の余地が無かったとまで言われる零戦ですが三二型では高空性能と急降下性能が向上。二二型では命中精度の高い二号銃に換装。五二型では速度と上昇力、急降下性能が更に向上し途中からは初めてマトモな防弾も施される様になっています。零戦の最大の武器は卓越した上昇力であり有利な位置からの一撃離脱で戦果を挙げていた事を考えるとこれは正常進化と言えます。が、実戦では大戦中期以降零戦は圧倒される事に。何が違ったのか。圧倒的な数です。特にマリアナ沖海戦では日本艦隊の艦載機約450機に対してアメリカ第5艦隊の艦載機は約900機。その半数がF6Fでした。完全に防御を固めレーダーに依る索敵と誘導で完璧な位置から日本機に襲い掛かったF6Fに日本機は文字通り叩き落される事になりました。
零戦で高度1万メートルまで30分弱は速すぎます。もっと上昇力の優れた雷電などでも1時間近くかかったはず。当時の本土のレーダーでB29の接近を探知できるのが1時間前程度で、それから飛び立っていたのでは迎撃が間に合わなかったって話です。
ただのポンコツ
堀越 ポンコツ
陸軍機の方が優秀
美しい話
戦闘機や空戦の専門知識がないのにここまで素晴らしい動画を作られたことは素晴らしいと思います。
ありがとうございました!
アクタンゼロは、初めてアメリカ本土でテストされた機体。それ以前に、中支方面で完全な零戦が鹵獲されています。また、フライングタイガー司令官のシェンノートからも、かなり正解な飛行性能がアメリカ陸軍へ報告していますが。無視されています。真珠湾空襲、フィリピン空襲での零戦の活躍に接して、初めて驚異ととらえ、零戦の入手に努めると同時に、パイロットからの零戦の情報収集を実施。アクタンゼロ入手前には、対零戦(隼も含む)対策を発令しています。アクタンゼロは、具体的な零戦対策と性能の測定に有益な情報をアメリカ陸海軍に提供はしましたが。その後のアメリカの戦闘機開発には影響は与えていません。F6Fは、P&W2000馬力エンジン搭載のF4Uの失敗に備えた保険として機体設計は終了していましたし、F4Fの後継機としての採用も決定していました。零戦がアメリカ戦闘機の設計に影響を与えたと騒いで喜んでいるのは日本人だけです😢。それでも1000馬力クラスの戦闘機としては総合的には優秀な部類ではあります。残念なのは、機体側には改良を受け入れる余地があるのに、金星エンジン採用の却下、栄エンジンの馬力アップの失敗により。僅かな性能向上に留まった事。原因の一つに、海軍が雷電に期待していて、零戦の大改造を指示しない(次期艦戦の烈風の開発指示)。零戦は、雷電生産開始と同時に生産縮小、烈風に移行する計画でしたが。雷電も失敗、烈風も失敗😢で、あわてて零戦『延命』を計り、栄エンジンの水メタノール噴射による馬力アップで、武装、防弾強化で最大速度580キロを計画。これにより、F6Fと何とか戦えると考えていましたが。栄エンジンの減速装置の不具合問題が発生して対策に追われ。中途半端な52型丙が生産されます。多くの海軍パイロットは52型丙に落胆しましたが、一部のパイロットからは火力の向上と急降下性能の向上が高く評価されたりもしましたが。全般性能が低いのが現実で、多くの部隊で13ミリ機銃の撤去、防弾装備の撤去を実施して軽量化されて運用されました。大戦末期では、もはや、旋回性能と初期上昇性能以外は米軍戦闘機には及ばない存在になっていましたが。速度400キロまでの領域では以前として高い運動性能を発揮しており。ドックファイトだけは注意勧告は出されています。初期の零戦では『絶対ドックファイト禁止』がF6F、F4U採用後は『極力ドックファイトはしないように』と緩和されています。ザックリ言うと、旋回戦闘だけは深追いすんなよ❗と軽い警告。もはや、零戦は驚異ではなくなってた証拠ですね。😢
零戦に防弾装備が無かったのは、当時の戦闘機では優先順位が低かったのと海軍から要求が無かったからみたいですよ。
戦闘機の防弾装備が重視されるのは零戦が登場してからです。
零戦も初期から翼内消火装置が付けられ、防弾風防など不十分ながら装備されて行きましたよ。
設計に余裕が無く、物資等も不足していたから仕方ないですね。